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2014年5月 5日 (月)

吉原神社

吉原神社は、弁財天のすぐ近くにあります。

芸道富有、子孫繁栄の神様が祀られている吉原神社は、遊郭の総鎮守として崇敬されてきました。

祀られている市杵嶋姫命は、遊郭の土地造成でできた弁天池に祀られ、関東大震災の後に遊郭の守護神に加えられました。

その像は童女のような清純さと優しく美しい面立ちで、女性の愛と苦しみを清めて包み込む救いの姿です。

かなり降っていた雨も、弁財天で雨宿りをしていたら、どうやら上がって来た様子。

弁天様は、芸道富有・・・芸事の神様でもあります。
「落語が上手くなりたい」と、密かに祈りました。

元和3(1617)年、徳川幕府の命によって、江戸市中各地に散在していた遊女屋は日本橋葦町あたりに廓として統合されました。
これが「江戸元吉原」です。
その後、明暦3(1655)年の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、そこに新しく造られたのが「新吉原」ということになります。

新吉原遊郭には、古くから鎮座されていた玄徳(よしとく)稲荷社、それに廓内四隅の守護神である榎本稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、九朗助稲荷社が祀られていました。
この五社が明治5年に合祀されることになり、「吉原神社」として創建されました。
吉原神社の歴史は新吉原遊郭と折り重なり、廓の鎮守の神として古くから崇敬されてきました。
五社のなかでも 九朗助稲荷社の創建は古く、和同4(711)年、白狐黒狐が天下るのを見た千葉九朗助という人の手で元吉原の地に勧請されたのがはじまりとされています。
そして廓の千束村への移転にともなって浅草新吉原の地にふたたび勧請されました。
廓内の神のなかでも伝説や逸話に富み、遊女、遊客とからみ、開運、縁結び、商売繁昌のご利益のある神として華やかな信仰を集め、その様は江戸の小噺集などにもしばしば登場しています。
・・・以前、浅草七福神のウオーキングイベントで来たことがありましたが、その時はあまり印象に残りませんでしたが。
 日本橋田所町三丁目・日向屋半兵衛の倅時次郎のような気持ちで、いよいよ吉原に踏み込むことにしましょう。
雨も時々ひどくなって来たりしています。
先を急がなくては・・・、大門で止められる?

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