« 落語と茶道 | トップページ | 駅の新聞スタンド »

2013年11月 3日 (日)

落語DEデート

musicすっかり忘れていました。
今までの6時スタートだったら聴き逃していたところでした。
 ◇ 高野違い  三代目三遊亭金馬
あまり聞かない演目で。
「落語のあらすじ・千字寄席」で検索してみました。
鳶頭はカルタなど見たことがないので珍しく、あれこれトンチンカンなことを言うので、だんながウンチクをひけらかして、ご説明。
洗い髪で、大層ごてごてと着物を着ている女がいると言うと、それは下げ髪、着物は十二単(じゅうにひとえ)で、百人一首の中の右近と教えられる。
同じような女が二人いるが、赤染衛門に、紫式部。
赤に紫に黄色(鬱金色=右近)で、まるで紺屋の色見本のよう。
紫とやらいう女の歌が、「巡り逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」
誰かに逢いたいと神に願掛けしている歌だと聞いて
「そりゃ合羽屋の庄太ですよ。借金を返しゃあがらねえ」
「おまえの話じゃないよ」
太田道灌が
「急がずば濡れざらましを旅人の跡より晴るる野路の村雨」
弘法大師の歌が
「忘れても酌みやしつらん旅人の高野の奥のたま川の水」
これは六玉川のうち、紀州は高野山の玉川の水は毒があるため、のまないよう戒めた歌だというので、鳶頭、親分が大和巡りに行くから知らせてくると飛び出す。
「それで、その歌はなんだ」
「忘れても酌みやしつらん旅人の、跡より晴るる野路の村雨」
「それじゃ尻取りだ。下は『たかのの奥の玉川の水』というんだろ」
鳶頭、先に言われたので癪なので揚げ足を取ろうと
「親分、タカノじゃなくてコウヤでしょう」
「同じことだ。仏説にはタカノとある」
またへこまされたので、それではと
「ごまかしたって、こっちにゃ洗い髪の女がついてるんだ。じゃ、こんなのはどうです?『巡り逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな』さあ驚いたろう」
「驚くもんか。それは誰の歌だ?」
「ナニ、着物であったな、鳶色式部だ」
「鳶色式部てえのはない。紫だろ」
「紫と鳶色は昔は同じだったんで。これは仏説だ」
「そんな仏説があるか。大変に違わあ」
「へえ、そうですか。それじゃ紺屋が間違えたんでしょう」……。

和歌の教養がないと、今ではよくわからない噺ですね。
原話は、文化8(1811)年ごろ刊行された、初代三笑亭可楽(1833年没)作の噺本「種が島」中の「源氏物語」です。
無知な男が、和歌の解釈を聞きかじって、トンチンカンなひけらかしで失敗するパターンは現行通りです。
原話では紫式部の歌でなく、謡曲「源氏供養」にある、式部が石山寺の観音の化身だという伝説から、「鳶色式部」を出しています。
サゲは、弘法大師(高野山)と太田道灌の歌の上下をとり違えたのと、「紫(色)」と「鳶(色)」の間違いを掛け、色→紺屋(こうや)の連想から、紺屋=高野のダジャレオチとしています。
原話のオチは、「ナアニ、おれがそそっかしいのじゃアねへ(え)。ぜんてへ(え)、せんに(=だいたい、前に)高野で間違った」というもので、むしろ、こちらの方がいくらか分かりやすいかもしれません。
ところで、六玉川(むたまがわ)は、歌枕に詠まれる全国の六つの玉川のことです。
 山城の井出の玉川
 摂津の卯の花の玉川
 近江の野路の玉川
 陸奥の野田の玉川
 武蔵の調布の玉川、
 紀伊の高野の玉川
高野の玉川は、高野山奥の院・弘法大師廟のそばを流れる川です。
川水の毒については、噺の中でだんなの解釈する通り、弘法大師のこの歌が載っている「風雅和歌集」の詞書に、「高野奥院へまゐ(い)る道に玉川といふ(う)河のみなかみ(=上流)に毒虫の多かりければ、この流れを飲むまじき(飲んではならない)由(よし)を示しおきて後よみ侍(はべ)りける」とあって、実際に中毒の危険を示唆しています。
高野山には女人禁制であったため、「毒水を飲む気づかひは女なし」という川柳もありました。
ただし、別の説では、名水をいたずらに酌むなという教訓がのちに「毒水」と誤伝されたものともいいます。
また、鳶色式部というのは?
鳶色(とびいろ)は、鳶の羽色の茶褐色のこと。
布地では、「鳶八丈」を指します。
鳶八丈とは、鳶色の地に、黒または黄の格子縞の着物です。
明治中期に、袴の色から、女学生の異名に用いられたこともあり、あるいは、それもかけられているかもしれません。
この噺は、古くから口演された江戸落語で、明治28年の四代目橘家円喬の速記が残ります。
名人円喬はこの噺を好み、よく高座に掛けたようです。
名人の名を後世に残しながら、ややキザで、教養をひけらかす臭みがあったという、この人が好みそうな噺でしょう。
戦後は、三代目三遊亭金馬、二代目三遊亭円歌という、兄弟弟子だった二人が、ともに手掛けました。
金馬、円歌とも、速記・レコード(CD)を残しています。
金馬は、大衆に愛されながらも、「やかん先生」とあだ名され、やはりペダンチックなところが嫌われもしました。
このような古ぼけたうんちく噺は、円喬や金馬のように、才気ばしった落語家でないと、衒学趣味だけが鼻につき、さまにならないのかもしれません。
現在は、ほとんど演
じられていません。

« 落語と茶道 | トップページ | 駅の新聞スタンド »

テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」カテゴリの記事