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2013年5月 3日 (金)

中山法華経寺の境内

shoe「正中山中山法華経寺」の境内を徘徊します。
日蓮は「法華経」を唱えることで成仏出来ると唱えて他宗派を激しく攻撃しました。
1260年(文応元年)には「立正安国論」を著して時の執権である北条時頼に日蓮宗に帰依しなければ国が滅ぶと予言して鎌倉の松葉ヶ谷で襲撃を受け(松葉ヶ谷の法難)、現在の下総中山の豪族であった富木常忍のもとに逃れました。
常忍はその後出家して日蓮の弟子日常となり、自宅を法華寺としました。
近くの太田乗明も日蓮の弟子日高となり、自宅を本妙寺としました。
その後、室町時代に法華寺と本妙寺が合併して、現在の法華経寺となったそうです。
鬼子母神堂に向かいました。
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広い廊下?を歩いて、一番奥の鬼子母神堂まで行きました。
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日蓮大聖人御親刻の鬼子母神像が安置され、怨魔退散、子育ての守護神として崇められています。
雑司ヶ谷と入谷とここが、江戸三大鬼子母神と言うそうです。
それから、荒行堂を見て、祖師堂の後背にある法華堂方面へ。
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この荒行堂では、11月1日より2月10日までの百日間日蓮大聖人直授の秘伝、大荒行が行われます。
緑とつつじが見事で、穏やかな気持ちになりました。

四足門は、切妻造檜皮葺、約七百年前鎌倉愛染堂に在ったものを移築して法華堂の正門に立てたもの。
中山法華経寺
法華堂は、桁行五間、単層入母屋造、銅板葺、文応元年(1260)創建。 
日蓮聖人自ら一尊四菩薩を開眼安置しています。
喉が渇いたので、参道にある店でラムネを飲みました。美味い!
さぁ、まだ日は高い・・・。
ついでだから、もうヶ1ヶ所どこかに行ってみようか・・・。

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