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2013年6月29日 (土)

師匠のブログ

pencil師匠がブログで、茨城県江戸崎の「噺っ子連・有難亭」の落語会のことで、コメントをしておられます。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201306/article_34.html
とても羨ましいメンバーの皆さんとのやり取りが書かれています。
中でも主役は「有難亭真仮名」さんという、とても素敵な女性です。
以前、私のこのブログにもコメントをしてくださったり、千早亭落語会にも来てくださっているので、失礼を承知でメールをしました。
師匠のブログで、先日の江戸崎での落語会の打ち上げの様子、就中、真仮名さんの号泣の場面を読ませていただきました。
真仮名さんの、とても素敵な感性が羨ましく思います。
私も、落語を演じていて、何か普通ではない力や気を感じます。
先日は、師匠創作の「揺れるとき」という長講にチャレンジさせていただきましたが、いつまで行っても果てのない、虹に触れるような、高座に上がる度、稽古をする度に、話芸の深さを感じています。

なんていう・・・。
すると、こんな素敵な返信をいただきました。
稽古をする度、高座に上がる度、何か目には見えない力や魂を感じます。そして何かこう、妥協できなくなります。
演者が登場人物に命を吹き込むわけですから。
登場人物から学ぶ事も多いです。
落語って一体何なんでしょう?
自分がここまで夢中になるとは思っていませんでした。
この感性には、非常に共感するものがあります。
金願亭乱志
浜野矩随、左甚五郎、大岡越前守、三遊亭圓朝などという実在の人だけでなく、「佃祭」の次郎兵衛さんや与太郎、「救いの腕」の姉妹、「藪中の蕎麦」の源さんや千枝ちゃん、「花筏」の提灯屋さんや千鳥が浜、「甲府ぃ」の老夫婦とお花と善吉の若夫婦、「薮入り」の夫婦と亀ちゃん、「ねずみ」の宇兵衛と宇の吉親子・・・・。
彼らとの出会い、そして高座の度、稽古の度に違った表情を見せてくれる、多くのこの市井の人たち。
落語は読むんじゃない、暗記するんじゃない。
自分が、その登場人物の了見になって、場面設定をして、感情移入をして行く。
そして、聴き手の方々に、登場人物を通して演者の人間(性)そのものを見ていただく。
これが、落語を演る醍醐味だと思います。
師匠から教えていただきました。
3週間前、私は高座の上で間違いなく「三遊亭圓朝」でした。
そして、この高座を聴いていただいて、ある方からこんなコメントをいただきました。
話藝の持つ味わい深さに感銘を受けました。
若き日の圓朝と盲
目の老師匠(西生)のやりとりの言葉が、心に沁みるようにとても温かかったです。情景も目に浮かぶようでした。
藝には、演者がどういう風に生きてきたか、その人自身が全部出てしまうそうですが、乱志様の人生の年輪と申しますか、心の奥行きや厚さのようなものが感じられました。

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