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2013年9月 7日 (土)

ぶらっと落語歩き

memo東京新聞で。
http://mainichi.jp/feature/news/20130907ddm013200008000c.html
 ぶらっと落語歩き:三方一両損
    一緒に歩く人:春風亭一之輔さん
時代劇ドラマでおなじみ、江戸の名奉行大岡越前守は、落語の国でも大活躍だ。
数ある名裁きのなかでも、よく知られた「三方一両損」の舞台を、落語家春風亭一之輔さんとぶらっと。
財布のヒモを締めるか、それとも緩めるか。
昨今の消費税増税論議をにらみながら、悩める現代の庶民。かたや江戸に目を転じると、「江戸っ子の生まれ損ない金をため」なんて、さっぱりしたもの。
うらやましい。
江戸っ子の代表といえば職人。
火事の多い江戸の町では仕事に困らなかったとか。
そんな江戸っ子の中の江戸っ子が登場すると、噺の始まりで。
(中略)
財布を拾った柳原は、今の東京・神田の万世橋かいわい。
江戸時代、万世橋上流約150メートルにあった筋違御門から浅草御門(浅草橋)まで神田川南岸約1キロ一帯が柳原土手と呼ばれた。
15世紀半ばに江戸城を築いた太田道灌が鬼門よけで柳を植えたのが始まりとか。
安政6(1859)年の「日本橋北内神田両国浜町明細絵図」にも柳並木が見える。
さて、一之輔さんとやって来た万世橋南詰。
ここから川沿いに和泉橋へ向かう通りは「柳原通り」と、昔の名前が残る。
JRの高架をくぐると風に揺れる柳の緑が目に入ってきた。
「なんかいい感じですよね」。
その前にひょっこりと柳森神社(千代田区神田須田町2丁目)。
道灌が江戸の鎮守としてまつったものという。
残念ながら(?)財布は落ちていなかったが、神社のすぐ脇に神田川にかかる「神田ふれあい橋」を発見。
新幹線の工事用の橋がそのまま残ったもので、ここから川と両岸が一望できる。
柳原の土手は明治7(1874)年ごろに取り壊され、コンクリートの堤防に変わってしまった。柳並木もなく、ぽつんと神社だけが江戸の風情をしのばせる。
・・・そうなんですよね。
私も、「三方一両損」を演った時に、このあたりを歩いてみました。
「柳原」という地名はなく、通りの名前に残すだけで、何の変哲もない街でした。
柳森神社ぐらいですね。

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