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2013年6月

2013年6月30日 (日)

水無月の落語徘徊

clover今月は何と言っても「お江戸あおば亭」に尽きると思います。
紫陽花
bb
6ヶ月ぶりの高座で、大変緊張しましたが、ご来場のご贔屓からお褒めの言葉をいただくことが出来ましたので、それがとても嬉しかった。
打ち上げ
師匠が創作された「揺れるとき」の承継者として、師匠からお墨付きもいただいていますので、長講ゆえに機会は限られますが、これからも練り上げて行きたいと思います。
「ねずみ」「浜野矩随」「薮入り」「帯久」「佃祭」と、師匠の創作「救いの腕」「藪中の蕎麦」と「揺れるとき」・・・、大切にして行きたいと思います。
OB会だより「あおば亭」も第3号を編集して配信することができました。
Fw:
寄席・落語会は、鈴本の上席初日に行っただけの「隅一(すみいち)」状態でした。
 ◆ 1日    鈴本演芸場6月上席
小袁治師匠がトリで、とても良い芝居でした。
このブログへのアクセス累計が、9日に45万件に到達しました。
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 pg
金願亭乱志と三遊亭圓朝と三遊亭圓窓師匠・・・・。
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 image_180773.jpgから~ん ころ~ん・・・・。
江戸川に行って稽古をしたり、皇居前の歩き稽古もしたり、何だかんだ言っても、やはり落語三昧だったんですね。


そうそう、忘れちゃいけないのは、富士山世界文化遺産登録。
その日の富士山
明日から7月。
朝顔市とほうずき市(四万六千日)の季節です。

OB落語会のBD鑑賞

cd日曜日、ボーッとしながら、寝蔵師匠編集の昨年12月の「一番丁はずみ亭」、志ん志師匠編集の先日の「お江戸あおば亭」と、古狂師匠の力作「お江戸あおば亭その舞台裏」のBDを視聴しました。
OB落語会のBD鑑賞
改めて、出演者一人一人の高座を拝見して、大変勉強になります。
自分の高座で参考にさせてもらおうとか、ここはいただいちゃおうとか。
それから、高座返しをしてくれた、ぴん吉さんとぽんぽこさんの姿は、本当にありがたく、感謝、感謝で、胸が熱くなりました。
OB落語会のBD鑑賞
さて、我が身に立ち戻り、「帯久」と「揺れるとき」を視聴して、「帯久」の冗長なところは、今聴いてみると恥ずかしい…。
長老の先輩方に「長い、暗い、つまらない」と言われて凹みましたが、もしかすると仰る通りかもしれない。
独り善がりにならないように、改善すべきはしっかり改善しておかないといけません。
次には、全く違う「帯久」にしたいと思います。
OB落語会のBD鑑賞
やった直後は、それなりの手応えを感じたものでしたが、時間が経ったり、次の噺をやった後では、陳腐に感じてしまいます。
これが上達と言うなら、大変結構なことだと思います。
ああすれば、こうしてみたらとか、演出を変えようとか、あっさりかこってりか・・・などと。
特に「佃祭」と「帯久」は、今やったら、当時よりずっと良い噺が出来ると思います。
一番丁はずみ亭の映像
それにしても、こうして見ると、持ちネタの厚みのなさも痛感しました。
そうそう「浜野矩隨」「藪入り」も、今やったら、もっと感動してもらえる!
そう思ってはいるのですが。

古今亭志ん五師匠

shadow今日は久しぶりに自宅でのんびりすることが出来ました。
のんびりと言っても、寝るか、落語を聴くか、というひきこもりの1日。
まず、文化放送の朝の落語番組の後は、何となくYouTubeで、故古今亭志ん五師匠を聴きました。
落語協会配信のインターネット落語会の追悼番組やら。
「浮世床」「無精床」「幇間腹」「孝行糖」…。
外見は、大柄で怖い感じでしたが、お酒は全く飲まず、気配りのある優しい師匠だったそうです。
学生の時に、まだ志ん三だった頃の師匠と接点がありました。
正直なところ、あの与太郎のキャラクターが好きでなくて、あまり追いかけることはありませんでしたが、晩年の頃は長講もやっていて、とてもよかった。
志ん朝師匠の一門の総領弟子。
志ん朝師匠も若くして亡くなりましたが、右朝師匠も志ん五師匠も…。

落語はやおき亭

fuji一番“旬な”噺かもしれません。
落語はやおき亭
  ◇ 富士詣り   三笑亭夢楽
落研に入った直後は、地元の富士山の噺なので、「やりたいなぁ」と思ったものでした。
寄席などではあまりかからないので、そのうちに忘れてしまいました。
間男の話題が出て来ることもあって、後味はあまり良くありませんでしたから。

老舗デパート閉店

present銀座最古の松坂屋が今月末で閉店し、来年夏にはオフィスなども入る約15万平方メートルの複合ビルとして生まれ変わるそうです。
関東大震災の翌年の1924年に開業。
銀座の顔のひとつが消えてしまう訳ですね。
バブル後は百貨店としての独自性を打ち出せないまま他社比劣勢に立たされ、銀座の一等地にあるものの、売り場面積が手狭なことも苦戦を招いた要因だったそうです。
私にとっての松坂屋は、「憧れのデパート」なんです。
それも、東京(銀座・上野)や名古屋にある松坂屋ではなく、静岡の松坂屋です。
大きな建物、エレベーターやエスカレーター、大食堂や屋上遊園地・・・。
田舎者の幼児には、もう夢のような世界でした。
もしかすると、生まれて初めてエスカレーターに乗ったのは、松坂屋だったかもしれません。
それから数年経った小学校3年生の時、遠足で静岡に行きました。
駿府公園に行ったりしたのでしょうが、遠足の後の図画工作の時間に、遠足の思い出を描くことになりました。
私は、松坂屋の屋上から、開業間もない東海道新幹線の「こだま」が静岡駅に到着するのを見ている場面を描きました。
その絵が、何だったか絵のコンクールで入選したんです。
私には、三越でもなく、高島屋でもなく、伊勢丹でもなく、松坂屋こそが「デパート」だったんです。

落語DEデート

apple梅雨の晴れ間で、昨日から良い天気が続いています。
 ◇ 権助提灯   四代目三遊亭圓遊
昭和50年のNHKの音源だそうです。
…?
もしかすると、リアルタイムでこれを聴いたかもしれません。
初めて圓遊師匠を聴いた。
落語芸術協会の噺家さんでもあり、顔も知りませんでしたから、何とも穏やかな、ちょっと力の抜けたような口調が印象に残りました。

焼魚定食

fish時々行く店のランチの焼魚定食、この日はホッケでした。

昔、近所の子が家に遊びに来て、お昼ごはんを食べて帰りました。
その時のおかずが、確か焼魚だったと思います。(アジかサバ?)
その子が帰った後、母から言われた言葉が忘れられません。
「○ちゃんは箸を上手に使って、きれいに魚を食べているのに、あんたの食べ方は・・・。○ちゃんのようにお行儀よく食べてもらえたら、きっと魚も喜ぶだろうにね。」
それから約25年が過ぎて、会社の食堂で、食堂のおばさんに言われました。
「あなたのように、いつも綺麗に魚を食べてもらえると、調理をする私もとても嬉しいわ。」
どうです。この25年の間の違い、私も努力をしたのでありますよ。
今でも、小魚は頭から全部、基本的には、硬い骨と頭と尾以外は、皮まで食べてしまうことにしています。
だから、この日のホッケも、頭と骨以外は全て平らげました。
母と食堂のおばさんの正反対の言葉が忘れられません。
そういえば、最近「行儀(が良い・悪い)」という言葉を、ほとんど聞かなくなりました。
昔は、ハンバーガーやジュースを歩きながら食べたり、立ち食いするなどは、行儀の悪い典型でした。
通勤電車で、缶ビールやワンカップを飲んでいるオヤジや、カップのコーヒーやジュースを飲んでいる若者を見て、こぼして他人の洋服を汚したりするリスクもありますから、やはり行儀が悪いですよ。
せめて、ペットボトルや水筒のように、蓋の出来るものにして欲しいと思います。
昔、近所の人が農作業をしていて、やかんの蓋や、直接やかんの口から飲むのを見て、子とも心に真似をしようとすると、祖父母から「行儀が悪い!」と、叱られたものでした。

東京かわら版

sunもう7月号・・・。
予定どおり、予約購読継続の郵便振替用紙が入っていたので、近くの郵便局のATMで、手数料80円を支払い、1年分の5,040円を振込みました。
これでまた一安心。
今後は、「お江戸あおば亭」「一番丁はずみ亭」「深川三流亭」などを、「天狗連」の欄に掲載してもらうようにしてもよいかもしれません。
ところで、本号の中で、圓窓師匠が、先月亡くなられた「関山和夫」先生の追悼文を寄稿されていました。
師匠の「圓窓五百噺」達成に、なくてはならない存在だったそうです。
ご自身のブログでも、丁寧にコメントされていました。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201305/article_20.html
あたしの名古屋での圓窓五百噺を聞く会がゴールするには、最後の最後まで後援をいただき、身に余る光栄を浴びてもらったことは感謝の言いようがないほどである。
(中略)

「落語に解説は必要ない」と批判する人もいるが、漫才、コントと同じような傾向に走る落語の業界を見て、将来を悲しみ、「聞き手もしっかりしなくては」という思いが昂じての含笑長屋のスタートであった。
日々、興行する寄席では解説は不要であろうが、演者のレベルアップと平行して鑑賞者も育たなくてはいけない。
そのためには解説、研究も必要なのである。

・・・本当にそのとおりだと思います。

2013年6月29日 (土)

弁当箱

弁当箱
帰省して、家の中を片付けていたら、小さな弁当箱を見つけました。
何と、小学校に上がる前、保育園の頃に使っていたものです。
田舎ですから、幼稚園ではなく保育園(保育所)でしたよ。
一緒に行っていた姪は、「使わない物だから捨てれば」なんて、冷たいことを…。
まだキャラクターではなく、野球少年の絵が描かれています。
小さくてかわいい弁当箱でした。

今朝の富士山

fuji朝8時半過ぎ、新東名高速新清水ICの料金所を出た“定点”から望む富士山です。
今朝の富士山
晴れてはいるのですが、今日も雲がかかっていて…。
世界文化遺産登録から1週間経ちました。
山開きを2日後に控えて。

朝日名人会6ヶ月通し券

mailtoまた「朝日名人会」の6ヶ月通し券抽選の案内の季節です。

今回も、"駄目もと"で申し込みをしようとは思いますが、ここのところ、土曜日は帰省するパターンになっていますので、仮に当選しても、毎回は行かれないかもしれません。
10月から来年2月を除いて3月までの計5回分。
どうせ当たりゃしませんが・・・。

お江戸あおば亭舞台裏

お江戸あおば亭舞台裏
恋し家古狂師匠が、先日の「お江戸あおば亭」を、別の角度から見たドキュメンタリーをBDにまとめた大作を送ってくださいました。
朝出かける場面から会場の内外、楽屋や客席の様子、さらには打ち上げの様子までが、約30分に編集されています。
「お江戸あおば亭舞台裏 その実態は!」と名付けられています。
こんな所まで撮影していたとは、と思う部分が多く、本当に驚きました。
私のご贔屓も、客席での様子が映っているので、必ず見せてあげようと思います。
それにしてもお見事です。
ありがとうございます。

師匠のブログ

pencil師匠がブログで、茨城県江戸崎の「噺っ子連・有難亭」の落語会のことで、コメントをしておられます。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201306/article_34.html
とても羨ましいメンバーの皆さんとのやり取りが書かれています。
中でも主役は「有難亭真仮名」さんという、とても素敵な女性です。
以前、私のこのブログにもコメントをしてくださったり、千早亭落語会にも来てくださっているので、失礼を承知でメールをしました。
師匠のブログで、先日の江戸崎での落語会の打ち上げの様子、就中、真仮名さんの号泣の場面を読ませていただきました。
真仮名さんの、とても素敵な感性が羨ましく思います。
私も、落語を演じていて、何か普通ではない力や気を感じます。
先日は、師匠創作の「揺れるとき」という長講にチャレンジさせていただきましたが、いつまで行っても果てのない、虹に触れるような、高座に上がる度、稽古をする度に、話芸の深さを感じています。

なんていう・・・。
すると、こんな素敵な返信をいただきました。
稽古をする度、高座に上がる度、何か目には見えない力や魂を感じます。そして何かこう、妥協できなくなります。
演者が登場人物に命を吹き込むわけですから。
登場人物から学ぶ事も多いです。
落語って一体何なんでしょう?
自分がここまで夢中になるとは思っていませんでした。
この感性には、非常に共感するものがあります。
金願亭乱志
浜野矩随、左甚五郎、大岡越前守、三遊亭圓朝などという実在の人だけでなく、「佃祭」の次郎兵衛さんや与太郎、「救いの腕」の姉妹、「藪中の蕎麦」の源さんや千枝ちゃん、「花筏」の提灯屋さんや千鳥が浜、「甲府ぃ」の老夫婦とお花と善吉の若夫婦、「薮入り」の夫婦と亀ちゃん、「ねずみ」の宇兵衛と宇の吉親子・・・・。
彼らとの出会い、そして高座の度、稽古の度に違った表情を見せてくれる、多くのこの市井の人たち。
落語は読むんじゃない、暗記するんじゃない。
自分が、その登場人物の了見になって、場面設定をして、感情移入をして行く。
そして、聴き手の方々に、登場人物を通して演者の人間(性)そのものを見ていただく。
これが、落語を演る醍醐味だと思います。
師匠から教えていただきました。
3週間前、私は高座の上で間違いなく「三遊亭圓朝」でした。
そして、この高座を聴いていただいて、ある方からこんなコメントをいただきました。
話藝の持つ味わい深さに感銘を受けました。
若き日の圓朝と盲
目の老師匠(西生)のやりとりの言葉が、心に沁みるようにとても温かかったです。情景も目に浮かぶようでした。
藝には、演者がどういう風に生きてきたか、その人自身が全部出てしまうそうですが、乱志様の人生の年輪と申しますか、心の奥行きや厚さのようなものが感じられました。

2013年6月28日 (金)

銀行合併?

bank3大金融グループのうちのひとつの傘下2銀行が7月1日に合併し、新銀行が発足するそうです。
「えぇぇ?まだそんなことをやっているんですか?」
しかも、この週末には、ATMが全て停止するそうですから、何か昔に戻されたような違和感があります。atm
中核銀行が2つに分かれていた状態が解消されることで、縦割り意識を排除し名実ともに一体化を図れるか、その真価が問われるということでしょうが・・・。
そういえば、この銀行は、過去に2度も大規模なシステム障害を起こしていて、トップが「実害は出ていません」という暢気なコメントをして、大顰蹙を買ったことがありましたね。

新幹線の天使たち

snail先日採用面接をした中に、自分が通っている大学のキャンパスの清掃員のアルバイトをしている学生がいました、。
清掃会社の制服を着て、ゴミ拾いや黒板拭きをやっているそうです。
私は大変不謹慎ながら、「友だちに見られることに違和感がないか」と尋ねてしまいました。
彼は、「全くありません」と澱みなく答えてくれました。
黒板を綺麗に拭くテクニックを、色々工夫して身に付けたそうです。
現代っ子は、良くも悪くも、周囲の眼は気にしていないようです。
ややもするとオジサンたちが抱きがちなネガティブなイメージは持っていませんでした。
こちらの方が勉強させてもらった思いがしました。
新幹線の天使たち
写真は、先日の大阪出張で東京駅に着いた時、乗客が降りた後に、車内清掃のために入って行く清掃員の方の後姿です。
社内の研修の参考図書にさせてもらった「新幹線お掃除の天使たち」という本のことを思い出しました。
新幹線の天使たちこんな本です。
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4860635477/ex-bit-22/
東京駅の東北・上越新幹線などの折り返し時間はわずか12分。
降車に2分、乗車に3分かかるので、清掃にさける時間はわずか7分しかありません。
その間に、車両清掃、トイレ掃除、ゴミ出し、座席カバーの交換、忘れ物のチェックなどを完璧に終える。
それが車両清掃チームの任務です。
新幹線の乗降時にお辞儀をして迎える集団に出会ったことはありませんか?
それは、JR東日本グループ会社の鉄道整備株式会社の人たちだ。
JR東日本が運行する東北・上越などの新幹線の車両清掃、東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃などを主な業務としている。
従業員は、正社員と「パートナー」と呼ぶパート社員で約820名。
平均年齢は52歳! 女性比率は約5割。
「お掃除の天使たち」が1日に清掃を行う車両本数は約110本、車両数は約1300両。
基本編成は1チーム22人で、多いときには各チームとも1日約20本の車両清掃を担当しているのだという。
車両清掃の仕事は、担当する新幹線の到着3分前にホームに整列して待機するところから。
新幹線がホームに入ってくると一礼して出迎え、降車するお客さんに対しては「お疲れ様でした」とお辞儀をして声をかける。
お客さんが降車を終えると、車内に入り込み、忘れ物のチェックをし、座席の下や物入れにあるゴミを集め、座席の向きを進行方向に変えて、テーブルを拭いて、窓のブラインドを上げて、窓枠を拭く。
座席カバーが汚れていればそれも交換。
トイレも7分で毎回清掃。
乗車を待っていたお客さんに対しては、「お待たせしました」とふたたびお辞儀をして声をかけ、次の持ち場へと移動していく……。

パートか ら正社員への試験の際に、こう言った方がいたそうです。
「私はこの会社に入るとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです」。
この言葉を読んで、私は、若手社員の研修の参考図書にしようと決めました。
自分の自身の生を受け入れて、前向きに捉えて生きている。
落語の国の人たちと同じだと思いました。
自分勝手な欲と決め付けをして、大いなる勘違いをしている輩がいる一方で、こんなに潔い生き方をしている人たちもいるんですね。
社会的な地位を濫用する勘違いびとの何と小さなことか。
どこぞやの柔道団体の見苦しいオッサンたちも同じです。
本当に情けない。

サザエさんと税金

coldsweats02世田谷区の商店街が、地元ゆかりの「サザエ さん」の銅像に 固定資産税が課されることになり、都に税の減免を求めるそうです。
サザエさんと税金サザエさんと税金
波平さんも笑ってる場合では・・・。
世田谷区桜新町「桜新町商店街振興組合」で、原作者が地元に住んでいたことから、地域の活性化に役立てよう と、去年、都や区の補助を得ておよそ4200万円をかけて商店街の歩道にサザエ さん一家の銅像12体を設置。
ところが、これらの銅像が「事業の宣伝目的」に当たり、店舗の看板などと同じだとして、1年分の固定資産税およそ59万円を求める納税通知書が都から届いて大騒ぎになったようです。
銅像の耐用年数とされる45年間で、納付額は合わせて980万円に上るとみられ、振興組合は四半期分およそ15万円を納めたうえで、減免を求めていくとのこと。
こういう類の銅像は、自治体が所有していると地方税法に基づき非課税となりますが、この場合は振興組合が所有しているため課税の対象になったとか。
笑うに笑えませんが、税金なのですから、減免などという特別扱いではなく、正々堂々しっかり納めてもらいたいものです。
こういう時に登場するのが大岡越前守ですが、大岡越前ならば、どんな裁きをするでしょうか?
何か、良いポイントがあるはずで、それが見つかれば、妙案が出るかもしれません。
やはり、サザエですから、壷が肝心です。
・・・これが言いたかっただけで、長々と・・・。
それにしても、まじめな話、減免というのはおかしいと思います。
「税金がかかるなんて知らなかったんです。町興しという公共性のあるものですから、税金を一部免除してください。」というロジックですか?
しかし、ここはまずしっかり納税すべきで、町興しだからとか振興だからというのは、減免の理由にならないでしょう。
ただし、振興という公益に資するという判断ならば、この観点から、別途補助金や助成金があれば、これを求めるべきだと思います。
それに、この像による集客効果で、商店街が潤っているならば、それこそ納税をするべきだと思いますが・・・。

社内公用語はダジャレ?

社内公用語はダジャレ?
http://dajare.dominos.jp/
宅配ピザの「ドミノ・ピザ」が、社内公用語に「ダジャレ」を導入したと発表したそうです。
まずはダジャレの自主トレや「1会議1ダジャ レ」から始め、将来的には「ダジャレ賞与」を 導入する方針ということですが、何のこっちゃ?
外国人社長が毎日1ネタのダジャレを披露しているスペシャルサイト「DA JARE−A−DAY ダジャレやで」がユー ザーに人気なことから、ダジャレの力を信じ、公用語にすることを決めたということですが。
原則として 会議ではダジャレを発することを心掛ける「1会議1ダジャレ」のほか、社内システム上で優秀なダジャレを積極的にシェアする「ダジャレシェアシステム」の導入、「ダジャレ自主ト レ」、たまに多摩で行う「ダジャレ合宿」な ど、4つのダジャレ施策を掲げているそう。
寒いダジャレでみんながのけぞったりしても、この会社なら構わないのでしょう、社名がドミノですから、倒れるのはお得意です。

2013年6月27日 (木)

夕刊フジの記事

pen夕刊フジで記者が寄席に行った記事が。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130622-00000015-ykf-ent
午後7時すぎ、上野・鈴本演芸場に滑り込むように入ると、蒸し暑さがスッと引いた。
ここは缶ビールを飲めるのがありがたい。
アテは売店で買った焼津のまぐろチーズ。
夜の部の後半戦。
柳亭市馬の「ちりとてちん」に間に合った。
粋曲の柳家小菊姐さんは「今日みたいに湿気があると三味線の絹の弦が…。音が悪かったら梅雨のせいよ」と笑わせながら三味線が心地良い。
ビールをグビリ。
圓太郎代演の入船亭扇遊が「夢の酒」を。
紙切りの林家正楽が客のリクエストで見事に先ほどの「ちりとてちん」の情景を切り抜いた。演者はその日の客や雰囲気を見ながら演目を決める。
とても見事な流れだ。
鈴本6月上席
5月の下席あたりのことでしょうか。
「さぁぁ!皆さん寄っといでぇ!」なんてことは言わない。
さりげなく、毎日やっている。
毎日、毎日、繰り返し、繰り返し。
この究極のマンネリが、寄席の楽しみの隠し味。
人それぞれの楽しみ方がありますから、笑っても、泣いても、寝てもいいんです。
落語は寝てしまってもいいんです。
落語にはマクラが付きものですから。
ただし、いびきと寝返りは、他のお客さんの迷惑になりますから・・・。

立川談志師匠のドラマ

shadow8月11日(日)と18日(日)に、NHK BSプレミアムのプレミアムドラマで、「立川談志」師匠がモデルのドラマが放送されるそうです。
前編は小出恵介、後編は中山秀征が談志師匠を演じるとのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130621-00000066-natalieo-ent
100年に一度の天才とも呼ばれた落語家・立川談志が亡くなって今年で3年目を迎える。
ドラマでは、談志がどのように生きたのか、どれだけ落語を愛して生きたか、その青年時代(前編)と落語協会を飛び出して立川流を設立した時代(後編)に焦点をあて、その破天荒な日々を描いていく。
100年に一度の天才かどうかはともかく、ドラマにはなりやすい人かもしれません。
最近、生前よりは談志師匠の噺を聴くようになりました。
あくまでも普通の噺家さんを聴くのと同じように。

勘違いびとの不幸

memo先日のニュースで、とんでもなく勘違いの政治家がいたのを知り、腹が立ったものでしたが…。
紫陽花
どうやら、この人だったようです。
インターネットのブログに病院を「ここは刑務所か」と書き込むなどで批判が相次ぎ“炎上”した某県議会議員が、亡くなったそうです。
自殺の可能性もあるようです。
だとすれば、心ないネットでの中傷が原因かもしれません。
この風潮は大いに問題だと思います。
が、亡くなった人に批判などを言うのは不謹慎かもしれません、タブーかもしれませんが、この人の態度と言うのも言語道断でした。
病院で名前で呼び出さず、受付番号で呼び出すのは何のため?
決して人の尊厳を傷つけたり、軽視している訳ではないのに。
まことに申し訳ありませんが、公人としても、良識ある大人としても、人としても、「何様だと思ってるんだ!」と言われても仕方がないと思います。
この県議は自身が受診した県立病院で「241番の方」と番号で呼び出されたことに立腹し、自身のブログに「ここは刑務所か」と記述し、「会計をすっぽかして帰った」とも記しているそうです。
この後、当然のことながら、ネット上では「県議にふさわしくない」などと批判が広がり、県議はブログを閉鎖したそうです。
そして記者会見を開いて「公人としての立場を忘れ、著しく思慮に欠けていた。治療費は払っ た。病院の慣行や歴史を考えず、不適切だっ た」と謝罪したそうですが・・・。
言ってからでは遅いでしょう。
忘れたのではなく知らなかった、思慮などなかった。
この人も勘違いびとでしたね。
誹謗中傷は許されないことですが、それが彼の発言や態度の免罪にはならないと思います。
悲しいことではありますが。
この人、自分だけでなく、多くの人も不幸にしてしまいましたね。

2013年6月26日 (水)

かつての定宿

hotel大阪のホテル業界で「御三家」と呼ばれた某ホテルの後継の外資系ホテルが、今年いっぱいで廃業するそうです。
かつての定宿
外資系高級ホテル参入が相次ぐ大阪ですが、客入りを良くするために値引きし、かえって 経営が圧迫される悪循環もみられるようです。
老舗ホテルは、ずっと苦境にさらされ続けていました。
1980年代後半になると、国内外の高級ホテルが相次いで大阪に進出して来ました。
そうしたなかで改修などが後手に回って劣勢に。
00年代には外資系傘下となり、名称も変えましたが…。
毎月必ず出張していた若い頃このホテルを定宿にしていました。
夕方仕事を切り上げて大阪へ向かい、チェックインするのは夜遅くなりました。
新大阪からも近く、淀屋橋にあるオフィスに行くのにも便利でした。
外資系に経営が移ってからは、大阪へ行く機会もなくなって、一度も宿泊しませんでしたが。
そう言えば、一年先輩の結婚披露宴の司会を仰せつかったのも懐かしい。
また一つ思い出がなくなります。

118番

ship小型の漁船が真っ二つになって沈没する事故がありました。
外国の大型船舶が当て逃げしたのではと言われているそうです。
大きさは漁船の3000倍もあるそうですから、当てられたらひとたまりもありません。
海難事故の場合、海上保安庁に連絡するのでしょうが、電話番号は「110番」や「119番」ではなく、「118番」みたいです。
知りませんでした。
ところで、先日某キャスターがヨットで太平洋横断の愚挙の途中、案の定遭難して救助されましたが、救助にかかった費用などは、本人には請求されないそうです。
仕事や交通機関を利用していて遭難の場合ならともかく、釈然としません。
業務なら保険(あるのかな?)を掛けたりしてあるはずですし。
生兵法には、相応な負担をさせるべきだと思います。

富士詣り

shoe 大山詣り、富士詣り、身延詣り、伊勢参り、成田詣で・・・。
江戸時代には、旅が庶民に大流行したそうです。
落語にも旅の噺が多く残っています。
「富士詣り」という噺もその一つです。
当時の旅は、この噺のように信心を目的としていました。
信心を目的にしないと、旅の許可証である「通行手形」が下りなかったからです。
「講」という、旅のためのシステムもできていたようです。
近所の者同士や同職の者同士でグループをつくり、お金を積み立て、毎年何名かが順番に参詣に行くというシステム。
「講」というのは、もともとは僧侶の仏教集会のことだったそうですが、転じて、仏事や神事を行うための宗教的な親睦団体のことを言うようになりました。
富士詣りのために結ばれた講は「富士講」と呼ばれ、江戸時代には盛んに結成されたそうです。
Fw:電子メールで送信: 350px-Climbi<br />
 ng_on_Mt._Fuji.jpg
長屋の連中が日ごろの煩悩を清めようと、富士詣りに出かけた。
口は達者でも脚力はからっきしという長屋の連中のことなので、すぐに休みたいと言い出す始末。
だましだまし歩き続けたものの、天気が怪しくなってきた。
富士詣りの先達は、身を清めて登山を始めたけれど、その前に悪いことをした者がいるから、天気が荒れるのだと言う。
さらに、この中に五戒を破った者がいると、天狗が現れて股を裂いたりして罰せられると脅かす。
五戒とは、仏教で信者が守るべき五つの戒めのことで、不殺生(せっしょう)・不偸盗(ちゅうとう)・不邪淫(じゃいん)・不妄語(もうご)・不飲酒(おんじゅ)の五つ。
生き物を殺す、他人のものを盗む、不倫をする、嘘をつく、酒を飲む、の五つを禁じたもの。
慌てたのは長屋の連中。
懺悔をすれば助かると言われ、過去の悪事を次々に話し始める。
その中に、不倫をしたという男がいた。
「いったい、どこのかみさんだい?」と先達に問われて、
「へぇ、先達さんの」。
Fw:電子メールで送信: IMG_7842.jpg
富士詣りは、信仰が第一目的ですから、白装束に金剛杖、鈴を振り「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」を唱えながら登拝しました。
女性は入山できなかったので、富士講は男性で構成され、途中の行程で酒宴が催されるなどの楽しみもあったのでしょう。
私の持ちネタの「笠と赤い風車」や「揺れるとき」には、「身延詣り」が出て来ますし、「浜野矩随」では、「伊勢参り」が出て来ます。
今回の富士山の世界文化遺産登録も、単なる自然豊かな山というのではなく、山岳信仰や絵画や芝居などの題材としての文化的価値が評価されたもので、単なる観光地として浮かれたお祭り騒ぎにならないように願うのみです。
考えたら、私も「浅間神社」の神前で結婚式を挙げました。

素人落語のあり方?

banana若手のプロの噺家さんもそうですが、素人の落語愛好者も、高座に上がる機会をどう増やすかがポイントになります。
おかげさまで私は、大学落研OB会と、師匠の落語指南所「落語っ子連」・「扇子っ子連」で、年間数回の高座の機会があります。
それでも、様々な場所で気軽に演らせていただきたいと思います。
稽古も大切ですが、百篇の稽古より一度の本番(高座)の方が、恐らく上達するでしょう。
現役の学生さんたちも、私の後輩たちもそうですが、「出前」と称して、町内会や学校や老人会などに出向いています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130623-00000014-kana-l14
大学の落語研究部員が演じる「ふれあい寄席」が相模原市で開かれた。お年寄りや小学生ら約40人が集まり、愉快な落語を楽しんだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130623-00001374-kitanihon-l16 これは富山県の話題。
社会人落語家による寄席が、富山県射水市のデイセンターで開かれ、利用者らが楽しんだ。
県内の社会人落語家でつくる「ばららくご」のメンバーが出演、「子ほめ」「たぬさい」を演じた。

私には、まだまだ余裕はありませんし、ルートもありませんが、こんな形で落語が出来たらいいだろうなと思います。
仙台では、友楽師匠やぴん吉さんが頑張っていますので、「一度呼んでください」とお願いはしましたが・・・。

2013年6月25日 (火)

駅弁

school学生さんたちとの面接は真剣勝負。
駅弁
彼らの可能性を摘んでしまったり、個性を正しく受け止められなかったり、良さを見落としてしまったりしてはいけません。
貴重な時間を無駄に浪費させてはいけません。
企業にとっても、将来の栄枯盛衰、生殺与奪を握る人材の発掘には、緊張感をもって行わないと。
疲れます。
世代の違いを痛感する瞬間でもあります。
最近、経済的に窮屈な環境に置かれている学生が多い気がします。
団塊の世代直後ぐらいまでの親は、高度成長の恩恵を受けて裕福でしたが、今はバブル真っ只中から後の世代が親ですから、失われた富は大きいものがあります。
まさに私たちの世代です。
駅弁
帰る途中の楽しみは、のぞみの車内で食べる駅弁。
口内炎と歯痛にもめげずに。

新設ホーム

bullettrain九州新幹線が開業したからか、新大阪駅に新しいホームが出来ました。
新設ホーム
27番線ホームです。
一番はずれにあり、しかも番線はひとつだけですから、売店も少なく、まだ閑散としている感じです。
新設ホーム
それにしても、新大阪駅には27本もホームがあるのかなぁ。
確かに、山陰や北陸に向かう路線のターミナルにもなっているようですが、新幹線以外で使ったことがありませんから。
新設ホーム
東京駅は19番線、新宿駅は14番線ぐらいで、上野駅も新幹線ホームが22番線ぐらいではなかったかと。
そうか、東京駅は、総武線快速や京葉線の地下ホームがあるから、もっと多いかもしれません。
そう言えば、京都駅は40何番線あったかもしれません。
次元は違いますが、常磐(千代田)線の綾瀬駅に0番線があります。

御堂筋

building東京の大手町の、かつて働いていたビルは解体されてしまいましたが、大阪の御堂筋のこのビルも、建て替えのため、今秋以降解体される予定です。
御堂筋
昭和30年に建てられた建物です。
かつては毎月最低1回は出張していた場所です。
御堂筋
時の流れと言ってしまえばそれきりですが、とても寂しい限りです。
御堂筋周辺も再開発が進んでいて、高層ビルも多くなりました。
御堂筋
高村光太郎の作の像も驚いていることでしょう。
御堂筋
これも昭和ですね。

海鮮丼

restaurant今日の出張は、大学生の採用面接が最大の目的。
海鮮丼
一人当たり30分程度の面接で分かる筈がないのでしょうが、何とか“縁”を結ぶことが出来るように 気持ちを入れて臨まなくてはいけません。
今日のランチは、歯が痛いので軟らかい物をと、海鮮丼にしましたが、タコだのイカなどは強敵でした。

大阪出張

bullettrain今日はのぞみの指定席を間違えないように。
大阪出張
口内炎がひどく、眼の調子も悪く、歯茎も腫れて痛くて。
三保の松原が富士山の世界文化遺産に含まれた背景には、登録に執念を燃やす人たちの必死の活動があったからだそうです。
大阪出張
旧清水市は、江戸時代は江尻と呼ばれていましたが、まさか三保の松原までが登録されるとは、江尻(えっ?知り)ませんでした。
大阪出張

スーパームーンの翌日

fullmoonスーパームーンは、残念ながら見ることが出来ませんでした。
スーパームーンの翌日
昨夜は、そろそろ寝ようかと思って南の空を見上げると、雲の切れ間から、少し霞んだ月を見ることが出来ました。
これは「スーパー十六夜ムーン」とでも言うのでしょうか?

七夕飾り

shineそうか、もう七夕かぁ…。
七夕飾り
駅の改札口の内側と外側に、近くの2つの小学校の児童が書いた短冊が綺麗な七夕飾り。
私は今、何か願い事を書けと言われたら、何て書くでしょうか?
なかなか思い浮かばなくて。
もしかすると「寿限無」と書くかもしれません。

2013年6月24日 (月)

日本三大松原

fuji「はごろも」っていう題の歌だったんですね。
   「はごろも」      
 作詞:林 柳波 作曲:橋本国彦
 白い浜辺の 松原に 波が寄せたり 返したり
 あまのはごろも ひらひらと 天女の舞の 美しさ
 いつかかすみに つつまれて 空にほんのり 富士の山

「日本三大松原」と呼ばれている松原があるそうです。
静岡県静岡市清水区の「三保の松原」、福井県敦賀市の「気比の松原」、佐賀県唐津市の「虹ノ松原」の3ヶ所だそうです。
個人的には、以下の2つの松原に思い出があります。
ひとつは、「千本松原」。

静岡県沼津市の狩野川河口から、富士市の田子の浦港の間約10kmの駿河湾岸(正式名称富士海岸、通称千本浜)に沿って続いている松原。
ここからも、松林越しに富士山を望むことが出来ます。
そう、ちょうど真南からちょっと東寄りから富士山を望みますから、西南からの三保の松原とは反対側のイメージです。
ここも数々の文人たちに愛されたということで知られています。
日本百景、日本の白砂青松100選にも選ばれているそうです。
勿論、千本と言うのは多いものの例えで、実際には30数万本以上あるというということです。
まだ東名高速道路が開通する前は、この松原沿いの東海道(国道1号線)を走っていました。
東海道五十三次で言えば「沼津」~「原」~「吉原」のあたりです。
Fw:電子メールで送信: 230px-Collap<br />
 sed_Rikuzentakata_Youth_Hostel_and_a_Pine_Tree_of_Hope.jpgそれから・・高田松原。
岩手県陸前高田市にかつて存在した松原。
高田松原は江戸時代、豪商・菅野杢之助によって植栽され、仙台藩と住民の協力によって6200本のクロマツが植えられた。
その後、増林が行われ、クロマツとアカマツ合計7万本もの松林は、仙台藩・岩手県を代表する景勝の一つであり、白砂青松の景観は世に広く評価されていた。
・・・あの日までは。
学生時代の落研の夏の合宿で行きました。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災で、10メートルを超える大津波により、ほぼ全ての松がなぎ倒され壊滅した。

学士会落語会例会の案内

school学士会落語会の例会の案内メールをいただきました。
紫陽花
「冬は義士夏はお化けで飯を食い」・・夏は怪談。
ということで、怪談を、講談(一龍齋貞山先生)、落語(鈴々舎馬桜師匠)の組み合わせ。
鈴々舎馬桜師匠は、怪談「暑い日」~「死人草の花」とお楽しみ。
一龍齋貞山先生は 怪談江島屋騒動より「恨みの振り袖」。
・・今年は、ほとんど毎週土曜日に帰省しているので、今回も失礼するかもしれません。
学士会落語会の例会も今回で第47回目。
来年1月の例会が第50回目になり、この例会50回記念の時は会員による落語会という企画で、出演者を募集しているそうです。
そうそう、7月の例会は、7月20日(土)14時から。
メインゲストの鈴々舎馬桜師匠の「暑い日」「死人草の花」というのは新作で、馬桜師匠が演っておられるようです。
死人草(しびとそう)の花と言うのは、「彼岸花」のことでしょう。
彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。
これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、という説もある。

異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花、捨子花、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもあるが、反対に「赤い花・天上の花」の意味で、めでたい兆しとされることもある
名前を聞いただけでも、何か怖そうですね・・・。shock
そう言えば、田舎では「はっかけばばあ」と言っていました・・・。

次の新二つ目

tulip11月に二つ目昇進する人たちも発表されていました。
     ・柳家獅堂門下    柳家いっぽん 
     ・柳家権太楼門下   柳家おじさん
     ・林家木久扇門下   柳家木りん
「おじさん」は高座を見たことがあります。
確か30歳過ぎてから入門した、本当のおじさんです。
今、37歳ぐらいではないかと・・・。
私の知る限りでは、三升家う勝さんという二つ目さんは、40歳目前で入門。
前座の高齢化が問題となって、前座さん(入門)に年齢制限が出来たはずです。
さて、突然ですが、なぞかけを。
3人の新二つ目と掛けて、一人で居酒屋に入った客と解きます。
その心は・・・・、「オジサン、キリン一本!」・・・。

突然失礼いたしました。coldsweats01

2013年6月23日 (日)

飛鳥山の麓

train京浜東北線に乗って。
cherryblossom飛鳥山と言えば江戸の昔から桜の名所ですが、今の季節は麓のJRの線路沿いに紫陽花が綺麗に咲いています。
飛鳥山の麓
王子駅のホームからもよく見えますので、ちょっと途中下車。
ホームよりも、さらに南側の方がもっとたくさん咲いています。
飛鳥山の麓
見物する人も多いようです。
飛鳥山の麓
梅雨時の花ですが、大輪で色彩もあざやかで、とてもいいですね。

紫陽花の手拭い

present紫陽花の話題ばかりですが。
日暮里のエキュートで、紫陽花模様の手拭いを買いました。
紫陽花の手拭い
いつもお世話になっているご贔屓の一人にと…。
Fw:電子メールで送信: 2_0680010001<br />
 09.jpg
こんな感じのと、もう一本。
紫陽花の手拭い
紫陽花の手拭い
紫陽花の手拭い
プロの噺家さんなら、オリジナルを作って配るようですが。

三保の松原

waveこういうこともあるんですね。
三保の松原
ほとんど諦めていた三保の松原もセットで世界文化遺産ですから驚きました。
三保の松原
隣町の清水市(当時)には親戚もいますし、三保の松原には何度も行きました。
海水浴場もあり、臨海学校や家族で海水浴にも行きました。
三保の松原
富士山は、個人的には、南西から西南西あたりからが、一番美しいと思います。
幼い頃から見慣れている角度、景色ですから。
三保の松原の羽衣伝説も、小学校で習いました。
♪天の羽衣ひらひらとぉ 天女の舞の美しさぁ~♪
なんて言ったかなぁ、歌もありました。

落語はやおき亭

rain朝夕は涼しい気がします。
今日は梅雨の晴れ間になりそうです。
落語はやおき亭
何もしないでボーッとしているに限ります。
今年は、父の逝去だけでなく、家族に色々なことがあって、心身ともに落ち着きません。
何もしないでいられる時間が欲しい。
 ◇ 地獄巡り    古今亭寿輔
寿輔さんは、山梨県出身。
三遊亭小遊三、林家正雀の両師匠と並んで、甲斐の噺家御三家です。
寿輔師匠で思い出すのは、二つ目時代、仙台駅前にあったエンドーチェーンのサテライトスタジオで、毎週日曜日の東北放送のラジオ番組にレギュラー出演していました。
今のような不思議な雰囲気、派手な着物ではなく、若手の明るい噺家さんでした。

スーパームーン

fullmoon今日は満月、しかも「スーパームーン」だそうです。
スーパームーン
スーパームーンとは、月が地球に最も近づいたタイミングで、満月また は新月になることです。
スーパームーン あまり聞きなれない言葉。
天体観測の世界では正式な用語ではないそうですが、とても素敵な響きです。
ということは、一年で一番大きく見える訳ですよ。
昨夜の田舎からの帰り道、雲の切れ間から、ほとんど真ん丸な月が、ずっと道を照らしてくれました。
やはり田舎にいた頃、他に光のない真の闇に、あの月の明るさは太陽以上の存在感がありました。
fullmoon今日は、一年で一番大きな望月です。

落語DEデート

sprinkle目が覚めると、文化放送の浄土宗の時間。
落語DEデート
またまた念仏のことを説かれて、なるほど…。
志の輔さんとゲストとの話題は、飼い猫の話題。
 ◇ 幇間腹   五代目古今亭志ん生
猫とは全く関係のない噺。
この噺を初めて聴いたのは、当時真打昇進したばかりの志ん駒師匠でした。

花から花へ

clover写真に写っている蝶々が分かりますか?
花から花へ
花から花へ蜜を吸う…蝶たちの勤しみ。
花から花へ
平和を感じるひとときです。

新二つ目

bud6月の中席から、落語協会では3人の前座さんが二つ目に昇進して、披露目が行われているそうです。
   ・林家正蔵門下    林家 まめ平 
   ・三遊亭圓歌門下   多ぼう 改メ 三遊亭歌も女
       ・林家木久扇門下   林家 扇
今回は、女性が2人、野郎が1人の昇進です。
「歌も女(かもめ)」さんは、「三遊亭歌る多」さんのお弟子さんです。
「多ぼう」というのは、何とも不思議な、男のような名前だなと思っていましたが、謎が解けました。
本名が「ひま」さんと言うんだそうです。
ところが、「ひま」と言うのは「暇」に繋がる。
芸人さんが「暇」では困るから、反対の意味の「多忙」にと。
「すり鉢」を「あたり鉢」、「スルメ」を「アタリメ」と、「スリッパ」を「アタリッパ」・・・とは言いませんが、このパターンですね。
最近はあまり寄席に行くことが出来ないので、まめ平さんを一度聴いたことがある程度ですが、頑張ってもらいたいものです。

2013年6月22日 (土)

紫陽花

clover我が郷里では、昨日から「あじさいまつり」が開かれています。紫陽花
お茶と筍とあじさいの町・・・です。
紫陽花
あちこちに、無造作とでもいうように咲いています。
紫陽花
白い花もあれば、真っ赤な花もあり、紫色だけというイメージではありません。
紫陽花
花の種類も色々とあるようです。
紫陽花
なかなかいいですね。
こんなに紫陽花の花をじっくり見るのも初めてかもしれません。
紫陽花紫陽花
この花が終わる頃には、あの猛暑がやって来るのでしょう。
紫陽花紫陽花
今日あたりは、蒸し暑さもなく、過ごしやすい梅雨の晴れ間です。
紫陽花
田舎に生まれて良かったと思う、数少ない瞬間です。

富士山世界文化遺産登録の日

fuji今日は、富士山が世界文化遺産に選ばれる(予定の)日。
その日の富士山
当の富士山は、頭に笠雲をいただいて、ちょっと照れ臭そうです。
文化遺産になってからが大変だと思います。
その日の富士山「富士山」ご当地ナンバーも。
故郷の秀麗が、余所からの観光客や登山客に、豊かな自然と文化が、これ以上蹂躙されることのないように、心から祈ります。

お〜いお茶

japanesetea私の一番好きなペットボトルの緑茶、伊藤園の「お〜いお茶」。
おい〜お茶 おい〜お茶
時々付いているノベルティがいつもユニークなんです。
最近も、ピック型タッチペンとフィギュア付きメッセージスタンプが付いています。
卑しいというか、ついついノベルティに釣られてしまって…。
でも、本当に、このペットボトルが一番美味い!

東北落研知恵袋

book「東北落研知恵袋」というサイトがあります。
http://www44.atwiki.jp/yu_rac/pages/1.html
現役学生部員の手引きのようなものです。
入部したらやること、高座名のつけ方など、マニュアルですね。
その中に、「用語集」というのがあります。
Img_0006_3例えば、こんなふうに記されています。
【50周年記念OB落語会】
平成21年に開催されたOB落語会。
数え切れないほどのOBが来仙、部員を驚かせた。
ちなみに、この日には別件で出前があり、川内部長は部室、片平、会場の仙台ガーデンパレスを(手際が悪かったために)駆け回ったのは秘密である。
中トリの金願亭乱志さんの「浜野矩随」に惚れた人は数知れず。
【桂友楽】
わが落研OBのまとめ役にして、落研の顧問、あるいは相談役のような存在。
(といっても、本学の教員というわけではない)
経済学部卒、某大手通信会社の子会社の初代社長を経て、現在は趣味の落語を中心に活動している。
八代目文楽の名前弟子、出囃子はもちろん「野崎」。

Img_0009Img_0007・・・何と、あの時の私の「浜野矩随」が、大変なお褒めをいただいていました。
ちょっと照れ臭い・・。
でも、とても嬉しい。

艶笑落語

heart04「目薬」というのは、いわゆる「艶笑落語」と言われます。
突然ですが、「東北落研知恵袋」というサイトがあります。
これは、我が落研の現役学生たちのてびきのようなものですが、この中に「用語集」というコマがあり、「艶笑落語」を以下のように説明しています。
艶っぽさを含んだ落語のジャンル、ひと言でいうとエロいおはなしである。
代表的な演目は「錦の袈裟」「短命」「宮戸川」などなど、結構色々とある。
例え内容が内容でも 我々落研では「これが日本の文化ですから!」と胸を張って演じることができるのである。
「文化」ってのは 実に便利な言葉ですなぁ。
落研ではあんまり演じる人はいないが、チャレンジしてみても良いかもしれない。

若干ニュアンスが違いますが、「下ネタ」笑いを誘う排泄・性的な話題で後者を言う場合もありそうです。
「下ネタ」という言葉は、寄席における符牒のひとつでしたが、テレビ業界で用いられるようになってから一般化したようです。
現在ではもっぱら艶笑話について用いられ、必ずしも笑いを伴わない猥談や露骨に性的な話(エロネタ、エッチネタ)を指すこともあるようです。
上記のとおり、艶笑的な話題と、排泄に関わる汚らしさによって笑いを誘う話題を「下ネタ」と総称されていますが、本来の寄席用語では艶笑ものを「バレ(ネタ)」として区別しており、下ネタの原義は排泄物をめぐる笑話のことであったと言われています。
実にややこしい・・・。
落語においてはバレネタと下ネタ(狭義)の間には大きな扱いの差があり、バレネタは粋や通を体現するものとして必ずしも低く扱われないのに対し、排泄物をめぐる下ネタは下品で安易な笑いの取り方であるとしてあまり好まれない傾向にあります。
いわゆる「艶笑落語」は排泄物を巡る下ネタよりも"厚遇"?されているとはいえ、高座であまり大っぴらに語るべきものとは考えられておらず、少人数の内輪の会などで客席と親密な一体感を持ちながら演じられるものです。
師匠は、「落語は品がないといけない」と仰って、エログロは否定的です。
中でも、グロは絶対に駄目、許されるのはちょっとしたエロだと仰います。
落語っ子連で、新参さん(とん平師匠)が、「肥瓶」や「無精床」をやろうとすると、かなりネガティブでした。
「目薬」なんていうのは、認識に個人差はあるかもしれませんが、可愛いエロの部類で、現代では許される範囲だと思います。

ビル解体

clip知人の撮影した写真・・・ビルの解体現場です。
nn・・元の姿。
それが、こうなりました。
ビル解体
以前はこうだったんです。
Fw:電子メールで送信: 1341629914_1<br />
 02-resize-480-378.jpg
でもこうなりました。
ビル解体
皇居側から見ると、こうなってしまいました。
ビル解体
以前はこうだったのに。
Fw:電子メールで送信: 38080267.jpg
ビルが解体されて、こうなりました・・・・。
ビル解体
更地になってしまいます。
Fw:電子メールで送信: <br />
 サンワ東京ビル4.jpgこうだったのに、ここにいたのに。mm
青い重機のあるあたりで働いていましたよ。

2013年6月21日 (金)

夏至

sun今日は二十四節季の「夏至」です。
夏至
夏至とは、太陽が天球上で最も北に位置する日です。
北半球では、南中高度(太陽が最も高く昇った時の角度)が最も高くなり、東京では約78度になります。
一年で最も昼間の時間が長くなります。
北極圏ではこの時期、太陽が一日中沈まない白夜となります。
東京駅丸の内側の赤れんが駅舎を照らす明かりを消すライトダウンが行われたそうです
地球温暖化防止に向け、夏至の夜に節電への思いをはせてもらおうと、環境省が一斉消灯を企画。
今年は東京スカイツリーなど全国の1万6千を超える観光名所や商業施設でライトダウンされたようです。
普段は明るすぎますよね。
今の都会人は、真の闇は知らないでしょうね。
あの漆黒の闇は。

眼科医

eyeglass今週も眼科に行きました。
眼科医
先週、右目が充血していたので、点眼薬を処方してもらい、とりあえず赤くなくなりました。
視野検査というのは、痛くも痒くもないのですが、集中力が持ちませんね。
金曜日は、この眼科の先生ではなく、代診の先生ですが、眼圧を測った後で、「前回より、右目が高くなっている…?」と。
「先生、先日処方いただいた点眼薬は、眼圧が上げるって」…。
「あぁぁ、そうでした」と、カルテを見ながら安心した表情に。
…大丈夫かなぁ。
やはり、目玉をくり抜いて洗って、暫く天日で乾かしてから、また元に戻す治療を、シャボン先生にやってもらいますか…。

防災ツール

building某ビルのエレベーターのコーナーに設置された非常用ボックス。
防災ツール
地震などでエレベーターが停止してしまい、箱の中に閉じ込められた時などに使う品物が入っているようです。
防災ツール
超高層ビルも林立しているし、エレベーターの中で被災する可能性は高いですから、やはり必需品だと思います。

3万人

weep突飛な話題で、落語の国の人たちには考えも及ばないことですが。
平成24年の全国の自殺者数は2万7858人で、15年ぶりに3万人を下回ったそうです。
国や自治体などで進められてきた鬱病患者や多重債務者らへの自殺予防策が一定の成果をあげたと分析される一方で、20歳代の自殺死亡率は高まる傾向にあるそうです。
男女比率は2:1。
動機は健康問題が最多で、生活苦、多重債務などの経済・生活問題、夫婦関係の不和、家族の将来悲観など家庭問題が多いそうです。
年齢では、40歳代以上で低下傾向にあるのに対し、20歳代で高まる傾向。
動機は、やはり就職失敗や進路に関する悩みだと・・・。

最近は、「自殺」と言わず「自死」と表現するようになっているそうです。
確かに、ダイバシティの時代と呼ばれ、個を重視したフラットな世の中になって来ましたが、守ってくれる、庇ってくれる、話を聞いてくれる、一緒に喜び悲しんでくれる人がいなくなってしまった気がします。
誰だって何かに甘えたいし、思い切り泣いたり笑ったりしたいですよ。
受け止めてあげる場所や時間を作らないといけないと思います。
立川談志師匠が、「落語は業の肯定である」と仰ったのは、もしかすると師匠の意図とは違うかもしれませんが、「そうだよな。つらいよな。弱いよな。」って言い合える、そしてそれが恥でも欠点でもない世界だということなのかもしれません。
「佃祭」で、与太郎が、死んでしまったと思って悔やみに行って、いつも「与太郎さん、お前さんはそれでいいんだよ。そのままでいいんだよ。」と言ってくれた次郎兵衛さんに向かって、本当の涙を流すシーン。
「猫怪談」で、やはり与太郎が、育ての親の死に「お父っつぁん、なんで死んじまったんだよう」と叫ぶシーン。
愚かしくて、普段は迷惑や不孝ばかりしていても、自分を本当に理解して愛してくれている人の存在があるから、バカにされたりしながらも、居場所があって仲間はずれにされずに、健気に生きている。
バカにされて悔しくても、生きることを前提に、悩み憤りしながらも生きている。
これが、落語の魅力なのかもしれません。
落語は、一部の怪談や人情噺を除いて、人を殺したり、自ら命を絶ったりしないんです。
それが、人の心だし、それを掴んで離さない秘訣だと思います。

問題発言

karaokeまた、低レベルな政治家の問題発言だそうで。
自民党政調会長(えっ?こんな奴がやってたの?)が、原発の再稼働をめぐり「福島第1原発事故で死亡者は出ていない」と講演で発言したことが波紋を広げているそうです。
本人は「まったく趣旨が取り違えられて報道された」「もし誤解されたとしたら、しゃべり方が下手だった」と釈明したが、与野党から批判の声が上がっているという・・・。
これを聞いて思い出したのが、もう10年ぐらい前でしょうか、経営統合した某メガバンクが、大規模なシステム障害を起こし、振込など何百万件が滞ったことがありました。
この時の、このメガバンクのトップが、国会の喚問で「実害は出ていない」と発言して、大顰蹙と失笑を買ったことがありました。
問題点が歪曲されるだけでなく、心無い発言にどれほど傷つく人がいるのか、全くお分かりでないようで。
素朴に思うのですが、「しゃべり方が下手なら、しゃべるな」と言いたいですね。
・・・と思っていたら、日本経済新聞の「春秋」では、こんなふうに言っていました。
「しゃべり方というより、政治が下手なのかもしれない」・・。
そうですよね。政治が下手なら、政治家をやめればいいんですよ。

2013年6月20日 (木)

目薬

eye右眼が充血していたので、眼科で処方された目薬を点けています。
目薬
だいぶよくなりました。
当然のことながら、「右眼にだけ」と注意書きに書いてありましたが、左眼に点けたらどうなるのでしょう・・・。
朝・昼・夜・寝る前と1日4回と書いてありますが、よく忘れます。
落語の「目薬」も面白い噺です。
「女尻につけべし」・・・。
字を読めない  八っあんが目を悪くして、目薬をさすのに効能書きの「めのしりにつけべし」 の”め”を女と取り違えて、女房の尻に粉目薬をさす。
女房がたまらず一発ぶっぱなすと、粉目薬が飛び散って八っあんの目に入った。
「あっ、こうやってさすのか」

いわゆる艶笑落語で、一時は禁演落語とされていたそうですが、無邪気な噺です。

やっぱりウミネコだった

chickこれは都鳥?それともウミネコ?

でも、ウミネコが不忍池にいる訳ないし・・・。
でも、先日不忍池畔を歩いた時に、杭やボートの端に止まったり、群れをなして飛んでいたのは、やはりウミネコだったようです。

こんなニュースがありました。
北海道や東北の離島などで子育てをするカモメの仲間のウミネコが、上野のビルの屋上で繁殖していた。
東京大学の某教授(生態学)が初めて確認した。
繁殖力が強い鳥だけに都市の生態系に影響を与えないか、調査を続けていくという。
海鳥のウミネコは春、北海道や東北地方の海岸の岸壁や沖の小島で子育てをする。
都内で姿を見かけるのは越冬期だけだった。
しかし、4~5年ほど前から、春から夏にかけても、都内で姿が見られるようになった。
ただ、これまで繁殖は確認されていなかった。
今年6月末、上野の不忍池に近いビルの屋上で約200羽が集まり、20~30のペアが営巣しているのを見つけた。
複数の幼鳥もいた。
ウミネコは近年、減農薬の水田が増えたことなどから、東北地方では内陸でも姿が見られるようになり、数も大きく増えている。
生態への影響も含め、まだ不明な点が多い。

今まで、カラスが目立っていましたが、先日はこの白っぽい鳥が多くてびっくりしました。
また、動物愛護を気取ってか、ただの無責任な動物好きな人が、餌をやったりするんでしょうね。
生態系が崩れるのも心配です。

ガラパゴス化

pig最近よく言われる「ガラパゴス化」という言葉のこと。
ガラパゴス化
日本で生まれたビジネス用語のひとつで、孤立した環境(日本市場)で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されるだけでなく、外部(外国)から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)の高い種(製品・技術)が導入されると最終的に淘汰される危険に陥るという、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系になぞらえた警句である。
ガラパゴス現象とも言う。
ガラパゴス化
考えてみると、落語というのはガラパゴスだと思います。
だって、落語の舞台になっている江戸時代こそ、ガラパゴス化の最たる状態だったと思うのです。
あの鎖国の時代に花開いた江戸文化の中で、自然発生的に生まれた大衆芸能ですから。
庶民は、自分の生まれた環境(境遇)に不満は持ちながらも、それを受入れて、精一杯明るく生きています。
与太郎も、糊屋の婆さんも、ややもすると仲間はずれにもされかねない人たちも、自分たちの生活の中ですれ違うー人と認めて共生している。
向こう三軒両隣に住む人たちの人情長屋は、ガラパゴスそのものかもしれません。
でも、それでいいじゃないですか。

「ユネスコ記憶遺産」登録

bud大学のキャンパス内に支倉常長の像がありました。
思い起こせば、当時はいつもこの像の脇を歩いていたんですね。
Fw:電子メールで送信: 201206010628<br />
 16.jpg
今年は、この遣欧使節派遣から400年になるそうです。
これに合わせたのがどうか、世界各地に伝わる古文書などの保護を進めるユネスコの「記憶遺産」に、仙台藩の「慶長遣欧使節」が江戸時代にヨーロッパから持ち帰った関係資料の登録が決まったそうです。
http://www.asahi.com/culture/update/0619/TKY201306180498.html
仙台市博物館には記憶遺産への登録が決まった『慶長遣欧使節関係資料』のうち肖像画の2点が常設展示されているそうです。
ユネスコ登録には、色々な「遺産」があるんですね。
そう言えば、桂友楽師匠は、「支倉常長伝」という落語を創作していると仰っていました。
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ところで、川内キャンパスには、「三太郎の小径」なる遊歩道があります。
これは、川内キャンパスの附属図書館向かいから、弓道部の部室横を通って記念講堂の外側を周遊するかたちで支倉常長像を経由し、仙台市博物館の前庭に至り、キャンパスに戻って中善並木を通って図書館入り口付近に帰る約四キロの周回路で、近代日本を代表する哲学者・ 阿部次郎名誉教授(1883~1959年)を記念する散歩道です。

2013年6月19日 (水)

「揺れるとき」視聴

tv志ん志師匠が送ってくださった、前日の「お江戸あおば亭」のBDを視聴しました。

そんなに仕草が多くある噺ではありません。
恐らく、酒を飲む場面と般若心経を唱える場面ぐらいで、あとは淡々と語りが続きますから。

二人の会話が楽しそうに聴こえているでしょうか。
お江戸あおば亭の映像
そして、酒を飲む場面。
まずは、注がれるところ。「あぁぁ、もうこれでいいから。」

「指を入れて視る人がいるが。 」
ここです。まさに飲むところ。

「あぁぁ、うめえや。いつも飲んでる酒と同じなのに、一人で飲むのとじゃあえらい違いだぁ。」

そして、手を合わせて、般若心経を唱え始める・・・。
何とか最後まで・・・。

天災

train通勤途上や街中では、些細なことではありますが、本当に腹の立つことばかりです。
この間も、休日の電車の中で、酔っ払いが騒いでいました。
騒ぐだけなら何とか我慢が出来ますが、そのうち手当たり次第に周りの人たちに絡み始めました。
その中で、奥さんを庇うように間に立った男性に訳の分からない罵声を浴びせ続けた挙げ句に、「恥ずかしくないのか!」と“曰う”に至り、私は「恥ずかしいのはお前だろう!」と本人に直接言い返さず、“心の中で”大声で叫びました。
こんな時、「天災」に出て来る、あの「紅羅坊名丸」先生のことを思い出してしまいます。
喧嘩早くて、母親も足蹴にしようという短気で乱暴者の八五郎が、ご隠居に諭され、心学者の紅羅坊名丸の話を聞きにいった。
なる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍、堪忍袋を常に身に掛け、破れたら縫い破れたら縫い。
喧嘩が好きだといっても相手がいなければ喧嘩にならないだろう。
四里四方何もない野原で急な雨でびしょ濡れ、腹は立つだろうが誰と喧嘩をする。
てやんでぇ、こちとら江戸っ子でぃ、職人だベラボウめ威勢がいいんだ、クルッと尻捲くって、天から降った雨じゃしょうがねぇ。
天から降ったものだと思って諦められる、これを天災という、と諭された。
長屋に戻り、別れた女房とひと悶着が済んだばかりの熊五郎の家に行って天災を説く。
人間は神主だ、奈良の神主、駿河の神主。
元のカミさんが怒鳴り込んだと思うから腹が立つ、天が怒鳴り込んだと思え、これすなわち天災だ。
俺んところは先妻だ。

「なる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍、堪忍袋を常に身に掛け、破れたら縫い破れたら縫い・・・・。
Fw:電子メールで送信: 4-1.jpgこれって「心学」と呼ばれる心を修養する学問で、江戸時代、神・儒・仏の三教を融合して、その教旨を平易な言葉と通俗なたとえとで説いた一種の庶民教育。
修錬のためには静座などを重んじ、社会教化には道話を用いる。
石田梅岩を祖とする石門心学に始まり、手島堵庵・中沢道二に伝えられ、さらに柴田鳩翁に至って大いに拡張され、一時は65ヵ国、149の講舎を所有した。

師匠が先日の稽古会で、「最近、この噺をやりたいという人が多いんだよ。宗教でもない、哲学でもない、庶民に分かり易く説いているからね。」
今の時代にこそ必要なのかもしれません。
そして、落語好きは、これに共感しているのでしょう。
人生勝ち負けや他人との比較じゃないんですよ。
心の持ち方が大切なんでしょうね・・・。
あの酔っ払いも、きっと何か悲しみや苦しみを抱えている、悲しい人だったんでしょう。
そう思うことにしました。
電車に乗り合わせた人たちには、とんだ野原の雨宿りでしたが。
それにしても、私は、学生時代はそんなに好きな噺でもありませんでしたが、長じるに及んで、実はとてもいい噺なんだということに気がつきました。

名人は人を謗らず

bookだから、心無いインタビューやブログの投稿に右顧左眄しているような輩は、「名人」などとは言わないんですよ。
Fw:電子メールで送信: 201211281800<br />
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こだわるようですが、結婚式の披露宴の祝辞のように、お互いに分かっていてお世辞(嘘)を言い合って、お互いを大きく見せ合うのはやめましょうよ。
披露宴は、お座興で、罪がないからいいですが。
この間のプロ野球コミッショナーも酷かった。
釈明のお詫び会見の時も、口では失態だったと言っていながら、不遜な態度と目は、「俺は絶対悪くない」と言っていましたよね。
あの瞬間もさることながら、あの程度の人が、全権大使だったというのを聞くにつけて、背筋が凍る思いがします。
ノブレス・オブリージュでもありますよ。
【名人は人を謗らず】
名人と言われる人は、他人をけなしたりしない。名人は、自分の力に自信があるから他人のことは気にしないし、他人の長所を認める余裕もある。だから、他人の短所や欠点を批評したりしないということ。
あるひとつのことに、すぐれた、うでまえや能力を持っている人は、他のすぐれた人の能力を自分のものに、したいなどと考えないし、自分の損や得のことなども、考えないので、 人を悪く言う必要がないということのようです。音吉が思うには、名人と呼ばれる人は、 自分中心ではなく、世の中の本質をよく、わきまえ、他人の幸福を、考えているので、 人を謗(そし)る必要も、ないのではないかと思います。
【名人は人に問う】
真の名人は、うぬぼれることなく、人の教えや意見を謙虚に聞くということ。
【ノブレス・オブリージュ】
直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、日本語では「位高ければ徳高きを要す」などと訳され、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

狭量な私には、想像もつかない極致なのだと思いますが。

2013年6月18日 (火)

冷(ひや)

bottle昔は、燗をつけないでそのまま飲むのを冷(ひや)でと言いましたが、最近は「常温」といい、冷やしたのを「冷酒」と言うようになりました。
下手をすると、「冷で」と言ったら、「水」が出て来たりして。
ところで、夏になって暑くなればなるほど、よく冷やした水やお茶がおいしいものですが、最近は「冷たい飲み物は好きじゃない」「体を冷やしたくない」という人も多くいるようです。
そこで、冷やして売るのが当たり前だったコンビニなどでは、常温のまま売る動きも出て来ているようです。
「冷やさず飲みごろ。常温もおすすめ」という訳です。
確かに、暑さ加減や場所、飲み物の種類にもよると思いますが、室内で飲むお茶などは「常温」の方がよいかもしれません。
Fw:電子メールで送信: soukai_49010<br />
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ところで、私は、数多あるペットボトルの緑茶の中では、伊藤園の「お~いお茶」が一番美味いと思います。
玉露を入れたり、特別な水を使ったり、濃い目にしたりしていますが、これが一番だと思います。
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郷里の「南部茶」のペットボトルも、捨てがたいのですが、いかんせんマイナーですからねぇぇ。

勘違いびとたち・・・

restaurantバラエティ番組などでも人気の某シェフが、自身の経営するイタリア料理店がネット上で批判を受けたことに対して「年収300万円、400万円の人にはわからない」といった趣旨の発言をして炎上騒ぎになっていた件について謝罪したという、どうでも良い話題です。
最近は、謙虚さのない人が増える一方で、重箱の隅をつつく輩も増えていて、どちらもどちらという感じがします。
傲慢な奴も酷いが、こんなことでブログを炎上させるほど騒ぐのも・・なんだかねえという感じがしませんか?
第一、「カリスマ」とか、「名人」とか、「匠」などのスペシャリストの値打ちの下がったこと、下がったこと。
尤も、受ける側も、たわいもないことでもすぐに「感動した」・「勇気をもらった」・・ですから、これまた同じ低次元の話です。
そもそも、名人やカリスマは世の中に何人もいないはずですし、感動なんて一生に何度も味わうものではありません。
勇気なんて、他人からもらうものではありませんよ。
よく「カリスマ○○」・「△△名人」・「□□の匠」なんて言われる人がいますが、恥ずかしくないのでしょうか?
そう言えば「ビッグ▲▲」とか言って、子だくさんを自慢しているアホがいますが、つくづく本人も本人なら、周りも周りだと思います。
「名人は上手の坂を一登り」。
古今亭志ん朝師匠だったと思いますが、何とか名人会などという名称の落語会を批判して、そのうちに「前座名人会」というのが出て来るのではと、何かのマクラで仰っていた気がします。
ある番組で、外国から日本に来た人が驚いた日本人の態度という中で、エレベータに先に入った人が、「開」ボタンを押し続けて、全員が乗ってから「閉」ボタンを押すところというのがありました。
隣の国などでは、他に乗る人がいてもいなくても、自分が乗り込んだ瞬間に「閉」ボタンを押して、ドアに挟まれる人がいるのが当たり前なのだとか。
自分が先に降りる時に「閉」ボタンを押しながら行く人に至っては、良し悪しは別として、典型的な古典的日本人だと言えるのでしょう。
エスカレーターで、片側を空けて立つなんていうのも、日本人だけかもしれませんね。
しかし、これでは世界では戦えない?ガラパゴス化に・・?
・・・でも、それならガラパゴスでよい気がするのですが・・・。

ちょき書房

ちょき書房
落語を中心に、演芸、歌舞伎、能楽などの本を集めたインターネット古書店「ちょき書房」というのがオープンしたそうです。
http://www.chokibooks.com
ちょっと覗いてみました。
まだ、さほど多くの在庫はないようですが、こういう分野に特化するサイトが出来たというのは、超マイナーを自認している落語フリークにとってはもとても嬉しいニュースです。
店名は古典落語によく登場する花街行きの小舟「猪牙舟」から取ったそうで、落語家の自伝、評伝、落語論、速記本、エッセーなどを扱っているということです。

2013年6月17日 (月)

1010…?

beer「1010」で、ここでは「せんじゅ」と読みます。
1010…?
昔の江戸っ子は、「千住」は「せんじ」、「新宿」は「しんじく」と言っていたそうです。
そんな訳で、今夜は「Ⅰさん」と、いつもの焼鳥屋さんで。
1010…?
「Ⅰさん」は、某社の役員をしていますので、今月は株主総会やらでご多忙な様子です。
今の会社では、色々ご苦労もされていましたが、持ち前の意地で頑張って来ました。
1010…?
さて、話題は大したことはありませんが、今夜は、「お江戸あおば亭」の「揺れるとき」で盛り上がりました。
もう何度も私の高座を聴いていただいていますが、今回初めて褒めてもらえました。
谷中の全生庵の奉納落語会での、師匠のネタ下ろしを一緒に聴いた人で、この噺の難しさはご存じでしたから。
1010…?
あんまり褒められると、かえって心配になってしまうもので、次回が大変だなぁと実感しました。
後は、お互いの仕事や家族の話で、オッサン二人の夜が更けて行きました。

酒井抱一

art「三味線栗毛」の主人公「酒井雅楽頭(角三郎)」のモデルとも言われている人です。
Fw:電子メールで送信: tsukiniakiku<br />
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江戸時代後期を代表する江戸琳派の創始的絵師。
伝統的な大和絵を祖とする雅で装飾性豊かな琳派的表現と、江戸文化独特の叙情性や粋を凝らした瀟洒な美意識、文学趣味などを融合させた独自の様式、所謂≪江戸琳派≫を確立。
現在では俵屋宗達、尾形光琳に続く琳派の代表的な絵師として広く認知されている。
また酒井抱一は後年、≪光琳百回忌≫を営むほど尾形光琳へ強く傾倒し、自身の作品にもそれらが如実に表れているが、抱一自身は狩野派や南蘋派、円山四条派、土佐派など様々な流派を研究している。
名門武家である姫路城主酒井家の次男として1761年(宝暦11)に生まれ、多趣味であった大名茶人の兄・酒井忠以の影響で俳諧や能楽、書画、茶、狂歌、浮世絵など様々な文化に親しみながら(兄の庇護もあり)20代まで奔放な生活を送り文化人としての素養を身に着ける(抱一は生涯で太田南畝・谷文晁・亀田鵬斎・市川団十郎など多くの文化人とも交友を重ねている)。
1790年、兄・忠以の死により独自の道を歩むようになるが上洛や出家、3度の転居など1800年頃まで模索の日々が続く。
1801-04年頃(寛政期半ば)から、かつて酒井家から庇護を受けていた尾形光琳を知り、強く影響を受けながら(後に江戸琳派と呼ばれる)自身の様式を後年~晩年期にかけて会得・確立してゆく。
1809年、雨華庵(金杉村大塚の庵)に移住。没するまでの20年間を同場所で過ごし、生涯中、最も充実した画業(文化的活動)生活を送る。
1815年(文化12)光琳百回忌として遺作展を開催するほか、光琳百図前編を刊行(後編はその10年後に刊行)。
1829年、68歳で死去。
代表作は『夏秋草図屏風』、『月に秋草図屏風』、『十二ヶ月花鳥図』、『四季花鳥図屏風』など。
Fw:電子メールで送信: 132563466033<br />
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「浜野矩随」もそうでしたが、実在はしているけれども、講釈や落語などでは、必ずしも史実に沿った内容になっていません。
先週のテレビの「大岡越前」で「三方一両損」を放映していたようですが、あの内容を実写でやるという・・・、訳がわかりません。
落語は、想像する芸ですから、ああいう大工の吉五郎や左官の金太郎がいても、一部虚像の中に納まると思いますが・・・。
時代劇もネタがないんだなと思います。
「ねずみ」や「三井の大黒」の左甚五郎も、実在していたかどうかははっきりしていないそうです。

富士の国やまなし国文祭?

impact国体の文化系版のお祭りがあるんですね。
富士の国やまなし国文祭?
先日、文部科学省の建物に、宣伝幕が掛かっていました。
富士の国やまなし国文祭?

アンコール! ②

flair第5回お江戸あおば亭の仲入り後が始まりまぁす。
おかげさまで、客席はほぼ満席となり、狭い会場ですから申し訳なく思います。
仲入り後にもなると、腰や足が痛かったり、暑苦しかったりで、その上拙い芸の連続ですから、さぞやお力落としの方もいらっしゃるかもしれません。
第5回お江戸あおば亭
食いつきは、賀千家ぴん吉「居酒屋」。
立ち居振る舞いが、若い人にも拘らず、とても柔らかく丁寧です。
今まで、ぴん吉さんの噺は、「転失気」と「子ほめ」そして今回の「居酒屋」と3席聴かせていただきましたが、元気と若さに溢れているのが魅力です。
仙台では、友楽師匠と一緒に、様々な場所で高座に上がっていますから、もう度胸も十分。
本当に頼もしい存在です。
ご本人は、「お江戸あおば亭」やOB落語会の高座は「怖い」そう。
親のような大先輩やご贔屓が多く、しかも耳の肥えた通の方ばかりですから、緊張するなと言う方が無理だと思います。
フルキャスト
落研御三家の桂友楽「つる」。
職人・桂友楽、達人・談亭志ん志、名人・喰亭寝蔵の3人が、人呼んで「(東北大)落研御三家」。
この3人に、粋人・南亭蕪生が加わると「落研四天王」となります。
仲入り後は、東日本大震災復興をテーマにしようということで、友楽師匠には、本当に貴重な内容のマクラを振っていただきました。
郷里の仙台で、震災復興のみならず、落語を通じた様々な活動をお聞きするにつけ、羨ましく思います。
フルキャスト
膝返しは、やはり明るく紅一点の杜の家くるみ「狸の札」でないと。
子育てをしながら落語をやり、いや落語をやりながら子育てをした(している)という・・・。
噺は筋金入りで、友楽師匠とくるみさんが、高座数で群を抜いていると思います。
初めて噺を聴かせていただいた時、声と語り口で、これは素人じゃないと思ったのを、鮮烈に覚えています。
例えば、二つ目の女性の噺家さんだと紹介しても、誰からも疑われないと思います。
やはり、オジサンばかりの楽屋には居づらいのか、客席の後ろの方に座っていました。
毎回出演して欲しい人です。
フルキャスト
出囃子「中の舞」が流れると、身体中に緊張が走りました。
トリは、金願亭乱志「揺れるとき」。顰蹙の大長講。
蕪生師匠からは、高座を降りて戻ったところで「長いねぇ、いつまでも終わらないかと思ったよ」という、いつものきついパンチ一発。
ご来場いただいた、東大落語会の三山亭多楽師匠からも、「乱志さんのために、皆さんがマクラや噺を短く削って・・」とのご指摘。
しかし、敢えて言わせていただくと、今回の番組は、私がありきだったのではなく、8名の方々の演目が出揃ったところで、30分程度時間に余裕があるからということで、調整のために入れていただいたのでありますよ。
そうは信じていただけないと思いますが。
フルキャスト
ありがとうございました。
おかげさまで今回も大盛会のうちにお開きとさせていただきます。

2013年6月16日 (日)

看板広告

art上野駅の1番線ホーム側に並んでいた2つの看板広告。
これ、両方ともおもしろそう。
看板広告
特に、江戸絵画の中で、酒井抱一があるようで。
実はこの人、「三味線栗毛」の酒井雅楽頭(角三郎)のモデルではないかと言われています。
落語では、酒井雅楽頭になりますが、実際は大名にはならず、高名な絵描きになったようです。
看板広告
そんなこともあって、実に興味深いという訳です。

落語はやおき亭

musicいつも落語を聴いているのは、落語三昧って言うのでしょうか。
落語はやおき亭
何となく、膝と足首の痛みが続いています。オーバーウエイトに加えて、落語の高座や稽古で、かなり酷使しているんです。
 ◇ 五人回し    立川談志
朝から聴く噺・噺家さんではありませんが。
いつも思うのですが、この人本当に上手いかなぁ…。
亡くなってから、聴く頻度は増えたのですが。
気に入ったのは、出囃子の「木賊苅り」ぐらいかな。

旬の味先取り

scissors伯父からいただいたトウモロコシ。
旬の味先取り
今年で最後だということで、感謝をしながら食べました。
美味い!
この甘さは絶品です。
旬の味先取り落語DEデート
品なく、ハーモニカを吹くように、かぶりつくように。
旬の味先取り
伯父ちゃんごちそうさま。長い間ありがとう。

落語DEデート

sprinkle今日は朝から雨。
鬱陶しくても、梅雨には雨が降らないと。
紫陽花づくし
文化放送の朝は、宗教関係の番組が続きますが、キリスト教の聖書の話を聴いて、浄土宗の百万遍念仏のありがたい話を、寝ながら聞いてから。
やっと6時になってい始まります。
  ◇ 八百屋お七   四代目柳亭痴楽
「綴り方教室」や「ラブレター」なんて言う独特な噺で、かなり人気のあった師匠です。
声の張りとリズムがよくて、明るい芸風です。
でも、新作の師匠は、逆に時代を感じてしまいます。
かえって古い感じ。
楽しいですが。

アンコール! ①

eventあれから1週間ですが、もう一度振り返ってみましょう。
「第5回お江戸あおば亭」の始まり、はじまりぃぃ・・・。

mm
開口一番は、井の線亭ぽんぽこ「饅頭怖い」。
楽屋ではかなり緊張していましたが、高座では、若い人らしく、自分の言葉で、自己紹介をしていました。
正面から高座を見ると、意外に可愛い顔をしています。
なるほど、オバサマたちの受けが良い訳です。
フルキャスト
二番手は、三代目杜の家とん平「豆屋」。
落研の高座は、何と40年ぶりということでしたが、杜の家一門?の芸風は生きています。
落語っ子連では、「三流亭新参(にっさん)」という名前で、一緒に師匠から稽古をつけていただいています。
フルキャスト
こんな浅いところですみません。
落研四天王の重鎮、南亭蕪生「粗忽の使者」。
ご本人は頓着していませんが、前回の「転宅」と今回の「粗忽の使者」は、談亭志ん志師匠が、OB落語会でお演りになっています。
それぞれの個性があって、それぞれ素敵な噺になっています。
蕪生師匠は、この日の高座よりも、4日後に控えていた国立演芸場での、三味線と端唄のメジャーデビューの方に、心は行っていたかもしれません。
フルキャスト
これまた芸達者な破れ家笑児「やかん」。
蕪生師匠と、この「浅草ことぶ季亭」で、三味線などを習っていて、私とは方向や芸風は異なりますが、落語大好き人間です。
笑児「船徳」・乱志「お初徳兵衛浮名桟橋」で二人会・・・が夢。
やかんのような、ややどぎつく演じる人の多い噺を、あの生成りな雰囲気で聴かせてもらいました。
優しい顔と自然な声と語りのリズム感のバランスが実に良くて、これは生まれついてのセンスで、私には到底適いません。
フルキャスト
本日最大の目玉、仲入り前は達人・談亭志ん志「万金丹」。
私と二人、「お江戸あおば亭」皆勤の、重度落語中毒患者。
包容力のある身体と柔らかな表情と優しい声は、今回はご出演が叶わなかった「喰亭寝蔵」師匠と並んで、その技量と人気は我が落研OB会の至宝です。
なんでしょう、このゆったりした中から滲み出てくる可笑しさ。
やはり天性のセンスに、お人柄や人生経験がプラスされているのでしょう。
必ずかかる「待ってました!」の声は、決してサクラではない、待っていた人の声そのものです。
因みに、私は一度もかけていただいたことがありません。
フルキャスト
仲入りここで、お仲ぁぁ入りぃぃぃ!
この続きもお楽しみに・・・。

2013年6月15日 (土)

トウモロコシ

sun郷里の伯父宅に行って、トウモロコシをもらって帰りました。
トウモロコシ
毎年、この時期に宅配便で送ってくれるのですが、今年はちょうど帰省したので、直接家まで行きました。
トウモロコシ
伯父は、父と同い年ですが、まだまだ元気ですが、トウモロコシを送ってくれるのは、今年で最後にするそうです。
いつもより、味を噛みしめながらいただきたいと思います。

紫陽花づくし

cloverまだ少し早いですが、郷里の庭は紫陽花が花盛り。
紫陽花づくし 実家の周りも紫陽花だらけ?
紫陽花づくし
花の色の微妙な違いがいいですね。
紫陽花づくし
来週からは、町の“あじさいまつり”だそうです。

これって冒険?

bomb先日世界最高峰エベレストの登頂に成功した80歳の冒険家が、今度は「85歳でヒマラヤをスキーで滑りたい」と新たな目標を語ったそうです。
やめて欲しい。
やるのは勝手ですが、成否に拘らず周囲に迷惑をかけるだけ。
無責任に報道はしないで欲しい。
年齢に相応しい冒険は、ほかにもあるはず。

三遊亭圓朝の年譜

watch圓窓師匠のことですから、万事抜かりはありませんが、今回の「揺れるとき」に出て来る場面を、圓朝の年譜と重ね合わせてみました。
Fw:電子メールで送信: ncm_042121.j<br />
 pg
弘化2年(1845年)3月3日):初代 橘家小圓太の名で江戸橋の寄席
                
「土手倉」で初高座
弘化4年(1847年):父・圓太郎と同じ二代目三遊亭圓生門で修行
嘉永2年(1849年):二つ目昇進
嘉永4年(1851年):玄冶店の一勇斎「歌川国芳」の内弟子となり、
            画工奉公や商画奉公

安政2年(1855年)3月21日:圓朝を襲名して真打昇進
安政2年(1855年)10月2日元噺家「三遊亭西生」を訪ねる
                 安政江戸大地震が起き
Fw:電子メールで送信: 201211281800<br />
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明治32年(1899年)9月:発病
明治32年(1899年)10月:日本橋の寄席「木原店」で「牡丹燈籠」が
                最後の高座

                西生の娘が楽屋に訪ねて来る
明治33年(1900年)8月11日午前2時:死去
                病名は「進行性麻痺」と「続発性脳髄炎」
                法名は「三遊亭圓朝無舌居士」

・・・とても面白い。
前半は旧暦で、明治に入ってからは新暦になっています。
赤い字の部分が、圓窓師匠の創作した部分、即ち「揺れるとき」のために作られた場面です。

旧暦の安政2年10月2日、ここは日のとっぷりと暮れかかった相州神奈川の宿はずれ・・・
「ごめんくださいまし・・・ごめんくださいまし」
「誰だい?」
「圓朝と申します噺家でございます」
「えんちょう(圓朝)?あまり聞かねぇ名前だなぁ」・・・

「揺れるとき」という噺

flair「揺れるとき」は、三遊亭圓窓師匠が一昨年の「圓朝まつり」の奉納落語会で、自作自演でお演りになった人情噺。
落語中興の祖「三遊亭圓朝」を主人公に、引退した架空の噺家「三遊亭西生」との関わりと、横軸に安政の江戸大地震を入れ、圓窓師匠の芸論がふんだんに盛り込まれています。
僭越ながらチャレンジさせていただきましたが、この噺が創作された経緯などについて、ちょっと説明しておきます。
ゆれるとき
師匠から頂戴した「揺れるとき」の高座本(ネタ本)の巻末に、「創作のきっかけ・・・」という師匠のコメントが以下のように載せられています。
平成23年3月11日、東日本を襲った津波の様子を自宅にいてテレビで見ていた。
こんなことが放映されているのか・・。ライブなのか・・・。
Fw:電子メールで送信: t02200165_08<br />
 00060011402714769.jpg (中略)
その次の日の13日は、地元の扇子っ子連というアマチュアの落語指南所の発表会がある。
12日はその連の長から電話が2本入り、「明日の発表会は中止にしましょう」と言って来た。
理由を問うと、「こういう状況で落語をやっていかがなものか、と思いますので」と答えた。
あたしは即、「こういう状況でも落語を聞きたいと足を運ぶ人は必ずいるもんだ。それに出演する連の者はほとんど地元の豊島区の人なんだから、来られる人だけでもいいから高座に上がろうよ」と伝えた。
しかし、当日、その長からは「みなさんが中止に賛成しましたから、やめます」とのこと。
あたしは、自分自身を指導者失格と受け取って、この先の落語の指南を断った。
何人かが拙宅に来て、「指南を続けてください」と言う。
中には、「あたしは、師匠が中止を決めたかと思い、だから中止の賛成をしたんですが・・・」とも言う。
つまりは、連の長はあたしの意向を連中にちゃんと伝えず、中止にしたいという自分の気持ちを優先させた結果のようだ。
落語を趣味で聞く分には、個人として存分に楽しめばいい。
しかし、演るとなると、聞く人が必要になってくる。
その人への責任も感じ取らなければならない。
「プロはすごいんですね」と言う人がいたが、演るということに関しては、プロもアマもない。
責任を果たさなければいけない。
連の長に、あたしの了見が伝わらなかったのが、寂しかった。

そうなんです。
私もメンバーになっている扇子っ子連の発表会「千早亭落語会」の中止(延期)が、あの人情噺の創作の大きなきっかけになっているんだそうです。
さらに師匠のコメントは続きます。

そこで、落語協会から頼まれた圓朝まつり(8月7日)に於ける圓朝に因んだ創作の構想の中に、あたしのこんな了見を挿入できないか、と考えた。
と、いうのは、圓朝が真打になった年の安政2年に安政江戸地震が起きている。
これだ!
しかし、あたしの了見は圓朝には言わせず、フィクションで登場させる圓朝の先輩格の長老に言わせようと、構想をスタートさせた。
Fw:電子メールで送信: t02200156_06<br />
 40045311402786557.jpg  (後略)

こんな経緯のある噺なんです。
東日本大震災と安政の江戸大地震と三遊亭圓朝が、こんな形で重なりました。
「揺れるとき」のストーリーをご紹介しましょう。
                        
安政2年10月2日(旧暦・新暦では11月11日)。
相州(相模国)の神奈川宿のはずれで一人暮らしをしている盲目の元噺家「三遊亭西生」の家を、7ヶ月前に真打に昇進したばかりの16歳の「三遊亭圓朝」が訪ねて来る。
西生は、6歳の圓朝が「小圓太」で初高座を勤めた日のことも克明に覚えていた。
また、圓朝の父「橘家圓太郎」とも親しく、二人で身延山へお参りをして、鰍沢あたりで道に迷った思い出などを語る。
西生は圓朝が気に入り、二人の会話は酒を酌み交わしながら延々と続き夜になる。
西生の師匠である初代圓生から教わった芸談から、圓朝は、西生に「寿限無」の稽古をつけてもらうことになる。
喜んだ西生が「寿限無」の後半にさしかかる頃、突然大きな地震に襲われる。
これが、安政の大地震である。
ひるんだ圓朝に、西生は微動だにせず「寿限無」を続ける・・・・。
Photo_3
明治32年10月(新暦)。
あれから44年後の日本橋木原店の寄席。
功なり名を上げた圓朝も既に還暦。
前月から体調を崩してはいたものの、トリで「怪談牡丹燈籠」を演じる。
(実は、この日が圓朝の最後の高座になる。)
この寄席の芝居に、毎日通っている60歳前後の婦人がいた。
圓朝が「牡丹燈籠」を語っている途中にまた大きな地震が起きるが、圓朝は微動だにせず噺を続ける。
そして客席でも、慌てて外に逃げ出してしまう客が多い中で、その婦人もまた微動だにせずに噺を聴いている。
寄席がはねた後、この婦人が楽屋に圓朝を訪ねて来る。
婦人は、44年前に圓朝が訪ねて稽古をしてもらった西生の一人娘だと言う。
西生は既に亡くなっていたが、生前、圓朝が訪ねてくれたことを喜び、安政の大地震にも微動だにせず稽古を受けてくれた圓朝のことを褒めていたと。
そして、地震が起こってもびくともしなかった圓朝を、父親の位牌を抱いて聴いていたと。
圓朝は、西生の位牌を立てて、お経を唱えて、西生に語りかける。

・・・こんなストーリーです。
打ち上げ
史実とフィクションを合わせた人情噺に仕立てられています。
西生は、若き圓朝への期待を込めて自らの芸論を伝える。
これこそが、圓窓師匠の噺を演ることの責任だとか、落語への姿勢を語る部分になっているのです。
一昨年の「圓朝まつり」で、初めてこの噺を聴いた時、私は「この噺こそ、我々の千早亭のメンバーが演らなくてはいけない」と、勝手に決め込みました。
それも、東日本大震災が人々の記憶に新しいうちに・・と。
そこで、恐る恐る師匠にお願いしてみました。
すると、師匠は快諾してくださいました。
そして、稽古会で「永久さんが、この噺の継承者だ」と、言ってくださいました。
「揺れるとき」は、そんな経緯のある噺なんです。
だから、演らせていただきました。

打ち上げ

beer先日の「お江戸あおば亭」の打ち上げ会での記念写真。
打ち上げ
出演者・OBだけでなく、ご贔屓の皆さまにもご出席いただき、大変賑やかな"老人会"の写真です。
私は、真ん中の最後列に立っていますが、まぁぁ何と申しましょうか・・・。
でも、皆さま本当にありがとうございました。

2013年6月14日 (金)

東京落語会

東京落語会
東京落語会
今夜は仕事の関係で、行くことが出来ませんでした。

眼科

eye数日前から右目が充血して、ウサギの眼のようになっていたので、近くの眼科医へ。
眼科
視力を測ったり、眼圧を測ったりして、目薬を2種類処方してもらいました。
薬の説明もバカッ丁寧ですね。
右眼だけに点けるのですが、左眼にも点けてあげたくなります。
だって、同い年の双子みたいなものですから。
落語には、眼病や盲人が多く出て来ます。

桂友楽師匠の記事

spa河北新報に桂友楽師匠の記事が載っていました。
「番台から一席、銭湯寄席 文化発信へ期待 仙台・かしわ湯」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130613-00000021-khks-l04
桂友楽師匠
仙台市青葉区一番町の銭湯「かしわ湯」が、男女の脱衣所を会場に月1回の寄席を始めた。開店前、昔ながらの番台を落語の高座に見立て、アマチュア落語家らが一席披露。
目指すのは誰もが気軽に集い、娯楽に親しむ銭湯文化の発信だ。
5月中旬にあった第1回「かしわ湯寄席」。
青葉亭軽茶(かるちゃー)こと大竹章雄さん(62)=青葉区=が、10人ほどの客を前に古典落語「平林」を演じた。
目の前には脱衣所を仕切る厚い壁があるが、巧みに視線を切り替え軽妙な話芸で笑いを誘った。
話し終えた大竹さんは「お客さんに聞いてもらえるのは快感。開店前とはいえ、あこがれの番台に立てた」とにっこり。
支配人を務める「青葉カルチャーセンター」(青葉区)で昨年始まった落語教室に通い、腕を磨いているという。
寄席は、かしわ湯の経営者家族で、日ごろ番台に座る谷地田光さん(41)が企画した。
谷地田さんも同じ教室で落語を習い、「かしわ亭湯華(ゆのはな)」の芸名で高座に挑戦する。
「銭湯はもともと町の社交場。懐かしい雰囲気で伝統文化の落語を楽しんでほしい」と狙いを語る。
寄席のトリは、教室の講師で師匠の桂友楽こと大友健弘さん(70)=泉区=が務める。
東北大落語研究部出身の大友さんは「東日本大震災後、落語がブームになっている。復興が進む中で、明るい笑いを求める風潮があるようだ」と話す。
次回のかしわ湯寄席は20日午後2~3時。大友さんら4人が出演する。
木戸銭は不要だが、引き続き入浴する場合は通常の入浴料400円が必要。

先日の「お江戸あおば亭」のマクラで、友楽師匠が仰っていましたが、これだったんですね。

お江戸あおば亭の映像

cd談亭志ん志師匠が、まだ1週間経っていないのに、「第5回お江戸あおば亭」のBDを送ってくださいました。
お江戸あおば亭の映像
昨夜は帰宅してから早速、最初のぽんぽこさんからトリの私まで、一気通貫で視聴したので、今朝は寝不足になってしまいました。
私はいつも、舞台の袖で進行役を勤めていますので、あまり客席から聴かせていただくことがありませんから、自分の映像だけでなく、他の出演者の映像も、大変新鮮で楽しみです。
袖で聴いていて印象に残った場面は、演者はこんな表情をしていたんだ、なんて・・・。
打ち上げ
最後の、私の「揺れるとき」。
稽古の時の録音を何度も聴いていますから、驚くようなところはありませんでした。
自分で言うのも何ですが、稽古の時に課題にしていた点は、かなり良くなっていた気がします。
実は、致命的になりそうなミスが1ヶ所あったのですが、気がついた方はいらっしゃるでしょうか?
一番の収穫は、全編に渡って、だれることなく、リズミカルに噺を進めることが出来つつあるところでした。
それから、ポイントになる台詞は、自分の言葉で語ることが出来ていたところかな?
いずれにしても、志ん志師匠、ありがとうございました。

「揺れるとき」の感想

cloverメール等で、色々な感想を頂戴しました。

私が直接受け取ったものですから、多分にお世辞も入っているかもしれませんが、様々な思いを背負って演じた噺を、客席の皆さまがどんな風に感じてくださったのか、とても照れ臭い部分もありますが、書き留めておきたいと思いました。
Fw:電子メールで送信: encho1.jpg
■ご謙遜ばかりで、乱志師匠はじめ、皆様がたの日頃の精進が偲ばれ、堪能致しました。
今から次回の“お江戸あおば亭”が楽しみです。
■この初めて聞く噺は、じっくり聞けば聞くほど味があり、感じ入りました。良い噺を有難うございました。
■大変素晴らしかったですよ。
改めて、落語があなたにとって大事なんだなと感じ入りました。
■演技力がスゴいですね。
  盲人がお酒を呑むしぐさ、また旨そうにお酒を呑むしぐさ。
  お酒が飲みたくなりました。
  それから牡丹燈籠の「からーんころーん」
  ちょっと例えが変ですが とってもきれいでした。
Fw:電子メールで送信: saved_quote_<br />
 image_180773.jpg
■西生が酒を注がれるところが、「音でわかるよ」なんていう説明が不要なぐらい良かった。
■噺
が終わったあとの拍手喝采もすごかったですね。
「さすが凄いな」という声も聞こえてきて 何だか嬉しくなりました。
■話藝の持つ味わい深さに感銘を受けました。
若き
日の圓朝と盲目の老師匠(西生)のやりとりの言葉が、心に沁みるようにとても温かかったです。情景も目に浮かぶようでした。
■藝には、演者がどういう風に生きてきたか、その人自身が全部出てしまうそうですが、乱志様の人生の年輪と申しますか、心の奥行きや厚さのようなものが感じられました。
■今までで一番心打たれる高座でした。
本当に心の琴線に触れたとき、にわかには言葉にならないとは、こういうことかと実感しました。
■いくつかのメッセージを受け取りました。
 一つは「創」ということ。それから「生きる」ということ。
 ひたすらに。動じることなく。今をしっかり掴んで。
 色々なメッセージが溢れんばかりに伝わってきました。

・・・ありがとうございます。
師匠にも、報告しました。
照れ臭いので、「無事に何とか終えられました」とだけ。

金願亭乱志

eye色々な思いを背負った高座でした。
金願亭乱志
3月に父が逝去し、暫く高座に上がれませんでした。
金願亭乱志
「揺れるとき」は、東日本大震災の直後に、師匠の「奉納落語会」でのネタ下ろしを聴き、さらにその創作のきっかけのひとつが我等「扇子っ子連・千早亭」にありと聞くに至り、「いつか必ず師匠にお許しいただいてやろう」「この噺を演るのは自分しかいないんだ」などと、勝手に思い込んでいました。
Encho2_s「奉納落語会」を一緒に聴いた「Ⅰさん」からは、「本当にあんな難しい噺をやる気なのか?」と、何度も言われ(呆れられ)ました。
実は、昨年の「千早亭落語会」で、一度高座にはかけましたが、当時は師匠が体調を崩されて休養していた時期だったので、読み稽古程度の段階での高座でした。
第二の故郷を襲った東日本大震災への強い思い、亡き父への思い、師匠から託された噺の継承、長い・暗い・つまらないとの評価に対する答え、自分自身の落語に対する様々な思い・・・。
・・・と、色々なものを背負った高座でした。
9784490206784直前の稽古で師匠から、「何度も演ってるの?」と尋ねられました。
「いいえ、昨年千早亭で一度演らせていただいただけです。」
「そう・・・。いいね、いい。
この西生が嫌味がなくてとってもいいよ。本当にいい西生に仕上がってる。」
師匠の高座本や音源とは、長さや技量の関係で、かなりカットしたり、場面の順番を変えたりしているところについては・・・、「噺の構成もすっきりしていていいよ。」
そして、師匠からアドバイスも頂戴しました。
「牡丹燈籠を演じた圓朝がお辞儀をする場面は、しっかり指を伸ばして手をつくこと。何と言っても、あの圓朝なんだから、流三(乱志)ではないのだから。」
「そしてお辞儀はゆっくりと。この時にお客さんが噺全体が終わったと勘違いして、拍手することもあるかもしれないけれども、動じることなく噺を続けることが大事だよ。」
「繰り返して稽古することによって、さらに的確な言葉が豊富に出てくるものだ。演者の持つボキャブラリーが出て来れば、完成度はさらに高くなる」・・・等々。
初詣で
「鰍沢」を思わせるシーンは、今年の元旦にお参りした鰍沢の小室山妙法寺や法論石を思い出しながら、「牡丹燈籠」の駒下駄のシーンでは、よく歩き回って知っている不忍池や清水堂を思い出しながら、「寿限無」の場面では、父の葬儀の後に行った菩提寺の境内を思い出しながら、西生の独白の部分では、あの南三陸町の瓦礫の山を思い出しながら・・・・。
月の松
冒頭で、前から言おうと決めていたフレーズを言いました。
被災地被災地
         
「六代目三遊亭圓窓作”揺れるとき”。
この噺を東日本大震災で被害に遭われた皆さまに、謹んで捧げたいと思います。
どうぞもう暫くの間、ご辛抱をお願いいたしておきます。」
と。
そして、「そうだとも、位牌(委細)承知さ」・・・。
オチを言った時、この噺で唯一の笑いがあったのが、想定外であり、望外の喜びでした。
・・・そして噺は、無事終わりました。

舞台裏

shadowちょっと舞台裏を。
舞台裏舞台の袖のぴん吉さん。
出囃子のCDの調整をしているところです。
浅草ことぶ季亭
出囃子をかけて、高座に行って座布団を返し、めくりをめくって戻ってから、演者見送り、高座でお辞儀をするタイミングで出囃子の音をフェードアウトする・・・。
こうやって、整然と落語会が進んで行きます。
ぽんぽこさん、ぴん吉さん、ありがとうございました。
新たに後輩が参加してくれれば、このお役はご免となりますが・・・。

2013年6月13日 (木)

おバカ官僚

ng脇の甘い、人の道を知らない、おバカキャリア官僚がいたもので。
復興庁で福島県の被災者支援を担当する幹部職員が、個人のツイッター上で「国家公務員」を名乗り、職務上関係する国会議員や市民団体を中傷したりするツイートを繰り返していたそうです。
この職員は総務省キャリア。
千葉県某市の副市長を経て復興庁に出向し、東京電力福島第1原発事故で約15万人が避難する福島県の支援を担当。
昨年成立した「子ども・被災者生活支援法」に基づき、具体的な支援策を定める基本方針のとりまとめに当たっている。
今年3月衆院議員会館で市民団体が開いた集会で、復興庁側の責任者としてとりまとめ状況を説明。
その日に「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」とツイート。
翌日には「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と、課題の先送りを歓迎するかのような内容をツイートしていた。
ツイートは現職に就いて以降、分かっただけで計約600回に上る。
以前は本名でツイートしていたが、昨年10月からは匿名に切り替えた。

本当にバカですね。
「全く知らなかった。不祥事とは思っていない。情報の流れが悪かった。」とほざく、プロ野球コミッショナーと同じぐらいに。
向いている方向が根本的に違っているんですね。
責任感や品性が全くありません。annoy

10万年後の人間の顔

shock「10万年後の人間の顔」とされる、大きな目の男女の画像が、世界中で話題になっているそうです。
Fw:電子メールで送信: f1.jpg
世界有数の経済紙や、アメリカの3大ネットワークの1つでも紹介されているとのこと。
アメリカ在住のアーティストで研究者の人と、大学でコンピューターゲノミクスを研究する人が作成。
2人は遠い未来、人類が地球外で生活することになると予想し、地球より光の少ない惑星に住むことなどを想定して、「10万年後の人間の顔」を予測したそうですが・・・。
・人類は、地球と比べて太陽からより離れた薄暗い星で生活するようになるため、目がとてつもなく大きくなる。
・人類は地球のオゾン層の外で生活するようになり、より有害な紫外線を浴びるようになる。その結果、紫外線からのダメージを防ぐため、肌の色素が強くなる。
・人類は重力が弱い環境、もしくは無重力の環境で生活するようになり、弱い重力による方向感覚の狂いが起きないよう、瞼が分厚くなり、眉弓(眉毛のところにある弓状の隆起)がよりくっきりする。
・惑星外での呼吸をより円滑にするため、鼻の穴が大きくなる。
・頭が大きくなることで生じる熱の放出を抑えるため、髪の毛の密度が高くなる。
・・・と、こんな顔になるそうですが、気持ち悪ぅ・・・。

下宿家さん丈さんから

mailto後輩の「下宿家さん丈」さんから、嬉しいメール。
さん丈さんは、仕事の関係で、愛知県豊川市に住んでいるのですが、近々転勤で花の東京に出て来るそうです。
落研50周年の記念誌「仙都に笑いを」では、私の寄稿の後の部分などを熱く綴ってくれています。
一緒に落語やOB会のことを語り合いたいと思います。
とても楽しみです。

表紙の違い

bookふと気がつきました。
表紙の違い
内容は同じでも、普通版と特装版(手拭い付き)とでは、表紙のデザインが違うことが分かりました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130609-00000028-mantan-ent
表紙の違い
そうですよね。
区別しておかないと。
値段も手拭い代で、かなり違いますから。

杜の家くるみさん

tulip またまたピント外れの写真ですみません。
紅一点の「杜の家くるみ」さん。
杜の家くるみさん
桂友楽師匠は、年間50回ぐらい落語を演るそうですが、くるみさんも両手両足の指に余るのではないかと思います。
お住まいの横浜では大活躍です。
持ちネタも30や40はあるのではと・・・・。
こんな逸材が、我が落研にはいるんです。
もんだどんだい、じゃなくて、どんなもんだい。
杜の家くるみさん
ご本人は、仙台がご実家で、詳しいことは存じ上げませんが、ご実家も震災の影響があったようです。
もう舞台慣れしているし、語り口調もプロ並みで、明るく軽妙な噺は絶品です。
前回ご出演の時は、噺の後で「南京玉すだれ」をご披露くださいましたが、今回は出演の人数が多いこともあって・・。
でも、玉すだれは持参していたようで、打ち上げ会の時にやってくださいました。
ありがとうございました。

舞台照明

flair気が付いた方はどれぐらいいらっしゃったでしょうか?
舞台照明
実は、私の出囃子「中の舞」が流れ始めてから、客席の照明を少し落としたんです。
芸がない分は姑息な演出です。
人情噺だし、怪談のシーンもあるので、ちょっと客席を暗くして、その気になってもらおうという魂胆でした。
ある人に聞いたら、全く気が付かなかったそうです。
ややがっくり、がっかり…。

2013年6月12日 (水)

フェアプレー?

baseballとにかくスポーツ界というのは、メインプレーヤー(アスリート)やファンたちの純粋な気持ちを逆なでするような、寄生虫のようなオヤジたちが多過ぎます。
全柔連の会長の居座り。
プロ野球で使用されている統一球が、ひそかに変更されていた。
このバカオヤジどもは、みんなどこを向いて、重要な決断をしているのかと思います。
スポーツマン?フェアプレー?
聞いて呆れてしまいます。
・全日本柔道連盟は理事会を開催し、会長は4月の理事会で「全柔連トップとしての管理責任を感じている。近く進退を明らかにしたい」と辞意を示唆していたが、「改革をやり遂げるのが、私たちの使命」と力強く続投を表明した。
・統一球は変わっていた――。
労組・日本プロ野球選手会と日本野球機構(NPB)による事務折衝が仙台行われ、飛距離を抑えることなどを目的に導入していた統一球を今季から変更していたとNPB側が認めた。12球団にも伝えられていなかった事実で、隠されてきた真実は、球界に大きな衝撃を与えた。
こんな輩が跋扈している相撲も柔道もプロ野球も、駄目ですね。

桂友楽師匠

scissors地元仙台で大活躍の、落研御三家の「桂友楽」師匠。
やはり、どうしても必要な看板です。
桂友楽師匠
今回の「つる」が、前半の「やかん」とついてしまうので、別の噺をということでしたが、素人の落語会でもあり、ご勘弁いただいて、プログラムどおりにやっていただきました。
番組を作る時に気をつけてはいるのですが、皆さんがやりたいと思っている噺を優先したいと思いますので、ある程度お許しいただきたいということで。
桂友楽師匠
マクラで、ご自身の仙台での活動と、東日本大震災の復興状況等について、とても生々しい話をしてくださいました。
仙台空港や仙台市街の復興と、すぐ傍の何も残っていない空き地とのアンバランス・・・。
震災の風化を危惧する気持ち・・・。
客席にもインパクトをもって伝わったと思います。
現在、支倉常長の遣欧使の噺を創作中ということで、秋のOB落語会にはご披露してくださるかもしれません。
落語と震災復興の語り部として、一層頑張っていただきたいと思います。

高座手拭い

eye結局、いつものとおりの当日の閃きで、この手拭いを使いました。
高座手拭い
西生が涙を拭う時と、西生の位牌として使うので、やや地味な色柄にしました。
客席からも概ね好評だったようです。

賀千家ぴん吉さん

school 若手イケ面の「賀千家ぴん吉」さん。
OB落語会では、若手の一人で、いつも高座返しをお願いしていて、まことに申し訳なく思っています。
賀千家ぴん吉さん
今日も、仙台から来てくれました。
OBの多くも学んだ、東北屈指、宮城県公立トップ進学校の先生をしているんです。
きっと、面白くて優しい先生だと思います。
賀千家ぴん吉さん
でも、落語に対する情熱は物凄く、仙台では、桂友楽師匠と二人で大活躍しています。
ぴん吉さんは、「この高座はとても怖い」と仰っています。
それはそうでしょう。
ぴん吉さんのお父さんぐらいの先輩たちが、佃煮にするほどいて、楽屋や客席から見られているんですから・・・。
でも、いつも一生懸命の高座には頭が下がります。
友楽師匠と私と3人で行った、南三陸町での復興出前寄席が懐かしく思います。
あれから間もなく2年になりますね。
仲入り後の東日本大震災復興のキーワードに、しっかり応えてくれました。

2013年6月11日 (火)

DJポリス

DJポリス
サッカー日本代表がWC出場を決めた夜、渋谷でユーモアを交えた呼びかけでサポーターを誘導し、「DJポリス」の愛称がつけられた警視庁第9機動隊広報係の男性隊員に、警視庁が警視総監賞を授与することが正式に決まったそうです。
雑踏警備の功績で総監賞を贈るのは初めて。表彰理由は「現場の状況と空気を読んだ巧みな話術がサポーターらの心を捉え、理解と協力を得られたからだと。
巧みと言えば巧み。
下手(したて)に出過ぎと言う気もしないではありません。
「北風と太陽」という有名な話がありましたが、ちょっと似ている?
それにしても、広報活動のための話法を始めとする、特別な訓練を受けたエリートの警察官だそうです。

一体いつのこと?

clockこれは、いつなのでしょうか?
「落語研究会」の放映の告知。
15日(土)深夜4時20分から地上波にて・・・をお送りいたします。
恐らく、6月15日(土)の午前4時20分だと思いますが。
しかし、これを「深夜4時20分」と言いますか?
言うならむしろ「早朝4時20分」と言う方が正しいと思います。
???と言うことは、上の解釈は正しくないということ?
深夜」というのは、夜のさらに遅い時間帯ですから、6月14日(土)の夜のさらに遅い夜。
要するに、土曜日の夜から
日が変わった日曜日の午前4時20分ということ?
どっちなんでしょう?
放送局とは思えない、とても分かりづらい表現です。
ところで、よく「午後12時半」とかいう表現をする人がいます。
お昼(正午)から30分過ぎた時刻の表現です。
正しくは、午後0時30分か、12時30分。
午前も午後も12時までで、12時を過ぎる時刻はありえません。
結構、こういう表現をする人はいるようですね。
これと同じような、初歩的な混同のような気がします。

仲入り

paper開演から約1時間半。
仲入り
井の線亭ぽんぽこさんから5人の高座が順調に済んで、早くもお仲入りです。
仲入り
驚くほどのスピードでした。
出演者が多いので、みんながマクラを短めにしたり、噺を一部カットしたのかもしれません。
おかげさまで、会場はほぼ満席。
例によって窮屈で申し訳なく思います。
仲入りの楽屋では、仲入り後を、東日本大震災復興をテーマにしようと言うことになりました。
仙台から来てくれたぴん吉さんと友楽師匠が、最近の様子などを語ってくれるでしょう。
馴染みのない私の噺も、地震が大きなテーマになっていますから、お客さまに訴えやすくなるかもしれません。
さぁ、仲入り後の開演です。

談亭志ん志師匠

bomb いよっsign01待ってましたsign03
落研御三家の雄、「談亭志ん志」師匠の上がりには、必ずあちらこちらから声がかかります。
今回も目玉であることは間違いありません。
談亭志ん志師匠
今回の落語会がこんなに賑やかに開催できたのは、もう全て志ん志師匠のご尽力によるものだと言っても過言ではありません。
私が、僭越ながらトリを取らせていただくことが出来るのも、この偉大な先輩の包容力のなせるものだと、心から感謝しています。
談亭志ん志師匠
もちろん、至芸は健在。
マクラでは、必ず「お客さまにはご愁傷さまで」とご謙遜から入り、噺で客席をどか~んと爆笑の渦に誘い込むという・・・。
噺の選び方も素晴らしく、志ん志師匠のお人柄が出て、芸風に加えた楽しさ・明るさに溢れています。
私のお客さんでも、やはり志ん志師匠と寝蔵師匠のファンは多く、必ず「今回も出るんでしょ?」と、尋ねられます。
楽屋で、「次の一番丁はずみ亭は、いつ頃やりましょうか」と、また良からぬ相談が始まりました。
落語中毒、ここに極まれり・・・。

会場での配布物

memo会場では、落語会のプログラムだけではなく、会報「あおば亭」の最新号も配布しました。
会場での配布物
基本的にはOBを対象にしていますが、一般のお客さまにも読んでもらおうという訳。
プログラムの裏表紙には、「お江戸あおば亭めもりーず」と、過去4回の番組を紹介しました。
会場での配布物
一歩一歩の積み重ねが大切ですね。

破れ家笑児師匠

eyeglassすみません。
写真がぼやけてしまいました。
破れ家笑児師匠
だからと言って、噺がぼやけている訳ではありません。
破れ家笑児さんの「やかん」。
破れ家笑児師匠
この、飄々とした、ライト感覚の、とても楽しい雰囲気の高座が大好きです。
私が、逆立ちをしても出せない、本当にい~い味なんです。
この「やかん」というのは、笑児さんが入部した時に、同期の「北々亭芋助」さんが演った噺で、私も印象に残っていて、きっとほとんど覚えてしまっていたのではないかと思います。
落語芸術協会がやっている「花伝舎」で、プロの噺家さんから指導も受けているし、蕪生師匠と、この浅草ことぶ季亭のお席亭の弥生師匠から、三味線なども習っていて、渋い人です。
「笑児乱志二人会」構想も、「一番丁はずみ亭」で、一旦控えていますが、そのうち・・とー勝手に思っています。
今回は、2年先輩のとん平師匠、1年後輩の笑児さんと、現役時代に一緒に過ごした人たちと、また同じ高座に上がれる幸せも感じました。

2013年6月10日 (月)

外部講演会

karaokeある講演会に出席しています。
外部講演会
公正な採用のために、人事担当者などを対象にしているものです。
土曜日の後遺症か、まだ身体もだるく、腰の痛みも残っている中で、座っていられるのは、正直ありがたい限りです。
とは言え、大変重たい内容ですから、居眠りは出来ません。
昨日の稽古の時に、師匠に「落語って重労働ですね」と言ったら、「そうだよ。正座と言うには身体のために良くないんだよ」と仰いました。

番組の趣向

confident「今回は、ことのほか変化に富んでましたね。番組表に趣向を凝らしていたことがわかりました。出演数は多くてもお客さんも聞きやすかったと思います。」
・・・という感想を頂戴しました。
9名がバラエティーに富んだ噺だったということもあると思いますが、仲入り後は、「東日本大震災復興スペシャル」というイメージを出そうという趣向もありました。
第5回お江戸あおば亭
実は、事前にはあまり申し上げなかったのですが、被災地にある大学として、第二の故郷のことに触れたかったのです。
仲入り前は、全員東北出身ではないメンバーにしました。
そして、仲入り後は、仙台在住・仙台出身のメンバーにし、トリで地震をテーマにした噺を入れたという訳です。
賀千家ぴん吉さんと桂友楽師匠は、仙台から来てくださいました。
杜の家くるみさんは実家が仙台です。
それぞれ、ボランティア活動も積極的にやっています。
仲入りの時に、そんな話をさりげなくすると、友楽師匠が聞いてくださり、震災の風化を防ぐためにも・・ということで、趣向に乗ってくださいました。
平和な海
思えば、私が南三陸町にボランティアで落語をやりに行った時に、一緒だったのが、ぴん吉さんと友楽師匠のお二人でしたから、強く通じるものがありました。
そんな思いを忖度してくださった方も客席に多くいらっしゃったようで、こんな感想も頂戴しました。
「あの震災も、東北の方々には全く風化しないまま、リアルな問題として今も存在しているのだ、と胸が痛みました。後半の4人の方々のお話には、地域への深い愛が感じられました。」
ところで、このブログへのアクセス累計が45万件に到達します。 とてもありがたいことだと思います。

南亭蕪生師匠

flag落研四天王の蕪生師匠。
私の知人が、前回お演りになった「転宅」でのお菊さんという女性が素敵だったとベタ褒めでした。
南亭蕪生師匠
今回は、女性の登場はありませんが、持ち前の明るく通る声での高座です。
とにかく芸達者で、三味線や謡曲やら。
今度は、蕪生師匠と笑児さんの端唄の師匠であり、ことぶ季亭の席亭でもある花季彌生師匠の上位同人組織「花季会」の大規模な発表会があり、国立演芸場の舞台に前座で上がり、ゲストで出演する柳亭市馬師匠の端唄の脇三味線をお勤めになるそうです。
南亭蕪生師匠
私の噺にも、いつも辛口のコメントをしてくださいます。
次回の噺も「千早振る」あたりを考えていらっしゃるようです。

お江戸あおば亭の感想

clover「お江戸あおば亭」の感想をメールで頂戴しています。
出演者のお身内の方からも含めて、お褒めの言葉が多く、ホッとしているところです。

「それぞれが個性あって、楽しい話を聞かせてもらいました。」
「皆さん高座に慣れて落ち着きがみられ安心して聞けました。」
「東北大学のレベルの高さには驚きました。」
「皆様方の日頃の精進が偲ばれ、堪能致しました。」
「今から次回が楽しみです。」
「出演者各位は回を重ねる毎にレベルアップしておられるのに感心いたしました。」

「今回は、ことのほか変化に富んでました。番組表に趣向を凝らしていたことがわかりました。
出演数は多くてもお客さんも聞きやすかったと思います。」

そして、長老の四分椿師匠からは・・・、
「熱心に聴いているので、9席もあると疲れます。(余り熱心に聴かないでくれ?)
次回は短くてもいいですから色物をはさむこと、検討してください。」

・・・やはり「継続は力なり」で、5回続けている効果が出て来ているようです。
それから、常連・ご贔屓は、さらなるレベルアップも期待してくださっているようですから、頑張らないといけません。
そうそう、色物も考えないと・・・。
いずれにしても、ありがとうございます。

杜の家とん平師匠

bottle何と40年ぶりの高座だそうです。
由緒ある「杜の家とん平」の三代目の登場。
杜の家とん平師匠
落研の2年先輩、大変優しい先輩でした。
OB落語会には来ていただいていて、我々の高座をご覧になって、ムラムラと往年の情熱が沸き上がって来たのかもしれません。
この1月からは、落語っ子連の仲間にもなってくださり、本日の「豆屋」も、稽古で圓窓師匠に上げてもらったものです。
どうです、この表情。
杜の家とん平師匠
会場には、90歳で矍鑠としていらっしゃるお父上と、2人の娘さんとお孫さんと、一族4代が勢ぞろいして、高座を楽しんでいらっしゃいました。
今日のために新調した着物と帯が、とてもお似合いでした。
また1人、中毒患者が増えました。
高座の写真は、恋し家古狂師匠の激写によるものです。

汗対策

coldsweats01高座で厄介なのは、デブゆえに汗をかくことこと。sweat01
汗対策
スリムな笑児さんや、若いぽんぽこさんは、汗などかかず、実にクールなものです。
身体は仕方ないにしても、頭や額から、顔や首筋に流れ出しているのがお客さま見えるのは、あまり美しくありません。
それよりも、汗が目に入ったりすると、目を開けていられなくなり、とても大変なんです。
そこで、脇の下などに使う制汗デオドラントスプレーを、髪の生え際から額、頬から顎に使ってみました。
パウダーが入っているため、顔が少し白くなり、肌がサラサラになりました。
ただし、気をつけないと黒紋付きが白くなってしまいそう。
さて効用は?
何もしないより、かなり制汗効果はあるようです。
次回も忘れずに持って行こうと思います。
ところが、使わなかった身体は汗びっしょり。
肌襦袢、ステテコはどっしりと重たくなるほどで、長襦袢も濡れていました。

井の線亭ぽんぽこさん

budOB最若手のぽんぽこさん。
井の線亭ぽんぽこさん
大学院を修了して、今年めでたく郷里の新潟の某市役所に就職しました。
お江戸あおば亭には第1回に出演してくれましたから、3年ぶりのお目見えです。
饅頭怖いに入る前、自虐的な自己紹介をし、謎かけを披露したり…。
とにかく落語好きで、ひたむきさには頭が下がります。
井の線亭ぽんぽこさん
年代が違いますから、アプローチも違うとは思いますが、頼りになる後輩です。
もう暫くは、落語会での高座返しをお願いします。
後輩が来るまで。
新潟からありがとう。
今度は11月にまた、楽屋で会おう。

2013年6月 9日 (日)

聴かせ稽古

eye オジサンたちが打合せ? そうじゃありませんよ。
聴かせ稽古
我々落語っ子連の稽古の後、午後2時からは、語りっ子連・紅巣亭の稽古です。
今日は我々が早めに終わったので、紅巣亭の新メンバーに、師匠から聴かせ稽古を始めました。
我々も見学することに。
「半分垢」を録音して、ネタ帳を作ることになる訳です。
着物ではなく、本番でもありませんが、こんな近くでプロの噺を聴か
せてもらえるなんて。

落語っ子連稽古会

cherry昨日のOB落語会直後の稽古会。
落語っ子連稽古会
奇しくも、仙三さんと新参さんの初代頓平・三代とん平コンビと私の落研OB3人とまど音さんの4人の参加。
落語っ子連稽古会
 ◇ 千早振る      三流亭新参
 ◇ 鼓ヶ滝        三流亭仙三
 ◇ 三味線栗毛   三流亭流三
 ◇ 道灌         三流亭まど音
落語っ子連稽古会
新参さんは、昨日のお江戸あおば亭で、40年ぶりの高座に上がったばかりですか、もう次の噺にチャレンジ開始です。
仙三さんも、11月のOB落語会に照準を合わせていらっしゃる様子。
私は、中断していた三味線栗毛の再起動です。
落語っ子連稽古会
師匠から、ホームページの開設と年間2回程度の会報作りの依頼がありました。
ちょっと調べたり、工夫したりしてみたいと思います。
身体が重くてだるいのは相変わらずですが、今日も楽しい時間でした。

お礼参り

dollar今日は落語っ子連の稽古日。
お礼参り
深川不動に参って、昨日の高座のお礼。
般若心経の御守の御利益に感謝です。
お礼参り
それから、母が足腰が痛いと言うので、足御守を求めました。
ちょっと心配しています。

大先輩のこと

shadowお江戸あおば亭が、5回目の節目を盛大のうちにお開きなりました。
大先輩のこと
ふと、落研の創始者で、5年半前に急逝された初代麻雀亭駄楽師匠を思いました。
いつか東京でOB落語会をと、夢見ておられました。
「師匠これでいいですか?」とお伺いしたら、「揺れるとき」の西生のように、「委細承知だよ」と言ってくださるでしょうか?

落語はやおき亭

musicボーッとしながら聴きました。
 ◇ 青菜     桂九雀
もともと上方の噺だそうですが、寄席でもよく演じられています。
最近は「弁慶にしておけ」というオチが分からない人も多いようです。
ところで、このブログのアクセス累計が、間もなく45万件になります。

抜け殻

weep何となく身体中が筋肉痛になっているようです。
身体と気持ちが別々に生きているような気がします。
足のだるさと、肩、背中、腰と腿の痛み。
昨日の後遺症です。
ある意味では心地よいのでしょうか?
この脱力感、とても不思議な感覚です。

落語DEデート

coldsweats02身体中がだるくて、ところどころ痛みがあります。
昨日の高座の後遺症です。
改めて、落語は重労働なんだなというのが分かります。
昨夜は、興奮状態のクールダウンのため、早くから横になっていましたから、今朝は意識だけはしっかりしているみたいです。
  ◇ 笠碁   八代目三笑亭可楽
こんなにあっさりやっていいのかなぁと思います。

2013年6月 8日 (土)

帰り道

beerお江戸あおば亭がハネた後、いつもの中華料理屋さんで打ち上げ。
打ち上げ
OBだけでなく、ご贔屓の方々もご出席いただいています。
「次は、芝浜か文七元結をやってよ」などと言っていただいたり、お褒めの言葉を頂戴しました。
いつも大変厳しいコメントをしてくださる、愉し家弁痴師匠からも、盲人が酒を飲む仕草が良かったと、初めて褒めていただきました。
自分なりには、出来が良かったかどうかが分かりませんでしたが、とにかく全体として、良い落語会にはなりました。
帰り道
打ち上げが終わり、これもいつものように、重いバッグを肩に掛けて、ボーッとしながら、浅草駅にトボトボ歩く視界に、薄暮の向こうにスカイツリーが見えました。
この脱力感が感じたくて。
やっと終わりました。
肩に食い込むバッグの重さも、快感なのかもしれません。
ありがとう…と、色々な人や物に感謝しながら駅まで。

第5回お江戸あおば亭

event出演者が最多の9名ということですが、比較的軽くて短めの噺が多いので、プログラムは順調に進んで行きます。
第5回お江戸あおば亭
ぴん吉さんとぽんぽこさんが、てきぱきと高座返しや出囃子をやってくれて、とても心強い。
客席の反応も良く。
第5回お江戸あおば亭

志ん志師匠の万金丹で仲入りが2時半頃。
実は、仲入り後は、仙台から来た2人と、仙台が実家のくるみさん、私が「揺れるとき」ですから、密かに仙台震災復興をテーマの番組にしました。
第二の故郷の災禍を風化させてはいけませんから。
トリの私は、「六代目三遊亭圓窓作“揺れるとき”。この噺を、東日本大震災で被害に遭われました皆様に、謹んで捧げます。」とだけ言って、噺に入りました。
今日も盛大な落語会になりました。
たくさんの皆さまのご来場ありがとうございました。

お江戸あおば亭開演

sun今日も大勢のお客さまにご来場いただきました。

本当にありがたいことです。
私のご贔屓も何人も来てくださいました。
そして13時ちょうど。
お江戸あおば亭開演
第5回お江戸あおば亭の開演です。
トップバッターの井の線亭ぽんぽこさん。
舞台の袖で深呼吸をして、さぁ高座へ。

浅草ことぶ季亭

event11時過ぎに「浅草ことぶ季亭」に着くと、もう破れ家笑児さんが来ていて、座椅子なども並べてくれていました。
浅草ことぶ季亭
いやぁ、大変助かりました。
浅草ことぶ季亭
早速、めくりもセットして、高座も出来上がり。
いよいよ気持ちが盛り上がって来ました。
浅草ことぶ季亭
仙台から友楽師匠とぴん吉さん、新潟からぽんぽこ君も到着。
とても嬉しい。
とても楽しい。

本日は晴天なり

sprinkleどういう訳か、浅草ことぶ季亭では、自主公演の「一番丁はずみ亭」も含めると、7回目の落語会ですが、いつも雨降りのようなイメージがあります。
本日は晴天なり
ところが、朝方は曇っていたものの、好天になって来ました。
室内でやるのだから関係ないとはいえ、やはり晴れたほうが良いですから。

当日の内職

eventさあいよいよ本番です。
いつものとおり、早めに家を出ました。
当日の内職
会場近くのファミレスでモーニングを食べた後は、「内職」をしないといけません。
当日の内職
印刷しておいたプログラムを半分に折る作業です。
いつもの通り、1枚1枚に気持ちを込めて折りました。
とりあえず60部枚。
当日の内職
どんな落語会になるでしょうか・・・。お楽しみ。

昭和元禄落語心中(4)

book発売日だということなので、昨日本屋に立ち寄りました。
昭和元禄落語心中(4)
新刊のコーナーに積んでありました。
期待はしていないものの、手拭いが付いている特装版を買いました。
昭和元禄落語心中(4)
読破するには15分程度しかかかりません。
主人公の絵(キャラクター)が今一つしっくりしません。
昭和元禄落語心中(4)
次巻の刊行は来春だそうです。

2013年6月 7日 (金)

歩き稽古~皇居編

shoe歩き稽古というよりは、ウォーキングかもしれません。
今朝は、内堀通りを渡って皇居外苑から二重橋を目指しました。

7時前、走っている人も、外国人観光客もまばらにはいます。

やはり気が散って、稽古になったかどうかは甚だ疑問です。
それでも、一番苦手な部分のお浚いは出来たかな?
ただし、新たな心配が・・。
時々、「圓朝さん」ではなく「矩随さん」と言ってしまうんです。
あまり意識し過ぎでも駄目ですが、私はこの手のミスが多いので。

歩いているうちに、何となく空から落ちて来るものを感じましたので、日比谷公園を急いで抜けました。
梅雨ですから、そろそろ降ってもらわないと。
いよいよ明日に迫りました。

深夜3時?

clockTBSの落語研究会の放送は、いつも深夜です。
BS-TBSでは「第一金曜日の深夜3時」と情宣されています。
金曜日の深夜3時というのは、金曜日の午前3時のこと?
それとも、金曜日の夜遅い3時だから土曜日の午前3時?
6月7日(金)は、古今亭菊丸師匠の「浜野矩随」でした。
もう終わってるんですか? 今夜帰ってからですか?
どうも紛らわしい表示です。
聴き逃してしまいましたか・・・。
最近は、27時とかいう形で表示している場合があります。
24時を越えて3時間だから、翌日の午前3時ということ。
かえってこの方が分かりやすいと思うのですが・・・。
現に、TBS地上放送のHPでは、「放送予定時間」として、「6月16日(日)あさ4:25~(6月15日(土)28:25~)」という表現になっていました。
それはそうと、別の観点から、ちょっと表現がおかしいと思います。
「放送予定時間」と「時間」と言っているのですから、文字通り「何時から何時」あるいは「何時から何時間」と表現しなければいけないと思います。
だから、「あさ4時25分~」と言うのは正しくないのでは?
こう表現するなら、「放送予定時刻」が正しいと思います。
放送局の皆さん、そのあたりどのように思いますか?

昭和元禄落語心中(4)

book雲田はるこ「昭和元禄落語心中」4巻の通常版と手ぬぐい付き特装版が、本日同時発売されるそうです。
Fw:電子メールで送信: v2.jpg
特装版の手ぬぐいは、作者自ら手がけたオリジナルデザインだそうです。
ついに助六、破門となった。
落語をやめるな、師匠に詫びろ、必死にくどく菊比古に、それでも耳を貸しちゃくれねぇ。
あげくに身重のみよ吉と、手に手を取っての道行きだ。
独り落語に打ち込む菊比古に、今わの際の七代目、明かした「八雲」と「助六」の巡る因縁話たぁ……!?
今までのストーリーなど忘れてしまっていますから。
個人的には、現在刊行進行中のもので比べるならば、「どうらく息子」の方が、私は現実的で好きですが。

弾丸登山

fuji 初めて聞く言葉でした。「弾丸登山」。
弾丸登山とは、睡眠などを取らずに山頂を目指すこと。
富士山の世界文化遺産登録が確実となり、登山者増加が見込まれる中、山梨、静岡両県は観光庁に、徹夜で登る「弾丸登山」の自粛を旅行業団体などを通じて呼び掛けるよう求めたそうです。
富士山の弾丸登山は、5合目から夜間に登り、頂上でご来光を見てすぐ下山するスタイル。
暗い中、ガイドもいない環境での登山には道に迷ったり足を踏み外したりする危険もありますし、途中で体調を壊すなどして登頂出来ないことも起こりますよ。
それにしても、山頂の「渋滞」は尋常ではありません。
自然を守る上からも、様々な危険を回避する上からも、遭難時などのコストの面からも、入山料の徴収も含めて、一定の制限をして欲しいと思います。




富士山がかわいそうですよ。
静かに眺めている山だと、地元の者としては思うのですが。

2013年6月 6日 (木)

銀座暮色

restaurant仕事の後、銀座に行って食事をしようと。
銀座暮色
薄暮の銀座4丁目交差点は、今日の仕事を終えたのであろう多くの人たちが行き交っています。
銀座暮色
鳩居堂は創業350年になるそうです。
銀座暮色
今日は6月6日。
習い事は6歳の6月6日から始めると良いといわれているので、今日は「楽器の日」。
山野楽器の店頭にも「楽器の日」の幟がありました。
ちょっと中に入って、落語のCDやDVDを眺めました。
銀座暮色
目的は、木村家3階のグリル。
料理もさることながら、老舗のパン屋さんらしく、食事のパンが食べ放題というのに誘われて、よく行くんです。

めくり

pen 「H先生」にお願いしていためくりが届きました。
ある意味で、高座の主役のアイテムですから、これで準備万端だと思います。
様々な方々のご好意やご贔屓によって支えられていること実感します。
楽しい落語会にしたいと思います。

歩き稽古〜地下道編

foot今朝は初めて、二重橋前から日比谷までの通路を歩いて歩き稽古をしてみました。
歩き稽古〜地下道編
朝からかなり蒸し暑いので、昨日のように外を歩かず、地下に潜ることにしました。
ちょうど、お堀と平行して大手町から日比谷公園まで直線で続く通路です。
途中、東京メトロと都営三田線の日比谷駅の改札口がありますので、人が多く通る所もありますが、駅と駅の間は、この時間はまだ歩いている人もまばらです。
最初から一通り浚ってみました。
歩き稽古というのは、リズムは取りやすいのですが、集中力が散漫になるという弱点がありますから、どうしても言葉が出て来なかったり、言い澱んだりしてしまいます。
やや不安を増長させて・・・。日比谷公園に出ました。
あと2日です。

笑いの効能

(*^-^)仕事の関係ですが、こんなメルマガを受け取りました。
Fw:電子メールで送信: image0564_2.<br />
 jpgFw:電子メールで送信: image0564_2.<br />
 jpgFw:電子メールで送信: image0564_2.<br />
 jpg
     ≪笑うと身体にいい成分が出るらしい・・・?!≫
■「笑って」「泣いて」ストレス解消
梅雨に入り、カラッとしない気候になってきましたね。
天気に左右されて、気分もスッキリしないこと、ありませんか。
そんなとき、映画を選ぶとしたら、大笑いできるコメディか、しみじみ泣ける感動ドラマか、
あなたなら、どちらを選びますか?
実は、「笑う」「泣く」、
この両方にストレス解消効果があるそうなんです。
そこで今回は、「笑い」についてお伝えしたいと思います。
■笑う門には健康が来る?!
笑いの健康への影響については
様々な研究が活発に行われています。
笑いの聖地と言われる大阪府が公開している「大阪発笑いのススメ」によれば、漫才や新喜劇を患者さんに見せたところ、免疫力に欠かせないNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化し、落語を見た患者さんは、ストレスが加わると血液中に増加する「コルチゾール」値が低下したなど、数々の事例が紹介されていました。
■リラックス効果も?
笑いは自律神経系にも関係しているようです。
笑っているときには、
基本的に対応・対決モードである交感神経の活動が低下し、エネルギー蓄えモードの副交感神経が優位に。
つまりリラックスした状態になります。
■笑うから楽しい?
一般には、「楽しいから笑う」と考えられていますが、逆に、「笑う表情をするだけでも楽しくなる」という考え方(顔面フィードバック仮説)もあり、多くの研究者によって論争が続いているとのことです。
ぜひ今後の研究に期待したいところですが、確かに、いつもブスーっとした顔をしているより笑っているほうが気持ちも違ってくる気がします。
■暮らしに笑いを補給しよう!
笑いの研究は途上ですが、効用は色々あると言えそうです。
「笑う門に福来る」ということわざは先人の知恵なのかもしれませんね。

・・・落語を聴く人は健康に良いかもしれませんが、演る側は身体に良くない気もします。
私など、週末の落語会にテンパッていて、とてもストレス解消など。
あっ、私の噺には笑いがありませんから、それでか。

落語会の準備

event気がつけば、もう時間がありません。
mm
当日の色々な準備をしなくては・・・。
まず、プログラム70部ほどと、会報30部ほどを印刷しました。
とりあえず間に合うでしょう。
用紙は、前回使ったものが残っていた分で十分足りました。
めくりは、H先生にお願いしてありますので、恐らく前日に届くものと思われます。
今回は、寝蔵師匠がご出演にならないので、残念ながら生の太鼓は聴くことが出来ません。
全て出囃子のCDでやりますが、これは会場にあるのでよし。
さて、当日の高座返しは、いつものことで申し訳ないと思いますが、仲入り前は賀千家ぴん吉さん、仲入り後は井の線亭ぽんぽこさんに、当日その場でお願いしようと思います。
それから、開演前のご挨拶は入れずに、そのまま普通に開演することにしましょう。
ご芳名帳の用紙は、志ん志師匠にお願いしました。
今回は、「落研御三家」の一人の寝蔵師匠のご出演がなく、ご来客はやや少なめで、いくらか客席に余裕が出来るかもしれません。
・・・あと何か忘れていることはないかな・・・?

2013年6月 5日 (水)

新橋

bottle最近は、仕事でのストレスも溜まって来ていますので・・。
新橋

会社の同僚を誘って、軽く一杯というのも多くなりつつあります。
尤も、ほとんど下戸の私は、グラスの生ビール一杯程度です。
虎ノ門から新橋に向かっては、贅沢を言わなければ、飲み屋など五万とある状態です。
とはいえ、帯に短し襷に長しで、「これは!」という店には、なかなか辿り着けません。
とうとう、烏森神社を通り過ぎ、ガードをくぐった所まで足を伸ばし、それはそれは大衆的な居酒屋に入りました。
チュウハイやハイポールなどは一杯100円。
ところが、料理(つまみ・肴)のコストパフォーマンスは今一歩。
ここは、とにかく酒を飲みたい人の来る店で、私が「裏を返す」ことはないでしょう。
先週行った店も裏は返せそうもありませんから、私にとっては2週連続で外れでした。

うえの

book鈴本演芸場のロビーに置いてあった「うえの」。
うえの
なかなか味のある冊子で、時々読ませていただいています。
様々な分野の方が寄稿されていて、とても好きです。
6月号もなかなかでした。
と言って、内容を言わないという・・・。
紙切りの林家正楽師匠も書いて(切って)いました。
都心のターミナルでありながら、色々な顔を持っている街で、田舎臭いところもいいですね。

日比谷濠

shoe今朝も昨日と同様、二重橋前で下車しての歩き稽古です。
日比谷濠
今日は、西生が酒を飲みながら、身延詣りの思い出話をする場面からオチまで。
日比谷濠
このあたりは、皇居の「日比谷濠」と呼ばれている所です。
馬場先門から日比谷門までの間の呼称のようです。
馬場先門は日比谷門と和田倉門の間にあり不開門(あかずのもん)と称されていましたが、日露戦争後、明治39(1906)年に馬場先濠は埋め立てられ、馬場先門は撤去され、現在は、石垣の一部が残存しているだけです。
日比谷濠
日比谷濠は、徳川家康が江戸入府時には日比谷入江と称される海岸線だったそうです。神田山の切り崩しによって、土と桜田濠の開削時の土で、日比谷入江は埋め立てられ、その日比谷入江の名残が日比谷濠という訳です。
以前聞いた話ですが、この日比谷濠の突端にある水門が、皇居のお濠の最も"下流"にあたり、ここから排水されているそうです。
江戸時代には、江戸城の内郭にある門のひとつ日比谷門に、三十六見附のひとつ日比谷見附が置かれていたそうで、日比谷公園の中に跡が残っています。
日比谷濠
どうも、周りを見ながら歩いているので、稽古には身が入っていないかもしれません。

芒種

sun二十四節気の芒種。
Fw:電子メールで送信: %E8%9B%8D.jp<br />
 g
稲や麦など芒(のぎ)のある穀物の種蒔きの時期。
蟷螂や蛍が現れ始め、梅の実が黄ばみ始める頃。
そうか蛍か・・・。
田舎で見られないかなぁ・・・。

WC…

soccerとりあえず、大きな大会に出られることが決まったのは、ご同慶の至りではありますが。
後の、必ずしも当事者でもない輩たちの騒ぎは、毎度のことながら辟易します。
見ていて滑稽で、愚者たちが悲しく思えます。
さらに馬鹿なマスコミが煽って報道するに至っては、この国の民度の低さを痛感します。

2013年6月 4日 (火)

歩き稽古~二重橋前編

shoe梅雨の晴れ間を利用して、本番まで残り少なくなったので。

今朝は、いつもより2駅前の「二重橋前」で下車し、お堀端を通ってから日比谷公園へというロングコースです。

人通りも少ないし、適当な日影になっているし、歩き稽古には良いコンディションですが、途中には色々なものがあって、噺に集中出来ません。

普段の歩き稽古で降りる日比谷駅を通過して、お堀沿いに日比谷公園に向かいます。

このあたりで「寿限無」をやり、日比谷公園に入ったあたりで「牡丹燈籠」をやるシーンという感じです。

花壇の綺麗な花を見た時は、最後の場面で「般若心経」を唱えるあたり・・・。

注意散漫ながら、一通り浚うことは出来ました。
今日も暑くなりそうです。

3ヶ月

shadow父が逝ったのは、まだ寒さの残る3月4日の早朝でした。
3ヶ月
あの悲しい朝から3ヶ月経ちました。
もう?という気持ちと、まだ?という気持ちが錯綜しています。
父は落語のことは全く知りませんでしたが、最近、落語の稽古をやっていると、例えば「揺れるとき」の中の三遊亭西生という元噺家のところどころに、父が宿っているような気がします。
直接何か諭したりする父ではありませんでしたが、倅を信頼しながらも心配していた、ありし日の姿を思い出します。

川面を見つめて

sun先日の日曜日。
江戸川に行く途中に通った松戸神社。

こじんまりとはしていますが、お宮参りの夫婦もいたり、ご近所の方がお参りに来ていたり、平和な風情です。

松戸は、江戸川の河口からちょうど20キロ。

東日本大震災の時に、津波のために北上川や名取川や七北田川を逆流する濁流を目の当たりにしましたが、こんな静かな流れにも、津波は20キロ遡上して来るでしょうか?



以前住んでいた近くにある神社は「水神宮」です。

かつては、この川面も、猛り狂うことがあったのでしょう・・・。

2013年6月 3日 (月)

今日は寄席の日

event6月第一月曜日の今日は「寄席の日」です。
私は、一昨日の土曜日に鈴本演芸場の上席初日に行きましたから。
http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Topics/Details/a5eb90d1-bd93-4cd9-9d8e-25a2b6bcddc4

間男

toilet噺家は世上のアラで飯を食い。
某元アイドルタレントの不倫離婚の話題で、三流週刊誌や放送局が騒いでいますが、意外なことに、品ある?伝統芸能も影響を受けているという・・・。
寄席で”間男”ネタをやりたがる噺家さんが増えているそうです。
間男と言うのは、人妻と関係をもつ男のことやその状況のことを言いますが、落語ではよくネタにされる人気キャラクターです。
不倫がバレたりバレそうになったとき男が必死になればなるほど、その慌てぶりが面白いですから。
「風呂敷」や「紙入れ」あたりをやりたがる噺家さんが多いそうで。
やれやれ。
呆れたやれやれか、どんどんやれやれか・・・。

鐘がボンとなりゃさ…

notes鐘がぁ~ ボンとなりゃぁさ
 上げ潮ぉ、 南さ
 カラスがパッと出りゃ コラサノサ
 骨(こつ)がある、サーイサイ
 そのまた骨にさ
 酒をば、かけてさ
 骨がべべ(紅)きてコラサノサ
 礼に来るサーイサイ
 そら、スチャラカチャンたらスチャラカチャン!note
鐘がボンとなりゃさ…
「野ざらし」の舞台は大川ですが、きっとこんな場所に人骨が野ざらしになっていたのかなぁと思いながら、江戸川を歩きました。
鐘がボンとなりゃさ…
人の背丈より高く茂った雑草が、細い道を塞いでいて、突然視界が明けると川岸になる。
日の高いうちだから別に感じませんでしたが、日が傾いて暗くなると・・、ちょっと不気味な雰囲気になるでしょうね。

2013年6月 2日 (日)

高座手拭いコレクション?

dramaほんのごくごく一部です。
稽古グッズ?
最近の高座で使った手拭いの一部です。
稽古グッズ?
それから、まだ使っていない手拭い。
それぞれ演目や着物の色、季節やその時の気分で使おうと思っています。
今度の高座は、何と半年ぶりで、最近では長いブランクです。
やや緊張気味です。

夜の稽古

event「本番」はもう次の土曜日ですから、着物やら襦袢やら帯、足袋を準備しました。
夜の稽古
昼間の稽古で日に焼けたと見えて、顔がごわごわしています。
夜になって一度浚ってみました。
稽古用の浴衣を来て、安物の角帯を締めて、前に鏡を立てて…。
扇子は学生時代に使っていた黄ばんだ物。
手拭いは、今夜は新しく朱鷺の模様のをおろしました。
稽古グッズ?
かなり師匠の映像や高座本とは離れて、オリジナルに台詞を入れていますから、語り込むことが必要です。
でも、自分の言葉で語れるのは、師匠が褒めてくださったように、今までの私の経験や知識から出て来るものがあるからだそうですから、自信を持って行こうと思います。

歩き稽古~江戸川編

shoe初心に返って歩き稽古。
歩き稽古~<br />
 江戸川編

自宅に引きこもっていても焦るだけなので、以前やったことのある江戸川河川敷で歩き稽古をやろうと、勇躍家を飛び出しました。
歩き稽古~<br />
 江戸川編
日は射していますが、風が爽やかに吹いて、なかなかのコンディションです。
ちょうど正午、道草しながら、1回通しで浚いました。

コンビニで買ったお茶とおにぎりで一休みして、もう一度通してみようという気になりますかどうか…。

追い出し太鼓

eventこれも大好きな寄席のシーンです。
追い出し太鼓
追い出し太鼓、ハネ太鼓とも言いますが、鈴本演芸場では、テケツの上で前座さんが叩きます。
追い出し太鼓
寄席の終演、お客さんが帰る時に打つのがハネ太鼓です。
ドロドロドロと打ちおろすと同時に、楽屋にいる前座・二ツ目さんが全員で「ありがとーございました、ありがとーございました」と声を張り上げてお客さんに感謝の気持ちを表します。
ハネ太鼓はお客様がお帰りになる様子を太鼓で打ちます。
デテケ、デテケ(出てけ、出てけ)と打ち、木戸を出て、それぞれ色々な方向に帰って行きますから、テンテンバラバラ、テンテンバラバラ、 客席からお客さんが全員出たところで太鼓の縁を叩き、カラ、カラ、カラ(空、空、空)と打ちます。
そして最後に、太鼓の縁をバチでこすって、ギーと木 戸の鍵をおろしましたと言う擬音を出して本日の興行はすべて終わりということになる訳です。
追い出し太鼓
あぁ、今日も1日終わったなぁ…。
上野広小路に響くハネ太鼓の音を背中に聞いて、私も駅へ向かいました。

寄席の楽しみ

riceball鈴本演芸場での、噺以外の楽しみは、助六寿司の弁当です。
寄席の楽しみ
すぐ売り切れてしまいますから、普段は外で弁当を買って入りますが、昨日はふらりというか衝動的だったので、手ぶらで入りました。
寄席の楽しみ
幸いまだ売り切れになっていなかったので、ゲットすることが出来ました。
別にどうというものではありませんが、客席で、灘の生一本富貴の緞帳を見ながら、前座さんの噺を聴きながら食べると、格別なんですよ。
寄席の楽しみ
それからもう一つ、仲入りの時のお楽しみ。
バニラ最中アイスクリーム。
別に仲入りの時でなくても良いのですが、私には仲入りの味です。
それにしても、昨日の芝居は良かったぁ…。

落語はやおき亭

落語はやおき亭 昨日の鈴本の余韻が残っているみたい。
 ◇ うそつき弥次郎   入船亭扇橋
大好きな扇橋師匠の若い頃の高座。
たい平さんも、癒し系の噺家さんだと紹介していましたが、優しい、穏やかな、素朴な師匠です。
母と同い年だったはずですから、82歳になるはずです。

鈴本探検?

ribbon久しぶりの鈴本ですから、ちょっと場内に目を向けて。

1階のロビーには、本日のトリの小袁治師匠への生花。
「仙台小袁治の会」とありました。
へえぇぇ、仙台にも熱烈なファンがいらっしゃるんだ。
何か親しみを感じてしまいます。何の関わりもありませんが。
鈴本探検?
売店でお茶と弁当を買って。
パンフレットスタンドで、様々な落語会をチェックして。
鈴本探検?
トイレに行って、客席に入ります。
近代的なホールのようにはなっていますが、そこは独特な世界が広がります。
鈴本探検?
前から3列目の右端に近い席を確保。
私は、正面よりは、上手・下手いずれかに寄った席が好きです。
鈴本探検?
土曜日の夜席は、あまり混んでいないようで、これまたこの閑散感が好きです。
混雑するとイライラしますが、空いていると空間全てが自分のもののようで、とても贅沢な気分になるんです。

落語DEデート

落語は生がいい。
でも、音だけでもいい。
  ◇ 青菜  三代目春風亭柳好
そろそろ旬になりますね。
昭和30年の音源だそうで、歌うような“柳好節”です。
鯉のあらいではなく、そうめんを食べさせていましたね。

2013年6月 1日 (土)

鈴本演芸場6月上席

foot土曜日の仕事が4時過ぎに終わり、気が付くと、ふらりと寄席に来ていました。
鈴本6月上席
本当に久しぶりです。
今日6月1日は、上席の芝居の初日です。

 ◇ のめる     入船亭ゆう京
 ◇ 新作      三遊亭ぬう生
 ◇ 子ほめ     古今亭菊丸
 ◇ 野ざらし    春風亭一朝
 ◇ 鰻屋      桂南喬
 ◇ 笠碁      柳亭燕路(文左衛門さんの代演)
 ◇ 祇園会     橘家圓太郎
 ◇ 転宅      柳家小袁治
この渋い顔ぶれ。
楽しかった。
鈴本6月上席
菊丸師匠も一朝師匠も、南喬師匠は絶品でした。
代演の燕路さんも、圓太郎さんも、脂がのりきっています。
小袁治師匠で尽きました。
一見地味ですが、この顔付けは物凄い。
ぺぺ桜井、ダーク広和、ホームランの色物さんも良かった。
鈴本6月上席
ふらりと寄って、自然体で聴く。
これが 寄席の醍醐味です。
とても幸せな時間でした。

メール返信

mailto 一昨日メールで、OB宛の「あおば亭」とご贔屓宛にご案内した「お江戸あおば亭」のメールに、早速返信をいただきました。
皆さん楽しみにして下さっている様子。
身が引き締まる思い。

モーニングコーヒー

cafe虎ノ門に着いて、"おいしい珈琲をいれている"と謳っているけれども、コーヒー の美味くないカフェで、アメリカンコーヒーを。
モーニングコーヒー
以前毎朝のように行っていた同じチェーンの別の店。
土曜日ですからガラガラ。
分煙はしているものの、仕切りがないので、タバコ臭くて嫌いです。
モーニングコーヒー
店内におかしな日本語を見つけました。
「こちらのコーナーは禁煙席になっております」という・・・。
おかしい・変だと思いませんか?
まず「こちら」から。
こちらというのは、一点ではなく「近い方向をさす」訳です。
また、「コーナー」というのは、一点というよりも一角だとか、売り場だとか言うようなエリアを表します。
だから、どちらか一方の表現で良いと思います。
「こちらは」か「このコーナー」ということです。
「こちらのコーナー」は「馬から落馬」と同じです。
それから、許せないのは、次の部分。
「禁煙席になっております」という、とても無責任な表現。
「なっている(なる)」は自動詞で、これの主語は、「コーナー」です。
自動詞は、動作主体の動作・作用が他に及ばないで、それ自身の働きとして述べられる動詞ですから、これではコーナーはコーナー自身が禁煙席になる動作をすることになります。
ところが、コーナーは自らは出来ません。
禁煙席にしているのは、店側、要するに人間ですから、主語は人間であるはずで、コーナーは主語ではありません。
従って、「禁煙(席)にしています」「禁煙(席)です」というのが正しい使い方だと思うのです。
「このコーナーは禁煙(席)です」
「こちらは禁煙(席)とさせていただいて(して)おります」
「ここは禁煙コーナーです」
・・・が正しい日本語だと思うのです。
そうそう、レストランに行くと、「○○になります」と言って運んで来る時と同じです。
・・・朝からそんなにムキにならなくても良いのですが・・。
でも、この変な日本語が、日本全国に数多ある店舗全店に掲示されているのかと思うと、空恐ろしくなります。

歩き稽古

train 本日土曜日は出勤日。
歩き稽古
久しぶりに、千代田線に乗らずに常磐線で上野に出ました。
上野駅から地下鉄銀座線の末広町駅までの間を歩き稽古。
歩き稽古
アメ横から上中通りを通って、昔で言えば「伊藤松坂」の前に出て「御成街道」を南へ・・・という、本来の?歩き稽古コースです。
歩き稽古
冒頭から、「寿限無」を演じる前まで。

ご贔屓へご案内メール

pc普段からご贔屓くださっている方々にも、メールでご案内を。

ご贔屓の皆さま

平素より東北大学落語研究部OB落語会に格別のご贔屓を賜りまして 心より厚く御礼申し上げます。
さて、来る6月8日(土)に、吉例のOB落語会「お江戸あおば亭」を 開催する運びとなりましたので、ご案内申し上げます。
おかげさまで、東京でのOB落語会も5回目となります。
梅雨時の時期ではございますが、お誘いあわせの上ご来場賜りますよう お願い申し上げます。
                  記
≪第5回 お江戸あおば亭≫
 ◆日 時   平成25年6月8日(土)・午後1時開演
 ◆場 所   浅草ことぶ季亭
          東京都台東区寿1-6-7 ユーハイツ伸光 203    
             電話   03-3847-5547  
             
http://asakusakotobukitei.jp/access/         
             東京メトロ銀座線「田原町」徒歩3分        
             都営大江戸線「蔵前」徒歩2分
 ◆木戸銭  入場無料
 ◆番 組    饅頭こわい      井の線亭ぽんぽこ
         豆屋           杜の家とん平
          粗忽の使者     南亭蕪生
          やかん         破れ家笑児
          万金丹         談亭志ん志
                   仲入り
          居酒屋        賀千家ぴん吉
          つる           桂友楽
          狸の札        杜の家くるみ
          揺れるとき     金願亭乱志

        
                      東北大学落語研究部OB会
                                   金願亭 乱志
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ついでにプログラムも。

「揺れるとき」のストーリー

japaneseteaちょっと、前出しをしておくことにします。
Encho1_s圓窓師匠創作の「揺れるとき」は、真打昇進間もない16歳の「三遊亭圓朝」が、既に引退して神奈川宿に住まいをしている「初代三遊亭圓生」門下の「三遊亭西生」を訪ねるシーンから始まります。     
この「三遊亭西生」という人は、実在の噺家さんではなく、圓窓師匠が創作した元噺家で、若き圓朝に芸談を語る形にしています。
この初代圓生の弟子の「三遊亭西生」という人は、圓朝の師匠である二代目圓生とは兄弟弟子ということになり、圓朝の父親の「橘家圓太郎」とも親しく、圓朝が「小圓太」で初高座に上がった時に、この6歳の圓朝の様子を見て知っているというのです。
Fw:電子メールで送信: mzl.nyrphfkp<br />
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噺の中では、この西生が圓朝に「寿限無」の稽古をつける場面があります。
これは西生の身体を借りて、まさに圓窓師匠ご自身の芸談が出て来ている場面です。
いつも稽古の時に師匠が仰っていることそのまま出ているのです。
ゆれるとき
・・・そして、その「寿限無」の稽古の最中に突然大地震が起こる。
世に言う「安政の大地震」です。
大地が突然大きく揺れても、西生は微動だにしない。
「どこへ行くんだい。外に出たって、外も揺れてるよ。」
このくだりも、東日本大震災の直後に語ってくださった、噺家さんとしての心構えや芸談そのもの。
その後、芝居噺で一世を風靡する圓朝は、素噺の人情噺で名人の名をほしいままにし、あれから44年経った明治32年10月の「怪談牡丹燈籠」が最後の高座となる。
Fw:電子メールで送信: Yoshitoshi_B<br />
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この「牡丹燈籠」の高座の場面。
「カラ~ンコロン、カラ~ンコロン・・・」と、愛しい「新三郎」を訪ねる「お露」の駒下駄の音・・・。
そしてこの高座の最中に再び地震が起こってしまう。
しかし、圓朝はぴくりともしない。
何事もなかったように、噺を進めて行く。
そして、客席に一人、これまた地震にも微動だにせず「牡丹燈籠」に聴き入る60歳ぐらいの女性がいる。
寄席がはねた後に楽屋へ訪ねて来たこの女性こそ、あの神奈川宿の三遊亭西生の娘だという。
父西生の位牌を胸に抱いて、圓朝の噺を聴いていたと・・。
ここからオチへと繋がって行く訳です。
とてもいい噺ですよ。

栄枯盛衰?

栄枯盛衰?
あれっ?
ここはドーナッツ屋さんだったのに…。
今流行のメガネ屋さんになっていました。
駅ナカの店も競争が激しいのでしょう。
このメガネ屋さんは、駅ビルにもあったから、改札の内外に店を構えることになった訳ですね。
ドーナッツ屋さんも、開店当時は行列が出来ていたのですが…。
ドーナッツってしまったのでしょう・・?
ドーナッツ好きな人は、店がなくなってしまって、心にぽっかり穴が空いてしまっているかもしれません。
何と言ってもドーナッツのことですから。

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