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2014年10月 8日 (水)

月食を詠んだ和歌

fullmoonまたまた「月」の話題です。
ご存知の方はご存知ですが、私の名前(苗字)が月に関係があるので、どうしても気になってしまうのです。
新古今和歌集に、西行法師が中秋の名月を詠んだ、とてもロマンチックな歌があります。
  fullmoon月見ばと 契りおきてし ふるさとの
                          人もや今宵 袖ぬらすらむfullmoon

月を見たら私を思い出してくださいと約束した京都の人も、今宵の月を見て、私のことを思い出して、涙で袖をぬらしているだろう。
今日は中秋の名月、神々しいまでの輝きを見せる月。
あの人を想いながら眺める。
微笑んでいるかのような、やさしい月。
あの人に似ている・・・・。

・・・「唐茄子屋、唐茄子ぅぅ」ってなものですなぁ。20111210_2096727
そうではなくて、皆既月食を詠んだ和歌はないかと・・・。
山家集に西行の歌があるそうです。
  newmoon
いむといひて 影にあたらぬ 今宵しも
                          われて月みる 名や立ちぬらむfullmoon

世間の人々は月蝕は不吉だと、光にも当たらないようにしているが、私はそんな月であればなおさら、無理をしてでも見ようと思う。
奇人変人の悪い評判が立たなければ良いのだが。

突然月が欠け始めたら、昔の人が凶兆だと思うのが自然でしょう。
西行の歌からは、月食は不吉な現象であると考えられていたこと、そして、西行は好奇心から、月食をあえて観察する決意を固めたことがうかがえます。
天にある丸いものが欠けて行くということを、人は不吉な現象と考えるのでしょう。
皆既月食のあいだ「薄赤く染まる」月の姿も見ることができます。
これも不吉さを印象づける要素だったのかもしれません。
さて、西行と言えば、落語でもお馴染み。
我が郷里には「西行公園」があり、そこから望む「盆中の富士」も、乙なものです。
Saigyoukouen2_3_23944_03

「西行」は地噺ですが、いずれは挑戦してみたいですね。

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