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2014年3月 3日 (月)

深川の雪

こんな記事がありました。
江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿(?~1806年)の最晩年の傑作で長らく行方不明だった肉筆画「深川の雪」が発見され、66年ぶりに公開される。
専門家は「浮世絵史において、発見の意義は大きい」としている。
「深川の雪」は縦1メートル99、横3メートル41で、浮世絵としては最大級の掛け軸。
東京・深川の料亭を舞台に火鉢を囲んだり、遊んだりする遊女ら27人の姿が念入りな筆遣いで生き生きと描かれている。
「品川の月」(米・フリーア美術館蔵)、「吉原の花」(米・ワズワース・アセーニアム美術館蔵)とともに、歌麿の「雪月花」3部作として知られている。
1948年に東京での展覧会で公開されたのを最後に行方が分からなくなっていたが、2年前に東京の美術商によって発見され、岡田美術館(神奈川県箱根町)が購入した。

深川の雪
海外流出していなくてよかった・・・。
「品川の月」「吉原の花」そして「深川の雪」で雪月花・・・いいなぁ。
下が「品川の月」です。今や”アメリカ在住”なんですね。
深川の雪
姓は北川、後に喜多川。
幼名は市太郎、のちに勇助(または勇記)と改める。
名は信美。初めの号は豊章といい、歌麻呂、哥麿とも号す。
通常は「うたまろ」と読むが、秘画本には「うたまる」としているものもある。
俳諧では石要、木燕、燕岱斎、狂歌名は筆の綾丸、紫屋と号して、蔦屋重三郎とともに吉原連に属した。
国際的にもよく知られる浮世絵師として、葛飾北斎と並び称される。
繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した美人画の大家である。
生年、出生地、出身地など不明。
生年に関しては、一般には没年(数え54歳)からの逆算で宝暦3年(1753年)とされる。
出身に関しても江戸市中、あるいは京、大坂、栃木、川越との諸説がある。
下が、「吉原の花」だそうです。これも今や"アメリカ在住"。
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歌麿と言えば、車浮代さんの「蔦重の教え」に登場していますから、とても親しみを感じ始めていたところです。蔦重(蔦屋重三郎)も・・・。
そういえば、この小説が好評で、3刷が決まったり、車さんのところに講演のオファーも増えているようです。
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落語っ子連へ「三流亭まど絵」復活を待ち望んでいるのですが、さらに多忙になってしまうかもしれません・・・。
それはそれで、まことに結構なことですが。

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