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2013年5月 3日 (金)

柴又帝釈天

drama経栄山題経寺は、寛永年間(1629)に開基され、開山上人を下総中山法華経寺第十九世禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)上人とし、その弟子の第二代題経院日栄(だいきょういんにちえい)上人が実際の開基である。
柴又帝釈天

二天門から境内に入ります。
明治29年(1896年)の建立。
入母屋造瓦葺の楼門(2階建)で、屋根には唐破風と千鳥破風を付す。
柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施す。
初層左右には四天王のうちの増長天および広目天の二天を安置し、門の名はこれに由来する。
二天像は平安時代の作とされ、門の建立時に同じ日蓮宗の妙国寺(大阪府堺市)から寄贈されたものである。

柴又帝釈天
好天に恵まれて、参拝客でごった返しています。
柴又帝釈天

このお寺にも、自宅からさほど遠くないこともあり、両親を連れてお参りしたことがあります。
この帝釈堂は、
手前の拝殿と奥の内殿から成り、ともに入母屋造瓦葺で、拝殿屋根には唐破風と大ぶりの千鳥破風を付す。
内殿は大正4年(1915年)、拝殿は昭和4年(1929年)の完成。
内殿には帝釈天の板本尊を安置し、左右に四天王のうちの持国天と多聞天(毘沙門天)を安置する。
内殿外側には全面に浮き彫りの装飾彫刻が施されている。

柴又帝釈天
帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名である。
これは法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年)にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作した。
この羽目板の上方には十二支と天人、下方には千羽鶴が表され、高欄(縁)より下の部分には花鳥および亀を浮き彫りで表す。
これらの彫刻を保護するため、内殿は建物ごとガラスの壁で覆われ、見学者用の通路を設け、「彫刻ギャラリー」と称して一般公開している。

・・・・という訳で、この彫刻ギャラリーも見て、庭園に向かいました。
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邃渓園(すいけいえん)という庭園は、大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965年)、向島の庭師永井楽山の設計によるもの。
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直接庭園へ入ることは出来ませんが、周囲に設けられた屋根付きの廊下から見ることができるのです。
この庭園の見事さに、小一時間、廊下にある椅子に座って、命の洗濯をさせてもらいました。
勿論、同宗の寺ですから、父を偲んで手を合わせました。

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