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2014年5月 9日 (金)

万両

知人から、先日桂文珍師匠の独演会に行って「万両」と言う噺を聴いたと聞きました。
私は、「小間物屋政談」を別名「万両婿」と呼ぶのでと・・・。
Yjimage_3知人が、確かに「万両」で検索すると「万両婿」が出て来るが、全く違う噺だと言います。
そこで、「上方落語、万両」で検索してみました。
上方落語で「お文さん」という。
「万両」という別名もある。
本願寺八世蓮如上人は、本願寺中興の祖と仰がれる業績を残したが、遺業の中で最も有名なものの一つに文書伝道がある。
蓮如の真宗興隆への方法はいろいろあったが、文書による教化法は最大の効果を発揮した。
蓮如が道俗のために認めた法義上の消息を孫の円如はよく集めた。
これを浄土真宗本願寺派(西本願寺派)では「御文章」と呼び、真宗大谷派(東本願寺派)では「御文(おふみ)」という。そのほかに「宝章」とか「勧章」とか「五帖消息」とかいう異称もある。
一応まとめられたものには五帖を通じて八十通あるが、実際にはまだまだ多くの文を蓮如は書いた。
真宗の門徒(本願寺派)の間では、これを朝夕の勤行に一通づつ読誦する習慣がある。

・・・って、何のことか分かりません。
「お文さん」と言う噺を、「千字寄席」で調べました。
日本橋辺の酒屋のだんな、愛人のいることがおかみさんにばれ、今後、決して女の家には近寄らないと誓わされた。
ある日、赤ん坊を懐に抱いた男が、店に酒を買いにくる。
ついでに祝い物を届けたいから、先方に誰か一緒について来てほしいと言うので、店では小僧の定吉をお供につけた。
ある路地裏まで来ると、男は定吉に、
少し用事ができたから、しばらく赤ん坊を預かってほしいと頼み、小遣いに二十銭くれたので、子供好きの定吉は大喜び。
懸命にあやしながら待っていたが、待てど暮らせど男は現れない。
定吉が困ってベソになったところへ、番頭がなぜかおあつらえ向きに路地裏へ現れて、
定吉と赤ん坊を店に連れて帰る。
さては捨て子だというので、店では大騒ぎ。
案の定、男が買った樽に、「どうか育ててほしい」という置き手紙がはさんであった。
おかみさんは、もう子供はできないだろうと諦めかけていた折なのですっかり喜び、家の子にすると言って聞かない。
だんなも承知し、育てるからには乳母を置かなくてはならないと、早速、蔵前の桂庵(就職斡旋所)まで出かけて行った。
ところが、だんなが足を向けたのは、何と切れたはずの例の女の家。
所は柳橋同朋町。
実は、これはだんなの大掛かりな狂言で、愛人のおふみに子供ができてしまったので始末に困り、おふみの伯父さんを使って捨て子に見せ掛け、おかみさんをだまして合法的に(?)赤ん坊を家に入れてしまおうという魂胆。
その上、おふみを乳母に化けさせて住み込ませよう、という図々しさ。
もちろん、番頭もグル。
こうして、うまうまと母子とも家に引き取ってしまう。
奥方はすっかりだまされ、毎日赤ん坊に夢中。
そのせいか、日ごろの焼き餅焼きも忘れて「乳母」のおふみまで気に入ってしまう。
一方、だんなはその間、最後の工作。
問題は定吉で、これも、ふだん、だんなに買収され、愛人工作にかかわっていたため、
妾宅にも出入りし、もちろんおふみの顔を知っている。
で、魚心あれば水心。
口をつぐめば小遣いをやると、約束して、これもOK。
だが、定吉はふだんからおふみに慣れているから、ついおふみを様付けで呼んでしまうので、危険極まりない。
「いいか、乳母に様なんぞつける奴はねえ。うっかり口をすべらして様付けなんぞしてみろ、ハダカで追いだすからそう思え」
数日は無事に過ぎたが、ある日、おかみさんがひょうと気づくと、だんながいない。
「ちょいと、定吉や。だんなはどこにおいでだね」
「ちょいとその、おふみさ、もとい、おふみを土蔵によんでいらっしゃいます」
昼日中から乳母と二人で土蔵とは怪しいと、おかみさん、忘れていた嫉妬が急によみがえり、鬼のような形相(ぎょうそう)で土蔵へ駆け込む。
ガラリと戸を開けると、早くも気配を察しただんな、「我先や人や先、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、今日とも知らず明日とも知らず、遅れ先立つ人は本の雫」
おかみさんは面食らって
「ちょいと定吉、どういうことだい。おふみじゃないじゃあないか。だんなさまが読んでいるのは、一向宗のお文(ふみ)様だよ」
「でも、様をつけると、ハダカで追いだされます」・・・。
・・・なるほど。
シチュエーションは「権助魚」、発想は「山﨑屋」というところでしょうか。

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