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2014年8月15日 (金)

「君が代」と「寿限無」

bud今日は69回目の終戦の日。
今年も、全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれました。
正午の時報と同時に1分間の黙祷・・・。20145
幼い頃は、まだ終戦から何十年も経っていませんでしたが、遠い昔の歴史上の出来事だと思っていました。
が、長ずるに従い、日本もつい最近までとんでもない国だったんだと痛感するようになりました。
私は、伯父(父の兄)が22歳で戦病死しています。
(私が生まれるずっと前ですから、直接は知りませんが。)
仏間に飾ってある軍服を着た凛々しい伯父の写真は、物心ついた時から、いつも見ていました。
祖母が、問わず語りに話す自慢の長男(伯父)の生前の様子を、全く別世界のことのように聞いていたのを思い出します。
そう言えば、何も分からない私は、「もし伯父ちゃんが生きていたら、お母さんは伯父ちゃんのお嫁さんになっていたんだ」なんて言って、周りから苦笑を買っていました。
墓参をすれば、近所の家々の墓誌にも、20歳代で尊い命を落とした若者の名前が刻まれています。
しかも、亡くなったのは、日本から遠く離れた南方だったり、大陸だったりで・・・。
「あの家のおじさんにはお兄さんがいたんだ」とか、
「あの家では、息子さんが戦死してしまったので、おばさん(妹)がお婿さんをもらったんだ」とか・・・。
どんな理由であれ、戦争は絶対にしてはいけません。
テレビから「君が代」が聞こえて来ました。
歌詞をよく考えてみると、要するにあなたの命(代)は無限ですよという意味ですよね。
「さざれ石(細かい石・小石)」が(いわお)となり、さらにその上に苔が生えるまでの過程が、非常に長い年月を表す比喩として使われています。
・・・と、そう言えば「寿限無」にも似たような言葉がありますよ。
そうです「五劫の擦り切れ」です。
天女が時折泉で水浴びをする際、その泉の岩の表面が微かに擦り減り、それを繰り返して無くなってしまうまでが一劫とされ、その期間はおよそ40億年。
それが5回擦り切れる、つまり永久に近いほど長い時間のことを言っています。
君が代と寿限無は、同じことを言っているんですね。
ところで、君が代には2番の歌詞があるそうです。
現在歌われている「君が代」は、「古今和歌集」から引き抜かれた、詠み人知らずの和歌だそうです。
今の歌詞は正式に法律で決められていて、2番以降は歌われませんが、この過程で諸説があるものの、こんな感じの2番と3番もある(あった)ようです。
  君が代は 千代に八千代に
      さざれ石の 巌となりて こけのむすまで
  君が代は 千尋の底の
      さざれ石の 鵜のいる磯と あらはるるまで
  君が代は 限りもあらじ
      長浜の 真砂の数は よみつくすとも

3番の歌詞にも「寿限無」の「海砂利水魚」に通じるものがあります。
そうか、「寿限無」というのも、ありがたい言葉なんですね。
さざれ石が苔むし、五効が擦り切れるまで、平和が続きますよう。

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