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2013年3月20日 (水)

彼岸の中日

budお彼岸で道路は大混雑だと思いますので、今日は一日自宅で休養に充てることにしました。
3月20日・・・。
10年前の今日、イラク戦争が開戦し、そして18年前の今日は、あの忌まわしい「地下鉄サリン事件」が起こりました。
13人が死亡し、6千人以上が負傷した地下鉄サリン事件・・。
当時、私は大手町に勤務していたので、事件の直前には千代田線に乗っていましたから、まさにこの大事件とすれ違ったのです。
あのカルト教団による凶悪な犯罪ですが、奇しくも先日逝去した父を偲ぶ時、この名前を言うのも腹立たしいカルト教団との、命を懸けた闘いの日々を避けることは出来ないでしょう。
この教団は、上九一色村の施設が有名ですが、実は我が郷里の町にも「富士清流精舎」などと名付けた兵器工場が建てられてしまい、住民は毎日恐怖におののいていました。
くく
「富士清流精舎」は、1990年に富士川支流の福士川沿いに建設された。
最初は複数の小屋の周りをトタンなどで囲っていたが、1995年までには旧上九一色村にあったサティアン同様工場風の建物に改築されていた。
建物の中では、O鉄工乗っ取り事件で手に入れた大型工作機械等を用いて自動小銃の密造が行われていた。


捜査終了後に建物は解体され、現在は公園となっている。
父は、「対策本部長」として、常に狂気の輩たちから襲撃される危険の中で、命を懸けて故郷を守ろうと奮闘していました。
忘れもしません。
警察によってこの施設の強制捜査が行われた日、この施設の前に設置していた対策本部の小屋の前から、ニュースステーションの生中継で、久米宏キャスターとやりとりしている父の姿が・・・。
自宅の周りに怪しい人が出没したり、多くの警察官に警護され、恐怖に加えて不自由な生活が続いていたようで、他府県ナンバーの車で私が帰省する時も、何度も検問でチェックされました。
告別式で弔辞を頂戴した、一緒に闘った当時の町長さんから、改めてあの時の恐怖と煩悶を聞かされました。
生前、父は多くを語りませんでした。
自分の胸だけに収めて、持って行ったことも多くあったことでしょう。
次々に事件や災害が起こって、郷里でもこの事件は風化しつつありますが、父を思う時、私にとっては絶対に忘れられないことなのです。

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