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2014年5月 6日 (火)

回向院

ここにも何度か来ています。

諸宗山無縁寺回向院・・・。

今からおよそ340年前の明暦3年(1657)振り袖火事で江戸の市街の6割以上が焦土と化し、十万人以上の焼死者を出しました。
身よりのない大半の人々の亡骸を集めて供養したのがこの寺の始まりです。
正式名称を「諸宗山無縁寺回向院」と言います。

その後、火災、風水災、震災等で横死した無縁仏を葬る習わしが生まれ、日本一の無縁寺へと発展しました。

境内には様々な動物の慰霊碑、供養塔があります。
文化13年(1816)一番古い「猫塚」から始まり、「唐犬八之塚」、「膃肭臍(オットセイ)供養塔」、義大夫協会の「犬猫供養塔」、同じく邦楽器商組合からも同名の供養塔が建てられています。
これは太鼓、三味線などの皮を使うためでしょう。

寺の言い伝えによると、「文化年間、日本橋に住んでいた時田半治郎が貧乏で困っている時に、飼い猫が小判をくわえて来た。
以来、時田家の家運は隆盛に向かい、これを徳とした時田家の者が猫の死後に建てたのがこの猫塚」
、と言われ  、落語の舞台と異なっています。

鼠小僧次郎吉の墓の右側に小さい三つの墓(塚)が縦に並んでいます。
石の表面に彫られた文字がはげ落ちて判読は出来ず、どこにも猫塚の表記はありませんが、これが猫塚です。
過去には「価善畜子」と彫られていたという。
塚の台座に「木?由之助」とだけ読めます。

やはり一番有名なのは、鼠小僧次郎吉の墓でしょう。

未だに、お参りをする人が絶えないようです。

また、江戸勧進相撲が境内で開かれ、明治43年国技館が出来るまで、興行の中心地であったため、相撲協会が建てた「力塚」があります。

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