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2014年11月 2日 (日)

富士川下り

memo復活2年 富士川舟下り運営座礁。
山梨日日新聞の記事です。
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2年前に、富士川舟運を、およそ100年ぶりに復活した、伝統的な和船による富士川川りが、11月末で終了するそうです。
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富士川舟運とは、山梨県富士川町の鰍沢と静岡県富士市の岩淵を結ぶ物資の輸送の手段として、江戸時代初期から昭和初期までの約300年間に渡って隆盛を極めた富士川の舟運です。
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その昔、山梨は山に囲まれ交通の便が悪かった。
江戸時代になって間もなく徳川家康の命令で、京都の豪商角倉了以に造らせた甲府盆地から駿河湾までの物流の大動脈が、「富士川舟運」。
江戸への年貢米の輸送ルートとして、甲斐国の物資輸送の大動脈として発展し、鰍沢を中心とする、流通システムが形成され、最盛期は一日400隻を超える活況を呈していました。

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ところが、明治になると中央線が開通、鉄道網の発達で富士川水運は衰退し、富士身延鉄道(身延線)の全通により、約300年続いた舟運は幕を閉じることとなりました。

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その富士川に、川下りが復活したのですが・・・、残念ながら。Imgcs900
富士川は急流だったため、富士川往還(身延道)を旅する時は、舟を利用するのは危険だったようで、「舟に乗るバカ、乗らぬバカ」と言われたと、圓生師匠が「鰍沢」のマクラで触れています。

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