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2014年6月20日 (金)

怪談 阿三の森

深川牡丹町の近くの"スズメの森"という場所は、誰言うとはなしに「阿三(おさん)の森」と言われるようになったそうです。
江戸時代の実話だそうで、その由来について・・・。

Osan_tizu
本所に二千石をとる旗本・松岡家があった。
そこに奉公に出ていた、漁師の善兵衛の娘で、十八になる”おかの”と言う美女がいた。
殿様のお手がついて妊娠し、深川蛤町の実家に帰された。
月満ちて女の子を出産”阿三”と名付けた。
実家の裏に離れを建てて、殿様もちょくちょく見えて何不自由ない生活をしていた。
しかし、間の悪い事に母親が亡くなり、続いて殿様も亡くなって、阿三は祖父に預けられたが、生活に困窮していた。
漁師を止めて、亀戸の天神橋のそばで団子屋を始めた。
梅見団子を売り出して繁盛し、十七の時には母親の器量を写して団子屋の看板娘となっていた。

幇間医者の藪井竹庵が、本所割り下水に住む”阿部新重郎”と言う跡取り息子を臥龍梅を見た帰り 、団子屋に連れてきた。
22歳で役者のような美男。
離れで、看板娘”阿三”と出会ったときに娘に一目惚れしてしまった。
同じように娘も一目惚れしてしまった。
その後、何日しても藪井竹庵が訪ねてこなかったが、呼びにやり団子屋に訪ねて行った。それからは毎日のように一人で阿三の元に訪ねて、逢瀬を重ねた。
今では将来を約束する仲になっていた。

新重郎は松岡家から阿部家に養子に入っていた。
本家の実母の様態が悪いというので、お見舞いに訪れたが、その席で母親から意外な事実を聞かされた。
「父親が奉公人の娘に手を出し子供を作ったが、里に帰し、今では十七になる娘に成長しているはず。聞くところによれば亀戸で団子屋の娘として働く阿三だという。お前の実の妹なので陰ながら面倒を見て欲しい」という。
心のわだかまりがなくなったと見えて母親は亡くなった。
四十九日も過ぎたが、新重郎は実の妹と犬畜生と同じ関係になった事を悩んでいた。
今後は逢わない事を心に誓って、再出発する事にした。
しかし、その事を知らない阿三は彼が来ないのを気にかけて、亡くなってしまった。

以上が前編で、実の兄妹が深い関係になってしまうという・・。
後編は怪談になって来る訳です。

久しぶりに藪井竹庵が訪ねてきて、阿三が亡くなった事を告げる
新重郎は閑静な向島に住まいを移し気持ちを切り替えていた。
お盆の夜、寝られないでいると、深夜庭先を「カラン、コロン」と下駄の音を鳴らしながら女性が通って行った。
間もなく戻ってきて、窓下で止まった。
「御前様」と声が聞こえたので、覗くと朝顔の花柄の浴衣を着た阿三であった。
死んだ事はなく老人がうるさく出られないので、小梅から深夜怖いのも忘れて訪ねて来たという。
抱き合って喜び、部屋に通し、お互い生きていた事を幸せにおもい、将来を改めて誓い合った。
夜ごと女が訪ねてくるので、婆やが不審に思い覗いてみると、煙のようなものと話しているのを目撃し、主人に報告。
菩提寺の法恩寺の住職に訳を話し、重三郎に言い聞かせ、窓にはお札を張ってもらった。その夜から阿三は現れる事はなくなり、重三郎も元気を取り戻し、本所割り下水の屋敷に戻った。
1月を迎えたとき麻布の娘と仲人がたって祝言を上げた。
その席、二人の間に蛇が現れ恨めしそうにのぞき込んだ。
重三郎はキセルで蛇を殺したが、毎晩現れた。
Osan_inari
その事を住職に相談すると、阿三が蛇に化身して出てくるので、出てきたら私の衣に包んで、その上から縄で結んでおくように言われ、その様にすると難なく捕まえる事が出来た。住職は東の小高いところ”スズメの森”に埋めて、その上に祠を建てた。
その難を仏力で封じ込め”阿三の森”と言う様になった。
阿三の森はお産の森と言い換えられて、安産の御利益があるとたいそう繁盛し、稲荷となった。
1年して、妻が亡くなって、今後は妻をめとらないと、つむりを丸めてこの稲荷の側に庵を建てて菩提を弔らった  。
実際にあったと言われている、阿三の森の由来。
何となく、牡丹燈籠のお露と新三郎にも似ている気がします。
圓朝作品のリストにあるのですが、実話に基づいているようなので、圓朝作ではないという説もあるそうです。
前編は発端で「梅見団子」でのお三と阿部新十郎の出会い。
後編が怪談となって、死んだ阿三が幽霊となり、新十郎の元へ通って来ますが、蛇の姿になった阿三を捕えて雀の森に埋葬する。
森はいつの間にか「阿三の森」と名前を変え、祠は「阿三様」と呼ばれるようになる。
それにしても、深川蛤町や牡丹町など、落語っ子連の「深川三流亭」と重なって、とても興味深くなりました。

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