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2014年8月 2日 (土)

伽羅の危機?

wine「伽羅の下駄」という噺があります。
扇子っ子連の千早亭早千さんは、香道にも詳しく、一度誘われて、師匠とお香の会にも参加したことがあります。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/11/post-90e1.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/11/post-e961.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/11/post-1928.html
そこで知った「伽羅」という香木のこと。
伽羅の下駄という噺は、伊達のお殿様が出て来ます。C0078874_5464053
豆腐屋の六さんが大家から呼ばれる。
店賃の催促と思いきや、大家は店を開けるのが遅いのは何故かと。
六さんは毎夜、大工の源公に誘われて吉原に冷やかしに行って遅くなり、朝寝坊しているのだ。
大家から、「豆腐屋は朝が早いのが決まりで、豆腐が朝飯に間に合わなければ町内の連中も困る、「早起きは三文の得」とも言う。心を入れ替えなければ店立てする」と脅かされる。 
その晩は源公の誘いを断った六さん、翌朝はすっきりと早起きで、店の戸を少し開けて石臼で豆を挽いていた。
そこへ紫の頭巾を被った品のいい武家が、水を飲ませてくれと来た。
六さんは掘抜き井戸から冷たい水を汲み差し出すと、武家は美味そうに一気に飲み干し、お代わりした。
武家はあいにく金の持ち合わせはないのでと、下駄をぬいで六さんに与え、代わりに汚い草鞋をはいて帰って行った。
六さんは井戸の水じゃあ銭にはならず、「早起きなんて一文の得にもならねぇ」と、ぼやきながら朝飯を食い始めた。
するとどこからかいい香りが漂って来た。
土間に置いた下駄が、かまどの火にあぶられて芳香を出している。
何の下駄だろうと思った六さんは大家の所へ持って行く。
大家はこの下駄は吉原の三浦屋の高尾太夫の所に通う仙台の殿様の「伽羅の下駄」だと言う。
片方でも百五十両は下だらない値打ち物という。
三文の得どころか三百両もの大得ですっかり喜んだ六さん、「ゲタゲタ」と大笑いして、店に戻ってかみさんに、「伽羅の下駄で、一足で三百両だ」と話すと、
かみさん 「こんな嬉しいことはない、きゃらきゃらきゃら」
豪勢な噺、伊達男とはよく言ったものだと思います。
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さて、日本書紀によれば、香木が日本に渡来したのは、今からおよそ1400年前の推古3年(595年)に淡路島に漂着した大きな木が始まりとされています。
当時の島の人間が知らずに薪として火の中に入れたところ、素晴らしい香りが立ち込めたそうです。
島の人々はあわてて火の中からその漂着した流木を取り出し、時の朝廷に献上したそ うです。
その時、聖徳太子は、その流木を見て、「これは沈(沈香木)なり」と言ったそうで 、このとき既に香木の知識・情報があったと推定されているそうです。
現在、伽羅は、ワシントン条約の2種に指定され、許可がないと輸出入が出来なくなりました。
ここ数十年で採れにくくなり、価格も高騰しています。
20年前には10gで1万円だったものが、現在では、0gで20万円前後もするようになっているそうです。
ひと昔前は、伽羅と金の価値が同価と言われていました。

そこへ中国バブルです。
いつ崩壊するか分からないと囁かれる中で、中国の富裕層は、虎視眈々と私有財産を増やそうと買い占めを行っているそうですが、自分たちが得するものであれば、とことん手を伸ばす姿勢は、物凄い。
中国では土地の私有が認めてられていませんから、私有財産を増やせるものであれば、何にでも飛びつく習性がある訳ですね。
そして、そんな彼らが今ひそかに買い占めているのが「伽羅」なんだそうです。
伽羅は、“神が創った香り”とまで言われ、数年前にワシントン条約の2種に指定され、許可がないと輸出入が出来ません。
また、それに伴って価格も高騰し、20年前には10gで1万円だったものが、現在では、1gで2万円前後に変動しているそうです。
採出も難しくなる一方で、その価値はゴールドのように扱われているのだそうです。

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