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2015年4月18日 (土)

紙切り

memo東京新聞の記事。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/tradition/CK2015041702000192.html
「紙切り」を寄席芸に確立した初代林家正楽(1895~1966年)が死去しておよそ半世紀。
五十回忌にちなんで、遺品を託された菩提寺が企画した「正楽三代展」が二十二日に開幕するほか、その記念公演もある。
初代が紙切りデビューしてから約百年、その芸の奥深さに触れてみては-。 
紙切りは切り始めからハサミが戻ってくるまで、一筆描きのようにして、動物や人物などの形を二~三分で仕上げる。
客から注文を受けて、初代がその場で切り抜くスタイルを築いた。
「難題」を浴びせられても、とんちや機転を利かせて切り客を納得させる。
芸は三代、百年続いている。
初代は二十歳で落語の道に入るも、余興で披露した紙切りが評判になり転向。
美的センスにもあふれ「紙を切る時間もが芸」といわれた。
二代目(1935~1998年)は埼玉県生まれ。
八代目林家正蔵(後の彦六)に入門したが、なまりが抜けきらず初代正楽門下に移った。
ほのぼのとした語り口で親しまれたが、六十二歳で急死。
長男(落語家の桂小南治)、次男(紙切りの林家二楽)はまだ若かったため、弟子の小正楽が二〇〇〇年に三代目を襲名した。
六十七歳の当代は十八歳で二代目の門をたたくが、すぐに弟子入りがかなわず、まず技の教えを受けた。
「最初、師匠から馬のお手本をもらって切った。『よし』といわれるまで何枚も切った」と振り返る。
入門後はイベントの余興などで芸を磨き十年、東京・新宿末広亭で初舞台を踏んだ。
お囃子にのり、ハサミの動きに合わせてほどよく体を揺らしながら間を取り、しゃべりでくすぐる。
客席からどんな注文がきても素早くイメージを膨らませてハサミを走らせる。
「AKB48」と言われた時も、複数の女性が元気に躍動している作品に仕上げた。
「テレビやスポーツ紙を毎日見て、流行には敏感。
切れないものはない」と笑う。
「紙切りは寄席での癒やしの時間。
お客からは今も昔も、端午の節句といった四季折々の行事にちなんだ注文が多い」と言い、若い世代も意識しつつ「師匠の域に達するのはまだまだだが、日本の情緒を伝えていきたい」と話す。
最近、古今亭志ん生の落語に合わせて紙を切り、それを影絵に映すDVD「落語紙芝居~火焔太鼓、替り目」を二年がかりで完成させるなど、新境地も開拓している。

・・・・なるほど。

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