えっ?また雪?
気象庁は、前線を伴う低気圧が本州南岸を発達しながら通過するため、関東甲信の山沿いでは3月2日午後に大雪となる恐れがあると発表した。
東京23区などの平野部でも雪が降り、気温が低下した場合は積もる可能性がある。
同庁は路面の凍結や交通の乱れに注意を呼び掛けている。
もう、いい加減にして欲しいものです。
明後日、実家に帰ろうと思っているのですが・・・、やや心配。
« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »
気象庁は、前線を伴う低気圧が本州南岸を発達しながら通過するため、関東甲信の山沿いでは3月2日午後に大雪となる恐れがあると発表した。
東京23区などの平野部でも雪が降り、気温が低下した場合は積もる可能性がある。
同庁は路面の凍結や交通の乱れに注意を呼び掛けている。
もう、いい加減にして欲しいものです。
明後日、実家に帰ろうと思っているのですが・・・、やや心配。
今月は、世の中全体が豪雪とオリンピックで明け暮れました。
我が落語徘徊も、ヨレヨレでした。
何と言っても、林家あずみさんの寄席初出演の高座を聴くことが出来たのは幸運でした。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/02/post-13d2.html
◇ 1日 鈴本演芸場2月上席
◇ 23日 国立名人会
2月15日に、ブログアクセス累計が58万件を突破しました。
来月から3ヶ月連続で開催される落語会のチラシのイメージも出来つつあります。
まずは、3月29日(土)の「落語っ子連・深川三流亭」。
そして、4月5日(土)の「扇子っ子連・千早亭落語会」。
5月は、「OB落語会・お江戸あおば亭」です。
また、「産みの苦しみ」が始まります。
この1ヶ月で、「鰍沢」と「通夜の猫」を仕上げないと・・・。
南房総館山の小学校の先生である千公さんからMLのメール。
こちらは、クラスの子どもたちが4年生で10歳。
「2分の1成人」という一区切りで、これまでお世話になった地域の方々にお礼の意味を込めて、落語を練習し、ポスターをスーパーなどにはり、チラシを配り、老人会の方々を紹介し、公民館で寄席を開きました。
数年前に別の小学校でやった時より、子どもの出来が全然違います。
それは千公が師匠に教わることができたからと思います。
本当に感謝申し上げます。
そこで、千公自らも一席「時そば」をやらせていただきましたが、子ども曰く「おもしろかったけど、まあ、普通の出来だね」とのこと。
そんなことで、まだまだ精進が足りず・・・・。
子どもは正直ですね。先生は辛いねぇぇ。
ところで、真面目な話、師匠がライフワークで続けている「落語の授業」の大切さが実証されていますね。
師匠が常々仰っている、「好き嫌いだけでなく、善し悪しの判断が出来なくてはいけない」「芸能には品がなくてはいけない」・・・。
やはり、幼少の頃からインプットしておかないといけません。
いよいよ明後日が「卒業生追い出し落語発表会」です。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/3519/
第153回卒業生追い出し落語発表会
主催 東北大学学友会落語研究部
日時 平成25年3月1日(土)
12:30開場 13:00開演
場所 仙台市戦災復興記念館5階和室
木戸銭(入場料) 無料
予約などは必要なく、全席自由で、途中入室退室自由です。
東北大学学友会落語研究部、今年で四回目の学外の落語発表会です。
今回は卒業生の落語を中心にしています。・・・だそうです。
仙台の皆さま、御用とお急ぎでない方は、是非ご来場ください。
4年生の皆さん、4年間お疲れさまでした。
早速、OB会に入会していただきたいと思います。
ツイッターによれば、一生懸命稽古しているようです。
漫才の話題ですが。
「平成26年度 漫才新人大賞」の開催日程が発表されました。
オープン参加予選は4月6日(日)に東京・日暮里サニーホール。
本戦は7月22日(火)に東京・国立演芸場で。
「漫才新人大賞」は東京漫才の技芸向上および継承のための人材育成を目的とし、結成10年以内の漫才師を対象とした漫才協会主催の大会。
過去にロケット団、ナイツ、ハマカーンらが大賞に名を連ね、昨年2013年はS×Lが受賞した。
オープン参加予選のエントリーは3月1日から20日まで受付。
4月21日(月)に東京・東京芸術センター 天空劇場にて行われる「天空寄席Special」での漫才協会内予選には、前回本戦に進んだ新宿カウボーイ、母心、おしどりらが参加。
ロケット団やナイツなど、寄席を大事にしながら活動する、お喋り中心の、騒がしくないグループ(コンビ)が、多く出て来て欲しいですね。
かつてのTBSの看板アナウンサー・・・。
“ブンさん”の愛称で人気だった元TBSアナウンサーの山本文郎さんが亡くなったそうです。享年79歳。
私には、「落語研究会」のテレビ放送の進行役というイメージです。
早大第一文学部を経て1957年ラ ジオ東京(現TBS)にアナウンサー として入社。
「テレポートTBS6」 「モーニングEye」など報道・情報番組から演芸番組まで幅広く担当し、 94年退社後はフリーアナとして活躍 した。
2008年には31歳下の由美 子夫人との再婚が話題になった。
・・とはいえ、この「落語研究会」の放送は、夜遅くというか、朝早くというのか・・・。
「へっつい幽霊」の幽霊か、「芝浜」の魚勝あたりでないと、起きていない時間帯ですから、あまり視聴したことはないんです。
ご冥福を祈ります。
「新参です。」というメール。
仕事で、ロサンゼルスのアナハイムという所に来ています。
ディズニーワールドで有名な場所です。
帰国が日曜日の夕方になりますので、次回の稽古会は欠席させていただきます。
昨日、浴槽でシャワーを浴びている際に足を滑らせてバスタブに頭をぶつけ、三針縫う怪我をしてしまいました。こんなところに危険があるとは思いませんでした。百梅さん、様式の滑り止めがついていないツルツルのバスタブにご用心してくだい。
おやおや、わざわざアメリカ西海岸まで行って、大出血サービスの"お裁縫"までしなくても・・・。
今度の「深川三流亭」で、新参さんは「天災」を演る予定なので、お見舞いのメールを送りました・・。
(前略)しかし、ツルツルのバスタブを恨んではいけません。
これも天災だと思えば、腹も立たないでしょう。
すると、太平洋を越えてまた返信。
これって、天災でしたか。
お稽古のテーマを、地で行ってたんですかね。
天が滑らせたんだ、と思えば腹ぁ立たない、これすなわち天災よ!
・・と、まぁ実に明るい、実に能天気なやり取りをしました。
日本国と米国との間は、落語国がもっているんですねぇ。
新参さん、師匠からもお見舞いの言葉をもらって。
もともと容量の少ない頭でしたから、医者の診断結果は外傷で、中は問題ないと言うことでした。
抗生物質の軟膏を処方して貰って、メンテナンスしています。
糸は帰国後の月曜日に取ってもらうつもりです。
軽くてよかったです。お大事に。
新参さんには申し訳ありませんが、とても面白い話ですね。
”いと”おもしろしという・・・・?
それにしても、アナハイムでニューヨーク(入浴)とはこれいかに。
恥ずかしくて、アナハイムたい(穴に入りたい)というがごとし・・。
そうそう、今度の日曜日は、落語っ子連の稽古日です。
今回の大雪の被害を見て・・・。
山梨県知事も、改めて「豪雪による農業被害への復旧に関する取り組みへの「ふるさと納税」もお待ちしております。」というコメントを出していました。
本当に真面目に考えないと・・・。
ホンダは、自社として初のハイブリッド車「インサイト」の販売台数が落ち込んでいるため、今月いっぱいで生産を終えることを決めたそうです。
200万円を切る価格で人気を集め、平成21年の4月にはハイブリッド車として、初めて国内の新車販売台数でトップになったという栄光もありましたが・・。
トヨタ自動車の「プリウス」との競争には、残念ながら勝つことが出来なかったということでしょう。
「プリウス」が燃費性能を1リットル当たり30キロ以上に向上させる一方で、「インサイト」は20キロ台後半にとどまったことなどから、去年の販売台数はピーク時のおよそ25分の1の3800台余りにとどまっていたそうです。
確かに、最近名前を聞かなくなっていました。
この世界の競争、栄枯盛衰は激しいですね。
これは、新聞記事で知ったもので、"インサイト(インサイド)情報"ではありません。
それが言いたかっただけです。
破れ家笑児さんから、「浅草ことぶ季亭」のお席亭でもある「花季彌生」師匠の端唄俗曲の一門会の情報。
場所は三越劇場です。
主な出演は、彌生会のお弟子さんを中心に、端唄花季会の同人、向島・熱海の芸者連、鳴物の望月左之助社中と大勢で、端唄・俗曲・舞踊と華やかな番組となっています。
おなじみのところでは、三味線漫談の林家あずみさんも舞台に上がるほか、蕪生師匠が、志ん生師匠の得意としていた大津絵「冬の夜に」をご披露されるそうです。(笑児さんは脇三味線・・。)
≪端唄彌生会≫
日時:3月30日(日)開場11時・開演11時30分
場所:三越劇場(入場無料)
・・・凄いですねぇ。
三越劇場ですよ。入場無料ですよ。
2月26日と言えば、1936年に起こった事件が有名です。
そして、この事件のことを聞くと、落語ファンが思い出すのは、先代の柳家小さん師匠です。
小さん師匠は、前座時代に陸軍歩兵第3連隊に徴兵され、二等兵となりました。
二・二六事件では、反乱部隊の兵卒として警視庁占拠に出動したんです。
ご本人はクーデター計画など知らず、上官の命令のまま警視庁に機関銃を向けていたそうで、反乱部隊の屯所で、上官命令で落語を一席させられたという。
その時の演目が「子ほめ」。
反乱の最中で緊張でピリピリしている兵士達が笑うわけがなく、「面白くないぞッ!」のヤジが飛んだということでした。
そりゃそうですよね。
演っているご本人だって、ちっとも面白くなかったでしょうから。
ま、それはそれとして、今から4年前の今日は、叔父のある会で、親類縁者の前で落語を演った、記念すべき日なんです。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/02/post-d156.html
あぁ、そんなこともありました。
実は、両親の結婚記念日です。
父が存命中なら、今日が59回目でした。
私たちの世代なら、親に見せたくないもの、親にも見たくない子どもの姿というのがある気がするのですが・・・。
国公立大学の2次試験の前期日程が始まりましたが、東北大学では試験開始が“ある理由”で30分遅れたそうです。
当日の朝、試験に合わせて用意されたバスに乗り切れず、多くの受験生が試験開始に間に合わなくなったそうなんです。
しかも、その要因は受験生に付き添う保護者が増えたためというのですから・・・・
「見ていて保護者というか、引率で来た人の方が多かった」と、仙台市交通局の課長さんが言っています。
何とも・・・・、言葉になりません。
某▲元首相が浅田選手がショートプログラムで16位に終わった後、「あの子は、大事な時に必ず転ぶ」と発言したことをどう思ったかを海外メディアから質問されて、「私自身、それを聞いたのは終わった後だった。人間なので失敗することもある。失敗したくて失敗しているわけじゃない」「私は別になんとも思っていないですけど、▲さんが今、後悔しているのではないかなと思います」と答えたそうです。
会場は爆笑に包まれたそうです。
お見事です。実に大人の対応ですね。
それに比べて・・・、ジイサンのバカぶりが、ますます際立ちました。
そして、言うに事欠いて「真意が伝わらない」と言ったそうですが、このジイサン、アホでそもそも正しい言葉で真意を伝えることも出来ないんですね。
「フィギュア団体戦で戦略を間違えたと指摘したかった」んだったら、その通り言えば良いのに。
国民全員に不快感を与え、敵に回してしまったのは、この方のいつものことながら、自業自得です。
この人、これからも舌禍事件を起こすんでしょうね。
▲元首相とかけて 釧路と説く
その心は 湿原(失言)がつきものでしょう・・。
これ、今でも寄席で受けていますから、大したものです。
もう3月号なんですね。
表の色合いもピンク系で、何とも華やかな雰囲気です。
今月のインタビューは、落語協会春の新真打の皆さん。
□柳家小権太改メ三代目柳家東三楼さん
□鈴々舎風車改メ四代目柳家三語楼さん
□三遊亭亜郎改メ三遊亭究斗さん
□古今亭志ん公改メ五代目古今亭志ん好さん
□桂才紫改メ三代目桂やまとさん
全員が襲名真打昇進なんですね。
いよいよ真打昇進襲名披露興行が始まります。
実は、三語楼さんと究斗さんは、一度も聴いたことがありません。
他の3人は何度か聴いていますので、親しみはあります。
このインタビュー記事を読んで、三語楼さんに興味を持ちました。
チャラチャラしているように見える人が多い中で、あ、他の新真打の人ではありませんよ、三語楼さんの姿勢に共感しました。
天衣無縫を勘違いして、出鱈目、無礼を許す傾向は、どの世界でも良くないと思いますから、身なりも含めて、普段からきっちりとしていることは、見られる立場の芸人さんには必要だと思います。
ちょっと、追いかけてみようかと思います。
東三楼さんと志ん好さんは今までどおり、やまとさんも要チェックだと思っています。
いずれにしても、楽しみですね。
こんなブックレビューがありました。
車浮代著「蔦重の教え」
いや~、またまた面白い小説に出会ってしまいました♪
増刷中で、先日入荷の分はあっという間に売り切れていましたが、待ちに待った増刷分が入荷!
この物語は、依願退職願いを強要され、がけっぷちの55歳サラリーマンのタケが、偶然立ち寄った神社のお稲荷さんの怒りを買い、江戸時代にタイムスリップしてしまうところから始まります。
そこで、出会ったのは江戸時代の出版社を作った蔦屋重三郎。
実は、喜多川歌麿や写楽を世に送り出すほどの商売人の蔦重から、商売繁盛の極意、成功の本質を徹底的に教わるのですが、読んでみたら、最近読書のすすめで強くおすすめしている「逆のものさし」「三方良し」「江戸しぐさ」「恩送り」などなど、時代が変化している今こそ大切にしたい≪商いの智恵≫がこの小説の中に満載でした!
そして、最後に衝撃的なラストが待っているのですが・・・
ここから先は著作権の関係上書けないので、ご自分の目でお確かめください(笑)
こんな面白い本との出会いがあるから、読書っていうのはやめられませんね!
・・・品切れの書店も出て、増刷されてまた並んでいるようです。
某書店には、新刊・注目書の書架のかなりの部分を占めて並んでいました。
いやぁぁ、私は単なる通りすがりの者ですが、知っている人の勢いを拝見できるのは、実に痛快ですね。
先日の日曜日に上野駅のホームで、トラブルになった駅員を蹴って、電車が到着する直前の線路上に突き落としたとして39歳の会社員が逮捕されたという。
当時、かなり酒に酔っていたということです。
JR上野駅の宇都宮線のホームで、駅員さんを後ろから蹴って電車が到着する直前の線路上に突き落としたとして、殺人未遂の疑いが持たれているそうです。
70歳の父親と一緒に酒を飲んで帰る途中で、酔った父親がホーム上でほかの利用客とぶつかるなどしていたため、駅員が制止したところ、それを見て、父親が胸倉をつかまれていると勘違いし、蹴ったということです。
駅員は父親とトラブルになった時点で電車の非常停止ボタンを押していて、電車はホームに進入する直前で停止したということで、駅員は転落した際に膝に軽いけがをしました。
70歳の親父と39歳の倅が酔っ払って・・・。
いい歳をして、自分の酒量や酒癖が分からない奴は、社会人として本当に失格だと思います。
酔っ払い嫌いの私が一番軽蔑をする輩です。
師匠のブログに国立名人会のコメントがアップされていました。
声はなんとか出たが、調子はまだまだ。
やはり、喉は本調子ではなかったようです。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201402/article_12.html
各連から鑑賞者があって、嬉しい。
ワッフル、真仮名(まかな)、朝夕(ちょうせき)、倉寿(くらす)、永久(とわ)、賛凱(さんがい)。
私は、永久ということで、名前が出ていました。
落語会で共演された柳家小ゑんさんとの楽屋での会話を丁寧にコメントされています。
小ゑんさんと言えば、創作落語「ぐつぐつ」です。
おでん屋の屋台の鍋の中を擬人化して描いた不思議な噺です。
吉窓さんが教えてもらってよく演っているので、吉窓さんから教わって演ってもよいかとお願いして、「どうぞ、どうぞ」と、小ゑんさんから口演の許可を貰えたそうです。
オリオン座も明るいある冬の夜、緑色の三両編成の目蒲線がホームに入ってきます。
人々は足早に階段を降り、ひとつしかない改札を出ると左右に分かれていきます。
十年一日のごとくセルロイドの桜が満開の商店街。西小山銀座通りから横丁に入ると、左右に冷たい自動販売機の光がポツンポツン。魚屋さんのシャッターの前に屋台の明かりが見えます。
残業帰りのOLと言葉を交わし、忙しく働くおやじ。
その目の前の銅壺の中で煮立っているおでんたちの声に耳をそばだててみてください。
(ぐつぐつぐつ……)「おい、こんにゃく、もう少し向こう行けよ」。
「はんぺんちゃんはいいねえ、色が白くて肌はつるつるで」
「絡んでくるなよ、糸こんにゃく」
「ゲソまきが蛸の足を踏んだ」(ぐつぐつぐつ……)
師匠も創作した噺がたくさんありますから、小ゑんさんとの創作談義に花が咲いたそうです。
頼もしい後輩たちの活動です。
「奥羽越学生落語会」なんて、随分雪深い雰囲気の落語会です。
奥羽越地方の大学落語家が集結!
このような試みは落研五十余年の歴史でも初めてです。
第一回には豪華な顔ぶれのほか、口上も執り行われます。
入場無料、入退出自由!
3月29日は是非とも戦災復興記念館五階会議室へ!
立派なチラシですね。
「お江戸あおば亭」のチラシの参考にさせてもらおうかと・・・。
東北大学・東北学院大学・新潟大学という・・・、他の地方の方からは、ちょっと意外な組み合わせに思われるかもしれませんが・・・。
新潟出身の、喰亭寝蔵師匠と井の線亭ぽんぽこさんが、とても喜ぶと思います。
それにしても、色々な活動が行われていて、とても結構ですね。
是非とも、語りのレベルアップもお願いしたいものです。
たまには春の話題もいいでしょう。
初場所で11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した「遠藤」が、いよいよ東前頭筆頭に躍進します。
大阪の春場所では、横綱、大関と総当たりになります。
楽しみです。
今夜は「桂文朝特集」です。
◇ 家見舞 桂文朝
◇ 木乃伊取り 桂文朝
とてもいい企画ですね。
2005年4月18日没。享年63。
最後の高座は本年2月4日、新宿末廣亭の「寄合酒」でした。
大好きな噺家さんでした。
とにかく、寄席で笑わせていただきました。
1942年3月31日 東京生まれ。本名・田上孝明。
1952年7月 山遊亭金太郎(二代目桂小南)に入門、山遊亭タア坊。
1955年 山遊亭金時と改名。
1959年1月 桂小西と改名、二つ目に昇進。
1970年4月 真打昇進、桂文朝に(推定三代目)。
1975年 文化庁芸術祭優秀賞受賞。
1978年 放送演芸大賞落語部門賞を受賞。
1985年1月 桂南喬、桂文生とともに、落語芸術協会から落語協会に移籍。
子供の頃から高座にあがっていた芸歴をもっていました。
私は「志ん生」「文楽」には間に合っていません。
「圓生」「正蔵」は老年期におり芸が枯れてきた時代でした。
「談志」「志ん朝」「円楽」「馬生」、そして「文朝」・・・という時代には間に合いました。
2月23日だから、「2・2・3」で「ふ・じ・さん」・・・「富士山」。
今日は各地、各団体が「富士山の日」だと言って、にぎやかしているようです。
語呂合わせですから、今日、何か富士山にまつわることがある訳ではなさそうです。
でも、「富士山の日」なんです。
静岡県の「富士山の日条例」というのがあります。
国民の財産であり、日本のシンボルである富士山は、その類まれなる美しい自然景観により、人の心を打ち、芸術や信仰を生み出してきました。
こうした偉大なる富士山を抱く静岡県において、すべての県民が富士山について学び、考え、想いを寄せ、富士山憲章の理念に基づき、後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」とする条例を制定しました。
山梨県にも「富士山の日条例」があります。
山梨県では、富士山の豊かな自然及び美しい景観並びに富士山に関する歴史及び文化を後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」といたしました。
満員の客席で、よく寝ました。
◇ 子ほめ 柳家フラワー
◇ 夢の酒 入船亭扇辰
◇ 粗忽長屋 立川志らく
◇ 井戸の茶碗 五街道雲助
◇ ほっとけない娘 柳家小ゑん
◇ 武助馬 三遊亭圓窓
扇辰さんは、冒頭の声が小さくて。意図しているのでしょうが。
志らくさんは・・・、もっと落ち着いた品が欲しいと思います。
雲助師匠は、脂がのりきっていますが、「井戸の茶碗」という噺で感じたことがあります。
私も好きな噺であることは確かです、演りたい噺でもあるのですが、やり取りが冗長で、どうしたものかなぁと思い始めました。
小ゑんさんの新作は、仏像フリークの噺で、なるほどと思わせる部分もありますが、舞台設定が、昭和の新作のサラリーマンとか家庭で、しかも結婚・縁談というのは、いかにも古くて残念でした。
圓窓師匠は、丁寧に演っていらっしゃいましたが、喉の具合が良くないのか、声に張りがなかったような気がしました。
稽古が全く出来ていません。
深川三流亭での「鰍沢」も、千早亭落語会での「通夜の猫」も。
まだ、つっかえながら読む程度です。
残りはあと1ヶ月・・・。
言い訳はできません。
とにかくやるしかありません。
第11回全日本学生落語選手権・策伝大賞の予選会が、岐阜市で開催され、49校の232人が参加したそうです。
出場者は4会場に分かれ、一人6分間という短い時間で。
決勝は今日、桂文枝・立川志の輔両師匠が予選通過者の中から審査、策伝大賞が決まるという訳。
私は、こういう類のものには、以前から否定的です。
なぜなら、制約条件が多く、ためだけにする出場者が多くなるでしょうし。
かつて、若気の至りで「全日本学生落語・・・」なるものに出場した経験からも。
この噺は、かなり古い噺だそうです。
◇ 六尺棒 古今亭志ん生
昨日はずっと圓生師匠を聴きましたから、今朝は志ん生師匠で、いいバランスでしょう。
昭和30年のNHKの音源でしたから、志ん生師匠、人気絶頂で一番脂ののりきった頃だと思います。
私には、物凄く昔の人に思えるんです。
亡くなったのが昭和48年、まだ私が落語を知らない頃でした。
圓生師匠が亡くなったのは、昭和54年ですから、6年しか違わないのですが、この6年の間に、金願亭乱志という落語シンドローム患者が生まれたんです。
しかも、圓生師匠の生の高座だけでなく、開口一番もつとめさせていただいたのですから。
志ん生?圓生?と問われると・・・、私は圓生なんです。
学士会落語会の会報「まくら」が配信されました。
今号は、先月の第50回定例会記念落語会の様子がメイン。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/01/post-2b2e.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/01/post-b812.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/01/post-5ba5.html
これには、我が落研OBが大勢出演しましたので、再度思い出すことが出来ました。
真夜中に川崎駅構内で起きた回送電車の脱線・横転事故。
東京方面に向かう京浜東北線の北行きの線路を走っていた回送電車と、資材を運搬する作業用の車両が接触し、回送電車の1両目と2両目が脱線・横転。
回送電車は、ダイヤどおりに運行されていたということですが、作業用の車両には作業員が乗っていなかったようで、「作業時間を間違えたため、線路内に車両が止まっていた可能性がある」そう。
この事故の影響で、京浜東北線は、蒲田と鶴見の間で、北行き・南行き共に、始発から運転を見合わせていて、ほかの区間は折り返し運転。
脱線した電車の移動に時間がかかるため、全線が復旧する見込みは立っていないということです。
報道を見て、「接触」「横転」という表現でしたが、「衝突」「転覆」なんじゃないかと。
事故を矮小化する意図がある気がします。
日本人は、美談が好きですね。
関東甲信地方を襲った記録的な大雪で、除雪車や作業員を多数派遣した新潟県や同県内の自治体に対し、山梨県などの住民から感謝の電話やメールが相次いでいるそうです。
中でも上越市が除雪車の車体に「もうすぐ春です」のメッセージを掲げて作業にあたったことが、さりげない気遣いだったと好感を持たれているそうで。
インターネット上でも、戦国時代、越後の上杉謙信が敵対する甲斐の武田信玄に「塩を送った」という逸話を思い起こさせてくれると、話題になっているということです。
ご支援に感謝感謝ですが、・・・そこ(戦国時代)まで行くかい?
上越市は甲府市との災害時相互応援協定に基づき除雪車を派遣することを決め、作業を委託した市内の建設会社から除雪ドーザー2台と作業員を送り出した。
作業員たちは「甲斐の皆様 もうすぐ春です 頑張ってください」というメッセージを車体に貼って除雪作業にあたった。
「上越では毎年雪が降るが、春になれば雪が解けて明るい光が差す。だから希望を持ってほしいという気持ちを込めた」という。
上越市役所には、「言葉がうれしかった」「迅速な救援、お礼申し上げます」などのメールや電話が6件寄せられた。
また前橋市に除雪車8台、作業員ら23人を派遣した新潟市にも「わざわざ除雪に来てくださって助かってます」などのメッセージが数件あったという。
越後の上杉謙信が敵に塩を送った話は有名ですが、そもそも、塩を送らなくしたのは駿河の今川氏です。
1567年、武田信玄は今川氏との同盟を破棄し、東海方面への進出を企てますが、それに怒った今川氏は北条氏と協力し、武田領内への「塩留め」を行いました。
武田の領地は甲斐・信濃で、海に面していなかったため塩を取ることが出来ず領民は苦しみました。
これを見て、武田の領民の苦しみを見過すことが出来なかったのが、信玄の好敵手上杉謙信で、義を重んじる謙信は、越後から信濃へ塩を送り、武田氏とその領民を助けたそうです。
本当かなぁ。
でも、これで上杉がヒーロー、今川がヒールになりました。
甲斐への物資ルートは、駿河湾に向かう「富士川」と日本海方面に行く「釜無川」「千曲川」の2つのルートがありました。
日本海に行くルートは途中何度も陸路を使いますから、当然駿河湾ルートが早いし、東海道沿岸なので、商売の取引が多く、主要ルートになっているのです。
甲斐の名産品に「煮貝」(鮑の醤油漬け)がありますが、これは甲斐の国から船で下り農産物を売り、帰りに貝を船で持ち帰るのに腐らないよう、塩や醤油につけて持ち帰ったのが始まり。
武田信玄と今川氏真が絶交となると当然経済封鎖をするのですから、今川氏真は「富士川」の往来を封鎖しました。
陸路の抜け道はあるので生活には困りませんが、経済封鎖ですから武田信は御用金・軍資金の点で困ったようです。
一方、これを諜報で知った上杉謙信は、日本海にに抜ける「千曲川」「釜無川」ルートを封鎖しませんでした。
軍事的に警備はしたようですが、物資や人の往来は封鎖しませんでしたから、これを聞いた後の人々は「兼信が塩を送った」と解釈したのだと思います。
ということで、実は謙信は直接塩を送ったのではありませんが、解釈としては間違っていないということでしょう。
「富士川」の舟運が重要だったんですね。
3年前でしたね。
日本人の学生も大勢犠牲になりました。
ところが、その直後に襲われた東日本大震災で、ちょっと目立たなくなってしまいましたが、痛ましい災害でした。
あれから3年・・・、ということは、間もなく東日本大震災からも3年になるんですね。
2011年2月22日12時51分(現地時間)にニュージーランドのカンタベリー地方で発生したマグニチュード6.1の地震で、「カンタベリー地震」と言われているそうです。
特に被害を受けた都市クライストチャーチの名を取って「クライストチャーチ地震」「リトルトン地震」、また単に「ニュージーランド地震」と呼称される場合もあるとのこと。
元々ニュージーランドは治安が良いなどの理由で留学先として人気が高く、また発生時はほとんどの大学が冬期休暇であったこともあり、多くの日本人留学生がクライストチャーチにいて、日本人の犠牲者28名は全員留学生でした。
「大変だなぁ」「留学生はかわいそうだなぁ」・・・。
そんなことを考えていた2週間あまり後に、まさか自分たちに災禍が降りかかろうとは、思ってもみませんでした。
私にとっては、言わずと知れた噺ですが、三遊亭圓生師匠は、あまり聴いていません。
このYouTubeの音源は、「圓生百席」のもののようです。
従って、1時間を超えるんです。
出囃子も、お囃子に圓生師匠が歌って。
スタジオ録音で、観客がいません。
この「圓生百席」というのは、落語という芸能だけでなく、江戸から明治の頃の文化や風俗などに触れることが出来る、極めて価値の高いものた゜と思います。
この全集が完成してさほど時間が経たないうちに、圓生師匠は奈良市のでお亡くなりになりました。
「帯久」も、本題に入る前に、「本卦還り」から、ストーリーとは直接関係ないような話題も入れたことで、長講になっていました。
舞台や登場人物の設定が、例えば、私が参考にした、圓窓師匠の高座本、音源として参考にした、桂文珍さんや立川志の輔さんと比べると、地語りも多く、きつい雰囲気でした。
和泉屋与兵衛と帯屋久七の関係や会話も、実はやや違和感がありました。
そうそう、一番最初に、「本町四丁目」のところ、"よんちょうめ"でなく、"しちょうめ"と言っていました。
確かに、「いち・に・さん・し・・・」ですから。
この噺は、元々が上方のものを、圓生師匠が江戸に舞台を移して作り直し、奉行を大岡越前にし、同時代の火災を舞台に設定したものです。
原典は「明和雑記」によると、以下のようなもののようです。
大阪の一人暮らしのお婆さんが隣の男に金を貸したが、やがて生活に困るようになり、金持ちになった男に催促すると、「もう19年も前のこと」と相手にされない。
火をつけようとして捕らえられ、西町奉行の曲淵甲斐守が裁きを言い渡す。
男が借りた金は利息をつけて20年かけて返す。
婆さんはそれを受けとった後で死刑という判決。
明和3年のこと、70歳の婆さんへの温情判決でした。
「圓生師匠のこんな噺ばかり聴いているから、お前の噺はつまらなくなるんだ」と、某先輩に言われてしまいそうですね。
「鰍沢なんて、素人がやっちゃぁいけないんだ」と仰った先輩です。
それでも、名人の至芸を聴いていても、「あぁ、これでもいいんだ。自分はそうは演らない・・・」だとか、僭越ながら思うこともあります。
聴くだけでなく、演ることも念頭に聴くようになりました・・・。
今日は、日本の猫の日実行委員会が1987年に制定した「猫の日」だそうです。
愛猫家の学者・文化人が構成する猫の日実行委員会が一般社団法人ペットフード協会が協力して、「猫と一緒に暮らせる幸せに感謝し、猫とともにこの喜びをかみしめる記念日」ということにしているようです。
2月22日が選ばれた理由は、猫の鳴き声の「にゃん」「にゃん」「にゃん」と日本語の「2」「2」「2」の語呂合わせにちなんだもので、全国の愛猫家からの公募によって決定したとか。
まぁ、どうでもよい話ですが、「通夜の猫」を演ろうとしている身ですので、ちょっと気になりました。
これまた、どうでもよいことですが、「犬の日」もあるそうで。
・・・ということは・・、と調べてみると、「ワン」「ワン」「ワン」で、11月1日だそうです。
1月11日じゃないようです。
犬は、「ワン、ワンワン」でなく、「ワンワン、ワン」て鳴くんですね。
「ワンワン、ワンワン」て鳴く気がしますが・・・。
「江戸の夢」を聴きましたので、それなら宇野信夫作品を続いて聴いてみようという訳で、最初に圓生師匠がお演りになった宇野作品を。
この噺は、TBSの依頼によって新作人情噺として放送されたもので、圓生師匠と宇野信夫先生の新作の付き合いはここから始まったそうです。
今は、こういう番組がありませんから、貴重ですね。
「大名房五郎」「鶴鶉衣」「江戸の夢」など、どれも格調高い噺ばかりです。
昭和37年4月に初演。
歌舞伎では、「人情噺小判一両」を六代目菊五郎の安七と初代吉右衛門の浅尾によって初演されたそうです。
宇野先生は、江戸期の奉行・根岸鎮衛著「耳嚢」(みみぶくろ。江戸時代の出来事書きとめ帳)巻之二にある話を元に書き下ろしたといわれています。
元の噺は「義は命より重き事」。
「両国で袖乞をしていた浪人の子が泣きながら空腹を訴えるが、父親は餅を買う金もない。それを見かねた雪駄直しの非人が浪人に金を与え、ようやく餅を子供に買ってやることができた。だが、浪人は袖乞をして餅代をかせぐと、この金を雪駄直しに返して、親子ともども入水してしまう」という、記録が残っているそうです。
またまた、「落語の舞台を歩く」から。
今戸の八幡様境内に茶店があって、そこにザルや味噌こしを商う安七(やすしち)が昼時弁当を使うので寄っていた。
今日も女将から、小金を残しているのでしょうと冷やかされていた。
冷やかされるようになれば一人前と親父によく言われました。
女房子供も居たが、子供は5歳の時に亡くし、追うように女房も亡くなり、ヤケになって博打、喧嘩をやり自由気ままにしていた。
名前の安七より賭場では半目が好きでグニ安と呼ばれていた。
親父が亡くなると聞いて、枕元に行くと「もう堅気になってくれ、これは一生掛かって貯めた金だ」と言って、布団の下から小判一枚を出した。
それで生まれ変わって働くようになった。と、女将に述懐。
女将は用が有るからと店番を頼んで出掛けた。
まだ年端も行かない子供が凧を抱えて自分の物だと言い張っている隣で、凧屋が落とした凧だからけぇせと怒鳴っている。
その仲人としてざる屋の安七が凧屋に嘆願して、子供にくれてやってくれと言うが、凧屋は頑として受け付けない。
称福寺裏の長屋に住んでいるから、親に談じ込むんだと鼻息が荒い。
商売物をくれてやっていたら切りが無い。
どんなに頼んでもイヤだと言う。
買ってあげたいが、今日の商いは一つも無いからお金が無い、ザルと交換しようと言っても納まらない。
子供も納得しない。
買ってやるよ。
小銭が無いんだ。
親父からもらった、1両出すからお釣りを出せ。
お釣りは無い。
出せ、出せないの繰り返しをしていると、女将が帰ってきて立て替えてくれた。
釣りはいらないと、顔面を殴って、喧嘩になった。
そこに浪人風の男が現れ、みんなに謝り、ざる屋とお茶を飲みながら、「私はそこの称福寺裏の弐兵衛店(だな)という長屋に住む小森孫一という浪人者です」。
「鳥越に住んでいる安七というざる屋です」
「越後の高田から浪人として出てきましたが、妻は病で亡くし、私も病気がちで1年もすると手元も使い果たし、落ちぶれました」
「お侍様は二度の主取りはしないからでしょ」
「そうです」
「貴方が悪いのでは無く、浪人させる世の中が悪いのだ。やな世の中だ」。
早く家に帰って、凧揚げをしようと子供がせがむので、先程の小判を子供に握らせた。
浪人は狼狽したが鳥居の脇から侍が出てきたので、顔を伏せるようにして引き下がって行った。
今の経緯(いきさつ)を鳥居の影で見ていた身なりの良い侍が、ざる屋を今戸橋の慶応寺を過ぎたあたりで呼び止め、料亭・金波楼に案内し酒肴をご馳走して先程の行いを褒めた。
しかし、ざる屋は試し切りのつもりだろうと腹の中をうかがっていたが、それが目的で無いと分かるとホッとし、酒の旨さも堪能した。
凧屋との一件を見ていて感服したと浅尾信三郎、人の世の美しさを見せてもらったと、金子を出したが受け取らなかった。
気持ちよく飲んでいたが、ざる屋が突然言うには、
「酒は旨くない。貴方はでくのぼうだ。酒をご馳走するぐらいなら、浪人の生き方を一言褒めてあげないのか」
「人の心は、侍同士だとなおのこと、遠慮しなくては成らないことが有る」
「そんな人情の無い人と飲むのはイヤだ。もう帰る」
「まて、わしが悪かった。謝る」
「じゃ~、一緒に称福寺裏の小森孫一の所に行きましょう」。
長屋に入ると入口に「手習い指南所」の看板が掛かっていた。
入口が開かないので強く叩くと戸が外れ、仏壇に灯明が着いている。
おかしいと慌てて覗き込むと孫一は割腹して果てていた。
枕元に手紙と小判一両が置いてあった。
手紙を黙読すると浅尾は落涙している。
分かるように安七に話をするには、
「大家さんに部屋を汚して申し訳ない。麻布古川町の縁者のところに子供を預けて欲しい。浪人をしていて子供一人養えず、行きずりの他人から恵みの金子をいただき、我が身のふがいなさを見た」
「行きずりの他人て言うのはこのざる屋の俺か。恵んだのでは無い、あれは親父の形見の小判だ」
「親切が仇になった」
子供は親にしがみついて泣いている。
「こんな分からないことが有るか。坊や泣かないでくれ、考えているので静かにしてくれ。頭の中がこんがらがっている」
「安七、良く聞け。およそ生ける者は、自負を持っている。橋の上の乞食、道ばたの物乞いでも、他人が見るほどさもしいとも哀れだとも思っていない。浪人は自負も望みも持っていたが、今日我が子の行い、見ず知らずの者に恵みをもらい、我が身を振り返った。その姿を己で見てしまった。もう生きていても用の無い自分を悟ったのだ。世に捨てられた人間の心が分かった」
「・・・、わしが悪うございました。人の心が分かりました。『侍同士情けを掛けぬのが情けだ』と言った意味が初めて分かりました。私みたいな人間に情けを掛けられ、世の無常を感じた先生に申し訳ない。人間が分からないこんな屑のために、立派な人を死なせてしまった。生まれつきのお節介が、肌身離さず持っていた親父の形見の小判一枚が、とんだアダになってしまった。坊やここに来な。お前のお父っつぁんを殺したのはこの俺だ。俺がお父っつぁんの仇だ」
「安七。済んでしまったことは悔やんでも仕方が無いことだ。情けがアダになったことは残念だけれども、そちのしたことは決して間違ってはいない。今の気持ちを忘れるなよ」。
浅尾信三郎の情けで小森孫一をねんごろに葬ってやり、麻布の縁者から小市を養子にもらい受け、信三郎は立派に小市を育て、安七も親戚同様の付き合いをした。
・・・人の気持ちは様々・・。
いたたまれない部分のある噺ですが。
・・・呆れるというか情けないというか。
善意でボランティア活動に参加している方々に対して、・・・。
山梨県では、ボランティアを装った振り込め詐欺や個人情報の詐取に注意するよう、県のサイトや公式 Twitterで呼びかけているそうです。
先日の記録的な大雪で民家の孤立や農業ハウスの倒壊など甚大な被害を受けた山梨県では、 ボランティアで雪かきをする活動が広がってい ます。
ボランティアを募集している団体のリストを公開するなど、県もその活動を後押ししてきました。
ただし雪かきボランティアの募集・派遣などに関し、「手数料等(募金を含む)の請求、振り込みを求めること」「ATMの操作をお願いすること」「ATMを自分で操作して、他人からお金を振り込んでもらうこと」「住民の皆様の世帯構成や銀行口座番号などの個人情報を照会すること」は絶対にありませんと、県はあらためて説明。
自宅や職場に県や市町村、山梨県社会福祉協 議会(の職員)をかたった電話がかかってきたり、郵便が届いたりしたら、「迷わず、お住まいの山梨県社会福祉協議会や市町村社会福祉協議会、最寄りの警察署にご連絡ください」と注意をよびかけています。
・・ということは、こういうとんでもない輩がいるということですね。
どんな状況でも、こんな詐欺行為は言語道断ですが、大雪で孤立したり、停電などで不安な思いをしている人たちを騙そうなんて、本当に許せませんね。
こんなやつのことを「火事場泥棒」っていうんでしょうね。
火事で混乱した現場で窃盗を働くこと、または窃盗を働く者。
転じて、人々が混乱しているのにつけこんで、不正な利益を得ること、または不正な利益を得る者。
後でわかったことですが、降雪以降、これまでにボランティアを装った詐欺の報告はない。ただ、東日本大震災時にも震災に関連した詐欺事件が起きたことを踏まえ、注意を喚起している。
今日は、落語を聴いて過ごそうと思います。
手元にあるDVDでも良いのですが、ディスクを入れ替えするのが面倒くさい。
それで、YouTubeを検索して。
まずは、やはり三遊亭圓生師匠ですよ。
「江戸の夢」。宇野信夫作。
「落語の舞台を歩く」から。舞台は駿河の丸子。
庄屋の武兵衛は発句に熱中。
娘・テルは奉公人の藤七を婿にして欲しいと母親・オラクに泣いて頼んだ。
金比羅詣りのなりをした、氏素性をあかさないのを理由に母親は藤七に反対したが、気立ては良く、良く働き品性が良いので、娘の意向を汲んで11月に祝言を挙げた。
娘を可愛がり、親に孝行し、良く働いた。
家族にも回りにも信用が付いてきた。
両親は、江戸見物に青葉の頃に行きたいと藤七に明かした。
翌日家族が心配している中、夜10時過ぎに帰った藤七に、武兵衛は家を飛び出したのではないかと疑った自分に腹を立てて怒った。
話を聞くと遠くまでお茶の木を求めに行ってきたという。
日当たりの良いところに茶の木を植えて手を入れていた。
家庭も和やかだった。
江戸見物の前日。
藤七が、浅草寺に行くなら、浅草の並木にある奈良屋に寄って、茶の出来栄えを鑑定してもらってほしいと両親にお願いした。
若い二人には子供が出来たと両親に打ち明け喜ばれた。
翌日旅立ち馬喰町の宿に入った。
毎日見物に出掛けたが5日も過ぎると飽きてきて、女房に話をすると同じ気持ちになっていた。
翌朝、浅草に寄って帰る事にした。
雷門を出て、武家屋敷に出入りしている大店の奈良屋に寄ると、シンとしていて入口にツバメの巣があった。
主人の奈良屋宗味と対面できた。
歳は六十二・三、宗匠頭巾に品のある姿であった。
持参した茶を見せると奥にと茶室に案内された。
藤七が造ったお茶で接待された。
この茶を製した婿殿の状況を聞かれたので、6年前の出会いから隠さずに今までの経緯を話した。
初孫が出来る事まで話し、酒は下戸で、飲まずに良く尽くしてくれると喜んだ。
宗味は「この茶は、将軍家に差し上げお褒めを頂いた、私と倅の2人しか知らない秘法です。しかし、奇しくも同じ6年前に・・・、死にました。気立てが良く、まめまめしく働き、機転は利くし、よい男でしたが、酒癖が悪くトラブルを起こし、人を殺める・・・、事まであり、遠いところに行ってしまいました。久しぶりに飲むこのお茶。よくぞ、この秘法を会得なされたと宗味が喜んでいたと、婿殿にお伝え下さい」。
送られて表に出ると初夏のツバメがツ~ッと飛び交っていた。
足早に歩く武兵衛。
「つばくらめ いくとせ続く 老舗かな」
「お前さん発句どころではないですよ。あの人が藤七の親御さんだったんだね」
「黙って歩け。何にも言うな。」と女房をせき立てて歩くが、まだ頭を下げて宗味が見送っていた。
「藤七の常日頃の行儀良さ、言葉使い・・・」、
「あの茶人の息子さんだったんですね・・・」。
「氏(宇治)は争えないものだ」。
・・・という。
不始末をおこし、そのことで親に迷惑をかけまいと家を出た息子。
しかし、その一子相伝の技術は決して忘れることはなかった…。
穏やかな噺ですね。
最近では、立川志の輔さんが、圓生師匠のご遺族に了解をもらって、パルコ劇場での落語会などで、お演りになっています。
この噺のオチは、圓生師匠が苦労して考えたそうです。
フリースタイルスキーハーフパイプという新しい種目で、見事に銅メダルを獲得した小野塚彩那選手。
勿論、でかしたおめでとうなんですが、私かさらに嬉しいのは、「まずは天国にいるじいちゃんと家族と(喜びを)分かち合いたい」と、表彰台に上がって天を見上げたシーンです。
お父さん、お母さん、おばあちゃんではなくて、おじいちゃんというのが嬉しかったですね。
新聞でも紹介していました。
母方の実家が石打丸山スキー場近くの旅館。
初孫だった小野塚は祖父・勝利さん(享年68歳)にかわいがられ、一緒にスキーを滑った。「一番じゃなきゃビリと一緒だ」。
それが祖父の教え。
勝ち気な性格のもとになった。
ソチへの挑戦を後押ししてくれたが、11年11月、初の海外遠征に出る際、母・ゆかりさんは「もうおじいちゃんには会えないかもしれない」と告げた。
そして、(ゆかりさんの)嫁入りの際、勝利さんに贈られた金のネックレスを娘に渡した。
肝臓がんに侵された勝利さんは年も越せないと言われていたが、12年3月、孫が遠征から戻るのを待つように息を引き取った。
「絶対に(五輪に)連れて行くから」。
小野塚は亡きがらを前に号泣した。
同年12月には父方の祖父・巌さん(享年82歳)も亡くなった。
五輪出場が決まった今年1月、「2人とも連れて来てね」と母に連絡を入れた。
試合後、小野塚は2つの遺影を抱いてキスをした。
ゆかりさんと抱き合うと、お守り代わりにつけていた金色のネックレスを首から外し、母に返した。
一般的に、どうも父親とか祖父というのは、様々な場面で影が薄くなりつつありますが、おじいちゃんの、しかも父方母方両方のおじいちゃんの遺影を持ってなんて、おじいちゃん予備軍のオジサンは、涙が出てしまいます。
尤も、成長の過程や快挙に、しっかり影響を与える存在でなければいけませんが・・・。
おじいちゃんになったら、心して・・、でもいやがられるんでしょうね。
なかなか雪が解けないそうです。
左側が先週、右側が今日。
航空地図で見ると、甲府盆地はまだ真っ白です。
そう言えば、早川町の隣の富士川町(旧鰍沢町)の鬼島地区では、住宅の裏山で雪崩が起きるおそれがあるとして、4世帯9人に避難指示を出していたそうですが、雪崩のおそれがないことが分かったため、避難指示は解除されました。
ただし、落雪のおそれは残っているとして、新たに避難勧告を出したそうです。
この地区は、富士川に面した国道52号線の沿線にあるはずです。
へぇぇ、あのあたりが雪崩のおそれで・・・。
身延参りの旅人が、小室山で毒消しの護符をいただき、法論石から一旦鰍沢に出て、身延山に向かい、富士川往還(身延道)をちょっと行った所です。
今日は1年に一度の人間ドックに来ています。
検査や問診などを待つ間、Amazonで予約し発売日に届いた「Switch」の特集「進化する落語」読もうと、持ち込みました。
しかし、この手の特集に登場する噺家さんの顔ぶれは、どうしてこんなにワンパターンなんでしょうか?
ちょっと受けてはいても、決して本寸法ではない人が、堂々と落語界全体を背負っているような顔で出ています。
落語という芸能の全体のリアルな姿や、伝統の深みや、これからの方向性は、この人たちだけでは、絶対に正しく伝わりません。
表紙の一之輔さんもいいし、勿論、志の輔さん、喬太郎さんもありでしょう。
でも、○○さんや△△さんは・・・?、際物の芸としての評価をするべきでしょう。
話芸として品格も備えた本寸法の噺家さんを、もっと出して欲しいと思います。
落語ファン倶楽部や最近出版された落語本に出て来る、奇を衒った噺家さんや、偏った角度からのものばかりだと、ミスリードすると思いますが。
尤も、私はそのつもりで読んでいますが。
「蔦重の教え」の勢いがすごいですね。
今朝の読売新聞13面の「成毛眞の新読書スタイル」に、車浮代さんとの対談が1ページにデカデカと出ていました。
まど絵さん・・じゃなくて、車さんの著書「蔦重の教え」は、発売10日後にして、早々に増刷が決まり、出版社もホクホクでしょう。
成毛さんと言う方と、江戸談義がされています。
著者お得意の浮世絵と江戸料理は、この対談でも当然話題になっていましたから、もう一つのお得意であるはずの落語の話題も期待して読んだのですが・・・。
何て言ったって、車さんは、三流亭まど絵として「火事息子」のフルバージョンを立派にお演りになっているのですから。
そう言えば、落語も創作されているはずです。
一度、駆け込み寺を舞台にした噺を聴かせていただいたことがありますから。
・・落語の話題は"なし"でした。
いずれにしても、「蔦重の教え」は大ヒットですね。
真央ちゃんのオリンピックが終わりました・・・。
私は、例によって、ライブではなく後で結果を見るという、臆病観戦でした。
しかし、それにしても筋金の通った素晴らしい選手ですね。
他の代表2人も頑張りましたが、申し訳ありませんが、全ての面で次元が違いました。
とにかく、今までの大活躍も含めて、心から労いたいと思います。
それから、もう一つ印象に残ったのは、この放送の解説です。
ほとんどの解説者が、立場を忘れて興奮したり、泣いたり叫んだり、身内びいきの解説をする中で、平静に、穏やかに、解説をしてくれていました。
解説の八木沼純子さんが言った「物凄いスケーターですね・・・」が、共感とともに耳に残ります。
豪雪、積雪の後は・・・、全層雪崩?
故郷山梨県内では、今なお多くの雪が残っているようですが、今後気温が上がると、山間部を中心に、積もった雪が山の斜面を一気に滑り落ちる「全層雪崩」が起きるおそれがあるそうです。
これまでに、早川町など複数の箇所で雪崩が起きているのが確認されているそうです。
今回の大雪は、湿った状態で降ったため、さらさらした雪よりも重く、斜面を滑りやすく、今後気温が上がると、山間部を中心に積もった雪が山の斜面を一気に滑り落ちる全層雪崩が起きるおそれがあるという訳です。
日当たりの悪いところではまだ大量の雪が残っているので、全層雪崩への警戒が必要。
山の斜面にはできるだけ近づかないようにするなど、十分な注意が必要ですね。
山梨県では、週明けの24日から、 ところによって最高気温が10度以上と、平年並みに戻る見込みですから、県内のほぼ全域に雪崩注意報を出しているそうです。
神奈川新聞に師匠の名前が。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1402190014/
横浜の小学校で、お世話になった地域の人たちに感謝の思いを伝える催しが開かれ、4年生約130人が、授業で“先生”を務めた約20人を招待。子どもたちはプロの噺家に教わった落語を披露し、大きな笑いを誘った。・・・・というものです。
落語は、国語と総合学習の授業の一環で、昨年12月から暗唱を開始。今年1月には、三遊亭円窓師匠を招いた出前授業で、落語の言い回しや小道具の使い方を学んだ。
代表の約25人が、「ん」がついた言葉を早口でつなげる「んまわし」など計4演目を交代で披露。
約3カ月間の練習の成果を生か し、扇子やハンカチなどの小道具も使いながら身ぶり手ぶりを交えて落語を演じた。童謡など合唱3曲も歌った。
「手や顔を使って全身で表現するのが難 しかった」
「昔から伝わり、 現代では考えられないような内容の話で楽しかった」などと、出演した児童の笑顔のコメントもあったようです。
師匠の地道な活動の成果の一つだと思います。
真央ちゃん、残念でしたね。
まだ最終の結果が出た訳ではありませんが。
最近の様子をテレビなどで見ていると、何か悲壮感が漂っているように思えました。
周囲には分からない、色々な葛藤やプレッシャーがあったのでしょう。
人は成長するに従って得るものも多いですが、逆に失ったり制約されるものもあります。
怖いもの知らず・天真爛漫にリンクを躍動していた姿が強烈だっただけに、そのギャップの大きさに驚かされます。
きっと、本人が一番辛かったでしょう。
しかし、勝負の世界は非情です。
それにしても、色々思うところはありますが、真央ちゃんと同様、否、それ以上に、国の威信と連覇へのプレッシャーを負いながら、冷静に着実に演技しているキム・ヨナ選手は、まずは称えるべきでしょう。
私も落語の道に迷い込んで数年が経ちました。
得られたものは物凄く多いのですが、知った・経験した故に立ち止まることも多くなりました。
勿論、その悩みは、楽しさの中のささやかなもので、真央ちゃんを呪縛したモンスターとは違いますが。
出場資格年齢に僅かに届かずオリンピックに出られなかった頃の勢いは凄かった…。
まだ全て結果が確定した訳ではありませんが、真央ちゃん、本当にお疲れさまでした。
蔵王の「樹氷」命名は東北帝大生。発見から100年。
宮城、山形両県にまたがる蔵王連峰の冬の風物詩、アイスモンスターを「樹氷」と命名したのは東北大学の前身、東北帝国大学の学生らだったことが、山形大学の研究で分かったそうです。
アイスモンスターは「雪の坊」などと言われていたが、学生が樹氷と呼び、そのまま定着したとみられる。
http://www.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140219t73001.htm
山形大学によると、樹氷に関する文献や資料を調べた結果、1922(大正11)~23(同12)年ごろ、蔵王連峰の宮城県側のスキー場で合宿中だった旧制二高、東北帝国大学の学生が「樹氷」と呼んでいたことが判明した。
樹氷という言葉は1878(明治11)年に気象用語で使われ始めた。
当時は水滴と雪が枝葉にぶつかって凍結し、風上に向かって「エビのしっぽ」の形に樹木が凍結した姿を指した。
これに対し、さらに樹木全体が雪で覆われたアイスモンスターは「雪の坊」などと呼ばれたが、学生は巨大な樹氷だと勘違いしたとみられる。
樹氷と命名された経緯は、これまで旧制山形高等学校の教授が「昭和4年に自分が命名した」と主張したため、通説となりつつあった。
今回の山形大学の研究で、通説は否定される形となった。
・・・なるほど、そうだったんですか。
今週は、また雪かと脅かされていましたが、天気予報では前2週のようなことにはならないようで、とりあえず安心しました。
明日にかけて太平洋側の広い範囲で再びまとまった雪となる心配がありましたが、最新の予報では低気圧が日本から南にかなり離れた場所を進むため、雪の降る可能性は低いでしょう。日中は晴れ間も出るくらいです。
まだ、先週の雪害の影響が残っているところが多く残っています。
孤立したことで一躍有名になった?山梨県早川町も、まだまだ復旧道半ばです。
歴史的大雪となった山梨県早川町では、町を通る県道の除雪が進む一方、 県道から分かれる町道などでは雪が残っていて、まだ孤立している地区があ り、県や町などは除雪作業を急ぐことにしています。
今回の大雪の影響で、早川町では町を通る県道が通行止めになり、外から町への出入りができなくなったため、一時、全世帯のおよそ1200人が孤立する状態になりました。
その後、県道の除雪が進み、孤立した地区は徐々に減っていますが、雪が深いため除雪が終わっていない区間の先や、県道から分かれて、まだ雪が残っている町道や林道の先にある6つの地区の238世帯、394人は、18日夜の時点でも孤立した状態となっています。
山梨県によりますと、県では富士山周辺の有料道路専用の除雪車を2台所有 しているほか、県内の建設業の団体と県が交わした協定で、除雪ができる車両を県内で200台確保していますが、富山県など雪が多く降る県などと比べ ると除雪の態勢が薄いということで、今回の記録的な大雪となるなか、除雪作 業は思うように進んでいません。
こうした状況を受けて、陸上自衛隊は、山梨県で活動する部隊をこれまでの倍以上のおよそ800人に増やすなどしていて、山梨県は自衛隊などと協力しながら、早川町を含む孤立世帯の解消に向けて除雪作業を急ぐことにしています。
ところで、困っている住民や市町村の叫びを聞きながら、自衛隊に支援を要請しなかったという、実にお見事な「お役所仕事」をした関東地方の某県があったようですが、おかげさまで山梨県は一番対応が早かったようで安心しました。
この点では、笑点の小遊三師匠とたい平さんの故郷自慢では、山梨の大月の大勝でしたね。
普段ボーッとしていてもいい(こともありませんが)、いざという時に役に立たない役所なんて、恐らく要らないでしょう。
某製パン会社の配送の運転手さんの爪の垢でも煎じて飲みなさい。
解錠出来ない鍵、火が消せない消火器、切れないはさみ・・・・。
使えないというなら、柄の先にちりとりのついた箒みたいなものです。
「一般社団法人日本落語振興協会」という団体があるそうです。
http://rakugo-shinkou.or.jp/
当協会は日本の伝統芸能「落語」を中心とする寄席芸能を社会に普及させることにより地域の活性化を目的とした寄席、講演会の企画、実施を行なっております。
学校、商店街、病院やリハビリ施設などでの寄席講演、企業団体での教育研修、講演会など、様々な目的に応じてご提案させていただきます。
知りませんでした。
また、「特定非営利活動法人(NPO法人)国際落語振興会」という団体もあるそうです。
http://www1.plala.or.jp/koharudanji/site.top/npo.html
この法人は、国内外で落語の公演等を行うことにより、落語の振興と国際交流を図り、世界の人々が平和で心豊かな生活ができる社会の創出に寄与する事を目的とする。
知りませんでした。
いずれも、上方の噺家さんが中心になって、活動をしているようです。
知りませんでした。
「一般社団法人あおば亭」だとか「NPO法人深川三流亭」なんていうのも、ありなんでしょうか?
スキージャンプ団体で銅メダル。
今までインタビューでは終始笑顔だった葛西選手が、銅メダル直後には涙を見せながらコメントしていました。
今までの大きなプレッシャーから解放されたこともあると思いますが、若手後輩たちにメダルを経験させ、日の丸飛行隊の襷をしっかり繋げることが出来た喜びが大きかったと思います。
どの世界、どんな分野でも、先代から襷を受け取り、これを次代に渡していくことが、本当に尊いことだと思います。
葛西選手は、栄光と伝説を加え、立派にその任に応えたと思います。
葛西はインタビューで涙を浮かべ・・・
うれしいです。みんな頑張ったんで。
(清水)礼留飛も悔しい思いをしてきて、団体のメンバーに選ばれてよかったと思う。
(竹内)択も病気でも選ばれて、一緒に団体に出られた事を本当にうれしく思う。
(伊東)大貴もヒザ痛めて、それでも4人で力を合わせてメダルを取れてとてもうれしい
・・・と喜んだ。
メダルの色は関係なく、4人みんなで力を合わせて取れたということがうれしいので、早くみんなで(メダルを)首にかけたい。
ワールドカップからずっと一緒にまわって来て、メダルを取れるかどうかっていう厳しい、世界のレベルの中でみんな一人一人がいいジャンプして頑張ったおかげなんじゃないかな。
・・・と後輩達を労った。
鈴本演芸場の2月中席夜の部主任の柳家権太楼師匠が急病の為、16日から休席されているそうです。
20日の千穐楽まで休むそうですから、風邪だということですが、心配です。
主任の代演は以下の通りです。
16日 桃月庵白酒
17日 柳家さん喬
18日 林家正蔵
19日 柳家さん喬
20日 春風亭一之輔
早い回復を祈ります。
昨夜帰宅すると「電気が復旧した」との連絡が母から届きました。
一昨日の朝は、かなり弱気になっていたので心配しましたが、元気な声が戻りました。近所や他の集落の方々が、色々な食べ物を持って来てくれたそうです。
月曜日の日経新聞の社説「春秋」です。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO66926920X10C14A2MM8000/
雪に慣れない首都圏はたった一日の吹雪で大混乱になる。
先週末は高速道路が止まり、ダイヤが乱れた鉄道で衝突事故まで起きた。悪いニュースばかり目立つが、都会の大雪には良い点が一つある。困っているはずなのに街で会う人々が明るく生き生きとした顔になる。
歩行者が滑らないよう店先で雪かきに精を出す店員さんに、ありがとうの一言が素直に出てくる。駅の掲示板を見上げる赤の他人が、同じ困難と闘う「同志」になる。
靴の中までぬれて冷たくて苦痛でも、すれ違う際に目が合うと、ふと笑みが漏れる。誰をも等しく襲う悪環境に遭遇すると、人は他者に優しくなるらしい。
3.11の時もそうだった。
子供と老人が被災地で助け合い、支援者が日本全国から駆けつけた。災害時に起きやすい不正行為は、ほとんどなかった。
他人の苦しみを自分の事として考える。
外国から「秩序正しい日本人」と褒められたが、当事者にとってはごく自然な行動だったに違いない。
あれからもうすぐ3年になる。
あたりの景色が雪で白く変わると、薄れかけていた大切な記憶が、色鮮やかによみがえることがある。
天災は誰かのせいで起きるのではない。
誰も悪くないから人は力を合わせて頑張るしかない。
溶けきれぬ雪はビショビショで厄介だが、消える前に思い出しておきたい。
自分が一人の力で生きているわけではないことを。
・・・某製パン会社の複数の配送トラックが、雪で通行止めになった高速道路や国道などで立ち往生。
中央道談合坂サービスエリアなどでは、配送車の運転手が、立ち往生して動けない他の車のドライバーに、積んでいた食パンや菓子パンを無料で提供した・・。
運転手の機転のきいた判断に、数多くの感謝・称賛の声が寄せられているそうです。
この会社では、阪神大震災や東日本大震災などの教訓もあり、緊急時での食糧支援は会社の使命として行っているそうです。
ただ、特に独自判断で配布していいとした規定があるわけではないそうです。
配布についても配送のドライバーからの連絡を受け会社として了承したものだそう。
このパン会社だけでなく、他の各地でも、沿道の店などから食料の差し入れがあったり。
この国の人たちは、どうしてこんなに優しくなれるのでしょう。
やはり、この国は「和」の国。
人情に溢れた国。
そう、落語国と同じです。
目先の利益よりも、共に生きることを選ぶ。
「文七元結」の左官の長兵衛もそう、なけなしの米を隣の夫婦に譲ってあげて自分たちは芋を食べる八っつぁん夫婦もそう・・・。
「天災」は、誰のせいでもない。天災と喧嘩は出来ない。
落語からも教えられることがありました。
隣でなく、この国に生まれて良かった。
産経新聞の記事・・・。
8日に続き、今回も記録的な大雪をもたらした「南岸低気圧」が18~20日ごろ、再び本州の南側を通過しそうだ。関東甲信などに雪を降らせる可能性もあり、気象庁は「降る量や、雪になるか雨になるかは状況によって変わる。
今後の予報に注意してほしい」と呼びかけている。
気象庁によると、次の南岸低気圧は17日頃に九州西方で発生。
発達しながら本州の南側を通過する見込みだ。
この影響で、西日本は18日から19日にかけて広く雨が降り、山沿いや内陸を中心に雪になる可能性があり、東日本は19日から20日にかけて広い範囲で雪か雨になると予想される。
・・・物心両面で限界に近づきつつある中で、この予報は恐怖すら感じます。
東日本大震災の比ではありませんが、一旦被災して、ライフラインが途絶えた時の無力さと空しさを、今回の大雪で痛感しました。
暗くて・・、寒くて・・・、心配しながらも、何も出来ない状態。
高齢者しかいない寒村で、さぞや心細いことでしょう。
照る照る坊主を作るぐらいしか出来ない・・・。
まだ風がおさまっていません。
本当にとんだ週末になりました。
こんな夜は、落語を聴くに限ります。
それも、おめでたい人情噺がいいですね。
◇ 八五郎出世 春風亭一朝
いずれ演ってみたい噺です。
NHKの夜のニュースに、家内の実家のある早川町が。
大雪のために、孤立する集落が相次いでいるという内容で。
静岡県との境にある早川町では、665世帯1183人が暮らしていますが、町に通じる県道などが通行止めとなっていて町への出入りができない状態になっています。
早川町によりますと県の委託を受けた業者が除雪作業を行っていますが、雪が深いため思うように作業は進んでいないということです。
町内の雨畑地区ではおよそ160世帯が14日から停電しているということです。
早川町総務課の望月公隆課長は「各家庭で食料はある程度備蓄があるが、急病人が出ても搬送できず、長期化して暖房に使う灯油などの燃料がなくなるのが心配です。」と話しています。
身延山の裏側、七面山があり、南アルプスの麓の超過疎の町。
富士川の支流の早川に沿って走る県道が唯一のライフラインで、ここが通行できないのです。
鰍沢はこの北側、まさに「鰍沢」で旅人が道に迷った状態と同じになったのでしょう。
七面山は、文永11年(1274年)に日蓮が開いた日蓮宗の総本山である身延山久遠寺の奥の院にあたる信仰の山で、日蓮書状(「日蓮上人遺文」)にも記されており、日蓮の高弟である日朗が開いたといわれています。
山頂近くの標高1700m付近には「敬慎院」があり、多くの人が宿坊に宿泊する。
敬慎院から山頂付近にかけては富士山の好展望地として知られる。
お祖師様のご利益で、早く何とか復旧させていただきたいものです。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・。
山梨日日新聞。
「ここは本当に甲府なのか」。
観測史上最多となる1メートルを超える大雪に見舞われた甲府市街は15日、見慣れた街並みが一変し、雪国を思わせる光景が広がっていた。
幹線道路ですら除雪が進まない中、細い路地は、下半身がすっぽり埋まるほどの厚い雪に覆われたまま。
「あの人は大丈夫だろうか」。
行く手を阻む雪の壁を前に、近所に住むお年寄りの安否を気遣う住民の声は、地域の「共助」が、慣れない大雪によって分断の危機にさらされている現実を突き付けた。
記録的な大雪に見舞われた山梨県内は16日も鉄道が始発から運転を見合わせ、高速道路で通行止めが続くなど、交通機関がまひしている。
JR身延線は身延~西富士宮駅間で運転を再開したようです。
これで、静岡県(富士宮)方面とはつながりました。
ただし、甲府~身延駅間で終日運転を見合わせる。
特急も全列車を運休する。
運転再開には相当の日数がかかる見込みだそうです。
国道も、身延道(富士川往還・国道52号)南部町万沢(静岡県境)~身延町下山間が通行止め。
今夜から17日にかけて冬型の気圧配置となり、山梨県内は晴れる見込み。
夜は強風が吹き、明朝は冷え込み、日中はやや強い風が吹きそう。
19日午後から20日午前にかけ、一時雪となる恐れがある。
この上さらに雪になることもありうる?
明日、県内の公立小中高校と特別支援学校計315校が休校する。
睦合小(南部)が2時間、始業時間を遅らせる。
栄、富河、万沢小、南部中(南部)は平常通り。
我が地元の学校ばかりです。
県内では大雪の影響で今日午後5時半現在、2020軒で停電が続いている。
停電が続いているのは、北杜、上野原、南部、身延、早川の5市町。富士河口湖町精進の停電は午後3時20分ごろ、解消された。
身延町では930軒、南部町は860軒が依然停電している。
東京電力は自衛隊に協力を要請し、新たな職員をヘリで現場に運び、復旧作業を急いでいる。
早川、南部、身延町の一部では14日から2日間にわたって停電が続いている。
NHKのニュースで、孤立している早川町の様子が放送されていました。
3日目の夜を迎えて、母をはじめ町の人々の不安や疲労もピークに達していることでしょう。
取材を受けないことで有名な柳家小三治・落語協会会長(74)が、2時間にも及ぶ異例のインタビューを受けた。
「落語家ではなく噺家」を自称してきた小三治が、ここまで自らの芸論を披瀝したことはまずない。
小三治の高座を見続けてきた落語愛好家の広瀬和生氏が、その貴重な言葉を記録した。その一部を紹介しよう。(文中敬称略)
・・・という訳で、紹介されています。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140213-00000010-pseven-ent
http://www.news-postseven.com/archives/20110226_13474.html
記録的な大雪になった山梨県内。
まだ道路が各地で寸断され、JR線も終日運行停止。
「陸の孤島」となり、住民の不安が広がって いるようです。
甲府市や富士河口湖町で積雪量が観測史上最多になりましたが、甲府市では、中心街の道路は車道と歩道の境の区別がつかず、走っている車もほとんどない状態とのこと。
県最南端にある実家の停電も、まだ続いている様子です。
元々山の中で、陸の孤島なのに、完全にライフラインが寸断されて…。
午前11時現在、県内では3190軒で停電が続いている。
停電が続いているのは、北杜、上野原、南部、身延、早川、富士河口湖の6市町。
南部町は本郷、万沢、福士などの1590軒、身延町は大山、和田、熊沢などの1150軒に停電は及んでいる。
北杜市では仮復旧が進んでいるが、早川、南部、身延の一部では14日から2日間にわたって停電が続いている。
東京電力は「道路の除雪が進まないため現場に入れず、復旧の見通しはたっていない」と…。
土曜日の早朝、文化放送を聴いていたら、偶然予告があり、番組の内容を知りました。
◇干物箱 四代目三遊亭円遊
音源は、東京落語会だそうです。
これは、初代「鼻の圓遊」です。
四代目は、私もラジオで何度か聴いたことがあります。
明治35年(1902年)生。
日本橋箱崎の尋常小学校を卒業後、浅草の下駄屋に奉公。
その後下駄の行商、陸軍糧秣本廠の臨時工などを経て、大正11年(1922年)11月に六代目雷門助六に入門し音助。
大正13年(1924年)春頃に二つ目に昇進し、おこしと改名。
大正15年(1926年)5月、六代目都家歌六を襲名し真打に昇進。
その後昭和金融恐慌による経済不況もあって、昭和5年(1930年)頃に柳家三太郎として品川区西小山で幇間に出る。
その後戦争により花柳界が禁止されたため、昭和18年(1943年)に二代目桂小文治の門下で初代桂伸治として落語界に復帰。
戦後、昭和21年(1946年)に四代目三遊亭圓遊を襲名。
落語芸術協会の大看板として、またTBS専属落語家として活躍。
芸風はあくまでも本寸法でありながら、聴衆に大御所風の威圧感を与えない軽快な語り口と独特の艶を帯びたフラで人気を博した。
楽屋では誰かれとなく語りかけ、賑やかに笑わせていた。
笑わされ過ぎて高座に上がれなくなった者もいたという。
古き良き江戸の「粋」の精神を体現するかのような存在であった。
とても良いバランスです。
十代の最年少に加えて、最年長のメダリストが誕生。
葛西選手、レジェンドを作りました!
んっ?レジェンドが真実になった? ま、どちらでもいいです。
ジャンプ男子ラージヒルで、41歳の葛西紀明選手が、7回目の出場で個人では初めてとなるメダル、銀メダルを獲得。
日本がスキージャンプでメダルを獲得するのは1998年の長野大会以来、4大会ぶりです。
十代の少年たちも立派、四十路の最年長アスリートは偉大です。
昔、札幌オリンピックで、日本選手が表彰台を独占したことがありました。
中学生の私も、興奮しながらテレビ観戦していました。
「日の丸飛行隊」なんて言われていました。
最近は、外国人有利のルール改正などもあって、低空飛行が続いていましたが、久々に嬉しいニュースになりました。
暴風雪の影響により、関東・東海と九州地域の一部で携帯電話が利用できない状況が発生しているそうです。
原因は、暴風雪の影響による停電および伝送路故障。
・山梨県(上野原市、南巨摩郡身延町、南巨摩郡早川町、南巨摩郡南部町)
・・・docomoでも、auでも、softbankもありました。
要するに、インフラは例外なく、同じようにやられてしまうんですね。
明日は落語っ子連の稽古会の日です。
今回から、師匠のご厚意で、9時から12時までの3時間に変更させていただきました。
もともと、私と窓口さんは所要で出席できない予定でしたが、さらにこの雪で・・。
新潟の越児さんは、足の確保が難しい。
南房総館山の千公さんも、陸の孤島になっていて。
どうやら、「寝床」状態になりつつあります。
頼みの綱は、新参さんと百梅さんの2人です。
仙三さんはご出席予定、まど音さんは地元だから。
・・・そして、明日あたり、アクセス累計58万件かな?
静岡県の東名高速道路の上り線は、雪で車が立往生して動けなくなっている状態が、発生から20時間たった今も、およそ40キロにわたって続いているそうです。
中日本高速道路は除雪作業を進めるとともに、車を途中のインターチェンジから一般道路へ誘導する作業を進めていますが、解消するには時間がかかるということです。
もう、色々なところで、ボロボロですね。
こういう時に、春日三球さんのように「渋滞の先頭は何やってるんでしょうね」なんて言ったら、張り倒されるかもしれません。
真面目な話、ここでは、先頭の車も除雪が行われず、進めなかったそうです。
先頭の車もイライラ、ヤキモキしていたんですね。きっと。
地下鉄をどこから入れるかよりも難しい・・・。
とんでもないことになっています。
郷里の母に連絡を取っていて、昨日から停電になっているということでした。
夕方、復旧したかと様子を確認したら、身延町と我が町で3000軒ぐらいが未だに停電したままだという・・・。
ウェブで確認すると、東京電力のコメントは・・。
2月14日20:35頃より、停電が発生しております。
山梨県 :約4000軒(上野原市・南部町・早川町・富士河口湖町・北杜市・身延町)
複数箇所で停電が発生しており、復旧には時間を要する見込みです。ご不便をおかけしておりますが、順次復旧に向けて作業を進めておりますので、今しばらくお待ち下さい。
・・・ところが、さらに悪いことに・・。
車庫の屋根が雪の重さに耐えかねて落ちて来て、置いていた母の車を直撃した・・・。
近所の人にお世話になりながら、てんやわんやのようです。
何もできずに歯痒い思いばかりです。
とりあえず、石油ストーブと湯たんぽで暖を取りながら、凌いでいるようです。
気丈な母ではありますが、心配です。
東京電力によりますと、午後8時半現在、茨城と東京を除く関東地方と、山梨、静岡の7県で、合わせておよそ5万3200世帯が停電しています。
停電が発生しているのは、▽栃木県がおよそ3万2000世帯、▽千葉県がおよそ5800世帯、▽群馬県がおよそ5800世帯、▽山梨県がおよそ4000世帯、▽埼玉県がおよそ3600世帯、▽神奈川県がおよそ1400世帯、▽静岡県がおよそ600世帯となっています。
いずれも雪や風などの影響とみられ、東京電力が復旧作業を進めています。
昨年、被災地(仙台など)の人々を励まし支えてくれたのは、間違いなくマー君でした。
ところが、そのマー君は、今年登米ではなく渡米してしまいました。
(登米と渡米の洒落は、地元の人でないと分かりづらい?)
ちょうどマー君と入れ替わるように、仙台出身のゴールドメダリストが誕生しました。
被災地の「希望の光」になりますね。
マー君も素晴らしかったですが、関西で育ち、北海道の高校を卒業したマー君は、"ネイティブ"ではありません。
一方、ゆづるくんは、正真正銘の仙台生まれ・仙台育ちです。
小学校低学年から同市泉区のスケートリンク「オレンジワン泉」で、フィギュアを始めたものの、2004年12月に経営難のため閉鎖。
07年3月に新たに「アイスリンク仙台」として営業を再開したが、11年3月11日の東日本大震災に襲われ、練習中だったゆづるくんらにけがはなかったが、真っ白な氷の上に汚水が漏れ出し、リンクは使えなくなった・・・。
再び本拠を失ったゆづるくんは、練習場所を求め全国を転々と。
東北高校の出身なんですよ。
ところで、トリノオリンピックの荒川静香さんも、東北高校の出身だそうですね。
知りませんでした。
とにかく、帰国した後の、盛り上がりは大変ですよ。
勿論、どこの出身だからというのは、あまり意味のないことでしょうが、地元の人にすれば、親しみも湧き、自慢にもなるんです。
突然、友人や恩師や親戚が増えるというのはいただけませんが。
「ゆづラー」が増えるでしょうね。
またまた南岸低気圧。
何と、18日から19日は日本の南海上を低気圧が東進し、2週連続の大雪をもたらした南岸低気圧と同じようなコースを通る可能性があるそうです。
冗談でしょ・・・、洒落になりませんよ、これは。
18日(火)から19日(水)は日本の南海上を低気圧が東進します。
2週連続で大雪をもたらした南岸低気圧と同じようなコースを通る可能性があります。
18日は西日本や東海で雨や雪が降りだし、19日は関東から東北で雪や雨となりそうです。内陸や山沿いを中心に雪の降る地域が多く、雪の降る時間が長くなる可能性も。
雪に慣れていない太平洋側でまた雪・・・・。三度目。
夏は、日本は熱帯だと思いましたが、冬になったら、東京(関東)は雪国になりました。
18日といったら、まだ今回の雪が完全には融けていないでしょうから・・・、大変ですよ。
近所の雪だるま。三度生き返るんですね。
最初(左)よりも、今朝はかなりやせてはいましたが・・・。
昨夜の小田急線。
向ヶ丘遊園駅-生田駅間の線路に雪だるまがあったということで発車できなかったという情報です。
果たして本当でしょうか?
車浮代さんの「蔦重の教え」を読んでいて、どうしても出て来なかった単語(もの)を思い出しました。
「煎酒」ですよ。
今、我々が当たり前のように使っているのは醤油ですが、江戸より前の時代には、まだ醤油はなかったんです。
醤油が普及する前にポピュラーだったのが、「煎酒」だったと記憶していたのです。
その「煎酒」という名前を忘れていました。
煎酒は、江戸時代に用いられていた日本の古い調味料で、日本酒に梅干を入れて煮詰めたもの。
室町時代末期に考案されたといわれており、江戸時代中期までは垂味噌とともに広く用いられた液体調味料である。
江戸時代中期から醤油が普及するに従い次第に利用されなくなり、現在では一般に利用されることはほとんどない。
醤油のような強い個性を持たず素材の風味を生かすので、白身魚や貝類の刺身に相性がよい。
一時は完全に忘れ去られた調味料であるが、近年再評価されつつあり高級料亭などで刺身のつけだれとして利用される事が増えてきている。
・・・ですよ。
作り方も調べてみました。
日本酒1合(180ml)に大き目の梅干1個を入れ火にかける。
梅干の風味がよく出るように軽くほぐし、半量になるまで弱火で煮詰める。
布巾や茶漉しで梅干を漉し、冷暗所で1~2日置いて味をなじませる。
冷蔵庫に保管すれば、2週間程度は保存できる。
これは、当初の原型に近い作り方であるが、風味やコクをつける為に「煎り米」、「鰹節」、「昆布」などを加えて煮詰める作り方もある。
また、味を調整するために「みりん」や「塩」を加える場合もある。
こういうことって、落語を演る上でも、知っているといないのとでは違いますよ。
醤油というのは、まだ新しい調味料なんですよ。
記録的な大雪に見舞われた関東甲信地方ですが、中でも甲府の最深積雪の新記録114センチは、これまでの記録(49センチ)の倍以上になってしまいました。
これは、蔵王のある山形を抜き、雪国の代名詞の秋田や新潟に迫る記録になるそうです。
甲府市内では、胸あたりまで雪が積もっており、家から出ることすらままならない状態とのことです。
114センチなんて・・・、先代の文治師匠や、今の圓歌師匠なんか、立ったまま埋まってしまいます。
甲府の積雪の深さは、昨日の未明は2センチでしたが、午後はみるみるうちに積雪が増加。
午後6時にはこれまでの記録にならび、あっという間に最深記録を更新しました。
その後も雪は増え続け、15日午前4時頃にはついに100センチ超え。
そして午前9時に114センチに達したそうです。
この114センチは、とてつもない数字だそうです。
新潟など雪の多い日本海側の地方と、甲府の最深積雪を比較すると、甲府の114センチは山形を上回り、秋田や新潟に迫るほどの記録だということが分かります。
もはや、中部地方・関東地方ではなく、東北地方ですね。
今日の甲府市内は、胸辺りまで雪が積もっており、家からも出られない状態で、雪かきもできないとのことです。
電車もバスも運休。
営業できない店も多数だそうで、生活に大きな影響が出ています。
駐車場の屋根が雪の重さで潰れるなどの被害も出ています。
雪はやんで晴れ間が出ているものの、この後も除雪作業が進まないことが見込まれます。こりゃあ大変です。
盆地だから、夏暑く冬寒いのではありますが、そんなに雪深い所ではありません。
遠く西側に連なる南アルプスの山々も真っ青でしょう。
学士会落語会第51回例会の案内メールを受信。
日 時: 平成26年3月15日(土)
13時30分受付開始 14時開会
会 場: 学士会館2階 202号室
落 語 林家ぼたん 辰巳の辻占
桂 右團治 徂徠豆腐
仲入り
桂 右團治 大工調べ
今回は女性の噺家さんがご出演です。
近年、落語界にも女性の進出がめざましく、現在落語家名鑑によりますと、前座も含めて落語協会では12名、芸術協会では7名の女性噺家がいます。今後も増える傾向にあると思われます。
しかし、女流噺家に対する理解はまだ薄いようです。
今回の3月例会は女流噺家に的を絞って、噺を聞いていただき、女流に対しての考えを新たにしていただきたいと思います。
・・・と、企画してくださった役員の方のコメントです。
右團治さんは、一度聴いたことがあります。
それから、ツイートをフォローしています。
早稲田大学法学部の出身なんです。
ぼたんさんは、確か静岡県の出身で、落語協会のインターネット落語会の案内役をやっているので、よく知っています。
「徂徠豆腐」とはまた渋い。
それから、私の嫌いな「大工調べ」ですね。
楽しみですね。
落語とは全く関係ない太陽光発電(メガソーラー)の話題。
太陽光発電の認定を受けたのに、1年以上もの間、発電事業を始めない業者が全体の14%に上っていることが分かったそうです。
とりあえず手を挙げておこうという。
経産省によりますと、2012年度中に発電量400キロワット以上の大規模な太陽光発電の認定を受けた4699件の業者のうち、14%にあたる672件が認定後1年以上たっても発電事業を始めていませんでした。
太陽光で発電した電力は政府が決める価格で電力会社に売る仕組みですが、より多くの利益を上げるため、太陽光パネルなどの設備が値下がりするまで発電を始めていない業者が出ていると見られるのです。
経産省は、こうした業者に聞き取り調査を行い、悪質なケースでは発電認定を取り消す方針だそうです。
その一方で、認定を受けてから発電を始めるまでの期限が決められていないことが背景と見られるため、制度改正にも乗り出す方針です。
国内の至る所に太陽光パネルが設置され始めています。
これは、あの「イナバウワー」ですね。
それにしても、清々しい少年です。
今回のオリンピックは、スノーボードのメダリストの2人も、高梨沙羅選手も、十代の選手たちの競技前後の立ち居振る舞いの素晴らしさが目立ち、成績以上に、日本という国を再認識しています。
どちらかの国とは違うなと、誇らしく思います。
ゴールドメダリストの羽生結弦選手のコメントもたまりません。
緊張しました。すみません。
やっ ぱり五輪ってすごいなと思った。
金メダルを取って言うのも何ですが、ちょっと悔しいと思う。
緊張の中でどれだけ自分の演技が出来るようになるかという、いい経験になった。
(チャンに抜かれず)驚きしかなかった。
自分の演技については悔しかったので、うれしい感情はなかった。
ただ、表彰台に上って、まだ花束ですけど、もらってうれしかった。
金メダルが早く見たいです。
どうです。
この謙虚さと、素直さと、前向きさ。
人間味溢れる、若者らしい、というか若者に持っていて欲しいものが、このコメントに含まれている気がしました。
成績もさることながら、これが嬉しかった。
それから、震災への思いについてもコメントしていました。
報道陣から試合後にあまり笑顔を見せない理由を問われて、「金メダルの実感が沸かないこともありますが、震災からの復興のために自分に何ができたのか分からない。複雑な気持ちです」と答えました。
そして、震災の当時を振り返って、「スケートができなくて、本当にスケートをやめようと思いました。生活するのが精いっぱいというなかで、大勢の人に支えられてスケートを続けることができました。金メダルを取れたのは、被災した人たちや支えてくれた人たちの思いを背負ってやってきたからです」と語りました。
そのうえで今後について、羽生選手は「将来、プロになったとき、震災からの復興のために何かできればと思っています。金メダリストになれたからこそ復興のためにできることがあるはずです。これがスタートになると思います」と真剣な表情で話していました。
仙台(河北新報)の号外、物凄く大きな活字です。
予想以上の雪害が明らかになって来ています。
東急東横線元住吉駅の下り線 ホームで停車中の電車に 後続の電車が追突し、脱線した事故には驚きました。
道路でも、通行止めや立ち往生した車で大渋滞している所が何十ヶ所もあるようです。
中央自動車道の通行止めとなっている区間では、14日の夜から複数の箇所で多くの車が動けないまま立往生した状態になっています。
中日本高速道路は、動けなくなった車に簡易トイレや食料を配るなどの対応に追われています。
東名高速道路の上り線は、14日夜、静岡県裾野市付近で複数の車が雪で立往生した影響で、後続の車が一時およそ40キロにわたって渋滞し、半日以上たった今も多くの車が動けない状態が続いています。
意気地なしで臆病な私ですから、こういうものはとてもライブでは視聴出来ませんでした。
結果を聞いて喜びました。
ゆづるくんやったね
仙台出身の羽生結弦選手が金メダル獲得
東日本大震災の試練も乗り越えての快挙は、被災地にも大きな喜びをもたらしてくれました。
結弦選手は宮城県出身の19歳。
オリンピックは初出場です。
高さとスピードのある美しいジャンプが持ち味で、昨シーズンから取り組んできた2種類目の4回転ジャンプ、「4回転サルコー」は、羽生選手のほか、世界でも数人しか跳ぶことができません。
東日本大震災では、練習拠点としていた仙台市のリンクが使えなくなりましたが、国内各地でアイスショーに参加しながら練習を続け、2012年の世界選手権で3位に入って、17歳で初めて表彰台に上がりました。
スケート場で練習中に東日本大震災に被災して、それから4日間ぐらい家に戻れなかったそうです。
とにかく、何でもいい、おめでとう
落研のブログ「落研の独り言」をフォローしています。
こんなコメントがアップされていました。
春休みに入ってウキウキしている二年の暇楽家十三(ヒマラヤトザン)です。
何か書き忘れているような気がしていたのですが、落研OBの二代目金願亭乱志さんのブログを拝見して思い出しましたので報告します。
落研OBの二代目金願亭乱志さんのブログ『乱志&流三&永久の落語徘徊』より「志ん志師匠が上方落語を?」という記事(2014年1月25日)を読みました。
上方落語について触れられていて嬉しいと思う反面、OB落語会「お江戸あおば亭」で上方落語をやっている方がいらっしゃらないというのは少し寂しいと思いました。
乱志さんのブログは、現役落研についての記事が充実しているほか(ありがとうございます)、面白い記事が並んでいますので是非チェックしてみてください。
http://tohokuochiken.blog56.fc2.com/blog-entry-298.html
「上方落語と見台について」というテーマですが、何と冒頭に、このブログのことに触れてくれていました。
彼らも読んでくれていたんですね。
とても照れくさい気がしますが、嬉しいですね。
逆に、下手なことは書けなくなりますね。
最後に、暇楽家十三くんの自身の思いが綴られていました。
僕は一年次の大学祭の後に途中入部したため、初高座が一年次の追い出し落語発表会。
スタートがかなり遅れる形となりました。
思えばもうあと数週間で三月三日、芸歴が一年になります。
ネタ数を見返すと本日付けで15個。
来年からはもう少しどっしりと構えてやっていかなければなぁ、と思う次第でありました。持ちネタが15もあるなんて、素晴らしい!
若いというのはいいものですね。羨ましい。
我が落研は、まだまだずっと襷を繋いでいけますね。
甲府の積雪が54センチに達して、1894年の統計開始以来で最も積雪が多くなったそうです。
これまでの記録は、1998年1月15日の49センチで、16年ぶりに記録を更新だそうです。
先週の積雪が残っている上に、さらに今日の新雪が積もったと言うことですね。
小田原駅を通過すると、線路の周りが白くなり、徐行運転が始まりました。
東京駅には20分程度の遅れになる見込みだそうです。
米原付近の積雪による少々の遅れだけで、のぞみは順調に新富士駅を通過しました。
朝と同様、雪は全く見られません。
このあと、再び積雪で徐行運転なんて、信じられませんが。
馴れ馴れしく言いましたが、全くご縁はありません。
強いて言えば、仙台つながりぐらい。
前から思っていたのですが、名前が物凄くいいですね。
「結弦」と書いて「ゆづる」。
男らしいけれども、さりとて武骨ではなく、品が感じられる名前です。
昨夜のショートプログラムの出来が素晴らしかったようで、一番いい色に、勝手に期待が広がります。
師匠のブログを拝見して驚きました。
師匠も、昨日電車で深谷市に行かれたそうです。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201402/article_7.html
窓輝さんと、深谷市立桜ヶ丘小学校で落語の授業だったそうです。
思わず、「師匠、私も昨日は深谷に行ってたんですよ!」と独り言を言ってしまいました。
レンガ造りの深谷駅のことも、渋沢栄一を絡めてコメントされていました。
相変わらず、精力的に落語の授業を続けていらっしゃいます。
我が落研のHPに「落研の独り言」というブログがあり、現役の部員の学生さんが熱く?語っています。
http://tohokuochiken.blog56.fc2.com/blog-entry-297.html
1年生の「海亭ぺんぎん」くんが、「ボランティアツアー」と題して。こんなコメントをアップしていました。
夜分遅くにこんばんは
雪を見て興奮気味の 海亭ぺんぎん(旧 鯔ん亭鮪がり)です。
※鯔ん亭鮪がりは、「ぼらんてい・つながり」と読むそうです。
今日は出前の報告ではなく仮設住宅にて落語をした話をします。
きっかけは
2月8~11日での「東北大学ボランティア支援室主催の陸前高田ツアー」に参加したことです。
実は、このツアーに参加するのは三回目ですっかり常連さんです(笑)
このツアーは岩手県の陸前高田市を拠点として、各仮設住宅で手芸や足湯を通して住民の方々と交流するという内容です(他のにも語り部さんによる震災当時の話を聞いたり、この時期には雪かきのお手伝いなど様々なことをします。)
足湯や手芸をする人の大半は女性のご年配の方で男性はあまりいなく話しを聞くと各仮設住宅では震災以前に住んでいる地域住民の方と一緒になれないことがあるそうです。
周りに知人がおらずその仮設住宅で孤立している人が多いそうです。
それだけでなく震災時の記憶や現状への不満を話すこともあります。
このツアーは足湯などの交流を通して住民の方々の心のケア(言いたいことをいってもらう)をすることや仮設住宅内の交流を一つの目的にしているそうです。
そんな中で「落語をやったら皆楽しんでくれるだろう」ということで落語をやりました。
2月10日
長部小仮設住宅・・・「小噺」 海亭ぺんぎん
上長部仮設住宅・・・「寿限無」海底ぺんぎん
2月11日
高田高校仮設住宅・・・「猫と金魚」 海底ぺんぎん
「狸賽」 海底ぺんぎん
開始時間を伝えていた効果もありその時間になると女性ののみならず男性の方も来てくれて笑ってくれました。
高田高校では本当は一つのネタだけをするつもりでしたが時間もあったのはそうですが雰囲気的に温かったので二つしてしまいました。
落語をした後で多くの方に「面白かった」「またきてね」と言われてすごくうれしかったです。また機会があれば是非したいと思います。
(それまでにもっと多くの話を覚えなければなりません(笑))
最後に、これを書いた理由は自慢とかそういうのではなく単にボランティアツアーの一参加者として落語をやったという報告です。
よくよく考えてみればあと数か月で私も二年生となります。
ちゃんとした先輩になれるのでしょうか・・・・・・。
ではまた・・・。
PS
書き忘れましたがこのツアーの中で印象的だったことがあります。
それは家ごとに手芸や足湯をすることを宣伝する「戸別訪問」を行った時です。
最初、住民の方と会話をするなかで手芸や足湯をすることを言っても興味がなさそうでしたが、落語をするという話をすると表情がにこやかになるんです。
それは一軒だけではなく多くの家で見られました。
この時「落語ってすごいな」て思いました。
・・・どうです。
やるのが、海底ぺんぎんで、旭山動物園みたいですが・・・。
1年生で、「落語ってすごいな」と、実感してくれたのが嬉しい。
それにしても、後輩諸君、地元に根を張って、それなりに頑張ってくれているようで、頼もしい限りです。
現役の国語教師である著者が、古典を落語の台本として読み聞かせる授業「“古典”落語」を実践 し、成果を一冊の本にまとめたというものだそうです。
「源氏物語」や「史記」など、古文・漢文のおなじみの10作品を題材とした、書き下ろし落語集。
古典文学の新しい楽しみ方をお届けします。
上方落語・江戸落語、擬古典・現代物とバリエーション豊富で、落語ファンにもオススメ。
また、国語教師である著者自身が実際に授業で活用しており、中高生が古典に親しむための本としても最適です。
各作品の末尾に、原典のミニ解説や作品の裏話付き。
井口守著。 大修館書店刊。1600円+税。
大修館書店と言えば、高校時代使った漢和辞典の出版社です。
日本気象協会は12日、日本の南海上を発達しながら通過する「南岸低気圧」の影響で、四国から北海道の太平洋側で14日以降、大荒れの天気となる恐れがあると発表した。
日本列島は14日以降、東京都心で45年ぶりに27センチの積雪を記録した先週末と同様の気圧配置になる見込み。
首都圏では、14日夕から雪が降り始め、15日は次第に雨に変わるが、気温が低い場合は雪が続く恐れがある。
記録的な大雪となる可能性は小さいが、交通機関が乱れるようなまとまった雪になる恐れがある。
・・・困ったなぁ・・・。弱ったなぁ・・・。
何とか、雨ですませて欲しいなぁ・・・。
私は、もともとこの人を知りませんでしたから、初めて名前を見た時、「佐村河内守(さむらかわちのかみ)」と読みました。
落語に出て来る「赤井御門守」と同様、やんごとないお大名かと思いました。
赤井御門守には、田中三太夫という優秀な家来がいて、天下泰平を謳歌しています。
一方、家来は実に優秀だったのですが、本人がどうしようもないバカ殿だったということです。
この"自称"全聾作曲家で、「現代のベートーベン」とまで称されていた噓つきが、直筆の文書で「3年くらい前から言葉が聞き取れる時もあるまで回復していました」とのコメントを出したとか・・。
誰か信じる人がいるのでしょうか?
こんな奴のことはどうでも良いのですが、ゴーストライターだった人に対して、この人が所属している某有名音楽大学の学生さんたちなどから、「やめないで(やめさせないで)コール」が起こっているようです。
気持ちはよくわかります。
この人に対しては、概ね好意的なコメントが多いようです。
でも、たとえどんなに実力があっても、どんな事情があっても、少なくとも意思(故意)を持って行っていたことに対しては、秩序や信用を大きく失墜させたのですから、社会人として、指導者として、何らかの制裁は受けなくてはならないと思います。
従って、現在の責任ある職を辞するというのは、刑事訴追されるされないに関わらず、当然だと思います。
そして、その社会的な制裁を受け、反省をしているならば、もう一度チャンスにチャレンジするべきで、その時に温かく迎えてあげれば良いと思います。
社会人の責任というのは、そういうもので、このまま現職に留まるべきではないと思います。
待望のメダルです。
ソチオリンピックのスノーボード・ハーフパイプ男子で、最年少15歳の平野歩夢選手が銀メダル、18歳の平岡卓選手が銅メダルを獲得!
日本勢の今大会メダル1・2号になりました。
日本人選手がスノーボードでのメダル獲得は初めてだそうです。
一方、ジャンプ女子ノーマルヒルでは、高梨沙羅選手は4位で、メダル獲得は出来ませんでした…。
大本命だっただけに、プレッシャーは17歳の少女には物凄かったのでしょう。
やはりオリンピックと言うのは、他の大会とは違って、魔物が棲んでいるんですね。
でも、メダリスト2人も、沙羅ちゃんも、日本の10代の選手たちは、本当に堂々としていました。
とても立派だったと思います。
またまた懲りずに「蔦重の教え」の話題。
Amazonの歴史・時代小説ベストセラーランキングで、車浮代さんの「蔦重の教え」が、百田尚樹「海賊と呼ばれた男」上・下巻と「影法師」に次いで4位に入っているそうです。
素晴らしいことです。
身贔屓でなく、本当に面白い作品だと思いますから、もっともっと売れて欲しいですね。
ところで、このベストセラー作家の百田某という人は、NHKの何とかという役を仰せつかっていながら、特定の都知事候補の応援演説をして、他の候補を「人間の屑だ!」と叫んだ、勘違い作家ですよね。
作家のくせに、使う言葉のTPOも理解できていないんですね。
あの一言で、人間性と品格ゼロということが分かります。
ところで、この本発売後10日経過しましたが、「重版」が決まったそうです。
おめでとうございます。
オリンピックのマスコミの事前の実力・実態以上の煽りを真に受けた衆愚の落胆も、予想通り大きくなって来ました。
オリンピック直前に、アメリカのスポーツ・イラストレーテッドがメダル予想を掲載し、日本の獲得メダル数は金2、銀1、銅3の計6個。
5個だった前回バンクーバー大会を上回ると分析していました。
(金)ノルディックスキー、ジャンプ女子の高梨沙羅
フィギュアスケート男子の羽生結弦
(銀)スノーボードのハーフパイプ男子の平野歩夢
(銅)フィギュアスケート女子の浅田真央
スピードスケート男子500メートルの加藤条治
スノーボード女子パラレル大回転の竹内智香
まだ登場していない選手が多いのですが、スピードスケートの加藤選手はメダルに届きませんでした。
・・・ということは、大騒ぎしていた女子モーグルやジャンプなども、メダル予想に入っていないのですから、実に正確な予想だと言えるかもしれません。
金予想の女子のジャンプも、高梨沙羅が、今季W杯13戦10勝とダントツの金メダル候補だが、ここにきてダニエラ・イラシュコががぜん、調子を上げており、高梨の対抗馬に名乗りを上げてきた。
9日までの公式練習では、一緒に飛んだ5回のジャンプで高梨が飛距離で上回ったのは1回のみ。最終盤の調整でジャンプの修正を施せるかがメダルの色を左右する。
・・・なんて、やや心配な報道もあって。
時差も大きく、私の中での盛り上がりは、相変わらず大きくありませんが、選手たちには頑張ってもらいたいものです。
そういえば、随分前のことになりますが、夏のオリンピックで、水泳の女子選手が「楽しんで来たい」と言ったことがバッシングされたことがありました。
「国の代表なのに楽しむとは何事だ!遊びに行くんじゃない!」と言う訳で、大衆の感情を逆なでしてしまったんです。
最近の選手の多くも、「楽しみたい」という発言が多いですが、私は「リラックスして」という意味だと解釈しています。
物見遊山で行けるものではありませんから、リラックスの極地で、厳しい練習の成果と実力を発揮して欲しいものです。
水泳選手がバッシングされたのは、精神的にも追い込まれていたのでしょうが、態度が捨て鉢だったこともあったと記憶しています。
さぁ、高橋沙羅ちゃんと平野歩夢くん。
17歳と15歳に初のメダルを託すという・・・、何とも言えない気持ちですが、頑張って欲しい、精一杯楽しんで欲しいものです。
雑誌の特集です。
SWITCH Vol.32 No.3 進化する落語
◆落語は「今」が一番面白い! 進化する落語
落語って、敷居が高い? 間口が狭い? 年配の娯楽?
いやいや、一度その中に入ってみると、落語の中には驚くべきめくるめく世界が広がっています。
体験したことのない江戸情緒溢れる世界、今、薄れゆく人情と粋に酔いしれる世界、物語の世界観や人物キャラクターの面白みを存分に楽しむ世界、新しく作られる噺の中から「今」を感じ取る世界・・・。
つねに「落語とは何か」を追求し続ける落語家たちがいる限り、落語は日々進化し続けます。
そう、だから落語は「今」が一番面白いんです。
・・・一之輔さんですか。
Amazonで予約しました。
2月22日発売だそうです。
「ウェルカムボード」と言うそうです。
地下鉄銀座線上野駅の改札口の脇に、昨年11月末に設置されたました。
毎日横目で見ながら通勤しているのですが。
これは、銀座線上野駅と丸ノ内線新宿駅に外国人向けに設けらけれたもので、内の観光スポットへの行き方や地下鉄の利用方法などを4カ国語でまとめた観光案内板です。
ボードは幅約6メートル、高さ約3メートル。
日本語のほか、英語、韓国語、中国語で、浅草や銀座、秋葉原など都内の観光地に向かうための乗り換え方法や運賃、所要時間などを掲示。
もう、日本人を対象にだけしている時代ではありません。
確かに、駅や電車内でも、少なくとも日本人ではない、日本の文化や習慣やマナーや地理を知らない人たちが激増しています。
東京メトロは、「2020年の東京五輪の開催を控え、外国人が観光しやすい環境を整備したい」言っています。
某県発注の土木工事で談合を繰り返したとして指名停止を受けた建設業者30社のうち計27社が指名停止を一時解除され、県の委託で除雪作業を行ったそうです。
この30社は、公正取引委員会から独禁法違 反で排除措置命令を受け、県も今月6日に6カ月間の指名停止処分にしたばかりだったそうですが、県の規定では「やむを得ない事情」の場合、指名停止中でも随意契約できるとしているため、県は「除雪に必要な機材を持っている業者を探したところ、某地域では指名停止中の業者に委託せざるを得ない」と判断したということです。
う〜ん、色々思うところはありますが、仕方がないのかなぁ。
背に腹は代えられない・・・。
でも、業者につけあがらせたり、勘違いさせたり、足元を見られたりしないように、気をつけないといけませんね。
鼠小僧を義賊と見るか…。
もう数年前から、落語協会のメールマガジン「落語協会メルマガ」というのを受信しています。
10日毎に、色々な情報を教えてもらっています。
1.まくら
2.定席香盤
3.出演者のコメント
4.インターネット落語会
5.落語会のご案内
6.俳句 ・・・こんなのが定番です。
このメルマガが、間もなく「400回配信」になるそうで、「メルマガ400号記念プレゼント」というのが、行われています。
内容は以下の通り。
1等:鈴本演芸場の楽屋見学招待 ぺア1組
2等:当選者名の寄席文字表札 3名
3等:当選者名の千社札 3名
4等:好きな噺家の手拭 20名
早速、応募しました。
私は、「2等」を希望しました。当たる訳ぁありませんがね。
それにしても、400回ということは、11年以上になる・・・?
締め切りは、1~4等は3月31日、5等は2月21日だそうです。
※2月9日の放送は、都知事選選挙特番のため休止します。
…さよかぁ…。
雪の影響もあってか、投票率はかなり低いみたいですね。
ドジで逃げ出したバカな前任のおかげで、50億円もかけての選挙だそうですが。
交通機関だけでなく、身の回りでも、雪解けが進んでいます。
今日は、朝から晴天でしたから、かなり融けて来ました。
朝8時頃と午後4時頃のビフォー&アフターを見てみると・・・。
まずは、自室から見える景色。
朝は、屋根の上にもどっさり雪が積もっていましたが、午後には屋根が見えるようになりました。
次に、自宅の北西側、江戸川方面を望みます。
全体が真っ白でしたが、日に当たって明るくなりました。
太陽の光というのは、本当にありがたいものです。
それから、自宅北側の駐車場。
ここは、太陽の光だけでなく、ご近所の方々が通路の雪かきをしてくださり、すっきりしました。
車に積もっていた雪は、かなり少なくなりました。
かなり融けて来たとは言え、明朝の通勤時は、やや心配です。
雪解けや除雪が進んで、交通機関も続々復旧しつつあります。
気になるのは、昨日真っ先に全線通行止めになっていた新東名高速ですが・・・。
新東名高速道路は、積雪のため、8日から全線が通行止めになっていましたが、9日午後2時半に、静岡県の新清水ジャンクションと三ヶ日ジャンクションの間の上下線で通行止めが解除されました。
御殿場ジャンクションと新清水ジャンクションの間は、引き続き、上下線で通行止めとなっています。
・・・要するに、いつも私が利用する区間だけがまだ通行止めが続いているようです。
それにしても・・と、やや不思議な気がしたのは、やや山側とはいえ、ほぼ並行する東名高速は、全線通行止めになっていませんでした。
すると、その訳が分かりました。
全線通行止めとした8日の新東名高速道。
閉鎖が長引いたのは、想定を超える降雪で東名高速道と同時進行で除雪作業ができなかったためという。
防災基幹道として大災害時などに重要な役割が期待される新東名だが、弱点を露呈した形だ。
中日本高速道路が新東名を通行止めとしたのは8日午前1時。
「数十年に一度」の積雪量が予想され、「除雪が追いつかずに東名と新東名が同時に通行止めになれば、物流や経済への影響が大きくなる」(広報担当者)と判断。
東名の除雪を優先させることにした。
新東名のルートが降雪の多い山側のルートを通る上に、凍結しやすい橋の区間が多いことも考慮したという。
同社の観測では、午後6時ごろまでに東名の御殿場インターチェンジ付近の積雪は30センチに達した。
除雪車はフル稼働で東名本線の除雪を続け、新東名は事実上手付かずだった。
広報担当者は「積雪が数センチ程度であれば両方に対応できる。
今回のような大雪に備えるなら設備過剰になる」と説明した。
・・・なるほど、そういうことですか。
仕方がありませんね。
もともと「第二東名」と言われていたのですから。
カレイとヒラメの違いもよく分かりません。
たぬきときつねのそばの東西の区別もよく分かりません。
シャベルとスコップも、どれがどうなのか・・・。
シャベル(ショベル)は英語の「shovel」、スコップはオランダ語の「schop (schep)」 からきた言葉で、両者は呼び名が違うだけで、 どうやら基本的には同じ物と考えた方が良いようです。
これらの呼び名を、大きさで使い分ける場合もあるようです。
ただし、シャベルとスコップの呼び名を、大きさで使い分ける場合には、小さい方をスコップと呼んだり、その逆だったりで、地域によっては呼び名が逆転するようです。
もう一つの見分け方ですが、シャベルやスコップを製造するメーカーでは、両者を形で分けている場合もあるようです。
この場合、同程度の大きさでも、体重を掛ける事ができる部分(足を乗せる)がある物を「ショベル」、なで型の物を「スコップ」と呼び分けているようです。
ところで、「ヒラメ」は、平らな所に目があるからヒラメ(平目)。
同じように平らな所に目があるのに、なぜカレイと言うのか・・・。
ヒラメの家来だから「(ケライ→ケレイ→)カレイ」なんです。
車浮代(三流亭まど絵)さん渾身の新刊「蔦重の教え」を読み終えました。
感想を聞かせて欲しいと、以前から言われていたので、Amazonのカスタマーレビューにコメントを投稿しました。
浮世絵と江戸料理に造詣の深い作者ですから、これらが各場面の核になって、安心・感心しながら一気に読み終えました。
江戸時代の吉原や花魁、市井の風俗、商売、就中出版の世界の薀蓄も多く散りばめられていて、大変参考になりました。
歌麿や北斎や写楽などという、想像上の存在でしかない人たちが、活き活きと描写されていて、とても楽しかった。
前半の展開がやや平坦な感じがしましたが、後半の動きのあるところはいいですね。
エピローグの場面は・・・、まぁ、愛嬌でしょうか。
さっそく知人にも勧めたいと思います。
細かいところはともかく、浮世絵と料理、出版の仕組みなどは、本当によく書かれていて、感心しました。
雪に慣れない私たちは、凍結路での転倒に気をつけなけばいけません。
雪道を歩くにはコツがあるそうです。
http://tsurutsuru.jp/kaiteki/kenkyu/kenkyu.html
1.小さな歩幅で歩く
歩幅が大きいと足を高く上げなければなりません。
そうすると当然、重心移動(体の揺れ)が大きくなり、転倒しやすくなります。
滑りやすいところでは、基本的に小さな歩幅であるきましょう。
2.靴の裏全体をつけて歩く
雪みちを歩くときは、重心を前におき、できるだけ足の裏全体を路面につける気持ちで歩きましょう。
道路の表面が氷状の「つるつる路面」では(1)小さな歩幅で、(2)足の裏全体をつけて歩く「すり足」のような歩き方が有効です。
3.急がず焦らず余裕をもって歩く
いくら歩き方を理解したつもりでも、急いでいる時は忘れがちになります。
ケガをしないで楽しい冬を過ごすためには、冬は夏より移動に時間がかかることは仕方がないと思って「余裕をもって」行動し、「急がず、焦らず」に歩くことが大事です。
・・・とは言え、転倒して怪我をする人は後を絶ちませんね。
十分予想されていたことではありますが、大雪の影響は半端ではありません。
交通機関は、特に深刻です。
列車ホテルや空港ロビーホテルが大繁盛?
…そういえば、会社の同僚母娘は、無事北海道旅行に出発することが出来たでしょうか?
東京の都心では、45年ぶりに積雪が27センチに達しました。
日本全国で記録的な数字になりました。
仙台市では、午前6時の積雪が35センチに達しました。
仙台管区気象台によりますと、仙台市で35センチの積雪を観測したのは、昭和11年2月以来、78年ぶりで、大正15年に観測を始めてから3番目に多い積雪だということです。
仙台に住んでいたのは7年足らずですが、確かに、積もっても10~15センチ程度だったと記憶していますから、その2~3倍の積雪になったんですね。
隙間風が吹き込む下宿の部屋で、石油ストーブと炬燵で暖を取りながら、寒さに震えたのを思い出します。
積もった雪はなかなか融けないので、凍結した防寒靴を履いて歩くのに苦労しました。
転倒して怪我をする人も多いようですから、気をつけないといけません。
見ている分には綺麗なんですがねぇぇ。厄介なものです。
記録的な大雪の翌朝。
自宅の周囲は真っ白。
救急車のサイレンの音が聞こえて来ますが、交通事故や転倒事故が起きているのでしょう。
駐車場も真っ白で、車の上にもどっさり・・・。
さて、雪かきをしようにも、我が家にはスコップや長靴や手袋などの雪かきに必要な道具が全くありません・・・。
と、家内が出してきたのが、プラスチックの小さなちりとり・・・。
ところが、まだ雪が凍結していないので、意外や意外、こんな小さなちりとりでも大活躍です。
とりあえず、我々が歩く10メートル足らずの部分の雪かきが出来ました。
・・・しかし、暫く融けそうにありませんから、明日の通勤時を考えると憂鬱です。
うぅぅ~、さむっ!
今日もひねもす、家の中で丸くなっていようっと。
雪が降っても積もっても、いつも通りの放送です。
◇ 子ほめ 八代目春風亭柳枝
これまた55年前の音源です。
考えてみると、当時はラジオ全盛で、寄席番組も多く、必然的に音源のストックもあるのでしょうが、その後はテレビとなり、寄席番組も激減しましたから、ストックがないのでしょう。
放送しようにも、例えば昭和40年代後半以降は、ほとんどないのかもしれません。
柳枝師匠は、圓窓師匠の最初の師匠です。
そうそう、この音源、ちょうど圓窓師匠が入門した年のものでした.。
とにかく馬鹿っ丁寧と言うくらいな言葉遣いの師匠で、「ございます」を連発しています。
一方で圓窓師匠は、「ございます」を禁句にしていますか゜・・・。
先輩の南亭蕪生師匠から、耳寄りな「林家あずみ情報」をお聞きしました。
何といっても、あずみさんとは浅草ことぶ季亭での花季彌生師匠の三味線・唄の"兄弟弟子"ですから、早耳なんですね。
あずみさん、2月1日の鈴本演芸場上席で、寄席の初高座を踏みましたが、席亭のおメガネに叶ったのでしょう、次の高座予定が決まったそうです。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/02/mm.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/02/post-13d2.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2014/02/post-ab46.html
鈴本演芸場、3月中席夜の部に交替出演、11日・12日・18日・20日だそうです。
どの師匠の芝居でしょうか。
それにしても、先日は代演でしたが、今回は交替出演とはいえ、正式な香盤ですから、大出世だと思います。
いいなぁ、苦労も多いだろうけど、これから成長して花を咲かせようとしている若い人は。
田舎の方は、雪はほとんどやんで、風も治まったようです。
夕方の甲府駅前は、こんな雪国状態だったようです。。
ニュースでは、富士・富士宮で一時停電したところもあったようなので、一人暮らしの母を心配していましたが、どうやら大丈夫だったようで、ひと安心しました。
東京電力によると、8日午後10時9分現在、東京、神奈川、千葉、静岡、茨城の5都県で約1万5800軒が停電している。
しかし、実家は山の中ですから、積雪で暫く道路が通行できなくなり、きっと孤立状態になつていると思います。
明日からの不便が心配です。
こういう時の判断は難しいですね。
「一之輔後援会」、こういう天候ですのでやむを得ずおいでになれないお客様には御返金いたします。
本日「三遊亭天どん、誰かと二人会」/現時点では予定通り開演/開演時刻変更の場合はツイッターでお知らせします/どうぞお気をつけてお越しください。
こういうことがある時に思い出すのは、「揺れるとき」の中で語られる師匠の思いです。
噺家は、どんなことがあっても、噺を放り出してはいけない。
地震の時も、洪水の時も、火事の時も、噺を聴きに来てくださる方は必ずいらっしゃる。
だから、高座に上らなくてはいけない・・と。
天どんさんの会、仮に休演したとしても、必ず何人かは、聴きに来るはずです。
その時にどうしますか?
師匠は、たとえ一人でも、噺家はやらなくてはいけないと。
午後5時現在、甲府39センチ、河口湖53センチ。
今後24時間で山地で15センチ、盆地で10センチ積もる見込み。
雪の影響で立往生する車が相次ぎ、JAFへの救援要請は、通常の10倍。
関東1都6県で合わせて240人がけが、スリップ事故は1238件。
午後7時、東京都心で積雪が22センチに。
都心で積雪が20センチを超えたのは平成6年2月以来、20年ぶりのこと。
午後8時、都心で積雪が25センチ。平成6年2月の記録を上回りました。
積雪の量は140年近くある統計の中で8番目。
予報通り、いよいよ風が強くなって来たようです。
大雪警報。
発達中の低気圧の影響で関東甲信や東北の各地で雪が強まり、東京の都心の積雪は16年前の平成10年以来となる10センチに達しました。
これから9日にかけて雪の量はさらに増え、風も強まる見込みで、気象庁は大雪や暴風に警戒するよう呼びかけています。
一日中やることもないので定点観測を・・・。
午前9時頃。夜中から降り出した(であろう)雪が、屋根に積もり始めています。
正午頃、細かい雪がずっと降り続いていて、視界も悪くなり、駅前の建物が霞んで来ました。
午後3時半過ぎ。すっかり「積雪!」という感じ。
駅前方面はほとんど見えなくなりました。
写真だと分かりづらいですが、風も出て来て、これからが本格的になりそうな気がします。
午後9時頃。まだ雪はやみません。
低気圧は8日夜、関東の南岸に近づいたあと、9日にかけてゆっくりと三陸沖を北上すると予想されています。
このため、これから関東甲信と東北の太平洋側ではさらに雪が強まって、9日にかけて降り続く見込みです。
9日の昼までに降る雪の量は、いずれも山沿いの多いところで、関東甲信と東北で50センチ。
関東の平野部では25センチと近年にない大雪となるおそれがあります。
また、9日にかけての最大風速は関東の陸上で25メートル、東海の陸上で18メートル、近畿と東北の陸上で15メートル、最大瞬間風速は陸上で30メートルから35メートルに達し、東海と関東、それに東北の太平洋沿岸は大しけになる見込みです。
気象庁は、大雪や暴風、高波に警戒するとともに、路面の凍結や積雪、吹雪による交通機関への影響などにも十分注意し、無理な外出は控えるよう呼びかけています。
はいはい、外出せずにいます。
ソチオリンピックの開会式の冒頭部分で、天井からつるされた雪の結晶のような形の装置五つが輪の形に変わって「五輪」になるはずだったのに、このうちの一つが作動せず、「四輪」になってしまうハプニングがあったようです。
総合演出した制作陣は開会式後の記者会見で、「五輪の精神が伝わることが大切で、五輪マークが完成するかしないかは問題ではない」と強調したそうです。
うぅぅ~ん、これって国民性なんでしょうねぇ。
これが日本人なら、「万全を期して準備いたしましたが、残念ながら、一部上手く行きませんでした(失敗しました)。大変申し訳ありません。」って、頭を下げるでしょう・・・。
それから、この開会式は生中継されましたが、ロシアの国営テレビなどでは、この場面は放映されなかった模様です。
国営テレビが開会式後に放映した映像では、この装置の形が変化し始めたところで映像が切り替わり、再度、この装置が映し出された時には五輪が完成していたということです。
一方、我々が視聴した日本などに流れた国際映像では、実際通り「四輪」が映し出されました。
これが日本なら、たとえばNHKの映像はそのまま放映され続けたでしょう。
五輪の精神を伝えることが大切なのは当然ですが、五輪にするために準備したものが四輪しか出来なかったのですから、伝わる伝わらないという観点ではなく、完成しなかったことにコメントするべきだと思います。
当初予定どおりにならなかったのは、日本語では「失敗」だということになると思いますが。
功績は大々的にアピールし、非は決して認めないのでしょう。
日本に生まれて良かったなと思いませんか?
雪の影響は、交通機関だけではありません。
春風亭小朝さんのメールで、「本日はこれから独演会の予定だったのですが、会館が大雪のため、先ほど延期が決定しました。」
若手のツイートでも、「清瀬 けやきホールでの『夢吉・宮治二人会』は大雪の為中止となりました。」
寄席も同様で、鈴本演芸場も、「午前中は「早起きして、雪かき男子個人競技に臨もうと思いましたが(笑)、思ったほど積雪なく…本日昼の部は通常営業予定でございます。交通情報には十分お気をつけ下さいませ。 」ということでしたが、夜の部は「ちょうど終演時間帯に雪のピークがぶつかるという予報もあり、お客様の帰りの足に大きな影響が出そうな場合は『休席』に致します。今後の状況を見ながら14~15時頃までには判断したいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。」
そう言えば、台風の日に落語会を聴きに行って、帰りに苦労したことがありました。
休演・休席なら諦めがつきますが、やってれば聴きたいですから。
・・・きっと、休演したり、延期したり、中止したり、多くの落語会も打撃を受けていることでしょう。
ところが、中には元気なところもありますよ。
「本日の『春風亭一之輔後援会 新年会』は予定通り開催いたします。申し込み済みの会員みなさん、お待ちしておりますよー。お気をつけておいで下さい。」
やらなきゃいけない事情もあるのかもしれませんがね。
例の「3.11」の時、直後の物理的な理由だけでなく、過剰な自粛思考から中止になる公演が多かったのを思い出しました。
「なんとかごーち」嘘つき作曲家のコンサートも、各地で取りやめになっているそようで、これは当然でしょう。
東京スカイツリーの運営会社は、強風を理由に午前11時からの営業を中止を決定。
正午以降に羽田空港を発着する国内線の全便欠航。
始まりましたね。
なぜか、ひとつ輪が出来ず、やや洒落になりませんでしたが。
ロシアではそんなことはないでしょうが、もしこれが某国ならば、この担当者はこの世にいないでしょうね・・・。
まぁ、とにかく始まったようです。
私の中では盛り上がりに欠けていますが、選手には頑張って欲しいと思います。
オリンピックを視聴するか、落語を聴くか、究極の選択です。
朝8時前の自宅周辺。
家々の屋根には既に雪が積もり始めています。
大手町でも2~3センチの積雪になっているそうです。
10センチ以上の積雪が予測されているようですが、そうなると16年ぶりになるそうです。
去年の成人の日の雪は8センチだったそうですから、あれよりもひどくなるということです。
さらに、これから風も強くなるようですから、大変だこりゃぁ。
関東で近年にない大雪のおそれ
暴風雪に警戒(ウェザーマップ 2月8日6時9分配信)
低気圧が急速に発達しながら本州の南を進むため、きょう8日から9日にかけて関東地方は、平野部も含め広い範囲で大雪 となる見込みだ。
東京都心で10センチを上回る積雪となれば1998年以来16年ぶり、20センチを上回れば1994年以来、20年ぶりのこととなる。
交通機関の乱れや路面凍結による転倒や事故に警戒が必要だ。
地図は真っ白・・・、日本中が雪ですね。
田舎に行かなくてよかった、というより行けませんでしたね。
新東名高速は全線(御殿場-三ヶ日)通行止めだそうです。
都内の交通網もズタズタになるでしょう。
関係ありませんが、明日の都知事選挙にも影響するでしよう。
昨夜母から電話。
雪が降るから帰らないことの確認かと思いきや・・・。
父方の義理の伯父(父の姉の夫)の訃報でした。
15年ほど前に伯母が亡くなり、子どもがいなかったので、近所や兄弟に世話をしてもらいながら、ずっと一人暮らしをしていました。
昨年の父の新盆の時は元気だったのですが。
年齢は90歳を超えているはずですから、天寿を全うしたといことですが、さすがに母が気弱になったようです。
この1か月足らずの間に、母にとって義弟、仲人(母親代わり)、そしてこの義兄。
気丈な母とはいえ、心配になるところです。
この雪で・・・、通夜にも行くことが出来ません。
来週は、我が家に呼んでいますから、ちょっと慰めてあげなくては。
今週も終わりました。
自称後援会長の「Ⅰさん」と、いつもの北千住の焼き鳥屋さんで。
この店、もう25年以上も通っているのですが、小さいながら常連さんもいて、ちょっと怪しい路地にあるのですが、女性にも人気があります。
これは、焼き鳥の美味さと、大将のライトな雰囲気が人気の元だと思います。
まずは、「豚串焼き」。
焼き鳥屋さんで豚から注文するというのが、「Ⅰさん」のこだわり?
お通しも、なかなか好きなんです。
あ、それから、この「豚しそ巻き」も絶品なんです。
今夜は「ねぎま」と「つくね」と「かわ」を注文。
いつもながら、私が梅酒サワーを1杯飲む間に、「Ⅰさん」は、中生とレモンサワーを数杯。いつもなら、バターコーンや「すなぎも」「はつ」なども注文して、〆は「焼きそば」なのですが、週末の解放感もあって、「〆はラーメンにしませんか?」と提案。
すると「Ⅰさん」、下戸の私が店の梯子を提案するなんてと、何故か大喜び。
「大将、お勘定!」
「あれっ?今日は焼きそばは食べないの?」と鋭い質問。
「いや、まぁ、あの、その・・」と答えて店を出ました。
近くの中華チェーン店に。
「Ⅰさん」は、当然ハイボール。
私はラーメンを食べようとすると、最近、ちょっと日本酒に目覚めつつあるのを知っているので、「冷酒を飲め」と・・・。
仕方がないので、冷酒を注文しました。
餃子とメンマとそら豆で。
ちょっと食べ過ぎ?
日本酒は「文楽」という銘柄でした。
まぁ、こういう店で出すものですから、味は・・、それなり。
でも、上尾あたりの蔵元のようです。
「Ⅰさん」に半分手伝ってもらいました。
そして〆のラーメン。
明日は、本当に雪になるのでしょうか?
雪が降ってはどうしようもありません。
7日午後5時40分現在、関東地方では東京都に大雪注意報、神奈川県に大雪、風雪、着雪注意報、茨城県に風雪注意報が発表されているそうです。
週末に帰省する予定でしたが、中止することにしました。
8日~9日は、関東で雪が予想されています。雪が降り始めるのは、8日未明からで、9日まで降り続くため、平野部でも大雪となる恐れがあります。
東京23区は、多いところで8日18時までに15センチの雪が降り、雪のピークは、8日夕方から夜のはじめにかけて。
8日午後からは、関東の沿岸部では非常に強い風も吹き荒れるため、交通機関に乱れがでる恐れもあります。
【予想される降雪量 8日18時まで 多いところ】
関東地方北部の山沿い 40センチ
甲信地方、箱根から多摩地方や秩父地方にかけて 30センチ
関東地方の平野部 20センチ
東京では、
23区、多摩北部および多摩西部で 15センチ
多摩西部で 20センチ
・・・の見込みです。
となっていますが、これは、あすの夕方までの予想です。
雪は、9日まで続くため、この数字よりも、雪が多く降りそうです。
さらに、この数字は、あくまでも「雪の降る量」で、「雪の積もる量」ではありません。
実際に「雪の積もる量」は、この数字よりも少ないと考えられますが、油断はできません。
・・・天気予報にここまで言われたら、諦めるしかありませんね。
実は、ちょうど去年のこのタイミングで、父が体調を崩したんです。
昨年は、9~11日まで3連休でした。
休み明けに入院して・・・。
ちょっと前、一流のホテルやレストランでの食材偽装が問題になり、何の罪もない「バナメイエビ」ちゃんが気の毒でしたが、この数日騒がれている、聾のはずの作曲家の一件に至っては、大笑いです。
いずれの場合も、いつも偉そうなマスコミはじめ周囲が完全に騙されていて、一体何を見ているんだと思ってしまいます。
それにしても驚くのは、ゴーストライターだと告白したオジサンの実力ですよ。
「なんとかごーち」さんがイメージを伝えただけで作曲してしまうんですから、半端な実力ではないと思います。
手塚治虫さんの「ブラックジャック」みたいではありませんか。
それに、マスコミやらが「素晴らしい!」って絶賛して集まって来た訳でしょ?
でなければ、「ハンデがあるのに」という枕詞を付けての評価か、あるいは周囲に全く評価する力量がないということかですな。
それにしても、ソチオリンピックのフィギュアスケートで、この曲を使おうとしていた選手などは気の毒です。
そうそう、ソチオリンピックと言えば、あるアルペン競技の予選で、靭帯を負傷した選手を無理して出場させ、その選手が肝心の試合直前にまた同じ場所を悪くしてしまって棄権した話もありましたね。
私は、この選手が気の毒だとは思いますが、彼女の対応はちょっと違う気がするんです。
全治何ヶ月だと診断された選手を代表に選んだ側も、申し訳ありませんが出場を強行した選手本人も、ちょっと違う気がします。
前回のオリンピックでも議論されましたが、勿論、本人の卓越した技量を試す場であることが最大の目的ですが、他の大会と異なるのは、国や地域を代表しているということ。
従って、全て自分の思いや都合が許される訳ではないということです。
もし、この選手と実力が拮抗する選手がいたとしたら、結果的にその選手の出場機会を摘んでしまったことになると思うのです。
さて、また件の作曲家の話題に戻りますが、何故騙されたのかという問いに、新聞・雑誌記者やテレビ制作者、視聴者・読者たちの「心理」をついた巧妙なストーリーだったと言う人がいます。
そもそもマスコミも日本国民も「ちょっと感動できる”いい話”」が大好きだ。
「全盲のピアニスト」など、ハンディキャップを乗り越えて活躍する「天才」は、見渡せば片手で足りないほど存在する。
音楽性そのものが評価されている、などと言いながらも、どこかでその「ハンディキャンプ」そのものも、その音楽家の「売り」のひとつになってしまっているのも確かだ。
少なくともコンサートに出かけ、CDを購入する側からすれば、その音楽家がもし「健常者」だったら、同じように熱狂するのかと問われた時、「障害を持っていること」がある種のバイアスをもたらして高く評価してしまう面がないと言い切れる人はよほどの音楽通なのだろう。
それぐらい、「障害を持ち、それを乗り越えた」という「天才」が、同じように「痛みを持った人たちを励ます」というストーリーはこの世にあふれ、それを欲する人々がいる。
佐村河内氏は、こうした日本人や日本のマスコミの「いい話好き」のメンタリティを利用して、多くの人に「ウケるストーリー」を作り上げ、その主人公を演じていたのである。
落語にも「ちょっと感動できるいい噺」は多くありますが、こんな姑息な騙しはありません。
与太郎も、例えば「心眼」の梅喜も、「三味線栗毛」の錦木も、ハンデは持っていても、生き方は、偽りのない「本式」ですから。
だから何百年も続いているのでしょう。
ビクターが、原宿で新しい落語会を始めるそうです。
「二八落語会」という名前だそうです。
音楽事業で80年を超える歴史をもつ日本のレコード会社として、いつの時代も音楽、エンターテインメントシーンに確かな足跡を残し続けているビクターが「ビクター落語シリーズ 本物を身近に。」を合言葉に、「二八落語会」をスタート。
気軽に落語を聴こうをコンセプトに、「本物の噺家」の紹介、そして「新しい聞き方」を提案いたします。
落語好き、落語を聞いたことのない方、どちらも楽しめるよう、円熟の名人から、今勢いのある名人、そして未来の名人まで「本物」にこだわった会です。
会場は、ライブなどが多く行われるイベントスペース「原宿VACANT」で、併設の雑貨店やカフェにふらっと立ち寄る感覚で、誰でも気軽に落語を楽しめます。
木目調のシンプルな空間で、噺家の息遣いを感じられる、とっても贅沢な落語会。毎回、たっぷり二席の落語をお届けいたします。
ビクターと言えば、数年前に「ビクター落語会」をやっていました。
当時、私が一番通った落語会でしたが、今は「三田落語会」という名前で続いていますが。
小さなスペースで、各師匠のたっぷり二席と、有望前座さんの一席、合計三席をじっくりと楽しみながら、1ドリンクつきで2,800円・・・。
4月12日 昼席:瀧川鯉昇 / 夜席:隅田川馬石
6月28日 昼席:橘家文左衛門 / 夜席:三遊亭兼好
8月30日 昼席:春風亭一之輔 / 夜席:入船亭扇辰
うぅぅん、微妙なメンバーですが、面白そうではありますね。
若手の昇級・昇格のための面談を行う際に、参考図書を渡して読ませ、簡単に感想を述べさせているのですが、毎回、その選定に苦労しています。
最近の若手は、本はおろか新聞もあまり読まず、活字離れが進んでいますので、ちょっと立ち止まって読んで欲しいという程度なんですが。
今回は、上野2つを選びました。
今までで、比較的評判が良かったのは、この3冊でした・・。
事前に読んでおかないといけないので、あまり難しい、厚い本は敬遠しているのです。
とても嬉しい話題です。
http://www.bureau.tohoku.ac.jp/kikin/japanese/
我が落語研究部が、平成25年度「東北大学基金課外活動奨励賞」を受賞したそうです。
東北大学学友会落語研究部は、1959年創部、54年の歴史を誇ります。
現在は、学部1年生から4年生まで、総勢25名で活動しています。
寄席や落語発表会の主催・共催、出前落語などのボランティアやイベントを年間50回にわたり行ったことが評価され、平成25年度「東北大学基金課外活動奨励賞」を受賞しました。
また、社会・地域貢献の企画事業と認められ、平成25年度学生団体の企画事業等に対する助成団体に決定しました。
素晴らしい! でかした! オジサンたちも鼻が高いぞ!
我が落研は学友会の中でも、屈指の古い伝統を持っています。
JR高円寺駅周辺の商店が寄席に早変わりして、落語や漫才が上演されるという、「高円寺演芸まつり」が始まるそうです。(16日まで。)
http://www.koenji-engei.com/2014/
高円寺は以前から神社やそば店が寄席を開くなど、大衆演芸とつながりが深い土地柄という。商店街がこれに着目、町全体を寄席会場にし、笑いで盛り上げようと企画した。
4回目となる今回は、46か所が寄席に変わる。
葬祭場や盆栽屋、カレー店、銭湯などもある。期間中、各店が決まった日に寄席を開き、1日1~7組が落語、漫才、講談、マジックなどを披露する。
・・・町おこしですね。
いやはや、これは物凄いイベントですよ。
師匠のブログで、先日の稽古会についてコメントされていました。
特に、越児さん(寝蔵師匠)については、その場でも「100点満点」と仰っていましたが、絶賛されています。
読み稽古というと、誰しもが、たぶん目読から始まるだろう。
そして、音読して、朗読に変わるかもしれない。
あたしは、その後に、高座本を片手に持ち、もう片方は仕種できるようにしておき、上手、下手、正面(地語り)と、目線と同時に高座本も動かして、感情を篭めて通る声で演ずるように読むことを奨めている。
これはあたしの造語で、「演読」と命名した。
連中にそのことを講義して、みなの読み稽古をその観点から見聞すると、稽古に厚みが感じられた。
特に、越児(こしじ)[井戸の茶碗]にはそれが溢れていて、屑屋、若侍、浪人、その娘が生き生き浮き上がって現れていた。
聞いていた連中から「娘のカナさんて、どんな娘なのか」と意見が出て、話題になった。
既成のこの噺のほとんどが、娘に関しては、単に浪人の娘というだけの扱いで、名前すら現していなかった、
あたしは、高座本の作成の折、名を「加那」とし、台詞も言わせて、存在感を持たせた。
高木氏と結婚をする人物なんだもの、手厚くしたいという工夫をこらしたつもりなのだ……。
越児(こしじ)の滑らかな口調、感情の表現力が、まさに圧巻の演読となり、稽古場の聞き手に娘を話題とさせたのであろう。
今日は6人が3時過ぎまで、充実した稽古をした。
次回から、稽古時間を寄席踊りの稽古と交代して、朝9時~12時までに変更した。
・・・という訳です。
「9-3÷1/3+1」(1/3は、3分の1)の答えは?
あるメーカーが、新入社員をテストしたところ、正答率は4割だったそうです。
にとどまった。
この大手メーカーは毎年、同様の算数テストを行っていて、1980年代の正答率は9割だったということです。
もちろん、答は「1」ですよね。
若者言葉というのは、中学生から30歳ぐらいの若い人が、言葉で楽しんだり、グループの気持ちを強めたりする ために使っている特別な言い方だそうです。
その言葉は、日本語の文法を考えずに、自由に楽しく作られている。
特別な言い方がたくさんあるので、 グループに入っていない人には、意味が通じない。
要するに、オジサンたちには分からない・・・。
若者言葉には次のような特徴があるといわれます。
1. 仲間どうしの言葉である。
今の若者は、敬語を使うのが苦手でコミュニケーションをしないと言われることがある。
しかし、 若者言葉を使って、友達と話すときはいくらでも話していることができる。
2. 情報を伝えることではなく、楽しく過ごすことが目的である。
「ノリ」のために使っていて、その場面を楽しくすることが一番大事である。
3. 日本語の文法や規則から離れて自由に作られている。
若者は洋服、持っているもの、考え方など、どんどん新しいものを取り入れていくものである。
そして、言葉でも、どんどん新しい言葉を作ったり、今までの言葉を違う意味で使ったりしている。
・・・なるほど、それがメディアに乗って、世の中を席巻し、正しい言葉を駆逐してしまう・・・。
魚の外来種みたいですね。
http://bosesound.blog133.fc2.com/blog-entry-155.html
名古屋の大須演芸場の閉館が話題になっています。
今頃になって、今さら、存続を期待する声が上がっているなどと報道されています。
今朝の日本経済新聞の社説「春秋」にこんな文章が載っていました。
新宿末広亭の楽屋は畳敷きで8畳ほどしかない。
取材で訪ねた折、出を待つ芸人さんたちでごった返していたので2階へ通じる階段の途中に避難していたら、名の通った落語家にやんわりたしなめられた。
「そこに立ってられると、客足を止めるっていって縁起が悪い」
験担ぎがいかにも寄席らしい。
それも「お客さんあってこそ」だからだが、その客が集まらず、名古屋の大須演芸場がおととい店じまいした。
家賃をため、裁判所に明け渡し命令を受けてのことである。
最終日は演芸場を閉鎖する強制執行官が開演中に現れ、満員の客が嫌みの拍手で迎えるという人を食った幕切れだった。
この世界で「つ離れ」という。
1つ、2つと数えていって10には「つ」がつかない。だから客が10人集まればめでたく「つ離れ」。その符丁で、寄席を知らぬ方もガラガラの客席が目に浮かぶだろう。
なかでも大須演芸場は極めつきだった。
止まる客足を相手に半世紀近い歩みを刻んだというのが、むしろあっぱれである。
1970年に東京の人形町末広が閉まったとき、いっぱいの客を見て「普段からこうやって来ないから潰れるんだ」と毒づいたのは立川談志師だったか。
お説の通りで、ずっと見向きもしなかったのになくなると知れば慌てて残念がる。
寄席に限らない。
こうして店もブルートレインも消えていく。
お客さんは薄情なのだ。
・・・そういうものです。
ところで、名古屋にお住まいの先輩「二代目多趣味亭狂楽」師匠が、落研OBのMLで以下のようなコメントを寄せていらっしゃいました。
何度もの閉鎖の危機を乗り越えてきていたから今度も大丈夫、と皆さん高をくくっていたら本当に閉鎖だそうだ。
席亭ももう高齢(80歳)で気力がなくなった。
何より今の名古屋の芸人たちの舞台に対する執着心がないのだという。
で、差押えの執行官が来る3日1時まで舞台を続けるのだそうです。
30年前、強制執行に来て追い返された元執行官からは「席亭がんばれ!」とハガキが届いているという、がもう無理。
演芸場の建物はそのまま残る、ので将来何らかの形での復活があるかもしれません。
因みに「大須演芸場」という名称は足立席亭に属するそうで、これを名乗るには足立氏の承諾が必要となる。
大須は、落語独演会のほか暮れのロック歌舞伎が私には楽しみでした。
維持費もままならない小屋の場内は寒く、めくりのお姐さんは着物下にとっくりセーターを着込んでいるという誠に昭和臭い寄席でした。
売れると中央に出てしまう芸人、見たいものを選んでしか出かけない観客、TV他見世物いっぱいの世の中で名古屋の地に常設の寄席はもう無理でしょう。
若手の鍛錬の場が無くなるのは痛いが、大須の街自体には人は戻っているので何かのきっかけでまた寄席舞台ができるといいなと思っている。
メディアが発達して、リアルは一極集中ということなんでしょうか・・・。
今朝の寒さは半端ではありませんでしたなぁ…。
風がないのが幸いでしたが、昨夜の雨や雪で濡れた路面は、表面が凍ってバリバリしていました。
天気予報は、今朝は東京都心で気温が-0.5度まで下がり、今季一番の冷え込みとなるなど、立春を過ぎても、まだまだ厳しい寒さです。
日中も空気は冷たいままでしょう。
雪国地方の寒さはまだまだこれからなのでしょう。
ところで最近、「半端ない」と言う表現をよく耳にします。
とても耳障りなんです。
辞書にも出ていました。
半端ないとは…、[形]《「半端ではない」の省略形。若者言葉》中途半端ではなく、徹底しているさま。程度がはなはだしいさま。
若者言葉…ねぇ?
師匠からご指南いただくに際して、やはり稽古場所の確保というのが、非常に大変なんです。
千早亭などは、元々豊島区のカルチャー講座「円窓の落語教室」がスタートですから、当然「豊島区千早地域文化創造館」でやっていますが、それでも会場の申込のために、ワッフルさんや三十一さんにご尽力いただいたいます。
落語っ子連は、12年ほど前に、フリーの方々が集まってスタートしたグループですから、稽古場も転々としていたようです。
私が仲間に入れていただいた数年前は、阿佐ヶ谷の道場のような所を借りていて、発表会もそこでやりました。
私が、三流亭流三でデビュー?した場所です。
その後、千駄ヶ谷で他のグループメンバーの方がオーナーのスペースを借りましたが、オーナーが脱会されたので、門前仲町のまど音さんの音楽教室にお世話になっていました。
この建物も、一昨年建替え工事が始まりましたので、現在の「江東区古石場文化センター」で、「紅巣亭落語教室」と同じ日に、時間をシェアして続けて来ました。
第1・3日曜日のタイムスケジュールは原則以下のとおりです。
10時00分~11時30分 寄席踊り
12時00分~14時00分 落語っ子連・三流亭
14時00分~17時00分 語りっ子連・紅巣亭
・・・と、我々は、吉窓さんご指導の寄席踊りと紅巣亭の間の2時間で、現在、メンバーが8名いますから、稽古時間が足りなくなることが多くなりました。
やはり、メンバーのレベルが上がり、演じる噺も長くなりつつありましたから。
そこで、師匠にもご相談して、以下のような時間割を考えました。
9時00分~12時00分 落語っ子連・三流亭
12時00分~13時30分 寄席踊り
13時30分~17時00分 語りっ子連・紅巣亭
師匠に相談したところ、「寄席踊りの連は12時から13時半に移動はすぐにでもOK」とのメールを頂戴しました。
また、我々の意向が整えば、今月16日の次回稽古日から可能だと仰っていただきました。
それで、師匠のご厚意に甘えさせていただき、我々の稽古時間を拡大させていただくことにしたいと思います。
9時から12時に変更となると、かなり早くなりますが、新潟の越児さんと館山の千公さんは、原則前泊されておられるようですから問題なし。
新参さんが一番遠くなりますがご快諾いただきました。
日曜日の朝が、ちょっと忙しくなりそうです。
お金にまつわる細かい話と大きな話。
まず、4月からの消費税増税を前に、1円玉の生産が4年ぶりに再開されたという話です。
1円玉は、供給量が十分だという理由で4年前から生産されていなかったそうですが、4月からの消費税増税で釣り銭などの需要が見込まれるため、生産が再開されることになったということです。
来月までに約2500万枚を作るということです。
http://www.keiyobank.co.jp/tameru/yokin/item/takarakuji.html
一方、銀行の定期預金におまけで付けている年末ジャンボが、一等前後賞を合わせて7億円に当せんしたという、実に羨ましい話。
くじそのものは渡さず、番号をはがきで知らせる仕組みで、本人は当せんに気付かず、控えで確認した銀行が、1カ月近く待って1月末に連絡したそうです。
「富久」「御慶」「水屋の富」「宿屋の富」も真っ青ですね。
今、花の都では、ドジな前任者のおかげで、やらなくてもいい選挙を、多額のコストをかけてやっています。
それだけでも噴飯ものだと思っていたら、上方でも、自分の保身としか思えないレベルで、辞任後また立候補しようなどという姑息な企みをしている首長がいるようです。
この類は、地元に根を下ろして選挙民に尽くそう、みんなで協力してより良い自治体を作ろうなどという気持ちなど全くなく、自分の立身のため、勝手な欲望のために、選挙を道具に使っているとしか思えません。
そこには、国民・都民・府民の目線などありません。
きっとこの大きな勘違いには一生気がつかないのでしょう。
もっと足を地に着けた、大局観のある人はいないのでしょうか?
みんな小さいなぁ…。
歳徳神(としとくじん)の在する方位を恵方(えほう、吉方、兄方)、または明の方(あきのかた)と言い、その方角に向かって事を行えば、万事に吉とされるそうです。
歳徳神は、陰陽道で、その年の福徳を司る神で、年徳、歳神、正月さまなどとも言います。
かつては、初詣は自宅から見て恵方の方角の寺社に参る習慣がありました(恵方詣り)。
歳徳神の在する方位(恵方)は、その年の十干によってに決まるそうです。
ちなみに、今年は東北東あたりだそうです。
近年、関西を中心に、立春の前日の節分の日に恵方を向いて「太巻きの丸かぶり」が行われる恵方巻の風習というのがあります。
恵方巻の名称は1998年に、セブン-イレブンが全国発売にあたって商品名に採用したことによるとされています。
関西出身でない私は、恵方巻には全く馴染みがありません。
太巻きを丸かじりするなんて、あまり行儀が良くありませんね。
しかも、コンビニに乗せられて・・・・。
2015年卒の学生が就職したい人気企業のベスト3は、1位三菱東京UFJ銀行、2位JTBグループ、3位明治グループで、三菱東京UFJが3連覇だとか・・・。
(このランキングは、文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の調査をもとにしたものだそうです。)
こういうのって、本当に野次馬的なデータだと思います。
もし、噺家さんの好みや、実力ランキングなんていうのがあるとすれば、そちらの方がずっと正確だと思います。
とにかく、何も知らない学生さんのイメージだけの人気投票ですから。
仮に、私がこのランキング上位の企業の社員だったと(だと)しても、「ふうぅぅん、そうなんだぁ」と思う程度です。
ランキングが高い企業だから一流だということでもありませんし。
来年の9月の話で、それこそ鬼が笑ってしまいますが。
来年は、5月に加えて9月も4連休になることが確定し、土曜日が休みの人は、どちらも5連休となるという話です。
「春分の日」と「秋分の日」は太陽と地球の位置により決まるため、年によって日付が前後するため、国立天文台は前年に翌年の暦を発表して、正式に確定するそうです。
これによりますと、来年の秋分の日は9月23日の水曜日。
その結果、月曜日にあたる21日の「敬老の日」との間に挟まれた22日が、国民の祝日に関する法律の規定で休日となり、20日の日曜日から23日までの4連休となるという訳。
・・・・。
最近は、連休慣れをしてしまっていて、嬉しいような、有難いような、でもそうでもないような・・・。
9月のこの時期の連休は、それ以外の日が、甚だしく忙しくなるということに他なりませんから・・・。
節分とは本来、季節の分かれ目となる立春・立夏・立秋・立冬の“前日”で、1年に4回あるのですが、室町時代ごろからは、立春の前日だけを指すようです。
そんな昔の暦では、立春は年の始め、節分は大晦日と同じものでした。
この、季節の変わり目でもあり年の節目でもある節分は、“鬼”や邪気が入り込みやすい日と考えられてきたそうです。
そんなわけで、この節分には、福を呼び込むためにしっかり“祓え”を行うという風習が根付いていたそうです。
節分といえば“豆撒き”ですが、これもやはり“祓え”のための風習。
撒くのには、“穀霊”が宿っていて悪霊を退散させる、ということから大豆を使います。
また、芽が出ると縁起が悪いということから、生豆ではなく炒った大豆を撒きます。
豆を撒くのは、夜になってから。
家長か年男が「鬼は外、福は内」という掛け声とともに、一升枡に入れた豆を、部屋から部屋に撒いては戸を閉めていきます。
その後、家族がそれぞれ“自分の年の数プラス1個”を食べます。
プラス1個には“年を越す”という意味があるそうです。
鬼を払うため、玄関に、鰯の頭を焼いて柊の枝に刺した“柊鰯(ひいらぎいわし)”、“焼嗅(やいかがし)”と呼ばれるものを取り付ける風習もあります。
・・・だそうです。
明日はいよいよ立春。
春の訪れという訳ですが、今夜から寒くなりそうです。
節分と言えば、落語では「厄払い」てでしょうか。
いい歳をして何も仕事をしていない与太郎は、節分の晩だけに街を流して歩き、厄を払う口上を述べて炒り豆と小銭を貰う「厄払い」を伯父さんに勧められる。
しかし、伯父さんの教える「ああら目出たいな目出たいな。今晩今宵の御祝儀に、目出度き事にて祝おうなら・・・」という肝心の口上を全く覚えられない。
仕方なく、紙に書いて貰った口上を手に、稽古をしないまま、与太郎は街を流し出す。所が時既に遅く、完全に出遅れ。
どこの家も厄払いを済ませており、サッパリ声が掛からない。
そこで与太郎なりに考えて、「厄払いのでこでこに(非常に、を意味する江戸の俗語)めでたいの」と言って歩くと、これを聞きつけた或る商家の旦那が与太郎の即席厄払いを家に呼び込んだ。
やっと仕事にありついた与太郎だが、紙に書かれた口上の漢字が読めない!・・・・
「あ~ら、目出度いな、目出度いな、今晩今宵のご祝儀、目出度きことにて払おうなら、まず一夜明ければ元朝の、門(かど)に松竹、注連飾り(しめかざり)、床に橙鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、鶴は千年、亀は万年、東方朔(とうぼうさく)は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大助百六ツ、この三長年が集まりて、酒盛りをいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、妨げなさんとするところ、この厄払いがかいつかみ、西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、須弥山(しゅみせん)の方へ、さらーりさらーり」
汗だくになって「鰍沢」の読み稽古をやりました。
師匠から、高座本を単に読む(朗読する)のではなく、感情も入れて、なるべく仕草も入れるように、本番と同じようにやることは大事なことだと、お褒めいただきました。
師匠は、「朗読」と区別して「演読(えんどく)」と名付けているそうです。
確かに、以前からそうですが、感情移入と場面設定を意識して読み稽古をやっていますので、疲労困憊するんです。
ましてや「鰍沢」ですから、終わった後はクタクタでした。
師匠は、越児さん(寝蔵師匠)の「井戸の茶碗」についても、身を乗り出すようにお聴きになり、「演読で100点満点」と絶賛されていました。
そうなんです。
場面場面の言葉の出し方は、暗記をしていて、展開か分かっているような言い回しをしては、不自然で興趣が削がれてしまいます。
台詞は、いつも・すべて、予想をしていない会話なんです。
読み稽古の時から真剣勝負をすることが大切なんですね。
今夜は春風亭柳昇師匠の特集でした。
◇ 滝口入道 春風亭柳昇
◇ カラオケ病院 春風亭柳昇
私は、春風亭柳昇と申しまして、大きなことを言うようですが、今や春風亭柳昇と言えば、我が国では…私一人であります。
言ってることがよく分からない、滑舌の良くないところがありましたが、人気はありましたね。
大衆受けしたんですね。
お弟子さんは、昔昔亭桃太郎、瀧川鯉昇、春風亭昇太、春風亭柳好などの各師匠たち。
私は、「里帰り」という噺が好きでしたね。
一番聴いたのは、「雑排」か「結婚式風景」あたりでしょうか・・?
前回は叔父が急逝したため、久しぶりの参加です。
今日は何と6人が3時過ぎまで、充実した稽古をさせていただきました。
紅巣亭心童さんの稽古の後、次回欠席するので、今回みっちりとと言う窓口さんからスタートです。
◇ 試し酒 三流亭窓口
◇ 時そば 三流亭千公
◇ 鰍沢 三流亭流三
◇ 出来心 三流亭百梅
◇ 井戸の茶碗 三流亭越児
◇ 松山鏡 三流亭仙三
今日は、師匠から読み稽古の際、「朗読」ではなく「演読」を心がけるようにと、ご指導いただきました。
本番同様に台詞を言い、出来るだけ上下や仕草を入れながら読むこと。
ところで、稽古の時間が12時から14時までの2時間では足りなくなって来ましたので、寄席踊りの時間帯と交代して、9時〜12時までに出来ないかを相談してみることにしました。
早ければ、3月から変更出来ればと思っています。
師匠には、本日も長時間にわたり感謝です。
唯一、松戸が舞台になっている噺です。
◇ 紋三郎稲荷 二代目三遊亭円歌
完全にマンネリなというか、ゲストも面白くなくなりました。
ところで、まことに恥ずかしながら、私は、この二代目円歌師匠と三代目柳好師匠の区別が苦手なんです。
両師匠に間に合っていないので、よく間違えます。
今朝も、志の輔さんの演者・演目紹介を聞き逃したので、演目とどちらかの師匠だとはすぐ分かりましたが・・・。
あずみさん
本日の鈴本の初高座をじっくり拝聴させていただきました。
とにかく、おめでとうございます。
とても素晴らしい高座で、ドキドキしながらも、うれしいやら、楽しいやら。
着物も似合っていたし、三味線も歌も上達されていたし、語りや表情は、とても初めてとは思えませんでした。
初高座を拝見する事が出来て、私も幸せです。
ますますのご活躍と、たまには我々のことも思い出していただけるよう、心からお祈りしています。
たい平師匠も、ブログで応援されていましたよ。
来て下さったのですか!!!
急でお忙しい中本当に本当に本当にありがとうございます!
寄席での初高座をみていただけて本当に嬉しいです!
ありがとうございます!
もっともっと芸道精進いたします。
心から感謝いたします!
オジサンも実に嬉しい記念日になりました。
150年の歴史のある老舗の寄席「鈴本演芸場」のプログラムに、「三味線漫談 林家あずみ」と印刷されていました。
仲入り後のくいつき、夜7時30分。
艶やかな真珠色のような着物の安住さんが高座に上がると、バアァーッと明るくなりました。
寄席での初高座ですから、きっと緊張していると思いますが、全くそんな素振りもなく、実に落ち着いたものです。
しかし・・・、聴いている方は、身内のような気持ちで、ドキドキ・ハラハラしてみつめました。
ところが、三味線も歌も語りも、物凄く上達していて驚きました。
○ 梅はさいたか
○ ぎっちょんちょん
○ 和唐内(わとうない)
~浄瑠璃「国性爺合戦」から誕生した拳遊びの歌
○ 奴さん
とにかく、歴史の一瞬に立ち会うことができました。
あずみさん、本当におめでとう!
土曜日で、仕事を終えたのが4時半過ぎ。
いつもの銀座線を上野広小路で降りて、鈴本演芸場へ。
鈴本の前に到着すると、開場したばかりのようで、歩道に行列が出来ています。
正直に言いますと、もしもあずみさんが寄席高座デビューでなければ、今日の鈴本の芝居には来なかったでしょう。
暫く(数分?)行列に並び、一応準備しておいた、トリの春風亭百栄さんのHPから印刷した割引券を提示し、2,200円支払い中へ。
売店で残り最後の1個の助六弁当700円とお茶を買って、前から4列目の下手側に座りました。
今日だけは、落語はどうでもいいんです。
ひたすら、仲入り後のくいつきでのあずみさんを待ちます。
◇ やかん 林家けい木
◇ 羽織の遊び 三遊亭司
◇ 出来心(まぬけ泥) 柳亭燕路
◇ 時そば 橘家文左衛門
◇ 伽羅の下駄 桂文雀
◇ 雑俳 柳亭市馬
三味線漫談 林家あずみ
◇ 鮑のし 入船亭扇辰
◇ (新作) 春風亭百栄
はっきり申し上げて、トリは全く面白くない。
客席の前の方に陣取っているのは、彼のご贔屓でしょうが、私には全く相容れない質の笑いで、面白いどころか不快に感じました。
何か、ごく少ないというか、マニアックな好みの人たちの楽屋オチのようで、笑いにも品が感じられません。
いずれにしても、落語は市馬さんと扇辰さんだけに救われました。
あずみさんの師匠の林家たい平さんのブログで。
やはり今日が寄席デビューなんですね。
弟子のあずみが寄席初高座を勤めさせていただきます。
本日、鈴本夜席中入り後の食いつきです。
親心で心配ですが、楽しくやってくれる筈。
ガンバレ〜ガンバレ〜あずみ!!
本日の番組
落 語 三遊亭 司
太神楽曲芸 鏡味仙三郎社中
18:00
落 語 柳 亭
燕 路
落 語 橘 家 文左衛門
も の ま ね 江戸家 小 猫
落 語 桂
文 雀(代演)
19:00
落 語 柳 亭 市 馬
19:20 お仲入り
三味線漫談 林 家
あずみ(代演)
落 語 入船亭 扇 辰
紙 切 り 林 家 二 楽
20:10
落 語 春風亭 百 栄
さぁぁ、こりゃあやっぱり放ってはおけませんよ。
「どうらく息子」もそうですが、続き物のコミックは、刊行の時間が最低半年ぐらい空きますので、ストーリーも忘れますし、そもそも最新刊が第何号かも分からなかったりします。
「昭和元禄落語心中」も第5巻が最新で、第4巻までは、確か読み終えているはずです。
落語を捨てた助六が、暮らす田舎の温泉街。
愛想尽かしたみよ吉は、子供を置いて出たっきり。
「八雲を継いで 落語なさい」。
言って聞かせる菊比古に、助六、ひねくれ駄々こねる。
引っ張り出された場末の高座。
それでも演れねぇはずがない。
娘・小夏を笑わせて、も一度あの日の夢を見る――。
八雲と助六篇、完結!そして物語は再び与太郎のもとへ――!
・・・どんなストーリーでしたっけ?
Amazonに注文することにしました。
とうとう見つけました。
鈴本演芸場のいつものツイートです。
鈴本演芸場公式【2/1本日の夜の部】
交互出演⇒司 天どん⇒文左衛門 市馬⇒文雀 文左衛門⇒市馬 二楽⇒林家あずみ ロケット団⇒二楽
鈴本演芸場の2月上席が始まりましたが、初日(今日)の夜に代演で「林家あずみ」さんの名前がありました。
右列の下から4人目に「三味線漫談 林家あずみ」と。
今夜の仲入り後のくいつきで7時30分の上がりです。
中のことは分かりませんが、鈴本の舞台に上がるということは、晴れて楽屋入りが出来たということではないのでしょうか?
先月聞いた情報では、いつ頃寄席に出られるようになるかは不明・・・みたいなことでしたが・・・。
私が知らなかっただけで、これが初めてではないのかもしれませんが、実におめでたいことです。
ただし、落語協会の芸人紹介にはまだ載っていません。
うっかりした前座、気の利いた前座、お調子者の前座、役に立つ前座……銅ら壱にはいろいろな顔があるようです。
人は他人から様々な評価をされます。好かれたり、嫌われたり、見守られたり、見捨てられたり、救いの手をさしのべられたり……銅ら壱もまた、落語界の先輩達から、見守られ、救われてきましたが、今回、よりによって師匠から見捨てられそうになります。
どうなることか、注目の第9巻です。
はいはい、Amazonに注文しました。
河北新報の記事を見て驚きました。
東北大は、移転を計画している雨宮キャンパスの売却先を、大規模商業施設開発・運営のイオンモールに決定した。
落札額は220億1000万円。
2月中に契約を締結し、キャンパスにある農学部・大学院農学研究科棟の解体工事などに着手。
2018年2月の引き渡しを目指す。
売却するのは9.3ヘクタールのキャンパス全体。
13年10月7日に売却先決定に向けた一般競争入札を公告し、期限の1月20日までに大手不動産会社など7社が応札した。
入札は金額と土地利用計画の総合審査によって行われた。
売却の条件として東北大は、仙台商工会議所と仙台市を交えた「東北大キャンパス移転まちづくり会議」が、13年4月にまとめた報告書に沿った土地利用を提示した。
報告書では「医療・福祉・増進健康機能」「商業・生活利便機能」「まちなか居住機能」が一体となった複合市街地を提唱している。
イオンモールは宮城県内では名取市や富谷町に進出しているが、仙台市内にモール型の店舗はなかった。
全国でも医療と商業、住居の3分野を一体開発した事例はなく、新たな事業形態となる。
同社広報部は「事業の詳細は未定で、今後仙台市と協議を進めたい。立地を考慮すれば、商業施設は都市型のニーズに応えられる性格になるのではないか」と話した。
雨宮キャンパス南側のボウリング場・スケート場跡地(1.7ヘクタール)は住友不動産(東京)が開発を計画中で、周辺環境が大きく変わりそうだ。
農学部・大学院農学研究科は、16年度中に青葉山新キャンパス(青葉区)へ移転する。
・・・農学部のキャンパスでした。
私が在籍していた頃、落研には農学部の女子が4名いました。
中でも、1年上の「杜の家愛狂」姉さんは、キャンパス近くの女子寮「如春寮」に住んでいました。
勿論、男子禁制なのでありますが、一度、狂楽さん・こり生さん・六方さんと私の4人で乗り込んで、クリスマスパーティをやりました。
女子寮生も何人か参加して盛り上がりました。
が、残念ながら?誰も見事に何も”後日談”はありませんでした。
当時は木造の古い汚い建物でしたが、我々が卒業してから建て直されているようです。
・・・北六番丁、堤通雨宮町。
あそこに、イオンモールが出来るんですね・・・。
ところで、イオンって大丈夫なんでしょうか?
先日も、船橋あたりにどでかいのをオープンさせましたが。
白金も 黄金も玉も なにせむに 優れる宝 子にしかめやも
山上憶良の歌にあります。
かくばかり 偽り多き 世の中に 子の可愛さは まことなりけり
落語でもよく、この古歌が引用されています。
2歳の女の子が肝臓を損傷したことにより失血死した事件。
父親の虐待が死因とみて、傷害致死の疑いでも捜査しています。
調べに対し、この父親は「しつけで娘の頭を触ることはあったが、たたいてはいない」と供述。妻も、「夫も自分もしつけのために娘をたたいたことが何度かある。よその家庭でもあることで、いけないことなのか」と話しているという。
・・・何をか言わんです。
一方、約1年前に超低体重の331グラムで生まれた男児が退院したというニュースがありました。
主治医らは生まれた直後は「手のひらに載る大きさだった」とし、4回もの手術を乗り越えたことに「生命力を感じた」と語った。
・・・大変不謹慎ながら、世が世であれば助からなかった命が、医療と親の愛で救われたということです。
かけがえのない「生」を邪悪な親によって奪われた子と、愛と科学で救われた子と、本人たちが選択できない人生の悲喜こもごも・・・。
人の親なら這えば立て 立てば歩めの 親心があるはず・・・。
「通夜の猫(猫怪談)」の与太郎、「薮入り」の亀ちゃんは幸せです。
これは洒落になりません。
宮城県沖の太平洋上でブルーインパルス所属の2機が訓練飛行中に接触し、緊急着陸した事故について、航空自衛隊が「国民に大変なご心配をおかけした。
パイロットは無事帰還したが、重大性を真摯に受け止め、事故防止に全力を挙げたい」とコメントしました。
ブルーインパルスは、松島基地に所属する航空自衛隊のアクロバット飛行チームです。
福岡県の芦屋基地に派遣されていた際に、東日本大震災が起きて松島基地が被災したため、そのまま福岡県で訓練を続け、去年3月に戻りました。
去年福島市で行われた、東北6県の夏祭りが一堂に集まる「東北六魂祭」では、6機が編隊を組んでアクロバット飛行を披露しました。
それにしても、よく墜落事故にならなかったものだと思います。
こんな飛び方をするんですから、ぶつからない方が不思議です。
被災地を励ましてくれたチームでもあり、事故のないように飛び続けて欲しいと思います。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |