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2014年12月29日 (月)

立川談幸一門が落語芸術協会へ

pen朝日新聞の記事。
落語立川流の真打、立川談幸が立川流を脱退、落語芸術協会に移ることが決まり、協会の納会であいさつした。
立川流一門の了承も受けた。
家元の談志が2011年に亡くなって以来、脱退者は初めてだ。
納会で談幸は「決死の覚悟で立川流を抜けて参り、落語芸術協会にお世話になることになりました。一生懸命努めて参りたいと思います」とあいさつ。
歌丸会長が「立川という亭号は昔、芸術協会にありました。立川の亭号が復活したわけであります。頑張って頂きたい」と話した。 
立川流を脱退した理由について「寄席に出たい、それが最大の理由です」と談幸は語る。
立川流は1983年に落語協会を抜けて以来、都内の寄席の定席には出演できない。
このため同年に談志に入門した志の輔以降の弟子はホール落語や独演会などで活動してきた。
談幸は、寄席での修業を経験している最後の弟子だ。
談幸自身にも弟子が2人いる。

今まで、周囲での話題にはなっていましたが、談幸師匠は、ご自身のブログでも何にも語っていませんでした。
寄席に出られるようになるというのは、良いことだと思います。
談幸は談志に78年に入門。
87年に真打ちになった。
師匠の自宅で一緒に暮らす「内弟子」を経験したのは一門では談幸1人。
「だから家元への敬慕の情は人に負けない。でも、三回忌が済み、14年には立川流創立30周年も済んで、一区切りついたかと思う。私も60歳で、現役で落語ができるのはあと10年くらい。チャンスがあればまた寄席に出たいと思っていた」と胸の内を明かす。
「残りの落語家人生は心残りのないようにしたい。寄席を離れて30年以上たつが、寄席の雰囲気と芸の流れを勉強して一生懸命務めたい」と話した。
来年1月1日から落語芸術協会の準会員となり、新宿末広亭や浅草演芸ホール、池袋演芸場などに出る。
落語芸術協会の規約で、準会員の期間は2年。
年が明ければ代演などで高座に上がれるようですが、正式に番組に名前が入るのは今春からになるとのこと。
一連の落語協会分裂騒動で・・・、随分遠回りをしましたね。
正直なところ、この世代は、どの世界でも、物凄く割を食っている気がしますね。
団塊の世代と新人類との間に挟まって、オイルショックとバブルに翻弄され、その後始末に苦労して・・・。
しかし、落語協会でなく、落語芸術協会というのは・・・?
・・・まぁ、分かる気もしますが。
これをきっかけに、落語界が少し動きますかな・・・・?

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