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2013年1月14日 (月)

市川中車さん

event土曜日の午後、「深川三流亭」のチラシを作りながらテレビを観ていたら、歌舞伎の市川中車(香川照之)さんの番組をやっていました。
Fw:きき幼い頃、両親が離婚、父親とは会う事すら許されずに育った香川。
「父親とは一体、どんな存在なのか。」その想いを抱き続けてきた。
そして2011年9月、突然の歌舞伎界への進出を宣言。
父・猿之助も脳梗塞に倒れ、8年ぶりに舞台復帰を表明し注目された。
それから2人の壮絶な日々が始まった。
香川は、自宅にこもり稽古漬けの毎日。
父、猿之助は、絶叫するほどの痛みと闘いリハビリに打ち込む一方で、息子・香川に稽古をつける。
失われた“何か”を取り戻すかのように、芝居に駆り立てられる“父と子”。
番組では、2012年の3月から2013年元日の大阪での歌舞伎公演まで、300日に及ぶ、“父と子”の挑戦に長期密着、絆を取り戻してゆく2人の葛藤と心の内を描く。

俳優・香川照之と歌舞伎界のスーパースター・市川猿翁。
元日、その親子は40年の断絶を経て、初めて共演を果たした。
俳優として誰もが知る存在となった香川。
歌舞伎は全くの素人だが、あえて飛び込んだ。
猿翁は、病に倒れて8年、不可能と思われていた舞台復帰を目指した。
一度は引き裂かれながらも、互いにひかれあう父と子。
2人はなぜ途方もない挑戦に踏み出したのか。
300日間のドキュメント。

ナレーターは福山雅治でした。
http://www.youtube.com/watch?v=tLeev0PT03A
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130110-00000126-san-ent
どうやら、1月6日の再放送のようでした。
お祖父さんの十八番の芝居の映像を参考にしながら、同じ芝居の台詞を、繰り返し繰り返し稽古する姿。
身体が不自由になっている父・猿翁さんに稽古をつけてもらっている姿も、何かこみ上げるものがありました。
台詞というのは難しい。お7家芸というのは過酷です。
こんな感想文を見つけました。
ずっと断絶状態だった父と子。
でも、孫、すなわち香川の子供に歌舞伎をやらせたい、と思ったとき、「お父さんはなぜ歌舞伎をやらないの?」といわれたらどうする?
そう自問した香川は、父の教えを乞うことにしたとか。
かつて、父の楽屋に何度か言ったらしい。
そのことは、1991年8月の婦人公論に記事として紹介されたらしい。
「父・猿之助に会いに行った」というタイトルの記事だ。
しかし,その場で猿之助は香川を叱責したとのこと。
「大事な公演の前に突然訪ねたりするな。役者としての配慮が足りない。」といったらしい。
芸をとって家族を捨て、離婚した父。
再びその父に会いに行くも、香川はすげない対応を受ける。
そのときのことを,父,猿翁はこう語る。
「すなわち、私が家庭と訣別した瞬間から私は蘇生したのです。だから、今の僕とあなたとは何の関わりもない。あなたは息子ではありません。」
これはきつい。きつすぎる。
しかし、時は過ぎ、病気になった猿翁。
そして役者として成功した香川。
成長した香川の息子。
いくつかの条件がそろい、今回、こうして襲名公演として、父・子・孫の三代にわたっての公演が可能となった。
しかし、今になって猿翁は息子として香川を認めたのか?
あのときの「あなたは息子ではありません」は嘘だったのか?
いや、おそらく、いまだに息子とは思ってないはずだ。
香川が役者としてではなく、猿翁の目指す芸道である歌舞伎、同じ舞台に入ったからこそ、かぎカッコつきの「息子」として香川を認めるようになったのだろう.香川が歌舞伎をやらない限り,父と子はその絆を確かめることができなかったのだろう.そういう意味では。
香川の覚悟は、まさしく英断。
ただ、その背景を知ると、あまりに切なすぎる、切なすぎると思った。

・・・一人の人間、家族という概念では語れない世界なんですね。
それにしても、何か両親や家に翻弄された香川さんが痛々しいし、さりとて頑張ってもらいたい。
こうやって、伝統が継がれていくんですね。
同世代として、応援したいなぁ・・・。

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