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2012年9月30日 (日)

「三遊亭」の流れ

drama落語界における「三遊亭」の話題。
http://www.wanogakkou.com/culture/020000/020502_hanasi11.html
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 bana_001.svg.png「三つ組橘」の定紋。
「三遊亭」は、実質的な江戸落語の祖「烏亭(立川)焉馬」の高弟だった初代「三遊亭圓生」からはじまるといわれています。
門弟に二代目圓生、「金原亭馬生」「古今亭志ん生」「三升家小勝」などがいます。

現在では、それぞれが大看板の名となっている名跡も、もともと「圓生」の系統なんです。
dd「三遊亭圓朝」の写真。
そして、この「三遊亭」が江戸・東京(の落語界)で、名実ともにトップの亭号となったのは、二代目圓生の門下の「三遊亭圓朝」が登場してからのことです。
ご存じのとおり、圓朝は幕末期には芝居噺で大変な人気を誇り、明治維新後は一転して扇子一本の素噺で大家となりました。
人情噺を多くものにして、古典落語のスタイルを確立したともいえる存在です。
また、圓朝の高座を速記した本は、口語文学として多くの文人に影響を与えたことも、文学界の常識になっています。
門弟が実に多彩で、珍芸で売れた「圓遊」「萬橘」「圓太郎」。
名人の名をほしいままにした三代目・四代目「圓生」・四代目「橘家圓喬」・四代目「橘家圓蔵」・・・・。
現在、「三遊亭」および「橘家」を名乗る噺家さんは、何らかの形で圓朝の門流ということができるのではないでしょうか・・・。
「江戸落語中興の祖」です。
系図を見ると、我が「圓窓」師匠は、「圓朝」をそのまま下にたどった先にいる訳で、落語の本流の「三遊亭」の中の、さらに本流なんですねぇ。Fw:ll

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