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2014年11月24日 (月)

優勝32回

ribbon昨日、横綱白鵬が、横綱鶴竜を寄り切りで下し14勝1敗で、大鵬と並ぶ史上最多32度目の優勝を飾りました。
Yjimage5hllkeof表彰式で君が代が流れた瞬間、白鵬は感極まった。
唇を震わせると左手で目頭を押さえた。とめどなく流れ落ちる涙を右肘でぬぐった。
優勝者インタビューで、32度目の優勝の感想を聞かれた瞬間、ふぅーと息を吐き出しただけで言葉にならない。

そして、モンゴル語で優勝の喜びを伝えた後、日本語で「15年前に(体重)62キロだった小さい少年がここまで来るということは誰も想像しなかったと思います。この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたからこの結果があると思います」と言葉に力を込めた。
ところで、こんなコメントもありました。
この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたからこの結果があると思います。
Ae40427e5e4876ad5836d4fb164780a1そして明治初期に断髪事件が起きた時、大久保利通という武士が当時の明治天皇と長く続いたこの伝統文化を守ってくれたそうです。
そのことについて、天皇陛下に感謝したいと思います。

この「断髪事件」というのが、よく分かりませんでした。
1871年8月、当時の政府によって「断髪令(散髪脱刀令)」が布告されました。
しかし、力士の髷は断髪令の例外として認められました。
この断髪令は「髷を廃止する」という意味ではありません。
「髪型を自由にしてよい」という政令であって、 髷を落とすことを強制したものではなかったので、政府が力士に髷を特段許可しなくとも、 断髪令の性質上髷を結うことに問題はありませんでした。
しかし、相撲の存続が危ぶまれていたのは事実で、そうした中で、 政府が「力士は例外」と言及したことには大きな意味がありました。
1317868277179771大久保利通が「大相撲だけは髷を残したい」と明治天皇に願い出たのだそうです。
実は、当時の相撲が存続の危機にあったのは、以下の事情がありました。
明治維新と文明開化により、日本の伝統文化は徹底的に否定され、 裸の相撲は野蛮だとする風潮が強まります。
1871年には、東京府の「裸体禁止令」により、東京相撲の力士は罰金、鞭打ち刑に処されました。
そしてついに「相撲禁止論」が浮上しました。
このような事態に対し、相撲好きの明治天皇および、伊藤博文らが尽力し、1884年に天覧相撲が行われ、社会的に公認されたと。
髷と裸・・・、文明開化には逆行する文化だったんですね。
この前の横綱が酷かったこともあり、白鵬の功績が目立ちます。
双葉山、大鵬の大相撲の至宝と並び称されるようになりました。

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