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2012年10月

2012年10月31日 (水)

神無月の落語徘徊

bell時の流れは確かに早い。
それにしても、随分意気地がなくなり、寄席・落語会の回数も激減。
  ◆ 19日     東京落語会
  ◇ 20日     東大落語会寄席
   ◆ 27日     大手町落語会
  ◆ 31日     ひぐらし寄席
大手町落語会
前日に突然思い立って行った、「大手町落語会」と「ひぐらし寄席」がなければ、今月は「東京落語会」だけになっていたところでした。
「東大落語会寄席」は、本当に勉強になりました。東大落語会寄席の会場
稽古会は、頑張りましたが、大阪出張のため、千早亭の稽古は1回パスとなりました。
  ◇ 14日     落語っ子連・三流亭「三味線栗毛」
  ◇ 23日     扇子っ子連・千早亭「帯久」
  ◇ 28日     落語っ子連・三流亭「帯久」千早亭落語会のBD
千早亭の稽古会で、9月の発表会のBDを見て・・・冷や汗。
本当ならば、別々の噺を並行して稽古すべきですが、12月15日のOB有志の落語会「一番丁はずみ亭」が迫っているので、まず「帯久」をと・・・。
来年2月予定の「落語っ子連」の演目は未定。
来年3月の「扇子っ子連」では、「三味線栗毛」と思ってはいるのですが・・・・。
さて、どうなりますことやら・・・。
ありがとう「クレス」
約3年間稽古場として使わせていただいた「クレス音楽教室」も、建て替えのため、今月の稽古が最後になりました。
Fw:mm
16日に、ブログのアクセス累計が33万件を超えました。Fw:nn
「一番丁はずみ亭」も、準備が着々と進んでいます。
ロゴのデザインも出来上がり、後は「帯久」だけです。

ひぐらし寄席

birthday隅田川馬石さんの独演会「ひぐらし寄席」。
ひぐらし寄席
今回は、第20回の記念ということで、いつもより大きな会場で「一門大集合」というご趣向です。
月末ではありましたが、仕事を早々に切り上げ、急いで「日暮里サニーホール」へ。
ひぐらし寄席
受付で驚いたのは、松戸で「馬津郷(まつど)寄席」という、二つ目時代の「春風亭一之輔」さんの独演会を主宰している(いた)「Kさん」がいらっしゃいました。
「あぁぁ、ご無沙汰しています。」と挨拶しましたが、誰だか分かってもらえたでしょうか?
そういうえば、この落語会でも何度かお見かけしたことがありました。
ひぐらし寄席
  ◆ 道具屋        入船亭ゆう京
  ◆ 鹿政談        蜃気楼龍玉
  ◆ 幇間腹        五街道雲助
  ◆ 代書屋        桃月庵白酒
  ◆ 宿屋の富       隅田川馬石  
ひぐらし寄席
写真は、仲入りの時に撮ったので、雲助師匠と白酒さんのめくりになっていますが、馬石さんが主役の会です。
ひぐらし寄席
「雲助一門」・・・・、今が”旬”ですね。

日暮里

flair久しぶりに日暮里に行きました。
日暮里
隅田川馬石さんの落語会「ひぐらし寄席」へ。
日暮里も成田スカイアクセスが開通し、京成線の駅も立派になりましたが、日暮里は日暮里です。
こんなに入口の分からない駅も珍しいと思います。
線路を挟んで西側は谷中の墓地ですし。
日暮里サニーホールに向かいます。
日暮里
そうそう、「ひぐらし寄席」の後に入ったトンカツ屋さんに飾ってあったので…。

文化の交叉点?

bullettrainしつこいようですが、新大阪駅で面白い光景を見つけました。
エスカレーターのどちら側に立つかという議論。
東京など多くは左側、大阪や仙台は右側だと言われています。
文化の交叉点?
同じ新大阪駅のエスカレーターです。
東京から新幹線を降りてホームから下るエスカレーターは、みんな左側に立っていますが、並んでいるホームに上がるエスカレーターは、みんな右側に立っているんです。
これは面白いですね。
下りは東京の、上りは大阪のカルチャーが出ています。
下りは東京から着いた乗客、上りは大阪から出かける乗客です。
文化の交叉点?
もっと面白いのは、到着した乗客も、改札を出て、地下鉄に向かうエスカレーターは、みんな右側に立っているんです。
素晴らしいこの切り替え。
「郷に入っては郷に従え」と言うことですね。
駅と言うのは、本当に色々な物(こと)が交わる場所なんですね。

「落語っ子連」発表会のこと

flag落語っ子連は、第1次の頃は原則として年1回のペースで発表会を開催していました。
「落語っ子連」発表会のこと
第2次になり、師匠が指導されている他の連と同じインターバルで、6ヶ月に1回を目指そうとしていましたが、メンバーの出入りが頻繁だったので、まだ日程が決まっていませんでした。
「落語っ子連」発表会のこと
とにかくやろう!
まど音さんに、これからの稽古場にもなる「古石場文化センター」の第1和室を予約してもらうことにしました。
「来年2月の開催がを目標に!」ということになりました。

2012年10月30日 (火)

発車のメロディ

電車のホームと言えば、発車の時に鳴るベルですが、最近は、高田馬場の「鉄腕アトム」や蒲田の「蒲田行進曲」など、音楽を流す駅が増えています。
♪僕らはきっと待ってる〜♪
今日から、銀座線の上野駅で流れています。
浅草が春のうららの「花」、銀座があの娘可愛やの「銀座カンカン娘」で、溜池山王はオリジナルの曲だそうで、とりあえず4駅でと。
早速帰りに聴きました。
上野・浅草・新宿・池袋は、出囃子にしたら良いと思いますね。

寄席文字作品展

penやはり、私の得意な「早とちり」でした。
「春亭右之香」師匠の作品展は、先週はまだ始まっていなかった。
開催日初日の前日に行ったのですから、随分間抜けなものです。
事前に情報をくださった、先輩の「四分椿」師匠のメールを再度確認すると・・・。
■「春亭右乃香寄席文字作品展~だいじなかんじ」
   日時:10月28日(日)~31日(土)11時~20時
        11月 1日(木)~ 3日(祝)11時~22時
        11月 4日(日)                 11時~17時
   場所:神保町アートスポット・ラド

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20121030/CK2012103002000093.html
遅い時間までやっているんですね。

ありがとう「クレス」

slate落語っ子連の稽古場で使わせていただいた「クレス音楽教室」の部屋も、建物の建て替えのため、今回の稽古が最後になりました。
ありがとう「クレス」
約3年間通いました。
2DKの部屋で、師匠の息吹を間近に感じながら、いくつ噺をあげていただいたでしょう。ありがとう「クレス」
次回からは、ほど近い「江東区古石場文化センター」の和室に変更して、稽古を続けます。
発表会も、ここで開催しようと計画しています。
ありがとう「クレス」
ありがとう「クレス」
ありがとう「クレス」
ありがとう「クレス」…。

縁日

tulip1・15・28日は、深川不動の縁日。
縁日
東京かわら版によれば、江戸のパワースポットの縁日は、以下のとおりです。
あぁ、門前仲町のお隣の富岡八幡も同じです。
水天宮は1・5・15日。
西新井大師は、1・8・21・28日。
堀ノ内の妙法寺は、3の日。
巣鴨のとげぬき地蔵は、4の日。
神楽坂の毘沙門天は、5の日。
雑司が谷の鬼子母神は、8の日。
目黒不動は28日。
1・3・4・5・8・11・13・14・15・18・21・23・24・25・28日。
1ヶ月のうち、上の15日は、どこかで縁日をやっているということですね。
2日に一度です。

残念なこと

club落語っ子連メンバーの「三流亭まど絵」さんが、休会することになりました。
仕事の都合ということです。
作家であり、料理研究家でもあり、多忙だということです。
一番印象的なのは、一年かけて「火事息子」をやり切ったことです。
今年の春の発表会は、師匠が体調を崩されたので、師匠抜きで、まど絵さんと私と窓口さんはじめ4人で、木戸銭1000円でやりました。
師匠から、「よくやった!」と褒めていただきました。
メンバーは8人になりました。

東京かわら版

eye珍しい「立川流」の話題。
Fw:電子メールで送信: entry_cover1<br />
 211-thumb-188x360-1312.jpg「こしら」さんは全く知りません。
「志ら乃」さんは、5~6年前に、落研主催の落語会に出演してくれたご縁で、暫く追いかけました。
素顔は好青年、実力も認めます。
ただ、真打までのプロセスは、ご本人のせいではありませんが、私にはどうも理解出来ませんでした。
とはいえ、めでたく真打になりましたから、陰ながら応援します。
巻頭座談会で「こしら」さんを読みましたが、正直なところ?です。
ところで、例年11月号の「天狗連」のところに「北大落研OB会苦楽亭落語会」の告知が載っているのですが、今年は見当たりません。
てっきり開催されるものと、行くつもりだったのですが・・。
どうしたのでしょうか。もう終わったのかなぁ・・。
その代わり、我が落研出身の「杜の家くるみ」さんがメンバーになっている「横浜にぎわい座」の落語会が載っていました。
「くるみ」さんも頑張っているようです。

「帯久」談義

落語っ子連の稽古会で、私の「帯久」の後、和泉屋与兵衛が鉋屑に火を点ける場面で、師匠の「過失」の演出と、一般的な「故意・確信犯」の演出の比較から、落語と法律について、熱い議論が交わされました。
私が「大工調べ」を演らない理由とか、「唐茄子屋」の大家とか、「一文惜しみ」の話題も。
大岡政談に限らず、落語の政談物は、人情・庶民の味方です。
立川談志師匠の「人間の業の肯定」ということでしょう。

師匠から、以下のようなコメントを頂戴しました。
流三(りゅうざ)さんの[帯久]の稽古から、大岡政談と法律の話題に花が咲いた、、、。
落語を見直すきっかけとなって、とてもいいことです。
流三(りゅうざ)さんは法科出身だったは、、、、。  圓窓
私も早速返信しました。
はい師匠。
法科不幸か、落研卒と表向きには言っていますが、実は、法学部を優秀な成績で卒業した人と一緒に卒業しました。
ああいう話題は、とても面白いですね。
稽古に加えて、とても充実した時間でした。      流三

2012年10月29日 (月)

都会の空の満月

fullmoon大阪から戻り、東京駅のホームで眺める満月。
十三夜
ある人から、「お前のブログは、空の写真が多すぎる」というご指摘を受けました。
仰る通りです。
私の名前が、月や太陽に関係しているもので。
今週は、秋晴れが続くようで、連日綺麗な月が見られるかもしれません。

古い建物

dollarさすが商都大坂(大阪)です。

古い建物
街角に、こんな素敵な建物がありました。
古い建物
銅座の跡だそうで、今は府立幼稚園になっているようです。
古い建物
道路を挟んだ向かい側では、高層ビルが建設されていました。

緒方洪庵旧宅跡

penこんな建物もありました。
緒方洪庵の旧宅兼塾跡。
http://www.webkohbo.com/info3/tekijuku/tekijuku.html
緒方洪庵旧宅跡
適塾って言うんでしたっけ?
「火気厳禁」の張り紙に、物凄い説得力を感じました。
緒方洪庵旧宅跡
車が2台駐車しているのが邪魔で、暫く待っていたのですが・・・。
緒方洪庵旧宅跡
こういう板壁が温かさを感じます。

北浜界隈

building大阪支社の近く、北浜を堺筋から御堂筋方面へ。
北浜界隈
仕事が早めにキリがつき、まだ明るかったので、地下道ではなく、地上を淀屋橋まで。
大阪は商人の街。
北浜界隈
この北浜あたりは、様々な金融関係の市場が集まっている(いた)場所です。
土佐堀通り沿いに歩きます。

出張

bullettrain月曜日から日帰り出張です。
今朝は東京は快晴です。
出張
新横浜と小田原の間で、雪が積もった富士山が見えました。
富士を通過する時を楽しみにしていたのですが、眠ってしまって、気がつくと静岡近くでした。
出張
関西は、雲が多く、伊丹空港に着陸しようとしている飛行機が、低空を飛んでいます。
出張
今日はなるべく早く帰りたいなぁ。

鞄の修理

wrench修理に出していた鞄が戻って来ました。
早速、今日の大阪出張から復活です。
鞄の修理
修理に持って行った時は、ややぶっきらぼうだった老舗鞄店の店員のオジサンも、取りに行った時は、とても丁重でした。
「ご自宅が(銀座から)遠いので、お送りしようと思っていました」なんて。
「てやんでい!自分から受け取りに来るからって言ってたじゃねえか。べらぼうめぇ。」と思いながら、「いやいや、毎日近くに来ていますから構いませんよ。」なんて言えるところなんぞは、私もたいしたものです。
でも、また壊れたら、「てめえ、このやろう!」なんて言うかもしれません。

震災の

subway地下鉄の三越前の地下通路で、東日本大震災に関する写真や資料などを展示しています。
震災の
被災地各地の震災前・直後・現在の航空写真や国道45号線の道路標識の現物やら。
本当に街が全て飲み込まれて、跡形もなくなってしまったのが分かります。
私が行った南三陸町志津川も…。
震災の
震災から、約1年8ヶ月。

強い味方?

penこれは単なるボールペンではありません。
強い味方?
ボールペン付タッチペン。
いや、タッチペン付ボールペンかな?
私の太くて短い指では、正確かつスピーディに、スマホのタッチが出来ません。
また、指だとディスプレイが汚れてしまいますので、タッチペンが必需品です。
だから、やはりボールペン付タッチペンなんでしょうね。
今まで使っていたのが、約6ヶ月でタッチ部分が破れてしまったので、同じようなタイプを買いました。
新しいので、タッチの感触はやや固く、反応もシャープな感じ。
ボールペンなのにシャープとはこれいかに?

2012年10月28日 (日)

落語っ子連稽古会

horse今まで稽古場としてお借りしていた「クレス音楽教室」での最後の稽古会。
落語っ子連稽古会
 ◇ 堪忍袋        三流亭越児
 ◇ 初天神        三流亭窓口
 ◇ 帯久     三流亭流三
落語っ子連稽古会
今日は、実質3人だけの参加でしたから、本当にじっくり稽古が出来ました。
「帯久」は、まだまだ読み稽古ですが、師匠から、私の悪い癖である、台詞の最後が地になってしまう点のご指摘がありましたが、「後は完璧だった」というコメントをいただきました。
窓口さんも、越児さんも、見事な作り上げをしていますので、とても刺激になります。
終わって、フラフラになりました。

七五三?

rain今日も「落語っ子連」の稽古会で、門前仲町へ。
七五三?
天気予報よりもちょっと早く、雨が降って来ました。
1・15・28日は、深川不動の縁日ですから、また寄り道してみました。
参道も境内も、「祝 七五三」です。
早い人は、もうお参りに来ていますが、この雨ではかわいそう。
七五三?
それにしても、七五三を祝うとは言っても、子供はいませんね。
最近は、「七五三」は、7・5・3歳のお祝いではなく、70・50・30歳のお祝いになっているのかもしれません。

落語はやおき亭

「のらくろ」の「田河水泡」作と言われる噺。
◆ 猫と金魚     橘家圓蔵
まだ若いですね。
感想はそれだけです。

思い出・未練…

building何度も未練がましいのですが、大手町落語会の後、すぐ近くの、9月末でクローズされた、社会人の原点とも言えるビルを見に行きました。
思い出・未練…
思い出・未練…
思い出・未練…
植栽は撤去され、ビルの周囲はフェンスで囲まれてしまい、後は解体を待つだけ……。
薄暮だったこともあり、寂しさが募りました。
これが最後かもしれません。
平将門の首塚に手を合わせて、別れを告げました。

落語DEデート

夢の中で宗教の話が渦巻いていました。
文化放送の番組が、混沌とした意識の中で聞こえていました。
 ◆ 弥次郎    五代目古今亭志ん生
この噺、初めて聴いた時は笑いました。
というより、先に本で読んだかもしれません。
私の落語の原点みたいな噺。
生卵は、一遍茹でないと生卵にならない。
「カモメ」「鴨芽」とか…。

2012年10月27日 (土)

大手町落語会

event日経ホールでの「大手町落語会」へ。大手町落語会
何と言っても、昨夜9時頃に購入したチケットですから最後列前の席でした。
  ◆ 蝙蝠         春風亭ぴっかり
  ◆ 唖の釣り       春風亭一之輔
  ◆ 天災           春風亭一朝
  ◆ 化け物使い         橘家圓太郎
  ◆ くしゃみ講釈        柳家権太楼
まぁ、ゆったり、ぐっすり聴くことが出来ました。大手町落語会
「一之輔」さんは真打昇進後初めてだったかもしれません。
「一朝」師匠も「圓太郎」さんもいい!
そして、「権太楼」師匠は…、何と釈台を置いての高座。
9月に高座で半月版を損傷して、先週入院して手術したそうです。
お元気そうで、安心しました。
大手町落語会

神田の蕎麦屋

noodle寄席文字展を外して、やや落胆しながら入った蕎麦屋さん。神田の蕎麦屋
ちょっと奢って「鴨せいろ」を注文。
麺はやや太めでしっかりしていて、つゆはやや辛め(濃いめ)で、美味い!
神田の蕎麦屋
かなり元気を回復させることが出来ました。
気力も新たに、大手町へと向かいます。

神田古本まつり

book今日から「読書週間」です。
神田古本まつり
だからという訳で、「古本まつり」で賑わっているはずの神田神保町へ。
…というのは真っ赤な嘘で、実は、OB落語会のめくりを書いてくださっている「H」さんが師事する、寄席文字の「春亭右之香」師匠の寄席文字展があると聞き、会場の(はずの)ギャラリーに行ったんです。
…ところが、閉まっていました。
どうやら開催日程を確認しなかったので…。
何とまぁ情けない話です。
神田古本まつり
それにしても賑わっていました。
最近は電子書籍などが普及してきて、紙の本は押され気味と思いきや、何のその。
まだまだ本は紙でなくっちゃ!

芸術の秋?

train上野駅中には、「museum tickets」という窓口(カウンター)があり、上野公園内や周辺の美術館や博物館のチケットを販売しています。
芸術の秋?
「ツタンカーメン」やら「正倉院」やら…。
今日も列が出来ています。
私も、横目で見ながら、さる所へと…。

「粗忽長屋」inブラジル

shockブラジル版「粗忽長屋」のような話。
ある男性の遺体が見つかり、周囲の人と家族が、この遺体をAさんだと判断し、自宅で葬式を出していた。
ところが、葬式の最中に、死んだはずのAさんが帰って来た。
Aさんが、家のドアを開けると棺があったので、「これは何だ」と訊ねると、「お前の葬式だ」。「俺は生きてる! 死んでない!」と必死になって叫んだ。
参列者たちは、びっくり仰天。
驚きのあまり気絶した人もいたそうです。
ちょっと酔っていた人は、「死体が動いてるぞ!」なんて言っていたとか。
間違えた家族は「実際2人はそっくりだったんだ。違いなんてわからなかったよ。だから死体家に連れて帰ったんだ」と。
この家族、Aさんとは1・2ヶ月会っていなかったとか・・。
無事で帰って来たのは確かにAさんですが、遺体は一体誰でしょう?

来年の稽古会の日程

flair「扇子っ子連・千早亭」のワッフルさんから、来年(1~3月)の稽古会の日程の連絡がありました。
来年の稽古会の予定
  □ 1月     8日と22日
  □ 2月    12日と26日
  □ 3月         12日
そして、発表会は、3月16日か17日のいずれか。
ワッハッハッ・・・。
来年のことなので一遍笑いました。
まだ演目も決めていないのに・・、かなりハードですよ。sweat01

2012年10月26日 (金)

チケット

チケット
思えば、パソコンでチケットを購入し、コンビニで発券するのは、落語会に行く回数が激減したので、本当に久しぶりです。
東京落語会のような事前に通しでチケットを買うパターン。
特撰落語会のような予約だけしておいて当日会場で決済するパターン。
さらに、寄席のような当日・会場で購入のパターン……。
驚いたのは、セブンイレブンで発券するチケットの質が良くなったことです。
サイズが大きくなり、字も読みやすくなりました。
紙の質もかなり向上しました。
急遽、明日の大手町落語会に行くことにしました。

強行・・・?

baseballプロ野球のドラフト会議で、事前に大リーグ挑戦を宣言していた選手を指名した球団がありました。
マスコミは全て、「強行指名」「指名強行」という表現を使っていますが、何故「強行」なんでしょうか・・・?
例えば、一方通行で進入禁止の表示があるのに通るのが「強行」で、道幅が狭いから注意が必要だが、一方通行ではない道路を通るのは「強行」とは言わないでしょう。
大リーグ挑戦は、あくまでも本人の希望。
日本の球団が欲しているのも事実。
「ボクは大リーグを目指すから指名しないでね」というのは、選手の明確な意思表示ではあります。
でも、総合的な判断の中で、それでも球団としての気持ちと、少ないだろうが可能性に期待することを、「強行」というネガティブな表現で片付けて良いのかなぁ・・。
それが、選手に対して失礼になったり、ゴリ押しになったりするのかなぁ・・。
これも「市場」のひとつなんだから、こういう割切りや理解で良いと、素朴に思うのですが。

ひぐらし寄席

dollarとても行きたい落語会。
ひぐらし寄席
とりあえず予約メールを発信。

会計報告

dollar千早亭の稽古会の時に、ワッフルさんから、発表会のBDのほかに「会計報告書」をいただきました。
4月から9月までの「扇子っ子連・千早亭」の第4期の会計報告です。
さすがワッフルさん、いつもながらの手際の良さです。
あっ、そうだ!
「落語っ子連・三流亭」もやらなくっちゃあいけません。
…という訳で、早速試案を作り、まど音さんに確認してもらうことにしました。
内容は極めてシンプルですが、4月に「第2次落語っ子連」がスタートして初めての期ですから、“財政状態”には、なかなか厳しいものがあります。

千早亭落語会のBD

cd帰宅して早速、先月の「千早亭落語会」BDを。
千早亭落語会のBD
事前に聞いていたとおり、最初の5分ぐらいが録画されていません。
聴いているうちに、致命的なミスに気がつきました。
何と、「源さん」と言うべき所を「辰っつあん」になっている…。
能天気にも、今まで気がつきませんでした。
それから、楽しみだった蕎麦をたぐるシーンも、まぁこんなものかと言う程度でした。
自分の落語の欠点がふんだんに含まれていて、自己嫌悪で休みました。
もっと役を演じ分けないと、もっと感情を入れないと、もっと流暢に語らないと…(-_-;)

新真打昇進決定

bud落語協会から、新しい真打昇進が発表されました。
http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Topics/Details/2b144937-7992-4d0d-84f7-064dc3578b0d
ここ何度かは、何人抜きの抜擢昇進が続きましたので、ややウエイティング状態の二つ目さんが増えつつありましたが、今回・次回は、年功序列の昇進のようです。
 ■2013年秋の真打昇進 ~5名
  ・川柳つくし(川柳川柳門下)
   ・金原亭小駒(金原亭伯楽門下)
    ・三遊亭天どん(三遊亭圓丈門下)
   ・三遊亭金兵衛(三遊亭小金馬門下)
    ・柳家喬四郎(柳家さん喬門下)
 ■2014年春の真打昇進 ~5名
  ・柳家小権太(柳家権太楼門下)
  ・鈴々舎風車(鈴々舎馬風門下)
  ・三遊亭亜郎(三遊亭圓丈門下)
  ・古今亭志ん公(古今亭志ん橋門下)
  ・桂才紫(桂才賀門下)
1年後と1年半後の昇進で、まだ随分先のことのように思えますが。
合計で10名です。
何人かは、全く噺を聴いたことのない人もいます。

2012年10月25日 (木)

久しぶりに

shadow前の会社の上司と同僚との会食。 
 
オジサン3人が、こともあろうに原宿交差点近くにある洋菓子の老舗「コロンバン原宿本店サロン」で。
http://omotesando.or.jp/jp/shop/60 
どちらかというと、ケーキ・喫茶のイメージの店ですが、しっかり食事とお酒のメニューもあり・・・。
お二人には、私の愚痴が多くて申し訳なかったかなと反省・・。
つい、昔の仲間には気を許してしまって。
お気に入りの「原宿焼きショコラ」を買って帰宅しました。

キング○○…

soccerこれで良いのかな?と思うのが、「キング○○」と言われる有名なスポーツ選手の話題。
かつて、あるスポーツで実力と人気の頂点を極めた選手。
まだ現役で頑張りながら、今度は別の種目の日本代表になって出場するという…。
この種目も、彼の知名度と人気のおかげで注目度が上がるという点では、一見ウエルカムなのかもしれませんが・・・、どうも何か釈然としないんです。
冬季オリンピックのスピードスケートの代表選手が、夏のオリンピックで自転車競技に出場した時も感じました。
実力の世界ですから、それで良いのでしょうが、なにか素直に納得出来ないのは、私だけですかねぇ…。
マスコミの伝え方も含めて、キング○○の周囲は、ピリピリしているでしょう。
若くて有望な選手に、大舞台のチャンスをあげたいと思うんですが。
人は引き際というものもありますし。

「NHK新人演芸大賞」歴代

cherry最近の受賞者を覗いてみました。

  • ■第23回(2008年)
  •  演芸部門…大賞:ナイツ
     落語部門…大賞:三遊亭王楽「鼓ヶ滝(つづみがたき)」
  • ■第24回(2009年)
  •  演芸部門…大賞:スマイル
     落語部門…大賞:古今亭菊六「豊竹屋」
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-9a51.html
  • ■第25回(2010年)
  •  演芸部門…大賞:アームストロング
     落語部門…大賞:春風亭一之輔「初天神」
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/10/post-9a51.html
  • ■第26回(2011年)
  •  演芸部門…大賞:ニッチェ
     落語部門…大賞:桂まん我「三十石」
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/10/post-9a51.html
  • ■第27回(2012年)
  •  演芸部門…大賞:うしろシティ
     落語部門…大賞:桂宮治「元犬」
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/10/nhk.html
    見れば、実力者が名を連ねています。
    何年か連続でチャレンジしてという人もいますので、今年の「桂宮治
    さんのように、二つ目に昇進した年の栄冠というのは、ご本人のレベルが高いか、全体的なレベルが今一歩だったかだと思うのですが・・・・。

    「おい、○○!」・・・?

    shadowある殺人事件の指名手配で、「おい、○○(容疑者の苗字)!」と書いた容疑者の手配ポスターを108万枚も配布したということです。
    「おい、○○!」というフレーズのポスターを作った警察のセンスが、私にはどうしても分からないのですが・・・。signaler

    2012年10月24日 (水)

    新幹線指定席

    bullettrain来週月曜日は大阪出張の予定です。新幹線指定席
    新幹線の座席指定をと、上野駅の「みどりの窓口」へ。
    間もなく夜10時ですから、開いている窓口も少なく…。
    新幹線指定席
    いつもの8時ちょうどの「のぞみ207号」の窓側の席を確保しました。
    また日帰りです。

    333333

    eyeアクセスカウンターが「333333」になっていたようです。
    Fw:mm
    会社の同僚が、偶然コピーしてくれました。
    同じ数字が並ぶと綺麗ですね。

    NHK新人演芸大賞

    apple先週末に行なわれた「NHK新人演芸大賞」の落語部門で、本選に5人出場した中から、今年3月下席二ツ目に昇進の「桂宮治」さんが受賞したそうです。
    http://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=228
    「桂二乗」「桂宮治」「春風亭昇吉」「春風亭ぴっかり」「 笑福亭喬若」の5人の争いだったそうですが、私も、「宮治」さんと「ぴっかり」さんぐらいしか知りません。
    「昇吉」さんは、落語界初の東大(落語会)の出身で、先日のホームカミングデイでも、ちょうど本選の時間と重なっていて、先輩方が注目していたのですが・・・。
    偏差値だけでは、演芸部門を制することは出来なかったようです。
    さて、「宮治」さんですが、前座時代に何回か拝見しています。
    その時の私のコメントは・・・・。
    以下のとおりです。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/02/post-4dd7.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/06/post-1a3d.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/12/post-9.html
    申し訳ありませんが、実はあまり良いイメージがありませんでした。

    2012年10月23日 (火)

    千早亭稽古会

    rain9月の発表会の後、久しぶりに稽古に参加出来ました。
    稽古場に着いたのが7時30分過ぎ。
    千早亭稽古会
    既に「千早亭百人」さんが、「化け物使い」の読み稽古中。
    発表会直後で、新しい噺に着手したばかりですから、まだ全員が読み稽古の段階です。千早亭稽古会
    私も、まだ「帯久」の読み稽古で…。
    私の後は、「屏風」さんの「掛け取り」です。

    最後は、窓口さんじゃなくて「竜太楼」さんの「初天神」。
    「ワッフル」さんに、今後半年分の会費を払いました。
    先月の発表会のDVDをもらいました。
    何でも、私の高座の前半部分が映っていないそうです。
    蕎麦をたぐるシーンひ大丈夫でしょう。

    羽子板市

    tennisもう、暮れの行事の看板が…。
    羽子板市
    納めの観音「浅草羽子板市」は、12月17日・18日・19日の3日間。
    月・火・水曜日の3日間。
    去年も行きました。
    さて、今年は……?

    通勤定期券

    train月末で定期券の期限が切れます。
    通勤定期券
    前回はうっかりして、1日継続を忘れてしまいました。
    今回は忘れまいと、継続購入しました。
    期限の10日前ぐらいから継続出来るようです。
    それにしても便利な機械が出来ました。
    ほんの1分もかからないうちに手続き終了です。
    昔は、紙に書いて、恐る恐る窓口に持って行くと、感じの悪い駅員が迷惑そうに、売ってやるみたいな高ピーな態度で応対していました。
    昭和は遠くなりにけり。
    こういうのは、遠くなった方が良いようで…。

    日本の神様

    book思えば、今月は神無月です。
    日本の神様
    一方、出雲の国は、神有月。
    徳間書店刊「日本の神様〜出雲と伊勢の神物語」。
    ちょっと神様について勉強してみようかと。
    神話だとか色々、落語でも役に立つはずですから。
    「古事記」編纂1300年記念スペシャルだそうです。

    2012年10月22日 (月)

    師の背中

    memo今朝の日経新聞の「春秋」。
    http://www.nikkei.com/article/DGXDZO47521680S2A021C1MM8000/
    このコラムの筆者は落語が好きなのかもしれません。
    先日亡くなられた「古今亭圓菊」師匠の話題で、「師の背中」というのがテーマでした。
    「背中の師」、圓菊師匠は、時々五代目「古今亭志ん生」師匠のことを高座でも話題にしていました。
    懐かしそうに、嬉しそうに…。
    遺志や芸を継ぐ、血統(家族)を繋ぐ…。
    人の生業として、とても大切なことだと思います。
    継いで・繋いで行く時、目標・理想は、やはり先代や先達(親)の「背中」 なのかもしれません。
    いつも身近にあってすぐ届きそうなのに、後ろから追いかけよう(触れよう)とすると、想像以上に大きくて遠い…「背」。
    私のこんな背でも、我が子らは、いくらかでも見ていてくれているのでしょうか?
    否、子らが見るに耐える背に、私の背はなっているでしょうか?
    昨日、娘と久しぶりに話して、ちょうどそんな話題になったので、今朝の記事の偶然に驚きました。

    うさぎやのどら焼き

    cake一昨日の東大落語会寄席に、お土産で持参したのが、「うさぎや」のどら焼き。
    うさぎやのどら焼き
    大人気で、私も大好物です。
    昨日もお客さんがひきも切らずに来ていました。
    うさぎやのどら焼き

    24年ぶりの男性真打

    shadow講談の「講談協会」では、なんと24年ぶりに男性が真打に昇進したそうです。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121017-00000314-tospoweb-ent
    東京の講談界にも、「講談協会」と「日本講談協会」と、二つ協会(団体)あるそうですが、これは「講談協会」の話題。
    10月1日付で「田辺凌鶴」さんという先生が真打昇進。
    久しぶりの男性新真打に、講談界はお祭りムードだとのこと。
    講談協会の会員は、男性が17人で女性は22人で、女性の方が多いんです。
    また、男性の真打昇進は、1988年の「田辺南北」先生が最後だそうで、この間、女性真打ちは何人も生まれているはず。
    講談協会会長で人間国宝の「一龍斎貞水」先生は、「楽屋が女性に占領されて我々はおどおどしている。高座に上がるとホッとする。」と自虐的に仰っているとか・・・。
    新真打凌鶴先生の弁。
    「この仕事は辞めなかった人が残る。非常に厳しい世界。男性の場合、家庭ができて稼がなければならなくなると、辞めていく人もいる。私はたまたま、かみさんも稼いでいる。これからは、サラリーマンでは難しいぐらいの稼ぎをしたい。」
    ・・・なるほど、女性は強い・・・。

    B−1グランプリ

    motorsports各地のB級グルメが競う「B−1グランプリ」に、青森県の「八戸せんべい汁」が選ばれたそうです。
    B−1グランプリ
    一枚(一番)でもせん(千)べいとはこれいかに…。
    おじいさんがやっている床屋でも、バーバー(婆)と言うが如し。
    古い問答ですなぁぁ。
    そう言えば、東大落語会寄席で、弁護士の「宮亭大奥」師匠が、今騒がれている事件を問答にしていました。
    四人逮捕しても誤認(五人)逮捕とはこれいかに。
    七人も出て来て死人(四人)と言うがごとし。

    2012年10月21日 (日)

    秋の休日

    sun1879年の今日は、発明王トーマス・エジソンが、日本産の竹を使ったフィラメントで、白熱電球を作った日だそうです。
    秋の休日
    エジソン……懐かしい。
    小学校低学年の頃、図書室に「世界の偉人物語」みたいなシリーズ本があって、夏休みの宿題の読後感想文を、エジソンの伝記にしたことがありました。
    その本でも、白熱電球に日本の竹が使われたとありました。
    高度成長真っ只中の頃で、日本中が、アメリカに憧れ、目標にしながら頑張っていた時代です。
    紅葉が進みつつある木々も気持ち良さそうな日本晴れ、色々想う平和な秋の一日です……。

    落語はやおき亭

    この番組の司会をしている「林家たい平」さんの、二つ目昇進の頃の音源。
    今から20年前のものです。
     ◇ 湯屋番     林家たい平
    熱演に拍手が出ていました。
    栴檀は双葉より芳し…、さすがです。

    「三遊亭」と「橘家」

    bud六代目「三遊亭圓生」師匠は、六代目襲名前は、「橘家圓蔵」を名乗っていました。
    圓蔵は、歴代圓生の出世名のような位置づけでした。
    (当代の圓蔵師匠は違いますが。)
    噺家さんの名前には、「…亭」と「…家」と言う“亭号(家号)“がつくのが多いですが、「亭」と「家」に意味や区別があるのでしょうか?
    いずれも、建物(場所)を意味している点では同じです。
    (「…楼」という亭号も同様です。)
    山本進先生の「落語の履歴書」によれば、「亭」の下には、堅い・芸の世界特有の名前(雅号)が、「家」の下には、俗にもありそうな名前(俗名)が続く、“法則”みたいなものがありそうだと仰います。
    確かに「三遊亭」は、「圓生」・「圓窓」・「吉生」・「金馬」という感じ。
    一方の「柳家」は、「小さん」・「小せん」・「小三治」・「小はん」などという、人の名前みたいです。
    (「小さん」というのは、実在の売れっ子芸者の名前だったはず。)
    さて、三遊派の「三遊亭」と「橘家」の関係ですが…。
    初代の圓生は、商家で屋号を「橘屋」と称していたそうです。
    「三遊(山遊)亭」という噺家の亭号と屋号(俗名)との関係ということになります。
    また、上記の「亭」と「家」の”法則”の観点で見ると、「橘家」の屋号には、「圓蔵」・「圓太郎」などという名前が続きます。
    確かに、例えば「田中円太郎」さんなんて言う人は、そこいらにいてもおかしくありません。
    同様に、「柳家」でも「柳亭」という亭号があります。
    「柳亭」では、「燕枝」・「燕路」・「市馬」などという名前があります。
    Fw:電子メールで送信: E6A998E5AEB6<br />
 E59C93E596AC.jpg
    それなら、この"法則"で行くと、名人と言われた四代目「橘家圓喬」という名前は、「三遊亭圓喬」とした方が良いのかもしれません。
    名人と言われながらも、やや人格的には批判された部分のある人だったようですから、こんな形になっていたのかなぁと、勝手に思ったりしています。
    ところで、「柳家さん喬」師匠は当代が初代ですが、これは、人情噺をやる師匠らしく、師匠の「小さん」と、人情噺の名人「圓喬」を合わせた名前だそうです。
    上の”法則”から行きますと、「さん喬」というのは、あまり人の名前のようには思えませんから、「柳亭さん喬」の方が、あるいは座りが良いのかもしれません。
    ・・・あくまでも、仮説というか、傾向から言えば・・・。

    落語DEデート

    今日も秋晴れになりそうです。
     ◇ 孝行糖     三代目三遊亭金馬
    懐かしい噺です。
    落研同期の「多趣味亭こり生」さんの最初のネタでした。
    何度も脇で聴いていましたので、私も演れるくらいになりました。
    「孝行糖、孝行糖、孝行糖の本来は…」という口上もすっかり覚えて、同期で唱和したりして。
    落語らしい噺、オチらしいオチだと思います。

    2012年10月20日 (土)

    東大落語会寄席

    sandclock12時の開演から5時30分のお開きまで、出演者全員をじっくり聴かせていただきました。
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席2
    東大落語会寄席2 東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    東大落語会寄席
    色々勉強になりました。
    とにかく層が厚いのが羨ましい。

    東大落語会寄席の会場

    eventいつも大変お世話になっている「学士会落語会」のメンバーの方も多数ご出演されますので、大好物の「うさぎや」のどら焼きを受付で渡して、名簿に名前を書いて、「お江戸あおば亭もよろしく!!」とコメントして、会場の法文一号館21番教室へ。
    東大落語会寄席の会場
    開演まで時間があるので、まださほどの混雑ではありません。
    東大落語会寄席の会場
    先輩の「翁家寝坊」師匠がいらっしゃいました。

    東大へ

    school「東大ホームカミングデイ」の「東大落語会寄席」を聴きに、本郷キャンパスへ。
    東大へ
    昨年も聴いたのですが、他の用事と重なり、一部しか拝聴出来ませんでしたが、今年は従妹に付き合ってもらい、2人で全番組を聴かせてもらおうという…。
    東大へ
    体力勝負ということで、「まい泉」のカツサンドを持ちこんでいざ!
    東大へ

    これでは・・・と

    cameraちょっと、こんな感じでと・・・、提案してみようかと・・。
    Fw:mmロゴマークはこんな感じ。
    横書きの表題は、いくつかバリエーションも考えられます。Fw:bb

    Fw:nn

    Fw:nn

    手直しはすぐ出来ますから。

    二つ目昇進

    cherry春風亭朝呂久さん・柳亭市也さん・入船亭辰じんさんが、11月上席より二ツ目に昇進するそうです。
    朝呂久改メ「春風亭一蔵」、市也改メ「柳亭市弥」、辰じん改メ「入船亭小辰」の3人が気分も新たにという訳です。
    3人とも、前座になりたての頃から何度も拝見しているので、感無量です。
    「えっ?もう二つ目昇進?」なんて思ってしまいます。
    いえいえ、二つ目に相応しくないということではなくて、もうそんな年頃なんだなぁということです。
    考えてみると、噺家さんは、前座でいる時間が一番短い訳で、もしかすると前座の方が貴重な存在なのかもしれません。
    真打(師匠)なんて大勢いて、ありがたみも何もありませんから。
    3人とも、どんな噺家さんになるんでしょう・・・。

    「学士会落語会」の案内

    school来月の「学士会落語会」の総会と例会の案内をいただきました。
    11月17日(土)午後1時~総会の受付。
    その後の「第43回例会」のテーマは「落語と酒」。
    ゲストは、「柳家小團治」師匠だそうです。
    小團治師匠は、勿論、顔は存じ上げていますが、あまり噺をお聴きしたことはありません。
    しかし、落語協会のHPでの紹介を拝見すると、得意な噺として、「阿武松」「抜け雀」「ねずみ」「千両みかん」「鹿政談」「井戸の茶碗」などが挙げられていました。
    これって、私が演りたい(演った)噺ばかりです。
    今回は、酒に関わる噺2題がネタ出しされています。
    「替わり目」と「蝦蟇の油」です。

    2012年10月19日 (金)

    今年の酉の市

    flag今年は、11月8日と20日のようです。
    今年の酉の市
    週末の上野駅正面改札口前。

    先輩と

    bottle東京落語会の後は、頓平師匠と金魚師匠と3人で、いつもの串焼き屋さんへ。
    先輩と
    先月飲んだ時に、ハンカチを忘れたらしく、おかみさんが、洗濯して「第三金曜日の落語のお客さん」と書いたビニール袋に入れて、保管してくれていました。
    煮込みと串焼きと焼酎のロックで1人1500円足らず。
    先輩と
    このあたりは、近くに高層ビルが建設中で、街の様子も変わりそうです。
    金魚師匠は、明日から一泊で、被災地に行って来るそうです。
    やはり、仙台が気になる様子。
    そうですよ。
    第2の故郷ですから。

    東京落語会

    event10月は6ヶ月毎の会員更新後初めての公演です。
    東京落語会
      ◆ 道灌     三遊亭小曲
      ◆ ふぐ鍋    柳亭芝楽
      ◆ 鹿政談    三遊亭歌武蔵
      ◆ 居酒屋    桂ひな太郎
      ◆ 寿限たら   三笑亭夢之助
      ◆ 金明竹    立川志らく
      ◆ 明烏     三遊亭遊三
    のんびりと過ごしました。
    東京落語会
    志らくさんの「金明竹」は、関西弁を喋る外国人の設定ですが…。
    遊三師匠はお元気そうでしたが、かなり淡泊で端折った「明烏」でした。
    夢之助さんのマクラは良かった。

    落語の履歴書

    pen山本進先生の最近著「落語の履歴書」。「落語の履歴書」の内容
    「語り継がれて400年」という副題の小学館101新書・777円。
    ~落語史の泰斗が描く、話芸400年の軌跡~
    「落語ブーム」と言われはじめて7、8年。
    中堅・若手落語家のなかにも、将来が楽しみな逸材が目立つようになりました。
    落語の前途は安泰に見えますが、果たしてどうでしょうか。
    落語は、演じ手だけで成り立つ芸ではありません。
    いつの時代も、落語には必ず聴き手がいて、聴き手の感覚が変わることで、落語そのものも変わってきました。
    落語には、「優れた聴き手」もまた、不可欠なのです。
    本書では、芸能史研究60年という著者が、戦国末期から現代まで、約400年の落語の歩みを一望。
    豊富な資料をもとに、「落語のようなもの」の誕生と発展、圓朝による「近代落語」の成立などを平易に解き明かします。
    さらに、いつも話題を呼ぶ「真打制度」の変遷や、人情噺/滑稽噺の精確な区分、寄席の看板の種類と意味など、長年のファンにも興味深いコラムを満載。
    笑いを主体としながらも、ただ笑わせればいいというものでもない、伝統を背負った話芸の深みに触れることができます。
    昨今のブームで落語にハマった人から、ホール落語の常連さんまで、すべての落語ファン必携、座右の落語史です。
    以前、小学館から刊行されていたCD付きマガジン「昭和の名人」での内容も加筆されて入っているようです。
    早速購入して読み始めました。

    近況の報告

    moon1落語っ子連は、約10年前から、圓窓師匠に師事し、稽古をつけていただいている、師匠最古?の素人落語連です。
    この春、ちょうど10年が経過したのを機に、師匠がこの第1次を修了とし、新たに第2次としてスタートしました。
    私が、この伝統の連の第2次会長というか連長を仰せつかってから、半年が過ぎました。
    当初からずっと会長だった「三流亭無弦」さん。
    当連スタート直後からのメンバー「まど女」さんと「まど深」さん。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/06/post-1dd9.html
    この3人は、第2次がスタートした後、それぞれの仕事の都合等で、落語っ子連を"卒業"されました。
    第2次スタートから半年過ぎた区切りに、3人に近況報告のメールを出しました。
    現在のメンバー構成、稽古場が変更になること、発表会が出来ていないこと等々・・・・。
    ・・・3人とも元気かなぁ。
    メールを読んでくれているのかなぁぁ。

    奮闘馬石の会

    奮闘馬石の会
    隅田川馬石さんから。
    21日(日)の池袋演芸場の夜席の芝居です。
    「お富与三郎」がネタ出しされています。
    日曜日の夜は辛いところです。

    大人げない

    trainもう旧聞となるかもしれませんが、最高検察庁の「公判部長」さんという、それはそれは偉い方が、帰宅途中に酒を飲んで、閉まろうとする電車のドアに鞄を挟んで、発車を遅らせたというのがありました。
    偶然挟まったのではなく、閉まりかけるドアの間に、自分の鞄をわざと十数回も挟み、ドアのセンサーが感知して閉まらなかったという。
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121004/crm12100412590012-n1.htm
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121016/crm12101618230023-n1.htm
    「更迭」されたそうですが、当たり前ですよね。
    聖人君主たれとまでは言いませんが、実に幼稚で情けない、みっともない話です。
    しかし、公判部長だから、こんなことをやってしまったんでしょう。
    「公判」は「開く」ものですから。・・・トホホ (*_*;

    2012年10月18日 (木)

    「エマニエル夫人」の訃報

    weep女優の「シルビア・クリステル」が亡くなったそうです。
    ちょうど60歳だそうです。
    映画「エマニエル夫人」は、ちょうど思春期の真っ只中だった私には・・・(*⌒▽⌒*)(*⌒▽⌒*)(*⌒▽⌒*)でした…。
    映画の奔放な舞台設定は、田舎の朴訥な少年には不可解でしたが、映像はとても刺激的で美しかった…。
    誰か噺家さんが亡くなることよりもショックかも。☆=>=>=>(+_+。)
    また20世紀がひとつ(1人)消えました。

    回数券?

    回数券?
    電車の回数券ではありません。
    「東京落語会」の6ヶ月分のチケットの綴り?です。
    今や唯一の定期の落語会です。

    志ん生師匠の改名歴

    golf数多い改名を繰返した「古今亭志ん生」師匠。
    借金取りから逃れるために改名していたそうですから。Fw:電子メールで送信: b6758760ab61<br />
 60d6b13b4e29d6969fae.jpg
    ①三遊亭盛朝→②三遊亭朝太→③三遊亭圓菊→④古今亭馬太郎
    →⑤金原亭武生→⑥金原亭馬きん(真打)→⑦古今亭志ん馬
    ⑧小金井芦風(講釈)→ ⑨古今亭志ん馬(復帰)→⑩古今亭馬きん
    →⑪古今亭馬生→⑫柳家東三楼→⑬柳家ぎん馬→⑭柳家甚語楼
    →⑮隅田川馬石→⑯柳家甚語楼→⑰古今亭志ん馬→⑱七代目
    金原亭馬生→⑲五代目古今亭志ん生
    ・・・とまあ、実に騒々しいというか・・。

    落語の上下(かみしも)②

    gemini引続き、師匠が稽古で仰る、落語の上下について。
    Fw:電子メールで送信: 74a0bc1800d6<br />
 99f52c857f7e1bb9ae46 (2).jpg
    芝居の舞台の様子を見れば、よく分かります。
    舞台に向かって右方が上手で、殿様と思しき人が座っています。
    この場面では、左方の下手に、門の塀らしき建物と松ノ木がありますから、家の入口(出口)ということになります。
    この上下は決まり事になっているのです。
    落語でこのシーンを演る場合、殿様が二人の女性に話しかける時は、下手を向いて語ります。
    観客席からは左方を見て、演者は右側(下手)を見る訳です。
    ちなみに、真ん中の女性は、殿様に話す時は上手、左側の女性に話す時は下手を向いて話すことになります。
    一番左側の女性は、殿様にも、女性にも、上手を向かって話しかけますが、目(あるいは顔)の方向や視線の高さを変えて、それぞれに話しかけるようにするのです。
    Fw:電子メールで送信: %E3%81%84%E3<br />
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    上の写真の例では、一番左側の男性(恐らく店の若い者)は、下手側から上手奥の方を向いて挨拶をしているようですが、落語では、上手(演者の左前方)に向かって語ります。
    左から3番目の女性は、彼女の下手に2人、上手には4人もいますが、基本的には、上下いずれかを向いて、話す相手方の高さや遠近を意識して、顔や目で表現するんです。
    Fw:電子メールで送信: 20110622_152<br />
 8782.jpg
    これは、歌舞伎など日本の芝居に限ったことではなく、演劇の世界でも同様ですから、上の写真の真ん中に立っている茶色のシャツを着た男性を演じる場合は、この位置関係をそのまま上下(じょうげ)で表現するのです。
    よく、偉い人は必ず上手にいるから、台詞は必ず下手に向かって喋ると思い込んでいる人がいますが、舞台設定・位置関係に忠実に表現しないと、登場人物が多くなればなるほど、訳が分からなくなってしまいます。
    こうして、上下をしっかりつけて演ずることにより、お客さまに写真と同じようにイメージしてもらうんです。
    落語っていうのは、座って演る二次元の芸ですが、実は「3D」を表現しているという訳です。
    ・・・って、言うのは簡単なんですが・・・。 

    「一番丁はずみ亭」のロゴ案

    tennisほとんど遊びの世界です。
               Fw:uu
    こんなロゴマークはどうでしょう。
    ボールが弾んでいるところを表してみたつもりですが・・・。 
    Fw:uuFw:mm
                  Fw:uu
                  はずみ亭
                  はずみ亭
                  はずみ亭
                  はずみ亭
    ほんの遊びで。

    2012年10月17日 (水)

    「粋」と「不快」

    banana立川談志師匠が著書で仰った、「芸は”粋”と”不快”しかない」というフレーズを冒頭に引用して、今朝の日経新聞のコラム「春秋」が述べていた話題。http://www.nikkei.com/article/DGXDZO47350740X11C12A0MM8000/
    "機知"や"エスプリ"と言えばフランス(人)そのものだったはず。
    先日行われたサッカーの親善試合で、格下の日本に負けた腹いせからか、国営放送がとんでもない放送をしたそうです。
    堅守のゴールキーパー川島選手の腕を4本に合成した写真を見せ、「フクシマの影響ではないかと思う」という司会者のコメント。
    これは洒落にならない。人権問題にもなりかねません。
    フランスのレベルも地に墜ちたものです。
    "ノブレス・オブリージュ"の片鱗もない。
    実に不快と言うより、不粋なものです。
    それにつけても、震災の時の清々とした行動、韓国や中国の暴力的で品のない行動にも動じない冷静さというのは、日本(人)の民度の高さを如実に物語っていると思います。
    あれだけ欧米各国が批判していた不良債権処理も、自分の尻に火がついた途端、恥も外聞もなく日本を(うわべだけ?)賞賛する。
    所詮薄っぺらなレベルなんですね。
    日本(人)は、まだまだ捨てたものではありません。
    謙虚ながらも、自信を持って行きましょうよ。

    秋深くなりにけり

    mapleつい先日まで、酷暑・残暑と騒いでいたのが嘘のよう。
    秋深くなりにけり
    日の出も遅くなり、木々も何となく色づき始めた気がします。
    今日は、台風がひとつ東側の太平洋上を通過するようです。
    秋台風の典型的なコースです。
    おかげさまで、昨日アクセス累計が33万件に達しました。
    徘徊や彷徨というのは迷走するイメージがありますが、我が落語徘徊は、引き続き素朴に行きたいと思います。
    憂愁の「愁」は、「秋」に「心」と書きます。
    「愁」は憂え悲しむ……。
    そう言えば、昨夜のNHKの歌謡番組(古っ!)で、久しぶりに「旅愁」という古い流行歌(はやりうた)を聴きました。
     note貴方を探して ここまで来たの…
                       鳥は飛び 鳥は帰る……notes   
    なんて。
    何かもの悲しい…秋です。

    初代「圓菊」発見!

    cancer先日疑問に思っていた初代「古今亭圓菊」とは・・?
    判明いたしましたsign03
    実は、「古今亭圓菊」ではなく「三遊亭圓菊」でした。
    そして、その初代「圓菊」を名乗っていたのは・・・、なんと圓菊師匠の師匠の「古今亭志ん生」師匠だったのです。
    分かっているだけで16回も改名をしたと言われる、五代目「古今亭志ん生」師匠が、二つ目の頃、3番目に名乗ったのが、「三遊亭圓菊」だったという訳です。
    尤も、後の志ん生師匠が圓菊を名乗っていた期間は1年程度だったようですから、この名前は二代目が大きくしたということですね。
    志ん生師匠は、天狗連の頃には「三遊亭勢朝」を名乗り、噺家になって前座では「三遊亭朝太」。
    そして「三遊亭圓菊」ということになりました。
    「朝」というのは、やはり「三遊亭圓朝」に繋がるんですね。

    落語の上下(かみしも)①

    eye師匠が稽古でよく仰るのは、まず場面設定です。
    落語の上下(<br />
 かみしも)
    就中、熱心に指導されるのが「上下」の設定です。
    登場人物の位置(関係)や方向・視線が、大きな舞台や大道具・小道具のない落語にとっては極めて重要ですし、これがしっかり設定出来れば、演者にも聴き手にも分かりやすく、噺が生きて来ます。

    なかなか上下が理解出来ない人もいます。
    上手を向いて「こんちわぁ、大家さんいますか?」
    下手に向かって「おぅ、八っつぁんどうしたい?まぁまぁお上がり。」
    上の写真の、それぞれ上手・下手と書いた紙に向かって喋ります。
    意外に、上下の角度は小さいんです。
    上手から下手で45度はありませんね。30度ぐらいかも。
    後は、視線(目線?)です。
    上下・左右・遠近のちょっとした目の動かし方で、場面を表します。
    そして、地語りはしっかり正面を向き、キョロキョロしないで語ること。
    正面を切るというのでしょうか。
    高座でメガネをかけないのも、古典落語(江戸時代の設定)であることと、目の動きが分かりづらいからです。
    そう心がけて演っているつもりですが、後で見ると、なかなか……。
    難しいものです。

    2012年10月16日 (火)

    原子力の看板は?

    building霞ヶ関の経済産業省の入口。
    原子力の看板
    看板にテープで隠された部分があります。
    さて、ここにはなんと表示されていたのでしょう?
    下の写真は、今年の5月頃のもの。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-181b.html
    日本の安全
    「原子?安全・保安院」とありました。
    あの民間と癒着した組織はどうなったんでしたっけ?
    ところで、全く関係ありませんが、アクセスがまもなく33万件です。

    古今亭圓菊一門

    chair先日、天寿を全うされた「古今亭圓菊」師匠。
    Fw:Fw: 電子メールで送信: yose06.j<br />
 pg
    もう随分(何年も)前になりますが、地下鉄半蔵門線の駅のホームで、お弟子さん?を連れた師匠を拝見したことがありました。
    ニコニコして歩いておられた記憶があります。
    でも、お弟子さんには大変厳しかったそうで、最近、菊之丞さんの「三味線栗毛」を聴きましたが、そのマクラでも、厳しかった師匠の横顔に触れていました。
    ところで、圓菊師匠のお弟子さんは13人いるそうです。
    そして、それぞれ多彩な人が活躍しています。
    圓菊師匠の手話落語を継承する「菊千代」さんや、ベテラン「菊丸」さんやご長男の「菊生」さん。
    それぞれ若手として大活躍中の「菊之丞」さんと「菊志ん」さん。
    真打昇進披露興行真っ只中の末弟子の「文菊(菊六)」さん・・・。
    落語協会の一門としては、柳家小三治一門、柳家さん喬一門、春風亭一朝一門、柳家権太楼一門、五街道雲助一門などと肩を並べています。
    ここに三遊亭の名前がないのが残念ですが、やはり分裂騒動の影響もあるのでしょう。
    ところで、「古今亭圓菊」は二代目だそうですが、初代はどんな人だったのでしょう・・・?

    「落語っ子連」の稽古場

    doorここが落語っ子連の稽古場です。
    稽古場
    座卓の上に座布団を置いただけの簡易な高座。
    でも、上下のための紙が貼ってあったり、広くはありませんが、なかなか雰囲気があります。
    稽古場
    高座から見るとこんな感じです。
    稽古場
    ほら、こんな感じで・・・。
    落語っ子連稽古会
    和気藹々とした中にも、ちょっと緊張感が漂ったりして。

    師匠が我々の拙い噺を聴いてくださる椅子も、有り難さを感じます。
    稽古場
    ただ、残念ながら、建て替えのために、この稽古場も今月一杯で終了となってしまいます。
    来月からは、近くの「古石場文化センター」での稽古となります。

    2012年10月15日 (月)

    はずみ亭のマーク

    art無責任に色々考えています。
    はずみ亭のマーク
    今回は、チラシ・プログラムは、別の人にお願いすることになっていますから、あくまでもお遊びで、表題やら勝手に想像しています。
    落研は、紙切りでの高座姿のシルエット。
    あおば亭は、大学の萩のマーク。
    ということで、はずみ亭は……、伊達政宗像からと。
    これを上手くシルエット化出来れば…。

    三遊亭鳳楽独演会

    event今月は24日。
    三遊亭鳳楽独演会
    「松山鏡」と「子別れ」ともに好きな噺です。
    ここのところずっとご無沙汰です。
    最近、体力に自信がなくなりつつあり、その日にならないと。
    鳳楽師匠の、あのゆったりした語りを聴きたいと思いますが。

    上野街歩きBOOK

    subway先月、上野駅のEcuteで配っていた小冊子。
    上野待ち歩きBOOK
    上野界隈のウォーキングマップがありました。
    これも使えるかもしれません。

    2012年10月14日 (日)

    ラジオ寄席

    music昨日の帰省と今日の稽古で疲れたようで、眠い目をこすりながら、聴くラジオ。
     ◇ 紀州   林家たけ平
    地噺は難しい…。
    二つ目には、こういう放送の演目としては無理がある気がします。
     ◇ 四段目  桃月庵白酒
    芸歴20周年になるそうです。

    落語っ子連稽古会

    confident今日が第2期目の最初の会ですが、欠席者が多く、やや寂しい稽古会でした。
    落語っ連稽古会
    が、見学者の方や後の紅巣亭の方も加わり、賑やかでした。
    仙三・千公さんと、まど音さんと私。
     ◇ 十徳       三流亭千公
     ◇ 禁酒番屋   三流亭仙三
     ◇ 三味線栗毛  三流亭流三
    我々が終わった後は、時間が余った分は、紅巣亭心童さんが、地元の熊本弁で、「ぞろぞろ」の読み稽古をやりました。
    落語っ連稽古会刺激になりますね。
    「三味線栗毛」は、かなり手応えを感じました。

    稽古場へ

    karaoke今日は「落語っ子連」の稽古日です。
    稽古場へ
    門前仲町駅から稽古場に向かう途中。
    良い気候で、川(運河)を船が通ります。
    船上では解説がついて、横十間川の説明なども聞こえます。
    橋の上から見ていると、随分大勢乗っています。
     稽古場へ
    通りかかった子どもが、船に向かって手を振っています。

    古今亭圓菊師匠の訃報

    shadow古今亭圓菊師匠がお亡くなりになったそうです。
    享年84歳。
    この数年は、高座姿を拝見出来ませんでしたが……。
    寄席でのお元気な姿が懐かしい。
    明るくて、とてもユニークな芸風で、とても人気がありました。
    愛弟子の菊六改め、古今亭文菊さんの真打昇進披露興行半ばでの訃報です。
    圓菊師匠、お疲れさまでした。

    落語はやおき亭

    bud新真打「古今亭文菊」さんの二つ目時代の音源。
     ◇ 時そば   古今亭菊六
    4年くらい前の高座だそうですが、若い!
    あ、今もまだ若いですが。
    やはり二つ目ですね。この頃は。
    若いし、ひたむきなところを感じます。
    勢いで演っている感じです。

    駿河湾

    car新東名高速の「長泉沼津IC」と「新富士IC」の間にある「駿河湾沼津SA」から望む駿河湾。
    駿河湾
    左側に見えるのは、大瀬崎のようです。
    その先が伊豆半島(西伊豆)。
    右側の前方は、美保の松原?
    日本平から牧之原、御前崎へ。
    駿河湾
    正面に広がる海の手前は、旧東海道の宿場「原」あたりの千本松原(千本浜)か…。
    駿河湾が一番奥まったところです。
    とにかく、この平和な海が突然盛り上がって、襲って来ないことをひたすら祈ります。

    落語DEデート

    shadow日の出がかなり遅くなりました。
      ◇ 日和違い    初代 橘ノ圓都
    何とか寝過ごすことなく目覚めました。
    初めて聴く師匠です。

    台東瓦版

    subway上野駅の中のパンフレットスタンドにあった「台東瓦版」。
    台東瓦版
    台東区の観光情報誌で、第3号です。
    前号では、確かタワーや塔の特集だった気がします。
    今号は“建物探訪”がテーマでした。
    色々古い建物やら何やらあるものです。
    考えてみれば、上野駅も随分古い建物です。
    秋の散歩のコースとしても、改めて落語の舞台を歩くのも乙なことだと思います。

    伽羅(めいぼく)先代萩

    event歌舞伎の名作「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」。
    現在建替え中の歌舞伎座のさよなら公演でも、通しで演じられたという、ポピュラーな狂言です。
    Fw:電子メールで送信: image3389498<br />
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    Fw:電子メールで送信: 20061110_145<br />
 274.jpg 奈河亀輔・作。
    安永6年(1777年)4月、大坂・嵐七三郎座にて初演。
    江戸時代初期、仙台伊達家に起こった御家騒動を劇化したもの。
    伊達家三代当主・綱宗の家督相続を不服とする叔父の宗勝は、酒色によって綱宗を堕落させて隠居させ、綱宗の幼い息子亀千代が万治3年(1660年)に2歳で当主になるや、その後見人として家老の原田甲斐と共に伊達家を支配した。
    だが、幼君亀千代の毒殺未遂事件が起こるに及び、一門の伊達安芸等は領地境界の紛争に事寄せて宗勝等を幕府に訴えた。
    寛文11年(1671年)3月27日、大老・酒井忠清の屋敷で行われた訊問の席で、形成不利と見た原田甲斐は伊達安芸を斬殺、自らも警護の侍に殺された。
    原田甲斐の一族は全て死罪となり、宗勝一味も処罰されて事件は幕を下ろした。
    女形きっての大役である乳母政岡は、亀千代の乳母もしくは生母がモデルと言われている。

    Fw:ムラサキセンダイハギ
    「大老・酒井忠清の屋敷」というのが、例の大手町の上屋敷ということですね。
    「伽羅の下駄」という噺も、伊達の殿様が出て来ますから、仙台ネタというのは「ねずみ」だけでもないんですね。
    写真は「ムラサキセンダイハギ」だそうですが、派手さはありませんが、綺麗な花です。

    2012年10月13日 (土)

    新東名から「黒い富士山」

    fuji一緒に帰省した姪が、撮ってくれた雪のない富士山。
    新東名高速からの富士山
    姪は、「黒い富士山」と言っていました。

    故郷の

    maple郷里の各町の観光パンフレット。
    故郷の
    それぞれ工夫を凝らしています。
    「ヘぇぇ〜、こんな名産や史跡があったのかぁ!」なんてのが随分あります。
    故郷の
    故郷の
    故郷は、遠きありて思うもの?

    帰省

    rvcar2ヶ月ぶりの帰省です。
    帰省
    台風のおかげで、先月は来られませんでしたから。
    新東名高速の駿河湾沼津SAに初めて立ち寄り。
    今までは、いつも満車でしたから。
    帰省
    天気も良く、駿河湾が一望出来ました。

    はずみ亭

    slate「一番丁はずみ亭」まで、約2ヶ月になりました。
              ちょっとお遊び。
    はずみ亭「はずみ亭」を。
    はずみ亭寄席文字で書くと。
    はずみ亭こんな感じに。
    はずみ亭なるのかなぁ。  

    酒井雅楽頭の上屋敷

    building大手町の「平将門首塚」の敷地内に「酒井家上屋敷跡」の看板があります。

    http://yasuda.iobb.net/wp-googleearth_e/?page_id=9063
    Fw:電子メールで送信: img_704513_3<br />
 4876908_5.jpg
    酒井雅楽頭家の上屋敷があったのが、この一帯ということです。
    歌舞伎の「伽羅先代萩」ですね。
    この場所は「仙台」とも関わりがあるんですね。
    Fw:電子メールで送信: img_1028109_<br />
 33040981_6.jpg
    Fw:電子メールで送信: ootemon_map.<br />
 jpg
    新旧の地図で見ると、一目瞭然。確かにここですよ。
    三味線栗毛
    千代田城の大手門の真ん前。
    Fw:電子メールで送信: kamiyasiki.j<br />
 pg
    大手門から見るとこんな景色。
    大名になった角三郎こと雅楽頭と錦木が再会した訳ですね。
    夢がありますねぇ。
    ここは東京都千代田区大手町一丁目1番1号。

    検校(けんぎょう)

    horse「三味線栗毛」・別名「錦木検校」に出て来る「検校」。
     (1)寺社の事務を監督する職。
       東大寺・高野山・石清水・春日など重要な寺社に置かれた。
     (2)盲官の一。当道所属の盲人の最高の位階。
       紫衣を着し、両撞木の杖を持つことが許された。建業。
     (3)1871年(明治4)の「当道」廃止以後、一部の地歌・箏曲演奏者
       団体が発行した職格免許。この制度を模倣継承したもの。
     (4)平安・鎌倉時代に置かれた、荘園の役人の一。
    Fw:電子メールで送信: hanawahokiit<br />
 i.jpg
    「当道」というのは・・・。
      (1)この道。自分の学ぶ道。
      (2)中世以降、平曲・三弦・箏曲・鍼灸・按摩などに携わる盲人
      (男性)により組織された職能団体。
         光孝天皇の皇子、雨夜尊を祖神とする。
         所属する盲人に検校・勾当などの盲官位階を授与した。
         1871年(明治4)廃止。
    ・・・なるほど、噺の「錦木」も、この最高位を夢見た訳ですね。
    ノーベル賞を受賞した山中教授の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」だそうですが、夢というのは、望み過ぎても叶わないし、見なければ当然叶わないものです。
    焦点を合わさずに見るのが「夢」で、焦点があった瞬間に「目標」になるのでしょうか?

    2012年10月12日 (金)

    鎮魂の日

    heart宮城県では、東日本大震災が発生した3月11日を「みやぎ鎮魂の日」(仮称)に制定する検討が行なわれているそうです。
    被災した沿岸市町の学校の休校など、2014年の導入を目指しているとのこと。
    震災による死者と行方不明者が計1万887人(10日現在)・・・。
    県民が犠牲者の鎮魂を祈念する一日を設け、震災の記憶の風化を防ぎ、語り継ぐため・・。

    「三味線栗毛」の音源

    ニコニコ動画で、「古今亭菊之丞」さんの「三味線栗毛」を聴きながら寝ました。
    鈴本演芸場での独演会の録音のようでした。
    だからマクラが長いこと……。
    気がついたら?意識がなくなって眠ってしまい、肝心な噺の部分は意識不明でした。
    菊之丞さんは、よくお演りになるようです。
    後は、「林家正雀」師匠あたりかな?
    そうそう、「柳家喬太郎」さんは「錦木検校」という題名で演っているようです。
    プロのやり方をよく研究する必要がありそうです。

    酒井雅楽頭(うたのかみ)

    shadow「三味線栗毛」の主人公「酒井雅楽頭(さかい うたのかみ)」は、実在の人物です。
    Fw:電子メールで送信: 3-2.jpg
    酒井雅楽頭家十八代ある当主の中に「角三郎」の名は見えませんが、これは、落語のフィクションでしょう。
    Fw:電子メールで送信: img_1028109_<br />
 33040981_6.jpg
    譜代の名門中の名門、酒井家の本家で、上野・前橋十二万五千石→播州・姫路十五万石。
    代々で最も有名なのは、四代将軍・家綱の許で権勢を振るい「下馬将軍」(屋敷の大手門前には「下馬」の表示があったから)と呼ばれた四代忠清(1624-81)。
    大老にまでなったこの人物が出世頭。

    十五代酒井雅楽頭忠顕家の上屋敷(1万3千余坪の敷地)は播磨姫路藩城主当時、現在の千代田区大手町一丁目1~2番に跨っていたそうです。
    千代田のお城の大手門の真ん前にある、15万石の大大名だったという訳です。

    東京かわら版

    pen「東京かわら版」の11月号に、落語会などを掲載してもらうためには、10日が締め切りだそうです。
    東京かわら版
    ということは、12月15日の「一番丁はずみ亭」を掲載してもらうなら、来月11日までにお願いしないといけないと……。
    以前、落語っ子連の発表会を載せてもらったことがありました。
    どうしよう…。
    宣伝というより、貴重な記録になると思うんです。

    三味線栗毛

    horseこれもいずれ演ってみたい噺。
    三味線栗毛
    「落語っ子連」では、「一番丁はずみ亭」で演ろうとしている「帯久」を稽古していますが、「扇子っ子連・千早亭」のが決まっていません。
    他のメンバーは、今週の稽古会で、かなり決まったようですが……。
    師匠からいただいた中から見つけ、高座本を風呂場に持ち込んで、ちょっと初見での読み稽古をしてみました。
    ……む、む、難しい…。
    父親の大名・酒井雅楽頭(うたのかみ)に疎まれ、下屋敷で家臣同然の暮らしをしている次男坊の酒井角三郎。
    彼の下へ療治に呼ばれたのか按摩の錦木。
    何度か療治に訪れているうちに、角三郎の良き話相手となりますが、その錦木が「あなたは、侍なら大名になると学者から聞いた骨格をしていらっしゃいますが、殿様の御身内ですか?御家中ですか?」と訊きます。
    角三郎は「家中だ」と嘘をついたものの、「もし、自分が大名になるような事が起きたら、錦木を検校に取り立ててやろう」と約束します。
    それから間もなく、錦木は風邪をこじらせ、生死の境をさまようほど長く寝込んでしまい、療治に出られなくなります。
    何とか病から立ち直った日、同じ長屋の住人が錦木にこう告げます。
    「酒井の御礼殿様が隠居。ご長男が病弱なので、御殿様は御姫様に養子を迎えて跡継ぎにしようとしたが、御親戚一同が“角三郎がいるのに養子とはけしからん”と大反対。その結果、下屋敷で家臣同様の扱い、部屋住み生活を送っていた角三郎が、一躍、跡継ぎとなって酒井雅楽頭に任官した。下々にも通じている大変優れた御殿様と、早くも評判になっている」
    その話を聞くや、錦木は「角三郎様が大名になられた」と喜び、涙にくれます。
    そして、「約束通り、検校に取り立ててもらおう」と、酒井様の御屋敷に出向きます。
    酒井家の家臣一同が、病い上がりでヨレヨレの錦木を訝しげに見て、「殿様が下屋敷で暮らしている間、あの按摩に“烏金”でも借りたのではないか?」と口さがないうわさをしている中、酒井雅楽頭となった角三郎は「そなたの家を知らないため分からずにいた。約束通り、検校に取り立てるぞ!」
    錦木は一躍、江戸時代の盲人の最高位・検校に大出世します。
    出世した錦木がある日、御殿様の下に御機嫌伺いに参上すると、角三郎の雅楽頭は「新たに栗毛の馬を買い、“三味線”と名をつけた。余は酒井雅楽頭である。雅楽(ウタ)が乗るから“三味線じゃ”」と洒落ます。
    錦木答えて、「殿様が乗りますので“三味線”。して、その御馬に御家来衆が乗りますと?」
    雅楽頭「バチ(撥)があたる」
    三味線栗毛

    実は、この噺がやりたいのは、単にこの噺が好きだというだけではありません。
    主人公の酒井雅楽頭(さかい うたのかみ)の上屋敷が、今の大手町にあったからです。
    思い出の詰まったビルが、9月末でクローズしました。
    まさにこの場所に、かつて上屋敷があったので、またまた得意の"縁"を感じるのです。
    間もなく解体されますので、この縁のある噺で送りたいと思いましたから。
    これから師匠に話そうと思いますが、毎晩「帯久」か「三味線栗毛」を、湯舟に浸かりながら…。
    やってみましょうか…?
    三味線栗毛
    このあたりに上屋敷があったそうです。

    2012年10月11日 (木)

    落語と血圧の関係?

    hospital画期的な発見のお知らせです。
    落語っ子連の「三流亭越児」さんと言うより、先輩の「喰亭寝蔵」師匠の臨床実験?によりますと、「落語を稽古する前と後では、最高血圧が10mmHg程下がることがわかった」そうです。
    寝蔵師匠は、このデータをまとめて、密かに「ノーベル医学賞」を狙っているそうです。……は無理かもしれませんが、面白いですね。
    私は逆に上がる気がするのですが。
    うちに血圧計なんてあったかなぁぁ。
    寝蔵師匠は、10日が誕生日でした。
    何歳かは知りませんが、二十歳はかなり前に過ぎているはずです。

    580日・1年7ヶ月

    sandclock東日本大震災から、今日で1年7ヶ月・580日です。
    本当に悲惨な状態の中から、直接・間接に色々なことを学びました。
    この間に、仙台には4度行く機会がありました。
    南三陸町へのボランティア(復興出前寄席)以外の3度は、不謹慎ながら、仕事やOB落語会等でしたが、毎回震災の爪痕を見るにつけて、復興に向けての気持ちを新たにして来ました。
    会社でも、緊急時参集訓練ということで、自宅から20キロ以内に住んでいる役職員には、徒歩で通勤させる予定にしています。
    幸か不幸か、私もギリギリ20キロ圏内になりますので、自宅から歩いてみようと思います。
    数年前、落語徘徊を始める前までは、休日には、20~30キロぐらい歩いていましたので、歩いて来ることには全く不安は感じませんが、途中までの道のりをチェックしようと思います。
    でも、万が一、実際に災禍が起こったら、たどり着くことは出来ないかもしれません。
    途中に大きな川が何本かありますから。

    古典落語の世界

    book古本です。
    古典落語の世界
    榎本滋民著・講談社刊「古典落語の世界」。
    昭和59年刊行ですから、30年近く前の本ですが、とても良い本だと思います。
    落語についての様々な蘊蓄だけでなく、演出や修練にもかなりのページが割かれています。
    仕草や小道具(扇子・手拭い)の使い方が、写真で説明されていて、これは大変ありがたい。
    しかもモデルが、「柳家つば女」師匠です。
    柳家小きん時代は笑点のレギュラーでした。
    圓窓師匠とも共演していたかもしれません。
    残念ながら、若くして亡くなってしまいましたが・・・。
    さらに、この本で面白い写真を見つけました。
    前座で数多く写っているのは、どうやら市馬さんみたいなんです。
    それから、何と若き圓窓師匠がバイクに跨がっている写真です。
    バイクに凝ったことは、師匠から直接お聞きしたことがありますから。

    升本の「亀辛しょうゆ」

    bearing亀戸の「升本」の弁当は本当にお薦めです。Fw:電子メールで送信: bdbfc57c-d04<br />
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    弁当の中には、必ず「亀辛しょうゆ」が付いて(入って)います。
    Fw:電子メールで送信: 172645.jpg
    これがまた本当に辛いんです。
    Fw:電子メールで送信: 100x100_squa<br />
 re_12460458.jpg私はこの辛い醤油はあまり使いませんが、ここの弁当の売りですね。
    何かこう、殺菌作用があって安心感も醸し出している気がします。

    パソコン

    pc自宅のパソコンが動かなくなりました。
    電源をONにしても、すぐに切れてしまいます。
    こんなものも暇にまかせて作ることも出来なくなりました。パソコン

    濃ゆい

    riceball弁当の老舗の「弁松」のHPで見つけた言葉。Fw:電子メールで送信: 2010.08.10E6<br />
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    弁松の味付けは、甘辛で濃ゆいです。
    これは、創業当時から変わらぬ味です。この味の理由は、「もともと日持ちさせるために濃くした」「肉体労働に耐えられるようカロリーを高くするために濃くした」「砂糖が高価な時代に江戸っ子は見栄を張って沢山入れた」「江戸っ子は中途半端な味ではなくはっきりとした味を好んだ」ため、などと言われています。
    味を薄めるのは簡単です。
    しかし、それではせっかくの伝統の味がボケてしまいます。
    弁松の弁当ではなくなってしまうのです。
    辞書では、「とても濃い」「濃いい」といった説明になっています。
    関西の方言だとか、茨城弁だとか、色々説もあるようです。
    「濃ゆい」ねぇ・・・・。
    不思議な響きがしました。
    「可愛ゆい」っていうのと同じですか?
    それから、「痒い」も「かいい~」って言いますが・・、違うか。
    ところで、弁松の弁当は、「経木」に詰められています。
    ご飯や惣菜が、何と申しましょうか、息が出来ているので、美味しさや新鮮さがそのままで食べられる気がします。

    2012年10月10日 (水)

    鞄の修理

    moneybag4月に、これまた衝動買いをした鞄。
    鞄の修理
    ご機嫌で使っていたのも束の間、4ヶ月もたたない8月頃に、ショルダーを掛ける金具を取り付けた部分の縫製の糸がほずれ、接着剤も剥がれてしまいました。 
    毎日使ってはいましたが、そんなに大きな負荷をかけたつもりもありません。
    現に、この鞄の値段なら10個近く買える値段でスーパーで買った同タイプのものは、この鞄にするまで使っていましたが、びくともしていません。
    購入後1年間の保証が付いていたので、先日やっと、買った老舗の鞄屋さんに持って行きました。
    「いやぁ、こんなにはならないんですがねぇ」
    「なっちゃったんじゃん!これ1個で10個も買える鞄はピンピンしているのに…」と言いたいのを我慢して…。

    ほら、スーパーで買った鞄は、こんなにしっかりしていて、今日も元気に我が肩からぶら下がっています。
    中にはいつも、扇子と手拭い、「帯久」と「揺れるとき」の高座本が入っています。

    豪華?駅弁

    bullettrain惣菜が31種類も入っているという豪華駅弁。
    駅弁
    1300円の大枚をはたいて・・・。
    ところが、みんな塩辛くて、後で喉が乾きました・・。
    数多ある駅弁などと比べたらまことに失礼ですが、やはり弁当といえば、老舗の名店「弁松」とか「升本」に限りますなぁ。
    http://masumoto.co.jp/
    http://www.benmatsu.com/
    Fw:電子メールで送信: benmastu01.j<br />
 pgFw:電子メールで送信: e5c7042d-b63<br />
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    昭和元禄落語心中

    bullettrain出張の帰りの新幹線車中で読みました。
    昭和元禄落語心中
    何かストーリーが見え透いたような気がしますし、絵も見ていて疲れました。
    同じ落語を題材に刊行されている「どうらく息子」の方が好きです。

    2012年10月 9日 (火)

    帰る途中の楽しみは

    riceball自分に買った駅弁とコミック本。
    帰る途中の楽しみは
    帰る途中の楽しみは
    食後・読後の車内は、寝ながら過ごします。

    夜の御堂筋

    shoe夜の会議が終わり、地下鉄駅に歩く御堂筋。
    夜の御堂筋
    「雨の・・」ではない、「夜の御堂筋」です。(古っ!)
    夜の御堂筋
    銀杏並木の間に、彫刻が置いてあったり、ベンチでカップルが語り合ったりしていて、大阪らしくありませんが、大阪のメインストリート。
    淀屋橋まで数分の散歩でした。
    夜の御堂筋

    鴻池本家跡

    dollar大財閥「鴻池家」は、御堂筋と堺筋の間、今橋にありました。
    鴻池本家跡
    今は、鴻池本家跡の碑があるだけです。
    昼休みの時間にちょっと行ってきました。鴻池本家跡
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%BB%E6%B1%A0%E5%96%84%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%BB%E6%B1%A0%E8%B2%A1%E9%96%A5

    京都駅

    京都駅
    新幹線は京都駅を過ぎましたが、この京都駅の建物というのが、古都のイメージとは正反対です。
    Fw:電子メールで送信: image002.jpg  
    Fw:Fw: 電子メールで送信: 20120409<br />
 204407.jpg Fw:電子メールで送信: 20120925-532<br />
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    最近は慣れましたが、東京駅があんなに美しく修復されたのを目の当たりにすると、京都駅って何?と改めて思ってしまうのは、私だけでしょうか?

    大阪日帰り

    notes「8時ちょうどの、のぞみ207号で」noteと、大阪日帰り出張です。
     大阪日帰り 帰りは最終になる見込み。
    大阪日帰り
    今日中には帰宅出来ないでしょう。
    天気があまり良くないから、車中からの富士山も見られないでしょう。
    ひたすら寝て行きましょう。

    外国人が歌う日本の歌

    tvこの日曜日に、テレビで外国人が日本語で日本の歌を競うという番組が放送されていました。
    私は、外国語の歌は全く駄目ですから・・。
    それぞれ素晴らしい歌声でした。
    勿論、日本語を翻訳して、歌詞の意味は理解してのことでしょうが、感情移入は出来ているのでしょうか?
    例えば、戦後から暫く、日本中に英語の歌が溢れ、日本人が盲目的にアメリカの音楽に傾注した時期に、英語で歌う人のどれほどが、歌詞の意味を理解して歌っていたでしょうか?
    音感の良い人は、歌詞を丸ごと覚えて、外見上は完璧に歌っていたかもしれませんが、心や感情まで理解出来ていたのでしょうか?
    落語では、例えば江戸時代の職人の台詞が出て来ますが、我々は彼らの気持ちを本当に理解して演ることが出来ているでしょうか?
    限界はあるのでしょうが、真の心持ちに迫る努力は必要でしょう。

    「一番丁はずみ亭」の番組

    slate「一番丁はずみ亭」の顔付け(案)。
       ◇ 転宅            南亭蕪生
       ◇ 犬の目(+踊り)     恋し家古狂
           ◇  堪忍袋         喰亭寝蔵
       ◇ 帯久           金願亭乱志
                 仲入り
       ◇ あくび指南       破れ家笑児
       ◇ 三味線漫談      林家あずみ [ゲスト]
       ◇ 一分茶番        談亭志ん志
    「転宅」の蕪生師匠が開口一番というのは、出囃子を演奏していただく都合から。
    蕪生師匠と笑児さんは、出囃子をお願いするので、前半と後半に分かれて。
    志ん志師匠には、たっぷり「一分茶番」を演っていただきたいこともあって、トリをお願いしよう。
    Fw:mm
    何と言っても、あずみさんの膝返しは不動だから、踊りをご披露くださる古狂師匠には、前半を盛り上げていただこう。
    うん、なかなかいい番組です。
    後は・・・、噺がつかないかどうか・・・。
    ザーッと見る限りでは、問題ないと思うのですが・・・。
    「転宅」は、泥棒とお妾さんの噺。
    「犬の目」は、お医者さんが登場。
    「堪忍袋」は、長屋が舞台の噺。
    「帯久」は、お店噺の大岡裁き・・・。
    「あくび指南」は、職人の俄かお稽古。
    「一分茶番」は、お店と素人芝居がキーワード。
    一番丁はずみ亭
    この題字は、オフィシャルなものではありませんが・・・。

    席亭志願

    book越智多藁惠著・彩流社刊「席亭志願 落語を愛し支える人びと」。
    1,995円。10月下旬に発売されるそうです。
    落語会をつくる人にスポットを当てた「落語」を愛し、支える人たちのドキュメント。落語は自由に聴け!
    1日にいくつの落語会があるのだろう。都内だけで多いときには30の会がある。
    ホール、居酒屋、蕎麦屋、バー、学校等でも行われており、そのうえに「定席」と呼ばれる4つの寄席(新宿・上野・浅草・池袋)がある。
    年間300以上聴く者もいるが普通は週1ぐらいだろう。
    いくら好きな人でも1度に2つの会には行けない。
    落語家を追いかける人、好きな噺を聴きに行く人、お気に入りの場所で聴く人とさまざま。
    さて「いい落語会とは何か?」を考えたとき、異彩を放つ「落語会プロデューサー加藤浩」を通して何か見えてくるはずと著者は感じた。
    加藤のように落語を愛し、会を運営する人が必要なのだ。
    あちこちの町で開かれている落語会のプロデューサー、演出家に取材した知られざる「落語」裏話。
    「オフィスM's」の加藤さんのことが書いてあるようです。
    落語を演る側や聴く側ではなく、寄席・落語会を運営する人のこと?
    大変興味深い観点です。
    著者は、某大手新聞社文化部編集委員だそうです。

    2012年10月 8日 (月)

    日本晴れ

    sun連休中部屋に引きこもりは野暮ですから、ふらっと出かけました。
    日本晴れ
    体育の日なんですね。10日じゃないのに……。
    とにかく良い天気。運動会日和。
    彼岸花が咲いていました。
    彼岸はとっくに過ぎたのに。
    これも温暖化の影響?

    「帯久」の稽古

    hairsalon私は噺の覚え方・稽古のやり方がはっきりしていません。
    帯久の稽古 いつも迷ってばかりいます。
    ネタ帳や高座本を前にして、「どうやったらいいんだろう・・・」と悩み、覚えなければいけない「量」の多さにも怯んでいます。
    帯久の稽古
    特に、全く新たなチャレンジだった「笠と赤い風車」「佃祭」「救いの腕」「揺れるとき」「鬼子母神 藪中の蕎麦」は、そのプロセスが全て違いました。
    落語っ子連や扇子っ子連の稽古で、他のメンバーが、それぞれの巧拙はあるものの、着実に噺を仕上げて行くのを見るにつけ、己の惨状に焦りのようなものを感じます。
    山に登るのに、まだ麓にいるうちから逡巡をしている・・・
    さて、長講「帯久」です。
    読み稽古の時、師匠が「疲れる(た)だろう?」と仰った意味が分かり始めました。
    地語りの多い噺で、ずっと同じトーンで進めて行くことが出来るか。
    それよりも、この噺を覚えることが出来るか・・・?
    声を出して、何度も高座本を読んで、全体の流れや台詞のイメージを作り上げて行くのが良さそうです。
    本当は、毎日最低一度、通しでやると良いのですが、いかんせん30分以上かかりますから・・・。
    昨夜は、風呂に高座本を持ち込んで、湯舟に浸かりながら通しで読みました。
    台詞もひとつひとつが難しい・・。
    あと2ヶ月あまり、流暢に進められるまで練らないと、つまらない噺になってしまいます。

    出囃子の楽譜

    notes「一番丁はずみ亭」の準備は着々と・・・。
    今回は、出囃子も生演奏でと、蕪生師匠と笑児さんの三味線と寝蔵師匠の太鼓のコラボレーションが実現する予定です。
    三味線にも太鼓にも、「楽譜」があるんですね。
    蕪生師匠と寝蔵師匠が、楽譜を交換して"調整"しているようです。
    私には何がなんだか分かりませんが、とても楽しみですよ。
    cd今まで重宝していた、出囃子のCDは要らなくなりますね。

    2012年10月 7日 (日)

    ラジオ寄席

    bottle「爛漫ラジオ寄席」が今シーズンも復活。Fw:bb
    年度前半は、プロ野球中継などが放送され、後半は「ラジオ寄席」というパターンが、今年も継続されています。
      ◇ 親子酒     桂文治
    襲名披露中ですから、「平治」さんでなく「文治」さんでしょう。
    まぁ、今乗りに乗っている噺家さんの一人でしょう。

    落語観賞

    music落語好きな方は、時間がある休日などは、テレビやラジオ、CDやDVDで落語を聴くのでしょうが、私は、せいぜい文化放送の朝の2番組ぐらいで、あまり聴きません。
    最近、その傾向が強くなっています。
    原因は、ディスクをセットしたりするのが面倒臭いから。
    何となく、その気分になれない部分もあります。
    ところが、今日は暇にまかせて、ダラダラと横になりながら、PCにダウンロードしてあるのを端から聴きました。
    動機は、志の輔さんの「帯久」を聴きたかったから。
    その後は、次々に自動的に聴くことが出来ます。
    結局、お昼過ぎから4時半頃まで、ずぅぅっと・・・。
    と言っても、半分以上は意識不明状態で。
    落語を聴きながら眠ると言うのは最高です。
    落語にはマクラがありますから。

    落語はやおき亭

    gemini今朝は、落語協会の新真打が出演。
    古今亭志ん陽さんと古今亭文菊さん。
    まだ、朝太さん・菊六さんと言った方がピンと来ます。
    噺家になったきっかけを聞くと、お二人とも大学生になってからだと言うことでした。
    私が、本格的に落語に触れるようになったのは、落研の門を叩いた時ですから、私よりも遅かったんですね。
    「これから始めても、こういう芸事は遅すぎる」と思っていて、少しは憧れていた噺家の世界を断念した部分もありましたから・・・。
    志ん陽さんのイントネーションは、中国の「瀋陽」や「信用」と同じではないそうです。
    師匠の「志ん朝」師匠の「朝」を「陽」に置き換える形のようです。
       Fw:電子メールで送信: shinshinuchi<br />
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    師匠から

    event昨日、一日ボーッとしていると、師匠からメールが届きました。
    「報告」という表題だったので、「何かな・・?」と。
    報告というのは2つありました。
    以前「落語っ子連」へ見学に来て、稽古を受けた「Wさん」のこと。
    小学校のお母さん仲間を中心に、新たに素人落語連を立ち上げたいということで、暫くの間、我が落語っ子連の稽古に通おうというご意向だったのですが、「子どもが中学受験の時に、母親が落語の稽古に通うとは何事だ!」と、ご主人の強い反対があり、日曜日の外出はできなくなってしまったそうです。
    そこで、師匠が、平日に学校の空き部屋を借りてもらい、見切り発車で「聞かせっ子連」としてスタートをさせたそうです。
    メンバーは1~2名・・という状態だそうです。
    校長先生も応援してくれそうなので、先行きは明るいのですが、今後、交流をさせて格調高い連にして行く予定だから、いろいろ協力をよろしくという・・・。
    ご主人の気持ちも分かりますが、「稽古に行って来い」なんていう度量があれば・・ねぇ。
    でも、洒落にならないかもしれないというのも真実なようで。
    そしてもうひとつは「高座本」のこと。
    高座本を購入してもらってる人に、購読者メンバーとして芸名を高座本に掲載しているそうですが、私(三流亭流三)の名前も載せるからよろしくと・・・。
    既に4・5名いるそうですが、仲間入りは大変光栄なことです。

    落語DEデート

    rain昨夜からの雨で、涼しい朝です。寒いくらい。
    ふと目が覚めると、既に番組が始まっていました。
      ◇ スポーツ漫談   三代目三遊亭金馬
    昭和33年1月の音源だそうです。
    博識な金馬師匠のこと、野球などスポーツが話題の巷談。
    そんなに時代のズレも感じませんでした。
    あのON(王・長嶋)がプロになる前です。

    「一番丁はずみ亭」の題字

    shoe休日の徒然に、「一番丁はずみ亭」の題字を考えてみました。
    ただし、今回はあくまでも勝手に作るだけの「趣味」の世界です。
    一番丁はずみ亭
    まだバランスが悪いです。
    寄席文字で作りたいし、寄席文字にすると「あおば亭」に似てしまうし、堂々巡りしながら・・・。
    「一番丁」を少し小さめにするとか、ワンポイントのマークを入れるとか・・。
    ・・と、また「あおば亭」に似てしまう・・・。Fw:kk
    やはり、マンネリ・ワンパターン・紛らわしいと言われても仕方がありません。
    新しいイメージにするためには、字の大きさをバラバラにしたり、傾けたりを組み合わせるのも一案かもしれません。

    2012年10月 6日 (土)

    ねずみ・・・

    music休みの日に、恐る恐る、寝蔵師匠が制作してくださった「OB落語会」のDVDを視聴することにしました。
    あの痛恨の「ねずみ」・・・。
    出来は・・・、やはりまだまだ駄目ですね。

    マクラで「え~」と「~ですな」というのが多過ぎる。
    言葉に詰まるところが見え見えになっている。
    「もう、・・」というのが多過ぎる。
      
    台詞の最後の部分に出る悪い癖は全然治っていない。
    師匠から何度も指摘されているのですが・・・。
    どうやら、言い方・演じ方ではなく、生まれついてのもののようです。
      
    もっと意識して、最後まで感情移入をしっかりしないと、それまでの台詞が無駄になる。
    せっかく盛り上がった感情が冷めてしまう・・・。
      
    しかし、それにしても課題山積ですなぁぁ。

    ついでに、羽織の脱ぎ方も、あまりカッコよくなかった・・・。
    さぁ、乱志の中での葛藤・・。
    「この"ねずみ"の出来はこんなものかねぇ」
    「とんでもない、酷い出来だ。酷いもんだ」
    「そんなことない。まぁまぁ上々だよ」
    「いいや、酷い酷過ぎる」
    「上々・・・」
    「下手くそ・・・」
    と、心の中で戦っていると、真ん中でねずみが"チュウ"・・・。
    ???噺が違わない?

    真打昇進披露

    maple9月下席の鈴本演芸場を皮切りに、この上席は新宿末廣亭で真打昇進披露興行が行なわれています。
           Fw:電子メールで送信: shinshinuchi<br />
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    先日、新宿に行く用事があったので、・・・と思いましたが、予想外に用事に時間を要してしまい、タイミングを逸してしまいました。
    ポスターの新真打のお二人、凛々しいですね。
    それに比べ、根性がなくなって来た我が身がちょいと寂しい。

    一番丁はずみ亭

    tennis「一番丁はずみ亭」のこと。
    もともと、OB会の主催でやっているOB落語会「お江戸あおば亭」があるのに、「もっと落語が演りたい」・「三味線や踊りも披露したい」という"猛者”が集まり、さらに落語会をやろうというものです。
    今年の2月に初めて開催したのですが、初めてのことでもあり、会の名前も「番外あおば亭」で、会場(浅草ことぶ季亭)も同じだったことから、OBの方々を混乱させてしまいました。
    でも、どこが(誰が)主催であれ、わざわざ聴きに来てくださった方は、真のご贔屓だと思いますから、本当に感謝に堪えません。
    そんな事情もあって、会の名前も「一番丁はずみ亭」という、東京の人には「何のこっちゃ」という名前にして、「お江戸あおば亭」と一線を画しました。
    (コンセプトの違いをはっきりさせました。)
    とはいえ、東大落語会のように質量ともに厚い訳ではなく、まだまだ鉋っ屑みたいなものですから、落研OB会との相乗効果が出せるといいと思っています。
    「違いの分かる落語会」にするためにと、今までは、両落語会ともに私がチラシやプログラムを制作していましたが、「一番丁はずみ亭」は、別のメンバーにお任せすることにしました。
    マンネリ化や陳腐化を回避して、気分一新のものになりそうです。
    これとは別に、ただいま番組を考えていますが、「三味線や踊りを披露したい」という人が複数出て来て、顔付けに嬉しい悲鳴です。
    蕪生師匠と笑児さんが、出囃子を生演奏。
    古狂師匠が、「深川」を踊るとか。
       ◇ 転宅            南亭蕪生
       ◇ 犬の目(+踊り)     恋し家古狂
           ◇  堪忍袋         喰亭寝蔵
       ◇ 帯久           金願亭乱志
                 仲入り
       ◇ あくび指南       破れ家笑児
       ◇ 三味線漫談      林家あずみ [ゲスト]
       ◇ 一分茶番        談亭志ん志
    そうそう、蕪生師匠は、別の高座名で上がるかもしれないと仰っていました。
    蕪生師匠も、現在某師匠のところで稽古をされているそうですから、私と同様複数の高座名をお持ちのはずです・・。       

    古今亭圓菊師匠

    eye落語協会提供の「インターネット落語会」の10月上席に、「古今亭圓菊」師匠の「宮戸川」tがアップされています。
    http://www.youtube.com/watch?list=PL2448C7455A59BDA1&feature=player_embedded&v=W51z3yJK4fI
    これって、いつの映像でしょうか?

    2012年10月 5日 (金)

    東京駅の中で・・・

    event東京駅の駅舎の真ん中部分が、ホテルへの入口です。

    昔、一度だけ泊った記憶がありますが、リニューアルされて、最高級ホテルになってしまい、もうなかなか泊れないでしょう。
    尤も、泊る用事もないと思いますが・・・。
    それでもせっかく来たんだからと、入口を入って見ると、ロビーラウンジがあったので、少し休もうと・・・。


    天井も高く、とても静かな空間です。
    駅の喧騒とは無関係です。

    ゆったりとした席で、ゆったりした気分でコーヒーなどを・・・。

    トアルコトラジャのコーヒーが1,250円。
    サービス料込で1,375円。
    リッチな気分で、明日は一食抜かなくっちゃと思いながら帰りました。

    東京駅夜景

    bullettrain東京駅が建造当時の姿に復元されてオープンしました。
    東京駅までブラブラ歩いてみました。Fw:Fw: 電子メールで送信: img001.j<br />
 pg

    ライトアップされた真新しい?駅舎は見事なものです。

    前後に、近代的な高層ビルを従えているようです。

    日本ではないような、どこか別の国にいるような、ちょっと不思議な非日常空間が広がっています。

    新宿や渋谷のような喧騒はなく、荘厳な雰囲気がいいですね。

    (丸の内)南口、南側(向かって右側)のドームの中は、3階までの吹き抜けのドームです。
    改札口の前で、多くの人たちが見上げています。
    旅の始まり、旅の終わりの演出としては、実に渋いものです。
    初めて東京駅に来た時は、八角の屋根のドームに驚いたものですが、その比ではありません。

    昭和元禄落語心中

    book雲田はるこ著・講談社刊「昭和元禄落語心中」。Fw:電子メールで送信: 51O4NfeP3%2B<br />
 L._SL500_AA300_.jpg
    第3巻・590円は、本日発売だそうです。
    昭和最後の大名人・有楽亭八雲が弟子の与太郎に語って聞かせる、亡き友・助六との約束の噺とは。
    貧乏どん底二人暮らしの菊比古(後の八雲)と助六。
    遊び暮らしてるのに冴えた芸をみせる売れっ子の助六に菊比古の焦りは募る。
    ところがそんな菊比古にも、芸の目が開く時やって来る。
    そしてついに二ツ目から真打へ。
    上り調子の芸とは裏腹に菊比古と助六の関係は変わっていく。
    また菊比古とみよ吉の間にも!? 八雲と助六篇波乱必至!

    帰りに買って帰りますか。
    前2巻までのストーリーは忘れてしまいました・・・。

    番丁ラーメン

    noodle一番丁と言えば、落研の部会(稽古会)が終わった後などに、一番町の青葉通りと南町通りの間、丸善の向かい側あたりのビルの地下にあった「番丁ラーメン」によく行ったものでした。
    Fw:電子メールで送信: P1000050.jpg
    醤油ベースのスープに、炒めたもやし、玉ねぎ、挽き肉のあんかけが乗った珍しいラーメンでした。
    Fw:番丁ラーメン
    一度食べると、何となくまた食べたくなるという感じだったと記憶しています。
    そうそう、「人気の中心 番丁ラーメン」という看板が出ていました。
    調べてみると、その後、一番町から別の場所に移転して、その流れの店が、名掛丁にあるそうです。
    懐かしいなぁ・・・。
    そういえば、一番町には「仙台伊達ラーメン」という店もありました。
    老夫婦がやっていた気がします。
    Fw:電子メールで送信: img_532116_2<br />
 681678_0.jpg
    ラーメンどんぶりではなく、鉄の鍋に入って、味噌・塩・醤油味の3種類のスープで、麺の上に半分に切った笹かまぼこが乗っていました。
    「麺は固めにしてあります」というのがキャッチフレーズでした。
    「伊達政宗公は片目(固め)です」なんて、店内に書いてあった気がします。
    http://www14.plala.or.jp/SATOKATU/ramen/sendai_aoba/sendai_sansuitei11.html
    ありました。この店、この店・・・。
    でも、もう今は閉店してしまっているようです。

    一番丁はずみ亭

    note落研OB有志、重度落語中毒連の自主公演落語会の名前が決まりました。
           《一番丁はずみ亭》
    どこぞでの「浜松町かもめ亭」だとか「人形町らくだ亭」などの向こうを張った訳ではありません。
    Fw:電子メールで送信: f0236151_131<br />
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    メンバー6名の共通の故郷仙台の最もポピュラーな地名のひとつである「一番丁」と、「ものの“はずみ”」を組み合わせました。
    Fw:電子メールで送信: ncm_00861.jp<br />
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    「はずみ」を辞書で調べると・・・。
    ■はずみ〔はづみ〕【弾み/▽勢み】
     1 はずむこと。勢いよくはね返ること。
     2 勢いがつくこと。調子づいて活気を帯びること。
       また、その勢い・活気。
     3 そのときの思いがけない勢い。その場のなりゆき。
     4 何かをしたその拍子。その途端。
     5 金品を奮発すること。

    http://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%81%AF%E3%81%9A%E3%81%BF
    ちょっとした"はずみ"(拍子)で、重度落語中毒患者同士が声をかけた"はずみ"(途端)に、みんなに"はずみ"(勢い)がついて、みんな"はずんで"(調子づいて)、得意噺や芸を"はずむ"(奮発する)会。
    ・・・そんな気持ちを込めました。
    フランス語に詳しい?蕪生師匠によれば、「hazumi」は「アズミ」と読みますということですから・・・。
    実にコマンタレブー(Comment allez-vous) なオジサンたちです。

    2012年10月 4日 (木)

    東一番丁

    car話題になっている仙台の「東一番丁」。
    仙台市青葉区の仙台市都心部に位置し、同市を代表する商業地のひとつ。
    南から北へ一番町一丁目から四丁目と並んでおり、二丁目から四丁目にはアーケードがある。
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    一丁目は東北大学の片平キャンパスに隣接し、かつては学生街ともなっていた。
    「一番丁」あるいは「一番町」と表示されますが、どちらが正しいのでしょう?
    1970年(昭和45年)2月1日に住居表示導入にともなって町名が「通り」沿いから、通りに囲まれた「ブロックごと」に変更されることになり、東一番丁周辺の商業地ブロックは「一番町」と名付けられた。
    これにより、江戸時代の侍町の名残りである「丁」は、町人町を示す「町」に書き換えられ、名実ともに商業の町となった。
    現在は、住所の表示や街の名前としては「一番町」、通りの名前としては「東一番丁通り」と、「町」と「丁」とを正式には使い分けされている。

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    なるほど、要は、昔は「丁」だったが、新しく「町」になったということですか。
    しかも、それが昭和45年だそうですから、
    蕪生師匠や頓平師匠が在学されていた頃は「一番丁」で、寝蔵師匠から後ぐらいからは「一番町」なんですねぇぇ。
    当然、私の頃は「一番町」になっていました。
    ただ、旧地名も残っていて「丁」というのも、さほど違和感はありませんでした。
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    東一番丁は江戸時代には中級以下の家臣が住む侍町であった。
    武士は商業に携わることが禁じられていたから、当時の東一番丁に商店がおかれることはありえなかった。
    寛文年間頃(17世紀中頃)、東一番丁と玉沢横丁(現広瀬通り)との北西角に糠藁の倉があったため、現在の一番町四丁目商店街の辺りは糠倉丁とも呼ばれた。

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    1869年1月19日(明治元年12月7日)、戊辰戦争に敗けた奥羽越列藩同盟諸藩に対する処分が行われると、仙台藩も石高を大幅に減らされ、大量の没落士族を生んだ。
    そのため、仙台藩の下級藩士たちは、在地で帰農したり、北海道に移住したりした。
    さらに、1871年(明治4年)に廃藩置県、1873年(明治6年)に徴兵制、1876年(明治9年)に廃刀令および秩禄処分と、藩士を支える組織・特権・経済基盤が次々と剥奪された。
    こうした世情にあって、仙台藩の家臣だった山家豊三郎は、玉沢横丁・東一番丁(現・広瀬通一番町)辺りにあった自邸内に数十戸を建てて「山家横丁」と称し、藩士たちに商売をさせた(士族の商売)。
    以後、東一番丁沿いには、芝居小屋、映画館、寄席、喫茶店、芸妓置屋、露店などが立ち並ぶようになり、藩政時代以来の商業中心地だった国分町の裏町、新興の商店街として賑わうようになった。
    東一番丁は商業分野における士族授産の場でもあった。

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    1887年(明治20年)、東北本線が塩竈まで開通し、仙台駅は東六番丁の西側に置かれ、国分町や東一番丁と仙台駅とをつなぐ大町・新伝馬町・名掛丁も商業地となっていった。また、1887年(明治20年)には、東一番丁の南端に旧制二高(現東北大学片平キャンパス)が出来ると、大正時代にかけて学生街としても発展した。
    1926年(大正15年)から2年の内に仙台市電循環線が全線開通し、南町通東一番丁と定禅寺通東一番丁の南と北の各々に電停が設置された。
    1927年(昭和2年)には「仙台プール」が仙台初のプールとして開業したが、早々に廃業した。
    1932年(昭和7年)、大町・東一番丁の藤崎が呉服屋から百貨店となった。
    1933年(昭和8年)には、東一番丁北端近くに仙都ビル(地上5階、地下1階)が完成し、仙台三越が入居した。
    これ以降、2つの百貨店を繋ぐ東一番丁が、国分町に取って代わって仙台の商業の中心地となっていった。
    ・・・やはり、「一番丁」の名前は外せませんね。

    帯久

    book「帯久」にチャレンジしようと思います。
    師匠の「圓窓五百噺ダイジェスト」から。
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    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/04/post-10.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/04/post-b2f8-2.html 
    本町四丁目に呉服屋を営む和泉屋与兵衛は好人物といわれ、評判も高い。
    近くの本町二丁目の同業の帯屋久七は、陰で売れず屋と言われているほどなので、資金繰りに苦しんでいる。
    享保六年二月二十日。帯屋は和泉屋へ「金を貸してくれないか」とやってきた。
    人のいい和泉屋は「あるとき払いの催促なしでいいですよ」と二十両貸してやった。
    帯屋は二十日ほどで返金した。
    その後、五月に三十両、七月に五十両、九月に七十両と借りに来て、ちゃんちゃん二十日後には返金した。
    十一月に百両借りにきたが、二十日経っても返金はなく、十二月の大晦日に返しに来た。
    和泉屋は奥座敷でその百両を受け取り、「お客さまがいらっしゃいました」という内儀の知らせに部屋を出て行った。
    部屋には帯屋が一人になった。目の前に返金した百両が置かれている。
    帯屋はその百両を自分の懐へ入れると、店の者に挨拶もそこそこに帰って行った。
    後刻、和泉屋は百両紛失に気が付いたが、忙しさに取り紛れてついついそのままにしてしまった。
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    帯屋はその百両を基にして商品に手拭い、布巾、晒し、袱紗、足袋、半衿などの景品を付けることを思い立った。皮肉なことに、これが人気を呼んで、売れず屋が売れる屋になった。
    一方、和泉屋は運から見放されたように、翌年三月、一人娘を亡くし、五月に内儀を亡くした。
    その年十二月十日、神田三河町から出火。
    着の身着のままで焼け出されて、逃げるときに腰を打ったのか、満足に歩けなくなった。
    和泉屋は以前、暖簾分けをしてやった分家の和泉屋武兵衛に救われた。
    しかし、その武兵衛も人に騙されて店はなく、今は日雇いをしている身の上。
    それでも、恩返しのつもりで必死になって和泉屋の面倒を看た。
    十年経ったが、和泉屋の生活は同じようなもので、相変わらず武兵衛の家の居候。
    ある日、和泉屋は和泉屋本家を興こし、武兵衛にも楽をさせようと考えて、帯屋に金を借りに行った。
    しかし、けんもほろろに断られて、その上、店の者に引きずり出され、塩まで撒か
    れる扱いであった。
    あまりの悔しさに和泉屋は普請中の帯屋の裏手へ回り、見越しの松の枝を目にして首を括ろうとした。
    今生の最後の一服と煙草を吸う。
    その吸い殻が普請場の鉋屑に転がっていき、燃え出してしまった。師匠の高座本
    大事には至らなかったが、帯屋の訴えで火付けの罪で捕われ、大岡裁きになる。
    奉行は部下の者につぶさに調べさせて、何度か取り調べを重ねて、いよいよ今日はその判決。
    「さて、帯屋久七。そのほうは和泉屋から再三に亘って金子を借りておったのぅ」
    「お奉行さま。ものには順がございます。火付けの罪として和泉屋を訴えたのは私でございます。火付けの件を裁いていただきとう存じます」
    「ものには順があるか。そうであるの。帯屋からよいことを教わったぞ。 しからば、和泉屋。そのほうの行いは火付けにあらず。煙草の火の不始末による失火である。しかし、失火であろうとも帯屋にとってみれば迷惑なこと。重罪も同然であろう。よって火炙りの刑に処す」
    この判決に帯屋は大喜び。
    「さて、帯屋。ものの順に従って取り調べる。そのほうは和泉屋より再三、金子を借りて返済はしておるようじゃが、最後に借りた百両は?」
    「それも大晦日に返済いたしました」
    「確かに和泉屋へ返済に行ったようじゃが、大晦日、店は忙しさに取り紛れている最中、来春に改めて返済をしようと思い立ち、返済はせずに帰宅したのではないか。しかし、春になって、今度はそのほうの店が多忙となり、つい、返済を忘れてしまったのであろう」
    「いえ、そのようなことはありません」
    「忘れたようじゃの。思い出すためにまじないがある。手を出せ」
    帯屋の右手の人さし指と中指の二本に紙縒り(こより)を捲いてきつく縛り付けて封印をした。
    「思い出すまじないじゃ。思い出すまで取ってはならんぞ。勝手に取ったならば、打ち首じゃ」
    さぁ、帯屋は困った。右手の指、二本が使えないので、物を持つことも容易ではなく、また濡らすと切れる恐れがあるので、風呂も入れない、顔も洗えないという始末。
    この様子を見た帯屋の番頭が「どうせ、和泉屋は火炙りで死ぬのですから、『思い出した』と言って百両を返したほうが楽ですよ」と知恵を付けた。
    帯屋は奉行にそのことを申し出ると、「やっと思い出したか。正直になったな。でかした」と褒めながら奉行は封を切ってくれた。
    「帯屋。十年経ったのであるから百両には百五十両の利子を付けて、計二百五十両を返済せよ」
    「お奉行さま。それはあまりにも法外な金額」
    「黙れ。世間の相場である。しかし、情けを持って、利子の内、五十両は一遍でなくともよい。年に一両ずつでよい」
    「温情ありがとう存じます。では、とりあえず二百両は払います。それでは和泉屋の火炙りを」
    「ものには順があるぞ。貸し借りが先にあり、火の不始末はその後である。利子の返済を終えた後、火炙りの刑をいたす」
    「それでは、五十年後となり、あたしも生きているかどうか、わかりませんで」
    「ならん。ものには順があると申したのはそのほうじゃ。火炙りは五十年後に執行する」
    「では、五十両の件、年に一両ずつの返済はなかったことにして、即刻に払いますので」
    「では、五十年後の火炙りもなかったことを、即刻に決めよう」
    帯屋は青菜に塩で、なにも言い出せなくなってしまった。
    奉行が和泉屋に言った。
    「これ、和泉屋。帯屋から二百両受け取れ。そして和泉屋を興せ。長生きしてよかったのぅ。何歳に相成る?」
    和泉屋も涙をこぼしながら言った。
    「六十一で……、おかげで本家(本卦)帰りができます」
    (圓窓のひとこと備考)
     悪人の帯屋久七の名がタイトル[帯久]になっているのが、ちょいと気になるが、
    [髪結新三]の例もあるので、我慢をしよう。
     圓生のこの作品は和泉屋が本当に火付けをするという筋なのだが、あたしは和泉屋
    を悪にしたくないので、失火に変えた。
    今回(12月)の自主公演の落語会で、演らせていただく予定です。
    「帯久」に関連して、こんな記事もありました。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121002-00000137-mailo-l27

    2012年10月 3日 (水)

    千早亭ワッフルさんから

    pencil千早亭ワッフルさんから、本日誕生日の師匠に贈られた句。
    勝手にご紹介させていただきます。

      月満て 垂乳根出づる 男の子哉  (フル)
          
      神無月 神は無くとも 母の恩    (フル)

              

    おじいちゃん

    apple自称「乱志後援会長」の「Ⅰさん」が、とうとうおじいちゃんになったそうです。
    ご長男夫婦に待望の第一子が誕生sign03
    名前は「Mちゃん」という女の子で、ご自身は男の子ばかり3人でしたから、もう「Ⅰ家」ではお姫様の誕生で大喜びです。
    あのオッサンの携帯の待受画面には、生まれたばかりの「Mちゃん」の写真が……。
    歌の文句じゃありませんが、孫というのは、本当に可愛いようです。
    落語では、小間物屋の「みぃ坊」には、建具屋の「半公」が惚れ込むことになっていますが、これからおじいちゃんも心配でしょう。

    ところで、このおじいちゃん・・ではなく「Ⅰさん」から、「最近、ブログの手を抜いているんじゃないか?内容に乏しい!」という、実に辛辣なご指摘がありました。・・トホホsweat02

    自主公演落語会の名前

    shadow「寿限無、寿限無・・・・」じゃありませんが、「番外あおば亭」から新しい名前にしようと、ない知恵を絞って悩んでいます。
    OB会の枠に縛られずにというコンセプトでと言いつつ、仙台に因んだ部分は残したいとか、希望は大きく膨らみますが、なかなか良い名前が出て来ません。
    「仙台」と言えば、やはり「青葉(あおば)」で、既に自分たちが所属する会の名前になっている。
    後は・・・、「みちのく」「萩」「伊達」「広瀬川」「七夕」・・・なんていうのが浮かびますが、どうもあんまりピンと来ない。
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    仙台の中心部に「一番町」があります。
    昔は「一番丁」と表示され、別名「番丁」と呼ばれています。
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    そこで「あおば」の向こうを張り、「番丁」を入れようというのが有力。
    東京にある「番町」ではなくて、仙台の「番丁」です。
    東京の「番町」は「番長」と同じイントネーションですが、仙台の「番丁」は「包丁」と同じトーンです。
    そうそう、「チーム」でなくて「チーム」って言うのと同じ違い。

    師匠の誕生日

    birthday今日は師匠の誕生日です。
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    稽古会や落語会などで、近くから師匠を拝見していて、師匠の落語に対する愛情と情熱には、本当に敬服してしまいます。
    その道のプロなんだから・・という次元ではないと思います。
    「あたしは、落語を演るよりも聴くほうが好きだ」なんて仰って、我々素人の拙い落語を聴いてくださいます。
    優しい眼差しで、楽しそうに・・・。
    そして、落語のこれからのことを心配しながら、子どもたちへの指導などを通じて愛好者の底辺の拡大に奮闘されています。
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 0_000.jpg(私が前座を勤めた時の高座です)
    そんな姿を拝見していると、落語という芸能の領域だけでなく、人としての生き方みたいなものを、無言のうちに学ばせていただいている気がします。
    お元気でご活躍していただきたいと思います。
    1940年10月3日東京都江東区深川生まれの豊島区育ち
    59年 八代目春風亭柳枝に入門、前座名「枝女吉」を名乗る
        同年柳枝没後六代目三遊亭圓生門下へ移り「吉生」と改名
    62年 二ツ目昇進
    69年 真打昇進し、六代目三遊亭圓窓を襲名
    73年 ライフワーク「圓窓五百噺を聴く会」をスタート(~01年)
    88年 PC通信による「圓窓五百噺全集」開始
    97年 芝居落語「猫の忠信」で宙乗りを披露
    99年 ホームページ「圓窓落語大百科事典」開設
    00年 小学校の国語教科書に圓窓口演による「ぞろぞろ」が載る
    各地の小学校を訪問して落語を実演するほか、埋もれた噺の発掘、
    民話の落語化などに精力的に取り組む
    現在は、低学年からの落語の授業の完全実施を目指している
    06年より落語協会相談役
    本名は橋本八郎  

    出囃子は「新曲浦島」

    2012年10月 2日 (火)

    OB落語会の映像

    cd寝蔵師匠(寝蔵エンタープライズ)から、仙台での「OB落語会」の録画映像が送られて来ました。
    OB落語会の映像
    さすが、「寝蔵エンタープライズInc」は早い!
    早速!・・と行きたいところですが、先日の私は、実に画竜点睛を欠く出来でありましたので、まだ視聴する勇気が湧きません・・・。
    思い出しても、本当に素晴らしい会でした・・。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/09/post-e998.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/09/post-8098.html

    何よりも、現役の部員たちと接することが出来たこと、彼らが縁の下の力持ちを一生懸命勤めてくれたことに感謝です。

    落語会の会場

    event「紅巣亭発表会」の会場だった「江東区古石場文化センター」の和室。
    舞台付きですから、高座作りは比較的楽だと思います。


    高座からの景色もなかなか雰囲気があります。

    座椅子で80席程度はゆったり作ることができそうです。


    座椅子から高座を見るとこんな感じになります。
    やや、前の人の頭が気になりますが、座席の位置を互い違いにおけば、何とか大丈夫でしょう。

    和室は、3階のエレベーターを降りたほぼ正面です。
    入口を入ると、右側に大きな下駄箱があり、ここで靴を脱いで入場。
    通路も広く、スペースには十分余裕があります。
    受付もこんな感じで、ひろびろしています。

    ・・・問題は、全席座椅子であることと、アクセスですね。
    今日は、座椅子だけで座布団もありませんでしたから、やはりかなりきつい。
    アクセスも、門前仲町から徒歩10分弱・・・。

    自主公演のOB落語会

    sun今年の2月に「番外あおば亭」の名前で開催した落研OB有志の自主公演の会を、また12月15日にやることになっています。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-00cd.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-6.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-7.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-4154.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-10.html
    今回は、「あおば亭」という「OB落語会」の例会と区別するために、重度落語中毒患者たちの落語会独自の名前にして、自主公演としてやって行こうという訳です。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-9.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-2412.html

    そのメンバーというのが「南亭蕪生」・「恋し家古狂」・「談亭志ん志」・「喰亭寝蔵」・「破れ家笑児」の各師匠と不肖「金願亭乱志」の6名に、ゲストの「林家あずみ」さんです。
    一番太鼓と追い出し(〆)太鼓の実演は寝蔵師匠というのは、前回までの通り。
    そして今回は、「蕪生」師匠と「笑児」さんの三味線により、出囃子も実演していただく予定。
    演目も、「志ん志」師匠は「一分茶番」、「蕪生」師匠は「転宅」、「笑児」さんは「あくび指南」、私は「帯久」・・・。
    「寝蔵」師匠は・・・「堪忍袋」?、「古狂」師匠は・・・お楽しみ?
    「志ん志」師匠に、トリをお願いしようと思います。

    2012年10月 1日 (月)

    志ん朝忌

    shadow11年前の今日、「古今亭志ん朝」師匠が亡くなりました。 
        BB
    「古今亭志ん朝」師匠と言えば、あの矢来町の、五代目志ん生師匠の次男の・・。
    ですが、三代目だそうです。
    現在は空席ですが、三代目がこの名跡を大きくしたため、一般的に「志ん朝」と言えば、この三代目を指しています。
    と言っても、初代は、実兄の十代目「金原亭馬生」師匠でした。。
    それでは二代目は・・・?
    戦後まもなく、「志ん生」師匠に入門し、「古今亭志ん一」から「志ん朝」と改名した人がいたそうです。
    ところが、ある時まで落語協会の名簿にあったようですが、廃業したようです。
    通称「魚屋の志ん朝」と呼ばれたとか。
    BB

    落語界の至宝だった「志ん朝」師匠が亡くなって11年。
    最後の弟子だった「朝太」さんが、「志ん陽」で真打になりました。

    浅草お茶の間寄席

    tv久しぶりに早く帰宅してチバテレビの「浅草お茶の間寄席」。
       ◇ 品川心中     三笑亭夢太朗
    浅草演芸ホールで、汗だくの熱演です。
    「えぇ?」というのが多くて、とても気になりました。
    圓窓師匠なら、真っ先に指摘されるでしょう。
    何かこう・・・、雑な感じがします。
    着物の前や裾が乱れた感じもするし。

    台風一過

    sun台風一過の晴天。
    台風一過
    幸い、スピードの早い台風だったので、一晩であっと言う間に通り過ぎてくれました。
    交通機関も、朝からほぼ正常運転です。
    部屋の窓から、雲一つない西の空に沈もうとしている、美しい満月が見えました。
    これこそ中秋の名月ではありませんか?
    気持ちが洗われる気がしました。
    今日から神無月です。

    タワーの日

    event10月1日はタワー(展望)の日だそうです。
     10月の
     (テン) (棒)  ・・・展望・・・タワー・・・塔ということだそうです。
    今年は、大阪の通天閣の100周年と東京スカイツリーのオープンということで、注目が集まる年。
    先日、NHKのテレビでも、法隆寺五重塔などから始まる、日本の塔(タワー)の歴史秘話を放送していました。
    小学校の修学旅行で東京に来て、定番の東京タワーに行きました。
    そこで、東京タワーの設計をしたのは、同郷の山梨県出身の「内藤多仲」だと教えられたのを覚えています。
    郷土の英雄だということです。
    この方は、東京タワーに限らず、国内の多くのタワー建設に関わっておられたようで、「通天閣」もこの人の手によるものだったんです。
       まだまだ・・

    浅草十二階(凌雲閣)の話題もありました。
    そして、今年は「東京スカイツリー」です。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-13.html
     

     
      
     

     

     

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