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2014年5月 6日 (火)

柳橋

両国広小路からちょっと左に入ると、緑色の堅牢な橋が見えます。

これこそが、かの柳橋です。

柳橋は1630年の江戸時代に徳川幕府が設置した米蔵「浅草御蔵」として指定されており、現在の柳橋二丁目には三河岡崎藩邸や信濃上田藩邸などの武家屋敷が置かれており官有地となっていたそうです。

そして、柳橋一丁目は浅草旅籠町などが中心に江戸前の料亭が軒を連ね、特に柳橋芸妓で知られたのは、良く知られています。

柳橋は神田川が隅田川に流入する河口部に位置する第一橋梁。

その起源は江戸中期、当事は下柳原同朋町(中央区)と対岸の下平右衛門町(台東区)とは渡船で往来していたものの不便な為、元禄10年(1697年)に架橋を願い出て許可され翌11年に完成。

明治20年(1887年)に鋼鉄橋になり、その後の関東大震災にて焼失したため、震災復興事業として昭和4年(1929年)に現在の橋が完成。
永代橋のデザインを取り入れたといわれています。

江戸時代は、隅田川の船遊び客の船宿が多く、花街として新橋と共に東京を代表する場所になりました。

柳橋芸者は遊女と違い、唄や踊りで立つ事を誇りとし、プライドが高かったと言われています。

こんな船宿がたくさんあり、花街としても賑やかだったことでしょう。

それにしても、柳橋という言葉のイメージと実際の橋とのギャップがすごいですね。

思いつきで、とりあえず柳橋まで来ました。
おっと、両国広小路の南側に立ち寄る場所がありました。

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