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2012年8月22日 (水)

夏の甲子園

baseball甲子園での夏の高校野球も、今日が準決勝。
山梨県代表のT高校は、惜しくも決勝進出は出来ませんでした。
古くは山静大会で静岡県、その後は南関東大会で埼玉県などという、野球強豪県の壁が破れずにいて、なかなか県代表が甲子園に行くことすら出来ませんでした。
その後、1県1校が出場出来るようになりましたが、自分が故郷を離れたこともあってか、この頃から、県内外から選手を集めた私立高校ばかりが出場するようになり、胸もときめかなくなりました。
一度だけ甲子園のアルプススタンドで応援をしたことがあります。
残念ながら母校ではなく、中学校の同級生が多く通っている、奇跡的に他県代表を破って出場した地元の弱小公立高校の応援でした。
夜中に貸切バスに分乗して行きました。
校歌も応援歌も知らない、隣で肩を組んでいる人も知らないままに、必死で応援したものでした。
明日の決勝は、春のセンバツと同じカードだそうです。
この両校の実力が証明された反面、東北地方某県代表のK学院は、関西弁が共通語だそうで。
鈴本演芸場の顔付けが全て上方の噺家さんだったら、聴きにはいかないでしょう・・。
Fw:電子メールで送信: img_1301149_<br />
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ところで、その時のアンダースローのエースが当時2年生だった深沢さんという方で、ノンプロを経て、阪神タイガースに入団して活躍されました。
深沢恵雄(ふかざわ よしお、1955年5月30日 - )さんは・・・、
山梨県南巨摩郡中富町(現身延町)出身の元プロ野球選手。
県立峡南高校2年生時の1972年、チームの主力投手として夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)に出場するも、初戦にて準優勝した柳井高校に0-3で敗退。
高校卒業後は、日本楽器(現:ヤマハ)の硬式野球部で活躍した。
1975年11月、ドラフト5位で阪神タイガースに指名され、翌1976年オフに入団。
阪神では不向きな救援での登板が多く伸び悩むが、1981年シーズン途中、福間納との交換トレードでロッテオリオンズに移籍。
ロッテでは先発に転向しその能力を発揮することとなる。
スライダー、カーブ、シュート、シンカーなどを武器に、仁科時成と共にアンダースローの二本柱として1980年代のチームを支えた。
 (実働12年 登板217試合 勝利51 敗戦53 セーブ2 SP5 
  完投43 完封6)

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