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2014年10月18日 (土)

またまた談志語録

footさすが談志師匠、色んなことを仰っていますね。
よく覚えとけ。
現実は正解なんだ。
時代が悪いの、世の中がおかしいといったところで仕方ない。
現実は事実だ。

現実(日々起こること)は正しいというよりも、現に起こっているということだから、いくら文句を言ったところで、絶対に変えることはできない。
だから、それを(事実を)受け入れるしかない。
実は、私は落語の原点がそこにあると思っています。
例えば、愛する人が去って行く。
悲しい・・、泣きたい、叫びたい、いっそのこと死んでしまいたい。
でも、愛する人が去って行ってしまった事実は変えようがない。
それを事実として受け入れるしかない。
どんな理由であろうとも、誰を恨んでも仕方がない、誰に文句を言っても無駄だ。
それを受け入れて(前提に)生きて行かなくてはいけない。
なぜなら、人は、生きるために生きているから。
・・と、そんなことでしょうか。
落語国の住人は、人を殺さない、自ら命を絶つこともない。
生きることが当たり前、生きていることこそが事実だから。
決して貧乏や無学や身分を恨まない。
与えられた環境(生まれた世界)で、一生懸命に生きる。
それぞれの天寿を全うするまで。
「らくだ」の屑屋も、「粗忽長屋」の熊さんも、「佃祭」の船頭夫婦や与太郎も、「妾馬」の八五郎もつるも赤井御門守も、「船徳」の徳兵衛も、「鰍沢」のお熊も伝三郎も新助も、「帯久」の和泉屋与兵衛も、そして「厩火事」のお光も、「文七元結」の長兵衛夫婦もお久も文七も、「芝浜」の勝五郎夫婦も、「藪入り」の熊さんとお光夫婦と亀ちゃんも、飯炊きの権助も、女中のおきよも、小僧の定吉も・・・。

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