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2012年8月11日 (土)

再び「芭蕉の辻」

horse「芭蕉の辻」は、「松尾芭蕉」とは全く関係ないという話。
奥州(みちのく)で「芭蕉」と言えば、ほとんどの人が「松尾芭蕉」を連想するでしょう。Fw:電子メールで送信: 647947eea192<br />
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江戸時代の仙台芭蕉の辻の模型だそうです。
賑やかな、伊達62万石のご城下です。
そして、南に93里上れば、江戸は日本橋。
Fw:電子メールで送信: 3508d25d1aa3<br />
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それで「芭蕉の辻」ですが、名前の由来はいくつかあるそうです。
1.儒者内藤以貫の「封内山海名蹟記」による説
伊達政宗が仙台城を築城する前に、隠密としてかかえていた芭蕉という名の虚無僧の功績への褒美として上記の四隅の城郭式の櫓を賜ったが、芭蕉はこれを辞退した。 
そこで、彼の名を伝えるため、この辻を芭蕉の辻と呼ぶようになった。
2.儒者田辺希文の「封内風土記」による説
昔、この辻に芭蕉が植えてあったので芭蕉の辻と呼ぶようになった。
3.文人燕石薄墨の歌による説
「鶴も羽をひろくのしつつ舞ひ遊ぶ芭蕉の辻の春のあけぼの」から、芭蕉の辻とは芭蕉の葉が広いように、道幅が広いことから呼ぶようになった。
4.場所から芭蕉という地口?説
目抜き通りの場所、便利な場所、賑やかな場所、そして場所がよいなどというこの”場所”が芭蕉の辻の「ばしょう」になった。Fw:電子メールで送信: 1214e206ca57<br />
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いったいどれが本当なのでしょうか。 
まぁ、どれでもいいことですが・・。
写真は、明治の頃の芭蕉の辻の様子だそうです。

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