電車内稽古?
「窮鼠猫を噛む」・・・ではなく、窮雀車内で稽古?
最近、「覚える」「記憶する」「暗唱する」という作業が、とにかく億劫になりました。
ネタ帳・高座本に書いてあるものを順番に几帳面に覚えるなど、到底出来ません。
読み稽古を並行しながら、うろ覚えの状態で部分的に、口に慣らす作業をするようになりました。
従って、口に出してやる都度台詞回しが変わります。
その繰り返しで、少しずつ台詞らしいものが固まって行きます。
このずるいやり方のメリットは、「覚えなくてはいけない」というプレッシャーから逃れられること。
そして何よりも、師匠が仰る「活字で覚えてはいけない」という点では、理想的かもしれません。
ただし、ただし、デメリットもあり、噺が常に流動的(不安定)であることと、「このままでは(本番に)間に合わないかもしれない」という焦燥感に襲われること。
それでも前者は、さらに練り込む余地があるという意味で、前向きに捉えることが出来ますが、未完成リスクは恐怖でもあります。
そんなこともあってか、今朝は、とりあえず出来そうな部分を、電車の中で、座席に座りながら、声を出さずに浚っていました。
自然に感情移入をするためには、このやり方を続けて行こうかとは思います。
ところで、大変なことに気づきました。
「雀」を「ねずみ」と言ってしまうんです。
私の持ち(得意?)ネタの「ねずみ」と、ちょっと似た場面があるので、つい「ねずみ」と言ってしまうことがあるんです。
「抜け雀」ではなく「抜け鼠」になってしまう・・・・。
「窮鼠猫を噛む」でなく、「窮鼠台詞を噛む」になってしまいます。
かえって意識してはいけないのかもしれません。
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