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2014年5月 5日 (月)

仲之町から吉原大門

もう一度、地図で確認です。
今、青い枠の左辺の吉原神社を出て、東に向かっています。

ここは、仲之町通りと言うようです。

仲之町と言えば、廓内のメインストリートです。

そう、大門を抜けると吉原のメインストリートで仲之町と呼んでいました。
仲之町の左右には引手茶屋がつらなり、上質の客はここで相談してから登楼、普通の客はその間の横丁を抜けて張見世で遊女を選んで登楼したそうです。Yoshiwara
上の図で、今一番上のあたりにいるということですね。
下の図ならば、左端の真ん中ということでしょう。800px1846_yoshiwara_map
新吉原は、奥行き150間(273メートル)、幅百80間(328メートル)の20,767坪だったそうです。
廓の四方は塀で取り巻き、その周囲を「おはぐろどぶ」と呼ばれる堀をめぐらしてあったのです。
240pxyoshiwara_circa_1872
今は、当時の面影はほとんどありません。

日向屋の若旦那の時次郎は、初会で花魁浦里に"落城"してしまいます。

雨の中、風俗店が並んでいる通りを歩いていると、まだ午前中なのに、客引きのお兄さんから声をかけられます。

そこへ、消防車がサイレンを鳴らして走り抜けて行きました。
ここのところ、消防車をよく見かけます。

今は、台東区千束4丁目ですが、昔は、浅草志ん吉原揚屋町と言ったんですね。

300メートル足らずの距離だったそうですから、歩いて間もなく、吉原大門の交差点に着きました。

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