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2013年1月

2013年1月31日 (木)

1月の落語徘徊

fuji光陰矢の如しで、年が明けたと思ったら、もう月末。
初詣で
年初は、小室山妙法寺へのお参りから始まりました。
「素人が(鰍沢などという噺は)演るもんじゃない」などとのたまう先輩などは無視して、「郷里が舞台になっている噺を演って何が悪い!」と心で反発しながら、手を合わせました。
Fw:ここ
年賀状には、「希望的高座予定」と賑々しく書き上げましたが、これまた先輩から「お前の噺は、重い・暗い・長い」などと言われてたこともあり、「5月頃」としていた「お江戸あおば亭」の出演が怪しくなりそうです。
テレビの映像
元旦の深夜というか、2日未明にフジテレビで放映された「お台場政経塾」に、ちょいと顔を出しました。
全体で180分の番組中、115分経過したあたりから3分程度。
私の出た部分は、5秒ぐらいでした。
   
これが同一人物かと疑いたくなるリラックスした顔で、「十一代桂文治」さんとのツーショットは、「学士会落語会」の新年交歓会。
今まで、存在は知っていたものの、なかなか実物を見る機会のなかった「はなし塚」を見物することが出来ました。
これも、戦時中の言論統制の名残り(影響)と言えるでしょう。
はなし塚

なかなか行く時間がなくて・・・。
  ◇ 18日   東京落語会
  ◇ 19日   学士会落語会
  ◇ 27日   特選落語会(菊之丞・白酒二人会)
「深川三流亭」のチラシを作りました。
いよいよ2月17日が本番です。
開演時刻の変更
稽古も佳境というか、切羽詰って来ました。(特に私は・・。)

最近、このブログを覗いてくださる方が多くなっている気がします。
2月1日か2日に39万件、月末に40万件に到達する勢いです。
ありがとうございます。
・・・と、まだまだ、終わりのない落語徘徊は続きます。

名横綱「大鵬」

japanesetea今日は、先日亡くなった、昭和の大横綱大鵬さんの告別式だそうです。
Fw:電子メールで送信: profile_taih<br />
 o_b.jpg
よくご存知でない(若い)方のために。
1960年代(入門1956年~引退1971年)に活躍し、ライバルといわれた柏戸とともに 「柏鵬時代」と呼ばれる大相撲の黄金期を築いた。
優勝32回、6連覇2回、45連勝などを記録し、昭和の大横綱と称され、戦後最強の横綱と呼ばれる事もある。
幕内最高優勝32回は、最多優勝記録である。
様々な金字塔を打ち立てたが、特に入幕(1960年)から引退 (1971年) までの12年間、毎年必ず最低1回は優勝した記録は 「一番破られにくい記録」 と言われる。
当時の子供の好きなものを並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉からも、当時の大鵬の人気と知名度がわかる。

白黒テレビから流れるあの美しい姿に、お祖父ちゃん子で相撲が大好きな童は、憧れ、胸を躍らせ、画面にかじりつくように応援したものでした。
宿敵?の柏戸や豊山、佐田の山との熱戦。
勝つ時はいつでも、稀に負けた時も、穏やかな表情で、凛々しく振舞っていました。
雲竜型の土俵入りを見るのも大好きで、土俵の正面を向いて立った時の興奮たるや、子ども心に大変なものでした。
破った相手に優しく手を差し出す仕草。
本当にきれいなお相撲さんでした。
世紀の大誤審で戸田に敗れ、連勝が45で途絶えた時の悔しさ。
急激に力をつけて台頭して来た若手の人気力士貴ノ花(現在の貴乃花親方のお父さん)に敗れ、引退を決めた時の寂しさ・・・。
今でもはっきり覚えています。
昭和の大横綱が誰かと問われれば、やはり「双葉山」と「大鵬」です。
それこそ、「国民栄誉賞」ですよ。

「守」「破」「離」とは

tv先日のテレビで、先代の小さん師匠が仰っていた極意。
Fw:ここ

物事を習得する段階を三つにわけた「守破離」という言葉があります。
もともとは、江
戸時代に川上不白が著した『不白筆記』で、茶道の修行段階の教えとして紹介されました。
以後、諸武芸の修行段階の説明にも使われています。
」とは、師匠の教えを正確かつ忠実に守り、物事の基本の作法・礼法・技法を身につ
ける「学び」の段階をいいます。
」 とは、身につけた技や形をさらに洗練させ、自己の
個性を創造する段階をいいます。
」とは、「守破」を前進させ、新しい独自の道を確立させる段階をいいます。
先輩(師匠)から第一段階の「守」をいかに身につけるかで、「破離」へと続く、その後の自己成長の土台の大きさが決まっていきます。
助言を喜んで受け入れていくことで、将来「」に到達した時、自己をいっそう高めていくことができるのです。
思い通りにならない時こそ、それまで培った土台が、自己を助けてくれます。
自己を発展させる道に終わりはないのです。
Fw:ここ

・・・とさ。

世の中の常識

annoy柔道女子選手15人が全日本女子監督からパワーハラスメント行為を受けていたと告発した問題。
この言語道断の行為を認めている監督もさることながら、全く当事者能力(判断力・決断力・自浄能力)を持たない柔道連盟は、やはり思い上がりの井の中の蛙集団ですね。http://www.daily.co.jp/general/2013/01/30/0005705230.shtml
ゆるゆるの対応、大甘な処分・・。
これを「熱心」とか「熱血」とは言いませんよ。
厳しい指導か体罰(暴行)かの境界線は、日頃からのコミュニケーション(相互理解)が前提です。
叩いたから全て暴力とは決めつけられないし、そんなつもりはなくても暴力だと受け止められることもあるのです。
格闘技だからとか、スポーツは気合が必要だからと言う人もいるようですが、時代や環境の変化に合わせた、新しい指導方法を模索することこそ、プロの指導者ではないかと思います。
15人もの選手に告発され、それを認めている輩に、仮に情状があったとしても、続投させるなどという愚挙は、恐らくほとんどの人が支持しないでしょう。
本人も本人です。
何を勘違いしているのか、自ら身を引くのが筋だし、恥というものもわからないのでしょうか?
まず礼を重んずるという柔の道で。
行ったことは、暴行、場合によっては傷害行為です。
そもそも、一旦絡まってしまった糸なのですから、選手は絶対について行きませんよ。
いつぞやの相撲界と同じです。
・・・と素朴に、思います。

親子で楽しむこども落語塾

confident林家たい平さんの本です。
落語には、生きるヒントがいっぱい! 落語作品から読み取れる人情や知恵、そして日常生活の楽しみ方など、子どもに伝えたい大切なメッセージを人気落語家・林家たい平が紹介。
落語の名作を「家族」「学び」「遊び」「友だち」の4つのカテゴリーに分け、作品に込められた日本人の生きる力・生きる知恵を学べる一冊。

親子で楽しむこども落語塾
おはなしめぐり「親子で楽しむ こども落語塾」。
小学4年から高校1年まで、3人の子どもがいます。
子どもたちも落語好きです。
書店には子ども向けの落語の本がたくさん並んでいますが、あらすじや解説、基本の 入門本がほとんど。
親子の会話が弾むような、もう一つのコミュニケーションツールに なる本を作りたいと思いました。

・・・とたい平さん。
明治書院刊、1,575円。

富士山・・・・

fujiまことにもってなんともはやなことですが、このブログで多く読んでいただいているのは、落語ではなく、どうやら「富士山」の話題のようです。
帰省時の写真や山開きや噴火について・・・。
そう言えば、「富士山噴火.net」なんていうサイトもありました。
やや複雑な部分もありますが、やはり富士山ですよ。
そして、下が私の出身高校の校章です。

そのまま富士山、富士山そのものです。
富士山(富嶽)の真南(嶽南)に位置し、トイレでは、富士山に向かって用を足していたという・・・。
notes霊峰富嶽の聳ゆるところ 
     青松白砂に 陽の炎へば
         紺青の海のどかに歌う 
             秀麗此の地に そそりて立てり
                   懐かしきかな 我等が母校
note
・・・・校歌も富士山だらけです。
噴火などと言わず、「家を富嶽の泰きに治める」と行きたいもの。

新幹線お掃除の天使たち

bullettrain若手社員に読ませようと思い、その前にまずということで。
一晩で読了しました。

本書はJR東日本の東北・上越新幹線の車両清掃・東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃などを主な業務とする某社の、優れた仕事ぶり、会社の紹介、人事制度、アイデアなどを紹介しているものです。
「私はこの会社に入るとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです。」
こんな社員の一人のコメントが印象的です。
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1348045352656.html
今や、本業(業務・サービス)を愚直にやっているだけでは、(やるのは当たり前で)顧客や消費者・ユーザーは満足せず、評価もされない時代です。
「個」で育って来た若者たちに、相手の気持ちを慮ったり、喜んでもらおうとする気持ちをインプットして行く必要があります。
次は「江戸しぐさ」あたりを採り上げてみようかとも。

「連絡」する・・?

telephone仕事の話で恐縮ですが・・・。
よく、営業(セールス)の電話を受けることがあります。
人事制度、採用、メンタル、運用、商品、経営企画等々、テーマは様々。
恐らく、電話の主は、マニュアルがあって、その通りに喋っているのでしょうが、まぁ、話法にしても、事前の調査にしても、とにかくまぁ酷いものばかりです。
まず、電話をして来る時刻。
平気で、夕方の5時半~6時頃にかけて来る。
次に、話法。
「今日のご連絡は・・・・」という言い方で来ます。
おいおい、ちょっと待ってくれよ。
当社とは全く取引もないのに、何で?「連絡」だぁぁ?
【連絡(する)】を辞書で調べると・・、「気持ちや考えなどを知らせること。情報などを互いに知らせること。また、その通知。」と。
言葉は正確に言えよ。annoy
全くコミュニケーションのない先から、連絡などありえないだろう。
それを言うなら、「提案」か「お知らせ」だろうよ。
極め付きは、「当社のこと(業種・内容・系列等)はご存知ですか?」と尋ねると、ほとんどがしどろもどろになります。
・・・「一昨日来やがれぃ!」と、電話を切ります。
全く、腹立たしいというか、こんなテレマーケティングなら、かえってイメージを悪くしますよ。
やはり、自分勝手な、相手のことなどおかまいなし、機械的にやる仕事(もどき)からは、お互いに何も生まれませんね。
それにしても、先方にすれば、嫌な(感じの悪い)相手でしょう。
まるで「小言幸兵衛」です。

2013年1月30日 (水)

東京かわら版

book先週末に郵送されて来ました。
東京かわら版今月は「柳亭小燕枝」師匠。
[経歴]
昭和40年3月 五代目柳家小さんに入門、前座名「小よし」
昭和45年4月 二ツ目昇進、「小三太」と改名
昭和55年4月 真打昇進、六代目「柳亭小燕枝」を襲名
[受賞暦]
昭和47年   第一回NHK新人落語コンクール最優秀賞受賞
昭和53年    にっかん飛切落語会優秀賞受賞
昭和57年   第一回浅草演芸大賞新人賞受賞
昭和61年   文化庁芸術祭賞受賞

確か、「小三太」時代に、落研主催の会に来仙してくださったことがあるはずです。
渋ぅぅい噺家さんだと思います。
現在、湯島天神にて年6回独演会を催されているそうです。

芝浜

fish新年になってから「芝浜」を聴くことが出来るとは、ちょっと得した気がしました。
Fw:電子メールで送信: 8549e6e7.jpg
「特選落語会」での古今亭菊之丞さんの熱演。
古今亭の演出ともちょっと違う、菊之丞さんオリジナルの演出もあったように思います。
革の財布の中身は42両。
銭ではなく全部2分銀ということですから、84枚あったということ。
「ひと~い」「ふた~い」「みっちょい」「よっちょい」と、それぞれ4回ずつ繰り返して数えているところから、一度に5枚ずつで80枚(即ち40両)、それから端数が4枚(2両)ということになりますね。
ちょっと私の認識と違っていたのは、当時の江戸の魚河岸は、芝と日本橋にあり、朝夕2度の市が開かれていたのは芝だと思っていたのですが、菊之丞さんは日本橋が2度だという演出でした。
これはどこかで確認しておかないといけません。
芝の浜で時間を潰す場面では、古今亭ではあまり入れないのですが、昇る朝日に手を合わせるところは、他門からの移入でしょう。
それから、大晦日の場面では、例えばさん喬師匠は、子どもが生まれて1年ぐらいたった演出をしていますが、菊之丞さんは赤ん坊が出来た(妊娠した)ことにしています。
勿論、子どもや妊娠を入れていない演出をする噺家さんもいます。
・・ただ、聴いていて気になったのは、「えぇ?」というのが台詞に頻繁に入っていたこと。
普段あまり気にならない噺家さんなのですが、これはきっと・・・志ん朝師匠の影響かなと、とても気になりました。
ここのところは、確かに「古今亭」でした。
それから、今まであまりないと思っていましたが、菊之丞さんにも圓菊師匠に似た部分が多いのも、大きな発見でした。
私は、素人がなかなか演ることが出来ない噺として、「文七元結」「百年目」あたりをイメージします。
「芝浜」も、その中に入るのかもしれません。
難しい噺です・・・。

コンビニカフェ

cafe某コンビニで、セルフ式のオリジナル機器でレギュラーコーヒーを提供するサービスが始まっています。
「Sカフェ」という名前で、順次全国展開するそうです。

レギュラーサイズが1杯100円(ラージサイズは150円)で、レジでカップを購入して、セルフサービスで入れる仕組みです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130128-00000544-san-bus_all
要するに、レジカウンターで空のカップを渡されて・・、何かの検査を想像してはいけません。
 
先日、昼食後に試しに飲んでみました。
100(150)円としてはコストパフォーマンスが良いと思います。
豆を挽く香りもGoodでした。
使用している豆はアラビカ種で、10度以下に保つチルド配送を活用して焙煎後の品質を維持、抽出には軟水を使い、一杯ごとにペーパードリップするなど素材と製法にこだわっているとのこと。
毎朝のように行っているカフェのコーヒーに比べても、こちらの方がずっと美味い。
何と言っても、このカフェは、大胆にも「おいしい珈琲をいれております。」という、ブラックジョークな看板が、「嘘をつけ」とも思いますが、これはこれで、生き残る余地はあるのでしょう。
コーヒーのこと
毎朝のように飲むこのカフェの珈琲。
私はいつもブラックにしています。
アメリカンの時は「もっとお湯を足して(湯ぅ more)」と言います。
これが本当の「ブラックユーモア」なんちゃって・・・。
ブラックコーヒー

落語っ子連のOBへ

pen落語っ子連の第2次がスタートして約1年。
開演時刻の変更
それぞれ、仕事の都合などで休会している人たちに、「深川三流亭」の案内メールを送りました。
落語っ子連OB・OGの皆さま
毎日寒い日が続いておりますが、皆さまそれぞれのお仕事にご活躍のことと、お慶び申し上げます。
さて、10年もの長い歴史を持つ「落語っ子連」の第2次がスタートして、間もなく1年になります。
皆さまが休会され、メンバーも環境も変わる中、何とか活動を続けてまいりました。
現在、メンバーが8名。
まど音さんと窓口さんと流三のほか、私の大学落研の先輩が3名と、師匠が訪問された(館山の)小学校の先生と、他の連から移籍の若者です。
稽古場のクレス音楽教室も、11月から建て替え工事のために使えなくなったため、近くの「古石場文化センター」に移りました。
そして、やっと発表会を開催するところまで辿り着きました。
添付のとおり、2月17日(日)午後1時より、古石場文化センターで開催いたします。
名付けて「深川三流亭」です。
お時間がおありでしたら、ぜひともご来場くださいますよう、ご案内申し上げます。
皆さまが復帰されるのを心待ちにしつつ、「落語っ子連」の火を絶やすことのないよう頑張ります。
寒い日が続きますので、お身体には十分ご留意ください。
とり急ぎ、近況のご報告と発表会のご案内を申し上げます。
                               三流亭流三拝 

2013年1月29日 (火)

竹扇落語会

bud松戸出身の「雷門花助」さんが、真打昇進し「小助六」を襲名します。
松戸駅から市役所に向かう途中に「竹扇」という料理屋さんがあり、数年前から、この店の常連さんにより、花助さんを応援する「竹扇松戸落語会」が開かれていました。
 
     Fw:電子メールで送信: 201007041548<br />
 000.jpg
私は、この常連の一人の知人の「Hさん」に教えられ、会場になっている「松戸東口会館」に行き、花助さんの高座を何度か拝見していました。
「そう言えば、最近はやっているのかなぁ」、花助さんの真打昇進のニュースを聞いて、「そういえば竹扇落語会はどうなるのかなぁ」と思ってました。
というのも、今や超売れっ子の新真打「春風亭一之輔」さんの松戸での独演会「馬津郷(まつど)寄席」も、一之輔さんが真打昇進する前後から、開かれなくなりましたから・・・。
そんなことを思いつついたところ、先日この「竹扇」の前を通ると、看板が外されているのに気付きました。
営業していない(休業)どころか、空室になっているので、移転したのか、廃業したのかと、とても気になっていました。
・・・この落語会のゲストで出演した芸人さんのブログで、「この会を最初に立ち上げられた会長さんが11月に亡くなられるという悲しいお話もあり・・・」というのを見つけました。
恐らく、この店の大将(店主)のことだと思います。
1~2年前の何回目かの会の時も、「体調を崩して、暫く店を休んでいた」と仰っていましたから。
この「竹扇松戸落語会」は、昨秋に第10回目を数えたそうですが、その時は既にお亡くなりになっていたようです。
「あぁぁ、そういうことだったのか」と納得しました。
お店も閉めざるをえなかったんでしょう・・・。
私、この「Hさん」に誘われて、一度だけこの店に入ったことがあります。

三流亭千公さん

school千葉県館山市内の小学校の先生「三流亭千公」さん。

房総半島の先端から、月に最低1度は、土曜日の蕎麦打ちと日曜日の落語の稽古のために、上京されています。
第2次落語っ子連のスタートと同時に入連されましたから、今回が初めての高座です。
師匠は、まず小噺から入り、秋口から「十徳」の前半部分を聴かせて、稽古を進めて来ました。
教壇に立っているので、声や人前で話すことは問題ないのですが、児童全体に目くばせしなから、噛んで含ませるような話法や身振りと、落語の語り・所作とは違いますから、ご本人も苦労されていたようです。
ご本人の熱意、明るいキャラクターもあって、物凄く上達して来ました。
そこで、先日の稽古で、師匠から後半部分のご教示を受けたという訳。
ところが、本番までに残された稽古会は1回のみ、一生懸命稽古しておられるようです。

前回の稽古の翌日、MLにこんなコメントを寄せてくださいました。
師匠
後半部分を教えてくださり有難うございました。
大変楽しいおはなしですね。
十徳の後半部分はたった今文字おこしが終わりました。
後半だけで10分近くになります。
ですので合わせて20分になってしまうので、自分なりに前半をつめて何とか15分に減らせればと思いますが。
それ以前に3週間で後半を覚えなければと…。
いずれにせよ がんばります!


私からも、千公さんにコメントしました。
大変な意気込みで、頼もしい限りです。
一度高座に上がったら、もうやめられなくなりますよ。
時間が限られますが、後半部分頑張ってください。
時間のことは気にしないで、噺全体をしっかり作ってください。

落語は、ちょっと苦しいけれども、楽しい・・・。

落語の”品”

chair師匠は、日頃から、落語の品性について語られます。

新メンバーの新参(にっさん)さんが、ご自身が学生時代の十八番だった「肥瓶」の稽古を始めましたが、敢えてダメとは仰らなかったものの、基本的には演らせたくない噺のようで、新参さんに次のように仰いました。
よく「エロ」・「グロ」で受けたり、笑わせたりする向きがあるが、落語には"品"がなくてはいけない。
例えば、「勘定板」という噺も「グロ」で気持ちの良いものではない。
落語で「グロ」はいけない。
「エロ」も軽く笑えるものまでだ。
だから、次の噺からは、そのつもりで選んでください。


確かに、聴いていて、気持ちの良いものではないし、私も演りたいとは思いません。
師匠のスタンスは一貫していて、「圓窓五百噺ダイジェスト」の中で、以下の3つの噺のコメントで、同様に触れています。
http://ensou-dakudaku.net/index.html
【おかふぃ】
圓生(6)がよく演っていたが、あたしは演る気はおきなかった。
圓生(6)は、女房の鼻をそがした主がその鼻を旨そうに食べる場面を設けているのだ。
グロであり、変態にも等しい。
あたしに演る気はおこさせなかった原因の一つでもある。
えてして、戦前からの落語家には嗜虐性があったのか、グロテスクを多用しているように思える。
三木助(3)の[ざこ八]にもその傾向が現れていて、皮膚病に罹った女の症状をくどいほど繰り返す場面があるのもいただけない。
【蛙茶番】
落語という話芸はエロはよしとしても、グロは許さないという品位があるはず。
この噺はまさにグロ丸出し。
賞賛すべきものではないが、作としてはよく出来ている。(笑)


【勘定板】
この噺の中で用便を足すとグロになってしまうので、それは避けたいと思っている一人である。
圓生(6)は算盤を跨いで用を足そうとして、着物の裾が算盤に引っかかって動き出す、という演出にしていた。
それでさえも、用便を連想させてしまってグロになる。
また、演者によっては堂々と用を足してしまう演り方もある。
このほうが客に受けるから、という安易な発想である。
品がなくなったら芸ではない
、ということ知らない証拠である。

「品がなくなったら芸ではない」という部分、最近のお笑い全般にも言えることですが、心していただきたいものです。

2013年1月28日 (月)

ファミリーヒストリー

tvファミリーヒストリーというNHKの番組を偶然視聴しました。
http://blog.livedoor.jp/konnnatv/archives/23352390.html
今回は「柳家花緑~祖父・小さんの二・二六事件、その真実~」。
落語家・柳家花緑。
祖父で師匠の柳家小さんは、落語界初の人間国宝。
77年前、小さんは「二・二六事件」に加わった。
極限状態で、小さんは落語をすることになる。
その後、反乱軍の汚名を着せられ、向かった満州。
兵士たちは皆、絶望を味わっていた。
そんな中で小さんが気づいたのは「つらい時こそ、笑いが希望になる」。
そして、波乱の人生を経験した小さんのもとで育った花緑。
小さんから、ひとつの試練を与えられる。その真実とは。

・・・先代の小さん師匠が、「二二六事件」に巻き込まれ、上官に落語を命じられ、「子ほめ」を演ったが、超緊迫状況のため、全く笑いがなかったというのを聞いたことがあります。
しかし、昔の噺家さんというのは、教育や環境もあるでしょうが、肝が据わっているというか、一本筋が通っているというか・・・。
我々には到底真似はできないでしょう。
偶然ですが、とても面白い番組に出会いました。
「守破離(しゅはり)」は芸の極意だというのも、印象に残りました。

開演時刻の変更

event実質初めての発表会ですから、余裕が欲しいということで。開演時刻の変更
もともと、会場は13時から17時で借りる予定で、開演を13時30分にしましたが、全員が出演すると、ちょっと時間的にタイトだったんだす。
それから、会場設営の時間も厳しくて。
それに、初めて高座に上がる人が複数いるので、直前の稽古や着付けなどの時間も必要かと・・。
そこで、午前の時間帯も借りることにし、開演時刻も早めることにしました。
・・・ということで、開演(開場)時刻を変更です。
  日時   平成25年2月17日(日)13時開演
  場所   古石場文化センター 3階 第1和室
  木戸   
(当然・もちろん)
無料
  
番組 
  十徳          三流亭 千公
           替わり目       三流亭 百梅
                瓢箪屋政談     三流亭まど音
            寄席の踊り
(友情出演)ワッフル・鶴女
   
        揺れるとき      三流亭 流三

 
                  仲入り
           禁酒番屋       三流亭 仙三
           堪忍袋         三流亭 越児
           片棒          三流亭 窓口
          
 お楽しみ        三遊亭 圓窓 
・・楽しみです。
・・稽古しなくっちゃあ・・・。

引退になる

event高見盛関が、大きく負け越し、とうとう引退することに。
http://mainichi.jp/sports/news/20130127k0000e050149000c.html
36歳・・、「高見さかり」が「高見さっぱり」になってしまっては、残念ですが仕方がないでしょう。
記者会見で、ご本人が「高見盛は、本日をもって引退になります」と言っていました。
・・・最近の若い人たちが使う、主体性のない表現でした。
「・・になった」のではなく、「(本人が決めて)・・した」はず。
「高見盛は、本日をもって引退いたします(した)。」でしょう。 
「・・になる」を使うのは、やんごとなき方の行為を見て、下々が言う場合でしょう。
「●●様はご引退になる」という・・・。
高見盛関は、"やんごとなき"というより、"やんだぐなる"・・?
まぁ、それはそれとして、ご苦労さまでした。
実に変なお相撲さんでしたよね。

お初徳兵衛(浮名桟橋)

ship大先輩からの”ダメ出し”を見返すために、さりとて自分のポリシーをも貫くためにと、以前から意識していた「船徳」と「お初徳兵衛」を考えてみました。

大店の若旦那の徳兵衛は花柳界での遊びが過ぎて勘当され、柳橋の船宿で居候をしていた。
ところが、父親が夫婦養子を取ったと聞いた徳兵衛は、お店への復縁を諦めて、船頭に身を落とす。
はじめのうちはしくじりもあったが、見る間に腕前を上げた徳兵衛、生来の二枚目だけにすぐ人気の船頭になる。


ある夏の日、客ふたりと「柳橋随一で、しかも男嫌い」と評判の芸者お初を屋根船で吉原へ送るが、吉原に他の土地の芸者が入ると嫌がられる。
そこで客ふたりだけが吉原へ。
「ひとり船頭にひとり芸者の乗合いは花柳界の御法度」を承知で、徳兵衛がお初を柳橋へ送ることになる。
すると俄かにやらずの雨。
船を首尾の松(吉原の目印になった松)辺りにもやうと、お初が「じつは幼い頃から若旦那が好きだった」と思わぬ告白をはじめた。雨は静かに降り続いている・・・。
お初は、まだ船頭になる前の徳兵衛を見掛け、見そめていたのだという。
そこへ落雷。
驚いたお初は徳兵衛に抱きつく・・・。 

  
古い小本の裏表紙に書いてあるという、言葉がよくわかりません。
  くごむる恋は顔に袖  濡れて嬉しき夕立や
  いかなる神の結び合う 帯地の繻子もつゆ解けて
  二人は袖に稲妻の 光にぱっと赤らむ顔
  互いに合わで兼好の 筆も及ばぬ好意の情

・・・と聞こえるのです・・・。
インターネットで調べても出て来ませんので、フレーズの正確な内容や意味も分からず、とりあえず知っている言葉を並べてみたのですが。
お初徳兵衛馴れ初めの「お初徳兵衛浮名桟橋」の一席。
「金原亭馬生」「五街道雲助」の三代で聴きました。
「お前の噺は暗い・重い」と言われたのを、この「お初徳兵衛」と「船徳」で、見返してやろうと思います。
今に見ていろ・・・・。

私の稽古・・・

sweat012月の「深川三流亭」・3月の「千早亭落語会」を間近にして・・・。

いつものことと言えばそうなのですが、そろそろやや焦り始めています。

稽古会の会場

rock週末の稽古会は、いつもの和室が空いていないので、会議室に変更しました。

実は、和室よりも使い勝手は良いんです。
使用料は高いですが。
めくりとチラシ
机の上に座布団を敷いてやりますから、仕草なども見やすい。
「扇子っ子連・千早亭」は、やはり会議室を使用しています。

師匠もずっと座りづめですから、椅子の方がご指導しやすいと思います。

実は、この会議室には、座布団が備え付けではありませんでしたので、こっそり和室から拝借して使いました。
今回は特別でしたが、貧乏グループですから、使用料の安い和室で続けざるをえないでしょう。
落語っ子連稽古会
勿論、和室には和室のよさがあるのも確かです。

「深川三流亭」番組案

 
slateまだ仮ですが、番組を考えてみました。

  日時   平成25年2月17日(日) 13時開演
  場所   古石場文化センター 3階 第1和室
  木戸   
(当然・もちろん)無料
  
番組  
■ 十徳          三流亭 千公
         ■ 替わり目        三流亭 百梅
              ■   瓢箪屋政談     三流亭まど音
          ■ 寄席の踊り 
(友情出演)ワッフル・鶴女
   
      ■ 揺れるとき      三流亭 流三
                  仲入り
         ■ 禁酒番屋       三流亭 仙三
         ■ 堪忍袋         三流亭 越児
         ■ 片棒          三流亭 窓口
        
■ お楽しみ        三遊亭 圓窓 


まだ、百梅さんと越児さんのスケジュール確定していないので、とりあえずの暫定版というところです。
13時からの開演に変更しましたので、いくらか余裕が出るでしょう。

2013年1月27日 (日)

特撰落語会~菊之丞・白酒二人会

bottle「第43回特撰落語会~古今亭菊之丞・桃月庵白酒二人会」。

「深川江戸資料館」の展示を観覧した後、しばらく時間があったので、いつものパターンとは逆に、まず近くの居酒屋で出来上がってから会場へbeer
 

  ◆ 元犬        林家つる子
  ◆ 死ぬなら今    古今亭菊之丞
  ◆ 笠碁        桃月庵白酒
  ◆ 粗忽長屋     桃月庵白酒
  ◆ 芝浜        古今亭菊之丞

完全にほろ酔い気分以上の「Ⅰさん」は、開口一番から眠りに落ちて、鼾や息遣いで、隣の私はヒヤヒヤもの。
特に、通路を挟んだところに座っていたオヤジからの冷たい視線が気になり、気が気ではありません。
それでも、「芝浜」は、一睡もせずに聴いていたようです。
とても楽しい会でした。
お正月になってから「芝浜」が聴けるとは思っていなかったので、拾い物という気がしました。
一時期「落語っ子連」のメンバーだった「三流亭まどる」さんが、今日も受付にいました。
元気そうです。
閉演後に、向こうから声をかけてくれました。
落語が大好きなお嬢さんです。
今日は、午前中は、菊之丞さんの「三味線栗毛」と「船徳」を聴いていましたから、お菊デーになりました。

深川江戸資料館

event今日一緒に「特撰落語会」に行く予定の「Ⅰさん」から、「深川江戸資料館」の展示が見たいというリクエストがあり、落語会の前に待ち合わせ。

私は何度か観覧していますが、何度行っても、落語の参考になるので、喜んで案内しました。

ほら、今朝聴いた「火事息子」に出て来る蔵の様子、番頭さんがぶら下がるイメージが湧いて来ます。
臥煙になった若旦那の藤三郎が、屋根から屋根に渡って行く様子も。
屋根の猫を踏んづけないようにしないといけませんが。

長屋なんていうのは、本当に狭かった・・。
でも、とてもスペースを上手に使っているのが、日本人の知恵なんでしょう。

「船徳」に出て来る船宿や舟の様子も、これでよく分かります。

「Ⅰさん」にも満足してもらえた様子です。

携帯・スマホ

train日曜日の昼下がりの電車内。
携帯・スマホ
座席に座った7人全員が、携帯かスマホを覗いています。
一人一人には何のこともないでしょうが、傍から見ると異様な感じ。
本を読んでいる人が何かとても貴重な存在に見えます。
無数の情報が、この空間を飛び交っているんですね。
恐ろしい気もします。
反対側で、私もこんなふうに見えているはずです。coldsweats01

落語はやおき亭

sleepy夢うつつの意識の中から聞こえて来た、聴き心地の良い口調。
・・・「蔵の目塗りをしている・・・定吉と番頭さん・・火事息子かぁ」。
「しっとりして、丁寧な語り口調・・・。誰かなぁ・・?あんまりこういう番組には出て来ない師匠だな・・・。あぁ、もしかすると・・・」と、「落語DEデート」での「古今亭志ん生師匠の大工調べ・・・」という紹介の言葉以降失っていた意識がつながりました
   ◇ 火事息子       三遊亭圓彌
しばらく考えましたが、やはり圓彌師匠でした。
私は、亡くなる直前の新宿末廣亭の昼のトリでの「三十石」が最後に拝見した高座でした。
圓窓師匠とは、八代目春風亭柳枝師匠に入門、八代目没後に六代目三遊亭圓生師匠門に移籍した、まさに同窓生で、稽古の時にも、時々話題になります。
派手ではありませんでしたが、とても高座姿が美しい師匠でした。

めくりとチラシ

sun「深川三流亭」のめくりとチラシ。

先日、「Hさん」からめくりサンプルをいただきましたので、落語っ子連の稽古会で圓窓師匠に見ていただきました。
めくりとチラシ
師匠も大変喜んでくださいました。
めくりとチラシ
そこで、改めて「Hさん」にお願いをしました。
めくりとチラシ
チラシは、開演時刻を30分早めましたので、訂正・更新しました。
あとは・・・プログラムです。

落語DEデート

sun南に向いてる窓を開け~notes
私が社会人になった年のレコード大賞受賞曲です。
今朝のゲストは、ジュディオングさん。
  ◇ 大工調べ       五代目古今亭志ん生
今朝は、先週のことがありますから、寝過ごさないようにと、目覚まし時計を6時ちょうどにセットしておきました。
ですから、目が覚めるには覚め、冒頭の志の輔さんとゲストの対談を聴いていたのですが、「それでは五代目古今亭志ん生師匠の・・・」と耳にして以降の記憶がありません。
意識が戻ったのは、「落語はやおき亭」の途中でした。
note好きな男の腕の中でも違う男の夢を見る・・・うぅうぅ、はぁあ~spa
・・・という訳か、私の中でお眠りしてしまいました。
それじゃダメじゃんの日曜日の朝。・・・寒い。

2013年1月26日 (土)

三流亭新参さん

car「三流亭新参」さん、「さんりゅうていにっさん」と読みます。
三流亭新参さん
今月から「落語っ子連」メンバーになった、落研先輩の「杜の家とん平」師匠の、「落語っ子連」での高座名です。
例によって、師匠が命名してくださいました。
要するに、大学を卒業して入社したのが、大手自動車メーカーだったので、こういう読み方になりました。
落研OBと落語っ子連のメンバーの関係を整理をしておきます。
    【落研時代の高座名】      【落語っ子連の高座名】
    初代 杜の家頓平   =    三流亭仙三(せんみつ)    
    初代 喰亭寝蔵     =    三流亭越児(こしじ)
    三代 杜の家とん平  =    三流亭新参(にっさん)
    二代 金願亭乱志   =    三流亭流三(りゅうざ)
時間を超えて、年次を超えて、ともに大好きな落語を楽しむことの出来る幸せを感じます。

「深川三流亭」の打ち合わせ

pen師匠が、前のスケジュールの都合で、少し遅れるということだったので、今日出席したメンバー6人で、「深川三流亭」の打合せを。

私が、【日程】【予算】【準備】【出演順】等、案やら確認やらを紙にまとめたものでメンバーに説明しました。
それから、「友情出演」予定の千早亭のワッフルさんと紅巣亭の鶴女さんの「寄席踊り」のお願いもしておきました。
メンバーには初心者も多いので、当日の準備や稽古の時間も必要かと、午前中も会場を借りることにしました。
当日は、9時から使うことが出来るようになりました。
そこで、13時30分開演としていたのを、30分早めて13時にしました。
そうすれば、かなり余裕が出ます。
「深川三流亭」の打ち合わせ
チラシも訂正しておかないといけません。
出囃子CD・めくり・チラシ・プログラムは、私が準備・持参。
座布団・めくり台・毛氈は、紅巣亭さんから拝借。
金屏風・山台・CDプレイヤーは、会場の備品を借りる。
ビデオ撮影は、千公さんにお願い。
そして、観客動員は、窓口さんに全面的におすがり・・。
何でも、30名以上来てくださるそうです。
あとは、出演が未確定の百梅さんと越児さん(寝蔵師匠)の確定待ち。
そうそう、師匠とメンバーに、「Hさん」が書いてくださっためくりのサンプルを見てもらいました。
勿論、皆さん大喜びです。
それから、番組(出演順)の案も、師匠に見ていただきました。
・・・とりあえずこんなものかな…?

落語っ子連稽古会

sun今日の稽古は、曜日も時間も場所も違います。

いつもは、日曜日の12時から和室。
今日は、土曜日13時から会議室で。

  ◇ 十徳       三流亭千公
  ◇ 替わり目     三流亭百梅
  ◇ 肥瓶       三流亭○○(とん平師匠)
  ◆ 十徳       三遊亭圓窓[聴かせ稽古]

千公さんは、館山から稽古に通っている現役の小学校の先生です。
今まで、小噺と「十徳」の前半だけを稽古して来ました。
本番まであと2回しか残していないタイミングで、師匠からOKが出て、今日は後半部分のお手本を師匠が演ってくださり、全編がつながりました。
これから、血の滲むような?努力(稽古)をしないと・・・。
でも、とても楽しそうに演っていて、仕上がりがとても楽しみです。
百梅さんは、仕事の都合で本番への出演が微妙と言いつつ、これまた熱心な稽古。
独身なのに、師匠から夫婦の会話の場面を褒められました。
円安で、輸入コストが急激に上昇してしまい、忙しくなって来たとかで、アベノミクスの影響は、落語にまで及んでいます。
某首相も、また失政が続くと、弱り目が替わり目になりますよ。
先輩(とん平師匠)は、実はまだ名前がなく、師匠に考えていただいている最中の読み稽古。
前回、初めての読み稽古の時は、何十年ぶりの高座で、足が痺れて最後まで辿り着きませんでしたが、そこは昔取った杵柄で、今日は最後まで。
師匠からは、落語には「品」が必要だという師匠の持論を聞いて、今後は、演目に工夫をしないといけないと仰っていました。
でも、とても楽しそうに稽古に臨んでいるのがよぉく分かります。

師匠の聴かせ稽古は、椅子に座ったままではありますが、生で聴かせていただけるという、とても贅沢な時間です。
「十徳」も、後半は師匠オリジナルなストーリー・くすぐりがありますから、本当に出来上がりが楽しみです。

ここで、まもなく午後3時近くなりましたので、これで今日の稽古は終了。
まど音、窓口、流三の稽古は、時間切れで出来ませんでした。
まぁ、それぞれ何とかなるでしょう・・・。

つながる

subway虎ノ門駅の通路のポスター。
   つながる
なるほど、つながりますね。

稽古日

drama今日は、落語っ子連の稽古日。

師匠のスケジュールの都合で、土曜日に変更になりました。
来月の「深川三流亭」に備えて、盛り上げていかないといけません。
今日は、色々確認をしたり、決めたりしないといけません。
稽古は・・・、全く出来ていません・・・。

日本を、一枚で。

subway地下鉄駅のホームで見つけたポスター。
日本を、一枚で
例えば、 3月から、出張の時にも、大阪市営地下鉄で「Suica」が使えるようになるということです。
今まで、物凄く不便でした。
それでなくても、大阪地下鉄の券売機は操作方法が分かりづらく。
そんなに頻度が高い訳ではありませんが、全国の公共交通機関が利用しやすくなります。
電車もさることながら、小銭や料金を心配して乗っていたバスが、かなり気分が楽になりますよ。

2013年1月25日 (金)

初天神

sun今日が、正真正銘、一年に一度の「初天神」です。
天神様として祀られている菅原道真(菅公)は、生まれたのは6月25日、大宰府への左遷の命令が下されたのは1月25日、この世を去ったのは2月25日。
・・ということで、毎月25日は天神様の日として、各地の天神社・天満宮では、様々な神事・祭事が行なわれています。
その中でも1月25日は1年で最初の日ということから、「初天神」と言われているのです。
Fw:電子メールで送信: 26001187_251<br />
 7_1.jpg
この中に金坊はいますか?
飴や団子をねだっていませんか?

千早亭落語会の番組

ring3月17日に開催予定の「扇子っ子連・千早亭」発表会の出演順が決まりました。
今週の稽古には、体調や何かで出席出来ませんでしたが、いつものように抽選で決まりました。
 
  ■千早亭落語会■
      ◇ 饅頭怖いの     千早亭早千
      ◇ 道灌          千早亭軽太
      ◇ 化物使い       千早亭百人
      
◇ 三味線栗毛     千早亭永久
      
◇ 武助馬        千早亭ワッフル
              
  仲入り
      ◇ 掛取り        千早亭屏風
      ◇ 初天神        千早亭竜太楼
       ◇  十徳          千早亭絵札
       ◇ 粗忽長屋      千早亭三十一

 
     ◆  お楽しみ       三遊亭圓窓

私の「三味線栗毛」は、前半の4番目。
シャッター音
なかなか良い場所だと思います。
さぁいよいよなんですが、その1ヶ月前が「深川三流亭」・・。
こちらはまだ固まっていない部分が多く、やや心配です。

歴史秘話ヒストリア

tv先日のNHKの番組「歴史秘話(ヒステリアじゃなくて)ヒストリア」で、吉原の「花魁」がテーマになっていました。
    Fw:電子メールで送信: kitagawautam<br />
 aro04-thumb-250x366-49.jpg
「花魁(おいらん)の真実 ~江戸・吉原遊郭の光と影~」
http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/152.html
ビジュアルな部分は、大変参考になりました。
ただ、やや美化し過ぎている感じは否めません。
そんなに華やかばかりの世界ではないですから。
面白いのは、花魁チーム説とも言うべき分析でした。
ある売れっ子の花魁をトップ(リーダー)に、若い新造までがチームを構成しているという。

シャッター音

camera最近、携帯やスマホでの盗撮事件が頻発しているそうです。
素朴に、「カシャッ」という大きな音が出るから、盗撮など出来ないのではと思っていたのですが、「餅は餅屋」というか、「蛇の道は蛇」というか、シャッター音の出ないカメラアプリがあるそうです。
調べてみると・・・、ありました、ありました。
私も、このブログに使用するためなどで、スマホのカメラ機能には重宝している一人です。
確かに、あのシャッター音は邪魔です。
しかし、それ故に、”暴走”が抑制されていることも確かです。

2013年1月24日 (木)

卒業生追い出し落語発表会

cherryblossom春は別れの季節でもあります。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/3519/
落研HPに、「追い出し発表会」の案内がアップされました。

■第150回 卒業生追い出し落語発表会
  日 時  2013年3月3日(日)13時
  場 所  東北大学片平キャンパス さくらホール2階会議室
  木戸銭  もちろん無料
Fw:,,
昨年9月の「OB落語会」に出演してくれた「邪那久亭双狸」くんも、確か4年生だったはずです。
ところで、発表会が150回を数えるんですね。
確か、創部以来のカウントですから、立派なものだと思います。
我々の頃は、50回ぐらいじゃなかったかなぁ?
後輩たちが襷を繋いでくれた賜物です。
ありがたいものです。

中華街から飯能まで?

subway渋谷と青山(原宿)にはそれぞれ4年強、新宿と所沢には3年弱、横浜には2年強勤務していました。
    Fw:FW: 電子メールで送信: 120724-1<br />
 -img.jpg
当時は思いもよらなかったことですが、来月、これらの場所(街)が、一本の鉄道で繋がります。
東急東横線と東京メトロ副都心線が相互乗り入れすることになって、例えば横浜中華街から飯能まで、乗り換えなしで行くことが出来るという・・・。
一気通貫のニーズが高いとは思えませんが、凄いですね。
湘南新宿ラインや羽田-成田の2空港間、横浜から東武動物公園等々、相互乗り入れによるロングルートが増えて、今まで疎遠だったところが意外に身近になったりして。
それに比べて、常磐線・千代田線は、小田急線との乗り入れは早い方でしたが、どうも置いてきぼりな気がします。
聞けば、上野から東京まで延伸されるようですが、その先はどうなるのやら・・・。

隅田川馬石さん「芸術祭新人賞」

bud隅田川馬石さんが、池袋演芸場での独演会「奮闘馬石の会」において、「平成24年度 第67回・文化庁芸術祭 大衆芸能部門 新人賞」を受賞したそうです。http://www.bunka.go.jp/geijutsu_bunka/01geijutsusai/index.html
遅ればせながらおめでとうございます。
ちっとも知りませんでした。

この間いただいたDMに書いてくれればよかったのに。
だから何をするという訳でもありませんが・・・。

2013年1月23日 (水)

頑張れ「高見盛」!

rock大相撲の話題。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130123-00000011-dal-fight
あの人気力士「高見盛」も、寄る年波には勝てず、とうとう十両から陥落の危機にあるそうです。
「高見さかり」ではなく「高見さがり」です。
そして、昨日は、心ない観客に取組直前に体をたたかれ、握手を求められるという、とんでもないアクシデントに、緊張の糸が切れて連敗・・・。
「高見さわり」されたのでは勝てませんよね・・・?
さすがの高見盛関も、土俵だまりで「たまりませんよ!」と、思わず大声で"まくしたてた(幕下てた)"そうです。
わっかるかなぁぁぁ。shock

狂言とコント

memo日本経済新聞の文化欄に、ウッチャンナンチャンの南原清隆さん(ナンちゃん)の投稿がありました。

随分前から、狂言とコントのコラボレーションに取り組んでいるそうです。
とても興味深く読ませていただきました。
確か、落語にもチャレンジしていましたよね。
何と言っても、一番よかったのは、最後の部分(なんばら・きよたか=芸人)となっていたところ。
「コメディアン」「お笑いタレント」でなく「芸人」というのがいいね!
あれっ? 私の嫌いな「いいね!」をやってしまいました。

虚弱体質?

hospitalどうも体調が優れません。
先週末の「学士会落語会」の時は、それまでの体調の悪さから回復出来て、新年交歓会ではそこそこ飲食出来たのですが・・・。
薬局に行って、整胃・整腸剤を買って飲みました。
もしかすると、やっと治りかけていたのに、OBの大先輩方から「お前の落語は暗くて重い。お客さんが引いて帰ってしまっている。」と断じられたことがショックで、胃と腸が縮み上がってしまったのかもしれません。
冗談はともかく、本当に元気が出ません。
「千早亭」の稽古会も、休ませてもらいました。

くすぐり(洒落)の説明

bombちょっと聴いてよと、知人にこの間考えた小噺を…。
「ボーイング787騒動で、日本の某電池メーカーがやり玉に上がっているけれども、絶対に現実から逃げることなく、しっかり対応して欲しいなぁ。」
「どうして?」
「電池メーカーだけに、蓄電(逐電)が得意だから。」

・・・彼の反応は、「はぁぁぁsign02
実は彼は、逐電という言葉を知らなかったのです。
おいおい、「それじゃダメじゃん」・・でした。
彼は、説明を聞いた後で、「面白い駄洒落ですね。」  (^^)/~~~
内心「馬鹿やろう~・・、"駄"とは何だ、"駄"とは・・・。」と思っても、所詮無邪気さには勝てません。
「ご隠居さんとこの粗茶は、おいしい粗茶ですね」と言われる気持ちが分かりました。
人間、辛抱が肝心です。

二つ目昇進

basketball落語協会で、6月中席より3人が二ツ目に昇進するそうです。
   ・林家正蔵門下       まめ平
   ・三遊亭圓歌門下     多ぼう
   ・林家木久扇門下     扇
最近の寄席・落語会徘徊減少の影響で、3人ともよく知りません。

2013年1月22日 (火)

鈴木文彌アナの訃報

karaoke元NHKのアナウンサーで、東京五輪の実況で有名な鈴木文彌さんがお亡くなりになったそうです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130122/k10014981401000.html
昭和39年の東京オリンピックで、あの「東洋の魔女」と呼ばれた日本の女子バレーボールチームが金メダルを獲得した試合など、スポーツ中継の実況で長く親しまれた方です。
実は、幼い頃にアナウンサーに憧れたことがありましたので、鈴木文彌さんの全盛期を眩しく拝見していました。
享年88歳だったそうです。
東京オリンピックでの「いよいよ金メダルポイントであります」というフレーズが印象に残っています。
また一人、昭和の「語り部」がいなくなりました。
ちょっと鼻にかかった、あの張りのある声は、とても素敵でした。

滑稽噺・・・

eye噺を大きく分けると、「滑稽噺」「人情噺」「芝居噺」「怪談噺」などになりますが、滑稽噺が圧倒的に多いでしょう。
大先輩から「たまには滑稽噺をやってみたら」という、きつうぅぅぅいコメントをいただきましたから、色々考えてみました。
滑稽噺をさらに細かく分類すると、居候、お店(たな)、廓、大名(武家)、隠居、長屋、粗忽、吝嗇(りんしょく)、酒呑み、旅、幇間、泥棒、与太郎、強情、動物などのように、登場人物や、噺の舞台によって様々に分けられますが・・・。
それぞれの概要と、噺の題目を見てみると・・・。

○滑稽噺
文字通り、面白可笑しい、抱腹絶倒、荒唐無稽といった噺。
言い方を変えれば、バカバカしい噺ということになるが、そのバカバカしさを楽しむもの。噺の筋立てや登場人物のものの言い方、やり取りなどがうまく合わさって、独特の可笑しさ、面白さが演出されています。
「バカバカしい」と言下に否定しては、身も蓋もないという。
●居候
居候すなわち食客のでてくる噺。
放蕩のあげくに家にいられなくなって、出入りの職人、鳶頭、船宿などに転がり込んで居候をきめこむ商家の若旦那の噺が多い。
結局はそこにもいられなくなって、様々な人生をたどる。
【湯屋番】、【船徳】、【紙屑屋】、【唐茄子屋政談】
●お店(たな)
商家を舞台とした噺。
大旦那、お内儀、若旦那、妾、番頭、丁稚、権助などが登場。
【百年目】【干物箱】【近日息子】【悋気の火の玉】【千両みかん】【崇徳院】【羽織の遊び】【花見小僧】【山崎屋】【喜撰小僧】
●廓(くるわ)
遊郭が舞台になる噺。
吉原、品川などの遊郭の世界を描きますが、現代では全く見られなくなったものだけに、その様子を伝える廓噺は貴重。
多くがしたたかな遊女にだまされる男たちの噺で、今の時代に通ずるものもあります。
【三枚起請】【星野屋】【品川心中】【五人回し】【明烏】【お見立て】【付き馬】【文違い】【お茶汲み】【坊主の遊び】【首ったけ】【木乃伊取り】【居残り佐平次】【突き落とし】【お直し】
●大名(武家)
大名、武士が題材になる噺。
出てくる武士は大名(殿様)、奉行、藩の重役、平侍、浪人などで、いずれも町人側から見た侍たちが描かれます。
侍の世界は堅苦しく、融通の利かないものに見えたのです。
特に、地方から出てきて江戸屋敷に詰める田舎侍たちは野暮の典型で、江戸っ子には相容れない対象だったのでしょう。
しかし、二本差しの侍は町人にとっては怖い存在で、それに逆らわないようにしながら、野暮侍を揶揄しようという・・・。
【目黒のさんま】【火焔太鼓】【たがや】【蔵前駕篭】【禁酒番屋】【二番煎じ】【石返し】【巌流島】【盃の殿様】【将棋の殿様】【蕎麦の殿様】【妾馬】【花見の仇討ち】【高田馬場】【棒鱈】【三味線栗毛】
●ご隠居
第一線を退いて悠々自適のご隠居を主人公とした噺。
【茶の湯】【笠碁】【道灌】【子ほめ】【十徳】【つる】【千早振る】
●長屋
おそらく噺の数では一番多いでしょう。
熊さん、八っつぁんを代表とする町人たちの噺。
長屋にいるいろんな個性の住人たちが起こすゴタゴタが筋立てになっています。
【三軒長屋】【お化け長屋】【大工調べ】【三方一両損】【言い訳座頭】【らくだ】【御慶】【小言幸兵衛】【饅頭こわい】【尻餅】【長屋の花見】【野ざらし】【御神酒徳利】【時そば】【うどんや】【酢豆腐】【あくび指南】【厩火事】【へっつい幽霊】【天災】【寝床】【堪忍袋】【反魂香】【黄金餅】
●粗忽者
粗忽な人間がふりまく笑い噺。
【粗忽長屋】【粗忽の使者】【粗忽の釘】【堀の内】
●吝嗇もの
ケチな人というのは、本人はいたって真面目に行動しているつもりでも、周囲から見ると滑稽なところがあります。
そんな人の陰で我慢を強いられる人がいて、さらに噺が面白くなって来ます。
【味噌蔵】【片棒】【あたま山】【しわい屋】【位牌屋】
●酒呑み
のん兵衛の噺。
【一人酒盛】【居酒屋】【ずっこけ】【親子酒】【替わり目】【猫の災難】【夢の酒】【寄合い酒】
●旅
江戸時代、庶民はよく旅をしたそうです。
お伊勢参りをはじめ上方めぐり、富士講など大勢の人間が街道を歩いて、その道中で起きる出来事が噺になっています。
【三人旅】【大山詣り】【宿屋の仇討ち】【三十石】【富士詣り】【野崎詣り】【七度狐】【うそつき村】
●幇間
東京には今でも数人実在するといわれる幇間。
落語では、いつもスポンサーの旦那のご機嫌を伺い、「しくじっちゃァ、いけない」と、涙ぐましい努力をするが、必ずしも報われないという男芸者ならではの哀歓を描いた噺が中心で、あまり立派な仕事をした人物は出てきません。
【愛宕山】【鰻の幇間】【つるつる】【幇間腹】【富久】
●泥棒
いつの世にもいる泥棒・盗ッ人の類は、今も変わりません。
噺の中の泥棒は一流ではなく、必ず失敗するので、「悪」を帳消しにした活躍をしています。
【穴泥】【碁泥】【転宅】【夏泥】【つづら泥】【締め込み】【釜泥】【だくだく】【へっつい盗ッ人】【お血脈】【置き泥】【花色木綿】
●与太郎
愚かしい与太郎が主人公の噺。
【道具屋】【ろくろっ首】【錦の袈裟】【孝行糖】【牛ほめ】
●強情
熱い湯や灸を我慢したり、屁理屈を並び立てて自説を曲げないなど、強情な人間を描いた噺。
【強情灸】【やかん】【浮世根問い】
●動物
動物が主役の噺。
【王子の狐】【狸賽】【犬の目】【権兵衛狸】【化物使い】【元犬】

やいやい、落研OBの先輩の野郎ど・・・さん。
何ょお?「滑稽噺」をやれだぁぁぁ・・・?
面白れぇぇ、やってやろうじゃぁねぇか。
こちとら、「全日本学生落語名人位決定戦」の時も、初めて師匠の前でやったの時も、ネタは正真正銘の「滑稽噺」だったんでぇ。
今に見てろよ・・・。
だけど・・、いずれはと覚悟はしていたとはいえ、やりたい噺が自由にやれないというのも辛い・・・。

小蝠さんのつぶやき

flair学士会落語会に文治さんとご出演くださった「柳家小蝠」さんが、当日のことをつぶやいていました。

学士会館にて落語会。
東大落研OBの方々の前で高卒の芸人がご機嫌を伺う。
しかし、1月は仕事が少ないのにこの日に3軒重なってしまった。
ああ無情。

・・・約170名の会員を誇る「学士会落語会」で、勿論東大OBが最多ではありますが、我が母校も30名がメンバーになっている「第二勢力」です。

一枚あばら

punch肋骨のすき間のない体質を“一枚あばら”と言うそうです。
         Fw:電子メールで送信: taiho.jpg
江戸時代の大横綱「雷電為右衛門」の身体がそうだったと言われますが、若き「大鵬」関も周囲から「一枚あばら」と言われていたそうです。
”栴檀は双葉より芳し”・・・、ご本人が血の滲むような努力をしたことは間違いありませんが、並外れたセンスと身体があったことも事実でしょう。
”名人は、上手の坂を ひと登り”という訳。
今チャレンジしている「三味線栗毛」でも、「錦木」という按摩さんが療治をする「酒井角三郎」の骨格が、大出世するものだという場面があります。
そして、その予言どおり「酒井雅楽頭」という大名に出世します。
やはり、「持っている」人というのはいるんですね。

2013年1月21日 (月)

北見翼さん

event和妻の若手「北見 翼」さん。とてもイケメンな芸人さんです。
http://ameblo.jp/tsubasa-magic/

和妻とは・・・
手妻(てづま)品玉(しなだま)と呼ばれる日本古来の手品。
明治以降は和妻(わづま)とも呼ばれるようになった。
その歴史は古く、6世紀・奈良時代に仏教と共に伝来した「散楽」に端を発し、曲芸や歌舞の要素がおり混ざったもので、能や狂言と同じだと言われている。
手品または手妻と呼ばれるのは江戸時代からで、手がしなやかで「てしな」、手を変え品を変えで「手品」、手は稲妻(いなづま)の如しということから「手妻」になったと思われる。
代表的なものは、湯飲み茶碗や扇子などから水が噴水のように噴出す「水芸」。紙で作った蝶々がまるで生きているかのように動き出す「胡蝶の舞」。舞台一面に傘が出てくる「傘出し」、両親指にきつく結んだこよりを切らずに日本刀やリングを通す「サムタイ」など、どこかで観た記憶が蘇るものばかりだ。
江戸時代には趣味人や知識人に愛された知的な座敷芸として栄えたが、外国のマジックに押され衰退。
一時期は伝統が途絶える危機にも瀕したという。

頼もしい後継者ですね。
写真は、その和妻で、北見翼さんが布の中から出して、客席に投げてくれたお菓子。
煙草ではありません。
こういうの、あまりそこいらのお菓子屋さんでは売っていませんね。
平成2年 栃木県足利市出生。
平成19年 北見マキ・マジックスタジオ入門。
平成21年 北見マキに師事。和妻を継承。寄席の前座として修行。
平成23年 二年間の前座修行の後、寄席デビュー。
現在は寄席の色物芸人として都内各寄席に出演中。

幽霊の辻

eye「幽霊の辻」と書いて「ゆうれんのつじ」と発音するそうです。
大阪の落語作家の小佐田定雄さんが、昭和52年に「桂枝雀」師匠のために書き下ろした上方新作落語で、小佐田さんの落語作家としての処女作だそうです。
その後東京へも移植され、江戸弁で演じられる事もあります。
私も、桂平治(当時)さんと柳家権太郎師で聴いたことがあります。
山向こうの『堀越村』というところまで手紙を届けくれと頼まれた主人公。
中腹まで登ってきたところで暗くなってしまい、急に心細くなった彼は近くにあった茶店で休息しつつ、出てきたお婆さんに堀越村までの道のりを訪ねてみた。
「へぇへぇ、まず《水子池》というのがあります」
飢餓の時期、生活に困った女たちが産んだ赤ちゃんを捨てたことからその名がついたという。
今でも、橋の上を通るたびに赤子の泣き声がするのだとか…。
「万が一子供がのぞきこむと、友達欲しさにずるずるっと…引っ張りこむんです。…そのさきには」
そんな感じで、村へと続く道は幽霊のオンパレードなんだとか。主人公は震え上がってしまった。
「幽霊の辻…それを超えれば村やな? あれ、おばあさん?」
言うだけ言って、おばあさんは店へ引っ込んでしまった。
「うわぁ…水子池…何もない…獄門地蔵…なにもない!!」
震えながら、ものすごいスピードで山道をかけていく。もうすぐ村だ…というところで、若い娘と鉢合わせした。
「何や、ド阿保!!」
場所が…自殺した女の幽霊が出るという《首くくりの松》のすぐそばだったせいで主人公は気絶しそうになってしまう。
「幽霊やと思ったやないか!?」
「…幽霊やないと思ったの?」
女の姿が、すっと消えた。

(また、柳家権太楼もこのネタを江戸ですることがあるのだが、こちらでは最後の幽霊の女に会った後も続き、大騒ぎして逃げていると「お客さん、お化け屋敷の出口はあちらですよ」と係員に言われて、お化け屋敷の噺であったことが判明して終わるというサゲが用いられている。)
・・・正直なところ、あまり気味の良い噺ではありません。
こんなコメントを見つけました。
桂平治、桂枝雀のビデオを見 過ぎたのではないか。 
後ろ斜め上に手を上げる形などは、その典型だ、オー バーな仕種や騒ぎ方が、枝雀そっくりなのに、ちっともおかしくない。 すっ かり、すべってしまった。
枝雀だと、おかしさの中に、怖さもあったと思う のだが、怖いというより、暗いやりきれない感じだけが残ってしまった。 先を書く気にもならない。
私は本来、桂平治のとぼけた味が好きだ。
「松山鏡」など田舎の噺にも、 純朴な感じが生きていた。
 
同じような感想を、権太楼師匠を聴いた時に感じました。
また、「学士会落語会」の観客は、「権太楼師匠にそっくりだった」という感想を多く聞きました。
私も、同感です。
だってほら。
 http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/04/post-b8ce.html
 http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/04/post-059a.html
 http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/03/post-4dd7.html

遅刻・・・

sports公務員マラソンランナーの話題。
エジプト・ルクソールで開催されるエジプト国際マラソンに招待選手として出場するため、成田空港から出発するはずが、あろうことかパスポートを忘れる大失態。
母親に成田空港までパスポートを届けてもらったが、交通機関の遅れもあり、当初予定の便に間に合わず、別便による別ルートでの現地入りを目指すことになってしまった。
http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKF0756_Y3A110C1000000/
もともとの飛行機に間に合っていれば、招待選手ですから、飛行機代はかからないはずなのに、別便になってしまったから、自腹でエジプトへ・・・。
80万円だそうです。
こういうところが、必要なんだと思います。
完全無欠でないから、活躍できるのかもしれません。
しっかり優勝したそうですから、大したものです。

2013年1月20日 (日)

大寒

snow大寒とは、一年でもっとも寒い時期という意味。
小寒から数えて15日後とされており、小寒から大寒までの15日間と大寒から立春までの15日間の合計30日間が「寒さの内」。
12月や1月の天気予報で「今日は真冬並の寒さになります。」または「真冬の寒さになります。」と言われると、なんか「ん?」と思いませんか?
「今は真冬なんだから当然だろう。この言葉使いは変ではないか?」と思ってしまうのです。
どうやら、大寒から立春までを「真冬」と言うようで、だから12月の寒さは「真冬並」で良い訳。
ということは、明日寒かったら、真冬並とは言わないということ・・・。

ラジオ寄席

flag八代目雷門助六特集です。
    ◇ 宮戸川       雷門助六
    ◇ 七段目       雷門助六
よく聴くのは、「長短」だとか「虱茶屋」あたり。
好きな師匠でした。
勿論、ラジオやテレビでしか知りませんが。
実は、私は、高座に上がる時には、助六師匠がお使いだった口上を使わせていただいているのです。
「代わる代わる、色々な顔をご覧に入れまして、さぞお力落としもございましょうが・・・・・」というフレーズです。
黙って使っています。
ごめんなさい。

1月20日

birthday1月20日は、我が家一族では、特別の日です。
田舎の今は亡き祖父と、父と、同居する長男と3人の誕生日です。
祖父が存命であれば113歳、父が84歳、長男が24歳。
父と長男は年男です。
1月20日その日38万件に達しました。

落語はやおき亭

music今朝は、誰の何でしたっけ?
暫く考えて、やっと思い出しました。老化現象ですね・・・。
   ◇ 初天神      十代目 金原亭馬生
「初天神」という噺は、題名からして明確に日時が特定出来るのに、何故か一年中演られています。
噺の中に、あまり季節感や時期を限定するような設定や台詞がないからでしょう。
天神様だけでなく、一般の寺社の縁日という設定で考えれば、一年中、どこかでやっている訳ですから。
だから、逆に凧揚げの部分はあまり出て来ないのかもしれません。
とはいえ、「初天神(うそがえ)」は1月25日です。
※本日、ブログへのアクセス累計が38万件に到達しそうです。

「深川三流亭」のめくり案

pen昨日の「学士会落語会」のめくりを書いておられる「Hさん」が、ご無理をお願いしている「深川三流亭」のサンプルを持って来てくださいました。

帰宅して、早速自宅のリビングに貼ってみました。
うん、なるほど。
こうして、多くの方々がご支援してくださっています。

落語DEデート

music一昨日・昨日は十一代、そして今朝は先代(十代目)。
    ◇ 反対車     十代目 桂 文治
背は低いが、声は高かった先代の文治師匠。
落語芸術協会の会長の任期満了の当日、歌丸師匠から一服盛られて亡くなってから、9年になるそうです。
私は「やかん」が好きですね。

お前は「重い・暗い・長い」…

shadow「あなたの噺はね、上手いんだけど暗いんだよ。聴いていて重たいんだよねぇ。」
・・学士会の懇親会の時に、落研の某大先輩に言われました。
「たまには、滑稽噺をやってみろよ。」と別の大先輩が。
それを聞いていた某先輩が待ってましたとばかりに、「そうそう、お客さんも乱志はまたか・・と、落語会全体も暗くなって引いて帰ってしまうんだよ。」とまあ覆い被さるようなきついコメント・・・。
「上手いんだけど」というのは、よくある否定的なことを言う接頭語のようなものですから、要は「重い・暗い・長い」ということです。
という訳で、学士会落語会の懇親会の後半は、立食パーティのテーブルに固まっていた先輩の方々から、文字通りの集中砲火を浴びるはめになってしまいました。
結局、私だけが一人悦に入っていただけで、そんなに(引いてしまうほど)評判が悪かったとは・・。
トホホ・・・、それぞれそんな感想をお持ちだったんですね・・・。
人情噺ですから、一種の重さ・暗さは、むしろ意識して演っていたのですが、面と向かって断定されると、さすがに堪えます。
とはいえ、先輩の声というのは、ありがたく受入れたいものです。
これがもし私の芸風や芸そのものの評価なら、この忠告を謙虚に受け止めて反省しないといけません。
人情噺ばかりに拘らず、他ジャンルを演ることも必要でしょう。
滑稽噺にチャレンジというのもひとつの選択肢ではあるでしょう。
「ワンパターンでつまらないから、OB落語会で人情噺はやるな」ということなら、次回の「お江戸あおば亭」以降、暫くは出演を遠慮した方がよいかもしれません。
「お客さまが引いてしまう」のなら、各自の負担でやっている自主公演で、他の出演者の方々にご迷惑をおかけすることになります。
「一番丁はずみ亭」も封印する必要があるでしょう。
そもそも、「有志でやりたい噺や諸芸を自由にやろう」というのが会の趣旨ですから、遠慮しながらならやるぐらいなら、私が参加する意味も希薄になります。
最近は、OB落語会への出演希望者も着実に増えて来て、7年前の麻雀亭駄楽師匠との約束は、ある程度実現できた感もありますから、OB落語会では、私はそろそろ裏方に徹するタイミングになったのかもしれません。
それで、一方で私は、やりたい人情噺が思い切って出来る場所を、新たに探した方が良いのかもしれません。
そういうことか・・・。「お前はもういいよ」・・そういうことか・・・。
物事、常に動いていますから、安住しないで、謙虚に敏感にそれに合わせていかないといけませんね。
(落語会というのは、一人でなく団体のバランスが大切・・・。)
勿論、本当に芸として暗くて重いなら、改めて師匠にもご指導いただいて、しっかり治して行こうと思いました。
今にみておれ・・。

2013年1月19日 (土)

ツーショット

gemini十一代「桂文治」師匠と。「学士会落語会・新春交歓会」にて。
   
とても良い記念になりました。
 

雪だるまフェスティバル

snow学士会落語会の懇親会の後、それほど寒くなかったので、神保町から神田方面に歩きました。
すると、歩道に雪だるまとが並んでいます。
「神田小川町雪だるまフェスティバル」というイベントが開かれていました。
http://www.kanko-chiyoda.jp/tabid/2756/Default.aspx
毎年恒例、千代田の冬の風物詩。
群馬県嬬恋村から運ばれた70トンの新鮮な雪が、 東京のまん真ん中“神田小川町”にやってくる!
当日は、巨大な雪だるまが30体 以上街中に並び、ソリ滑りやかまくら体験もできる子供達に大人気の雪広場が出現!

 

先日積もった雪で作られた訳ではなく、もう12回目になるそうです。
町興しの一環ということですね。
こういうの、とてもかわいくて、楽しそうですね。

大鵬逝く

punch物心もつかない頃、家庭に普及し始めたテレビの画面を指して「ボク、これは誰?このお相撲さんの名前は?」と、近所のおじさんが尋ねると、「とちにちき、わかのはな、かちわど、たいほう・・・」と、まだ字も読めない「ボク」ですが、よどみなく全員の四股名を答えたそうです。
 みみ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130119-00000058-mai-spo
あの頃の大相撲というのは、文字通り国技で、幼い私にとっては、本場所のテレビ中継というのは、別世界で起こる夢のようなもので、夕方、祖父と二人で画面にかじりついていたものでした。
   みみ
「制限時間いっぱい。東は全勝の横綱大鵬、西は横綱柏戸・・・」。
あの千秋楽の一番は、心が高揚して、手に汗握って、祈るように応援したものでした。
連勝が45でストップした微妙な判定の一番も、引退を決めたという貴ノ花との一番も、リアルタイムで見ていました。
本当に強くて、綺麗なお相撲さんでした。
「大鵬に土」というのは、小学生の私には重大ニュースでした。
日本の高度経済成長と、「巨人・大鵬・卵焼き」というのは、私たちの世代の成長とも、完全にれリンクしているのです。
東の正横綱大鵬と、巨人の4番サード長嶋。
この二人なくしては語ることが出来ません。
みみみみ大横綱逝く。享年72歳。

学士会落語会新春交歓会

 

beer落語会の後、新年祝賀会というか懇親会。
平治さんと小蝠さんもご出席くださり、とても楽しく過ごしました。
(途中までは。事情は別途触れます。)
こんな雰囲気でいらっしゃったので、「師匠、昨日も”お血液”を聴かせていただきました」「ご襲名と披露興行のご成功おめでとうございます」と、声をかけました。
「あぁぁ、どうもありがとうございます」と、高座と変わらない、明るくて親しみのある表情で答えてくださいました。

暫く、様々な話をしながらお付き合いいただきました。
小蝠さんも、真打昇進間近だということですが、とても人柄のよさそうな好青年でした。

ということで、楽しい対談が続きました。
ここまでは。

学士会落語会

 

school今年最初の学士会落語会の例会は、特別バージョン。
 
  ◆ 三人旅(おしくら)      柳家小蝠
  ◆ 幽霊の辻          桂 文治
 (◆ 和妻             北見 翼)
  ◆ 源平盛衰記         桂 文治  
      

今日は、ある意味で、珍しい噺ばかりだったと思います。
「おしくら」は、圓生師匠のイメージが強い噺で、あまり寄席では聴けません。
「幽霊の辻」は、小佐田定雄さんが、桂枝雀師匠のために書き下ろした噺で、珍しいでしょう。
私は偶然、平治時代の文治さんと権太楼師匠を聴いたことがありますが。
・・それにしても、明るい芸風で盛り上げてはくれましたが、新年の例会の演目としては微妙な感じはしましたが・・。
「源平盛衰記」は、もう定番で、何度聴いたでしょう。
前日の東京落語会で「お血脈」を聴いたばかりで、マクラも、途中に入るくすぐりも、かなり重複はしていましたが、場所が変わるとまた違うものではあります。

桂文治といえば、落語界屈指の大名跡です。
復活したんですね。

神保町散歩

shoe学士会落語会に行く前。

神保町を散策しました。
岩波書店で、「圓朝全集」の現物を手にして、しばし悩みました。
円朝全集
「怪談牡丹燈籠」を斜め読みしました。
有名なカランコロンという下駄の音のシーンは、どちらかと言うと、本編ではありませんから、萩原新三郎の部分を探すのには苦労しました。
別の古書店で、2冊ほど目につけました。
勿論、2冊とも落語関連の書籍です。

隅田川馬石さんから

mail隅田川馬石さんから封書が届きました。

日暮里サニーホールでの「ひぐらし寄席」と池袋演芸場での「奮闘馬石の会」という、順調に回を重ねる独演会。
日暮里が21日・池袋が25日です。
それから、主任を勤める池袋演芸場の2月上席(夜)。
そして、同封の一筆箋に自筆で一言「ご来場お待ちしております 馬石」。
なかなか行くことも出来ずに、本当に恐縮してしまいます。
日暮里サニーホールのコンサートサロンにしても、池袋演芸場にしても、キャパシティは100名ぐらいです。
しかし、たかが100名というなかれ、会場を満席にすることがいかに難しいか・・・。
馬石さんは、言わずと知れた雲助師匠の二番目のお弟子さん。
人情噺に力を入れ、有望な若手の一人だと評価されている噺家さん。
僭越ながら、私も人情噺を目指していますから、タイプは違いますが、是非いろいろ学びたいと思う存在です。
だから、なるべく通いたいとは思うのですが・・・。

第5回お江戸あおば亭日程決定

drama破れ家笑児さんが、「浅草ことぶ季亭」の予約をしてくれました。
Photo「第5回 お江戸あおば亭」は、
 平成25年6月8日(土)13時開演sign03
これで「浅草ことぶ季亭」でOB落語会を開催した回数は・・・、
吉例「お江戸あおば亭」5回、「一番丁はずみ亭」2回となり、
通算すると7回目になります。
で、私は過去6回皆勤で出演して、何を演りましたかなぁ。
「花筏」「佃祭」「藪入り」「浜野矩随」「子ほめ」「救いの腕」と、先日の「帯久」を入れて合計7席です。
回数より1席多いのは、前回は2度高座に上がったから。
さて、次回は何に挑戦しましょうか・・・・。
出演者が多くなって、弾き出される可能性もありますから、あまり熱くなり過ぎないようにしておいた方がよいのかもしれません。

脳梗塞?

karaoke某テレビ局の34歳の売れっ子女子アナが脳梗塞・・・?
「軽度の脳梗塞」と診断されて、療養することになったそうです。
「今まで健康診断でも血圧やコレステロールで注意を受けたこともなく、まさか自分がと驚きました」とコメント。「幸いにも、発症した場所がよく、後遺症がなかった・・・」そうです。
・・・34歳というのが驚きです。
人間の身体は、単なる数値だけではなく、メンタル面や体力面(疲労)や環境などのファクターにも影響されるのでしょう。
あんまり縮こまってもダメでしょうが、無理をしてはいけないのでしょうね。

「BRUTUS」の記事

book雑誌「BRUTUS」 (マガジンハウス)の2月1日号に、「GOOD BODY からだにいいこと」という特集があり、「剣道×噺の心」というテーマで、五代目柳家小さん一門の柳家小團治師匠・柳亭市馬さん・柳家花緑さんの3人が、着物と道着姿で登場しているそうです。
先代小さん師匠と言えば「剣道」。
小團治師匠は、大変小柄で華奢な体格ですが、60歳で7段を取得したという、とてつもない噺家さん。
市馬さんは、落語と昭和歌謡のほか、剣道でも有名ですから。

山台

Fw:電子メールで送信: image.jpg高座を作るのに、毛氈をかぶせる台を「山台」と言っていましたが。
1 歌舞伎の大道具の一。
  役者が舞台上で腰掛けるのに使う高さ1尺4寸くらいの台。
2 歌舞伎の大道具の一。
  常磐津節・清元節などの浄瑠璃連中が出語りのときに座る台。
   また、長唄連中が舞台背後に居並ぶ雛段をもいう。

まぁ、間違いではないのでしょう。
これでいいのだ。

落語とボーイング787

airplane準国産と言われる飛行機のトラブルが問題になっています。
緊急着陸事故での乗客の様子が、新聞に載っていました。
最新鋭機ボーイング787でまたもトラブルが起きた。
高松空港に緊急着陸した(羽田行きの)全日空692便。
乗客は機内の緊迫した様子を語り、欠航が相次いだ空港のロビーは、払い戻しの手続きをする旅客や旅行の計画を変更するグループなどで一時混乱した。
692便に搭乗し機内サービスの落語放送を聞いていた男性は、音声が急に途切れ、機体が急に高度を下げ始めたのに気づいた。
「煙を感知したので高松空港に緊急着陸します」。
機長からはアナウンスが入った。
着陸後に客室乗務員から「脱出用シューターで降りる」と告げられると、乗客の間からはざわめきが起きたという。
客室乗務員は「荷物を持たないでください」「ハイヒールは脱いでください」と指示。
男性は「緊急着陸と聞いた時には、どうなるかと不安だった」と事故を振り返った。

せっかく落語を聴いていたのに、・・って、そうじゃないでしょう。
洒落になりませんね。
航空会社も、空港も、乗客も、・・メーカーも。
日本の電池メーカーが問題視されているようですが、是非とも問題から逃げずに、適切に対応して欲しいものです。
とにかく、電池メーカーなだけに、蓄電(逐電)が心配です。coldsweats01
でも、逃げるなんていうことは出来ませんよ。
機内サービスで流れていた「全日空寄席」の噺は、立川談春さんの「明烏」だったそうですから、「(あなたがた逃げてごらんなさい。羽田から逃げても)大門(だいもん・おおもん)で止められる」。
・・おあとがよろしいようで。shock

2013年1月18日 (金)

東京落語会

event気がつけば、今年初めての落語会ではありませんか。Fw:まま
体調もまだ完全ではなく、仕事も早めに切り上げニッショーホールへ。
いつもなら、6時から開演で、なかなか最初から聴くことが出来ないのですが、新年の今日は、吉例の寿獅子で始まります。
  ◆ 寿獅子         松本源之助社中
  ◆ 加賀の千代      春風亭一之輔
  ◆ お血液脈        桂文治
  ◆ 不動坊         古今亭志ん輔
  ◆ 花筏           春風亭昇太
  ◆ 中沢家の人々     三遊亭圓歌
今年も、松本源之助翁のお元気な姿を拝見できました。
大正13(1924)年の日暮里生まれで、7歳から父(三代目)源之助について江戸里神楽の世界に入ったということですから、今年で満89歳ということですね。
田舎者には、わからない世界ですが、要は「お正月だぁ」ということ。
一之輔さんと文治さんは、昨年の落語界の主役だったご両人。
二人とも、大事を無難に成し遂げて、ややだるい感じがしましたが。
志ん輔師匠は、東京落語会は1月がレギュラーになっているようです。
昨年のクリスマスに、股関節の手術をされたそうで、知りませんでした。
昇太さんは相変わらずで、私のネタでもある「花筏」でしたが、ねぇ・・・。
地噺のところと提灯屋の台詞に「ございます」が多くて、とても耳障り。
新作を中心に、現代言葉で喋る芸風なのに、「ございます」はおかしい。
それを言うなら、「ボク」と言わずに「私」と言うべきですよ。
圓歌師匠は、確か父と同い年でした。
お元気とは言うものの、年齢には勝てません。
今夜は、いつもの頓平師匠と金魚師匠にとん平師匠も加わり、本来であれば、落研OB4人で賑やかに一献というところだったのですが、残念ながら体調の悪い私は失礼して、まっすぐ帰りました。
・・・トホホ。

人質事件

bomb"ここは地の果てアルジェリア…"という詞の懐メロがありますが、この国で起こった過激な事件。
社員が人質になったという「N社」は、かつて営業で担当していたこともありましたので…。
色々な背景、歴史・利害・思想などが錯綜していて、よく理解は出来ませんが、悲しいことです。
それにしても、能天気にも、政府専用機から「Facebook」に投稿していた某国のトップには、こんなこともあるのですから、やはり「そんなことにうつつを抜かしていてはいけない」と言いたいですね。
こういうのを、「そら(空)見たことか」と言うのでしょう…?

くずゆ

japaneseteaお腹の調子も少しずつ回復しつつあります。

15日は夕食抜き。
16日は朝食はリンゴ2切れ。昼食はスープ春雨。夜はお茶漬け。
昨日は朝はお茶漬け、昼は「きつね呑兵衛」、夜はまたお茶漬け。
少し落ち着いたので、夕食後にこんなものを食べ(飲み)ました。
くずゆですよ、くず湯、葛湯。
懐かしい味でした。
小学校に上がる前、近所の幼馴染みの家で食べて(飲んで)、とても美味かったことを思い出します。
まだ、風邪でも引かないと、みかんや白桃の缶詰など食べられなかった頃、ショートケーキやアイスクリームやシュークリームやバナナを死ぬほど食べてみたいと思った頃です。
素朴で淡白な味と、絶妙なとろみが、何とも言えません。
そう言えば、小学生になってからは、自分で鍋で片栗粉をかき混ぜて作って食べ(飲み)ましたよ。
味もさることながら、温めているうちに液体からペースト状になるのが、化学の実験みたいで面白くもあったのでしょう。
あの糊のようなものの中にも夢がありました。
とはいえ、早く治さなくては。
よく落語に出てくるのは、くず湯でなく屑屋。
屑~ぅい、おはらい~ぃぃ。
くずぅ湯ぃ、おいしい~ぃぃ。
似たようなもので。coldsweats02

常盤木学園

soccer撫子の蕾?
女子高校サッカー選手権で、仙台の常盤木学園高校が2連覇を果たしたそうです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130117/k10014867961000.html
この「常盤木(ときわぎ)」っていう名前が実にいいですね。
常盤木というのは、常緑広葉樹(林)のこと。
学生時代、下宿から仙台駅前行きバス路線に、「常盤木学園前」というバス停がありました。
確か、当時の制服はセーラー服でした。(今は知りませんが。)
会社に入って、仙台支店に配属になって、女子社員に常盤木学園の出身者が何人かいた気がします。
”杜”の都の”常盤木”学園なんてね。
直接には何の縁もない学校ですが、地元意識が湧いて嬉しい。

噺-HANASHI

pc酷評したツイッターで、新しい落語情報系サイトを知りました。
「噺-HANASHI-」は、東京を中心とした首都圏で行われる落語会の内容、開催日、発売日などの情報を網羅し、紹介するサイトです。http://hanashi.jp/
今、毎日、数多くの落語会が開かれていますが、その情報の一覧が見られるだけでなく、今、注目すべき噺家さんの紹介や、実は深い落語の世界のイロハを紹介する情報サイトです。

・・・だそうです。

「お江戸あおば亭」の日程

event破れ家笑児さんからメール。Img_0005_3次回の「お江戸あおば亭」の日程について。
週末に「浅草ことぶ季亭」に行く予定があるので、適当な日を仮予約しましょうかという・・。
大変ありがたい話で、早速OB会の先輩役員の方々とも相談して、5月の第4土曜日あたりを狙おうということに。

Facebook

pc昨年末近くに、友人に勧められるままに、「Facebook」なるものに登録しました。
・・・が、何かこう・・・すっきりしないものです。
私の個人情報が四方八方に飛んで行き、知りたくもない人の個人情報が飛び込んで来る。
昨日も、見ず知らずの人から、「お友だちになりませんか」と・・・。
私が使い方を理解していないということもあるのでしょうが、どうなっているのか訳が分からない。
とにかく煩わしいのは、企業広告のようなものも多く、それに「いいね!」なんて言っているので、記事が読みづらいこと。
私は、動物や料理や人の写真や投稿などには全く興味がありませんから読みたくないし、読んでも聞きたくもない自慢話を聞かされているようでつまらない。
私も最初は調子に乗って、高座の写真などをアップしましたが、きっと他の人は迷惑な人も多いでしょう。
何か、フレンドリーの押し付け合いみたいに感じられて。
個別に用事があれば双方のメールでいいし、同じ趣味や目的があるなら同好の人にブログを読んでもらえば十分だと思います。
「今何してる?」「いいね!」なんていうのを見ると・・・「余計なお世話だぁannoy」と思ってしまったりして。
そうそう、そう言えば、「安倍晋三です」というのがありました。
誰の友達かは知りませんが、「東南アジア諸国歴訪に向かう政府専用機からairplane」の投稿だそうです。
「お前は○○かsign02
一国の宰相たる者、そんな軽々しく居場所や機内の状況や心境をばらしてどうするsign01
そんな暇があったら、待ち受ける諸国トップとのタフな会談に備えて、静かに休んで体力を蓄えた方が、ずっとマシで賢いというもの。こんなものは誰も”情報公開”とは思わない。くだらないことで国民に阿るなsign03
と私は思いますが、賢者の皆さまのご意見はいかがでしょうか?
それから、「Twitter」というのも、よく分かりませんなぁ。
勝手につぶやいて、それが"ぶつ切り"のようになっているし、何に対するつぶやきかが分からないものが多くて・・・。
「・・なう」・・なんて、馬鹿じゃないのって。
それでも、落語関連の情報を入手する手段としては重宝なので、時々覗いてはいますが、自分から投稿してはいません。
本当の友だちのいない、暇で寂しい人が多いのか。
自己顕示欲の強い、独り善がりの人が多いのか。
という訳で、アナログオジサンには、使いこなせませんなぁ。

2013年1月17日 (木)

「深川三流亭」の準備

penチラシをメンバーに配信したものの、あまり反応なし。

窓口さんから、「着物でご来場予定の方から、椅子の席はあるのかと尋ねられたが」という照会があった程度。
・・そうだ。
会場を押さえただけで、備品などの確認もしなくてはいけません。
山台やら、音響のことやら、ビデオ撮影・・・。
あぁそうそう、金屏風も必要かなぁ・・。
「紅巣亭」の時の様子も参考にさせてもらいながら。

出囃子のCDは大丈夫・・・。
とまぁ、色々心配・・・。

大震災から・・・

sign04東日本大震災の記憶が強烈ではありますが、18年前の今日は、阪神大震災が起こりました。
朝食を食べながら視ていたテレビのニュースからの第一報は「京都方面で大きな地震があった模様・・・」でした。
会社に着いてみると、地震発生は京都ではなくて阪神方面。
阪神高速道路の高架が倒壊している無残な映像を見て、愕然としたのを鮮明に覚えています。
あれから18年、東日本大震災からまもなく2年(678日目)。
何事もなく、無事に生きていられることの何と幸せなことか。
来月の「深川三流亭」では、そんな気持ちもこめて、師匠が創作された「揺れるとき」を再演したいと思います。
日本経済新聞「春秋」に阪神大震災直後に詠まれたという、関東大震災も経験した当時85歳の人の和歌が紹介されていました。
 何とてか 生きてまた見る 大地震(おほなゐ)の
                    人の生死を 焼土無残を

関東大震災から90年になるそうです。

「朝日名人会年間通し券」抽選

weepやはり、「ハズレ」でした。
900件近い応募があったそうです。

2013年1月16日 (水)

体調不良

hospital昨日から、腹の調子が悪くなり、ほとんど食べていません。
昨夜は帰ってすぐ休みました。
身体が重たくて。
・・・今朝もあまり変わらずで、お昼ぐらいになって、やや熱っぽくなり、頭痛もして来たので、昼休みに近くの内科医院に行きました。
診立ては、ノロウィルス感染の心配はないとのこと。
お腹も正常に動いているそうで、整腸剤と胃薬を処方してもらいました。
処方箋を持って薬局に入ると、入れ違いに出て来たのが、会社の同僚で先日の「一番丁はずみ亭」にも来てくれた「Oさん」でした。
見ると、何やら右腕を三角巾で吊っています。
一昨日の積雪で滑って転んで、右肩あたりを強打したそうです。
昨日も痛がっていましたが、今日病院に行ったら、剥離骨折だと診断されたということです。
ポンポンが痛いなどと言っているオジサンとは違って、爆弾低気圧のせいで大変なことになりました。
社内では、別の場所に勤務している若手社員も、通勤途上の駅で転倒して、頭部に裂傷を負ったそうです。shock

師匠と・・・

pen師匠の創作「指相撲」の件でメールすると、早速返信あり。
http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13576511743922
歌謡曲にある地元ソングの向こうを張って、地元噺って命名してるんだが、、、。
今回は地元からの応援を随分と貰っての作品。
去年から構想してたもの、やっと初演にこぎつけて嬉しいよ。
3月に東京落語会で口演する予定、、、。
是非とも聴きにきてください、、。
(中略)いずれこの噺も地元の噺っ子連が継承してくれると思うので、余計に嬉しい。

勿論、行きます、行きます。
それに3月の「東京落語会」でもお演りになるそうで、これまた楽しみです。
すぐに返信しました。
師匠、おはようございます。
創作「指相撲」は、聴きに行かせていただきます。
大変僭越を承知で、昨年は師匠の創作噺3題にチャレンジさせていただきました。
「救いの腕」「鬼子母神 藪中の蕎麦」そして「揺れるとき」。
それぞれ師匠の思いのこもった噺で、これからも機会ある度に再演をして行きたいと思います。
「指相撲」も、きっと地元の噺っ子連のどなたかが継承されることでしょう。
新しいものを創り、継いで行く、「揺れるとき」の台詞にも出て来ます。
とても素晴らしいことだと思います。
この正月に、郷里に近い鰍沢に立ち寄り、小室山や法論石にも行って、空気を感じて来ました。

勿論、円朝師匠がご覧になった景色とは全く違うとは思いますが、師匠から頂戴した、師匠オリジナルのオチで、いずれ「鰍沢」にチャレンジする時の参考にしたいと思います。

・・・とまぁ、実に僭越なメールです・・・。

仏像

paper先日行った田原町は、仏壇・仏具店が多く並んでいます。
仏像
ですから、街角にも、さりげなく仏像が立っています。
仏像も、お寺の本堂でなく店先に置いてあると、あまりありがたさを感じないのは、私だけでしょうか?
仏像
ところで、円空の展示会が開かれているようです。
行ってみようかな。

五街道雲助師匠の記事

memo東京新聞で見つけた記事。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/tradition/CK2013011402000161.html
<フリーな門風 弟子飛躍 雲助が噺家生活45周年>の見出し。
古典落語の大ベテラン、五街道雲助が今年で噺家生活45周年を迎える。
弟子の桃月庵白酒、隅田川馬石、蜃気楼龍玉の活躍もめざましい。

という文で始まります。
「基礎だけ教えて、後は勝手にやって構わない。そうしたらみんな個性を伸ばした。縛り付けないのが良かったんでしょう」。
・・・なるほど。

「月の松」の前の・・・

bud件の「月の松」の話題です。

ご覧のように見事な、輪になった松の枝なのですが、下の写真の下部(月の松の真下やや左側)に、切り株が見えます。

ほら、ここの部分ですよ。 ここです。
さらに拡大したのが下の写真です。
かなり太い幹で、何の木かは分かりませんが、そこそこ立派な立木ではなかったかと思われるのです。

             どうもこれが引っ掛かるんです。
月の松の犠牲になったのなら・・・、ちょっと悲しい。

2013年1月15日 (火)

昼下がりの

sunここは北国の街ではありません。
昼下がりの
午後2時頃の表参道の交差点です。
昼下がりの
表参道も青山通りも、車道には雪はありませんが、舗道や街路樹の根元には、雪かきされて積まれた雪が残って、街中が冷蔵庫のようです。
昼下がりの
若い頃、この街のオフィスで5年近く働いていました。
基本的には変わっていませんが、なんとも言えない雰囲気の街ではあります。

チラシ配信

art連休に内職をした「深川三流亭」のチラシをメンバーに配信。

WORD版・PDF版・JPG版と、3種類のデータパターンで送りましたので、適宜使ってもらえると思います。
当然これはJPG版です。
苦労したところは、やはり「深川三流亭」の寄席文字です。
プロの噺家さんの落語会のも参考にしてみました。
まだ出演者が最終確定していないので、全メンバーの顔写真を入れました。
私を除いて、全て稽古中の皆さんの真剣な表情です。
それから、落語会の場所が、初めての場所なのと、駅からやや距離がありますので、地図を大きめにしたのがポイントです。

朝の雪道

snow霞ヶ関も、雪が積もったまま。
朝の雪道
これから、人海戦術で除雪されるのでしょう。
歩道はシャーベット状になって、滑ること。
朝の雪道
変な姿勢で歩いたからでしょう。
ぐったりしてしまいました。
でも、転ばなくてよかった。
朝の雪道
初雪や 二の字 踏み出す 下駄の跡
そんな風情はありません。

爆弾低気圧

bombそれにしても物騒な名前になったものです。
爆弾低気圧
昨日の雪は、確かにたくさん積もりました。
写真は昨夜の様子ですが、案の定、今朝は駅まで苦労しました。
爆弾低気圧
除雪されていませんから、地の出ている所はなく、カチカチに凍った場所で転倒する人も多いでしょう。
ところで、昨日の天気予報は大外れだったそうです。
都内は雪は積もらないと予報していたとか。
私は、何日も前から、しかも前日の好天から、雪が降るぞ!積もらない言っていたのだから、天気予報は大当たりだと思っていたのですが。
それじゃ駄目みたいです。
3連休の最終日で、家に帰り着かなかった人も多くいたようです。

扇塚

pen先日行った、はなし塚の本法寺。
扇塚
扇塚
「はなし塚」の脇に、「扇塚」というのがありました。
まだ、比較的新しいものでしたが、自宅に帰って調べてみたら、先代の「桂文治」師匠の揮毫だということが分かりました。
噺家の小道具は、扇子と手拭だけである。
使い古した扇は丁重に供養される。
この扇塚の裏面には、「平成15年寿 落語芸術協会建之」とあります。
新しい訳です。
扇塚
こんな石碑もありました。
 「はなし塚」の右の端にあるのは、「お伽丸柳一」の碑。
碑面の右側に皿回しの図が線描されている。
皿回しの竿が描かれているのです。
「お伽丸」は、昭和初期の、曲芸師だそうです。
扇塚
へぇぇ、色々あるものです。

ねずみ

cat「ねずみ」を聴きました。
ねずみねずみ志の輔さんの映像。
ねずみねずみ初めて観ました。
音源では何度も聴いているのですが。
まだ若い頃のものです。
そんなに仕草も人物設定もはっきりしている訳ではない。
正直なところ、それならば、私の方がしっかり出来ていると思う。
でも、そこそこ受けている・・。
なぜだろう・・・。
リズムと遊びでしょうか・・・。
それにしても、立川流の噺家さんは、やや大雑把な感じがするのは、ホール落語などが多いからなのでしょうか?

2013年1月14日 (月)

雪の夜道

snow首都圏では17年ぶりの大雪だそうです。

駅から、四苦八苦しながら帰りました。

常磐線快速が運転を見合わせていたので、西日暮里から千代田線に乗り換えました。

新京成線は運行していますが、ダイヤは乱れているかもしれません。

踏切にも積雪。
明日の朝の通勤は、凍結して大変でしょう・・・。
やれやれ・・・・。

師匠から

moon3師匠が夢に出て来たその日に、偶然師匠からメール。
「あれっ?」と、少しドキドキして開けてみると・・・。
「暮れにリクエストのあった高座本、渡したっけ?」という・・・。
高座本
師匠、先日の稽古の時に4冊、確かに頂戴いたしました。
ところで、来月、創作噺「指相撲」を稲敷でネタ下ろしされるそうですね。
茨城新聞に載っていました。
私もドライブがてら、聴きに行かせてもらおうかと思っています。

・・・と返信しました。

雪降り

snow天気予報がばっちり当たり、ゲリラ降雪で見事に積雪。
雪降り
ちょっと外出が、ダイヤが大幅に乱れて…。
参りました。
雪降り 明日の出勤が心配です。
午前中、雪の中を成人式に急いでいた晴れ着のお嬢さん。
大丈夫だったかなぁ。

夢・・・逆夢?

eye夢を見ました。
例によって、ストーリーはほとんど覚えていませんが。
どこかで高座に上がっている。
客席の正面最後列に、圓窓師匠が座っている。
あぁ、落語っ子連か、扇子っ子連の発表会・・・?
座布団に座ってお辞儀をした瞬間から映像が始まります。
自分でも、どこにいるか分からない。
頭を上げたら、上のような景色が見えて来た。
ところが、「えぇ~」と、喋り始めると、声が出ない、台詞も出て来ない!
師匠が「どうしたんだい。いつものように演ればいいんだよ・・」と。
一生懸命喋ろうとしても、なかなか力が入らず、やっと出て来たら、色々な噺のマクラがグチャグチャになっている。
そんな感じでもがいていたら、高座に湯呑を持って来てくれた人がいる。
ひょいと、顔を見ると、何と米朝師匠・・・・。
・・・ここで目覚めました。shadow
夢は五臓の疲れ?
夢は逆夢?

天気予報

rain今朝の天気予報によりますと。snow
気象庁は14日、東日本の内陸や東北の太平洋側などで降雪が強まり、局地的に大雪になる恐れがあると発表した。
15日午前6時までの24時間の降雪量は、関東甲信地方の多い所で50センチ、東北の太平洋側では40センチと予想しており、雪による交通への影響に注意を呼びかけている。
急速に発達する低気圧の影響で、西日本の太平洋側から東北の太平洋側にかけては風速20メートルを超える非常に強い風が吹く見込みで、同庁は暴風や高波への警戒も呼びかけている。

現在朝8時過ぎですが、確かに昨日とは一転、かなり天気が悪そう。
久しぶりの雨で、いくらかお湿りになればよいのですが・・。
ところで、昨日の朝、鼻血が出て目覚めました。
昨冬もびっくりしたのですが、病院に行くと、空気が乾燥して鼻の粘膜にひびが入って出血したと言われましたので、きっと今回もそうでしょう。
そういう意味では、きっとお湿りは歓迎なんですよ。
マスクをしていた方が良いかもしれません。
えっsign02 今日は「成人の日」でしたか・・・。かわいそうに・・。

市川中車さん

event土曜日の午後、「深川三流亭」のチラシを作りながらテレビを観ていたら、歌舞伎の市川中車(香川照之)さんの番組をやっていました。
Fw:きき幼い頃、両親が離婚、父親とは会う事すら許されずに育った香川。
「父親とは一体、どんな存在なのか。」その想いを抱き続けてきた。
そして2011年9月、突然の歌舞伎界への進出を宣言。
父・猿之助も脳梗塞に倒れ、8年ぶりに舞台復帰を表明し注目された。
それから2人の壮絶な日々が始まった。
香川は、自宅にこもり稽古漬けの毎日。
父、猿之助は、絶叫するほどの痛みと闘いリハビリに打ち込む一方で、息子・香川に稽古をつける。
失われた“何か”を取り戻すかのように、芝居に駆り立てられる“父と子”。
番組では、2012年の3月から2013年元日の大阪での歌舞伎公演まで、300日に及ぶ、“父と子”の挑戦に長期密着、絆を取り戻してゆく2人の葛藤と心の内を描く。

俳優・香川照之と歌舞伎界のスーパースター・市川猿翁。
元日、その親子は40年の断絶を経て、初めて共演を果たした。
俳優として誰もが知る存在となった香川。
歌舞伎は全くの素人だが、あえて飛び込んだ。
猿翁は、病に倒れて8年、不可能と思われていた舞台復帰を目指した。
一度は引き裂かれながらも、互いにひかれあう父と子。
2人はなぜ途方もない挑戦に踏み出したのか。
300日間のドキュメント。

ナレーターは福山雅治でした。
http://www.youtube.com/watch?v=tLeev0PT03A
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130110-00000126-san-ent
どうやら、1月6日の再放送のようでした。
お祖父さんの十八番の芝居の映像を参考にしながら、同じ芝居の台詞を、繰り返し繰り返し稽古する姿。
身体が不自由になっている父・猿翁さんに稽古をつけてもらっている姿も、何かこみ上げるものがありました。
台詞というのは難しい。お7家芸というのは過酷です。
こんな感想文を見つけました。
ずっと断絶状態だった父と子。
でも、孫、すなわち香川の子供に歌舞伎をやらせたい、と思ったとき、「お父さんはなぜ歌舞伎をやらないの?」といわれたらどうする?
そう自問した香川は、父の教えを乞うことにしたとか。
かつて、父の楽屋に何度か言ったらしい。
そのことは、1991年8月の婦人公論に記事として紹介されたらしい。
「父・猿之助に会いに行った」というタイトルの記事だ。
しかし,その場で猿之助は香川を叱責したとのこと。
「大事な公演の前に突然訪ねたりするな。役者としての配慮が足りない。」といったらしい。
芸をとって家族を捨て、離婚した父。
再びその父に会いに行くも、香川はすげない対応を受ける。
そのときのことを,父,猿翁はこう語る。
「すなわち、私が家庭と訣別した瞬間から私は蘇生したのです。だから、今の僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではありません。」
これはきつい。きつすぎる。
しかし、時は過ぎ、病気になった猿翁。
そして役者として成功した香川。
成長した香川の息子。
いくつかの条件がそろい、今回、こうして襲名公演として、父・子・孫の三代にわたっての公演が可能となった。
しかし、今になって猿翁は息子として香川を認めたのか?
あのときの「あなたは息子ではありません」は嘘だったのか?
いや、おそらく、いまだに息子とは思ってないはずだ。
香川が役者としてではなく、猿翁の目指す芸道である歌舞伎、同じ舞台に入ったからこそ、かぎカッコつきの「息子」として香川を認めるようになったのだろう.香川が歌舞伎をやらない限り,父と子はその絆を確かめることができなかったのだろう.そういう意味では。
香川の覚悟は、まさしく英断。
ただ、その背景を知ると、あまりに切なすぎる、切なすぎると思った。

・・・一人の人間、家族という概念では語れない世界なんですね。
それにしても、何か両親や家に翻弄された香川さんが痛々しいし、さりとて頑張ってもらいたい。
こうやって、伝統が継がれていくんですね。
同世代として、応援したいなぁ・・・。

初席の話題

eyeglass何かで読んだのですが、鈴本の初席での、「入船亭扇遊」師匠のマクラの話題。
紅白歌合戦を話題にして。
近頃は知らない若者ばかりで、良かったのは黒ずくめで出てきた美輪明宏の「ヨイトマケの唄」と、東北出身のタレントが歌った復興支援ソングの「花は咲く」くらい。
あの歌では、お目の不自由なピアニスト、辻井伸行さんが弾いていた。
辻井さんはまだ24歳ですが、4年前に国際的なスゴイ賞を獲った。
そのときの記者会見覚えてますか? 無神経な質問をする記者がいたもんで、「もし1日だけ目が見えたら、何がしたいですか?」と尋ねた。
辻井さんは立派ですねえ、怒りもせず、こう答えた。
「親の顔が見てみたいです」
私ゃ、その記者の親の顔のことかと思いましたよ。

・・・、こういうの、学校じゃ教えてくれませんよね。

ウオーキングイベント

shoeもう6~7年前、落語に戻る直前の頃。

何の趣味もない、このままだと粗大ごみになるという危機感。
健康づくりも兼ねて、ウォーキングに凝っていたことがありました。
ウォーキングイベントだけでなく、自分でテーマを決めて、一人で様々な道を歩き回っていました。
週末には、20キロ程度歩いていました。
例えば、東京(江戸)から放射状に広がる「街道」を歩きました。
日本橋から水戸街道を柏まで。
日本橋から東海道を横浜まで。
新宿から甲州街道を府中まで。
巣鴨から中山道を浦和まで。
池袋から川越街道を新座まで。
北千住から奥州街道を越谷まで。
五反田から中原街道を横浜まで。
秋葉原から千葉街道を幕張まで。
それから、川沿いを歩くイベントもありました。
江戸川の堤防を夜中に歩く(周回)。
荒川の岩淵水門から河口まで。
恵比寿から多摩川沿いに多摩センターまで。
柳橋から神田川を井の頭公園まで。
そんな中で、30~40キロのイベントにも参加しました。
新宿から青梅街道を青梅まで。
大宮から奥州街道を加須まで。
今年も案内状が届きました。
最近、ちょっとサボっていますので、そろそろまた歩かなくては・・と思っているところではあるのですが・・・。
ただ単純に歩くのではなく、落語の舞台になっている場所も多くあり、噺を作り上げる時の参考になったり、歴史や由来を知って勉強にもなります。

2013年1月13日 (日)

ラジオ寄席

confident明日も休みという夜の8時というのは、とてもいいもんです。
それも、演芸番組を聴きながらなんていうのは。
      ◇ 権助魚     三遊亭兼好
      ◇ 一目上がり   入船亭扇遊
そして、今夜はあの柳家紫文さんが色を添えています。
兼好さん、あまり出来は良くなかった気がします。
オチの仕込も不十分だったような。
Fw:みみ 紫文さん、今日も今日とて長谷川平蔵。
市中見回り日記です。
考えてみると、ほかのネタでは聴いたことがありません。
今日、両国橋の袂を通り過ぎるのは、まず「納豆屋」、怪我もなければ納豆(なんと)もない。
次は「横綱」、横綱が掃除するのか、勿論掃く方(白鵬)。
そして「宇宙人」、相撲協会へ勝手に星を売ったり買ったりしないようにお願いに行く。
さらに、普請場で「職人」二人、偽物を作ったがんもどき。
ついに、大岡越前守にはなったものの、今度は「中国の要人」、骨が折れるのはペキンではなく、コキンと(胡錦濤)。
まだまだ越前守、ヤギは一斉には泣かない、めいめい(銘々)と泣く。
・・・ワンパターン、マンネリ、これこそ寄席芸。
扇遊師匠は、今年が還暦だということで、初心に返ってだそうです。

はなし塚

foot上野駅のパンダ橋を渡ったところで、陽気も良いし、もう少し歩いてみようということで、それではというので、田原町まで行きました。
考えてみれば、「浅草ことぶ季亭」の近くなんです。
日蓮宗長瀧山本法寺。
はなし塚
「はなし塚」があるお寺です。
地下鉄「田原町」の駅を上がってすぐのところ。
こじんまりとしたお寺でした。
はなし塚
この塚が建立された昭和十六年十月、当時国は太平洋戦争へと向かう戦時下にあり、各種芸能団体は、演題種目に自粛を強いられていた。
落語会では、演題を甲乙丙丁に分類し、丁種には時局に合わないものとして花柳界、妾に関する噺、郭噺など五十三種を選び、禁演落語として自粛の姿勢を示した。
この中には江戸文芸の名作といわれた「明烏(あけがらす)」「五人廻し」「木乃伊取(みいらとり」等を含み、高座から聴かれなくなった。
「はなし塚」は、これら名作と落語界先輩の霊を弔うため、当時の講談落語協会、小咄を作る会、落語講談家一同、落語定席席主が建立したもので、塚には禁演となった落語の台本などが納められた。
戦後、昭和二十一年九月、塚の前で禁演落語復活祭が行われた。
塚には今まで納められているものに替えて、戦時中の台本などが納められている。

はなし塚
かなり大きくて立派な石碑です。
とりあえず、歴史の一端を見たということで、手を合わせました。
はなし塚
今考えると、嘘のような話ですが、それほど昔ではない時まで、日本も自由の国ではなかったんですね。
禁演とされた53題と発起人が下の表です。

 納められた53種の演題 発起人氏名

 1  明烏
 2  粟餅
 3  磯の鮑
 4  居残り佐平次
 5  お茶汲み
 6  お見立て
 7  親子茶屋
 8  首ったけ
 9  廓大学
  10 五人廻し
 11 子別れ
 12 三助の遊び
 13 三人片輪
  14 三人息子
  15 三枚起請
  16 品川心中
  17 お祓い
 18 高尾
  19 辰巳の辻占
  20 付き馬
  21 突落し
 22 搗屋無間
  23 つるつる
 24 とんちき
 25 二階ぞめき
 26 錦の袈裟
  27 にせきん
 28 白銅
  29 ひねりや
 30 文違い
 31 坊主の遊び
 32 万歳の遊び
 33 木乃伊取り
 34 山崎屋
  35 よかちょろ
 36 六尺棒
  37 権助提灯
  38 一つ穴
  39 星野屋
  40 悋気の独楽
  41 城木屋
  42 引越の夢
  43 包丁
  44 氏子中
  45 紙入
  46 駒長
  47 葛の間男
  48 蛙茶番
  49 疝気の虫
  50 不動坊
  51 宮戸川
  52 目薬
  53 後生鰻

六代目  一龍齋 貞山
八世    桂    文治
四代目  柳家   小さん
六世    桂    文楽
六代目  古今亭志ん生
二代目  三遊亭 円歌
六代目  三遊亭 円生
五代目  蝶花樓 馬楽
初代    桂    小南
六代目  柳亭  芝楽
四代目  立川  談志
五代目  三遊亭 金馬
三代目  三遊亭 円遊
初代    柳家 金語樓
四代目  春風亭 柳橋
五代目  柳亭   左楽
初代    桂   小文治
七代目  林家   小蔵
初代    春風亭 柳好
二代目  三升   紋彌
三代目  昔々亭 桃太郎
六代目  古今亭 今輔
六代目  春風亭 小柳枝
六代目  三笑亭 可楽
二代目  大島   伯鶴
初代    神田   山陽
四代目  小金井 蘆州
五代目  神田   伯龍
八代目  入船亭 扇橋
四谷      喜よし
新宿       末廣亭
上野       鈴本亭
東寶名人会 林 暁 紅
落語研究會 今村 信雄
題字揮毫   長井 金升
建設委員   野村無名庵
         鈴木凸太
石工      南澤仙吉

久しぶりの散歩でした。

月の松

xmas今日のメインの目的は、これですよ。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2013/01/post-81cf.html
月の松
上野清水観音堂の舞台の前に再現された「月の松」を観ること。
ありました、ありました。
舞台から不忍池を見下ろす正面に・・・。
それほど人が群がっている訳ではなく、時々「あれぇ、面白い形してる」なんていう、若い女性の声が聞こえる程度でした。
月の松 
広重の絵と同じような角度から撮ってみたつもりですが、どうでしょうか。
   
何となく、風情は再現出来ているような気もします。
月の松
噴水へ向かう道から見上げた景色も良いものです。
月の松
ただ、一点だけ気に掛かったのは、上の写真の月の松から道までの間に、真新しい大きな木の切り株があったことです。
もしかすると、この松から不忍池を眺める時に邪魔になったので、伐採したのではということです。
もしそうだとしたら、移植は出来なかったのでしょうかねぇぇ。

上野の山

sun3連休の中日。
昨日は、家に引きこもって「深川三流亭」のチラシ作りをしていましたので、今日は外に出ようという訳。
上野の山
行きつけの床屋さんに寄って新年の挨拶と浮世の話をした後、ちょっと思い立って上野へ。
3連休の中日、久しぶりに風もなく暖かく、明日は天気が下り坂で雪混じりになるというのか、パンダ橋から上野公園方面を見渡すと、人、人、人。
上野の山
清水観音堂も、不忍池の弁天堂の周りも賑やかでした。
上野の山
そして、もっとも混雑していたのは、上野の森美術館でやっている「ツタンカーメン展」てした。
何でも、夕方入場するための整理券を配っているとかで、長蛇の列は午後1時から入場したい人たちの列。
上野の山
去年のパンダフィーバー以来ではないかと思います。
しかし、私の目的は、よその国の王様の展示会ではありません。

あずみさんから

phoneto早速あずみさんから返信がありました。

自分のアホさ加減を客観的に聴いて恥ずかしくて変な汗が出ました!
お恥ずかしい!
・・・なんて謙遜していました。
ラジオの出演は慣れているとはいえ、本業の芸での出演ですから、しかも師匠との掛け合いですから、緊張したとは思いますが、そこは”天然”・・・。
寄席への出演までは、まだ暫く見習い修業が必要だそうです。
本当に頑張って欲しいものです。

落語はやおき亭

music今朝の楽しみは、「林家あずみ」さんが出演するはずだから。
きっと、”あずみ命”の「談亭志ん志」師匠は、ラジオの前で正座して聴かれたことでしょう。
   
番組は、まず志ん生師匠の落語以外の録音から。
    ◇わんぱくインタビュー   志ん生さんはガキ大将
落語以外の志ん生師匠の声というのも珍しい。
子どものインタビューを受ける、昭和40年の音源だそうです。
そしていよいよあずみさん登場。
この間の「一番丁はずみ亭」の時の"ネタ"を披露。
師匠のお付きで青森に行った時、「青函連絡船」はどことどこを結んでいた連絡船かと問われて、「西洋と韓国」と言った。    
    ◆ 十日戎
    ◆ お江戸日本橋(3番)
       notes夢を見た見た 初夢を
          宝船  揃い揃った七福神
          こちゃ めでたいことではないかいな
                             ・・・こちゃえ こちゃえnote
    ◆ わとうない
        これは京都の茶屋遊びの歌?
たい平さんとのボケと突っ込みも面白く、楽しく聴きました。
早速、「聴いたよ!」「おめでとう!」とメールを送りました。

携帯カイロ

snow今年の冬は一段と寒い。
携帯カイロ
あながち、歳のせいだけではない気がします。
例年、足腰が冷えるので、携帯用のカイロを使っています。
背中や腰周りを中心に、背広やシャツなどに貼り付けたり、胸やズボンのポケットに入れたり。
今年は、靴に敷いたり、靴下に貼ったりするタイプも試してみました。
そんな中で、テレビで、「1枚しかカイロがない時に、どこに貼るのが一番全身が温まるか」という、極めて私の喫緊のニースに高いテーマをやっていました。
首・背中・脇・腹・腰・足の裏の6ヶ所のどこがベストか。
私は、実際に自分がやっているので、背中・腰かと思いました。
個人差や状態にもよるのでしょうが、全身の表面体温を上げるという観点では、腹と足の裏が甲乙つけがたくベストなんだとか・・・。
確かに、足の裏はいいと思います。
早速、これからは腹に貼ることにしましょう。
・・・そんなことよりも、厚い長袖の下着や、股引などを着ければよいのに。

落語DEデート

crying今朝はしくじりました。
どうやら、他局にチューニングしていたようで、「ラジオ体操を終わります」で目が覚めました。
トホホ・・・、ちょうど終わる時間ではありませんか・・。
日曜日の文化放送の、5時台の番組は、どうも退屈なんです。
    5:00   ニュース・天気予報
    5:05   密教誕生(阿含宗)
            阿含宗名作シリーズより
    5:20   朝の小鳥
            海外も含めた鳥の声をご紹介
    5:25   禅のこころ~曹洞宗
            禅のこころを、正しく分かりやすく、お伝えしていく
    5:35   世の光いきいきタイム(キリスト教)
            聖書の言葉をわかり易く牧師さんが紹介
    5:50   浄土宗の時間
            浄土宗僧侶が、法然上人の教えにそって説教
そして6:00   落語DEデート
いつも、うつらうつらしながら、阿含や禅や聖書や法然上人が、頭の中をぐるぐる回っていて、何が何だか分からないという・・・。
色々考え方がありますが、飲食店も、あちらこちらに点々とあるよりも、競合はあっても1ヶ所に集中していた方が集客は出来るのと同じように、宗教ごった煮の時間があっても良いのかもしれません。
私は木枯し紋次郎、「あっしには関わりのないことで」・・・。
・・・今朝は、ゲストも・・だったから。

2013年1月12日 (土)

「深川三流亭」のチラシ

art今日は、シコシコと「深川三流亭」のチラシ案を作りました。

「深川三流亭」だけは寄席文字にしたかったので、色々小細工をして、とりあえずこんな感じになりました。
日時・場所は当然として、「入場無料」と地図がポイントです。
写真と名前の順番がバラバラなのは、承知の上でしたが、揃えた方が良いかもしれません。
このあたりが、計画的にだとか、緻密になどということが絶対に出来ないところです。
思い付き、行き当たりばったりというやつ。
MLにアップして、メンバーの方々からもご意見やご要望をお聞きして、加除訂正して行こうと思います。

「深川三流亭」のめくり

pen昨日の「学士会落語会」のめくりを書いておられる「Hさん」から、ご無理をお願いしている「深川三流亭」のめくりのサンプルを頂戴しました。
帰宅して拝見しました。
こうやって、皆さんがご支援してくださる。
本当にありがたいことです。
だから、一生懸命落語をやり続けたいと思いますが、いろいろ・・・。

テレビの録画DVD

tvしつこくテレビの話題ばかりですみません。
昨日の夕方、直接取材を受けた入社資格が60歳以上という会社の人が、DVDを届けてくださいました。
この会社でも好評だったようで、何でも、この番組を見たと言って、早速電話をかけて来た人もいたそうです。

●60歳以降も働くべきか?
年金受給開始年齢70歳引き上げをテーマに討論。
入社資格が60歳以上という企業を紹介。
Aさんは前職退職後、再就職に手こずったのは以前の立場などに固執したからだと語った。
Bさん(我が社の社員)は前職退職後に5つの資格を取得したことで、未経験の業界に再就職できたと語った。
M(私)は、年金受給前後の年齢層にも、十分に働く場があると語った。
・・・それにしても、私の喋り方というのは、落語の時もそうですが、どうもキレがない気がします。

指相撲

memo茨城新聞で、師匠の記事を見つけました。
指相撲 江戸時代後期に活躍した、稲敷市出身で茨城県初の第七代横綱・稲妻雷五郎が創作落語「指相撲」として登場することになった。
噺を書いたのは、テレビ「笑点」大喜利メンバーだった三遊亭圓窓さん。
稲敷市で落語愛好者を指導している圓窓さんが、同地が雷五郎の出身地と知り昨年、創作に及んだ。
「指相撲」は2月9日、同市のあずま生涯学習センターで全国に先駆け初披露される。

http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13576511743922
「指相撲」は、貧乏な農家に生まれた稲妻雷五郎が、相撲取りになって親孝行したいと近 くの仁王尊に願掛け。
すると仁王の指が抜け雷五郎のもとへ。
雷五郎はこの指をお守りに 江戸に上がり、すりの入れ知恵で相撲好きな質屋の旦那に認められ、相撲部屋へ入門。
好成績続きでついに横綱昇進、親孝行を果たしたという物語。

圓窓さんは、稲敷市から雷五郎に関する資料をかき集め、「指」をキーワードに推理的要 素も入れて創作したという。
落語が本来持つ人情や人間のおかしさも、随所にちりばめられている。
圓窓さんは「人と人の間を考えることができるのが人間。この作品で雷五郎が単なる横綱 ではなく、人間としても立派だったことを伝えたい」と、雷五郎の郷里でのお披露目に意欲を見せる。
一方、郷土の偉人が落語になるという“思わぬ 贈り物”に同市は「こちらからのお願いではな く、師匠自らの意志で噺を作っていただいたことが本当にありがたい。これがいろいろな 意味で稲敷市のPRになれば」と感激ひとしおだった。
公演は午後2時から。
圓窓さんが指導する稲敷市落語研究会メンバーが前座を務める。
Fw:電子メールで送信: 200906062035<br />
 000.jpg・・・うわぁぁ、師匠らしいですねぇぇ。
稲敷市の「噺っ子連・有難亭」の皆さんが羨ましい。
私も一度発表会を聴きに行ったことがあります。
落語っ子連の「百梅」さんが、去年の春までメンバーでした。
2月9日は土曜日ですね。
行ってみようかな・・・。ドライブがてら。

三味線栗毛

pen「三味線栗毛」に関する評論を見つけました。
http://www.joqr.net/blog/rakugonokura/archives/2009/04/post_126.html
細かい演出だとか、考え方だとか、なるほどなと思う部分も多くあります。
果たして人情噺なのかとも思います。
落語というのは、まさに庶民のもの、庶民が主役なのですが、登場人物について言えば、スーパーマンや幸運児であることが多いのです。
庶民の夢や願望を担っているからでしょう。
「文七元結」にしても「芝浜」にしても、左官の長兵衛さんも魚屋の熊さんも、本職では一流です。
幇間の久蔵も、宿屋も水屋も、富くじに当たります。
染物屋の久蔵も、搗米屋の清蔵も、吉原の太夫にもてる。
「三味線栗毛」も、とてもラッキーな、夢のようなストーリーです。
こんなことがあるといいよなという・・・。
それにしても、この酒井雅楽守の上屋敷というのが、皇居の大手門の前、現在の大手町1丁目一帯だったそうです。
地図のピンクの部分。

高層ビルの並ぶこの一帯全てです。

2013年1月11日 (金)

旧交・旧行・・・

building今からもう30年近く前、大学を卒業して就職をするという時、母校の後輩たちを仲間に入れようと、学生たちと面談をしたり、食事をしたり・・・。
(我々は「リクルーター」と言っていたのですが・・?)
そんな縁で一生を決めました。
自分がやってもらったように、就職後は後輩を何人も誘いました。
Fw:jj
あれから幾星霜、ともに働いた会社や業界も大きく変遷し、そしてそれぞれ個人的にも、様々なことが起こったことでしょう・・・。
今は・・、全員が第一ステージから第二の人生を過ごしています。
「もしもあの時、あなたがいなかったら(いたから)・・」と言い合える、同窓の人たちが集まりました。
Fw:nn私を入れて8人が本当に久しぶり。
今回のメンバーの中では、私が年次が一番古いので、他の7人の就職時には、何らかの形で接点があったのです。
Fw:jj
Kさん・Sさん・Hさん・Tさんの4人は、私の2年後輩。
この年は、まだ私が仙台に勤務していた時期で、一所懸命になって、後輩たちを勧誘したものでした。
3年下のHaさんは、他社に行こうとしていたのを、Sさんが説得して翻意してくれました。
その1年下のMさんは、他に入社する人がいなかったので、大事に・大事に、大切な"虎の子"でした。
本日最年少のMoさんは、私は東京勤務でしたが、土日に仙台まで行って、中央通りの喫茶店「O」で、長時間語り合いました。
正確には、ひたすら一方的に私がしゃべり続けたのですが・・・。
2時間のはずが、気がつけば3時間以上の尽きることのない宴。
Fw:電子メールで送信: 106a8dc355.j<br />
 pg Fw:電子メールで送信: to-100ufj.jp<br />
 g 
良い意味で、全員にそれなりの達成感があり、その人生経験を踏まえて、自然体で生きて行こうという気持ちが溢れているようでした。
大学時代には互いを知っていた訳ではないのですが、何かこう・・同じ何か通じるものがある。
DNAを共有しているような、これが「同窓」というものなのでしょう。
そして、就職してからも、頻繁に群れることもなかったのですが。
この不思議で、とても幸せな気持ちは、落研の先輩・後輩との間でも感じることが出来るもので、やはり宝物ですね。
 

鏡開き

japanesetea今日は「鏡開き」です。
きんがしんなんFw:みみ
鏡開きは今年1年の家庭円満を願いながら、神様に供えた鏡餅をお下がりとしていただくというものです。
我が職場では、例年通り、社内の数か所にお供えしていた鏡餅で、若手社員がお汁粉を作ってくれました。
大きな鍋で作るからこれがまた美味い!
家内安全だけではなく、業務の安全も祈りました。
勿論、商売繁盛も・・・。
鏡餅は、大小の丸い餅を重ねて出来ており、橙(だいだい)・譲葉(ゆずりは)・昆布・裏白の葉などで飾られます。古来から、お餅は歳神様のご神体であると考えられていました。
また、餅は「望月〔もちづき〕(=満月)」に通じ、その丸い形から家庭円満を象徴するとも考えられており、縁起物としてお正月に飾られるようになりました。
この鏡開きの日には、飾っておいて硬くなったお餅をかなづちなどで叩き「開き」ます。
鏡餅には歳神様が宿っているので、神様とも縁を切らないように「割る」や「砕く」とは言わず「開く」と、縁起のよい表現を使います。
また、鏡餅を食すことを「歯固め」といいます。
これは、固いものを食べて歯を丈夫にし、歳神様に長寿を願うことからと言われています。
裏白の葉というのは、シダの葉のこと。
表面は緑色ですが、裏面は白く、裏を返しても色が白いことから、心に裏が無いことや清廉潔白を意味します。
また、白髪になるまでの長寿を願う意味もあるそうです。
これから、どんどん焼き・どんと焼きなんていうのも行われますね。

テレビの映像

tv動画サイトで、おのが姿を見つけました。
テレビの映像
元旦の深夜というか、2日未明にフジテレビで放映された「お台場政経塾」の動画が配信されていたので、恐る恐る視聴しました。
全体で180分の番組中、115分経過したあたりから3分程度。
私の出た部分は、5秒ぐらいでしょうか。
テレビの映像
「年金受給前後の方々は、まだまだお若いので、ご活躍していただけるフィールドは十分あります。」
・・・なんて、人事担当という立場で、もっともらしく喋っていました。
思った以上に、真面目な番組でした。
60歳以降も働くべきか?
年金受給開始年齢70歳引き上げをテーマに討論。
 
入社資格が60歳以上という企業を紹介。
 
Aさんは前職退職後、再就職に手こずったのは以前の立場などに固執したからだと語った。
Bさん(我が社の社員)は前職退職後に5つの資格を取得したことで、未経験の業界に再就職できたと語った。
T社のM(私)は、年金受給前後の年齢層にも、十分に働く場があると語った。
金願亭乱志
同一人物なんですが・・・。
  もも 

月の松

 歌川広重の「名所江戸百景」で描かれた「月の松」が、上野公園内に約150年ぶりに復活したそうです。
輪のように丸めた松の枝を満月に見立てたもので、そこから見る不忍池の風情を楽しむのが江戸っ子の粋だったということで・・・。
歌川広重の連作浮世絵シリーズ「名所江戸百景」で、「上野山内月のまつ」「上野清水堂不忍ノ池」の2枚に描かれているそうです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012121202000121.html
今度、帰りに清水堂に立ち寄ってみようと思います。
 
松は曲がりて面白し・・ですね。

2013年1月10日 (木)

CM「将来の夢」

tv某クレジットカードのテレビCMでした。
キャンプ場で将来の夢について語り合う父と娘。
「○○の将来の夢は何なの?」
「パパみたいな建築家になること」と娘 。
「だってカッコいいじゃん」といわれ嬉しそうな表情をする父親。
「パパの将来の夢はなに?」と娘に聞かれて・・・
「えっ、だってパパはもう…」と戸惑う父親。
Fw:ここ・・・「夢か よし!」。
朝焼けを見ながら気合を入れる父親。
いっそ、もっと、輝こう。

我が家では、恐らく起こり得ないシチュエーションです。
キャンプ場・父娘の会話・建築家・カッコいい・・。絶対に・・・。
「お奉行様、私には(本家を建て直すなど)到底出来ません」
「何故じゃ」
「はい、もう六十一。還暦でございますから」
「そうか、ならば出来るであろう。本家帰り(本卦還り)じゃ」

お後がよろしいようで・・・。

柳家紫文さん

subwayそこそこ混雑した昨日午後7時頃の地下鉄銀座線。
Fw:みみ 上野広小路駅から乗ってきたのが、マスクをして、大きな荷物を持った茶髪のお兄さん。
「すみませぇん」と言いながら、車両中ほどに入ってきました。
あれっ、粋曲の「柳家紫文」さんではないかいな。
そうか、黒くて大きな四角いケースは、きっと三味線でしょう。
キャスター付きケースは着物?肩からバッグも掛けていました。
…と言うことは、鈴本演芸場に上がって、次の浅草演芸ホールに向かう途中では。
早速落語協会のホームページで確認してみると、鈴本7時前、浅草7時過ぎの上がりになっています。
まさに移動しているところだったという訳です。
寄席は、明日まで「初席」ですから、忙しいでしょうね。
上野駅で私が降りるとき、一瞬目が合いました。
お互いにマスクをしているし、向こうは知らないですから、何もありませんでしたが。
生まれ年も同じなんですね。
Fw:みみその火付け盗賊改めかたの長谷川平蔵が、いつものように両国橋のたもとを歩いておりますと、一日の商いが終わったであろう一人の葬儀屋が足早に平蔵の脇を通り抜ける。
向いから水商売らしき一人の女、この二人が橋の上ですれ違う、
というそのとき、葬儀屋の身体が前のめりに崩れ落ちる。
「もし、葬儀屋さん、怪我はなくて?」
「へぇ、お陰さまで・・・。おめーは、・・・おつや(お通夜)」
そのとき長谷川平蔵は両国橋から相生町、竪川沿いに二つ目橋を渡 り、一目散に目指す弥勒寺の山門を駆け抜け奥の厠へと駆け込んだ。
厠でほっとする平蔵であったが、辺りを見回すと紙が、あるにはあるが少ない。
恐る恐る手を伸ばして確かめてみると、一枚しかない。
ここは寺ゆえ仏(ホトケ)はあるが、紙(神)はない。
(本筋とは関係なく独白めかして、「くだっている時にくだらないことをいっている場合じゃない。」)
「誰かおらぬか、紙はないか」と叫んでおりますと、
そこへ坊主が、「何枚(なんまい)だー、何枚だー。」
おしまいだー。

紫文さんだと分かったのは・・、あの車両では私だけでしょう。

「深川三流亭」のめくり

penめくりを書いてくださる「Hさん」から。

「めくりのサイズはどれぐらいなんだい」とのお尋ねメール。
・・・まぁ、何と画竜点睛を欠いていることか・・・。
またその返事がいいかげん。
「写真のような感じ(同会場の他の会)ですから、いつも(浅草ことぶ季亭の落語会で)お願いしているものと同サイズで構わないと思います。」
でも、こうとしか言えないことも確かですが。
多くの方にご迷惑をおかけしているんです。

2013年1月 9日 (水)

「千早亭落語会」のこと

flagそうそう、3月は「千早亭落語会」です。
     
「落語っ子連」と同様、三遊亭圓窓師匠にご指導いただいている「扇子っ子連」の発表会。
豊島区のカルチャー教室から発展した素人グループです。

3月17日に開催予定で、私は「三味線栗毛」にチャレンジしようと思っています。
他の2つの落語会に比べて、私はこの落語会が一番"楽"です。
企画や進行の心配をせずに、高座だけに集中できるからです。
そのお役目は、千早亭三十一さんや千早亭ワッフルさんたとにお任せしています。
会場の「千早文化創造館」の方々も、館長さん以下のご理解も深く、大変ありがたい場所です。
昨日は稽古会だったのですが、どうしても参加出来ませんでしたが、あと2ヶ月あまりしか時間がありませんから、また苦しみが始まりそうです。
2月の落語っ子連の「揺れるとき」と3月の「三味線栗毛」を並行して、稽古して行きます。
(揺れるときは昨年一度演っていますので、いくらか気が楽。)
あぁぁ、忙しい・・・。sweat01

「深川三流亭」のこと

eye「お江戸あおば亭」もなんですが、それより前の2月17日に落語っ子連の「深川三流亭」があるんです。
「落語っ子連」というのは、10年前に師匠が素人への指導を最初に始めたグループで、私は途中から入会して6年になります。

前回までは、こんな雰囲気で開催していましたが、昨年4月、結成10年経過を機に、第2次として再スタートし、今回が初めての発表会です。
めくりは、ご迷惑を省みず、落研の会で書いていただいている「Hさん」にお願いしてみました。
早速ご快諾をいただいたので、お言葉に甘えて、10枚お願いしました。
 ① 落語っ子連 深川三流亭
  
 ② 三流亭 千公
 ③ 三流亭 仙三
 ④ 三流亭 百梅
 ⑤ 三流亭 越児
 ⑥ 三流亭 まど音
 ⑦ 三流亭 窓口
 ⑧ 三流亭 流三
 ⑨ 三遊亭 圓窓
 ⑩ 仲入り    
今度の週末に、チラシを作ろうと思います。sweat01

「お江戸あおば亭」のこと

event私の”希望的”高座予定では、「お江戸あおば亭」の開催を5月頃としています。
昨年は、6月に「お江戸あおば亭」を、9月に仙台で「OB落語会」を開催しましたので、このピッチから考えますと、5・6月あたりと、11月あたりに、「お江戸あおば亭」を開催するタイミングになるのだろう、さぁ、おのおのがたいかがいたしましょうかという・・・。
「やりたがりぃ」の私は、やはりやりたいと思います。
5月第3土曜日を除く土曜日か、6月あたりに決めて、会場の予約を入れる必要があります。
また「浅草ことぶ季亭」が良いとは思うのですが、昨年ご来場くださった方々からは、「もう少し広い会場で」という声も多く、悩ましいところではあります。
演る側にとっては、高座設営の手間も要りませんし、物凄く良い小屋なんです。
早めに日程を案内すれば、井の線亭ぽんぽこさんや賀千家ぴん吉さんなどの若手や、杜の家頓平①師匠や杜の家とん平③師匠など、珍顔や新顔にもご出演いただけると思いますので。

2013年1月 8日 (火)

誕生日に

sun誕生日に思うこと。
誕生日に
どこかの会社のCMで、娘に夢を問うた父親が、反対に「お父さんの夢は?」と問い返されて驚く(気づく)シーンがあります。
私も、夢を削りながら年老いて行く(誰かの歌のパクリ)のに慣れていたので、とても新鮮な響きになりました。
(元旦にお詣りした)甲州鰍沢・小室山妙法寺の三門をくぐった後、急峻な石段があり、息を切らして上りました。
見上げると、木立に囲まれ、石段の頂の先には、雲ひとつない紺碧の空が広がっていました。
初めて気づく空の青さに(これもその歌の文句・・)。
あの先には何があるのかな…なんて、年甲斐もなく思ったりして。
誕生日だと言っても、何も普段と変わらない一日でした。
それにしても、30歳を過ぎると、やや身体もしんどくなりますね。
(えっ?何か間違ってますか?)

ひこにゃん

ひこにゃん 滋賀県彦根市の人気キャラクター「ひこにゃ ん」に、1万通を超える 年賀状が届いたそうです。
ひこにゃんが住むとされる国宝の彦根城や彦 根市役所には、47都道府県とイギリスやアメリカなど海外4か国のファンから7日までに1万891通…。
無粋なことを言うつもりはありませんが、出す人たちは、どんな気持ちで投函するんでしょう?
友だちがいないのかなぁ。
そう言えば、さぼりにさぼって3日に投函した年賀状が、昨日やっと配達されたようです。
ずいぶん日数がかかりました。
来年の年賀状は、年内に投函するようにします。
やはりずぼらはいけませんね。

"希望的"高座予定

pen年賀状に「希望的高座予定」と書きました。
希望的高座予定
あくまでも、私の希望として、今までのペースから、これぐらいの高座の機会があるかな・あればいいな・あるよな・・という気持ちで書きました。
    2月17日     深川三流亭    「揺れるとき」
    3月17日     千早亭落語会   「三味線栗毛」
    5月頃       お江戸あおば亭
    7月頃       一番丁はずみ亭
    9月頃       千早亭落語会
   10月頃       深川三流亭
   12月頃       一番丁はずみ亭
要は、OB落語会・番外OB有志・落語っ子連・扇子っ子連で、年2回ずつの落語会をということです。
まずは、「深川三流亭」。
第2次でスタート後初の発表会で、手探りで進めています。
次は、「千早亭落語会」。
今度が第5回目になるのかな?
そして、5月頃に開催したい「お江戸あおば亭」については、そろそろ日程を固めたいと、OB会の役員諸氏に提案しました。

1月8日

birthday今年も357日を残すところ、今日は一年に一度の誕生日。
    
  645年   玄奘三蔵がインドなどを巡る旅から帰国
 1872年   仙台県が宮城県になる
 1912年    国鉄上野駅に日本初の発車ベル設置
 1989年   平成になる
大したことが起こってはいません。
誕生は、エルビス・プレスリー、小泉純一郎、角川春樹、金正恩。
忌日は、マルコポーロ、ガリレオ・ガリレイ、周恩来、三橋美智也。
実に微妙な人たちです。
誕生花は「ははこぐさ」、花言葉は「温かい気持ち」。はぁ?
長所は、指導力がある・細部まで配慮が行き届いている・仕事熱心・信頼できる・いたわりの心がある・癒しの力がある・正しい価値判断ができる!
 
短所は、せっかち・無駄遣いが多い・狭量・支配的・くじけやすい・計画性がない!
(・・・おいおい、短所だけは全てあたっているぞ・・・)
いずれにしても、またひとつ年を取りました。
冥土の旅の一里塚・・・、めでたくもあり、めでたくもなしというところでしょうか。

2013年1月 7日 (月)

落語っ子連「深川三流亭」

bud昨年4月にスタートした「第2次落語っ子連」待望の発表会が、まだ未確定部分もありますが、やっと開催の運びとなりました。
まず、会の名称は【落語っ子連「深川三流亭」】に決めました。
本来であれば「落語っ子連発表会(稽古会)」というのでしょうが、せっかく下町深川・門前仲町あたりで稽古しているのですから、個人的に粋な名前にしたかったのです。
我々の亭号の「三流亭」というのは、勿論、一流・二流・三流の三流という意味ではありますが、偶然にも、稽古場でもあり、今回の会場でもある「江東区古石場文化センター」は、「大横川」・「平久川」・「越中島川」という3つの河川(運河)に囲まれています。
西側には「大川(隅田川)」もあるのですが、この「3つの流れ」という意味で「三流亭」としました。

師匠もご快諾くださいました。
ということで、「深川三流亭」を何とか成功させるべく、とりあえず、チラシとめくりを準備しなければいけません。
それから、まだ番組は確定していませんが、加えて、吉窓師匠から稽古をしていただいている方々にも友情出演の交渉もしたいと思っています。
やはり、先日の「一番丁はずみ亭で」も、「アトリエ村」でのボランティアでも、古狂師匠の踊りやあずみさんの三味線、ワッフルさんの踊りなど、華やかでいいですから。
肝心のメンバーの演目は、一応こんな感じです。
      ・十徳         三流亭千公     
      ・禁酒番屋      三流亭仙三     
      ・堪忍袋(仮)     三流亭越児     
      ・片棒         三流亭窓口     
      ・替わり目       三流亭百梅   
      ・瓢箪屋政談      三流亭まど音
      ・揺れるとき     三流亭流三
      ・寄席の踊り    
      ・お楽しみ      師匠
師匠に最後に一席お願いしたいと思っています。

高座本

book師匠から高座本を譲っていただきました。
高座本
「子別れ」「百年目」「中村仲蔵」「文七元結」の4冊。
考えてみると、「百年目」と「文七元結」は、素人の落語の会では聴いたことがない気がします。
やはり、素人には難しい噺だということなのでしょう・・・。
・・・いつか・・・と。一人静かに思うのでした。

七草

fish珍しい噺だと言って、毎年話題にしている噺の話。
Fw:電子メールで送信: 8acfb39d.jpg
正月の
7日には「七草粥」を食べますが、前日に新しいまな板に七草を乗せて、すりこぎ、柄杓を並べ、家族を従え囃子に合わせて、「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に届かぬ先に、トントンぱたりトンぱたり、トントンぱたりトンぱたり。(家族が)オテテッテッテッテ・・・・」と歌われているそうです。
大陸から渡ってくる鳥の翼にはいろいろな害虫や病気があるので、日本に渡って来る前に七草粥を食べて厄を落とし、元気に1年間を過ごそうというらしいが、今は何処もそんなことはしていない。
Fw:電子メールで送信: oogiya_L.jpg

昔、吉原が有る当時、七越(ななこし)花魁が居た。
彼女は大変な美人だった上に、芸事が出来た才女。
どういう訳か初会が付くが裏が付かない。
商売、裏が付いて初めての花魁なのに。
調べてみると、七越花魁はお客さんの前で料理をパクパク食べてしまう、つまみ食いをするという悪い癖があった。
御内所に呼ばれて、キツく注意をされた。七越花魁も利発な人だから約束を守った。
その欠点が取れた花魁、引く手あまたの絶世の人気者になった。

正月7日、野田のお大尽が芸者、幇間、末社を引き連れて豪遊。
そこに七越花魁も呼ばれていた。
大尽、宴の途中でトイレに立ち上がり、おべっか連中がお伴し、残ったのは七越花魁だけ。
ふと、お膳を見ると尾頭付きという小骨の硬い”ホウボウ”の塩焼きが乗っていた。
魚が寝そべりながら花魁に何か言っているような目つきだった。
「花魁、私を食べて下さいよ、そうすれば二度のお勤めをしなくてイイのです」と言っているように見えた。
花魁、昔のクセがムラムラっとわき起こり、一口二口と口に含んだその時に、お大尽が戻ってきた。
Fw:電子メールで送信: 864f5ad66875<br />
 ce8f6ef65fc03951cf51.jpg
あわてて、魚をひっくり返し、箸跡を隠しゴクリと飲み込んだのは良いが、小骨の多い魚ですから喉にそれが刺さってしまった。
吐き出そうとしたが取れず、苦しがったので周りの者が驚いて「医者だ、薬だ」と大騒ぎ。
お大尽、騒がず見ると、ホウボウの寝姿が左右逆になっていたので、「騒ぐことは無い。私が治してあげよう」と粋な判断をした。

象牙の箸を持って花魁の背中を叩いた。
七越泣くな、ホウボウの骨が刺さらぬ先に、二本の箸でトントンぱたりトンぱたり」、七越花魁が「イテテッテッテッテ・・・」。

http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/01/post-c4b8.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/01/post-c4b8.html
正月7日までしか出来ない、三遊亭金馬師匠しか演らない噺。
「帯久」でも、大晦日に喧噪のなかでうっかりしまうのを忘れていた百両のことを、和泉屋与兵衛が気が付くのも七草の頃でした。
年末年始が過ぎ、色々な面でホッとする時期なんですね。

2013年1月 6日 (日)

ラジオ寄席

coldsweats01やはり稽古は疲れました。
もうそろそろ眠たくなりました。
  ◇ 裕次郎物語      昔昔亭桃太郎
だから何なんだという噺ですね。
また、誰かを聴きながら休むことにします。
きょうも一日、落語漬けでした。

落語っ子連稽古会

scissors深川不動様も富岡八幡様も、参詣の人たちで大混雑。

本年最初の稽古会。参加者は4名でした。
・・そうそう、今月から新メンバーが増えました。
先月の稽古会に見学された、三代目「杜の家とん平」師匠、新年から正式に「落語っ子連」に参加されることになりました。
落研では、初代杜の家頓平師匠(三流亭仙三さん)と喰亭寝蔵師匠(三流亭越児さん)の後輩て、私(金願亭乱志・三流亭流三)の先輩という関係で、ただいま大磯にお住まいです。
三流亭での名前はまだ決まっていません。
そこで、大磯に住んでいるとん平さんだから「大平(おおへい)」さんと言うのはどうかと、私は、ご本人に無責任に申し上げています。
  ◇ 肥瓶        三流亭大平【仮称】稽古会
  ◇ 禁酒番屋    三流亭仙三稽古会
  ◇ 揺れるとき   三流亭流三
そして、紅巣亭の小5のちびっ子の稽古も聴きました。
  ◇ 十徳       紅巣亭小窓くん稽古会
私は、発表会では「揺れるとき」を演らせていただくことにしました。
昨年3月の再演(千早亭で)ですが、師匠が体調を崩されていたので、あまり見ていただけなかったことと、師匠創作の噺の磨き上げと、やはり地震のことを思い・・・。
今日は、初心に戻って、読み稽古にさせていただきました。
師匠からは、「なかなか良い構成だよ」とのコメントを頂戴しました。
とにかく、長講のみならず、「寿限無」「鰍沢」「牡丹燈籠」を劇中劇のように入れたりしないといけませんから。
でも、この噺は自分のものにしておきたいと思うのです。
いつでも、どの場所でも出来る噺ではありませんから。
それから、発表会の名前を、正式に「深川三流亭」ということで、師匠からもご了承いただきました。
この名前のいわれは、また別の時にご説明いたします。

初詣での人混み

cloverまだまだ正月気分は抜けないようで。

深川不動尊も本堂の前には長蛇の列。


富岡八幡宮も、本殿いっぱいに参拝客が群れています。

おみくじ渡すお巫女さんも忙しそう・・・。

・・ということで、天邪鬼な私は、稽古場へ行く途中の、参拝客もいない、「住吉神社」に参拝することにしました。
だって、あんなに混雑していては、不動様も八幡様も、全員の祈願など聞き入れられないでしょうから。
住吉さん、賽銭もいれましたから、お願いしますよ。

冬の

art絵の具の青の色彩パターンではありません。
冬の
「お前の写真は空ばかり」と揶揄する向きもあるかもしれませんが、相変わらずの寒さの中、空全部がこんな色になっています。

多数アクセス御礼

pc今年も残すところ359日となりました。
多数アクセス御礼
ありがとうございます。
昨年1月15日の段階では21万件でしたから、この1年でなんと16万件のアクセスをいただきました。
ありがとうございます。

落語はやおき亭

music今朝二度目の先代の金馬師匠。
 ◇ 一目上がり   三代目三遊亭金馬
今から55年前の昭和33年のお正月の録音だそうです。
「一目上がり」は、本当に落語らしい噺です。
そして、今日は、落語っ子連の初稽古です。
   
   青空や 富士は日本の 大烏帽子
金馬師匠のマクラでの一句です。
没後50年経っても、やはり金馬師匠は、ラジオ王です。
ラジオ(演芸番組)が全盛の頃に全盛期でもあり、時間にも正確な芸でもあったことから、恐らく放送局がストックしている音源が図抜けて多いのでしょう。
声も明るくてメリハリがあり、とても聴きやすい師匠です。
顔も・・・、ラジオ向きですし。

富士詣り

fuji寄席ではほとんど聴いたことがありません。

富士(山)信仰というのは、昔からあるそうですが、幼少の頃、富士宮市にある浅間神社はとても身近でした。
正式には、「富士山本宮浅間神社」というそうですが、「お浅間さん」なんて言って、境内の湧玉池の周りで遊んだりして・・・。
考えてみると、結婚式も、このお浅間さんと富士山を挟んで反対側にある「一宮浅間神社」の神前で挙げました。
富士山を神格化した神である「木花開耶姫命」の前で。
にわか信心の江戸っ子が講を組んで富士詣りをする。
山道を歩きなれない一行は、ぜえぜえ言いながら、すぐに休みたがる。
先達が「六根清浄…」のかけ声を教えるが、物覚えの悪い熊公はとんだ言い違いをする。その内、雲行きが怪しくなる。
先達「講中に五戒(殺生戒・偸盗・妄語戒・飲酒戒・邪淫戒)を破った者がいると山の神様の怒りに触れて天候が急変する」と言う。
懺悔をしないと山は荒れるというので、講中に懺悔を強いる。
湯屋で他人の下駄を履いて帰ったり、寿司屋で勘定をごまかしたなどと懴悔話が始まる。
そのうち、得意げに、他人のかみさんと通じた邪淫戒の懴悔話をする奴が出てくる。
先「いったい、そのお内儀さんはどこのお内儀さんだい。」
熊「いやぁ、面目ねぇ、先達さん。あんたのお内儀さんだ。」
先「てえげえにしやがれ。」
先「おや、留さん。どうしたい。」
留「頭が痛くて、心持ちが悪い。」
先「頭が痛くて、心持ちが悪い?わかった。初山だね?初山だからお山に酔ったんだろう。」
留「え?お山に酔ったぁ?先達さん。酔うわけですよ。ちょうどここは五合目です。」
 

ところで、静岡県知事が、山梨県とにまたがる富士山の環境保全策について、入山料導入を含む具体策を登山シーズンが始まる7月までに検討し、山梨県や国に提案していく意向を表明。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130104-00000093-mai-soci
確かに、富士山に限らず、どこに行っても、観光客のモラルの低さには呆れますから。

落語DEデート

sun新年の最初は・・・確か、先代の金馬師匠だったと…。
  ◇ 転失気    三代目三遊亭金馬
朦朧としながら聴きました。
もうすぐ、あと数十件で、アクセス累計37万件です。

圓生”シャワー”?

music先日、「YouTube」で、一晩中「三遊亭圓生」師匠を延々と聴きながら寝ました。
一人酒盛
と言っても、意識があるのは。最初の「花筏」と、恐らく真夜中にふと目が覚めた時に聞こえて来た「鰍沢」ぐらい。
でも、英語の教材でも、寝ながら聴くだけで上達するというレッスンがありますから、もしかすると落語も上手くなるかもしれません。
 「花筏」「猫怪談」「しの字嫌い」「突き落とし」「代脈」「豊竹屋」
 「掛取萬歳」「居残り佐平次」「双蝶々」「引越しの夢」「百年目」
 「初音の鼓」「三十石」「文七元結」「皿屋敷」「鰍沢」「淀五郎」
 「ねずみ穴」「金明竹」「おかふい」「品川心中」・・・・。
こんなに聴けたのかなぁ・・・。21題も・・・。
これで落語が、上手くなるのかなぁぁぁ。

世界文化遺産

fuji我が故郷の山「富士山」を世界文化遺産にという。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130104/k10014572931000.html
富士山は、世界的に有名な浮世絵の題材に選ばれるなど「芸術の源泉」として価値があるほか、「信仰の対象」として宗教的な価値があるなどとして、文化庁が去年1月、ユネスコに対して世界文化遺産の登録への推薦書を提出していました。
自然遺産では駄目だったので、文化遺産でリターンマッチです。
世界文化遺産世界文化遺産
世界文化遺産世界文化遺産
世界文化遺産世界文化遺産
富士山を世界遺産に考えると、普通は「自然遺産」だと思いますが、富士山は「自然遺産」として国内の候補地としても入ることが出来ませんでした。
それは、世界遺産委員会が定める評価基準に「自然遺産」として適合することが出来なかったからだそうです。
その理由は、概ね以下の点だと言われているようです。
 ①既に登録されている世界遺産と比較してみると、円錐形の独立峰の山は世界にいくつか存在している。      
 ②富士山は「成層火山」である。火山としても既にもっと激しい活火山活動の山が登録されている。
 ③「自然遺産」は自然の雄大さがそのままの状態で保たれていることが重要であるが、現在の富士山は、我々人間によって利用されてしまい、本来の自然が残っているとはいえない状況にある。
 ④富士山は長年、ごみの不法投棄や産業廃棄物の場所として活用されてきてしまったり、登山道のトイレ整備が確立されていなかったりと管理体制の確立が必要である。
・・・要するに、自然遺産としては”中途半端”ということですか。
そこで、、「自然環境と人間の営みの中で、信仰や芸術・伝統的風習などが長い年月をかけて地域共同体と結びついた結果形成された風景」という概念の「文化遺産」でということなんですね。
確かに、落語にも「富士詣り」という噺があるぐらいですから。
「はぁぁ、六根清浄・六根清浄・・・」。
【六根清浄】
六根とは、五感と、それに加え第六感とも言える意識の根幹。
即ち、眼根(視覚)・耳根(聴覚)・鼻根(嗅覚)・舌根(味覚)・身根(触覚)・意根(意識)のこと。
それが我欲などの執着にまみれていては、正しい道(八正道)を往くことはかなわない

(八正道とは、釈迦が最初の説法において説いたとされる、涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念および正定の、8種の徳。)
そのため執着を断ち、魂を清らかな状態にすることを言う。
そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つことが行なわれた(山ごもりなど)。
かつては登山の際に掛け声としても用いられ、落語の「大山詣り」などにもその様子が描写されている。
戦前までは富士山への登山の際にも掛け声として用いられたことが知られている。

2013年1月 5日 (土)

土曜日出勤

trainまだお屠蘇気分でいる人も多いだろうと言うのに…出勤日。
土曜日出勤
だというのに、我が家も休日モード。
朝飯抜きで家を出るはめに・・・。
電車も休日ダイヤで、さすがにいつもの始発電車はないものの、車内は大手町でもこの程度。
土曜日出勤
ところが、家で朝飯にありつけなくても、そこは都会のこと、「餅は餅屋」なんです。
牛丼ばかりでなく、朝定食もあります。
久しぶりに食べる納豆が、とても美味かった。
ハンバーガーやサンドイッチよりいいですよ。
「納豆パワーで、今日の寒さを乗り切ろう!」の勢いやよし・・。
ところが、会社へ着いたもののセキュリティカードを忘れてしまったことに気がついて、しばし呆然・・・shock
寒い中を暫く待って、何とか”潜入”に成功・・。

記者が選ぶベスト3

memo産経新聞の落語担当記者の昨年の落語ベスト3。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130101-00000544-san-ent
その前に、こんなコメントがありました。
2012年も数多くの落語会が行われた。
毎日、毎晩、さまざまな場所で落語会が行われている。
最近では、落語会の数が多すぎるという声もよく聞く。
ある人は「自分の行かなかったところで、いい噺をやっているのではないかと、心配になる」と、話していた。
そこまで落語に真摯に向き合うのは大変だろう。
最近ではお客の入らない落語会も目につくようになった。
そもそも落語ブームはなかったという人も多い。
「落語ブームではなく、特定の落語家のブームだった」と。
その言葉は当を得ている。
落語会の主催者もここにきて、お客の少なさを気にしはじめているようだ。
2013年は落語会にとってもさらに厳しい年になるかもしれない。

「落語会」ではなく、「落語界」だと思いますが・・・。
ブームだの懸念だの、色々議論のあるところですが、そもそも愛好者人口が少なく、ほんの一握りの人たちが落語会を回遊しているという世界ですから、こんなものだと思います。
滅びては困りますが、勿論そうなるとは思ってもいませんが、いつものように、今までのように、淡々と徘徊して行くのが良いと、個人的には思っています。
 ■第1位 第13回(6/23)大手町落語会「ザ・柳家!」
          柳家権太楼「らくだ」
 ■第2位 八月雲助圓朝通夜-真景累ケ淵(8/2)」
         五街道雲助「豊志賀」
 ■第3位 プチ銀座落語会(7/14)
                 入船亭扇遊「片棒」

昌福寺と法論石

shoe身延にお詣りする順番は決まっていて、まず青柳の昌福寺へお詣りをして、それから小室山で毒消しの護符を受け、法論石へお詣りをして、いったん鰍沢へ出て、ご本山へお詣りをするという順路。
青柳の昌福寺は、富士川町(旧増穂町青柳)にある名刹です。
石橋湛山元首相のお父上が住職だったこともあるそうです。

http://www.y-shinpou.co.jp/108/089jumyo.htm
そして、法論石というのは、小室山妙法寺に近い、懸腰寺に安置されている、文字通りの「石」です。
日蓮聖人と土地の法印との間で法論が起きた際、空中に石を留めたという故事に基づくものです。

落語「鰍沢」では、身延参りの定石どおり、昌福寺から法論石を参拝し、小室山で毒消しの護符を受けた後、雪の中を身延山に向かいますが、雪道に迷い,偶然,吉原の遊女だった月の輪のお熊の茅屋に宿を借りることになります。

http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/12/post-bed6.html
いつか「鰍沢」にチャレンジする時には、もう一度しっかりと下見をしに行こうと思います。
あの空気と空間を確認したいですから。

落語芸術協会新真打

bud落語芸術協会のHPに1月1日付でアップされていました。
http://www.geikyo.com/new/new_detail.php?id=241
平成二十五年春、下記の三名を真打昇進いたします。
  三笑亭月夢 (三笑亭夢丸門下)
  春風亭笑好 (春風亭小柳枝門下)
  花助改メ雷門小助六 (雷門助六門下)
  (*三笑亭月夢に関しては襲名・改名、調整中です)
 披露興行は平成二十五年五月上席より執り行います。

雷門花助さんが「小助六」って、言いづらい名前ですが、大名跡「雷門助六」に向かってまっしぐらですね。
三笑亭月夢さん、「夢楽」を襲名したら良いと思うのは早計?
確か、夢丸師匠のお弟子さんだったはずですから、無理筋ではないでしょう。
夢楽の名は元来「朝寝坊夢羅久(むらく)」で、朝寝坊むらくの名跡自体が九代目まで存在することが明らかになっていますが、先代は漢字の夢楽で、亭号も三笑亭ですから、十代目と呼ばれることはありません。
夢楽は初代三笑亭可楽門下、助六は夢楽門下の系譜ですから、いずれも大名跡です。
春風亭笑好さんは、確か一度だけ上野広小路亭で聴いたことがありますが・・・。
そして、今日か明日あたりには、このブログへのアクセス累計が「37万件」に到達する見込みです。

2013年1月 4日 (金)

年賀状の返信

pencilまたまた年賀状のこと。
年賀状の返信
元旦にいただいた先には全部出状したのですが、昨日・今日になっても、たくさん届きました。
ありがたいことです。
恩師、会社の同期、元上司・元部下・落研の同期そして・・・から。
私が出した年賀状への返信ではないことは明らかですから(だって昨日投函したんですから)、この方々も、年末ギリギリから元旦・2日あたりに投函したということですね。
やや安心しました。
私のも今日あたり届いているはずですから。
帰宅して、せっせと全先に返信を書きました。
明日の通勤途上に投函します。
もう少々お待ちください。

日本経済新聞「春秋」

chick男の子というのは、須らく「マザコン」だと言われます。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO50250900U3A100C1MM8000/
今朝の日本経済新聞の「春秋」の一文です。
「お母さん」。
俳優の高倉健さんが亡き母親に呼びかける。
雪山での厳しい撮影があった。気を張る役柄も多かった。
それもこれも、すべては「あなたに褒められたくて、ただ、それだけで」頑張ってこられたのだと。
かつてエッセー集で、そう真情を吐露していた。

年末年始の帰省で、しばらくぶりに老いた親と時間を共にした方も多かろう。
ふだんは自身が子を持つ立場で、あるいは管理職や経営者として、弱みを見せず、身過ぎ世過ぎに肩ひじを張る。
そんな大人たちも、親の前では「坊」や「××ちゃん」だ。
健さんのように、親の目が自分の支えという人もいるかもしれない。  
(以下略)
・・・どうでしょう。
我が身に振り返ってみて、言い得て妙だと思いました。
Fw:電子メールで送信: 1add06e8.jpg
「吾亦紅(われもこう)」という歌があります。
Fw:電子メールで送信: image.jpgバラ科の多年草。
山野に生え、高さ約1メートル。
葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉で、互生する。
8・9月ごろ、分枝した茎の先に暗紅紫色の短い花穂をつける。
花びらはない。
根と根茎を漢方で地楡といい、止血・解毒に利用。
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND57302/index.html

暗い内容の歌詞ですが、最後のフレーズが全てだと思います。
「杉本眞人(すぎもとまさと)」という人の作詞です。

notesあなたに あなたに 見ていてほしい
        髪に 白髪が 混じり始めても
                俺 死ぬまで あなたの子供note

健さんもそうなんだ・・・。

初祈願

event会社の初祈願はいつもどおりの虎ノ門金刀比羅宮。
Fw:電子メールで送信: k_11.jpg
拝殿に座り、お祓いを受け、神主さんが読み上げる祈祷文?に耳を傾けて、中でしっかり自分の会社の名前が呼ばれているかを確認し、玉串を奉献して「二礼二拍手一拝」。
御神酒を頂戴し、のし袋に入った2色ボールペンを持ち帰りました。
Fw:電子メールで送信: 250px-Torano<br />
 monnP9260564.jpg
ビル街にある境内を吹き抜ける風は、いつもよりさらに冷たかった気がします。

仕事初め

pen今日は仕事初め。
仕事初め
とは言え、始発電車は、まだいつもの混雑ではありません。
今日が休みだと、明日からは週末ですから、9連休になっている人も多いのでは。
私は、明日の土曜日も出勤です。
今年は、良い年にしたいなと思います。

「帯久」の感想

cdお正月で帰省した時に、「一番丁はずみ亭」のBDを持って行きました。
pp
どうやら、両親が二人で視聴したようで、母から携帯メールが届きました。
一番丁はずみ亭の映像
出演者それぞれが特長と感性が良く、感心したそうです。
もも
父は、私の「帯久」の熱演を聴いて、「よくまぁ、恥ずかしげもなく、照れずにしゃあしゃあと演れるものだ」と呆れたり、褒めたりしてしていたようです。
もも
母は、落語ばかりではなく、あずみさんの三味線漫談も入っていて、とてもバランスが良かったとも・・・。
もも
「寝蔵エンタープライズINC」監修のBDは数枚にもなっていて、その都度持ち帰っているのですが、今回は、来場してくれた叔母から事前に情報が入っていたらしく、楽しみにしていたようです。
もも
ただ、何歳になっても、親は親、子は子で、最後に「ほどほどに精進を」と、倅に灸をすえることは忘れません。
もも
また俳句にでもすることでしょう。

鰍沢

eye元旦に、富士川の東岸から鰍沢の街を眺めます。
鰍沢
甲州の笛吹川と釜無川が合流して、日本三大急流のひとつと言われる富士川が始まるあたり。
南アルプスの山々も遠くに望みます。
富嶽三十六景「甲州石班沢」の絵の舞台は、もう少し下流かもしれません。
鰍沢
落語「鰍沢」の冒頭で、三遊亭圓生師匠はこう語ります。
身延にお詣りする順番は決まっていたもので、青柳の昌福寺へお詣り をして、それから小室山で毒消しの護符を受け、法論石へお詣りをして、いったん鰍沢へ出て、ご本山へお詣りをするという。
鰍沢

「鰍沢」は、幕末に三遊亭圓朝がつくった三題咄(さんだいばなし)で、その三題は「小室山の御封、玉子酒、熊の膏薬」。
「鰍沢雪の夜噺」の演題で芝居咄としても演じられていますが、八代目林家正蔵(彦六)師匠が、一朝老人から伝えています。。
オチはあまり良いとは言えませんが、この噺の背景にある江戸庶民の信仰の様子が垣間見える気がします。
鰍沢
毒消しの護符で有名な小室山妙法寺の祖師堂。
開祖日蓮上人の立像が、遠くにのぞむ富士山に向かって力強く合掌しています。
お題目を唱えているのでしょう。
身延参りは、葛飾北斎によって、冨嶽三十六景「身延川裏不二」として描かれています。
沸き立つ霧と屹立した山々の間に富士の頂がのぞく。
その下には波が折りたたむように描かれ、水量の多さと流れの速さを表現している。
その迫ってくるような景観を眺めながら、旅人たちは川沿いの身延道を行き交う。
彩度の高い色調でぼかしや点描を駆使し、黒の輪郭線でひき締めることで、鮮明な画面に仕上がっている。
「身延川」は、これまで富士川を指すと考えられてきた。
しかし、「甲斐国志」によると、「身延川」は身延山中に源流を持ち、「日蓮宗総本山久遠寺」の周辺を流れ、「波木井川」に合流する川を指す。
甲斐国と駿河国とを結ぶ駿州往還は、身延山への参詣道であったことから「身延道」とも呼ばれた。

本図は、久遠寺門前の身延道沿道の様子だと考えられるそう。
・・・ということは、鰍沢から身延道(駿州往還)、現在の国道52号を南下した身延山の総門あたりなのでしょうか?
鰍沢
雪のヒドい時分です。
雪下ろしの三度笠、回しガッパに道中差し、振り分けの荷物、足腰は厳重なこしらえで旅慣れした形です。
法論石を出たのが今の時間で三時を回ってい た。
鰍沢に向かったが、雪の中、行けども行けども人家はなかった。
凍え死にするかと 思った時に、遠くに人家の灯りが見えた。
草葺き屋根の、軒が傾むいたあばら家からたき 火の灯りが漏れているのであろう。
家の女に鰍沢に出る道を聞いたが、分からないと言う。
一晩の宿を頼んだが、食事も出 せないし、布団もないが雪をしのぐだけなら良いという。上総戸を開けて入ると広い土間 と奥の壁には獣の皮が二枚掛けてあり、そこに鉄砲が掛けてあって猟師の家だと分かっ た。
奥に上がって囲炉裏のたき火にあたれと言う。
煙の中から女主を見ると二十六・七、 継ぎハギだらけでは有ったが柔らか物で、色白で鼻筋の通った目元に少し剣があるが、口 元はしまって輪郭の良い顔立ち。
どうして山奥にこんないい女がいるのだろうと思った。
だが、アゴの下から喉にかけてヒドい突き傷があった。
聞くと、江戸は浅草の方にいたと言う。「間違ったらおわびをしますが、吉原の熊蔵丸屋の月の兎花魁じゃござんせんか」
「おまはんだれ」
「花魁の座敷に登がったことがある者です。お酉様の晩に登がって世話になったが、改めてうかがうと、心中をしたと聞きましたが」
「心中はしたんですがやりそこなったんです。品川溜めへ下げられ女太夫になるところを危うく男と逃げて、隠れているんです」。
連れ合いは本町の生薬屋の息子で膏薬を練る事が出来るので、ここで熊の膏薬をこしらえて、町に売り歩いている。
旅人は小銭の用意がなかったので、胴巻きから25両の包みの封を切って、心付けだと半紙に2両包んで差し出した。
ここらの地酒は匂いがキツいので卵酒にすれば飲みやすいと言って、作ってくれた。
身体の外と中から暖ったまり、下戸で疲れが出たので、隣の三畳に移り振り分け荷物と道中 差しを枕元において眠りに落ちた。
旅人に飲ませてしまったので、酒を都合しにお熊が雪の中に出たのと入れ違いに、亭主の熊の膏薬売りの伝三郎が帰って来た。
寒かったので残っていた卵酒を飲む と、にわかに苦しみ出した。
帰ってきたお熊は「なんてことを。身延参りのカモを一羽泊めたんだ。胴巻きに100両有りそうだから、だからおまえが帰ってきてひと仕事するま で逃げられないように卵酒にしびれ薬を仕込んだんじゃないか」。
これを聞いた旅人は驚いた。
しびれた体にむち打って抜けた壁から逃げ出し、落ちた紙入れから、小室山で授かった毒消しの護符を雪で飲み込むと、身体が効いてきた。
人間欲 が出て、戻らなくても良いものを部屋に戻り、道中差しと振り分け荷物を取ると一目散。

物音に気づいたお熊は、カタキだからと鉄砲を持ってぶち殺すからと追いかけた。
もと来た道を戻ればいいものを、村があるだろうと懸命に雪を蹴立てて逃げる旅人が行 き着いたのは、そそり立つ絶壁。
眼下には、東海道は岩淵に流す鰍沢(富士川)の流れ。
4〜5日降り続いた雪で水勢が増したものか、ガラガラと流れる急流、切りそいだような 崖、ここが名代の釜が淵。
前は崖、後ろはお熊、合掌するのみであった。
そこに雪崩が起こって、川底に投げ出され、いかだの上に落ちると同時に道中差しが鞘走って、つなぎ止めてあった藤蔓を切った。
いかだは流れだし、岩にぶつかった拍子にバラバラになった。
一本の材木につかまって「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」。
崖の上から、片ひざついたお熊が、流れてくる旅人の胸元に十分狙いを込めている。
「南無妙法蓮華経、南無妙法 蓮華経、南無妙法蓮華経」、お題目を唱えていると、銃声とともに、弾は、旅人のまげをげを かすめて後ろの岩に「カチィーン」。
「この大難を逃れたのも御利益。お材木(お題目)で助かった」。

2013年1月 3日 (木)

初笑い東西寄席

tvNHKで演芸番組をやっていました。
初笑い東西寄席初笑い東西寄席
いつもの正月の寄席多元中継番組です。
 ◇ 平林     桂文治
最後の文治さんの一席しか聴くことが出来ませんでしたが。

「お台場政経塾」の映像

tvいやはや、テレビに出てしまっていたようです。
テレビ出演? 例の「お台場政経塾」で一瞬。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/12/post-b9b3.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2013/01/post-32ac.html
本人は高座の映像はあんなに欲しがるのに、仕事のことはボーッとしていて、オンエアの時は寝てしまっていましたし、録画した訳でもないというのに、ご贔屓というのは大変ありがたいもので、わざわざ録画してくれて、その長時間の映像の中から一瞬のシーンを見つけてくれて、写メで送ってくれました・・・。
本当にありがたいことです。 
 「お台場政経塾」の映像
こんな感じで出ていたようです。
やや怪しげなオヤジですね・・・。
 「お台場政経塾」の映像
そのうち、映像も見られるでしょう。
「お台場政経塾」の映像 お正月のお座興ということで。
大変お見苦しいところをお見せいたしました。

初夢

fuji「初夢」の薀蓄を。
“初夢”という言葉から「年を越して見る最初の夢」と思われがちですが、現在では一般的に「1月2日の夜から3日にかけて見る夢」が初夢と考えられているそうです。
歴史を振り返ると、江戸時代の文献には「大みそかの夜から元日の朝かけて見る夢」「元日の夜に見る夢」「2日の夜に見る夢」と3つの説があったそうです。
しかし江戸時代中期からは、2日の午後に枕の下に敷くための宝船の絵が売られたり、忙しい元日よりも2日のほうが落ち着いて眠ることができることから、「2日の晩」に見る夢が初夢として一般的になったようです。
・・・ということは、昨夜見た夢が「初夢」だったということですね。
    
それから、「一富士二鷹三茄子」は、初夢で見ると縁起がいいとされる順番を表しています。この理由については、以下の3つの説があるそうです。
 ・駿河国(今の静岡県中央部)の名物を順にあげた
 ・徳川家康が駿河国の「高いもの」を順にあげた
  鷹は愛鷹山のこと、茄子は初物の値段の高さのこと
 ・縁起が良いもの。
  富士山は高くて大きい、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」
     
山梨県との県境ラインの最南端でちょっと尖っているあたりが実家です。
故郷通信
特に「富士山」は、夢でくっきり見えるほど縁起がいいのだそう。
富士山に登っていく夢も吉兆として挙げられています。
また富士山に並んで「太陽」も縁起がいいとされ、「開運のサイン」とも呼ばれているのだそうです。
「一富士二鷹三茄子」に続く、4番目や5番目・・もあるそうです。
「四扇五煙草六座頭」のように続くという。
「扇」は末広がりの形をしており、祭礼や舞踊の小道具としても使われていました。
「煙草」は煙が上へと昇るもので、お酒と共に祭りや祝い事などでふるまわれ、その場の雰囲気を盛り上げたり和ませたりするものとして親しまれていたとのこと。
「座頭」は剃髪した琵琶法師のことを指し、「怪我(毛が)なし」という意味で使われていたようです。
・・・「お怪我(毛が)なくておめでたい」なんて、それじゃあ落語の「大山詣り」みたいですね。
それから、昔からあるおまじないで、「七福神や宝をのせた宝船の絵」を枕の下に敷いておくといい夢が見られるとされています。
その際は、悪い夢を食べてくれるという幻の獣「獏(ばく)」の絵や、「獏」という文字を絵の裏側に書いておくといいそう。
また「長き世の 遠の眠りの みな目覚め 波乗り船の 音のよきかな」という回文を紙に書いて枕の下に敷いておいたり、3回読み上げてから寝ると、いい夢が見られるとも言われています。
   
ところで、万が一、この縁起の良い夢が見られないどころか、不吉な夢を見てしまった時は、「午前中のうちに他の人に夢の内容を話してしまう」と、その夢は実現しないとされているそうです。
また、「ゆうべの夢は獏にあげます」と3回唱える方法も。
縁起の悪い夢は逆にいいことが起こるという「逆夢」とする説もあるそうなので、いいことが起こる前触れとして、前向きに捉えたほうがいいのかもしれません。
・・・まぁ、良い方に考えようということですね。
さて、ゆうべの私が見た夢は・・・、何か見た気がしますが、全く覚えていません。

年賀状の宛名書き

penサボっていた年賀状。
年賀状の宛名書き
パソコンで安直に印刷して、いよいよ宛名を書こうというところまで来ました。
元旦に届いた年賀状には、全ての方に出状することにしました。
かなり意図して少なくして来たつもりですが、浮世の義理というのもあって、なかなか…。
せめて宛名書きぐらいは手書きでと思い、“内職”をしました。
早く投函しなくては・・・。

子別れ

music志ん朝師匠の「子別れ」を聴く午後のひととき。
      子別れ
吉原の廓遊びで朝帰りの熊さんが、文句を言う女房に対して、家風に合わないから出て行けと怒鳴ってしまった。
子どもの亀ちゃんが「お父つぁんが悪い」というと、これも家風に合わないから出て行けと、二人とも出ていった。
独り者になったのをいいことに、花魁の女を引っ張り込んで一緒に住み始めたが、煮炊きも家事も何にもできず、いつの間にか出て行ってしまった。
三年が過ぎ、一人住まいの不便さと寂しさで、別れた女房の出来の良さを思い出し、亀にも会いたいと思う。
たまたま、学校帰りの亀に出会い、未だに再婚せず、針仕事で苦労しながら暮らしていることを知る。
小遣いを与え、母親には内緒にしろというが、母親に見つかり誰からもらったか言わないと金槌で打つと怒られ、喋ってしまう。 
亀が仲立ちになり、夫婦仲直りをする。
「子は鎹とは、うまいことを言ったもんだ」
「あたい鎹か、だから金槌で打つと言った」



学生時代、新入部員で初めての発表会の時、トリの喰亭寝蔵師匠の「子別れ(子は鎹)」を聴いて、ずっと「きっといつかは寝蔵師匠のように・・・」と憧れていました。
前篇の「強飯の女郎買い」の時の熊さんと、「子は鎹」の熊さんとは、まるで別人です。
改心をして良まなった熊さんが出て来る「子は鎹」、やはり人気のある噺、落語の定番。
やや古臭くなったとはいえオチも秀逸だと思います。
この噺で、今まで演るのを逡巡していたのは2点あります。
まず、亀ちゃんが母親にせかされて糸を巻く場面。
幼い頃、私も両手首に糸をかけて、祖母が巻き取るを手伝ったものでしたが、これ、見た目以上に難しいんです。
そう、何と言っても、この絶妙の手首の返しが、ね。
それから、お父っつぁんからお金をもらった亀ちゃんが、「鉛筆を買ってもいい?」という場面。
ここはねぇ、「藪入り」の時と同様に、江戸時代の設定にしたい。
寺子屋から帰る亀ちゃんと、木場に材木を見に(木取り)行く熊さんが出会うんだから、江戸時代にしたいじゃないですか。
それでは、何を買おうとすればよいか・・。
このあたり、細かいですが、仕草も含めて、大きなポイントです。
志ん朝師匠は亀ちゃんでなく、金ちゃんでやっていました。
これも、いつかチャレンジしよう・・・。

2013年1月 2日 (水)

新春!お笑い名人寄席

 
birthdayお正月、ボーッとしていて、何気なく見つけた番組。
新春!お笑い名人寄席新春!お笑い名人寄席
喬太郎さんの「錦木検校」を聴いて、やはり「三味線栗毛」でやろうと思った矢先でした。
吉本系の騒がしいお笑いよりは、まぁいくらかましかなと…。
新春!お笑い名人寄席新春!お笑い名人寄席
柳家小さん師匠の蛸と、春日三球照代ご両人の地下鉄漫才など、昭和の映像が見られるのが○。
何かやりながら、目の端に入れながらぐらいで。

年賀状

penただいま必死に書いています。
Fw:ここ
今しばらくお待ちください。
待ちきれない方のために、こんなのが届くかもしれません。
明日投函しますので、週末には・・・。

江戸の夢

eye宇野信夫作「江戸の夢」。
    
この噺の舞台はお茶で有名な静岡県丸子宿です。
 
庄屋の武兵衛は発句に熱中。
娘・テルは奉公人の藤七を婿にして欲しいと母親・オラクに泣いて頼んだ。
金比羅詣りのなりをした、氏素性をあかさないのを理由に母親は藤七に反対したが、気立ては良く、良く働き品性が良いので、娘の意向を汲んで11月に祝言を挙げた。
娘を可愛がり、親に孝行し、良く働いた。
家族にも回りにも信用が付いてきた。
両親は江戸見物に青葉の頃行きたいと、藤七に明かす。
翌日、家族が心配している中、夜遅くに帰った藤七に、武兵衛は家を飛び出したのではないかと疑った自分に腹を立てて怒った。
話を聞くと遠くまでお茶の木を求めに行ってきたという。
日当たりの良いところに茶の木を植えて手を入れていた。
家庭も和やかだった。
江戸見物の前日。
藤七が、浅草寺に行くなら、浅草の並木にある奈良屋に寄って、茶の出来栄えを鑑定してもらってほしいと両親にお願いした。
若い二人には子供が出来たと両親に打ち明け喜ばれた。

翌日旅立ち馬喰町の宿に入った。
毎日見物に出掛けたが5日も過ぎると飽きてきて、女房に話をすると同じ気持ちになっていた。
翌朝、浅草に寄って帰る事にした。
雷門を出て、武家屋敷に出入りしている大店の奈良屋に寄ると、シンとしていて入口にツバメの巣があった。
主人の奈良屋宗味
と対面出来た。
歳は六十二・三、宗匠頭巾に品のある姿であった。
持参した茶を見せると奥にと茶室に案内された。
藤七が造ったお茶で接待された。
この茶を製した婿殿の状況を聞かれたので、6年前の出会いから隠さずに今までの経緯を話した。
初孫が出来る事まで話し、酒は下戸で、飲まずに良く尽くしてくれると喜んだ。
宗味は「この茶は、将軍家に差し上げお褒めを頂いた、私と倅の2人しか知らない秘法です。しかし、奇しくも同じ6年前に・・・、死にました。気立てが良く、まめまめしく働き、機転は利くし、よい男でしたが、酒癖が悪くて騒ぎを起こして人を殺める・・・事まであり、遠いところに行ってしまいました。久しぶりに飲むこのお茶。よくぞ、秘法を会得なされたと宗味が喜んでいたと、婿殿にお伝え下さい」。
送られて表に出ると初夏のツバメがツ~ッと飛び交っていた。
足早に歩く武兵衛。
「つばくらめ いくとせ続く 老舗かな」、お前さん発句どころではないですよ。
「あの人が藤七の親御さんだったんだね」
「黙って歩け。何にも言うな。」と女房をせき立てて歩くが、まだ頭を下げて宗味が見送っていた。
「藤七の常日頃の行儀良さ、言葉使い・・・」、
「あの茶人の息子さんだったんですね・・・」。
「氏(宇治)は争えないものだ」。
江戸の夢江戸の夢
 
・・・お涙頂戴の人情噺かと思っていましたが、何だか「甲府ぃ」の逆方向のような噺で、ほのぼのしています。
やや違和感があるのは、オチが宇治になっているところです。
奈良屋という名前も、関西にちなんでいるのでしょうから、駿州丸子宿が舞台というのは、何か、私が気が付かないけれども、意味があったのでしょうか?
この音源では、圓生師匠も、言葉が出て来なかったり、言い間違いをしたりしています。
やはり、創作で、口慣れていないのでしょう。
名人だって、人の子ですよ。

お台場政経塾

tvそこそこ好評な番組だったようです。
テレビ出演?
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/130101odaiba/index.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/12/post-b9b3.html
ずぼらな性格ですから、所詮主役のクライアントの立場ですから、出るか出ないかも分からないので、録画予約をする訳でもなく。
そもそも録画予約のやり方を知りません・・・。
とりあえず、オープニングまで起きていて、まぁ真面目そうな番組だということだけ確認して、渋滞の中を帰省から帰宅した疲れもあり、2時前には寝てしまいました。
出たとしても、3時30分過ぎに一瞬だと思いますので・・・。
取材を受けた会社の人が、「録画しておきます」と言っていたから、出ていれば、後で見ることはできるでしょう・・・。
この番組、きっと特番ゴールデン に出世するよね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
いいと思う!
この番組のおかげで 今までよくわからなかったことを理解できて 政治にも自分の意見を持てるようになったと思う!

等々・・・・、こんなツイートもありましたから、まぁまぁの内容だったのでしょう。
ところで、このブログで、着物以外のスーツ・ネクタイ姿で登場するのは、恐らく初めてだと思います。

ねずみ穴

cat三遊亭鳳楽師匠の「ねずみ穴」。
ねずみ穴
いつか私に演って欲しい噺だと「Ⅰnさん」に言われましたので、改めて聴いてみました。
確か、この時の鳳楽師匠の出来は、あまり良くなかった記憶があります。
ねずみ穴
三遊亭圓生師匠を聴いたのが、もう30年近くも前のこと。
ねずみ穴ねずみ穴
この噺のポイントは何でしょう。
夢が五臓の疲れだということを、どのような表現したら良いか…。
ねずみ穴
今のうちから研究しておこうと思います。

ミックス寄席HP

pcあの加藤さんの「ミックス寄席」のHPがリニューアルされて、知らないうちに大変身していました。
          ミックス寄席HP
以前のも、手作りチック、アナログチックで良かったですが。
加藤さん自筆の筆文字の表題が印象的で。
http://www.mixyose.jp/
最近ご無沙汰していて……。

桂米丸師匠

horse落語界の最長老「桂米丸」師匠。
桂米丸師匠桂米丸師匠
東京落語会でのお元気な高座でした。
桂米丸師匠
新作落語一本でやって来たという噺家さんは、米丸師匠ぐらいではないて゜しょうか?
昇太さんだって古典を演りますから。
桂米丸師匠桂米丸師匠
さすがに年齢は感じるものの、お元気ですね。

2013年1月 1日 (火)

甲斐の富士

fuji大晦日は駿河、元旦は甲斐からの富士山。
「鰍沢」の舞台になっている小室山妙法寺から望む、元旦の正午頃の甲斐からの富士ヶ嶺。
甲斐の富士
昨日は、静岡側(南西)から、霞の裾を遠く引くような、裾野まで美しい女性的な姿。
そして今日は、山梨側(北西)から、甲斐の山々を睥睨し、頭ひとつ抜けた男性的な姿。
甲斐の富士
山梨県側から見る富士と、静岡県側から見る富士山は、どちらが美しいか?
永い間の永遠のテーマでありましたが、実は江戸時代にすでに決着がついていたのです。
それは、狂歌師・大田蜀山人の歌にあり。
「娘子(むすめご)の スソをめくれば 富士の山 甲斐(かい)で見るより 駿河(するが)一番」・・・・。
新年早々なんのこっちゃ?

初詣で

sun「鰍沢」に義父を訪ねたので、小室山妙法寺に初詣で。
初詣で初詣で
暮れに雪が降ったようで、参道や境内には、まだ少し雪が残っていました。
富士川街道(国道52号)沿いの鰍沢宿から、西に山道を数キロ。
http://www.y-shinpou.co.jp/108/091tokue.htm
初詣で
日連宗徳栄山(小室山)妙法寺の大きな三門から、身延山久遠寺の菩提梯ほどではありませんが、急峻で、所々崩れている石段を登ると本堂が、右側の回廊を下ると祖師堂があります。
初詣で
「鰍沢」を演るまでに、もう一度、その時は、向かい側にある「法論石」にも、取材を兼ねて来たいと思います。
初詣で
圓朝も眺めたかもしれない富士山が、甲斐の山々越しに、逞しく聳えていました。
初詣で

霜と霜柱

bearing写真では分かりづらいですが、一面に霜が下りています。
霜と霜柱
愛車の窓は真っ白。
霜と霜柱
かなり冷え込んでいるようで、川から湯気のように上がっています。
霜と霜柱
霜柱を踏むのも久しぶり。

この冬は寒いですが、穏やかな新年になりました。

日本で一番早い寄席

event寄席・落語会は、本当に1年365日毎日やっているんですね。
日本で一番早い寄席
横浜方面では、新年カウントダウンの会もあるそうですが、「東京かわら版」によりますと、お正月一番早くからやっているのは、「お江戸日本橋亭 初春演芸会」のようです。
出演者は、立川談幸・桂歌助・桂文治ほかとあります。日本で一番早い寄席
一年の計は元旦にあり。
今年も初席に多くの人が来て、賑やかになっていることでしょう。

一人酒盛

snailこんな時でないと、ゆっくり落語を聴くことも出来ませんから。
一人酒盛
圓生師匠の「一人酒盛」を。
昨年は、圓窓師匠の「一人酒盛」も「紀伊國屋寄席」で聴きました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/07/post-0633.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/07/post-7688.html
引越ししたばかりの男の家に友人が遊びに 来る。
男は酒でも用意するからゆっくりしてくれと言いつつ、自分は壁紙を貼っているのでちょっと火を起こしてくれ、水を汲んできてくれ、うどんの出前を頼んできてくれと、友人に酒の準備を全てさせてしまう。
さて、壁紙貼りが終わり、飲み始めると酒はほとんど男が飲んでしまう上に、男は酒癖の悪く、友人に向かって言いたい放題。
友人は終いには怒って帰ってしまう。
そこに出前を頼まれたうどん屋が着き、「今すれ違った人は、注文しに来た人だと思うが、えらい怖い顔で出て行きましたよ」と言うと、男が「放っておけ、酒癖の悪い男だ」。
こんな噺が出来たら、どんなに楽しいだろうと思います。

謹賀新年

◇あけましておめでとうございます◆
きんがしんなんもも
私の「帯久」
ブログも5年目に突入いたしました。
本年も引続きご愛読くだ゜さいますようお願い申し上げます。
         東北大学落語研究部OB  金 願 亭 乱 志
         落語っ子連          三 流 亭 流 三
         扇子っ子連          千 早 亭 永 久

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