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2013年8月28日 (水)

“好き嫌い”と“善悪”の判断

師匠がよく、「最近の人たちは、好き嫌いの判断だけで行動(発言)していて、善し悪しの判断をすることが出来ない。」と嘆いておられます。
大勢の素人の人たちに落語の指南されていても、よく感じられるそうです。
数年前に、私とブログでこんなコメントを交わしたことがあります。
確か、年金問題が表沙汰になった頃だったと思います。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/200806/article_85.html
こんなコメントをされています。
落語の授業で子たちにいうことがあります。
「好き嫌いの判断は赤ん坊にだってできる」
「大きくなるときに大事なのは、いい事、悪い事の判断なんだよ」って。
前者のままで大人になってしまった日本人が多すぎるんですね。
だから簡単に重大な事件を起こす。
親が家庭教育で教える能力がないまま、学校へ通わせてしまうからでしょう、きっと。
いじめも、体罰や暴力も、最近の社会問題でも、師匠の指摘は正鵠を得ていると思います。
とにかく、大人が子どもから大人になっていないと思います。
ここのところの全柔連の対応や原発への対応、最近の「はだしのゲン」の騒ぎも、とにかく大人の発想があまりにも子ども過ぎる。
子どもを守るというのは、全ての危険から遠ざけるのではなく、避けられない危険から守る術を身につけさせることが必要だと思います。
おためごかしの保護を唱えていたら、恐竜と同じように、厳しい自然や環境の変化に耐えられずに滅びてしまいます。
プロスポーツなどを観ていても、団体で変なパフォーマンスをしたり、観客と一緒になって騒いだり、およそ大人のプロのすることではありません。
みんな結局、好き嫌いの判断しかしていないのでしょう。
この大人になりきれない大人たちというのは、団塊世代以降は特に顕著だと思います。
戦後の教育の結果だと思います。
私も、その中の一人です。

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