叔父の葬儀
享年80歳は、今では若い部類かもしれません。
とは言え、約8年間寝たきりの療養生活でしたから、頑張ってくれたのかもしれません。
「オリンピックをテレビ観戦したい」と言っていたそうで、本人もある程度感じていたのかと思いきや、さにあらず。
オリンピックと言うのは、ソチではなくて東京だったようで、家族が苦笑いするほど気持ちは前向きでした。
眼に入れても痛くないほど可愛がっていた、昨年社会人になった初孫が別れの言葉を述べ、私が遺族代表の挨拶を申し上げました。
父方の兄弟は皆鬼籍に入りました。
でも、叔父の2人の娘の、可愛い4人の孫は、立派に成長して、叔父からのバトンを継いで行ってくれるようです。
父も、叔父も、幸せな一生だったと思います。
ところで、まことに不謹慎ながら、「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えながら、「鰍沢」のことも思い起こしていました。