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2012年11月29日 (木)

魚河岸

fish魚河岸の場所が変わるそうです。
今まで河岸のあった「築地」から「豊洲」に・・・。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121128-00000012-asahi-soci
そもそも「魚河岸」というのは・・・、魚貝類を一般業者に卸売りする魚市場のある河岸をいい、全国各地にありますが、築地にある「中央卸売市場」の通称となっています。
Fw:電子メールで送信: a0277742_141<br />
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江戸幕府が開かれた当初、魚類は現在の芝浦一帯の地域で売買され雑喉場(ざこば)と言いましたが、品川沖でとれた魚類はとくに新鮮で、江戸前の「芝肴(しばざかな)」として珍重されたようです。
魚河岸は元来、摂津より来住した漁師たちが、幕府に納める魚類の残余を、市中一般に販売したのに始まるといわれるそうです。Fw:電子メールで送信: 112798326.jp<br />
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その後、徳川家康は江戸の繁栄策として、三河藩出身者にも魚類販売の利権を与え、日本橋北詰から荒布橋に至る河岸一帯に市場を設け、各地から入荷する魚貝類のうちの優れたものはすべて公儀御用としてこの市場で扱わせたので、日本橋界隈は魚貝専門の店などで大商店街を形成することになります。
Fw:電子メールで送信: ph12_01.jpg 落語に出て来る河岸は、そういう訳で「芝」と「日本橋」と相場が決まっています。
日本橋魚河岸は明治時代以後も隆盛を極めますが、関東大地震で多くの卸売店、仲買店が焼失したので、芝浦埋立地に仮設の臨時市場が設けられ、その後「築地」に移転し今日に至っています。
落語「芝浜」では、芝の河岸は、朝だけの日本橋と異なり、朝のみならず晩にも市場が開くということを踏まえた舞台設定になっていて、これがあの絶妙なストーリー展開に関係して来るのです。
だから、江戸前の魚が多く揚った芝でなくてはいけないんです。
ところで、新作「豊浜(豊洲の浜)」なんていうのも、もしかすると誰かが創作するかもしれません。

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