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2014年11月 2日 (日)

ラジオ寄席

eye先週は、日本シリーズのため放送されなかったので、その分が今日にスライドされるかと思えば、元々の予定どおりの番組でした。
「八代目雷門助六特集」ではなくて、「八代目林家正蔵特集」でした。
  ◇反魂香        林家正蔵
  ◇引窓与兵衛     林家正蔵
Photo_2【反魂香】
 
夜中に一つカネをたたいて回向をしている、長屋の坊主の所に、八五郎が夜、手水にも行けないと掛け合いに来た。 坊主は名を道哲と言い元・島田重三郎と言う浪人であった。
吉原の三浦屋の高尾大夫と末は夫婦にとお互い惚れあっていた。
ところが、伊達公が横から見初めて大金を積んで身請けしてしまった。
だが、高尾は重三郎に操を立てて決して生きてはいないと言う。
その時取り交わした魂を返す”反魂香”で、回向をしてと言い残した。
これを焚くと高尾が出てくると言う。
では見せて、と八五郎が言うので、火鉢のなかに香をくべると高尾の幽霊が出てきた。
香の切れ目がえにしの切れ目、無駄に使うなと言う。
八五郎は亡くなった女房のために、この香を分けてくれと言うが、私と高尾だけのための物だから、貴方には役に立たないからと断られる。

そのまま夜中に、香を買おうと生薬屋を起こしてみたが、何という香だか忘れてしまった。
いろいろ吟味して、見つけたのは越中富山の反魂丹。
これを三百買って帰ってきた。
家の火を熾し直し反魂丹をくべながら女房”お梅”のことをあれこれ考えていた。
出てこないので、足して足して全部をくべたが出ない。
煙でむせていると、 表から 「ちょっと、八つぁん」。
煙の中からではなく、堂々と表から来たぞ。
「ちょっと、八つぁん」、恥ずかしいと見えて裏に回ったな。
「そちゃ、女房お梅じゃないか」、
「いえ、裏のおさきだけれども、さっきからきな臭いのはお前の所じゃないの」。

・・・この噺も高尾大夫と仙台公が出て来るんですね。
「引窓与兵衛」は、あまり知りません。
Maphikimado_2二代目三遊亭圓生作の「早川雨後の月」を三遊亭圓朝が芝居噺「雨夜の引窓」に改定したという。
三遊亭一朝が圓朝の型を覚えていたものが林家彦六に伝わり、「引窓与兵衛」という題名で演じられたそうです。

【引窓与兵衛】
武州横堀村の名主・与左衛門、江戸にお
という芸者を囲っていたが、女房に勧められて家に引き取る。
ところが、女房とお早の双方に色々吹き込む者がいて、次第に仲が悪くなり、与左衛門は仕方なくお早を遊び人の与兵衛と一緒にさせる。
所帯を持っても与兵衛の遊び癖は収まらず、半年でお早の着物も売り払い、お早はすっかりやつれてしまう。
ある日、与左衛門がお早を尋ねて来て話をしていたが、戻った与兵衛が焼餅をやいて与左衛門を殴り殺してしまう。
与兵衛はお早と一緒に江戸へ逃げることにし、細工は任せろと死骸をかつぎ出す。
与兵衛は死骸を村の百姓が寄り合いをしているところへかついで行き、突然声を掛けて脅かす。
戸を開けると、立て掛けておいた与左衛門の死骸が倒れ掛かったので、百姓らは化け物だ思って殴る蹴る……さあ、我に返って名主を殺したと思って驚いたところへ、与兵衛が来て100両で始末をしてやると交渉、もちろん百姓らに依存はない。
与兵衛は死骸を担いで今度は名主の家へ。
与左衛門の声色でお早の家へ行ったと言うと、女房が焼餅をやいて戸を開けない。
「名主が締め出されてはみっともないので井戸に身を投げる」と言っておいて、与左衛門の死骸を井戸に放り込む。
与兵衛は女房からも50両をせしめ、無事に葬儀をすませてやる。
こうして合計150両を手にして、お早とともに江戸へ向かう。
途中、新利根川を渡るのに、船では人目につくと言ってお早を背負って渡るが、これが与兵衛の罠であった。
中ほどで隙を見てお早を深みにはまらせておいて、金を一人占めにしてしまった。
ところがお早は急流に流されて浅瀬に乗り上げて命拾い……これから与兵衛の悪事が露見して参ります。
「雨夜の引窓」の発端でございます。
やはり圓朝ワールドです・・・。

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