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2015年4月 8日 (水)

新聞記事「米朝さん後の落語界」

新聞記事「米朝さん後の落語界」
毎日新聞で見つけました。
全文そのままいただきます。
まぁ、結論は、よく言われていることですから、特段どうと言うこともありません。
みんなそう思っていると思いますよ。
米朝師匠が亡くなったから、という内容でもない気がしますが、異論が有るものではありません。
◇東西両輪で遺産継承を
落語家の桂米朝さんが3月19日、89歳で亡くなった。
関西で生まれ育った私は、子供のころ、米朝さんを聴いて落語に、そして米朝さんにはまった。
柔らかで端正な語り口がいざなう知的な笑い。
少し背伸びをして、大阪・サンケイホールの独演会に行くのが楽しみだった。
25日の葬儀、孫弟子らによる米朝さんの出囃子「三下がりかっこ」が流れる中、一門や大勢のファンとともに胸が詰まる思いで出棺を見送った。
きっと、あちらの世界の高座へと上がっていったのだろう。
◇各地で独演会、弟子育成にも力
米朝さんは戦後、滅びかけた上方落語を復興し、独自性豊かな上方文化の灯をつないだ。今また、政治や経済、文化でさえ東京一極集中に傾く中、その遺産を大阪と東京、東西落語界が 両輪となって次代へ継承し、発展させていかなければならない。
米朝さんが、大阪の四代目桂米団治に入門した当時、上方落語界は衰退の一途にあった。1950(昭和25)年に五代目笑福亭松鶴が、 翌年には立花家花橘と四代目米団治、そして53年に二代目桂春団治が死去した。春団治の死の衝撃は、作家の谷崎潤一郎が同年3月17日 付の毎日新聞に寄せた文章からも伝わる。
「大阪京都の諸新聞が、殆ど異口同音に 『此れで大阪落語も滅びた』と云つてゐたが、いかにもさう云ふ感が深い」
実際、昭和30年前後の東京では、上方(大 阪、京都)に落語があるという認識は、一部の人を除いてほとんどなかったという。
そんな時代、米朝さんは演じられなくなっていた古い噺を数多く発掘、再構成して、現代に 通じる噺としてよみがえらせた。
戦後の大阪に落語の寄席はなく、全国各地で独演会を開き、上方落語を全国区へ押し上げた。
また、後に米朝さんとともに「四天王」と呼ばれる六代目松鶴(86年死去)、五代目桂文枝(2005年 死去)、三代目春団治さんとともに多くの弟子を育てた。
数人だった上方落語家は今や約250人。
60年ぶりに復活した大阪唯一の落語の寄席「天満天神繁昌亭」は連日にぎわいを見せ、来年9月には10周年を迎える。
米朝さんの功績は、上方だけにとどまらな い。
東京で演じられている古典落語の約7割は 上方にルーツがあるとされる。
50代半ばの米朝さんが約130編の落語を活字に残した「米朝落語全集」(全7巻、創元社)は、米朝落語の定本として、東西を通じて落語家のバイブルとなっている(昨年、増補改訂版全8巻が完結)。
米朝さん作「一文笛」のほか、米朝さんが復活させた「算段の平兵衛」や「地獄八景亡 者戯」「はてなの茶碗」は、東京 の落語家にも影響を与えている。
◇人の情、機微 寄席で感じて
さて、現在の落語界全体を見回すと、ひと頃の“ブーム”と呼ばれた状態は落ち着き、数あるエンターテインメントの一つとして定着した感がある。
東西合わせた落語家は約700人に上り、入門希望者も後を絶たない。
情報誌をざっとみると、首都圏で開催される落語会は、この4月だけで900件近くある。
東西間の壁はなくなり、東京の落語家を大阪で、大阪の落語家 を東京で聴く機会も多い。
粋な江戸落語、派手ではんなりとした上方落語、両輪あってこその落語の豊潤な魅力を享受している。
とはいえ、多くが江戸末期から明治にかけて作られた古典落語の価値観や倫理観、風俗や習慣は変質し、メディアもエンタメも多様化している。
これから先、古典落語をどんな形で残していくのか、今また問われている。
取り巻く環境が変わる一方、変わらないものもある。
落語に描かれる人間の姿だ。
親子の情、男女の駆け引き……。
長屋の助け合いは、 災害時のボランティア精神に置き換えられるだろうか。
米朝さんは著書「落語と私」で、落語を「人生の百科事典」と例えた。
そんな普遍的な人間の生きざまこそ、落語の芯であり、強さである。
その芯がある限り、時代時代の空気を吸いながら、人々の心のひだに寄り添っていくに違いない。
「落語という芸はどんなに時代が変わろう が、なかなか滅びるもんやないと思てます」。
米朝さんは繰り返していた。
その通りだろう。
けれど落語は、お客あって初めて成立する芸でもある。
米朝さんの遺産を次代へつなぐのは、落語家だけではなく、実は私たち聴き手の責務でもある。
何も難しいことではない。
寄席や落語会に足 を運び、落語を聴く。
「人生ってこんなもん や」と泣いて、笑う。
そして、ちょっぴり人間関係の機微や情を知る。
それでいいのだ、と思う。

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