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2015年4月20日 (月)

第2回千早亭落語会メモリー

event千早亭落語会メモリーズ②.
2011(平成23)年10月2日(日)千早地域文化創造館にて

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201110182354000◇ういろう売り   千早亭ワッフル
◇転失気      千早亭三十一
◇三方一両損   千早亭屏風
◇伽羅の下駄   千早亭早千
◇救いの腕      千早亭永久
        仲入り
◇おはぎ大好き  千早亭和歌女
◇死神        千早亭百人
  ◇つる         千早亭貴女
  ◇道具屋      千早亭軽太
  ◆味噌豆      三遊亭圓窓
私は、師匠創作の「救いの腕」に挑戦しました。
師匠が、こんなコメントをしてくださいました。
永久(とわ)[救いの腕]。
 あたしの創作したこの噺。
 姉妹が主人公なので、既成の落語にはない構成となるので、
 演りにくかったことだろう。
 人情噺でもあるのでなおさらだ。
 しかし、立派にこなした。
 口演回数を重ねてくれると嬉しい。

この噺を初めて聴いたのは、「三遊亭圓窓一門会」での圓窓師匠の高座でした。
本当は、師匠がトリでしたから長講の人情噺を期待していたのですが、聴いたこともない噺に、正直なところちょっとがっかりしました。
それでも、確かに落語では珍しい姉妹二人のやりとりが核になる噺など聴いたことがありませんでしたから、オチも含めて、気になる噺になりました。
ある時、子どもの頃から好きだった人のことをずっと思い続ける人のことが話題になった時に、この「救いの腕」と「お初徳兵衛浮名桟橋」を思い出しました。
そして、この純粋な思い(女心)をテーマにした落語にチャレンジしてみたいと思うようになりました。
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師匠に「救いの腕をやらせてください」と相談してみました。
すると、師匠は大変喜んでくださり、すぐに自ら製本されている「高座本」をくださいました。
早速、読み稽古から始めたところまでは良かったのですが、この噺は今まで私が演って来た多くの噺の延長では出来ないことを痛感するに至って、大スランプに陥ってしまいました。
とにかく、発表会まで刻々と時間がなくなって来ているのに、稽古すらやる気になれないほど、追い込まれてしまいました。
さて、肝心の「千早亭永久」の「救いの腕」の出来たるや如何?
正直なところ、出来が良かったのか、悪かったのか、本番から2日経った今でも、皆目見当がつきません。
駆け込み、ヘッドスライディングで間に合わせたことを考えると、テクニカルの面での仕上がりは最低だと思います。
ところが、どこがどう悪かったというのも、いつものように感じない。
それどころか、来てくださった方々から伺う感想は、予想に反してすこぶる良い・・・。
特に女性のお客さまから、「我が身に置き換えて聴かせてもらいました」、「身につまされる思いがしました」、「胸にじーんと来ました」などというコメントを頂戴しました。
お客さんを掴む、お客さんに受けるというのは、高座でも感じることはあるのですが、確かに、そこそこ掴むことが出来た気がします。
一体どういう訳なのでしょうか・・・?
色々考えてみて、以下の2点であろうというところに落ち着きました。
まず、お客さまを掴むという点で、普段あまり落語をお聴きになる機会の少ないお客さまだったので、ポピュラーな「つる」や「道具屋」もお馴染みという訳でなく、この聴き慣れない噺も、さほどのハンディにならなかったということ。
従って、よく耳を傾けていただいているところへ、ひたすら大きな声ではっきりとお喋りしたことで、噺のストーリーが伝わった。
それから、今回は、私の語りの巧拙ではなく、「救いの腕」という素晴らしい噺にお客さまの方か反応してくれて、噺の中に入り込んでくださったということ。
この噺のストーリーやテーマに、お客さまが反応してくれて、一人歩きをしたということ。
①お客さまを掴むことが出来た。②噺が一人歩きをして勝手にお客さまを取り込んでくれた。
・・・ということです。
さらに、落語会全体の雰囲気、師匠の楽しいコメント等々・・、アドバンテージは数多くありました。
それから、もうひとつ不思議なことがあります。
絶対的な稽古不足にも拘らず、とりあえず形を作り上げることが出来たことです。
普段から、師匠からは、「落語は活字で覚えちゃいけないよ」と言われてはいたものの、今回ほどネタ本の台詞を覚えなかったこともありませんでした。
恒例の?歩き稽古も、回数・量とも足りなかったし・・・。
この噺が、あまり細かに順序立てた台詞の構成になっていないこともあると思います。
師匠から、「一人の長い台詞があるから、適当にお茶を飲んだりする仕草を入れるといい」などとアドバイスをいただき、付け焼刃で入れたりしましたが、そういう意味でフリーハンドの部分が多かったこともあると思います。
とはいえ、まだ自分でも分かっていませんが、噺をスピーディに組み立てて行く術、早く覚えるこつみたいなものに、無意識のうちに触れた気もするのです。
登場人物になりきって作り上げる。
そういうことだったのでしょうか。
私は、「千早亭永久(とわ)」。
「扇子っ子連・千早亭」という素人落語連について紹介しましょう。
題して、「千早亭」とは・・。
もともとは、三遊亭圓窓師匠が始められた、豊島区のカルチャー教室「圓窓の落語教室」からなんです。
2ヶ月で8コマの師匠の落語教室に集まったのが13名。
私は、豊島区とは関わりはないのですが、師匠から声をかけられたので、参加することにしました。
卒業(修了)発表会では10名が一席ご機嫌をお伺いしました。
メンバーのほとんどが、最初は落語のレクチャーをしてくれる教室だと思って参加したようで、落語の実演をするということで、戸惑いながらも稽古をする人もかなりいました。
ほとんどが落語のことに詳しい訳ではなく、ましてや演ったことのある人は、私以外は誰もいません。
師匠が、教室のある「千早地区文化創造館」に因んで、「千早亭」という亭号にし、落語に「千早振る」という噺があるので、この噺や和歌・短歌に関係する名前を考えてくださいました。
師匠が考えた名前は、あみだくじでメンバーに割り当てられました。
私の名前「永久(とわ)」は、実は女性用に用意した名前だったのですが、師匠が男女の数を間違えて、私に女性用の名前が回って来ました。
「千早ぶる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」は、誰でも知っている在原業平の歌です。
私の名前は、この歌の最初と最後から取った名前なのです。
とても気に入っています。

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