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2013年6月15日 (土)

三遊亭圓朝の年譜

watch圓窓師匠のことですから、万事抜かりはありませんが、今回の「揺れるとき」に出て来る場面を、圓朝の年譜と重ね合わせてみました。
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弘化2年(1845年)3月3日):初代 橘家小圓太の名で江戸橋の寄席
                
「土手倉」で初高座
弘化4年(1847年):父・圓太郎と同じ二代目三遊亭圓生門で修行
嘉永2年(1849年):二つ目昇進
嘉永4年(1851年):玄冶店の一勇斎「歌川国芳」の内弟子となり、
            画工奉公や商画奉公

安政2年(1855年)3月21日:圓朝を襲名して真打昇進
安政2年(1855年)10月2日元噺家「三遊亭西生」を訪ねる
                 安政江戸大地震が起き
Fw:電子メールで送信: 201211281800<br />
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明治32年(1899年)9月:発病
明治32年(1899年)10月:日本橋の寄席「木原店」で「牡丹燈籠」が
                最後の高座

                西生の娘が楽屋に訪ねて来る
明治33年(1900年)8月11日午前2時:死去
                病名は「進行性麻痺」と「続発性脳髄炎」
                法名は「三遊亭圓朝無舌居士」

・・・とても面白い。
前半は旧暦で、明治に入ってからは新暦になっています。
赤い字の部分が、圓窓師匠の創作した部分、即ち「揺れるとき」のために作られた場面です。

旧暦の安政2年10月2日、ここは日のとっぷりと暮れかかった相州神奈川の宿はずれ・・・
「ごめんくださいまし・・・ごめんくださいまし」
「誰だい?」
「圓朝と申します噺家でございます」
「えんちょう(圓朝)?あまり聞かねぇ名前だなぁ」・・・

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