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2012年11月29日 (木)

柳家小はん師匠

confidentこんなに多くのお客さまが入場していました。

そして、この独演会は23年も続いているそうです。
大変失礼ながら、「柳家小はん」師匠をよくご存知の方、噺を聴いたことのある方は、あまり多くないと思うのです。
とにかく、あまり露出していない、幻の噺家さんと言っても良いと思います。
30年以上前、まだ二つ目で「柳家さん弥」と名乗っていた頃から、真打に昇進して「柳家小はん」になった頃、我が落研主催の「仙台落語勉強会」や「古典落語鑑賞会」にご出演いただきました。
まだ若手のバリバリという雰囲気の頃で、良くも悪くも、今とは随分様子が違っていました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/02/post-cf15.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/09/post-fc60.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/09/post-d9c1.html
三代目桂三木助師匠に入門するも、すぐに師匠が亡くなってしまい、五代目柳家小さん門下に移った方で、入船亭扇橋師匠や林家木久扇師匠とは兄弟弟子だった訳です。
数年前に、「学士会寄席」のレギュラーで、桂藤兵衛師匠と交互に独演会をやっておられましたので、懐かしさもあって通いました。
この「学士会寄席」が終了してしまってからは、実に久しく高座を拝見することはなかったと思います。
せいぜい1~2度ぐらいでしょうか・・・。
愛想がある訳ではなく、しっかりとした口調、いかにも江戸っ子という風情は、玄人受けする噺家さんだと思います。
この魅力に根強いファンがいるのでしょう。
    
この落語会も、普段私が行っている師匠方の会とは何となく会場(客席)の雰囲気が違います。
落語フリークでもなく、個人的・地域的な繋がりのある・・・、そんなお客さんが多いからだと思います。

1960年3月  三代目桂三木助に入門し「桂木久弥」で初高座
1961年3月   師匠三木助死去で五代目柳家小さん門下に移籍
        「柳家さん弥(さん彌)」に改名

1963年10月 二つ目昇進
1973年9月   真打昇進
1975年3月   二代目柳家小はん襲名
  ※日舞花柳流、小唄春日流、新内節岡本派、茶道江戸千家
    などの余芸も一品

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