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2012年8月

2012年8月31日 (金)

津波注意報

フィリピン東方沖の地震を受けて、東北地方から沖縄までの太平洋沿岸に津波注意報が出されているそうです。
予想到達時刻は、最も早い沖縄県宮古島・八重山地方などが31日午後11時半頃、高い所で50センチ程度の津波が予測される。
東北地方太平洋岸の到達予想時刻は9月1日午前2時頃。
被災地の海岸沿いの方々は、さぞや不安でしょう・・・。
昨日早朝の仙台の地震といい、今日といい・・・。

ブルームーン

今日31日は、今月2度目の満月です。
月に2度の満月
自宅のベランダから見た、南天に輝く満月です。
「ブルームーン」と言うそうです。
ところが、「ブルームーン」には3つの意味があるそうです。
本来は、文字通り青く見える月のことだったようですが、季節の4回の満月のうちの3回目の月のことも指し、さらに今日のような1ヶ月(暦月)の2回目の満月も意味するそうです。
青い月が見られるのは大変難しいため、19世紀半ばには"once in a blue moon"は「極めて稀なこと」「決してあり得ないこと」といった意味で使われるようになりました。
また、「ブルームーンを見ると幸せになれる」という言い伝えがあると言われています。
(これは単なる都市伝説的な話で、そのような言い伝えは 厳密には存在しないようですが。)
なかなかロマンチックな響きです。

本法寺「はなし塚」

落語芸術協会では、毎年8月31日に田原町の本法寺で「はなし塚供養」を行っています。
Fw:bb
この塚の建立は昭和16年10月、当時日本は太平洋戦争へと向かう戦時下にあり、芸能団体は、演題種目に自粛を強いられていた。
落語界では、演題を甲乙丙丁に分類し、丁種には時局に合わないものとして花柳界、妾に関する噺、郭噺など53種を選び、禁演落語として自粛の姿勢を示した。
この中には江戸文芸の名作といわれた「明烏(あけがらす)」「五人廻し」「木乃伊取(みいらとり」等を含み、高座から聴かれなくなった。
Fw:bb
「はなし塚」は、これら名作と落語界先輩の霊を弔うため、当時の講談落語協会、小咄を作る会、落語講談家一同、落語定席席主が、浅草寿町の長龍山本法寺に建立したもので、塚には禁演となった落語の台本などが納められたそうです。
戦後の昭和21年9月、塚の前で「禁演落語復活祭」が行われた。
塚には今まで納められているものに替えて、戦時中の台本などが納められているそうです。
それでは、その禁演落語53種を並べてみます。
五人回し・品川心中・三枚起請・突き落とし・ひねりや・辰巳の辻占・子別れ・居残り佐平次・木乃伊取り・磯の鮑・文違い・お茶汲み・よかちょろ・廓大学・明烏・搗屋無間・坊主の遊び・白銅・あわもち・二階ぞめき・高尾・錦の袈裟・お見立て・付き馬(早桶屋)・山崎屋・三人片輪・とんちき・三助の遊び・万歳の遊び・六尺棒・首ったけ・目ぐすり・親子茶屋・宮戸川・悋気の独楽・権助提灯・一つ穴・星野屋・三人息子・紙入れ・つづら間男・庖丁・不動坊・つるつる・引越しの夢・にせ金・氏子中・白木屋・せんきの虫・蛙茶番・駒長・おはらい・後生鰻
・・・平和というのは、本当に守って行かないといけませんね。
 

葉月の落語徘徊

暑かった
9月の高座を控えて、もっと頑張らなくてはいけないのに・・・。
急遽OB落語会で演らせてもらうことになった「ねずみ」と、千早亭落語会の「鬼子母神 藪中の蕎麦」の稽古は・・・。
 ◇ 19日    落語っ子連稽古会
 ◇ 28日    千早亭稽古会
寄席・落語会も低調でした。

 ◇  3日    特撰落語会(さん喬・雲助二人会)
 ◇ 17日    東京落語会
 ◇ 25日    雲光院で柳家さん喬師匠を聴く会
仙台に行きました。
30年ぶりに七夕を見物して来ました。
仙台の街は、今回も優しく迎えてくれました。
Fw:電子メールで送信: 115016331615<br />
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また、来月OB落語会で行きますが、今度はちょっと緊張です。
緊張と言えば、やはり来月の千早亭の発表会のチラシが出来上がりました。
なんと言っても、豊島区区制施行80周年記念です。Fw:bb
夏休みで、独り寂しいドライブ。筑波山と霞ヶ浦。


色々な思いを残して、長月です。

昨日の地震

仙台の駄馬師匠から、昨日の地震の様子のメールがありました。
震度5強ということで、久しぶりに夜中に飛び起きたそうです。
確か、「3.11」の時の東京が震度5ぐらいだったはずですから、あの物凄い揺れが就寝中に起こった訳で、すぐに飛び起きるのも無理はありません。
また、なぜか宮城野区の震度が強いというのも、地元で話題になっているようです。
概ね、仙台駅を挟んで西側が青葉区、東側(海側)が宮城野区なのですが、青葉区は震度4でした。
私が住んでいた頃、昭和53年の宮城県沖地震の時も、「仙台の旧市街は岩盤が堅い」なんて、さほどの根拠もなく言われていましたが、そういう面もあるのかもしれません。
家電量販店の入り口の自動ドアが損壊したり、そこそこの被害は出ているようです。
南三陸町も震度5強でしたが、同町出身の同僚の実家も、家の壁の一部にひびが入ったようです。
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/08/20120830t13040.htm
今年は閏年なので、明日が「二百十日」で、明後日が「防災の日」ですが、横揺れの3日後の大地震の再来にならないよう、ただただ祈るのみです。

新聞記事

「新聞記事」という噺がありますが、今回はその落語ではなくて、最近実際にあった事件の記事の話題を2つ。
まずは、今朝の新聞の企業人事欄を見ていて、同じ人(一人の人)が、数社の取締役を退任することが分かりました。
どれも国内屈指の企業ですから、これらの社外取締役を務めていたということでしょうが、どうも名前に見覚えがあります・・・。
と、こんな記事を読んだことを思い出しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120830-00000044-mai-soci
・・・なるほど、この「方」でした。
企業人として最高峰に登りつめたのでしょうが、人の道は踏み外してしまったんですね。
もうひとつは、昨日の新聞でした。
http://mainichi.jp/select/news/20120829k0000e040223000c.html
この人も、大変優秀な頭脳の持ち主で、若くして司法試験に合格して裁判官という、人も羨むような経歴の持ち主なのに。
晩節を汚した人、将来の芽を摘み取った人・・・。
そりゃぁ、良かろうが悪かろうが、最後は個人は個人なのでしょうが、「ノブレスオブリージュ」はどうするのでしょう。
 ■ノブレス・オブリージュ(: noblesse oblige
  
直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、日本語では
  「位高ければ徳高きを要す」などと訳される。
  一般的には、
財産・権力・社会的地位の保持には「責任」が伴う
  ということを指す。
実は、上の2番目の事件には「裏話」があります。
というのは、なんと、この破廉恥判事を捕まえた「車内にいた近くの男性」というのは、私の会社(大阪支社)の社員だったのです。
もしかすると、この社員を社内表彰することになるかもしれません。
人事担当者としては、あってはならない事件ですが、「向こう側」でなかったので、安堵しています。

奇跡の一本松

仙台で震度5強の地震があったばかりですが・・・・。Fw:電子メールで送信: 1341092.jpg
東日本大震災の大津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理を行ない、震災2年を迎える来年3月11日までに、元の場所に立て直される予定なんだそうです。
まず、高さ約27メートルの一本松を根元から切断して、幹を5分割した後、芯をくりぬき、防腐処理を施す。
その後、金属の心棒を通して立ち姿のまま保存するということです。
費用は約1億5千万円かかるそうで、市はホームページで募金を呼び掛けているそうです。
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/shisei/kakuka-oshirase/gienkin/ipponmatu-hozonbokin/ipponmatu-hozonbokin.html

カワウソかわいそ

環境省は、国の特別天然記念物で「絶滅危惧種」に指定されていたニホンカワウソが、30年以上生息が確認されていないとして「絶滅種」に指定したそうです。
Fw:電子メールで送信: 20120828k000<br />
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ニホンカワウソは体長110センチ程度のイタチ科の哺乳類で、かつては全国の川辺に生息していた。
しかし、毛皮を目的とした乱獲や開発による環境の悪化などで激減。
正式な確認は1979年、高知県須崎市の川で見られたのが最後。
飼育下では愛媛県立道後動物園で56〜69年の飼育記録がある。

既に「絶滅種」として指定の哺乳類には、「オキナワオオコウモリ」・「オガサワラアブラコウモリ」・「エゾオオカミ」・「ニホンオオカミ」の4種があるそうです。
いずれも明治時代までしか生息が確認されておらず、昭和まで生息していた哺乳類が絶滅種に指定されるのは初めて。
・・・カワウソなんて、田舎者の私も名前しか知りません。
何でも、「河童」のモデルとも言われているそうです。
絶滅したなんて、カワウソ・・じゃなくてかわいそう・・・。
今後、「ハナシカ」だとか「シャミセンマンダン」「ダイカグラ」なんていうのが、絶滅危惧種や絶滅種にならないように、気をつけないと。
「ヒャクメンソウ」なんていうのは・・・、絶滅したんでしょうねぇぇ。

ニート

這えば立て 立てば歩めの 親心」・・なんてぇことを言いまして、子どもというのは本当に可愛いものですな。
・・・・ただいまでは、大きくなるに連れて、「小学校⇒中学⇒高校⇒大学⇒フリーター⇒ニート」というふうに進んでまいりますが・・・。
昔はよく「なまじ学問を身に付けて理屈っぽくなるよりは、人の心の分かる苦労人にした方が良い」、だから「奉公」というわけで・・・。
Photo「薮入り」のマクラで、こんなことを言うと、そこそこ受けるのですが、今の親御さんにとってみると、洒落にならないのが、お子さんの「就職」だと思います。
最近の就職難で、「ニート」と呼ばれる人たちが増えているそうです。

高度成長期の頃と違って国に勢いがなくなり、高齢化社会にもなっていることから、「大学は出たけれど・・・」というパターンが多くなっているのでしょう。
まだ親世代がリッチな頃はパラサイトも養えたでしょうが、私の世代などは、貧乏・借金世代ですから、なかなか先行き暗い気が・・。
それに、若いうちにしっかり働く癖をつけておくことは、理屈抜きに重要なことだと思います。
生きて行くことというのは大変なことです・・・。
ニート(Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、教育、労働、職業訓練のいずれにも参加していない状態を指す造語。
厚生労働省では、15〜34歳の年齢層の非労働力人口の中から学生と専業主婦を除き、求職活動に至っていない者を若年無業者(ニート)と定義している。

2012年8月30日 (木)

稽古不足の理由(言い訳)

ここのところ、どうも稽古が出来ていない。
 よって、噺がなかなか出来上がりません・・。
原因が分かりました。
 あまりの暑さに、歩き稽古が出来ないからです。きっと。
そうだ!暑すぎるからだ。・・・と、気候のせいにするトホホな自分が・・・。昼下がりの公園
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/03/post-ec02-2.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/03/post-ec02-1.html

震度5強

早暁、また仙台が揺れました。
Fw:電子メールで送信: 100080_00000<br />
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市内宮城野区で震度5強。
南三陸町でも……。
地元の人の話では、今回は横揺れだったようです。
「3.11」の2~3日前にも、似たような揺れを感じたようで、何となく心配です。

会いに行けるアイドル?

私には、どこが良いのか、何故人気があるのか、皆目解らないのですが、人気絶頂の"会いに行けるアイドル"グループの中心的なお嬢さんが、先日そのグループを「卒業」したそうです。
???待ってくださいよ。
「会いに行ける」という意味では、噺家さんもそうですよ。
ご祝儀を持って楽屋を訪ねると、喜んでくれますよ。
ただし、アイドル(idol)ではなくて、アイドルな(idle)オジサンが多いかもしれませんが・・・。

日立寄席

以前から知っているんです。
Fw:kk
しかも、今の会社から歩いて3分ほどのところでやっている落語会。
産経新聞の記事がありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120826-00000529-san-ent
「当時19歳で、初めて寄席に入った。客もあまりいなかった。
トリが(三遊亭)円生で『子別れ』を聞いて涙が出た。
こんないいものがあるんだと感激した。
東京にいないと見ることもできない」と、水野さんは会社を辞めることを思いとどまった。
それから毎週のように寄席通いが始まった。
たまたま人形町末広で三遊亭圓窓(当時は三遊亭吉生)と知り合った。若手落語家には高座が少ないことを嘆いた。
「会社のなかでもいいんですか」と水野さんが聞いた。
「30人集めてくれれば、あとはすべてやりますから」と。
・・・なんと、圓窓師匠の名前も出て来て驚きました。
28日の千早亭の稽古会の時、圓窓師匠にこの記事のことをお話ししたら、お名前などもよく覚えていらっしゃいました。
今は、「むかし家今松」師匠が出演されています。
それに今松師匠は松戸のご出身。
やはり、近いうちに行かないといけません。
毎月第3水曜日ということは、来月は・・19日です。
落語は、本当に様々な人たちの心とご縁で、地道に続けられているんですね。Fw:kk
Fw:kk

OB落語会

仙台の駄馬師匠から。
「OB落語会」の記事を、9月13日付の「河北新報」に掲載してもらうべく、桂友楽師匠が、記者と打ち合わせるとのこと。
・・・いよいよです。
一方、私の「ねずみ」は、先日の落語っ子連の稽古会で師匠に聴いていただき、多数の"ダメ出し"で、ボロボロ・ズタズタ状態。
とうとう、「ねずみ」が動かなくなってしまいました・・・。

笑福亭松喬師匠のブログ

5月から更新されていませんでしたが、8月になって再開された様子。
http://ameblo.jp/syohukutei-syokyo/entry-11339809257.html?utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed

2012年8月29日 (水)

桂米朝師匠

人間国宝の桂米朝師匠が、腰椎圧迫骨折のためご入院。
米朝師匠は、ご自宅のトイレから出た際に尻もちをついて転倒。
救急車で病院に搬送され、検査の結果「第4腰椎圧迫骨折」と判明し、2週間の入院・加療が必要と診断されたそうです。
コルセットを着けてリハビリをされているそうで、腰に負担がかからないように横になっているようですが、会話もあってお元気だということです。
86歳におなりなんですね。
いつまでもお元気でいていただきたいものです。

人気にあやかり?

随分古い話ですが、天皇陛下と皇后陛下のご成婚の頃、生まれた女の子は「美智子」という名前が多かったそうです。
男の子でも、有名なスポーツ選手と同じ、「大地」だとか「大輔」なんていう名前が、その時々で流行るものです。
これは、「寿限無」の親の気持ちにも通じる、当たり前の人情というものかもしれません。
最近の女性の活躍が素晴らしいので、医院の名前にも、こんなのがあるようです。
電柱の広告だからか、何故か写真も細長くなりました。
          人気あやかり?
皮膚科と撫子(なでしこ)とは、どんな関係か知りませんが・・・。
皮膚科ならば、漆(うるし)にした方が、縁が深いと思いますが、その代わり患者さんは絶対来ないでしょうね・・・。
日本の女子サッカーが、向日葵(ひまわり)だったら、「ひまわり皮膚科」にしたのでしょうか・・・?
それとも、ずっと前からこの名前で、「なでしこジャパン」の方が後だったら、ここの先生の先見の明は確かだったということになりますね。

東京かわら版

秋の新真打の二人が巻頭を飾っています。
Fw:電子メールで送信: entry_cover1<br />
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古今亭朝太→古今亭志ん陽さん
古今亭菊六→古今亭文菊さん   のお二人。
それぞれ先輩を飛び越えての昇進ですから、その期待度はかなり高いものがあります。
最近、寄席や落語会に通う回数が減っているので、本書をあまり有効に使えていないのが、個人的にやや気になるところです。
でも、寄席の番組や巻末の落語会のリストなどを見て、時代の流れに遅れまいとしている自分に気がつきます。
時の流れは早い・・・。

トイレ掃除

誠に尾籠なお話で失礼いたします。
先日の休みの日に、トイレの掃除をしました。
Fw:kk(これは我が家のトイレではありません)
何かこう・・・、突然ちょっと思い立ったんです。
自宅で、家族しか使いませんから、比較的抵抗はありません。
いつもお世話になっていますし。
新聞や本を読みながら、髭を剃りながら、歯を磨きながら・・。
どうも、何かをしながら用を足すことが多いようで、実に行儀が悪い。
時には、トイレだけに「薀蓄」を考えたりして・・・。
近所のホームセンターで洗剤を買ってゴシゴシ・・。
洗剤の威力は、トイレだけに十分効果(後架)あり。
たまには、何も考えずに作業をするというのも新鮮です。
こういうことは、色々あって忙しい時には出来ません。
せいぜい"小用"がある時ぐらいでしょう。
バカなことはこれぐらいにして、"ながら"で用が足せるようになったということは、トイレが清潔な空間になったということです。
Fw:電子メールで送信: soukouka2.jp<br />
 g(これも我が家のトイレではありません)
昔は・・・、思い出すのも・・、汚かて臭かったですからねぇ。
そもそも、トイレに対する考え方が全く違っていました。
「ご不浄」とはよく言ったものです。
落語にも「憚(はばかり)」がよく出て来ます。
先日の「へっつい幽霊」でも、重要なポイント?になっていました。

過剰サービス・過剰品質?

日本人の真面目さ・器用さから来ることで、品質は最高だけれども売れない物を作るという傾向があります。 

ユーザーが良いと感じる物でなく、自分の技術やこだわりを基準にした良い物を作ろうとし、実際に作り上げて満足するという「一人称」。
家電製品などはその典型だと思います。
それから、最近の食品や食材の味や品質も、そんなに美味くなくても十分だと思えるものも数ある気がします。
例えば米・・・。
勿論、美味しい方が嬉しいけれども、生きるために食べる主食が、こんなに美味くなくても良いと思うのは、私だけでありましょうか・・・?
そのために、とてつもなく無駄遣いやコストをかけていることはないのかと、ついつい思ってしまうのです。
写真は、とある工事現場への入口になっている交差点です。
「工事中につき車両通行止め」という表示が出されています。
ところが、その看板の脇に、同じ表示の札を持ったオジサンが、ずぅぅぅぅっと立っているのです。
この人、本当に必要なのでしょうか?
確かに、看板と人と二重の対策になっているのですから、トラブル発生の可能性は少なくなるのかもしれません。
でも、ここは官庁・オフィス街で、治安も悪くないし、そんなに混雑する場所でもありません。
看板や柵などの大きさや設置の仕方で、十分に目的は果たせると思うのですが・・・。
左の写真は、このオジサンが、偶然進入しようとしていたトラックを止めようと手を挙げたところですが、トラックは、オジサンに気づく前に、自分で停止しました。
本当に必要なのかなぁ・・・。
でも、オジサンには、ご精励ご苦労様です。

2012年8月28日 (火)

テレビ「Mr.ブラウン」

テレビが地上デジタル放送に移行したのは昨年でしたが、我が家ではケーブルテレビ契約をしていましたので、居間のメインの受像機(テレビ)は、地デジ化時も買い換えることなく、そのまま使い続けていたという"アナログ一家"なんです。
    Fw:電子メールで送信: KW-32HDF9.jp<br />
 g 
「ソニートリニトロン」という"ブラウン管"テレビです。
黒くてもブラウン管なんて、洒落にもなりません。
でも、一世を風靡した「1ガン3ビーム」というやつですよ。
ブラウン管テレビで初めて、画面が平面の長方形になったというやつでした。
そしてこの【トリニトロンカラーテレビWEGA(ベガ)シリーズ】は、我が家のリビングに、何と14年間も鎮座しています。 
ここに引っ越してきた時に買ったものです。
確か、定価は30万円ぐらいしていた記憶があります。
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press_Archive/199705/97T-042/
子どもたちは小学生でした。
立派な「3D」姿をご覧あれ。 
しかし、さすがに寄る年波には勝てず、そろそろ"ご臨終"が近そうになって来ました。
当時は最新型だったのですが、次代の流れには・・。
これで、自分の落語のDVDも大きな画面で見られます。
bbbb
それにつけても、テレビは安くなったようです。
画面が大きくサイズアップして、ブルーレイレコーダーを合わせても、このブラウン管テレビの半額です。
技術革新というのか、デフレというのか・・・。
その影響で、日本が誇るメーカーの業績が悪化している様子。
あまりにも良いものを作りすぎるのが、日本の職人芸でもありますが、赤字で会社の存続が危うくなっては、元も子もありません。
いずれにしても、さようなら、「Mr.ブラウン」・・・。

人形劇「牡丹燈籠」

劇作家・評論家の松本尚久さんが、ツイッターで、私も以前紀伊國屋書店でポスターを見て知っていた、人形劇団プークの記念公演「怪談牡丹燈籠」を絶賛していました。
Fw:jjいやー面白かった。
圓朝師匠もお露も新三郎も伴蔵もおみねもみんな素晴らしかった!
因みにお露を演じてるのは大学時代の同期でした!

私も興味は持っていたものの、結局、行くことが出来ませんでしたが、見てみたかった・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=lsxBpa7BpE8
ある方の、こんなコメントも見つけました。
人形劇団プーク「牡丹灯籠」(紀伊国屋ホール)…  人形劇とはいえ、大人向けの作品。
人形を操るのはもちろん人間ですが、セリフを言いながらの人形操作。演じている方と一体となっていて、人形であることを忘れそう。
素晴らしい舞台でした!しかし、人間の情念とは、怖いです…。

こんなコメントも・・・。

プークの牡丹灯籠は 人形劇のために作られた作品と思ってしまった。それほど 装置 人形 音響がしっくり。
ギターなとの調べもモダン。
男女の絡みや殺しの場面はサラリと演出。
たくさんの舞台転換も観客を楽しく裏切る新しさ。
でも人の業や欲の世界は壊してない。満足(^O^)!

寄席の作法?

「寄席へ行ってみよう!」なんていう記事・・・。
    Fw:..  
http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2012/08/post_2154.html
数年前に「落語ブーム」というのがありました。
その後、かなり沈静化はしましたが、そこここでこじんまりと続いているようでもあります。
それでも、「落語」というのを、どこでどのように聴くのかを知らない、とても敷居が高いというのは、未だによく聞きます。
「古典落語」なんていう名前が、何か能や文楽や義太夫と同じようにイメージされて、不必要に大衆を遠ざけているようです。
また、ホール落語は、一般の演劇やお笑いと同じ場所で開催されていますから、比較的拒否反応は少ないと思いますが、寄席は、何となく近づきがたい雰囲気があるかもしれません。
そう、実は私でも、入るのにやや「勇気」が要ります。
独特の雰囲気がありますからね。
「落語の作法」なんていうと、かえって構えられてしまいます。
要は、演劇や音楽会や映画などの一般的なエンターテインメントに対するのと同様のマナーとスタンスがあれば十分なのです。
大声を出したり、スタンディングオベーションはまずいですが・・。
寄席は、飲食しながら楽しめるので、一日中ずっと楽しめます。
    Fw:..
最近は、本屋さんで大きな声で喋ったり、携帯で話したりして、TPOの分からない、お行儀を教えられていない、自己中の傍若無人な人が多いですが、やはりこういう人には来て欲しくありませんね。
自然体で笑うのは良いのですが、極端なバカ笑いや的外れな笑い、貧乏ゆすりやお喋り、帽子を被ったままなどは、当然のマナーとして意識して欲しいものです。
そういう普通のことが分かる常識人に、「粋」を味わって欲しい。
・・・東京落語会の、あのバカ笑い・貧乏ゆすりデブ二人を思い出しました。あの野郎ども・・・。
本人たちには自覚症状がないであろうのが悔しい。

2012年8月27日 (月)

人類の第一歩

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」の明言で有名な、人類で初めて月面に降り立った米宇宙飛行士のニール・アームストロングさんが亡くなったそうです。
享年82歳。
Fw:電子メールで送信: 6.jpg
1969年に、米航空宇宙局(NASA)の宇宙船アポロ11号の船長として月に着陸し、月面に降り立った人です。
私は小学生でしたが、眠い目をこすりながら、不鮮明な月からの映像に見入ったものでした。
師匠が小噺を大きくした「雷月日」というのがありますが、これを聴く時には、このアポロのことを思い出します。
「月日の発つ(経つ)のは早いものだ」という・・・。

オール電化住宅

酷暑に加えて、さらにエコを強いられている中で、何が肩身が狭いって、一時は飛ぶ鳥を落とす?勢いの「オール電化住宅」です。
関西電力が管内の一般家庭、企業など全契約者を対象に要請していた夏の節電期間が終了するそうですが、心配されていた停電などには至らず、需給ギャップは何とか乗り切れそうな状況です。
一方で東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、ずっと辛抱を強いられているのが「オール電化事業」でしょう。
関電のオール電化事業PR施設「はぴeライフスクエア」は臨時休館しているそうです。
そりゃそうでしょう。
ユーザーに節電を強いる状況下では、PR活動は出来ません。
家の中で何をするにも電気を使う住宅ですから、節電・節電・・・の今は、皮肉にも継子扱いされて・・・。
尤も、オール電化でなくても、今や電気がなければ、照明や料理、冷暖房だけでなく、トイレにも行けないし、電話も使えない・・・。
高層タワーマンションにお住まいの、セレブなご老人などは、停電になると大変でしょう。
何でも、全て100%にするというのは「リスク」ですね。
Fw:電子メールで送信: all_1.jpg
「オール電化住宅」は、家庭内で用いるすべてのエネルギー、とくに調理・給湯・暖房を電気でまかなう住宅。
火を用いないため安全でクリーン、深夜電力を用いるため費用が安い、ヒートポンプを利用することでエネルギー効率も高いとして、電力会社は販売攻勢をかけ、新築住宅に占めるオール電化住宅の割合は急増しつつある。
しかし、発電時に6割の熱を廃棄する高品位の電力で暖房など低品位の需要を賄う問題に加えて、原子力発電が中心の深夜電力の利用が前提であること、電力消費量の増大によるエネルギー浪費につながるとの批判もある。
それにしても、自分が作る商品を思い切って売れないなんて、これまた変な話です。
とにかく、何を勘違いしているのか、甚だしく謙虚さに欠ける業界のようで、どうしてこんな「ムラ」が存在するのでしょうか。
「帯久」のような、「唐茄子屋政談」の因業大家のような。
しかし、江戸時代の長屋はエコ住宅でした。
http://www.viva-edo.com/nagaya.html

ファストフィッシュ

また魚の話題です。
急速に進む日本人の魚離れを食い止めるため、イトーヨーカドーは、水産庁が選定する手軽で食べやすい魚商品「ファストフィッシュ」の販売を全国160店で開始した。
イオンも、骨を取り除いた「骨取りさんま」などファストフィッシュ商品を全国で販売する。
イトーヨーカドーの店頭に並んだのは、サケの切り身やむきえび、ホタテなど6品目(価格は298~398円)。
バジルオイルやレモンペッパーなどで既に味付けされており、フライパンなどに移し替える必要もなく、電子レンジで約1分半チンするだけで食べられる。
Fw:ll
岩手県久慈市漁協からサンマを使った新商品「骨取りさんま」。
パッケージには三陸鉄道のキャラクター、「田野畑ユウ」のイラストを載せて、三陸の復興と魚の消費拡大をPRしている。

三陸沖などで取れたサンマをさばいて骨を取り除き、一関市藤沢町産のニンニクなどで味を付けた。
味はスパイシー、バジル、シソの3種類があり、パックから出してフライパンで焼くだけですぐに食べられる。
・・魚離れを防ぐ方策なのでしょう。
確かに、魚には臭いや骨があり、魚の眼が苦手な人もいるそうです。
でも、魚の健康への効用は大きいようです。
若い頃は、肉・肉・肉・肉・・・でしたが、最近では、肉・魚・魚・肉・・・ぐらいになって来ました。
ただし、「食育」という観点からは、やや不安があります。
Fw:電子メールで送信: 3719022.jpgFw:hh
魚の食べ方で、その人が育った家庭の食のレベルが推し量れるものでもありますから。
秋刀魚は、骨なしの切り身で北太平洋を回遊している。
「蒲鉾」という"網採り魚"は、自分では泳げないもんだから、板につかまってぷかぷか泳いでいる・・・?
「権助魚」の権助のような子どもばかりになっては困ります。
「ファストフィッシュ」というのは、水産庁が名付けている「ブランド」?
私はてっきり、ファーストキッチンのフィッシュバーガーの略称だと思いました。

師匠のコメント「ねずみ」

師匠のプログでの先週の稽古会のコメント。
 流三(りゅうざ)[鼠]
   故三木助(3)形なので、どうしても鼠屋の主の一人称が
   あきてしまう。
   これをクリアーするにはどうするか。これからの課題かな。

これをクリアするには、そうです・・・、これをクリアするには、話芸のレベルを上げること・・・。
長い独り語りに耐えられる話術・話芸が必要・・・。
でも、師匠が仰るのは、そういうことではないはず。
確かに、三木助師匠は、この部分のご自身の台詞や演出に酔いながらやっていた。
それを、その後の人たちもそのままそっくり真似ている。
しかし、この台詞や演出三木助師匠だから耐えられるが、ただそのまま真似ただけでは、冗長になって、飽きられてしまう。
そう言えば、学士会落語会の代表委員の山本進先生も、三木助型からの脱却を、プロの噺家さんに求めている。
師匠の思いもそこにあるはず。
どうしたら良い・・・? どうすれば良いか・・・。
一部分を、話を聞いている甚五郎に語らせて、二人の対話・対談の形を考えてみようか・・・。
でも、演者にとっては確かにあの独り語りは快感だ・・。
あの演出も、実は捨て難い気もないではない。
それに、仙台のお客さまも、その「ねずみ」を待っていてくださるような気もする。(思い上がりだと言われるかもしれないが・・・。)

アンパンマン

先日、ドライブの徒然を癒してくれた、誰でも知ってる子どものアイドル「アンパンマン」。

アンパンマンといえば、「やなせたかし」先生です。
そして、やなせたかし先生といえば、私は「立川談志」師匠を思い出すのです。
小学生の頃、NHKでやっていた「まんが学校」つながりです。
以前にもお話ししましたが、私が「立川談志」師匠を初めて知ったのは、落語家としての談志師匠ではありませんでした。
この「まんが学校」という番組でした。
Photo昭和38年から41年にかけてなのだそうですが、毎週月曜日の夕方、NHK総合テレビで「ひょっこりひょうたん島」の後の6 時から、「まんが学校」という番組が放送されていました。
司会が、まだ“アンパンマン”を生み出す前(であろう)「やなせたかし」さんで、アシスタント(司会)が、当時落語界で若手の成長株といわれていた(そうです)「立川談志」師匠でした。
当時はマンガ(漫画)に対する世の中の認識も素朴な時代で、一般の小学生が出場する絵を使ったクイズ番組といった内容だった気がします。
小学校低学年だった私は、毎週楽しみにしていました。Photo_2
一番印象に残っているのは、「来年の干支は午」だということで、やなせさんが、「馬」の絵の描き方を教えてくれました。
「来年が午年」ということは、昭和40年の今頃放映されたのでしょう。
まだ描き方を覚えています。
そうか、「丙午(ひのえうま)」の年の頃です。
やなせたかし先生は、確か90歳を超えているはずですが、ご健在でご活躍だそうです。

2012年8月26日 (日)

あー夏休み

夏休みも終わります。とりとめのない休みでした。
http://www.youtube.com/watch?v=tukbo9R_hq0&feature=related
「TUBE」に「あー夏休み」という歌があります。
最近はほとんど行かなくなりましたが、以前はカラオケに行くと、必ず「TUBE」を歌っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=hpJGqbo26dg&feature=related
勿論、演歌も。 
明日からは仕事です。








天下たい平落語はやおき亭

今週も、歌舞伎の中村福助さんがゲストです。
福助さんのリクエストは志ん生師匠でした。
  ◇ 芝浜        五代目古今亭志ん生
放送時間の関係で、前半のストーリーを福助さんが語り、財布を拾って酒を飲んだ後で、女房に起こされるところから志ん生師匠の音源。
志ん生師匠は、講釈師だったこともありますから、素噺のところは、かなり力を入れた語り口になります。
Fw:..
この真夏に、酷暑の日に聴く、志ん生の芝浜・・・。
何かこう・・・、着物を着たまんま風呂に飛び込んだみたいで。

目黒の秋刀魚も高価?

日本も亜熱帯気候になり、自然資源も変化しているようです。
鰻が不漁で高騰したのは、土用丑の日の頃でしたが、今度は秋の味覚に異変が起きているそうです。
Fw:電子メールで送信: image.jpg
秋の味覚の代表がサンマですが、どうやら高くなりそうです。
仕入れ値は昨年と比べて2倍くらいになっているようで、先日のNHKのニュースでも、目黒でサンマ料理をウリにする店が出ていました。
去年は1尾150円前後だった仕入れ値が今年は倍の300円。
シーズンを迎えたサンマ漁は、各地で不漁が続いているそうです。
全国で水揚げされたサンマは、去年の同じ時期の7割以下にとどまる状態なのだとか。
北太平洋を広く回遊しているサンマは、秋になると産卵のため寒流にのって日本の沿岸沿いを南下していくのですが、今年は、その到着が遅れているというのです。
水温やエサの分布の影響という見方が強いようですが、原因は特定されていないとか。
魚の群の到着とともに少しずつ落ち着く見通しとはいえ、サンマの資源量自体が去年から35%も落ち込むという予想もあり、この秋は贅沢な味になるかも。
Fw:電子メールで送信: 3719022.jpg
三太夫、秋刀魚めらはいかがいたした?なにぃっ?北太平洋を泳いでおるとな?それはいかん。秋刀魚は目黒川に上るものに限る!」
田中三太夫さんも、さぞやお悩みでしょう・・・。
ところで、今年の「目黒のさんま祭り」はどうなることでしょう・・?

落語DEデート

夏休みも今日が最終日。
今日も今日とて早起きして。
  ◇ 小言念仏   三代目三遊亭金馬
金馬師匠は博識です。
マクラもほどほどあって、小言念仏が12~13分。
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)・・・・」の念仏のリズムは、小三治師匠に比べるととにかく早い・・・。
落語っ子連にいた「商人」さんが、汗だくで一生懸命やっていたのを思い出します。
フィアンセに聴かせるんだと、頑張っていました。
残念ながら、仕事の都合もあって落語っ子はやめてしまいましたが、二人は結ばれたのでしょうか?

高座扇

仙台の駄馬師匠から、高座扇の入手方法について照会。
浅草など下町に行けば、数々店があると思います。
私は、いつも仲見世の「文扇堂」で購入しています。
http://www.asakusa.gr.jp/shop/bunsendo.html
先日知った、日本橋の「伊場仙」という老舗もあります。
http://www.ibasen.com/index.html
インターネット経由でも入手出来ると思います。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/kameya/ns-3515.html

修復は・・・?

複数の隣国C国とK国との間で、それぞれ国家レベルでの領土問題が顕在化しているようです。
冷静に・毅然とをキーワードに対処して行くんだそうです。
今まで、敢えて避けて通って来たと思われる問題です。
良し悪しは別として、いずれは直面するものだった気もしますから、正面から受け止めて対応するべきなのでしょう。
物事は、見る角度によって景色が全く異なるものです。
こういう時こそ、それを理解して接する、「オレが、俺が」の「一人称」ではなく、バードビューが必要だと思います。
それにつけても、かつてのオリンピックでの柔道のS選手の試合の判定を思い出します。
世の中というのはそういうものです。
Fw:mmシドニー五輪100kg超級決勝で、フランスの選手と対戦した際に、相手が内股を仕掛けてきたのに対してSは内股すかしで返した。
これに対して、主審と副審の一人は相手の技を有効とした。
もう一方の副審はSの技を一本と宣告した。
日本のY選手団監督は、審判委員から審判団の再協議を申し出られたにもかかわらず、フランス語の分からないYはそれに気づかず試合の継続を許してしまった。
結局、試合時間が過ぎて相手の優勢勝ちとなった。

この後から、ビデオによる判定も導入されたようです。
尤も、今回のロンドンオリンピックでは、ビデオがかえって判定をややこしくしていましたが・・・。
スポーツはビデオ判定出来ますが、外交にはビデオのような客観的な眼がありませんから、国の品位などによるしかないのでしょう?

2012年8月25日 (土)

深川丼

さん喬師匠の落語会の後、雲光院にほど近い「深川丼」の店に入りました。

今日は、知人の「Ⅰ」さんと一緒でしたから、ビールなどを飲みながら、「深川丼」に舌鼓です。
「深川丼」といっても、店によって、色々個性があるようです。
そもそも、「深川丼」というのは、ご飯の上に、アサリやハマグリとネギなどの野菜などを煮込んだ味噌汁をかけた丼です。
深川と門前仲町付近には、「深川丼」と看板を出した店が各所にあるという訳です。
隅田川の河口では、アサリがよく取れたため、江戸時代末期に江戸深川の漁師が食べたのが由来だそうで、漁獲が豊富で単価が安く、調理が簡単なため素早く出来、さらに素早くかき込むことができることが好まれたそうです。
煮込んだものではなく炊き込んだ物もあり、名称も「深川めし」と呼ばれたりしているようです。
アサリがたくさん入っていて美味しい・・・。

龍徳山雲光院

さん喬師匠の落語会の会場「雲光院」は、徳川家康公の側室「阿茶局」の菩提寺として、慶長十六年(1611年)阿茶局自らの発願により、増上寺の高僧であった潮呑上人を開山上人(初代住職)として仰ぎ開創されたという名刹です。
阿茶局の法號「雲光院」がそのまま寺の名称になりました。
もとは、中央区馬喰町付近だったそうですが、ご多分にもれず、例の明暦三年(1657年)の大火に被災し、神田岩井町に替地となり、天和二年(1682年)現在の深川に再び替地となったとのこと。
http://www.unkouin.or.jp/index.html
このあたりは寺町で、数多くの寺院が、文字通り軒を連ねています。
近くには、松平定信の墓所「霊巌寺」もあります。

谷中の「全生庵」もそうですが、お寺で落語というのは、本当にいいものだと思います。
Fw:..
確か、今日はほとんど同じ時間に、「林家正雀」師匠も、どちらかのお寺で「乳房榎」の珍しい十二滝の場面を演っておられるはずです。

雲光院でさん喬師匠を聴く会

日本文化研究会の「雲光院で柳家さん喬師匠を聴く会」。
清澄白河の龍徳山雲光院での会も何回になるでしょうか。

今日は何と最前列の真ん中の席で、真っ正面から聴くことに。

法然上人の肖像の掛軸が借景になって、ちょうど並んでいる感じになります。
 ◆ 熊の皮         柳家さん弥
 ◆ へっつい幽霊     柳家さん喬
 ◆ 黄金の大黒      柳家さん弥
 ◆ 唐茄子屋政談     柳家さん喬

酷暑の続く昼下がりに、涼しいお寺の本堂で聴く人情噺。
もしかすると、とても贅沢な遊びなのかもしれません。
「唐茄子屋政談」は期待通りの熱演でした。
さん喬師匠は、CDにも収録されていますから、何度も聴いてはいるのですが、なんと言っても、正面最前列で聴く長講です。
若旦那が、一日のうちに様々な人生経験を積み、人の心や情けを身体で覚えて行くプロセスを、さん喬師匠が丁寧に語りかける・・・。
今日の私は、天秤棒に振り回されて転んだ若旦那の事情を聞いて、唐茄子を近所の人たちに売ってあげる人に、何故かとても心を動かされました。
この人は、人の道の機微を知っていているんだと・・・。
おいおい、ここで涙を流していたら、後の場面まで持たないぞと思いながら、私自身も、人の心や情けを同時に学んでいるんだなぁと思いました。
若旦那の「唐茄子屋、唐茄ぁ子・・・」の売り声の、悲しく・寂しく・苦しい、でも何か心強い・清々しい・・。
生まれて初めて稼いだ金を施す時の若旦那の心持ちは、表面的な憐れみではなく、心からの慈しみになっている。
こうして、彼は一日で大人になったのです。

昼下がりの公園

昼下がりの公園
酷暑のためか、いつもは元気な子供たちの声が聞こえる自宅近くの公園ですが、さすがに今日は一人も遊んでいません。
滑り台に座ったら……、こんがりと尻餅が焼けるでしょう。

蝦蟇の油

「寿限無」と「時そば」と「蝦蟇の油」というのは、あまりにも有名な噺なので、私はどうも敬遠していました。
ところが、最近は、「揺れるとき」に「寿限無」が挿入されていましたし、「鬼子母神藪中の蕎麦」で蕎麦をたぐる仕草を演ったりで、徐々に違和感がなくなりつつあります。
「時そば」にもチャレンジしてみようかと思うかもしれません。
さぁ、「蝦蟇の油」です。
「寿限無」は名前の繰り返しが嫌い、「時そば」は蕎麦をたぐる仕草が出来ない、そして「蝦蟇の油」は、口上を覚えるのが面倒臭いから演らないのかもしれません。

蝦蟇の膏売りが口上を述べ始めた。
「さあさあ、お立ち合い、ご用とお急ぎのない方は、ゆっくりと見ておいで。遠目山越し笠のうち、ものの文色(あいろ)と理方(りかた)がわからぬ。
山寺の鐘は、鏗鏗(こうこう)と鳴るとはいえ、童児来たって鐘に撞木(しゅもく)を当てざれば、鐘が鳴るやら撞木が鳴るやら、とんとその音色がわからぬが道理。
・・・だがしかし、お立ち合い、投げ銭やほうり銭はお断わりだ。
手前、大道に未熟な渡世をいたすといえど、投げ銭、ほうリ銭はもらわない。しからば、なにを稼業にいたすかといえば、手前持ちいだしたるは、これにある蟇蝉噪(ひきせんそう)四六の蝦蟇の膏だ。
・・・四六、五六はどこでわかる。前足の指が四本、後足の指が六本、これを名づけて四六のガマ。
Fw:xx
このガマの棲める所は、これよりはる~か北にあたる、筑波山の麓にて、おんばこという露草を食らう。
・・・このガマの脂をとるには、四方に鏡を立て、下に金網を敷いて、その中にガマを追い込む。
ガマは、おのれの姿が鏡にうつるのを見て驚き、たら~り、だらりと脂汗を流す。
これを下の金網にてすきとり、柳の小枝をもって、三七二十一日の間、とろ~リ、とろりと煮つめたるがこの蝦蟇の膏だ、腫れ物、切り傷一切に効く。
普段は1貝で100文だが、今日はお披露目であるから二つで100文だ、お立ち合い。・・・その他に刀の切れ味を止める。
ここに取り出したる刀は先が切れて元が切れないと言うものではない。一枚の紙が2枚、2枚が4枚、8枚、16枚、32枚、春は3月落花の舞い。(ふぅ~っと吹くと)雪降りの形。
蝦蟇の膏を刀に付けると白紙も切れず、この腕も切れない。刀の膏を拭き取ると触っただけで、この様に切れる。
切れても心配いらぬ。傷口に蝦蟇の膏を付ければピタリと血は止まり痛みも取れて治る。」
という言い方で、売っていた。

口上が良かったのでよく売れて、居酒屋で一杯引っかけて気分良く先ほどの所を通りかかった。まだ人通りも多く、陽も高いので、もう一度店を開いた。
酔ってする仕事にイイものはない。

客は大勢集まったが、ろれつが回らない。
四六のガマでなく8本だという。
Fw:xx
「それではタコだ」と客に突っ込まれる始末。
このガマの棲むところは東の高尾山だという。客に筑波山ではないかと指摘されると、
「良いんだよ。こんなもの何処にだって居るんだ」。
「2貝で100文だが今日はお披露目であるから1貝で100文だ」、「それは高いよ」。
「この刀は切れるぞ。
白紙が2枚に切れた。2枚が3枚だ。
ん、違う?良いのだ。
沢山になって、落花の舞いだ。
これだけ切れる業物でもこれを付けると、白紙一枚がなかなか切れない。試しに腕を叩いてみても、ほら、切れない。
引いてもキレ・・、 キレた。
しかし、心配は要らぬ、蝦蟇の膏を付ければピタリと血が止まって治る。(まだ止まらないと口ごもっている)ひと付けで止まらない時は二付け付ける。(まだ止まらないな、切りすぎたかな)この様な時はメチャメチャ付ける。
薬の重みで止める。とほほ止まらない」。
「どうしたぃ」、
「なんとお立ち合いに、血止めはないか」。

ところで、繰り返しますが、筑波山と言えば、「筑波山麓男声合唱団
」という歌が好きでした。
http://www.youtube.com/watch?v=CxhYoIzkoQY

修復不能・・・?

本当に洒落にならないと言うか、ブラックユーモアというか・・。
Fw:b
オリジナル        「修復」前       「修復」後
スペインの老婦人が教会の柱に描かれていた約100年前のイエス・キリストの絵画を善意で「修復」したところ、全く異なる絵になってしまったという・・・。
「抜け雀」のように、後で筆を入れた人の方が上手なら、物事は上手く収まるのですが。
こりゃぁ酷い・・・。よくもまぁ・・・。 ┐(´д`)┌
任せる方も任せる方で・・、笑っちゃぁいけませんか?゚゚(´O`)°゚
それにしても、これだけ原型をとどめない修復をしたオバアチャンは、実はとてつもない名人なのかもしれませんよ。
歯痛で頬が腫れた、機関車トーマスみたいです。

新種のフクロウ

「鬼子母神 藪中の蕎麦」で、みみずく(フクロウ)に親しみを感じるようになりました。
http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1345769582
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012082400086
フィリピンで研究者や野鳥愛好家が協力し、新種のフクロウを相次ぎ発見している。

2012年8月24日 (金)

今日は七夕?

今日は、旧暦の7月7日。
ということは、「七夕」ということですね。
それじゃもう一度七夕を思い出して・・・。

休暇・・・・

休暇前、本当に久しぶりに本屋でドライブガイドを買ったりして。
しかし、現実の暑さに負け、結局何の役にも立てられず・・。

それでも、部屋にいても、グリーンカーテンなどという洒落たこともしないので、暑いの暑くないの・・・、暑いんです。
午後の陽射しから逃げるように、また仕方なく愛車に。
避暑ではなくて逃暑ですね。
「東京外かく環状自動車道(いわゆる外環道)」と同じルートで走っているのが、国道298号線です。
上を高架の外環道が通っていて、道路が日影になっているのです。
これは涼しいという訳で、矢切から和光・川口方面へ。

「道の駅あんぎょう」なんて知りませんでした。
川口緑化センターと、園芸業界の団体と同居している感じ。
確かに、このあたりは、園芸が盛んでした。
「安行原の蛇造り」というお祭りもあるそうです。
これは、江戸時代中期ごろから伝えられている民俗行事です。
戦国時代の武将原弾正が討ち死にしたといわれている場所で、五穀豊穣・天下泰平・無病息災などを祈願して、藁で長さ10メートルぐらいの蛇をつくります。
顎・耳・鼻・ヒゲ・胴などを編み合体して、欅の大木(現在は櫓)に設置し、最後に百万遍を行います。


これは、その藁で作られた蛇。
「安行桜」なんていうのも有名ですよ。
沖田雄司氏の研究改良によるもので、別名を沖田桜と呼んでいる。
一般の桜開花期よりも早く咲き出し、赤みを帯びた花色は艶やかでその華麗さは人々を堪能させて余りある。
JR川口駅前、埼玉高速鉄道線の川口元郷駅前にも安行桜が植えられているそうです。

川口は、昔は鋳物工場がたくさんあったそヴてす。
後方に見えるのは川口新郷駅近くの高層マンションで、昔、仕事でちょっと縁のあったものです。
ここは、ピストンリングなどの金属製品を作っているメーカーの大きな工場がありました。
再開発の直前、カメラを持って工場跡の様子を撮影したものでした。
もう20年近く前のことです。
実は、今日は日本で一番暑い街・熊谷に行って、本物の酷暑を体験しようかと思って出かけました。
・・・ところが、それはとてもくだらない、意味のないことだと思い直し、外環道の下を半周してみました。

外は暑くても、車の中は快適です。
一人だけの空間で、心が癒えて来る気がします。
テレビで「アンパンマン」をやっていて、さらに癒されました。
こんなに、とても空しいけれども、楽しくて気ままな孤独なオジサンの休暇というのがあっても良いでしょう。

全生庵の幽霊画展

谷中・三崎坂の「全生庵」の本堂で、毎年恒例となっている「三遊亭圓朝コレクション 幽霊画展」が開催されているそうです。
Fw:mm
三遊亭圓朝がコレクションした幽霊画50点の中から38点を展示。
円山応挙、伊藤晴雨らによる幽霊画。
三遊亭圓朝は怪談「百物語」の背景として飾ることをきっかけに幽霊画のコレクションを始めた。
物語にちなんだものや怪談話のネタになるものなどが多く、毎年50点の中から40点程度が展示されているそうです。
客層は7割近くが女性客。
男性客よりもじっくりと熱心に鑑賞しているそうです。
ここにも、女性力が及んでいる?
電力需要の関係で、あちこちで節電が叫ばれている中、近場で涼めるスポットとして人気が出て来ているそうです。
開館は10時~17時。拝観志願金は500円。8月31日まで。
私はまだ行ったことがありません。

富士山噴火

考えたくもない富士山噴火の話。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120822-00000000-mai-soci
地震やマグマの突き上げなどで、富士山の山体崩壊が起きると、周辺の最大約40万人が被災するという試算があるそうです。
仮に北東側への崩壊で約38万人、南西側で約15万人が被災するという・・・、とんでもなく恐ろしい予測
Fw:電子メールで送信: 035.jpg
本当に考えたくもありませんが、大自然のこととて、可能性はゼロではないかもしれない。
いやむしろ、可能性はそこそこあるような感じ・・・。
Fw:bbFw:bb
[富士からの富士山]          [南部からの富士山]
Fw:bbFw:bb
[富士吉田からの富士山]       [忍野からの富士山]
Fw:bbFw:bb
[大月からの富士山]           [朝霧からの富士山]
Fw:bbFw:bb
[御殿場からの富士山]          [増穂からの富士山]

[新幹線からの富士山]       [東名高速からの富士山]
霊峰富嶽には、永遠にこの秀麗な姿を残していて欲しい。

おさき(崎)さん

落語に登場する多くの女性を対象に「総選挙」が行なわれたら、トップ得票になるのは、間違いなくこの「おさき(崎)さん」でしょう。Fw:電子メールで送信: kamiyui.jpg
もう、「AKB48」の何とかちゃんも真っ青の人気者です。
「おさきさん」というのは、「厩火事」に登場する髪結いさんです。
亭主は7歳年下のいわゆる「髪結いの亭主」。
これはもう、働きもせず昼間から刺身で酒を飲むような男なのですが、お崎さんはぞっこんなんです。
亭主に貢いでいるのを誇りに思っているのです。
そして、姉さん女房ということもあって、とても世話焼きタイプの女性なんです。
夫婦喧嘩をする時もありますが、亭主に対して心配なことは、年上の自分を捨てて若い女性に走ってしまわないかということ。
最愛の亭主を失うことを心配しながらも、テキパキとした世話好きの、働きのある可愛い女性。
怠惰な男にとっては理想的な女性です。
当たり前ですよ。
だって、落語は、男が男の都合の良いように作ったものですから。
私も、初めて落語に触れた大学生の時、理想の女性は「おさきさん」だと思いました。
が、現実は「お先に失礼」されたようです。
現実というのは厳しいものです。

Fw:電子メールで送信: no39_image02<br />
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髪結いの亭主を良いことに毎日遊んで暮らしている亭主と毎度の夫婦喧嘩になり、おさきが兄貴分に愚痴を並べる。
そんなに嫌なら別れちまいなと言われても、惚れている弱みで簡単には割り切れない。
私を大切に思っているのかしら。
そこで兄貴分がこんな話をする。
唐土の学者、孔子が外出中に厩が火事になり大切にしていた白馬を失ったが、家中の者に怪我はないかと気遣い、馬のことは一言も触れなかった。
一方麹町のさる旦那は、青磁の皿を抱えたまま階段を滑り落ちた妻に対して皿は損じなかったかと聞き、妻の体を案じなかったので離縁された。
本当の了見はいざと言う時に表われるものだ。
亭主が大事にしている物を壊してみろとけしかける。
早速、亭主が大事にしている骨董の皿を、見ている前でわざと転んで割ってしまった。
「おい、大丈夫か、怪我はないか」
「うれしい、それ程私の身体が大事なの?」
「お前がいなかったら遊んで酒が飲めねぇ」

2012年8月23日 (木)

処暑でも故郷は猛暑?

暦の上では「処暑」だというのに、今日も故郷"も"猛暑でしょう。



暑い・・・。

霞ヶ浦の風

ちょうど一番暑い時間帯。
愛車は、筑波山を下りて、土浦を横切って霞ヶ浦方面へ。
歩崎というところに着きました。


近くに水族館があるようです。
その前の公園の木陰に座っていると、とても気持ちの良い涼しい風が吹いて来ます。
恐らく、ここでも気温は32℃ぐらいにはなっているのでしょうが、湖を渡って来る風は爽快です。
座っている場所の木々からは、賑やかな蝉の声。
ちょっと見ると、木々の幹に止まっている蝉が見えます。


突然、何の脈絡もなく、「ねずみ」と「藪中の蕎麦」を少し語ってみたりして・・・。気味の悪いオヤジです。
今の時間、会社の人たちや、社会人になった子どもたち二人も、汗をかきながら働いているのでしょう・・・。
何となく疎外感も感じながら、涼しい風に身体を預けます。
霞ヶ浦大橋を渡り、茨城空港のある小美玉を通り、霞ヶ浦越しに遠く左前方に筑波山を望みながら石岡に出て、常磐道を戻りました。

筑波山麓徘徊

上野駅に行ったからと、何か出来る訳でもなく、糸の切れた孤独なオジサンは迷った挙句、一旦自宅へ戻ることに・・・。
実を言うと、奥久慈の「袋田の滝」にでも行こうかと思いましたが、一人ドライブには少し遠すぎる気がして。
帰りの水戸街道も渋滞・・・。
貴重な休日に一体何をしているんだろう、と自問自答・・。
「筑波山あたりに行こうか」なんて思った訳でもなく、流山街道を走っていて、そのまま野田から関宿で利根川を渡ると、古河方面か下妻方面か・・・。
平らな関東平野に、大して高い訳でもないのに、とても目立つ山。
「蝦蟇の油」のご当地だからと、無理やり落語にこじつけて。



山の中腹から俯瞰する関東平野の景色。
平和の素晴らしさを痛感します。
世界には内戦の取材で銃殺された女性記者もいるのです。



ところで、「筑波山麓男声合唱団」という歌が好きです。
http://www.youtube.com/watch?v=CxhYoIzkoQY
・・・さぁ、山を見たから、今度は海か湖が見たい・・・。

スカイツリーの麓

いつもなら、夏休みと言っても、かなり涼しくなって来て、何となく白けるのですが、今年ばかりは未だに”盛夏”ですから、まだまだ「夏休み!」という感じです。
仙台七夕の時に半分取った夏休みの後半が今日と明日。
中途半端な時期なので、誰も相手をしてもらえません。
以前なら、寄席で昼から夜までぶっ通しで過ごしましたが、やはり暑過ぎて、どうもそこまでの気持ちにもなれません。

愛車を繰り出して、どこかにドライブをと思いますが、特に行きたいところがある訳でもなく・・・。
それでも、朝8時過ぎに乗り出して、何故か東京方面へ。
今日は世の中は平日ですから、水戸街道も首都高速も朝の渋滞。
愛車のナビに言われるがままに走らせていると・・・、業平橋に辿り着きました。
東京スカイツリーの麓です。
京成橋から見上げるタワーの上方は、今日も暑くなりそうな空・・。

ここまで来たから・・・と、浅草通りを上野へ・・・。
いつもは歩く道ですが、趣きが違います。

Wさん

先日の落語っ子連の稽古会に見学に来たWさん。見学者
見学ではなく、素人落語グループを立ち上げたいと思っていて、その立上げまでの間、我々の稽古会に加わろうという猛者です。
それにしても、女性は強い。
子どもさんに読み聞かせをしているうちに、落語に辿り着いたということで、師匠が「落語の授業」で世田谷区の小学校を訪れたご縁なんだそうです。
師匠の本で我流で落語を覚え、人前でもやっている様子。
今回も、「平林」を堂々と?
まだ、落語の形にはなっていません(当たり前です)が、実に堂々としていました。
こうやって単身で乗り込んで来るなんて、気の弱い私には到底出来ません。
良い意味で、こういうあっけらかんとしたスタンスというのは、上達のポイントなのかもしれません。
という訳で、なんとも不思議な勉強をさせていただきました。

座禅

知人で、霞ヶ関ビルで司法書士事務所を構えているTさん。
http://www.theway.jp/zen/kouza_zazenkaiu.html
「最近、座禅を始めたよ」と・・・。
何でも、朝5時に起床して自宅を出、谷中の「全生庵」で毎朝開かれている「坐禅会」に参加してから、オフィスに通っているという・・・。
確か57~8歳だったはずです。
若い頃に座禅の経験があるそうで、落語好きで「圓朝まつり」に行った時に、全生庵で坐禅会をやっているのを知ったとのこと。
これもまた、落語のご縁なのかもしれません。
毎月28日午後6~8時に『正修禅会』、日曜日を除く毎朝5~7時に『早朝坐禅会』、毎日曜日午後6~8時には『日曜坐禅会』が行われています。
初めて坐禅をされる方は日曜坐禅会で夕方5時30分から、坐り方の説明があります。
初回、日曜坐禅会に参加した後は、いつでも
自由に早朝坐禅会・日曜坐禅会・正修禅会へ参加することができます。
生臭な私には、なかなか真似の出来ないことではありますが。

2012年8月22日 (水)

夏の甲子園

甲子園での夏の高校野球も、今日が準決勝。
山梨県代表のT高校は、惜しくも決勝進出は出来ませんでした。
古くは山静大会で静岡県、その後は南関東大会で埼玉県などという、野球強豪県の壁が破れずにいて、なかなか県代表が甲子園に行くことすら出来ませんでした。
その後、1県1校が出場出来るようになりましたが、自分が故郷を離れたこともあってか、この頃から、県内外から選手を集めた私立高校ばかりが出場するようになり、胸もときめかなくなりました。
一度だけ甲子園のアルプススタンドで応援をしたことがあります。
残念ながら母校ではなく、中学校の同級生が多く通っている、奇跡的に他県代表を破って出場した地元の弱小公立高校の応援でした。
夜中に貸切バスに分乗して行きました。
校歌も応援歌も知らない、隣で肩を組んでいる人も知らないままに、必死で応援したものでした。
明日の決勝は、春のセンバツと同じカードだそうです。
この両校の実力が証明された反面、東北地方某県代表のK学院は、関西弁が共通語だそうで。
鈴本演芸場の顔付けが全て上方の噺家さんだったら、聴きにはいかないでしょう・・。
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ところで、その時のアンダースローのエースが当時2年生だった深沢さんという方で、ノンプロを経て、阪神タイガースに入団して活躍されました。
深沢恵雄(ふかざわ よしお、1955年5月30日 - )さんは・・・、
山梨県南巨摩郡中富町(現身延町)出身の元プロ野球選手。
県立峡南高校2年生時の1972年、チームの主力投手として夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)に出場するも、初戦にて準優勝した柳井高校に0-3で敗退。
高校卒業後は、日本楽器(現:ヤマハ)の硬式野球部で活躍した。
1975年11月、ドラフト5位で阪神タイガースに指名され、翌1976年オフに入団。
阪神では不向きな救援での登板が多く伸び悩むが、1981年シーズン途中、福間納との交換トレードでロッテオリオンズに移籍。
ロッテでは先発に転向しその能力を発揮することとなる。
スライダー、カーブ、シュート、シンカーなどを武器に、仁科時成と共にアンダースローの二本柱として1980年代のチームを支えた。
 (実働12年 登板217試合 勝利51 敗戦53 セーブ2 SP5 
  完投43 完封6)

失念!

昨日が「三遊亭鳳樂独演会」なのを、すっかり忘れていました。
「牡丹燈籠~関口屋ゆすり」がネタ出しされていたのに・・・。
これも、夏ボケでしょう・・・。

文化横丁

思い出したような景色。
文化横丁
仙台に行って七夕祭の喧騒の中、一番町の脇をちょいと入ると、ここが文化横丁です。
あぁぁ、まだ健在でしたぁ。
七夕とは全く関係ない普段のままの雰囲気のコントラストが、何故か郷愁をそそりました。
先日の写真を整理していたら、これが出て来て思い出しました。

酷暑予報 (@@;)

天気予報によれば、今日の最高気温は、東京は34℃
酷暑予報(@@;)
熊谷では、何と38℃だそうです
辺り一面が真っ白になる霜が恋しい・・・

国際問題?

落語もグローバルになって来た?
時事通信によりますと・・・。
日中国交正常化40周年記念行事の一環として、中国天津市で24日に予定されていた林家三平さんの落語公演が中止になったことが21日、分かった。
天津日本人会によると、中国対外文化交流協会など主催者側から19日、両国関係に鑑み、安全面に考慮して中止したいと連絡があったという。
・・・そんなことあるかもしれませんね。
洒落のわからない、野暮な話です。
「尖閣(せっかく)三平さんが頑張ろうとしていたのに・・・」

2012年8月21日 (火)

笑福亭松喬師匠

上方の「笑福亭松喬」師匠に関してこんな記事を見つけました。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120821/bdy12082107500003-n1.htm
https://twitter.com/syokyou

見参楽(みさんが!)

フジサンケイグループのメディア各社は、落語への造詣が深い?
先日、突然お亡くなりになった塚越アナウンサーも落語通でした。
文化放送では落語番組が複数あり、「浜松町かもめ亭」や「人形町らくだ亭」なども主催、「落語の蔵」という配信コンテンツもあります。
フジテレビでは、無料動画コミュニティサイト「見参楽(みさんが!)」で、「特撰寄席はなしびと」の配信が今日からスタートするそう。
http://misanga.fujitv.co.jp/hanashi/
日本の伝統芸能である落語を中心に、ビギナーから通まで楽しめる様々な演芸を、インターネット上(PC、携帯、スマートフォン等)で提供する番組だそうです。
番組は一話一演目完結で、演目の最初から最後まで完全配信。
記念すべき第一話は、2012年6月30日に開催された「神楽坂落語まつり」での「古今亭菊之丞」さんの「酢豆腐」が配信されるとのこと。
第二話、第三話は、9月に真打昇進の「古今亭菊六」「古今亭朝太」のご両人。
第四話は先日真打昇進したばかりの「春風亭一之輔」さん。
・・てな訳で、よく分かりませんが、そうなんですって。

師匠からのアドバイス

筋肉痛になった、先日の稽古会の「ねずみ」。
師匠からいただいたコメントの数々。
①この噺の最大のネックは、宇兵衛の独り語りの部分が長いこと。
 これをいかにコンパクトにするかを工夫すること。
②子どもの自称
 宇之吉が「あたい」というのは、どうも12歳の男の子に合わない。
 「おいら」と言い換えたほうが良い。
③独り語りへの導入
 「私の愚痴話を聞いていただきます」では弱い。
 甚五郎に「どうしてか、訳を訊かせておくれ」と言わせたら良い。
④甚五郎の但書き
 たらいの脇に「このねずみ屋にお泊りを・・」と表示するというのは、
 騙しているようだから、「飛騨高山甚五郎作"福鼠"」と書いた高札
 の横に小さく書いてあるようにしよう。
さらに、落語っ子連のメンバーからも・・。
⑤宇兵衛への呼称
 甚五郎は、ねずみ屋の主の宇兵衛のことを、終始「おとっつぁん」と
 呼んでいるが、「オヤジさん」とかにした方が良いのでは。

・・・なるほど、よく分かりました。
もう一度、このあたりは練り込んでみようと思います。
ただ、「おとっつぁん」は、「おとっつぁん」で行きたい。
「オヤジ」という表現には、"やや悪"な意味合いがある気がします。
この宇兵衛は、善良な人ですから、そのままで。
いずれにしても、何とか新しい「ねずみ」にしたいものです。
筋肉痛はまだ・・治りません。トホホ・・・。

落語の女子力

それにしてもAmazonは凄い。
先日、午前10時過ぎにネットで注文したところ、夕方5時には自宅に配達されたようです。

この中で、良かったのは、以下の3師匠のところです。
・柳家さん喬 女夢がたり 僕の噺のイイ女
・五街道雲助 花魁、おばあさん、おかみさん、娘……。
・柳家小里ん 初代柳家小せんの廓噺
さん喬師匠と雲助師匠の記事は、考え方もさることながら、落語を演るに当たっても大変参考になる内容でした。
「そう、そうなんだよ」なんて、生意気にも頷きながら読ませていただきました。
それから、小里ん師匠の記事は、これまた物凄い。
これだけ花街のことを知った人は、現存していないのではという・・・。
ところで、先日圓窓師匠のブログを読んでいたら、「救いの腕」の高座本を「古今亭菊千代」さんにあげたとか・・・。
女性が主人公のあの噺を、菊千代さんがどのように語るか、その日が楽しみです。
いずれにしても、女性パワーは凄い。

2012年8月20日 (月)

OB落語会のめくり

OB落語会のめくりをお願いしている「H」さんに、出演が確定した現役部員の高座名をお伝えしました。
「邪那久亭双理」・・・、じゃなくてい そうり・・・。
一文字一文字は、それぞれさほど違和感はありません。
むしろ、私の「乱」の方が書きづらいと思います。
・・・驚いたのは、この難しい読み方と不明な意味?
でも、これはめくりには関係ありませんから。
やはり、亭号4文字というのが、初めてではと思うのです。
「4文字の亭号は、右乃香師匠に相談します」と仰っていました。
確かに、名前には例えば「文左衛門」とか、平仮名で「ありがとう」「きつつき」「ぴっかり」なんていう噺家さんがいますが、亭号はねぇ。
予想どおり、先生泣かせのめくりになりそうです。
「愛家芝楽」・・、あいや しばらく・・・という名前の先輩もいました。

「ねずみ」の筋肉痛・・?

朝起きると、両太腿が重く、軽い筋肉痛のような痛みが。
何か運動をしたり、作業をしたりした訳ではないのに・・・・?
思い当たるのは・・・。
恐らく、筋肉痛の原因は昨日の「ねずみ」の稽古です。
30分以上の噺を、それなりに真面目にやり、師匠からアドバイスをいただきましたので・・。
不思議ですよね。
40分近くも薄い座布団に正座していたのに、足は全く痺れない。
その代わり、翌日両腿が筋肉痛になる・・、嘘のような本当の話。

OB落語会の顔付け

出演してくれる現役部員が決まったようで、これで落語会の顔付けが確定しました。
        ≪第23回 OB落語会 ≫
日時    平成24年9月16日(日) 午後1時開演
場所    東北大学「片平さくらホール」
木戸    無料
番組    河豚鍋         邪那久亭双狸 
       錦明竹         世間亭節介   
               一目上がり           賀千家ぴん吉
               転宅                談亭志ん志  
               四ツ谷用水伝         桂友楽   
                                 仲入り   
               つる                喰亭寝蔵
               目黒のさんま          愛し亭朝大
               手紙無筆             南亭蕪生
               ねずみ              金願亭乱志
  
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現役部員は4年生だそうです。
邪那久亭双狸。「じゃなくていそうり」と読むそうです。
私は、国会答弁で、「じゃなくて総理」だと思ったのですが、「そうじゃなくてごめんね(sorry)」っていうことなのでしょうか?
そうですよね。
最近の学生さんが、政治のことをネタにした名前を考えるはずがありませんから。
まぁ、いずれにいたしましても、顔付けが確定して安心しました。
早速、めくりをお願いしている「H」先生に追加しましたが、きっと先生"泣かせ"だと思います。

東北大学基金

どうでも良いことなのですが、別にことさら話題にすることもないのですが・・・。
http://www.bureau.tohoku.ac.jp/kikin/japanese/donator/organization.php
今年の2月に「番外あおば亭」を自主公演して残ったわずかな余剰資金を、「東北大学基金」に寄付しました。
先日、何気なく同窓会のHPを見ていたら、この基金についてのHPもあり、寄付団体や個人の名前が掲載されていました。
「東北大学落語研究部有志」っていうのがそうだと思います。

2012年8月19日 (日)

稽古の後で

落語っ子連の稽古の後で。
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3時近くまで昼食を食べていなかったので、踊りの稽古に来たついでに稽古を見てくださった千早亭のワッフルさんと、紅巣亭の鶴女さんと、深川不動尊の表参道入口の「伊勢屋」さんで、「深川丼」を食べながら、色々お喋りをしました。
      Fw:nn
お二人の細かいことは存じ上げませんが、圓窓師匠を中心にしただけの接点ですが、とても楽しい会話になります。
今日聴かせていただいた「宮戸川」のこと、ワッフルさんの十八番「ういろう売り」のこと、そして私の「ねずみ」や「救いの腕」のこと・・・・。

落語っ子連稽古会

先日行なわれた「富岡八幡宮例大祭」の「神輿渡御」の看板?を横目に、稽古会場の「クレスミュージックキューブ」へ。

2階の奥の203号室です。

今日は、仙三さん・窓口さん・百梅さん・千公さんは欠席だと聞いていますので、ちょっと寂しい稽古会になるかと思いきや、何と12時前から3時近くまで、客人も含めて、充実した稽古会になりました。

  ◇ 宮戸川       紅巣亭鶴女
噺っ子連・紅巣亭(くれすてい)の鶴女さんが、この前の時間の寄席踊りの稽古に続いて、今日は落語の稽古もという訳です。
以前にも、我々の稽古会で、英語で「もぐら泥」をお演りになったことがあります。
柔らかい口調で、とても聴きやすい語りぶりです。

  ◇ 堪忍袋       三流亭越児
さすが寝蔵師匠、ではなくて越児さん。
ネタ本を見ながらではありましたが、師匠からは太鼓判です。
私も「どんなもんだい」ってな気分です。

そして私・・・。
  ◇ ねずみ       三流亭流三
今回は、来月のOB落語会で演らせていただくことになった「ねずみ」のおさらいをさせていただきました。
かなり真面目にフルバージョンをやってみました。
師匠や周囲の皆さんから、いくつかご意見やご指導を頂戴しましたので、活かさなくてはと思います。
何とかなるでしょう。
・・・・汗だく、クタクタになりました。

  ◇  手向けのかもじ    三流亭まど絵
まど絵さんも、着実に新しい噺を作り上げています。
やはり、語りに自分の形のようなものてが出来上がりつつあるようで、安心して聴いていられるようになりました。

 ◇  平林       Wさん
・・そして、今日のお客人(見学者)のWさん。
小学生に読み聞かせをしていて、落語の連も立ち上げたいそうで、立ち上げまでの間、参加をご希望されているようです。
それにしても、女性と言うのは本当に強いと思います。
稽古の終わり頃、師匠が「落語の授業」で接点のある先生方が集まって来ました。
これから師匠がご指導された後で、懇親会もするようです。
先生方が何人か入って来られたので、「先に生きていた」我々はここで失礼することに。
・・私は「ねずみ」のフル稽古に疲労困憊です。

今日も暑い

今日も暑い
落語っ子連の稽古会に出かけた道すがら。
花々は、暑さにも負けず、ひたすら自らに与えられた命を生きているようです。

落語の稽古

来月の「OB落語会」に備えて・・・。


2年前の「学士会落語会設立5周年記念落語会」の時の「ねずみ」のDVDおさらいを・・。


落語はやおき亭

:ゲストが歌舞伎の中村福助さん。
たい平さんは、夏風邪で声がガラガラという・・・。
  ◇ 厩火事    中村福助
2007年の「浜松町かもめ亭」の録音の一部。
ご本人が、落語との接点で、最初が黒門町の文楽師匠だということでしたので、やはり似た雰囲気がありました。
歌舞伎の舞台にも、落語が役立つことがあるそうです。
興味深いのは、歌舞伎(舞台)は360度、落語は座布団、そして映画は点だということでした。
なるほど・・・。
歌舞伎と落語、とても面白い座談でした。

落語DEデート

今朝も暑いです。いい加減にして欲しい・・・。
   ◇ 替り目    古今亭志ん生
志ん生師匠を久しぶりに聴く気がします。
暑い朝に、冬の噺を聴くのも乙というやつですか・・・。

2012年8月18日 (土)

三遊亭金馬師匠

驚きました。金馬師匠の「心肺停止」のこと。
2月に、外出中に往来で倒れて心肺停止状態になったそうです。
たまたまタクシーの運転手さんが見つけてくれて、これまたたまたま急患を搬送して戻る救急車が通りかかり、これに乗って病院へ。
こんな偶然(幸運)が重なり、奇跡的に助かったとか。
確か83歳におなりだと思います。
えぇぇ・・・
プログラムに書かれていたので、高座を心配したのですが、とてもお元気そうで安心しました。
芸歴が70年近くにもなる師匠です。
先代(三代目)があまりにも偉大なので、必ずしも高い評価を受けていない部分もありますが、私は、この四代目も好きです。
穏やかな雰囲気で、いつも笑顔でゆったりとした噺をしてくださいます。軽い噺も、人情噺も、さりげなくお演りになるのです。
先代との比較の中で、声質のことを言われることもありますが、あの独特のガラガラ声も、老いて来た今となっては、かなり良い味で、快く聞こえます。
何と言っても、80歳を過ぎても滑舌もよく、噺にリズムもあり、とても素晴らしいと思います。
そういう意味で、地味ではありますが、現在の落語界で外してはいけない師匠だと思います。
ちょうど、父と同い年です。
ずっと元気で高座に出ていただきたいと思います。

萩の月

仙台のグルメやお土産品と言えば、「牛タン」と「萩の月」が双璧と言えるでしょう。
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ところが、私がいた頃は、牛タンも萩の月も、全く馴染みがありませんでした。(仙台の名産品ではありませんでした。)
当時は、なんと言っても「笹かまぼこ」でしたし、「仙台駄菓子」「仙台味噌」などがお土産品の定番でした。
そうそう、今評判の「ずんだ餅」も、生ものですから、当時は保冷剤などもなく、これまたお馴染みではなかったようです。
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私が初めて「萩の月」を食べたのは、1980年頃です。
製造元の地元の柴田町の人が持って来てくれて食べてみたところ、とても美味しくて、2~3つを一気に食べてしまった記憶があります。
その後、東京に出てしばらくしてから爆発的なヒットとなり、「あぁぁ、あの時のお菓子だ」と思ったものでした。
「萩の月」は、1979年(昭和54年)9月から菓匠三全が販売しているカスタードクリームをカステラ生地で包んだ饅頭型のお菓子。
正式名称は「仙台銘菓 萩の月」。
明治初期誕生の笹かまぼこや、昭和20年代誕生の仙台牛タンと並び、歴史が短いながら仙台土産の定番になっている。
業界紙がアンケートを基に選んだ「20世紀を代表する土産品」では、北海道の白い恋人、福岡県の辛子明太子に次いで、宮城県の萩の月が全国3位になった。
名は、「萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ満月」に由来している。
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ちなみに、我が母校の学生歌「青葉もゆる このみちのく」の第2番目のフレーズが「萩のかおる このみやぎの」です。
(さらに、第3番目のフレーズは「朝鳥啼く ひろせの川」です。)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/profile/about/03/about0302/

大手町の夕日

大手町の思い出の建物。
10月に取り壊しが始まるビル・・・。

10階から西側を眺めて、皇居越しに見た夕日・・・。
仕事が終わる頃、晴れた日にはこんな夕日を見たものでした。
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取り壊されるまでに、またこの景色を見に行こうと思います。

貸本屋の金蔵

この人も良く出てきます。
貸本屋さんというのは、今ではあまり馴染みのない商売です。
「BOOK OFF」とか「TSUTAYA」あたりとも違うのでしょう・・・。
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書物を見料をとって貸す本屋。
江戸時代寛永年間(1624~44)から書物の行商人が現れ、貸本も兼業した。
元禄(1688~1704)のころには貸本専業も出現、漸次増加した。
1808年(文化5)の記録によると、江戸に日本橋南組・本町組・神田組など12組の貸本屋組合があり、合計656人が加入していた。
当時、大坂には300人の貸本屋がいたと伝えられる。
また地方城下町、在郷町、温泉場など至る所に現れた。
貸本屋が扱った書物は小説、軍書の類が主で、曲亭馬琴、為永春水らの作品は貸本屋を通じて多くの読者を得た。
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見料は、一概にはいえないが、新刊本の場合15日間で売り値の6分の1ほど。
貸本屋は多く零細な営業であったが、なかには名古屋の大野屋惣八のように2万部以上の貸本をもつ業者もいた。

落語に登場する人物ですから、この金蔵さんも、ちょっと抜けたところのある人です。
「品川心中」では、主人公と言ってもいいかもしれません。
お染さんが「誰がいいかねぇ。中橋から通ってくる貸本屋の金さん。この人はいいねぇ。身寄りが無い。ボーッとしてる。……よしこの人に決めた」って・・・、決められた方こそ災難で。
映画「幕末太陽傳」では、小沢昭一さんが演じていました。
ところで、「中橋」というのは、今の京橋あたりのようです。

高座名あれこれ

落研の高座名あれこれ(ありゃこりゃ)をご紹介しましょう。
時代や考え方を反映しているものだとつくづく思います。
杜の家とん平・南亭蕪生・談亭志ん志・喰亭寝蔵・金願亭乱志以外にも、色々あります。
まずは、草創期の頃の代表的な高座名からです。
 ・麻雀亭 駄楽    (まーじゃんてい だらく)
 ・愛誌亭 朝大    (あいしてい ちょうだい)
 ・多趣味亭こり生  (たしゅみてい こりしょう)200911081253000
 ・風流亭 花鳥    (ふうりゅうてい かちょう)
 ・有賀亭 〆太    (ありがてい しめた)
 ・翁家 寝坊     (おきなや ねぼう)
 ・恋し家 古狂     (こいしや こきょう)
  ・恋せ家 乙女        (こいせや おとめ)
 ・内気家 てれ生   (うちきや てれしょう)
  ・技術家 円陣    (ぎじゅつや えんじん)
 ・東風亭梅香      (こちてい ばいこう)
我々の現役時代にいた高座名です。
  ・山椒亭 から志  (さんしょうてい からし)
 ・酩亭 千鳥     (めいてい ちどり)
 ・宝亭 六方     (ほうてい ろっぽう)
  ・金研亭 志ん昼   (きんけんてい しんちゅう)
 ・下宿家 さん丈    (げしゅくや さんじょう)
 ・春高楼 花宴    (しゅんこうろう かえん)
 ・猩々亭 酒楽     (しょうじょうてい しゅらく)
・・・と、まあ、それなりのポリシーや背景、ユーモアも織り込まれていると思います。
ところが、良し悪しとかではなく、最近の高座名には、本当に読み方に困ってしまうものがあります。
 ・狐狸家 舞太    (こりゃ まいった)
 ・何出家 念      (なんでや ねん)
 ・酩丹亭 保尾夢頭 (めいたんてい ほおむず)
 ・剛家 茶夢風流     (ごうや ちゃむふる)Photo
 ・ぺなる亭 きっく   (ぺなるてい きっく)
 ・夏葉亭 志ます   (なつばてい します)
  ・南茶亭 愛$    (なんちゃてい あいどる)
  ・喜歓舎 斗升        (きかんしゃ とます)
 ・升万楼ビスコ    (ましゅまろ びすこ)
・・・ここまでは何とか自力で読めました。

 ①邪那久亭双狸・②況家何々往夜・③ゑちご亭辣韮水星
これ読めますか?
①は、(じゃなくてい そうり)と読むのかもしれません。
誰かの国会答弁の台詞かもしれない・・・。
②は・・??もしかすると(いわんや なになにをや
)??
③は、(えちごてい らっきょうまーきゅりー)だそうです
Photo_2それこそ、「こりゃまいった。何でやねん?」と言いたくなります。
我々が名前を考える時、悪い事例だ言われたのが、素禿亭名掘丹(すぱげてい なぽりたん)と祖父家老練(そふや ろうれん)でした。
別に批判している訳ではありません。
きっと感性の違い、落語に対する思いの違いなのでしょう。
言わんとするところは分かりますが、ストレートな表現で、何か薄っぺらな気がするのです。
読み方だけでなく、字のバランスや行間の意味のある名前の方が、年を取ってOBになってからでも通じる、恥かしくなく、機知が感じられると思うのでありますが・・・。
まぁ、それぞれ名乗る人の感じ方だと思います。

(江戸)文字鎖

「文字鎖(もじぐさり)」というのは・・・、要は「しりとり」のこと。
1.和歌などの修辞法の一
  句の終わりの文字を次の句の頭に置いて、鎖のように続けて
  いくもの。仮名鎖。
  また、定められた語句を1音ずつ各句の頭において詠むもの。
2.女子の遊戯の一
  一人が古歌を詠むと、次の者はその歌の末尾の音が最初に
  ある別の古歌を詠み、これを順次続けていくもの

ルーツとなっている中世の「文字鎖」は、長歌の最後の言葉が次の長歌の最初にくるようにしたもので、江戸時代の「ある文の最後の単語を次の文の最初の単語に続ける」から現在の「しりとり」に発展したようです。
言葉の遊びというのは、本当に面白いものです。
もともと、「文字鎖」というのは、「長歌の最後のことばが、次の長歌の最初にくるようにしたもの」のようです。
たとえば、「源氏文字鎖」というものがあるそうです。
源氏物語の各巻のタイトルを、「しりとり」の方式でつないで覚えておくというものだそうで。 「源氏のすぐれてやさしきは、はかなく消えし桐壺よ、余所(よそ)にも見えし帚木(ははきぎ)は、われからねになく空蝉や、やすらふみちの夕顔は、若紫の色ごとに、匂ふ末摘花(すえつむはな)の香に、錦と見えし紅葉賀、かぜをいとひし花宴、むすびかけたる草、賢木におく霜は、花散里のほとゝぎす、須磨のうらみに沈みにし、忍びて通ふ明石潟、たのめしあとの澪標(みをつくし)、しげき蓬生(よもぎう)つゆ深み、水に関谷の影うつし、知らぬ絵合おもしろや——(長いので省略して)——契りのはては蜻蛉(かげろう)を、おのがつまひの手習は、はかなかりける夢浮橋。」
・・・なるほど。

2012年8月17日 (金)

東京落語会

暑い、暑い・・・。

いつもよりさらに空席が目立つのは、会員が高齢の人が多いから、暑さに自粛したからでしょうか。
ただ、あのバカ笑い・貧乏ゆすりのデブあんちゃんは、一つ置いて隣の席に座っています。
あぁぁ、憂鬱。
前の席のもう一人は、今日は来ていません。
熱中症にでもなったのでしょうか。
ざまぁ・・・、じゃなくて、やれやれ。
これもあと来月1回我慢すれば、会員更新で、席が移って、平和が戻って来るでしょう。
平和が来て欲しい。あっち行って欲しい。
今回も、幸い、頓平師匠の近くの席が空いていたので、そこに移って聴きました。
そういう意味では、この落語会の空席はありがたい・・・?
Fw:電子メールで送信: trk_enmoku20<br />
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私は、菊之丞さんのマクラの後ぐらいに会場に入りましたが、頓平師匠にお聞きすると、新真打は?だったそうです。
今日の収穫は、「人情八百屋」という噺を聴くことが出来たこと。
そして、「三遊亭金馬」師匠のお元気な噺が聴けたこと。

来月は、小三治師匠の登場ですから、満席に近い状態になるかもしれません。


新入生顔見世落語発表会

たまには後輩たちの落語会の宣伝もしないといけません。
Fw:電子メールで送信: 300px-Sendai<br />
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恒例の「新入生顔見世落語発表会」が開催されます。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/3519/
       ≪新入生顔見世落語発表会≫
 日時    平成24年9月1日(土) 午後1時開演
 場所    仙台市戦災復興記念館 5階和室

        http://www.city.sendai.jp/aoba/sensai/
 木戸    入場無料
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・・ということは、9月16日が「OB落語会」ですから、1ヶ月に2度も落語会を主催するということですね。
大変申し訳ないと思います。
「新入生顔見世」は、文字通り1年生がデビューする発表会。
名前を決めてもらい、演目が与えられ、その噺を覚えた後、肝試しに老人ホームなどを慰問して高座を経験して、やっと発表会当日に至るということになります。
私も、入部して「東風亭梅香を名乗りたい」と言ったら「先代が卒業したばかりだから別の名前にするか自分で考えろ」と言われ、仕方がないので第二希望だった「金願亭乱志」の二代目を名乗ることを許してもらい、初めての噺は「あたま山」だという噺だと言われ、筑摩書房の「古典落語」にあった林家正蔵(彦六)師匠の速記でネタ帳を作り、必死で噺を覚え、仙台市老人福祉センターを慰問して初高座を勤め、そして顔見世発表会を迎えました。
まだ18歳・・・、遠い20世紀のことでした。

Uターン

お盆も昨日まで、いくらか電車の混雑も戻りつつあるようです。
Uターン
今朝、私の前に座ったオジサン。
きっと、昨日まで夏休みだったんでしょう。
ビジネスバッグと、仙台の有名なお土産「萩の月」の大きな紙袋。
中には、10個入り1800円のが2つ入っているものと読みました。
それとも16個入りの高いやつかな?
仕事場へ持って行くのでしょう。
    Fw:電子メールで送信: 03261403_4f6<br />
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また、暑くて忙しい毎日が戻ってきますね。
「オジサン頑張れ!」と、後姿に声をかけたい気分のオジサンです。

のり屋の婆さん

落語に「のりやのばあさん」なる人が出て来ます。
この「のりや」の「のり」というのは、「海苔」?それとも「糊」?
海草?洗濯ノリ?接着剤・・・?
Fw:電子メールで送信: 981b1f318c78<br />
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答えは、姫糊(ひめのり)を作って売るおばあさんのことです。
姫糊は洗濯用の糊で、着物を洗ったあと型くずれさせないためのものです。
この姫糊を作り、売り歩くのは、江戸時代にはほとんど老人、それも老婆が多かったということです。
この糊屋の婆さん、落語では脇役として多数の噺に登場しますが、うらぶれた極貧の老後の代名詞とでもいえる存在です。
老いの身に、糊を入れた桶を紐で肩から提げ、「お花荒神(こうじん)のりやのり」と言って売り歩いたんだそうです。
(落語に出て来る)糊屋の婆さんは、扶養してくれる旦那さんや子供がいない独身女性の象徴です。
裏長屋に住んでいて、余ったご飯をもらって”姫糊”をつくっています。
洗い張りは、現代における洗濯と同じ頻度で行われる事なので、江戸時代の長屋には生活必需用品。
必ず1軒の糊屋さんがあったそうです。
しかも、糊屋の婆さんの生活を守るために、商売敵は入れないことになっていたようです。
長屋ごとに糊屋の婆さんが一人と決まっていた訳。
井戸端で、おかみさんたちがお釜を洗うときに、流れるご飯粒をザルをおいておき集めて糊にしたようです。これではとても足りないと思いますが・・・・。
このように、地域ごとに互助精神が生きていて、婆さんの生活が苦しそうな時はちょっと多めにご飯粒を流したり・・・・、といったことがあったそうなんです・・・・。
人情裏長屋ですね。
私の「佃祭」でも、台詞はありませんが登場するお婆さんです。
一方で、長屋のアイドルが、「小間物屋のみぃ坊(みぃちゃん)」です。
本名は、なんて言うんでしょう。
「みよちゃん」「みほちゃん」「みえちゃん」「みかちゃん」・・・・。
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中でも、建具屋の半公(半ちゃん)が、この小間物屋のみぃ坊に、ばかな惚れようでした。

どうらく息子5

テレビの連続ドラマと同様に、この手の本も忘れた頃に新刊が出るようで。
Fw:電子メールで送信: 51W3NLi3lDL.<br />
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前巻までのストーリーは忘れてしまいました。
何でも今回は、「牛ほめ」「つる」などお馴染みの落語が丹念に描かれています。
落語ファンはもちろん、落語を聞いた事がない人にも落語の内容が分かるように描かれています。
落語監修をつとめるのは今や人気落語家のひとり柳家三三師匠。
セリフだけでなく、細かい所作まで丁寧に指摘していただいています。
・・・だそうで。
そんなことはともかく、やはりAmazonで注文。

2012年8月16日 (木)

9月の学士会落語会例会

来月の例会のお知らせをメールで受信しました。
学士会落語会
9月の例会は、「三笑亭の会」と題して、三笑亭可楽師門下の三笑亭可龍さんと三笑亭可女次さんという若手二人の兄弟弟子の競演。
兄弟弟子といっても、お二人の経歴や芸風はそれぞれ独特なものがあるそうです。
落語芸術協会所属で、私はあまり聴く機会がありませんでしたが、以前、どなただったか落研の先輩が、可龍さんのことを褒めていた記憶があります。

それにしても、さすが学士会、先月は重鎮「五街道雲助」師匠、今回は若手二つ目さんと、企画力と交渉力には脱帽です。
大変楽しみです。

落語ファン倶楽部 Vol.17

このシリーズも、はや17巻目となりました。
Fw:電子メールで送信: 61c6U-wIGLL.<br />
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今回は「女子力」というのがキーワードのようです。
総力特集「落語の女子力大研究」
花魁から、糊屋の婆さんまで、みんな大好き!
また、「落語の女を語り尽くす!」という、噺家さんたちのコメント。
中でも興味深いのは、「五街道雲助」師匠。
花魁、おばあさん、おかみさん、娘……。
大事なのはそのキャラクターの心になること。
・・Amazonに注文。
やはり、日の本は・・・・女ならでは夜も明けませんか・・・。

噺家の芸名の由来

読売新聞に載っていた、噺家さんの芸名の由来の記事。
長井好弘さんの筆によるものです。
http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/qaetc/20120814-OYT8T00702.htm?from=os4
三笑亭可楽」は「山椒は小粒でひりりと辛い」をもじったもの。Photo
元々は「山生亭花楽」だったそうですが、ご贔屓から「生け花の師匠のようだ」と言われたので「三笑亭可楽」に改めたとか。
三遊亭圓生」は「山遊亭猿松」でした。
「山で猿が遊ぶ」という情景をそのまま芸名にしたのですが、後に「三遊亭」に。
「三遊」は「飲む、打つ、買う」の三道楽を表わすということです。
Photo_3柳家小さん」の「小さん」というのは、男ではなく女、それも芸者など、粋筋の女性の名前だそうです。
この程度までは、私でも知っている内容です。
そういう意味では、大学の落研の高座名も、基本的には同じです。
ただ、奇を衒ったり、一時的にしか分からなかったり、読めなかったり、ふざけていたりするものも多く、よく分かりません。
明治大学落語研究会の「紫紺亭志い朝」は、三宅裕司、立川志の輔、渡辺正行さんら有名人が名乗ったこともあり、非常に有名です。
「紫紺」は明治大学の校旗の色から、「志い朝」は植木等の歌「この世はすべてタイミングに無責任にC調」からと、志ん朝師匠に憧れていたからつけられたそうです。
200708110921000jpg我が方を申し上げると、やはり「杜の家とん平」でしょう。
初代は「頓平」と表記していたようですが、途中から平仮名表記になったようです。
「杜の」は、文字通り「杜の都仙台」を、「とん平」は、地元仙台で親しまれた大学の別称「とんぺい(=東[トン]北[ペー])」から来ているのです。
現OB会長が、初代の頓平師匠です。
金願亭乱志」は、「近眼で乱視」という地口と、「金原亭」「談志」という、実在の亭号・名前をもじったものです。
道楽の末に金に困って身を持ち崩す(金を願って志を乱す)という、自虐的な意味合いもあると、個人的には解釈しています。
「お江戸あおば亭」常連の先輩方の高座名の由来を、以下に簡単にご紹介しておきましょう。
まずは、「南亭蕪生(なんてい ぶしょう)」
要するに、「なんて無精なんでしょう」ということです。
談亭志ん志(だんてい しんし)」は、ダンディな紳士。
喰亭寝蔵(くうてい ねるぞう)」は、「喰う寝るところに住むところ」。

「桂文治」と「桂文枝」

今年襲名された大看板、「桂文治」と「桂文枝」。
「桂文治」は、元々は上方落語の名跡であるが、三代目以降は東西に分裂し、五代目以降は江戸落語の名跡となる。
Fw:Fw: 電子メールで送信: image.jp<br />
 g但し、七代目のみ上方に移っている。
(十代目は上方の七代目の孫弟子だが、江戸落語家である) 江戸(東京)桂一門の止め名であり、東西落語界を含めた「桂一門の宗家」でもある。
「桂」の亭号の由来に関しては、初代文治が大阪市北区にある佳木山太融寺の檀家であったことから、寺の山号から連想して名付けたのだという。
(大阪の天下茶屋にある石碑「桂塚」の碑文の説)
この名跡は、江戸時代(天保~安政)期に人口に膾炙した文字鎖(「江戸文字鎖」またの名を「江戸言葉唄」)で詠われている。
文字鎖とは尻取りの一種。
この尻取りが余りに有名なため、恐らくこの頃の子供で桂文治を知らないものはなかったと思われる。
  牡丹に唐獅子竹に虎 →「虎」
  虎を踏まえて和藤内 →「藤内/内藤」
  内藤様は下がり藤 →「ふじ」
  富士見西行うしろ向き →「むき」
  むき身はまぐりばかはしら →「はしら」
  柱は二階と縁の下 →「下」
  下谷上野の山かづら →「かつら」
  桂文治は噺家で →「で」
  でんでん太鼓に笙の笛 →「え」 
一方、「桂文枝」は、上方落語の名跡。
桂文治の名跡が東京に移ってからは、事実上、上方桂一門の止め名となっている。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/12/post-b6d1.html
「文枝」の名跡は、元は初代文枝の師匠であった上方四代目桂文治の前名であるが、現在は代数に数えられていない。

2012年8月15日 (水)

30万件

ありがとうございます。
              nn
Fw:mm
              nn
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/08/post-a5dd.html
引続きよろしくお願い申し上げます。

住吉踊り

浅草演芸ホールの中席昼は、毎年恒例の「住吉踊り」が行なわれています。
大阪住吉大社に伝わる踊り。
音頭取りが長柄の傘を持ってその柄を扇子で打ちながら歌をうたい、菅笠をつけた僧形の四人の童子が、その周りを団扇を打ちながら踊りまわる。
古くは住吉代参の祈祷のために神宮寺の社僧が各地を巡った。
のちに江戸に入り、「願人坊主(がんにんぼうず)」によって流布されたのが「かっぽれ」である。
・・・と、元は神社の踊りだったようです。
一度、国立演芸場で見たことがありますが、浅草演芸ホールでは行って見たことがありません。
昼席なので、なかなか・・・・。

落語教育委員会

柳家喜多八・柳家喬太郎・三遊亭歌武蔵さんの鼎談本。
上野駅の本屋さんで見つけました。
落語界の未来はどっちだ?
今、大人気の噺家による爆笑鼎談。
伝説の噺家の幻のエピソードから、奇妙な師弟関係、アッと驚く演出方法まで。
本当の面白さを「教育」する!
   Fw:Fw: 電子メールで送信: 515vVd%2<br />
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・・・・「落語教育委員会」という落語会をやっている3人の座談形式のものです。
どうも、こういう対(鼎)談形式の構成は好きではないので・・・。
東京書籍刊。1500円。

文治襲名の「お練り」

9月の十一代「桂文治」襲名の「お練り」が行なわれるとのこと。
Photo_28月19日の午後1時に新宿末廣亭前をスタートして、新宿三丁目界隈を練り歩くそうです。
最後は花園神社で祝詞をあげて頂くとのこと。
文治さんは、日常生活も着物姿で通していることでも知られているのですが、二ツ目のころから和服なんだそうです。
「うちの師匠も年中、着物だった。靴は二ツ目のころから一足も持っていない」と、着物での生活は徹底している様子。
確かに。
以前、地下鉄の銀座駅で見かけた時も、着物姿で帽子を被り、三越の紙袋を持って電車を待っていました。一人で。
先日行なわれた、襲名記者会見で、落語芸術協会の桂歌丸会長は、「西に六代文枝、東に十一代文治、桂の大きな名前が東西で出来上がりましたので、腕を競って落語界を盛り上げて頂きたい」と激励の言葉を送っていたそうです。
確かに、東の文治・西の文枝・・、いずれも「止め名」です。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/12/post-b6d1.html

OB落語会のめくり

いよいよ「第23回OB落語会」も1ヵ月後となりました。
そこで、いつも「めくり」をお願いしている「H」先生に、今回もご無理をお願いすることにしました。
今回は、全部で11枚になります。
  ① 第23回 OB落語会(第二十三回 おーびー落語会)
  ② 開口一番     [現役学生の出演者未定のため]
  ③ 世間亭 節介   (せけんてい せっかい)
  ④ 賀千家 ぴん吉   (がちや ぴんきち)
  ⑤ 談亭 志ん志   (だんてい しんし)
  ⑥ 桂 友楽            (かつら ゆうらく)
  ⑦ 仲入り
  ⑧ 喰亭 寝蔵     (くうてい ねるぞう)
  ⑨ 愛し亭朝大     (あいしてい ちょうだい)
  ⑩ 南亭 蕪生     (なんてい ぶしょう)
  ⑪ 金願亭 乱志   (きんがんてい らんし)
今回は、「世間亭節介」くんと「愛し亭朝大」師匠が初めてです。
あぁぁぁ、何となく緊張して来ました。
下は、前回の「お江戸あおば亭」で書いていただいためくりです。

   

   

   

2012年8月14日 (火)

三山亭多楽師匠から

東大落語会OBで、学士会落語会代表委員でもある「三山亭多楽」師匠から、当ブログ「まもなくアクセス30万件」の記事をご覧いただき、ご丁寧なメールを頂戴いたしました。
拝見したときのアクセス件数が「00299556」で「おお、福来心(ふくくこころ)」と真に縁起のよい語呂合わせ。
先ずはおめでとうございます。
  mm   nn
・・・という訳で、さすが多楽師匠
福が来る心・・・、いいですね。
とにかく多趣味多芸な師匠で、落語や歌は言うに及ばず、似顔絵などはプロ級の腕前です。
どうやら、天は二物を与えているようです。
ありがとうございます。

まもなくアクセス30万件

2009年1月1日に、思い立ってこのブログを始めました。
プロフィールには、以下の思いをしたためました。
http://ranshi2.way-nifty.com/about.html
大学の落語研究会出身の"金願亭乱志(きんがんてい らんし)"が、落語界の重鎮"三遊亭圓窓師匠"に師事し"三流亭流三(さんりゅうてい りゅうざ)"と"千早亭永久(ちはやていと わ)"という名前をいただきました。
青春時代に乱志が親しんだ落語に、遅ればせながら流三と永久も思い切りのめり込んでみようと、落語徘徊を思い立ちました。
「乱志&流三&永久」の三人旅落語珍道中の始まりです。
落語を"見る・聴く""演る・喋る""読み・書く"を究めます。

そして、記念すべき第一日目には、ブログを始める決意や、落語に対する熱い思いが、素朴に綴られています。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/01/post-2f91.html
あれから、約3年8ヶ月。
おかげさまで、ほとんど毎日欠かすことなく続けて来ることが出来、アクセス件数もまもなく30万件に達するところまで来ました。
NHKで「想い出のメロディ」(別名「夏の紅白」)などという懐メロ番組がありますが、私もちょっと思い出を辿ってみることにします。
≪2009年の落語徘徊≫
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/12/post-f954.html
何と言っても、落研創部50周年での「浜野矩随」が、この年の最大のイベントでした。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-cd10.html
bbbb
≪2010年の落語徘徊≫
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/12/post-db64.html
この年は、学士会落語会5周年記念落語会での「ねずみ」が印象に残ります。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/09/post-04e6.html
bb高座での仕草
≪2011年の落語徘徊≫
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/12/post-f52e.html
そして昨年は、震災の被災地南三陸町「復興出前寄席」での「花色木綿」。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/07/in-a20e.html
bbbb
これからも一層精進?して落語徘徊を続けて行きたいと思います。
皆さまには今しばらくのお付き合いをお願い申し上げます・・・。

休日ダイヤ?

お盆の民族大移動で、東京周辺の人口は随分減っている様子。
休日ダイヤ?
今朝の電車の中・・・。
かなり早い時刻の始発電車とはいえ、こんな感じ。
悠々と座っての通勤は、嬉しいやら寂しいやら。
ひとときの静寂と言ったところ・・・。
休日ダイヤ?

東京落語会の会員継続手続き

郵便局も空いていました。
お年寄りが2人、ATMで悪戦苦闘していました。
案内係の女性が、操作方法を教えては、すぐに後ろ向きになり、様子を窺いながら見守って?います。
これは、振込内容や暗証番号などの「個人情報」を見ないようにということでしょうが、これってどうも違う気がします。
そう言えば、例の東京電力の150時間にも及ぶテレビ会議の一部も、個人情報を楯に隠蔽しているようで、物凄くおかしい。
あの状態で個人情報云々はどうかと思いますし、この国難に及んで、要は公開や共有の是非ではなくて、一部公開・共有されるかもしれない個人情報の厳格な管理・運用の問題のはずです。
そんなことはどうでも良くて、郵便局のATMで無事振込完了。
また同じ席で。

ひたすら、あのウルサイ2人が遠ざかることを祈って・・・。

ここに

昔、ここに○○ありき・・・。
  Fw:電子メールで送信: 106a8dc355.j<br />
 pg Fw:電子メールで送信: p1000028.jpg 
このビルの正面に、大黒様のオブジェがあったのです。
それが・・・、どこに行ってしまったのやら・・?
ほら、なくなってしまいました。
思い出
こんなふうに、鎮座ましましていたのですが・・・。  
Fw:電子メールで送信: image.jpg11
一体大黒様はどこに行ってしまったのでしょうか・・・?
   11
ところが、風の噂に、移転した先に、大黒様も移設され、健在だということが分かりました。
こんど、改めて行ってみようと思います。11

習志野圓生祭

「閑座」というところから落語会の案内状です。
習志野圓生祭
習志野での公演中に急逝された「三遊亭圓生」師匠を追善する方々の落語会。
第22回だそうです。
圓生師匠が亡くなって、今年で33年になります。
以前も聴きに行ったことがありますが、会場は満席で、出演者の皆さんも玄人はだしの高座ぶりでした。
9月2日(日)午後2時30分開演、モリシアホールで。

2012年8月13日 (月)

飾りカボチャ

「鰍沢」に住む叔母が、「飾りカボチャ」をくれました。
飾りカボチャ
これ、実が大きくなってから細工をしたものではなく、生ったのをそのまんま収穫したものなんです。
飾りカボチャ
緑色と黄色は、それぞれは普通のカボチャなのですが、2色が綺麗に模様のようになっています。
緑色の皮を剥いた訳ではありません。
とても可愛いものてず。
このカボチャ、食べられないそうです。

南部の火祭り

8月15日は、故郷のお盆の一大行事「南部の火祭り」。
http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/kankou/himatsuri/h-tp.html

「南部の火祭り」は、8月15日に行われる、我が故郷の夏の一大風物詩です。
お盆の送り火と川供養の奇祭であると同時に、稲を病害虫から守るための虫送りの意味も込められているそうです。
オープニングの「投松明(なげたいまつ)」、「大松明」の炎が仏様の道明かりとなり、「燈籠流し」が厳かに行われます。
そして、一斉に点火される「百八たい」が富士川の両岸で燃え上がると、祭りはクライマックスとなる訳です。

■「南部の火祭り」
文字通り火を焚く祭りで、毎年8月16日の盆の送り火や川施餓鬼(川で溺れた人の霊を供養したり、川でとれた魚介類の霊を祭る行事)として行われてきた荘厳な儀式であった。
と同時に稲作を病虫害から守るための虫送り行事を兼ねたものであると伝えられている。
この祭りの起源は定かではないが、舟運のさかんになった江戸中期の元禄時代頃からであろうと推定され、かつては富士川下流域の各地で行われていた行事であったが、今では殆ど影をひそめ、今は伝統行事として大規模に伝承されているのはこの「南部の火祭り」だけである。
≪投松明≫
高さ十数mの竿の上に設けられた蜂の巣(藁で敷き詰めたもの)にめがけて松明を振り回して投げ入れる。 燃え尽きた後は竿を振って蜂の巣を落とす。
http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/kankou/himatsuri/himatsuri-nagetaimatsu.html
≪大松明≫
町内の各寺院から古くなった塔婆を集め、積み重ねて大松明に仕上げたもの。
僧侶による読経が流れながら点火する。
http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/kankou/himatsuri/himatsuri-ootaimatsu.html
≪燈籠流し≫
僧侶の読経に合わせて百八つの燈籠が流される。
燈籠流しはお盆の間に家に戻っていた古い先祖の御霊や新しい仏さまの魂を送る荘厳な儀式である。

http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/kankou/himatsuri/himatsuri-tourou.html
≪百八たい≫
人間の百八の煩悩を炎で除去、あるいは死者の慰霊や稲の害虫であるウンカを虫送りする意味があると言われる。
富士川の両岸約2kmに百八基の円錐形のたき木の山を作3、同時に点火する。
http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/kankou/himatsuri/himatsuri-hyakuhachi.html
・・・・という。
田舎は、年に一度のお祭りに、束の間の賑わいになるようです。
お盆が過ぎると、秋が近づくのですが・・・。

思い出

9月末クローズされ、今秋に取り壊されるビルに行きました。
先週、このビルでの仕事を終えてから、周囲を歩いてみました。
地下鉄の通路から、地下1階のエントランスへ。
思い出思い出
思い出
住所は【東京都千代田区1丁目1番1号】です。
思い出
あれっここに大黒様の像があったのに・・・・。
台座のあったあたりがちょっと白くなっていました。
そうです。ここに鎮座していたんです。
思い出
思い出思い出
寂しい限りです。
これまた、昔の光今いずこ・・・・でしょうか。
思い出思い出
思い出
思い出

女子会2

「勝利の女神」というぐらいですから、やはり女性ですね。
前半の女性たちの活躍の勢いは、さらに予想通りのレスリングの3人のゴールドメダリスト、意外や意外のバレーボールと、実に鮮やか・お見事でした。
しかし、後半は"ボクちゃん"たちも盛り返して来て、レスリングやボクシングという、かつては強かった種目での金メダル復活は嬉しいし、ほとんど期待していなかったマラソン入賞も称賛ものでしょう。
特にレスリングの米満選手は山梨県出身ですから。
オリンピックも終わりました。
気持ちの持ち方、思いの強さと自分自身への信頼が大切だということです。
落語が上手くなりたい。
お前ならなれる。
そのやり方でいい。
自信をもってやればいい。
怠らで 行かば千里の 果ても見む 牛の歩みの よく遅くとも

2012年8月12日 (日)

8.12

もう27年”あと”になるんですね・・・・。

よく晴れた夏の日でした。

帰省していた私は、夕方涼しくなったので、洗車をしていました。
そろそろ暗くなり始めた頃、ラジオで「日航機が行方不明」というニュースを聴きました。
坂本九さんが搭乗していて犠牲になった日航機の墜落事故。
九ちゃんは43歳だったそうです。
当時は、随分オジサン(年配)な気がしたのですが、まだ若かったんですね。
担当していた某取引先の社長も犠牲になり、数年後倒産してしまったことも覚えています。
昔は、今なら27年"前"を、全く逆に27年”後(あと)”と言っていたようです。
時の流れを、今が先頭だとすれば、過去は後ということになりますから、理に叶っている気がします。
三遊亭圓朝の怪談噺で「今から○年後(あと)のこと・・・」なんていう台詞で始まるものがあるかもしれません。

落語っ子連稽古会

今日は落語っ子連の稽古会でした。
帰省していますので、今日は欠席させていただきました。

庭の桜の樹に寄生している「のうぜんかつら」の茎(蔓)のところにも、セミの抜け殻がありました。

儚い命を精一杯生きている証でしょうか・・・。

落語DEデートとはやおき亭

富士山のおかげで、郷里はAMラジオ難聴地域です。

今朝は「落語DEデート」と「落語はやおき亭」は、聴くことができませんでした。

庭の石燈籠に、何やらくっついています。
セミの抜け殻でした。

夏の朝

朝から夏の太陽が輝き始めました。

故郷で迎える夏の朝。

暑いとは言え、都会のそれとは全く違い、枝越しに見る陽光も何となく柔らかな感じがします。

2012年8月11日 (土)

渋滞

お盆休みの帰省ラッシュで、高速道路は渋滞中。
渋滞
我が家もその中の一家。
中央高速を甲府南ICへ、そこから一路「鰍沢」へと向かいます。

川内キャンパス

久しぶりの学び舎。
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基本的に変わらないのですが、整備されて綺麗になりました。
Fw:電子メールで送信: %25C0%25EE%2<br />
 5C6%25E2%25C2%25E8%25C6%25F3%25BF%25A9%25C6%25B2.2shoku1.jpg昔は教養部でした。
洒落たテラス風の食堂が出来ていたりして・・・。Fw:電子メールで送信: viewimg.jpg
学部棟や講義棟は古くなっていましたが、懐かしい・・・。
Fw:電子メールで送信: campus3_11.j<br />
 pg

都会の祭り

週末、オフィス街に響く笛や太鼓の音。
地元の夏祭りです。
都会の祭り
都会の祭り
こんなところにも子どもたちがいるんですね。
そして、和太鼓の迫力ある演技に人が集まります。
都会の祭り
都会の祭り
都会の祭り
都会の祭り
都会の祭り
オフィス街の夏祭り・・・、究極の「非日常」です。
都会の祭り

再び「芭蕉の辻」

「芭蕉の辻」は、「松尾芭蕉」とは全く関係ないという話。
奥州(みちのく)で「芭蕉」と言えば、ほとんどの人が「松尾芭蕉」を連想するでしょう。Fw:電子メールで送信: 647947eea192<br />
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江戸時代の仙台芭蕉の辻の模型だそうです。
賑やかな、伊達62万石のご城下です。
そして、南に93里上れば、江戸は日本橋。
Fw:電子メールで送信: 3508d25d1aa3<br />
 b42bcc27746e0ac18dd6.jpg
それで「芭蕉の辻」ですが、名前の由来はいくつかあるそうです。
1.儒者内藤以貫の「封内山海名蹟記」による説
伊達政宗が仙台城を築城する前に、隠密としてかかえていた芭蕉という名の虚無僧の功績への褒美として上記の四隅の城郭式の櫓を賜ったが、芭蕉はこれを辞退した。 
そこで、彼の名を伝えるため、この辻を芭蕉の辻と呼ぶようになった。
2.儒者田辺希文の「封内風土記」による説
昔、この辻に芭蕉が植えてあったので芭蕉の辻と呼ぶようになった。
3.文人燕石薄墨の歌による説
「鶴も羽をひろくのしつつ舞ひ遊ぶ芭蕉の辻の春のあけぼの」から、芭蕉の辻とは芭蕉の葉が広いように、道幅が広いことから呼ぶようになった。
4.場所から芭蕉という地口?説
目抜き通りの場所、便利な場所、賑やかな場所、そして場所がよいなどというこの”場所”が芭蕉の辻の「ばしょう」になった。Fw:電子メールで送信: 1214e206ca57<br />
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いったいどれが本当なのでしょうか。 
まぁ、どれでもいいことですが・・。
写真は、明治の頃の芭蕉の辻の様子だそうです。

不思議な影?

与太郎のようにボーっと上を向いて、霞ヶ関を歩いていたら、高層ビルの窓に不思議なものを見つけました。

最上階から少し下、左から2~3つ目の窓のところの白いものが・・。

人の形をしているように見えませんか?
これ何でしょう???
「この窓から飛び降りてはいけません」という標識?
人間の身体の仕組みを書いたもの?
落語にも出て来そうですが、誰かに復讐するための呪いの人形?
気になり始めると、毎日目に入って来てしまいます。

再び「七夕飾り」

七夕飾りと言えば、吹流しのような立派な飾りだけを連想しますが、実は7種類の品物で構成されているのです。

そして、この7種類の七夕飾りには、それぞれの飾りに意味があるのです。

  •  短冊  …学問や書の上達を願う。
  •  紙衣  …病や災いの身代わり、または、裁縫の上達を願う。
  •  折鶴  …長寿を願う。
  •  巾着  …富貴と貯蓄、商売繁盛を願う。
  •  投網  …豊漁を願う。
  •  くずかご…飾り付けを作るとき出た裁ち屑・紙屑を入れる。
            清潔と倹約を願う。
  •  吹き流し…織姫の織り糸を象徴する。
  • という訳で、吹き流しが現在の飾りつけの中心となっていますが、他の6種類の飾りを観察するのも面白いものです。

    写真の七夕飾りは、呉服屋さんのものでしたから、立派な紙衣が目立っていました。
    これは・・・、何も関係ありません。
    宮城県で最も有名な?ゆるキャラ「むすび丸」があしらわれた吹流しです。
    いずれにしても、江戸時代になって、無病息災や商売繁盛、技芸の上達などを願う飾りを
    笹竹につける風習が庶民に広まり、笹飾りの1つ1つに、意味を込めているという訳です。
    紙衣は、病気災害を除く身代わりとして、また裁縫や手芸が上達するように願った飾りで、 棚機女が神様に捧げた着物ということから、七夕竹の一番上に飾るそうです。
    短冊には、字を書いて学問や書道の上達を願います。
    などなど、いつの世も、人の願いというものは変わりはないもののようです。

    圓朝忌

    三遊亭圓朝(天保10年4月1日(1839年5月13日) - 明治33年(1900年)8月11日)は、江戸時代末期(幕末)から明治時代に活躍した落語家。
    本名は出淵次郎吉(いずぶち じろきち)。
    初代を付ける必要もない、8月11日は落語界中興の祖と言われる「三遊亭圓朝」の命日です。
    没して今年で112年です。

    2012年8月10日 (金)

    昔の光 今いずこ

    名曲「荒城の月」は、二高の教師だった土井晩翠の作詞によるもので、「青葉城(仙台城)」をイメージしたと言われているようです。
    明治の頃は、荒れた城だったんでしょうか・・・。
    石垣は苔むし、大手門は朽ち・・・。
     ちょっと悲しげな碑。

    仙台城は、天守閣をはじめ、城郭は残っていません。
    伊達政宗の騎乗姿の像が有名です。
    唯一?二の丸(現在の東北大学川内キャンパス)の前にある、「大手門隅櫓(すみやぐら)」程度です。
    写真は、絵葉書で有名なアングルと逆方向(現在の東北大学付属植物園)からのものです。
    勿論、これも当時のものではないと思います。

    伊達政宗は、隻眼で、眼下の仙台の街を俯瞰していたのでしょう。

    東日本大震災で、仙台城の石垣にも被害がありました。


    ・・・昔の光いまいずこ・・・

    七夕グラフィティ

    常盤木学園の女子生徒が仙台駅で迎えてくれた七夕・・・。










    るーぷる仙台

    七夕の飾りを堪能した後は、一般の観光客のように、仙台駅前のバスターミナルの「るーぷる仙台」乗り場の長蛇の列に並びました。
    Fw:Fw: 電子メールで送信: image.jp<br />
 g 一日乗車券は600円。
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    七夕の最中だから、大混雑だろうと思って諦めていたのですが、混雑はしていましたが、許容範囲?でした。

    最近の運転手さんは、ワンマン運行にも慣れ、観光地のドル箱路線ですから、案内トークも巧みで、車内で笑いを取っています。

    ところが、残念なことに、仙台城に続く道路が、震災のために通行止めになっていて、大手門隅櫓脇の臨時停車場で降り、天守跡には急な坂を歩いて登らないといけません。
    ちょうどよかったということで、支倉常長の像を横目に、かつて学んだ、二の丸跡の大学キャンパスを散策しました。
    講義棟、学部棟、図書館、記念講堂等々・・・・。
    これまた本当に久しぶりでした。

    急な坂を登って本丸跡へ・・・。
    再び臨時バス停に戻り、周遊を続けます。
    るーぷるバスは、広瀬川を何度渡ったことでしょう。Fw:電子メールで送信: dscf0641.jpgFw:電子メールで送信: 001_hirose02<br />
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    ずんだ餅

    七夕見物にちょっと疲れて入った老舗の甘味処。
    七夕セット(笹に乗ったずんだ餅とみつ豆のセット)を注文。
    これ本当に美味いです。
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    南東北を中心にした地域の郷土菓子。
    仙台名物。旧伊達藩地域周辺にのみ伝えられる銘菓。
    枝豆をすりつぶし砂糖で味付けした餡を餅にからめて食す。
    語源は「豆打(ずだ)」。命名者はかの伊達政宗と言われる。
    永い間に「ずんだ」と訛り一般化。
    「ガダガダ言わねでいっぺん食ってみらいん」なんて言われたりして。
    しかし、それにしても、仙台の名物・名所は、ほとんど「伊達政宗」が作ったり、始めたりしたもののようです。
    お裁きが「大岡越前守」だと言われるのと似ています。
    藩祖政宗公が作った・始めたといえば、みんな納得しますから。

    2012年8月 9日 (木)

    芭蕉の辻

    「ねずみ」は仙台が舞台になっています。

    七夕の喧騒を抜け出し、「芭蕉の辻」碑と「道標」を確認しました。
    「芭蕉の辻」は、江戸時代に仙台の中心であった十字路である。
    現在の仙台市青葉区に位置し、宮城県の道路元標(里程元標)が設置されている。

    仙台城の城下町は、大手門からの大手筋(大町の街路)とこれに直交する奥州街道(国分町の街路)を基準に町割がなされ、大町・国分町の両町は城下の経済の中心地、いわゆる目抜き通りとなった。

    現在の芭蕉の辻は、日本銀行仙台支店、七十七銀行芭蕉の辻支店(旧・第3代本店)などがこの十字路に面し、金融街としての性格を残してはいるものの、旧大手筋にあたる中央通りのアーケードは国分町通の一本東を南北に通る東一番丁までで止まっているなど、商業的な中心からは外れてしまっている。

    Fw:Fw: 電子メールで送信: 03sendai<br />
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    「ねずみ」で、宇之吉坊やが客引きをしている宿はずれの場所を、私は長町宿から北上して、広瀬川を渡る(現在の広瀬橋)手前あたりと想定しました。
    現在の長町から河原町近辺ということです。
    ここから北西に青葉山(仙台城)方面を望むことになります。
    「ねずみ屋」に泊まる約束をした左甚五郎には、街道を進みながら、広瀬川を渡り、行く手左前方の青葉山が眼に入っていたはずです。
    そして、仙台宿に入り、芭蕉の辻の周辺に多くあったという旅籠を目指します。
    甚五郎は、右側に仙台一大きな「虎屋」を目の当たりにし、職人として、その普請の見事さに感心した後、向かい側にあると言われた仙台一小さな「ねずみ屋」を探すという訳です。
    ・・・・と言うことは、「虎屋」は現在の日本銀行仙台支店、「ねずみ屋」は、この芭蕉の辻の碑になるはずです。
    このイメージで、9月のOB落語会で「ねずみ」を演ろう。
    七夕の夜、祭りからちょっちはずれて暗い芭蕉の辻と道標を見て、名人左甚五郎に思いを馳せました。

    エスカレータの不思議

    エスカレータに立つのは、東京などの都市が左側で、例外的に大阪だけが右側だと思っていました。
    エスカレータの不思議エスカレータの不思議
    ところが、驚いたことに、仙台の地下鉄では、右側に立っているではありませんか。
    以前にも、聞いたことはありましたが・・・。
    正直なところ、大阪と同じというのは、納得できなかったりして・・・。
    駅などでは急ぐ人のために片側を空けることがマナーとする意見があったが、危険であるとして歩行自体を控えるようにメーカーや施設側などが呼びかけている。
    日本では関東地方を始めとする多くの地方では、乗り込む際に左側に立って右側を空ける。
    近畿地方では右側に立って左側を空ける傾向があるが、京都府と滋賀県では右側を空ける場面もある。
    仙台市では、JR仙台駅や仙台空港など、県外客の利用が多い交通機関では先頭の人が立った側に寄って立つ傾向があり、空ける側は左右半々あるいは左右決まっていないとされるものの、地元住民の利用が多い百貨店や仙台市地下鉄では左側を空ける傾向がある。
    なお、左右のどちらかを空ける習慣そのものがない地方も多い。

    仙台市街

    仙台駅前のホテルに宿泊しました。
    19階の部屋から東側を眺望することが出来ました。
    この高さ、この角度から仙台の街を眺めるのは初めてでした。

    上の写真は、北東方面を眺めたもの。
    東北本線(新幹線)が、仙台駅を出た直後に北東方向に曲がって行くのが見えます。
    「はやて」の美しいメタリックグリーンの車体が、さらに北に向かって行くのが見えます。
    大学2年生までお世話になった下宿は、ちょうど右手奥の方向です。
    北には、泉方面の稜線が見えますが、仙台に来た当初、故郷ならば、この稜線の上に富士山があったのに・・・、とホームシックになったのを思い出しました。

    そして・・・・、真東方向を眺めたのが、下の写真です。
    ちょうど、陸が終わり、海が始まるところ、海面が輝いて、かすかに船の影を見ることが出来ます。
    仙台塩釜港から蒲生、荒浜あたりになるのでしょうか・・・。
    思えばあの日、あの海が突然大きく盛り上がり、猛り狂いました。
    若林区では、海岸から4キロメートル内陸まで津波が到達したそうですから・・・。
    とはいえ、仙台の中心部では、あの忌まわしい大震災の爪痕を見ることは出来ませんでした。

    2012年8月 8日 (水)

    七夕飾り

    仙台の七夕は、伊達政宗の頃に始まったようです。

    今日の豪華絢爛なお祭りに至るまで、いろいろ変遷はあったようですが、これは後で触れることにして、ちょっとした薀蓄をと・・。
    一番町の歩道には、写真のように、七夕飾りを支える竹を立てるための専用の穴が作られているのです。
    マンホールの蓋でも、ガスや水道のメーターでもなく、七夕飾りのためのもの。
    そうそう、棒高跳びのポールを挿すようなものでしょう。
    仙台は、七夕の街・・・。

    夏の寄り合い

    先月末のこと。
    総勢100人を超えるそろいの浴衣姿の噺家さんが、浅草寺でずらりと勢ぞろいして記念撮影。
    bb
    毎年7月31日に行われている「夏の寄り合い」。
    この日は、都内の寄席がいつもとは違う特別の番組「余一会」ということで、みんなが集まることができたという訳。
    いつものように浅草演芸ホール前から出発、浅草寺で記念撮影。
    時ならぬ浴衣姿の集団に、浅草の観光客も大喜びだったそうです。
    「夏の寄り合い」・「圓朝まつり」と、暑い中、噺家さんも大変です。

    らくごのらくご

    女性の勢いは落語にもという話題。
    何にしても、どの業界にしても、女性の支持やリピーターを獲得できなければ成立しないとうことでしょう。
    例えば、先日は女性限定の落語イベント「らくこのらくご」が行われたそうです。
    「女の子のための落語」をコンセプトに、博報堂が立ち上げた同イベントで、青山きもの学院によるチケット購入者限定の「浴衣着付けセミナー」も無料で実施され、浴衣姿で落語を楽しむ女性客の姿も目立ったとのこと。
    今回が2回目だそうで、「女ってコワいのおはなし」をテーマに、三遊亭白鳥・三遊亭兼好・春風亭びっかりさんが、「お菊の皿」などのネタを披露したそうです。
    「落語は年配の方の趣味というイメージがあったが、どれも面白いお話ばかりでとても楽しかった。日本の”和の心”を感じることができた」と話していたとのこと。
    女性専用車両や女性限定サービスなど、行き過ぎて、かえって不平等を感じるようなものも数々ありますが、落語の良さが伝わり維持できる程度に、多くの女性に受入れて欲しいとは思います。

    2012年8月 7日 (火)

    七夕の飾りは揺れて

    32年ぶりの仙台七夕。

    でも、考えてみると、じっくり落ち着いて七夕を見物したことはなかった気がするのです。
    学生時代は、この時期は帰省してしまっていたことが多かったし、社会に出てからも、平日は仕事でしたから。
    せいぜい、仕事が終わってから、中央通りから一番町まで一通り歩いたぐらいなんです・・・。

    震災を経て、様々な人々の様々な思いが集められ、気持ちがこもった祭りになっている気がしたのは、センチメンタルな私だけだったでしょうか・・・?

    それぞれが工夫を凝らした飾りは、和紙で作られています。
    時は巡り、また夏は来ましたが、あの日と同じ七夕祭りではなかった気がします。
    ミーハーな観光客の一人になりましたから・・・。

    仙台

    仙台に来ました。



    32年ぶりに七夕を観ようと・・・。
    かなり突然思い立ち、2日だけ休みをもらって。

    仙台に来ました。

    女子会?

    なでしこジャパンも、愛ちゃんと佳純ちゃんと早矢香ちゃんトリオも、フジカキペアも・・・、本当に日本の女性は強い。
    とにかく立派の一声に尽きます。
    日の本は 岩戸神楽の昔より 女ならでは 夜も明けぬ国 
    そのうちに、女性が・女性の眼で・女性の世界を・女性を主人公に・女性が描いて・女性が演る落語も、たくさん出来ることでしょう。
    全然関係ありませんが・・・。

    OB落語会

    仙台での「OB落語会」について、志ん志師匠からの提案。
    Fw:bb
    「落語会の当日は、一番町あたりでチラシを配って呼び込みをしよう」という。
    http://www.311tohoku.jp/route/
    青葉通り一番町の角は、現役時代に「落語観賞会」などの街宣をやったところです。
    とにかく、キャンパスの中は人通りが限られていますから、何とか誘導したいものです。

    立秋

    暦の上では立秋。
    朝夕が涼しくなり、秋の気配が立つ日のはず。
    立春からちょうど半年が経過し、この日から立冬の前日までが秋ということです。
    暦の上では秋ですが、日中は酷暑で、1年で最も気温が高くなる時期です。
    仙台も、七夕を過ぎると、少しずつ秋が近づいて来ることでしょう。

    噺の中のグルメ

    「大仏餅」では「八百善」ですが、落語に出て来る老舗を並べてみました。
      □ 八百善      江戸割烹    大仏餅
         http://www.yaozen.net/ 
      □ 神田川      鰻         素人鰻
         http://r.gnavi.co.jp/g013900/
      jj
      jj
       □ 王子扇屋     玉子焼き     王子の狐
         http://www.ougi-ya.jp/
       □ 荒井家      鰻         居残り佐平次     
       □ 長命寺桜もち  桜餅       お花半七
         http://sakura-mochi.com/
    jjjj
    ほかにもあるでしょうが、思い浮かべることが出来ませんでした。
    「百川」・・、は今はありません。

    2012年8月 6日 (月)

    熱中症?

    熱中症?
    これが熱中症というのでしょうか?
    身体がだるくて、熱っぽくて、水分は摂るもののトイレが近くて。
    夜中に、あまりの暑さに起きあがり、冷蔵庫の氷をタオルで巻いて、頭や首のあたりを冷やして寝ました。
    完全にバテています。
    昨日は、「圓朝まつり」をパスして正解でした。
    今朝も夏の雲。
    欠け始めた月が、この夏の雲に隠されそうです。

    学士会落語会「まくら」

    学士会落語会の会報「まくら」第19号を受信しました。
    5月と7月の例会の様子が克明にレポートされていて、楽しく読ませていただきました。

    5月は「春風亭柳橋」さん、7月は「五街道雲助」師匠でした。
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-18.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-20.html
    http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/07/post-2b2e.html

    落語名人寄席

    本屋で、なかなか渋い落語CD集を見つけました。
    コスミック出版というところが出している「落語名人寄席」。
    値段も手頃で、というか安価で、逆に心配になるくらいですが・・。
    とりあえず4巻置いてありました。
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     ◇三遊亭円生     「百川・居残り佐平次」
     ◇三遊亭円生     「三年目・首堤灯」
     ◇古今亭志ん生     「品川心中・おいてけ堀」
      ◇古今亭志ん生    「寝床・文違い」
     ◇三遊亭円遊     「味噌蔵・野ざらし」
     ◇三遊亭金馬     「孝行糖・浮世床」
     ◇桂 歌丸       「いが栗・質屋庫」
     ◇春風亭柳昇      「課長の犬・義理堅い男」
     ◇柳亭痴楽       「ラブレター・隅田川」
     ◇春風亭柳朝      「小言幸兵衛・馬の田楽」
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        ◇三遊亭円生     「三十石(上)(下)」
      ◇古今亭志ん生    「大工調べ(上)(下)」
      ◇三遊亭円馬     「子別れ・菅原息子」
      ◇春風亭柳橋     「二番煎じ・天災」
      ◇三笑亭可楽     「富久・妾馬」
      ◇金原亭馬生     「がまの油・二人ぐせ」
      ◇桂 米丸       「宝石病・手料理・狭き門・試着室」
      ◇三遊亭円楽     「あわびのし・大山詣り」
      ◇桂 文治       「禁酒番屋・やかん」
      ◇桂 歌丸       「宿屋の富・越後屋」
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      ◇三遊亭円生     「梅若禮三郎(上)(下)」
      ◇三遊亭円生     「乳房榎(上)(下)」
      ◇三遊亭円生     「引越の夢・寝床」
      ◇古今亭志ん生   「淀五郎・お化け長屋」
      ◇古今亭今輔     「藪入り・表札」
      ◇雷門助六       「長短・代り目」
      ◇三笑亭夢楽     「八五郎の出世・たが屋」
      ◇三遊亭右女助    「出札口・ユーレイ自動車」
        ◇春風亭柳好          「牛ほめ・かぼちゃ屋」
        ◇三遊亭円遊     「堀の内・花見小僧」
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      ◇三遊亭円生     「お若伊之助(上)(下)」
      ◇古今亭志ん生    「井戸の茶碗・稽古屋」
      ◇三遊亭小円朝    「千早振る・後生鰻」
      ◇桂 伸治        「豆屋・かけとり」
      ◇三遊亭円右      「三人吉三・クリスマス」
      ◇三遊亭小円遊    「現代艶笑話(一)(二)」
      ◇春風亭梅橋      「都々逸坊や・英語会話」
      ◇三遊亭小円馬    「花見酒・つりの酒」
      ◇三笑亭夢楽      「寄合酒・厄払い」
      ◇桂 小南        「いかけや・運廻し」
    一度は聴いたことがあるものが多いようですが、気になります。
    圓生師匠の噺、しかもそこそこ重い噺が多く収録されています。

    2012年8月 5日 (日)

    炎天下

    炎天下
    今日外出するのは危険ですね。
    涼しい建物の中にいないと、本当にどうにかなってしまいそうです。
    圓朝まつりで、師匠方は大丈夫でしょうか。
    ミーハーなオジサンたちもおおぜい出ているはずで…。
    とても心配です。

    ももクロ?

    「ももクロ」って聞いて、どこかの飴の名前かと思いました。
    あれは「のどクロ」でした。
    「ももいろクローバーZ」のことだそうです。
    某大手芸能事務所に所属する百田夏菜子、玉井詩織、佐々木彩夏、有安杏果、高城れにの5人によるガールズユニット。
    次世代の新人プロジェクトとして08年春に結成。
    グループ名は「ピュアな女の子が、幸せを運びたい」という意味を込めて「ももいろクローバー」と命名された。

    http://www.momoclo.net/
    我が家ではオヤジが落語にはまって完全孤立状態。
    酷暑の中、「圓朝まつり」に行こうかと迷っている中、母娘(家内と娘)は、「ももクロ」のコンサートだと、さっさと西武ドームに出かけて行きました。
    この暑いのに、実に元気な親子です。
    http://official.stardust.co.jp/momokurotei/
    ・・・・「桃黒亭」なんていうのを木久扇師匠が言ってましたが・・・。
    もしかするとこれですか?
    ももいろクローバーZに似ている謎のユニット「桃黒亭一門」。
    2012年7月5日からTBS系列で放送となったテレビアニメ「じょしらく」のエンディング曲を担当する"桃黒亭一門"。
    今回、その亭号(文人・芸人などが使用する号)を授けたのは落語家・林家木久扇だということが明らかになり、
    メンバーそれぞれが桃黒亭でこ八、桃黒亭腹ぺこりの助、・桃黒亭ぷに丸、桃黒亭ちび太、桃黒亭なめんなと襲名された。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120806-00000001-natalien-musi
    ところで、「圓朝まつり」に行くのはやめにしました。
    暑いから・・・。
    Fw:電子メールで送信: 2012-1.jpg

    天下たい平落語はやおき亭

    外は真夏の太陽がぎらぎらしています。
      ◇ へっつい幽霊   むかし家今松
    今松師匠、渋いですね。
    聴きたいなぁといつも思うのですが、なかなか行っていない。
    最後の一押しがないような、それが師匠の芸風なような・・・。
    でも、ディープなファンやご贔屓が多い師匠だと思います。
    この存在感・・・。
    売ったへっついから幽霊が出ると言う噂に困った道具屋が、1両付けて熊五郎と若旦那
    に引き取ってもらった。
    二人で家に持ち帰る途中、どこかにぶつけて、へっついが欠けて300両が出て来た。
    二人で山分けして、若旦那は吉原で、熊公は賭場で一晩で使いきってしまった。
    翌晩若旦那の方に幽霊が出て「金返せ~」と。
    これを聞いた熊公は若旦那の実家に訳を話して300両を預かって来て、幽霊を待つ。
    夜半に出て来た幽霊の話によれば、生前は左官の長五郎と名乗り、賭場では丁しか張らず、ある時大儲けをしたので地獄の通行料のつもりで300両をへっついに塗り込んで隠して
    おいたものだから、金返せ!
    交渉の結果、150両ずつの折半となった。
    しかし好き者同士、サイコロ勝負となり、一回で幽霊は空っ欠。
    もう一回勝負させろと頼むが駒が無い奴はダメと断る。
    そこで「あっしも幽霊だから足は出さねえ」

    大仏餅

    八代目桂文楽師匠の十八番でした。三遊亭圓朝の作。
    金曜日の「特撰落語会」でのさん喬師匠は、文楽師匠のとは人物名を変えていたようです。
    積もりそうな雪が降ってきた。
    父親が怪我をしたので血止めを分けて欲しいという子供が店の中に入ってきた。
    聞けば、新米の盲目乞食が仲間内から縄張りを荒らしたと突かれて怪我をしたと言う。
    山下の大店のご主人は奥から、取って置きの薬を塗ってあげた。
    子供の歳を聞くと六つだという。当家の息子も「袴着の祝い」で、「八百善」から料理を取り寄せて、お客さんに食べて帰ってもらったところだが、息子は旨い不味いと贅沢すぎる。
    その反対にこの子は雪の中、裸足で親の面倒を見ている感心な子だと、料理を分けてあげたいという。
    出した面桶は朝鮮さわりの水こぼし、あまりにも茶人が使う高級品。それを分かって、部屋に上げて八百善のお膳を二つ用意した。

    かつては、八百善の料理を味わっていた事もあるし、お茶の心得もあったが、貧乏して茶道具の全ては売り尽くし、この水差しだけは手放せなかった。
    千家の宗寿門弟で芝片門前に住んでいた神谷幸右衛門だという。
    「あの神谷さんですか」と驚いた。
    出入りの業者が言うには庭がどうの茶室がどうのと言っていたが、一度招かれたが所用があって行けず残念であったと述懐した。
    「その河内屋金兵衛です」と自己紹介した。
    お互い相知った仲であった。

    「鉄瓶点てで、お薄を差し上げたい」と言い出した。
    bb
    お菓子が無いので、そこにあった「大仏餅」を菓子代わりに差し出し、子供と食べ始めたが餅を喉に詰まらせ息が出来なくなってしまった。
    あわてて、背中を強く叩いたら息が出来るようになった。
    と、同時に眼が見えるようになった。
    そこまでは良かったが、鼻がおかしくなって声が巧く出ないようになってしまった。
    「鼻?、今食べたのが大仏餅、眼から鼻ィ抜けた。」
    ・・・文楽師匠最後の噺、言葉に詰まって「勉強しなおしてまいります」と言って高座を下り、そのまま復帰することがなかったと。
    「袴着の祝い」というのは、幼児に初めて袴を着せる儀式。
    古くは多く3歳、後世は5歳または7歳に行う。
    近世以降、陰暦11月に行うのが通例。着袴(チヤツコ)。
    現在は七五三として残る。
    民家の男子は5歳になるときは、11月吉日を選び袴着ととなえて、碁盤の上で上下を着せるという。
    bb
    「八百善」というのは、文化文政の頃(19世紀初め頃)に江戸で繁盛した料理屋てす。
    料理屋を開業する以前の八百善は、明暦の大火(1657)後に、新鳥越2丁目(山谷)で八百屋を始め、八百屋の善四郎の名から八百善とよばれた。
    その後文化年間(1804-18)に仕出し料理屋を始め、文政(1818-30)の初め頃から座敷で客をとる料理屋に発展したようです。
    八百善は当時の江戸を代表する料理屋で、八百善だけはどの料理屋の番付でも何時もトップにランクされているそうです。

    落語DEデート

    朝早くからオリンピック放送。
    金メダルは取れませんでしたが、競泳は頑張りました。
      ◇ 三年目     九代目桂文治
    こんな奥ゆかしい女性は、もういないでしょうね。

    2012年8月 4日 (土)

    松戸花火大会

    うるさいとか何とか言いながらも始まりました。




    窓から花火を見ながら、オリンピック中継を視る。
    これも夏です。

    佃祭

    佃では、住吉大社の大祭が開かれています。
    住吉神社例祭(<br />
 佃祭)八角神輿
    佃煮のルーツで知られる東京都中央区佃は、隅田川の河口に位置し、いまだに江戸情緒を残すレトロな町として多くの観光客が訪れています。
    そもそも佃は、天正18(1590年)徳川家康公が関東に下降の際、摂津国佃村から漁民33人呼び寄せ、鉄砲州向干潟を埋め立てさせ佃島と命名し住まわせたことに始まります。
    bb
    この佃を社地とする住吉神社は、正保3(1646年)6月29日、住吉大社の分神霊を奉遷祭祀し建立されました。
    以来、住吉神社の例大祭(佃祭)は、江戸幕府に許可された由緒ある祭りとして今日に至っております。
    揃衣の若衆が獅子頭の鼻先めがけ殺到する獅子頭宮出しや隅田川を渡御する船渡御祭、江戸三大囃子のひとつである佃ばやしにのって、高さ20メートルにも及ぶ6基の大幟のもと八角神輿が繰り出す風情は、文化的にも希有なものと言えましょう。
    bb
    私の持ちネタの「佃祭」の舞台です。
    昨年は、震災の影響で中止されたはずですから、新しくされた八角神輿の待ちに待ったデビューのはずです。
    bb
    昨年は、高座で「佃祭」を演らせていただいたので、住吉さまへのお礼参りも兼ねて行きましたが、今年は余りの暑さに遠慮することにしました。

    OB落語会の顔付け(案)

    仙台の「走れ家駄馬」師匠から、OB落語会の番組案が送られて来ました。
    Fw:電子メールで送信: 200704171106<br />
 49.jpg
    在京OBで高座に上がる人が増えて、OBの層が大変厚くなりましたので、顔付けにはご苦労があったことと思います。
    そんなこともあって、出演希望(可能)のOBの皆さんが「私は時間があればでいいから」と、遠慮がちだったようですが、落語会充実のため、全員が高座に上がるようにしたそうです。
    また、創部の精神「仙都に笑いを」の趣旨から、今回は特に震災の復興支援に力点を置き、地元(東北・仙台)関連の演目を意識して入れるようにしたということでした。
    実は、数日前に駄馬師匠から、「OB落語会で『ねずみ』を演ってくれないか」という依頼(打診)をいただきました。
    私は、補欠のさらに補欠の「4枚目の北(ペー)」で、今回は出番がない(当たらない)ものと諦めていたので、特に演目の申告はしていなかったので、とても驚きました。
    とはいえ、そこは「やりたがり屋」の私ですから、出演するに異論があるはずはありませんが、周囲に「出番は"最劣後"で」と言っていた手前、他の出演の方々の邪魔になってもいけないので、「全て企画(顔付け)は、仙台の先輩の皆さまにお任せします。私が出来ること(噺)は何でもやります」と回答しました。
    震災支援の趣旨ということを伺った時に、それならば「揺れるとき」をとも思いましたが、地震のシーンが出て来る噺ですから、被災者の方々に受け入れていただけるかどうかが分からなかったので・・・・。
    「こり生さんや友楽さんと相談して、復興支援の観点から、是非"ご当地ネタ"を入れて元気づけようということだから」ということでした。
    「ねずみ」は、奥州街道仙台宿を舞台にした人情噺で、私にとっても大切な(得意な)持ちネタのひとつです。
    「目黒のさんま」は、毎年秋に東京の目黒で開催の「目黒のさんま祭り」の時に提供される(無料で振る舞われる)のが、気仙沼港で水揚げされた秋刀魚だからです。
    そして、「四ツ谷用水伝」は、友楽師匠が創作した、仙台に残る用水について文字通り仙台の噺です。
    在仙のOBやご贔屓の皆さまの熱い思いを受けて復興支援の一部になるよう、精一杯勤めたいと思います。
    Fw:bb
              ≪第23回 OB落語会 ≫
    日時    平成24年9月16日(日) 午後1時開演
    場所    東北大学「片平さくらホール」
    木戸    無料
    番組    開口一番       現役部員
     (案)    錦明竹         世間亭節介   
                   一目上がり           賀千家ぴん吉
                   転宅                談亭志ん志  
                   四ツ谷用水伝         桂友楽   
                                     仲入り   
                   つる                喰亭寝蔵
                   目黒のさんま          愛し亭朝大
                   手紙無筆             南亭蕪生
                   ねずみ             金願亭乱志
    Fw:電子メールで送信: katahira.jpg

    今日は「松戸花火大会」

    今夜は、「松戸花火大会」です。
    http://www.city.matsudo.chiba.jp/index/profile/event-jyouhou/hanabi2012_kyousan.html
    部屋の西側の空に、日が沈んだ頃に始まります。
    部屋で座って遠目で鑑賞できるのは良いのですが、音もかなりうるさいものです。
    人ごみもありませんから、羨ましく思われるでしょうが、もう20年以上住んでいますから、正直なところほとんど興味はありません。
    bb
    あぁ、パンパンうるさいなぁ、今年も始まったかぁ・・ぐらい。
    暗くなったら、写真真ん中の通信アンテナの向こう側に・・・。

    2012年8月 3日 (金)

    特撰落語会

    会場はいつもの深川江戸資料館。
    今週の酷暑に身体はバテバテです。
    「さん喬・雲助二人会~夏に味わう圓朝冬はなし」という会です。
      ◆ 手紙無筆      入船亭辰じん
      ◆ お菊の皿      五街道雲助
      ◆ 大仏餅        柳家さん喬
      ◆ 千両みかん      柳家さん喬
      ◆ 政談月の鏡     五街道雲助
    「お菊の皿」までは、どっと出た疲れで熟睡。
    「大仏餅」は、どうも黒門町の文楽師匠のイメージが消えないのですが、さん喬師匠の手で、全く違う雰囲気の噺になっています。
    でも、オチも含めて、あまり気持ちの良い噺ではありません。
    「千両みかん」は、CDで何度も聴いていて、今が"旬"の噺です。
    「政談月の鏡」は、冒頭の部分だけでしたので、まだこれからという気がしました。
    終演後の9時30分を過ぎても、気温は30℃。

    桂春團治師匠

    上方落語の四天王のお一人「桂春團治」師匠が、自宅で転倒して顔面を負傷されたそうです。
    座椅子に掛けようとした手を滑らせて転倒、顔面を強打して、両頬にあざができたそうです。幸い骨折などはしておらず、怪我自体は軽症で、高座に上がることも可能だそうですが、あざが完全に消えるまで療養するとのこと。
    春團治師匠も82歳だそうですから、気をつけないと。
    一日も早いご回復をと思います。

    真夏の夜と朝

    昨夜午後7時、上野駅前のビル屋上の温度計は、なんと「32℃」でした。
    上野の森美術館近くから、上野駅ホーム越しに見える東京スカイツリーも、何となく蒸し暑そうでした。
    ところで、昨夜は満月だったんですよ。
    晴れ渡った空に輝く月は、とても涼しげに見えました。
     
    そして、烏かぁで夜が明けて、オフィス街は今日も今日とて酷暑の模様。今日の予報も最高気温は34℃とか・・・。
    やっと辿り着いた週末・・、私はもう完全にばてています。
    暑気払いをしないと・・・。
     

    らくごえいが

    来年2013年ユナイテッド・シネマ系列で全国公開予定の映画で、「らくごえいが」というのがあるそうです。
    古典落語「ねずみ」「死神」「猿後家」を原作/原案とした3つの短編オムニバス映画。
    落語家さんへのインタビューや落語家さんによる「まくら」を交えた落語体感映画!!
    ・・・なんだそうです。
    オムニバス映画ということで、それぞれ
    「ビフォーアフター」「ライフ・レート」「猿後家はつらいよ」という題名がついているようです。
    こういうのって、どんなもんでござんしょうねぇぇ。

    2012年8月 2日 (木)

    一般社団法人「落語協会」

    「落語協会」は、8月1日から「一般社団法人」に・・・。
    「一般社団法人」というのは、一般社団・財団法人法に基づいて一定の要件を満たしていれば設立できる法人で、事業目的に公益性がなくても構わない。
    原則として、株式会社等と同様に、全ての事業が課税対象となる。
    設立許可を必要とした従来の社団法人とは違い、一定の手続き及び登記さえ経れば、主務官庁の許可を得るのではなく準則主義によって誰でも設立することができる。

    一方、「落語芸術協会」と「上方落語協会」は、確か「公益社団法人」のはずです。
    http://www.geikyo.com/
    http://www.kamigatarakugo.jp/about.html
    「公益社団法人」というのは、一般社団・財団法人法に基づいて設立された一般社団法人で、公益法人認定法に基づいて公益性を認定された社団法人。
    独立した合議制機関の答申に基づいて内閣総理大臣又は都道府県知事の認定が必要となり、特定公益増進法人の一つとして一定の要件を満たす寄附金は、税額控除の対象となる。

    どちらが良いということもないでしょうが、「公益財団法人」の方が、事業の限定やら公益性の認定やらが必要な分、運営に対する規制も厳しいようですが・・・。

    仙台七夕まで

    仙台七夕へ・・・、約30年ぶりに。
    Fw:電子メールで送信: 105002_m.jpg
    もういくつ寝ると・・・。
    Fw:電子メールで送信: 105004_m.jpg


    メモリアル・・・・

    社会人として踏み出した思い出の建物が取り壊されます。
    Fw:電子メールで送信: 106a8dc355.j<br />
 pgFw:電子メールで送信: to-100ufj.jp<br />
 g
               。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
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      ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
    メモリアルグッズを申し込みました・・・。   
    Fw:電子メールで送信: pop01.jpgFw:電子メールで送信: pop04.jpg

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    2012年8月 1日 (水)

    落語(寄席)ファン・・(@Д@;

    池袋演芸場の8月上席の昼は、例年どおり「柳家小三治」師匠がトリをお勤めになります。  12時開場・12時30分開演だそうですが、ある方は「炎天下を10時頃から並ぼう」と仰っているとか・・・。
    私には到底出来ない芸当です。
    申し訳ありませんが、そこまでして聴きたいとは思いません。
    頭が下がります。

    誤字?

    人気テレビ番組で、人気タレントが書いた「団結」の「結」の文字について、かなりの問い合わせが来ているそうです。
    結のつくりが、上が短く下が長くなっていて、「文字が間違っている」というクレームが多かったそうですが、現場では、「(人気タレントの)Mさんのデザインなので……」という、訳の分からない釈明していたということです。
    漢字というのは難しいもので、事実を確認した訳ではありませんが、「近鉄百貨店」が、「鉄」という字は「金」編に「失」と書きますが、「お金を失くす」に繋がるということで、「失」を「矢」にした看板にしたところ、教育団体?からクレームが来たとか・・・。
    ところで、私が今チャレンジしている「鬼子母神 藪中の蕎麦」でも、「鬼子母神」の「鬼」の字がテーマになっています。
    鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
    しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。
    お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。
    そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。
    雑司が谷の鬼子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の姿をしているので、とくに角(つの)のつかない鬼の字を用いています。
    ・・・確かに、「鬼」の字の上の「‘」がなく「田」になっています。
    こんな感じです。

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