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2015年5月 8日 (金)

野球の授業?

baseball圓窓師匠は「五百噺」達成の後、「落語の授業」をライフワークにされていますが、その必要性を改めて知らされるニュースです。
野球の授業?
小学生でサッカーをやったことがある児童は40%超だそうです。
一方、野球(型)をやったことがあるのは、14%未満だそうです。
我々の時代とは全く逆になっていると思います。
そこで、子どもの野球離れを食い止めよう と、プロ野球12球団と日本野球機構が初めて、小学校の先生を対象とした指導用の教材を作って、全国の小学校に無料で配布することにしたそうです。
小学校の体育では、4年前から「ベースボール型」の授業が3年生以上で必修となっていますが、教師の3分の2は女性で野球の経験や知識がない人が多く、授業で十分に教えられない人もいるということです。
こうした現状を受け、プロ野球12球団と日本野球機構は、授業を通じて子どもたちに野球の楽しさを教えてもらうため、小学校の先生向けの指導用の教材を初めて作成しました。
教材はDVDと冊子で構成され、正しいボールの投げ方や打ち方、それに子どもにも簡単にできるようルールを簡略化したゲームなどが紹介されていて、野球を知らない先生が指導の参考にできるようになっています。
日本野球機構は、この教材を今月中旬から全国2万余りのすべての小学校に無料で送る予定です。
プロ野球の熊崎勝彦コミッショナーは「2020年のオリンピックでの復活 に向けて、野球を発展させる意味でもこの教材は有効だ」と話しています。
男の子でも、バットの持ち方が逆だったり、ボールを投げる腕と同じ側の足を出すなど、周りを見て自然に覚えた我々世代には信じられない光景です。
師匠のブログの冒頭のコメントです。
最近は日本人に「落語の授業」を受けてもらおうと、張り切っております。
「落語の中の教育論」を振りかざして(笑)、学校や塾、そして企業へと乗り込んで、落語人口の少子化を防ごうと、苦楽を味わっている最中です。

また、師匠は、児童もさることながら、落語を知らない教師が多いのを、常々嘆いています。
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こんな論文もありました。
https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/41379/1/WasedaKyoikuHyoron_28_1_Kanai.pdf#search='%E8%90%BD%E8%AA%9E%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD+%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E5%86%86%E7%AA%93'
本論文では、落語の稽古および実演と国語科の教壇実習とを組み合わせた「国語科授業技術演習」という授業実践が、中等教育国語科の教員養成において、どのような可能性を拓き、また課題を見出したかについて検討する。
なお、当該の授業は2014年度以降も継続し、今後も「一席は噺が出来る国語の先生」を輩出する予定である。
また、この試みを公開することで、各地で教員養成に落語の力を援用する動きが活性化し、落語を楽しみつつその伝統や技に深い崇敬をもって対し、自身の授業パフォーマンスの研鑽に活かす教員志望者や現役教諭が、一人でも増えることを切望している。
 落語は、世界中探してもこれほどシンプル(たった一人で、座ったまま演じる)かつゴージャス(登場人物を幾人登場させることも、場面を幾度転換させることも、演者の思いのまま)な話芸はない、ユニークな芸能である。
400年にわたる歴史をもつ伝統芸能である落語2は、寄席を舞台にして各地で親しまれてきたが、ラジオ放送のエンターテインメント部門のコンテンツの重要な一角を占め、テレビにおいても『笑点』などの長寿番組をすぐさま思い浮かべられるように、日本のお茶の間を賑わしてきた3。とはいえ、今日のメディアを想定すると、バラエティ番組は花盛りでコントや漫才、モノマネといった芸に触れる機会は多くあるものの、児童や生徒たちにとって、じっくりと落語を聴くことのできる番組に出会うのは稀である。
国語教科書の現場に目を向けると、2000年4月から教育出版の「小学国語四年生」に三遊亭圓窓の口演に基づく「ぞろぞろ」と「寿限無」とが採択・収録されることになった。
教科書に採択されるという報を受けた1999年7月に同師は「現代では、人の話を聞いてその状況や場面を頭に描くという、コミュニケーションの原点がテレビやゲームの視覚的情報の勢いに押され、崩壊寸前といっても過言ではない」「以前からその傾向に心を痛め、「学校教育に落語は必須科目」を高座から訴えてきました4」と喜びを語ったが、その後の『話す・聞く・思い描く力を育む落語の授業5』においては、教科書への掲載がスタートした直後から「文字で落語を伝えるというのは本当に難しい」「先生方から「どうすればいいのか」という問い合わせが殺到」したために、師自らが足繁く小学校に通って、前半を落語のレクチャー、後半を落語のライブという形式の授業実践を重ねることとなったと報告している。
同書に収録されている実践記録は、教室全体の生徒たちと師が徹底した対話で授業を進める画期的なものであるが、これをまったくスキルのない現場の教員がなし得るかと考えると、一定期間の研修を経るのでなければ荷が重いと言わざるをえない。
むろん、教科書にはDVDで同師が実演する「ぞろぞろ」や「寿限無」が補助教材として用意されているのだが、芸能の魅力は、ライブでその場を共有するときにこそ最大限に発揮されるのであって、現場の教師体験がある者ならば、教室で著名な俳優たちが熱演する朗読のテープを流しても、10分もすればあちこちで居眠りが始まることを経験的に知っている。
落語に限らず、伝統芸能全般に言えることであるが、それを面白いと感じる経験を持ったことのない教員が、その芸能について良き紹介者足り得るはずもなく、ましてやそこから自身が何かを学ぶということは困難であろう。
教師の側が、教員養成の段階で、自身が落語という話芸に取り組み、自身の授業パフォーマンスに活かすという、主体的な関わりを持ったことで、落語に積極的な興味を持ち、以後も関心を寄せて、生徒たちに紹介し得る存在になり得ることは、今回の先行プログラムや2012年度、2013年度の授業の受講生たちが証明してくれている。
幸い東京には、国立演芸場をはじめ、浅草演芸場や新宿末広亭、鈴本演芸場、池袋演芸場など常設の寄席があり、地方でも都市部では盛んにホールやライブハウスで落語会が開催されている。
求めれば
DVDやCDに収められた古今東西の名人たちの芸に触れることもできる。
日本の伝統文化理解のナビゲーターとして、国語科教員の果たす役割が大きいことは言うまでもないことであるが、まずは落語を教員養成に活かすという入口から、この課題にアプローチすることも出来ると考えている。 

何もかも、どの分野も、しっかり教えられる人がいないんですね。

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