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2012年6月

2012年6月30日 (土)

「子ほめ」「救いの腕」「浜野矩随」

cd「寝蔵エンタープライズ」制作のBDをずっと見っ放し。
今回のだけではなく、2月の「番外あおば亭」のも出して来て。
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「子ほめ」は、師匠からご指摘の悪い癖がまだ残っていますね。
もっと、スピーディにやった方が良いかもしれません。
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「救いの腕」は、実は人前で演るのは3度目だったのですが、そこそこ語り慣れた感じはするものの、全体の流れをもっと滑らかにして行く必要があります。

自分の映像を見た勢いで、2月の「浜野矩随」。
自分で言うのも何ですが、私にとっては、かなり良い出来だったと思います。
自分で視聴していて、ちょっと涙が出て来たりして・・・。
そうそう、皆さんから「風邪だって聞いたけど、全然感じなかったよ」と言われましたが、2月の「浜野矩随」の時と比べると・・・、やはり随分違いました。
比べてみると、咳き込みそうだったので、やはりかなり抑え気味だったことが分かります。
コンディション作りというのも大切なんですね。

水無月の落語徘徊

rain・・・・色々ありました。本当に疲労困憊の1ヶ月でしたsweat01
先月の下旬から風邪を引いたのが、ケチのつきはじめ。
ずっと体調が万全でない状態でしたが、てんこ盛りの1ヶ月です。
梅雨 
なんと言っても、ハイライトは「お江戸あおば亭」です。
直前に、蕪生師匠が休演となり、開口一番を勤め、2席やらせていただきました。
これまた勉強になりました。
今回もまた盛会で、ご贔屓の皆さまに感謝・感謝でした。
奇跡的に、この日の午後だけ、嘘のように咳が止まりました。

OB落語会「お江戸あおば亭」の翌週に、OB会報「あおば亭」の編集が完成し、志ん志師匠から会員にリリース配信していただきました。

月末近くになって、寝蔵師匠から、「お江戸あおば亭」のBDが送られて来ました。
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寄席・落語会徘徊は以下のとおり。
 ■ 15日 東京落語会      さん喬師匠「抜け雀」
 ■ 20日 話芸を楽しむ「圓窓の語り」  
 ■ 22日 読売GINZA落語会    さん喬師匠「唐茄子屋」 
 ■ 23日 特撰落語会      正統な江戸落語がいい 
師匠の明烏
風邪のために、稽古会は、「落語っ子連」・「扇子っ子連」の各1回だけ参加・・・。
師匠からいただいたコメントです。
読ませ稽古、流三(りゅうざ)[帯久]。
  硬い組み立てになっているこの噺の展開を、柔らかく表現出来て
  いるので、上出来。
  ちょいと厄介な噺だが、じっくりと読んでいるので、いずれ、いい
  口演に到達するだろう。
させ稽古、永久(とわ)[藪中の蕎麦]。
  声が太くなったようだが…。


おかげさまで、本ブログへのアクセス累計は、8日には【27万件】を、さらに28日には【28万件】をオーバーすることが出来ました。
20日間で1万件のアクセスは、今までの新記録かもしれません。
本当にありがとうございます。
月末になって、「落語っ子連」の仲間3人が、一部休養することになり残念でしたが、復帰を待っていたいと思います。
・・・・色々ありました。
先輩の「Ⅰさん」から、改めて「お前はやり過ぎ、落語に入り込み過ぎ。もっと休め。たまには俺の相手もしろ。寂しいじゃねぇか・・。」と、叱責されました。

「お江戸あおば亭」BD鑑賞

cd久しぶりに予定のない休日の徒然、楽しみにしていた「寝蔵エンタープライズ」制作の「お江戸あおば亭」のBD鑑賞を・・・。

私のは、今回「子ほめ(開口一番)」と「救いの腕」の2席が収録されていますから。
・・・・自分の映像を見て、なかなか師匠から指摘されている欠点が直っていないことを痛感します。
45年ぶりの高座だった「恋し家古狂」師匠は、落研OBのMLに、ご自身の高座について、詳細かつ膨大なコメントを寄せていらっしゃいました。
それでいて、「まだ落語中毒にはなっていない」って・・・。
中毒ど真ん中にいる「自覚症状」がないほど重症だという自覚症状がないようです。Fw:bb

続けること・・・

snail無弦さんたちが、長く続けていた「落語っ子連」を退会して、今後はそれぞれ仕事などに注力されることに関して、師匠は以下のようなコメントをされました。
 芸事の稽古は「好き」だけでは続きませんよね。
 稽古というものは、その稽古を続けていないと、意味がない、
 と言っても過言ではないのです。

 物理的に、精神的に稽古が出来ないのは残念なことですが、、
師匠がずっとご指導されて来た方々ですから、師匠もさぞや残念だったことと思います。
私は、落語の稽古を始めて、ご縁あって師匠からご指導をいただいてから4年が経ちました・・。
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今まではあまり考えずに、当たり前だと思って無邪気に稽古をやって来ましたが、これからもずっと続けて行くことの大切さを、改めて痛感しました。

2012年6月29日 (金)

とても残念なこと・・・・

baseball「落語っ子連」は、約10年前にプロのギターリストである「三流亭無弦」さんが、師匠とのご縁でスタートされた素人落語連です。
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この3月で発表会も10回を数えるなど、永年師匠のご指導をいただきながら活動して来ました。
私は、落研を通じて師匠にお会いすることができ、師匠からお勧めいただいて、4年前に入会(入連)し、発表会には5回出演させていただきました。
「子ほめ」「三方一両損」「浜野矩随」「甲府ぃ」「薮入り」の5題で。
そして、この4月、スタートして10年経過を機に、師匠がこれまでの連(第1次)は一旦"修了"し、新たに「第2次落語っ子連」を始めようということで、全く新しい連としてスタートしました。
新しい連は、第1次に参加していた、無弦・まど女・まど深・まど音・まど絵・窓口と私(流三)の7名と、新たに越児・仙三・百梅・千公の4名を加えた11名で賑やかにスタートしました。
ところが、大変残念ながら、無弦さん、まど女さん、まど深さんが、それぞれ仕事の関係で、体力的・物理的に稽古に通うのが大変だということで、暫く休むことになりました。
まど女さん、まど深さんは、会社で重要なポストに就く年次となり、毎日夜遅く、休日も出ることが度々あるとのこと。
・・ということで、3人が暫く来られなくなりました。
残された8名で、頑張らなくてはいけません。
師匠がご指導されている最古の素人連としても、しっかり続けて行きたいものだと思います。

三遊亭吉窓「寄席踊り教室」

shadow師匠の一番弟子の「三遊亭吉窓」さんが、「落語っ子連」の稽古場でもある、「クレスミュージックキューブ」で、「寄席踊り教室」を始めました。
第2・4日曜日の10時からということです。
その後12時からが、我々の稽古ということになります。
師匠がご指導されている素人落語の複数の連から、既に数名の方がエントリーしているそうです。
扇子っ子連の千早亭ワッフルさんも参加しています。
吉窓さんは、寄席で一席の後、よく踊りを披露してくれますから、これまた本格的な教室です。
「かっぽれ」なんて、ちょいと踊れたら・・、いいでしようねぇぇ。

師匠のコメント

sun「落語っ子連」での「帯久」、「千早亭」での「藪中の蕎麦」。
それぞれの稽古のコメントを師匠のプログで見つけました。
◇ 6月24日(日) 落語っ子連・三流亭稽古会
読ませ稽古、流三(りゅうざ)[帯久]。
  硬い組み立てになっているこの噺の展開を、柔らかく表現出来て
  いるので、上出来。
  ちょいと厄介な噺だが、じっくりと読んでいるので、いずれ、いい
  口演に到達するだろう。

 ⇒はい、頑張ります。なんか自信が湧いて来ました。
◇ 6月26日(火) 扇子っ子連・千早亭稽古会
させ稽古、永久(とわ)[藪中の蕎麦]。
  声が太くなったようだが…。
 ⇒・・・あれっ?そうなんです。ちょっといつもと声の調子が・・。
   師匠に「まだ風邪の影響が残っているのかな」と言われました。

女児の台詞(口調)

sweat01千早亭での「鬼子母神 藪中の蕎麦」の稽古はボロボロ・・。

まだ完全に覚えていないので、良いも悪いもありません。
特に後半などは、高座本を手放せず・・、恥ずかしい・・。
師匠から、この噺に登場する女児の台詞の言い回しについて、アドバイスをいただきました。
落語では子どもはよく出て来ますが、亀ちゃんとか金坊や定吉だとか、ほとんどが男の子ですから、女の子の表現は難しい・・・。
そのコツというのは・・・。
例えば「お父っつぁんは、死んじゃったの」という台詞の場合。
  ①語尾に向かって音程を下げて行くのでなく、
  ②一旦語尾の直前を上げてから最後を下げる
音符で表現すると・・・・
 ① し ん じゃっ た の    ② し ん じゃっ た の
                            note         
   note  note  note             note note     note     note     
               note                                           
                note                           
       ミ ミ   ミ  レ  ド        ミ  ミ  ミ  ファ  ミ

分かるかなぁぁ・・。

2012年6月28日 (木)

神田から東京スカイツリー

bell神田小川町の交差点付近から東京スカイツリーが見えました。

だから何なんだと言われると困りますが、ちょっと通りかかったら見えたので・・・。
このあたりにも、落語の匂いがする気がして。

「お江戸あおば亭」のBD

cd昨日、「寝蔵エンタープライズ」から、待望の「お江戸あおば亭」のBDが届きました。
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今夜の楽しみです。
寝蔵師匠、ありがとうございます。

ピーナッツ

gemini「ピーナッツ」って、あの「スヌーピー」の?
それとも、「ロッキード事件」で使われた暗号?
「ザ・ピーナッツ」は、双子の女性のデュオで、幼い頃の昭和40年代に人気がありました。
「シャボン玉ホリデー」なんていう番組で、クレージーキャッツのハナ肇・植木等などの芸達者を向こうに回して・・・、
「お父っつぁん、お粥が出来たわよ。」
「いつもすまねぇなぁ。 こんな時に母さんがいてくれたらなぁ。」
「お父っつぁん、それは言わない約束でしょ・・」   
                ・・なんていうコントをやっていました。
ジュリー(沢田研二)の奥さんでもあった・・・。
その双子のお姉さんが、71歳で亡くなったそうです。
当時は幼かったのでよく分かりませんでしたが、今になって、改めてヒット曲を聴き直してみると、とても上手い・・・。
溜息が出るような・・。
また、昭和が消えます。マハラァ~、マハラ モスラァ~notes

「揺れるとき」のDVD

cd千早亭の稽古の時、ワッフルさんから、3月の「千早亭落語会」のDVDを受け取りました。
早速、我が「揺れるとき」を視聴・・・。
いつものことながら、こんなはずではなかったと・・・。
冗長極まりない・・。
次回は、もっさとスピーディに、そして中身も一部カットしてやらないと・・・。
でも、師匠から「この噺の継承者」だと言われましたから、大事にして行きたいと思います。

28万件

pc間もなく、アクセス累計が28万件に届きます。
ありがとうございます。
落語徘徊は、まだまだ続きます。
よろしくお願いいたします。

林家たい平さんのブログ

yacht林家たい平さんのブログ「そら色チューブ」。
http://ameblo.jp/tai-hey/page-4.html#main
「たい平と行く石巻応援ツアー5」というのがシリーズでアップされています。
その中で今回は私の他に、柳家初花くんと、弟子のあずみが落語会を手伝ってくれます。とありました。
あずみさんも師匠と一緒に、石巻で頑張ってくれているんですね。

2012年6月27日 (水)

塚越アナウンサーの訃報

karaoke落語の番組の司会なども多くやっていた「塚越孝」アナウンサー(つかちゃん)が亡くなったそうです。
享年57歳。
一見華やかな世界ですが、色々あるんでしょうね。

小三治会長再任

door「社団法人落語協会」の総会が開かれ、任期満了の「柳家小三治」会長の再任を承認したそうです。
2期目で、任期は2年。
どこぞやの与太党・・じゃなく与党と違い、こちらは安定政権です。

稽古時間の変更

clock今まで「落語っ子連」の稽古は、別の稽古場でやっていた頃からずっと、日曜日の10時30分からということになっていました。
7月から、稽古場になっている「クレスミュージックキューブ」で、師匠のお弟子さんの「三遊亭吉窓」さんの「寄席踊り教室」がスタートすることになり、我々の稽古会の時間が、12時スタートということになりました。
早速7月8日の稽古会は12時から・・・。

21世紀の落語入門

watch小谷野敦「21世紀の落語入門」(幻冬舎新書・819円)
21どんな方か存じ上げませんが、紹介文が凄い。
ファン歴三十数年の著者が、業界のしがらみゼロの客目線で楽しみ方を指南。
名人・立川談志亡き今、これから落語を聴こうとする者が、失敗せずに楽しむコツは?
ファン歴三十数年の著者が、業界のしがらみゼロの「客目線」で親しみ方を大胆指南。
「聴く前に、興津要編の作品集『古典落語』を読むと理解倍増」「寄席へ行くより名人のCD」「初心者は志ん朝から聴け」「志ん生は皆が褒めるが江戸弁がキツくて分かりづらい」……定説に時に突っ込みながら、うまい噺家、聴き方のツボ、演目の背景・歴史を一挙紹介。
落語ツウも開眼多数の新感覚の入門書。
個人的には、こういう類のものは、それぞれの人の感覚ですから、敢えて読むこともないなと思います。
「初心者は志ん朝から聴け」「志ん生は皆が褒めるが江戸弁がキツくて分かりづらい」……?
私は志ん朝贔屓でも、志ん生フリークでもありませんから、どうということもありませんが、余計なお世話ですよね。
「寄席へ行くより名人のCD」・・?
落語は生き物です。
どんな名人よりも、ライブで聴いてこそだと思います。
珍しいですね。
紹介文を読んで、買いたくなくなりました。

2012年6月26日 (火)

稽古が終わって

restaurant稽古が終わった後は、千川駅近くの「ジョナサン」で・・・。
リラックスした雰囲気の中で、軽い食事をしながら、師匠から色々なお話を聞くことができます。
普段は、それぞれ全く違う世界にいるメンバーの方々との語らいも、とても貴重なもので、早千さんが、プロのシャンソン歌手のコンサートに出演する話題だとか・・・。
ワッフルさんと屏風さんが、吉窓さんの「寄席踊り教室」に通うことになったとか・・・。
師匠は、講師をやっている日大芸術学部の事務の方から、手が汚れないチョークケースを貰ったとか・・・。
さすがに天下国家は論じていませんが。

千早亭稽古会

moon3梅雨時には珍しい、晴天に綺麗な月・・。
2ヶ月ぶりの稽古会出席です。
地下鉄「千川」駅から徒歩数分の「千早地区文化創造館」。

9月の発表会を目指して、そろそろペースアップして来ました。
  ◇ 明日ありと          千早亭屏風
  ◇ 鬼子母神 藪中の蕎麦   千早亭永久
  ◇ 閻魔の恋            千早亭百人
  ◇ 幇間腹             千早亭三十一
  ◇ お菊の皿           千早亭早千
このほか、ワッフルさん、軽太さん、窓口さんじゃなくて竜太楼さんも出席で、賑やかな稽古会です。

まだ読み稽古の人、既に高座本なしで演れる人・・それぞれ。

私は残念ながら、まだ高座本を脇に置いて、しどろもどろの稽古。

「落語っ子連」とは一味違う・・、久しぶりに楽しい稽古会でした。

落語研究会

event以前、先輩の「有賀亭〆太」師匠が、「落語研究会」の年間通し券を、朝早くから並んだりして、随分苦労して購入していたと聞きましたので、高嶺の花だと思っていました。
最近は、それほどでもなくなったそうですが、行きたくてもなかなか行けない落語会です。
その「落語研究会」が今日なんだそうです。
    ◇ 芋俵        台所鬼〆
    ◇ 青菜        春風亭一之輔
    ◇ 幽霊の辻     桂平治
    ◇ 巌流島       入船亭扇遊
         ◇ 錦の舞衣(上)  柳家喬太郎
ほほぅ、一之輔さん、乗ってますね。
平治さんの「幽霊の辻」は、先日聴いて辟易とした噺です。
これまた「桂枝雀」コピーでした。
喬太郎さんが、圓朝物にチャレンジですか。
と言っても、喬太郎さんの得意な噺のひとつですから・・・。
「操を捨てて操を立てる」というのがテーマだった気がします。
当日券は50席ほどあるそうで、17時30分より販売するとか。
・・・やっぱり行かれない高嶺の花?
でも、出演者は・・・、まぁこんなもの?

師匠と・・

ear一昨日の稽古で「帯久」の読み稽古が終わった後で、例によって色々と雑談となりました。
まず、「帯久」のオチを言ってお辞儀をしたところ、師匠が「どう。大変だろう?」と。
私は汗だくになりながらも、「はい。でも話して(読んで)いて、とても楽しいです。」
「そう・・。流三さんを聴いていて、あたしはもう出来ないと思ったよ。しっかり継承してやってよ。」とさりげなく。
それから、「台詞の中で、途中から"素"に戻ってしまうところが、何ヶ所かあったね。それが欠点だ・・・」と、アドバイスをいただきました。
そうです。以前から師匠に指摘されている私の欠点です。
読み稽古だということもあって、まだ口慣れない部分も多く、フッと気を抜いてしまうことがあったかもしれません。
それから、師匠の創作の「救いの腕」の話題になりました。
先日、このブログでコメントした内容を師匠にもお話ししてみました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/06/post-9.html
特に、「言問橋」と向島の情景描写の話。
師匠も、「言問橋」のことはどなたからかご指摘を受けたそうです。
師匠の明烏
また、工学院大学のオープンカレッジのことも話題になりました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/06/post-d570.html
何十年ぶりの「明烏」は、随分台詞を飛ばした所もあったとか。
「確かに、1・2ヶ所で言い回しにご苦労された点がありましたが・・」と申し上げたところ、「オチに繋がる仕込みを抜かしてしまって苦労したよ」って・・。
「あぁぁぁ、師匠、あそこは師匠独自の新しい演出だと思ったんですが、仕込み直しだったんですか。気がつきませんでした。」
言われてみると、確かにやや無理がある仕立てですが、全く気がつきませんでした。
オープンカレッジだから、敢えて詳しく説明するための演出だったんだろうと思っていましたから・・・。
とても充実した話題でした。

東京かわら版

book7月号メインは「桂三枝改メ桂文枝」師匠。
東京かわら版
今、江戸・上方を問わず、最も注目されている師匠でしょう。
襲名披露興行も始まっているようです。
最近、寄席・落語会に行く頻度が少なくなり、行く落語会も固定化しつつありますので、「東京かわら版」のページを繰りながらという場面も少なくなりました。
が、やはり斯界に関する情報量は随一ですから、重宝しています。
そのうちに、「お江戸あおば亭」や「千早亭落語会」などを、「天狗連」に投稿して宣伝する日も来るかもしれません。
郵便振替の用紙が同封されていました。
また、1年間の予約購読の手続をしておきました。
年間予約購読料は5,040円也ぃぃ・・。

七夕の飾りは揺れて・・・

night上野駅の正面改札口前。
七夕の飾りは揺れて・・・
仙台の「七夕祭り」の告知の大きな飾りが出されていました。
第二の故郷への郷愁が新たにな.る気がします。
七夕の飾りは揺れて・・・
学生時代に、仙台に行ったばかりの頃は、ホームシックに罹って、毎日のように東北本線の線路を眺めては、「この線路をずっと伝って行けば、家に帰ることが出来るのに・・・」なんておセンチになって・・・。
今は、東北新幹線の電車を見る度に、「この電車に乗れば、1時間半余りで仙台に行くことが出来るのに・・・」と、胸がときめきます。
今年は、七夕祭りには行けませんが、9月のOB落語会を楽しみにしています。
notes 広瀬川流れる岸辺・・ 
         七夕の飾りは揺れて・・
               青葉通りに香る葉緑・・note
 

2012年6月25日 (月)

「お江戸あおば亭」の映像

cd「お江戸あおば亭」の様子は、いつも喰亭寝蔵師匠が撮影してくださり、「寝蔵エンタープライズInc」の手により、ブルーレイやDVDに編集し、頒布しくださいます。
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先日の、「第4回お江戸あおば亭」も編集が完了して、間もなく送っていただけるようです。
今回は、事前にディスクのデザインをリリースしてくださいました。
楽しみにまっているところです。

東京スカイツリー効果?

subway上野駅のJRや地下鉄の案内板が新しくなっています。

「銀座線 東京スカイツリー(浅草方面)」という表示・・。
これ、正しいのかなぁ・・・。
下の写真のような感じで掲示されています。
銀座線からは、直接東京スカイツリーには行かれないし、そもそも浅草ではありません。

もっと正確に表示した方が・・・と思いました。
上野駅正面玄関を入ったところは、正しく案内されていましたが。

鬼子母神

artこれは「鬼子母神」の絵です。
鬼子母神
かなり大きな額入りのもので、自宅に飾って(置いて)あります。
この絵を描いたのは母です。
我が家の子どもたちが幼い頃、ちょうど仏画を習っていた母が描いてくれたものです。
このご利益があったのか、大きな病気をしたり、道にそれたりすることもなく、平凡ながら普通に育ってくれました。
「鬼子母神 藪中の蕎麦」の稽古をしていて、この絵を見ながら、台詞の言い回しを考えました。

2012年6月24日 (日)

落語っ子連稽古会

golf稽古場に着くと、既に仙三さんが、師匠に稽古をつけていただいていました。

   ◇ 町内の若い衆   三流亭仙三
   ◇ 替わり目      三流亭百梅
   ◇ 帯久         三流亭流三
       ◇ 片棒         三流亭窓口
窓口さんは、いつでも発表会は大丈夫゜という感じになっています。

実は、稽古場に入ってからも、「鬼子母神 藪中の蕎麦」の稽古をさせていただくつもりでいたのですが、突然「帯久」に変更して、全く覚えていないので、恥ずかしながら、また「読み稽古」。
暫く咳き込んでいたので、声を出してみようと思い、長講の「帯久」をやって(読んで)みました。
今日は、いつもの稽古場所の隣の部屋でやりましたので、ちょっと勝手が違いましたが、楽しい稽古になりました。
また、クレス音楽教室では、7月から「寄席踊り教室」もスタートさせるそうで、吉窓さんが、別の部屋でオリエンテーション?をやっていました。
既に、千早亭のワッフルさんをはじめ、他の連の方々4名が参加されるとのこと。
門前仲町で寄席の踊りを習うなんて、粋ですねぇぇ。

また深川不動尊

drama別に信心しているわけでも、何か用事があるわけでもないのですが、地下鉄の門前仲町の駅を上がって、稽古までちょっと時間があるので、今日も表参道を歩いて不動尊参り。
また深川不動尊また深川不動尊
10時をちょっと回ったところなので、まだ人の数は少なく、参道の店や露店は、支度中というところ。
お不動様に手を合わせて、「のうまく・・・・」と唱えなければいけないようですが・・・。
思わず「南無妙法蓮華経・・・」、それじゃあいけません。
また深川不動尊

落語はやおき亭

music落語の品ということを考えています。
先日の「柳家権太楼」師匠や昨日の「桂雀々」さんを聴いて・・。
  ◇ 権兵衛狸     鈴々舎馬風
「よく来たな。ほかに行くところがないのかい?お帰りよ。」なんていう毒舌で人気のあった師匠だそうです。
お客さんに対して失礼にあたるようなことを言って受けていた師匠でも、語り口調もしっかりしているし、そこに「品」を感じます。

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落語DEデート

noodleフードスタイリストという職業の人がゲスト。
色々な仕事があると言うのか、ゲストのネタに苦労しているのか・・・?
目覚めると、既に番組が始まっていました。
  ◆ 時そば   六代目春風亭柳橋
あの、おじいちゃんです。
「お笑いを一席申し上げますで・・・。十六文でございましてな。」
今まで、この噺は、あまりにポピュラーなのと、蕎麦を食べる仕草があるので、演るのを避けていましたが、蕎麦を食べる稽古の真似事を時々やるようになりました。
要は、どんな音が出せるか、緊張している講座でコンスタントに出せるか・・・。
一度、録音してみましょうか・・。

人形劇「怪談牡丹燈籠」

chick先日紀伊國屋書店に行ったときに見つけたポスター。

「人形でしか表現できないものがある・・・」なんという副題がついています。
「人形劇団プーク」って、名前はよく知っています。
随分古い劇団で、確か新宿に劇場があった気がします。
「から~ん、ころ~ん・・・・」が人形劇で、人形だから表現できるもの?
興味が湧きますねぇぇ。

2012年6月23日 (土)

特撰落語会「市馬・雀々二人会」

riceball開演前に、会場近くで、深川丼・深川飯を食べて・・・。

「柳亭市馬・桂雀々 東西二人会」が正式な落語会の名。
   ◆ 強情灸       柳家ほたる
   ◆ 代書屋       桂雀々
   ◆ 七段目       柳亭市馬
   ◆ かぼちゃ屋     柳亭市馬
       ◆ 夢八         桂雀々
私にとっては、今日のベストは「かぼちゃ屋」です。
会場は、雀々さんの機関銃のような高座に大爆笑でした。
「やはり上方落語とは相容れないなぁ」と思いながら、あの「喧騒」の中で、半分以上寝ていました。
余計な言葉が多過ぎる、慌ただしい、着物の裾が乱れて見苦しい。
このあたりは、「桂雀々」師匠そのものです。
前の席で聴いていたという人が、爆笑したと言いながら、高座から汗とつばが飛び散って来たと・・・。
あの品のない騒々しい噺の間で、淡々と「かぼちゃ屋」をかけた市馬さんのスタンスが素晴らしかったし、出色の出来だったと思います。
与太郎が路地に入ってしまい、天秤棒が引っ掛かってUターンできないでいるシーンが可笑しくて、「そうだよ。これがオレの落語のくすぐりの原点だよ」と思い出しました。
学生時代、この発想や感覚が好きで、落語に没頭したと言っても過言ではありません。   

観客のほとんどが、雀々さんの芸に驚き、爆笑したと思います。
が、それを冷たい眼で見ながら、この場で江戸落語の良さと市馬さんの素晴らしさを改めて感じていたのは、私ぐらいではないかと・・・。
先日の「読売GINZA落語会」の「柳家権太楼」師匠の「火焔太鼓」も、あの"枝雀流"がいやだった・・・。
江戸落語原理主義者です。
そうそう、「柳家ほたる」さん、前座「権坊」から二つ目になって、久しぶりに聴きました。
なんて言うのかな、ちょっと小さく固まっていないかな、普通の噺家さんになってしまわないかな・・・と感じました。
大人になったんですね。「権坊」くん。

細川様のお殿様

slate夜の「特撰落語会」の前に、日本橋の三越に行って、さる方の書の展示会を鑑賞させていただきました。
「細川護熙 書の世界展」・・・・。
細川家のお殿様は、落語ともご縁がありますから、これも私の落語徘徊の一環ということです。
細川元総理大臣というのが、私には一番ピンと来ます。
1938年東京都生まれ。上智大学卒業。第79代内閣総理大臣。
98年60歳を機に政界を引退、以来神奈川県湯河原で晴耕雨読の生活を送っています。本展では日々書きためた書を中心に軸、額にとどまらず屏風、風炉先など幅広い表現の数々をご覧いただきます。
お金と時間と・・・、まぁ経歴を拝見しても、本当に羨ましい・・。
少し素人っぽさが残っているような気がしました(失礼)が、楽しむことが出来ました。
ところで、三越の屋上には、「三囲神社」が祀られているんです。

なかなか雰囲気はありますよ。

お参りをして来ました。


稽古「鬼子母神 藪中の蕎麦」

sun土曜日の午前中は、ちょっと初心に戻って、落語の稽古。
「鬼子母神 藪中の蕎麦」を。
明日は「落語っ子連」の稽古会だから・・・。

京橋

clover「京橋」という響きは、日本橋ほどではありませんが、都会だというイメージがあります。

地名の由来は、かつて存在した京橋川に架けられていた橋。
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かつての橋としての京橋は、日本橋と並ぶ名橋であり、日本橋より東海道にて京都方向に向かう場合、街道で最初に渡る橋であったとして重要な意味合いをもっていた。
1875年(明治8年)、旧東海道である中央通りの京橋川に、肥後の石工である橋本勘五郎によって、石造りのアーチ橋が架けられ地域のランドマークとなった。
翌年には、京橋から新橋にかけて煉瓦街が完成し、やがてモダンな銀座と従来の町並みが残る守旧的な日本橋の接点として位置づけられるようになる。
馬車鉄道の軌道が複線で併設された大型の橋であったが、交通量の増加などに対応して掛け替えが行われている。
1905年(明治38年)、1922年(大正11年)に架け替えられている。
現在は京橋川が埋め立てられ、橋の親柱のみ残されている。

日本橋と同様、無粋な高速道路が架かってしまい、何とも残念です。
北が日本橋、西が八重洲、南が銀座、東が八丁堀と接していて、何かがありそうな街です。

町のホームページに落語

flagやはりというか何と言うか・・・。
小学校や中学校の国語の教科書には、我が圓窓師匠の落語が載っていますが、地方公共団体(町)ホームページに、落語のあらすじがアップされている町があります。
この町の名前は、「山梨県南巨摩郡富士川町」で、平成の町村合併の前は「鰍沢町」と言いました。
鰍沢
そして、載っている落語は、勿論「鰍沢」です。
http://www.town.fujikawa.yamanashi.jp/chosei/profile/rakugo.html
落語が町興しをしているという訳ですねぇ。
私も「鰍沢」にチャレンジします。

落語を聴かなくても人生は生きられる

book落語家が名人芸だけをやっていればよかった時代は去った。
Photo落語に関する文章をいま編むのなら、高座の芸よりはむしろ、落語をとりまく状況を視野に入れたものでなければ意味がない。
時代と社会を視野に入れた文章であること。
そして落語の専門家や職業的な書き手ではない、外部から落語を視ている人たちの文章であること。
それらを並列にして読むことで、落語の現在を読み解くアンソロジー。
久しぶりに落語関連の本を買いました。
松本さんの著書ですから・・・。
「落語を聴かなくても人生は生きられる」・・よね。
松本尚久著・筑摩書房(ちくま文庫)・840円(税込)

2012年6月22日 (金)

読売GINZA落語会

building京橋の交差点も、建築中の複数のビルが完成に近づきつつあり、「京橋創世」というプロジェクトの形が見えて来ました。
再開発が進んだ丸の内・日本橋と銀座の間で、やや沈滞気味だった街が、新しくなる感じです。
その京橋を銀座方面に歩くとすぐに、「ルテアトル銀座」があります。

「読売GINZA落語会」。
今回は、贔屓にしている噺家さんが出演しますので、週末の解放感とも相俟って、とても楽しみなんです。

今回は、比較的舞台に近い席で、とても良い席。
この落語会の特長は、めくりは、めくり台にセットした紙のめくりではなく、下手の黒っぽい緞帳の袖に、白い寄席文字で書いた名前を投影することでしょう。

  ◆ 狸賽         柳家甚語楼
  ◆ 引越しの夢     三遊亭小遊三
  ◆ 火焔太鼓      柳家権太楼
  ◆ お菊の皿      五街道雲助
  ◆ 唐茄子屋政談   柳家さん喬
このメンバーになると、また出演順もあるでしょうが、小遊三師匠が目立ちませんね。
正直なところ、週末の疲れをここで癒させていただきました。zzz…
権太楼師匠の「火焔太鼓」は、こういう演出は、私は好みません。
何ヶ所も奇声を発する感じで、今日はハズレでした。
雲助師匠の存在感は、権太楼・さん喬両師匠の間に入っても、全く揺るぎません。
やはり、聴き続けて行きたい噺家さんだと思います。
さん喬師匠の「唐茄子屋政談」は、長講なこともあり、各場面を万遍なく少しずつカットしている感じがして、各場面には物足りなさを覚えましたが、全体としては良かった。
この噺も、いずれチャレンジしてみたいと思っていて、その時は、さん喬師匠を参考にさせていただこうと思います。

土砂降り

rain土砂降りです。
ズボンも靴も鞄も、びしょ濡れです。
まるで通勤時間を狙ったみたいで。
ここのところ、日本列島は亜熱帯気候になったようです。
朝っぱらからの「村雨」で、街は傘をさした「道灌」ばかりです。

師匠の明烏

eye先日の工学院大学のオープンカレッジでの師匠の「明烏」。
「この噺は、何十年もずっと演っていなかった」と仰りながら・・・。
師匠の明烏
ブログでも以下のようにコメントされています。
工学院大学オープンカレッジ。
 [明烏]。
 三十何年ぶりのこの噺の口演。
 最近、落語っ子連の窓口(まどぐち)さんのこの噺の稽古で
 さんざ聞いてたので、久しぶりの緊張感はなかったが、やはり
 出来は、、、、。

カルチャーセンターですから、今はなくなってしまった「廓」の仕組み、例えば「茶屋」だとか「ひきつけ」だとかの説明や、「見返り柳」や「大門」の描写も丁寧に、また大店の若旦那の跡取りとしての素養なども含めて、45分ぐらいかけての熱演でした。
そうそう、この噺は、昨年1年間、落語っ子連の窓口さんが稽古していましたので、私も何度も聴いて、覚えてしまうほどでした。
この噺は、源兵衛と太助の立ち位置やキャラクターをはっきりしておかないと、どっちがどっちだか分からなくなってしまい、噺全体もぼやけてしまいます。
そのあたりを、師匠は丁寧に語っていましたから、「吉原」という未知の場所でしたが、物凄く鮮明にイメージできました。
これが「話芸を楽しむ」ということ、これが「圓窓の語り」ということで、このオープンカレッジのテーマが、見事に表現されていました。

源兵衛と太助という町内の札付きの悪(わる)の二人は、日向屋の主の善兵衛に「堅物の倅(時次郎)を吉原へ連れ出して柔らかくしておくれ」と頼まれた。
そこで二人は「お稲荷さんのおこもりに行きましょう。お父っつぁんも承知の上ですから」と時次郎を連れて吉原へ行き、誤魔化しながら見世へ上り込む。
時次郎はそこが女郎屋とわかって「先へ帰ります」と駄々をこねる。
が、二人は「大門の所に廓を取り締まる男がいて、三人で上がって一人だけ帰る者がいると、不審者として捕まえることになっている。若旦那、今、一人で帰ってごらんなさい。大門の所で縛られますよ」と嘘を付いて、思いとどまらせる。
時次郎は止むを得ず、相方の花魁(浦里)の部屋に引き下がった。
翌朝、部屋へ源兵衛と太助の二人がきて「帰りましょう」と言うと、時次郎は「まだ帰りたくない」と言い出す。
二人は呆れて「あっしらは仕事がありますので、先へ帰りますよ」
すると時次郎が、「あなたがた、帰れるものなら帰ってごらんなさい。
大門で縛られます」・・・・

ストーリーもオチも良いし、落語の名作のひとつですね。

洒落っ子連・千川亭

event豊島区のカルチャー講座の「圓窓の落語体験教室」は、現在第3期生が稽古をしているそうです。

 

sports第1期は、私が参加している「扇子っ子連・千早亭」です。
第2期は、先輩の愛詩亭朝大師匠が参加されている「羽織っ子連・要亭」。
そして、第3期は、「洒落っ子連・千川亭」だそうです。
稽古場の「千早地区文化創造館」から、我々は「千早亭」ということで、高座名は「千早振る」や和歌に関連する名前になっています。
ちなみに私は、「千早亭永久(とわ)」・・・、「千早振る」のオチです。
亭号は、稽古場周辺の地名になっています。
千早亭・要亭・千川亭・・・。
次は、長崎亭・高松亭・椎名亭・目白亭・江古田亭?

学士会落語会の案内

school来月の学士会落語会例会の案内を受信しました。

今回のテーマは「廓」・・・。
「幕末太陽傳」のビデオのさわりと、ゲストは「五街道雲助」師匠。
「五銭の遊び」と「居残り佐平次」。
「五銭の遊び」という噺は知りませんので、とても楽しみです。
7月21日(土)の午後2時から・・・。

喰寝蔵師匠(三流亭越児さん)

bearing噺家さんの世界は、1秒でも早く入門した方が兄弟子ということになり、天地の違いがあるそうです。
寝蔵師匠(<br />
 越児さん)大学の落研なども同様。
1年生の時の4年生なんてもう・・・、雲の上の存在で、まともに顔を見ることもできません。
私が落研の門を叩いた時に、4年生に君臨されていたのが、喰亭寝蔵師匠です。
ジージャンにサングラス、工学部のある青葉山から、バイク(と言ってもカブでしたが)にうち跨って、颯爽と部室に現われる姿に、畏怖と憧れを抱いていました。
・・・が、時は流れて、この尊敬する先輩が、何と「落語っ子連」のメンバーになり、「三流亭越児」さんになったのです・・・。
私よりも"後"で・・・。
そして、さらに”後”に、2人にとっては伝説上の存在だった大先輩の「杜の家頓平」師匠が、「三流亭仙三」さんとして、「落語っ子連」のメンバーになったので、さらにややこしくなりました。
この世界は、"1秒でも早く入門した方が兄弟子ということになり、天地の違いがある”んでした・・・・。
今、「落語っ子連」では落研OB3人が複雑な関係になっています。
           (落語研究部)      (落語っ子連)
         ① 杜の家頓平  ・ ③ 三流亭仙三
              ↓  ②  喰亭寝蔵    ・  ② 三流亭越児  ↑
         ③ 金願亭乱志  ・ ① 三流亭流三   
横軸は同一人物です。
何かジャンケンのグー・チョキ・パーみたいな関係です。
あ、そんなことはどうでもよくて、要するに、この「寝蔵」師匠・・じゃなくて「越児」さんが、風邪で体調が良くないので、今度の「落語っ子連」の稽古を休むとの連絡がありました。
原因は、「喰亭寝蔵」でトリを取った「お江戸あおば亭」が終わって、緊張が緩んだからかもしれないと、ご本人の「寝蔵」師匠がそう言っているので、仕方なく「三流亭越児」さんが、稽古を休むということになる訳ですよ。
まさか、私の風邪が移ったのではとやや心配。
それを聞いた「乱志」の「流三」は、大変心配していますと、「頓平」師匠の「仙三」さんに伝えました。             
「仙三」さんの「頓平」師匠は、日曜日は大丈夫だそうで・・・。
これでいいのか?これでいいのだ。
反対の賛成なのだ・・・。
とにかく、「寝蔵」師匠、じゃなくて「越児」さん、お身体お大事に。
師匠には、高座本のことをお願いしておきました。

2012年6月21日 (木)

不思議なペン・・?

drama本当はいけないことなんですが・・・。
これは日経新聞のコピーです。
世の中便利になりました。
ある特殊なペンで、囲んでスマホのカメラで撮影すると、囲まれた部分だけが、ちょうど切り抜いたようになるんです。
しかも、斜めから撮影しても、真上から見たように画像を補正してくれるという優れもの。
詳しい人からすれば、今さらということですが、最近こんなアプリを知って、オジサン感動しました。
慣れれば、もう少し上手く線が引けると思います。
そうそう、感動と言えば、最近他人から「感動をもらう」人が増えているようです。
私は、時々感動はしますが、決して他人からはもらいません。
自分で見て触れて、そして自分で感動しています。
尤も、「(他人に)感動を与える」なんて高ピーな輩も多いようです。
こういうのって、「これは○○です」と言うべきものを「これは○○になります」と言う感覚と同じなんですかねぇ。
とにかく変な日本語です。
「当駅は、終日禁煙になっております」では違っていませんか?
「当駅は、終日禁煙として(させていただいて)おります」でしょ?
自然にそうなったんではなくて、自分たちでそう決めたんだから・・。
ねぇ、JRさん・東京メトロさん・都営地下鉄さん・私鉄各社さん。
もっと自信を持ちましょうよ。

夏至

sunrain今日は夏至。
この日を過ぎると本格的な夏が始まるという意味なんだそうです。
冬至にかぼちゃを食べるように、夏至にも食べる習慣はあるようですが、地方によってまちまちなで、関西地方では、タコの八本足のようにイネが深く根を張ることを祈願してタコを食べているとか。
というより、今日は落語っ子連のメンバー「三流亭まど音」さんの誕生日です。birthday

あおば亭

bud「あおば亭」という呼称・・・。

勿論、仙台と大学の学生歌「青葉もゆるこのみちのく」からです。
合格電報の電文も、どちらかの大学は「桜咲く」だそうですが、我々は「青葉もゆる」でした。
OB会の活動を盛り上げるにあたって、OBに落語会や会報、ホームページ等を、統一した呼称にしようという訳で、「あおば亭」ということにしました。
ちなみに、北大がクラーク博士から「苦楽亭」というOB落語会を開催しているので、ちょっと意識したかもしれません。
     
ということで、会報は「あおば亭」、OB落語会は「お江戸あおば亭」として、同じ字体の表題を使っています。
私は、「AOBA亭」なんていう案も考えたのですが、どうも諸先輩方の反応が鈍かったようてす。
昔、「ABBA」という人気音楽グループがあったので、この「ABBA」と「AOBA」とが似ているのでと思ったのですが・・・。
尤も、あちらは、2番目の「B」が裏返しになっていました。
coldsweats01それを真似して、我々も左から2番目の「O」を裏返しにしたつもりでしたが・・・、見た目は同じでした・・・sign02
※ABBA(アバ)
 世界的に知られるスウェーデンのミュージシャン男女4人グループ。
  1970年代半ばから1980年代初頭にかけて活躍し、「ポップ・ミュー
    ジックの完成者」と呼ばれる。
  マドンナやレディー・ガガなど多くのアーティストが、ABBAの影響を
  受けたと語っている。
 
正式な表記は2文字目の「B」が逆向きとなる。

「救いの腕」の舞台

eye圓窓師匠創作の「救いの腕」は、今まさに旬な「浅草」と「向島」が舞台になっています。
東京スカイツリーがオープンして、ますます賑やかになっています。
主人公「お香」が10歳の時、姉の「お里」と喧嘩して、家を出て、浅草寺の観音様をお参りした後、向島に行き、大川(隅田川)の土手から落ちて溺れてしまう・・・・。

先日の「お江戸あおば亭」では、この舞台になるエリアをイメージしながら、ストーリーを進めました。
私は、時代設定を江戸時代に設定しました。
お香は、「向島」のどのあたりで溺れたのか・・・?
あくまでも想像ですが、私は「長命寺」のちょっと手前あたりを設定しました。
師匠の原作は、観音様から、「言問橋」を渡って向島へ行く設定ですが、確か江戸時代には、言問橋は架かっていなかったはずです。
当然のことながら、さらに上流の「桜橋」(歩行者専用の”X字”の橋)もありません。
従って、私は「吾妻橋」を渡って向島へ行く設定にしました。
Fw:写真
そうすると、10歳の女の子の足も考えると、「三囲神社」を通り過ぎて少し行ったあたり・・・。
「言問団子」や「長命寺のさくら餅」のちょっと手前あたりを想定したのです。
このあたりで土手に座って川向こうを眺望すると・・・、「山谷堀」から「待乳山聖天」の森、さらに「浅草寺の五重塔」を見渡すことが出来たかもしれない・・・。
夫の「善吉」は、暮れ六つの鐘とともに、「鳥越」を通って仕事先から帰って来る・・・。
観音様からほど近い長屋へ帰って来る・・・。
Fw:写真
※【言問橋】
 台東区花川戸 と 墨田区向島 の間で「水戸街道」 (言問通り) が
 「隅田川」 を渡る橋である。
 創架は昭和 3(1928)年、震災復興計画による復興橋梁として
 新規に架設された。
※【吾妻橋】
 台東区雷門 と 墨田区吾妻橋 の間で、浅草雷門の前を走る 「雷門
 通り」 が 「隅田川」 を渡る橋である。
 創架安永 3(1774)年、江戸時代に架けられた隅田川の橋としては
 第五番目の橋で、江戸期に架橋された最後の橋でもあった。
 以後、明治 7(1874)年 「厩橋」 架橋までの100年間、「隅田川」
 には新たな橋は架けられなかったことになる。

三遊亭鳳楽独演会

night暫くご無沙汰している落語会。
   
「船徳」と「帯久」という演題に惹かれます・・・・。

2012年6月20日 (水)

話芸を楽しむ「圓窓の語り」

school工学院大学のオープンカレッジ。
今夜は3回シリーズの最終回。
 
勝手知った新宿西口の工学院大学の8階の会場へ。

3回目のテーマは、「飲む・打つ・買う」の道楽のうち「買う」。

  ◆ 明烏     三遊亭圓窓

要するに「廓噺」ということで、「明烏」。
約45分の長講。

こういう場で師匠の噺を聴かせていただくのも、勉強になります。

台風一過

typhoonそれにしても物凄い風でした。
台風一過
今の場所に住んで13年になりますが、こんなに激しい風は初めてでした。
でも、竜巻なんて、こんなものの比ではないのでしょうね。
電車が遅れたりしているかもしれないので、早めに家を出ましたが、台風一過の青空が広がっています。

落研OB会報「あおば亭」配信

pc何とか”やっつけ仕事”で編集した、東北大学落語研究部OB会だより「あおば亭」を、談亭志ん志師匠が、OB会員に配信してくださいました。

昨年の創刊号と今回の第2号を一緒に。
少しでも多くの方々に、今の熱いOB会の活動が伝われば良いなと思います。

クール・ビズ

sun最近は、「クール・ビズ」が定着して、ノーネクタイの人がほとんどです。
ところが、天邪鬼な私は、いまだに真夏でもネクタイを締めています。
何かこう・・、ネクタイをしないと・・、という気持ちと、クール・ビズ用のシャツを持っていないからという、セコイ理由です。
明日、ある正式な外部の会議に行くことになっています。
先方から、わざわざ「当日はクール・ビズでお願いします。ネクタイは不要です」という連絡がありました。
これで、ネクタイを締めて行くと、きっとその会議の担当者が、上司から叱責されるんだと思います。sweat01
オフィシャルな会議なのだから、オフィシャルな服装で、というのは、今やルール違反みたいになっているのです。
クール・ビズ、エコのために・・・、私は、新たにクール・ビズ用のシャツを買うはめになってしまいました。
どうも、釈然としない部分があります。
羽織を着ないといけなかったのに、着流しで来いということ?

2012年6月19日 (火)

故郷の旬の味

bud先日の日曜日は、妹と二人で帰省したのですが、車の中で妹と「そう言えば、いつも伯父さんが送ってくれるトウモロコシが、今年はまだ届かないけど・・・、高齢(父と同い年)だから、作るのをやめたのかな?それとも天候不順だったのかな?」なんて話していたら・・。

今日、郷里の伯父からいつものトウモロコシが届きました。
        
毎年、甥や姪全員にまで配ってくれるのです。
早速、故郷の味を堪能して、お礼の電話をすると、ご機嫌な声が返って来ました。
「トウモロコシをみんなに送るのも、もうあと2~3年ぐらいかなぁ・・」
「そんなことはないよ。まだまだ。でも、今年は少し遅かったね」
「うぅん、今年は、天候の影響で、成長が遅く、小さくてなぁ」
「でも、実がびっしり詰まっていて、とても甘くて美味かったよ」

・・・いつの間にか80歳を超えて、少し耳が遠くなったようですが、まだまだ元気です。
何と言っても、あの母の実兄ですから。
typhoon台風接近中で、我が郷里も1時間に60ミリを超えたなんていうニュースが流れていて、今後の風雨を心配しながらも、故郷の味に舌鼓を打ちました。

春風亭柳橋さんのブログ

shadow春風亭柳橋さんのHPを見つけました。
http://shunputeiryukyo.web.fc2.com/top.html

先月の「学士会落語会」で聴かせていただきましたので。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-18.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/05/post-20.html
ブログで、「学士会落語会」のことにも触れていました。
旧帝大OBが集まった学士会の中で、落語好きの皆さん方が主催する学士会落語会にお邪魔してきました。・・・・・

藪入りの・・

fuji今年の新春に、俳句をやっている母が投句し、お師匠さんに褒められたというもの。
短冊に書いてあったので・・・・。
                     藪入りの・・
      「薮入り」を 身内に聞かす 語り初め

昨年の11月の「お江戸あおば亭」で「薮入り」を演り、そのDVDを視聴してのものでしょう。

2012年6月18日 (月)

よそ見運転?

car昨夜午後9時過ぎの首都高速6号線下り方向。
よそ見運転?
前方で事故があったようで、向島あたりは「事故渋滞」中で、ノロノロ運転が続いています。
右前方には、ライトアップされた「東京スカイツリー」・・・。
Photo_2私も、チラチラ横目で見ながら・・、前方の渋滞が解消されるのを待っていました。
すると、並んで隣の走行車線を走る車から、「ガツン!」という嫌な音。
前の車に追突してしまいました。
「おカマを掘る」というやつ・・・。
2~3分で抜けられる程度の渋滞でしたから、恐らくドライバーの若いお兄さん、東京スカイツリーを見ていたんじゃないかと思います。
そもそも、前方に停車していた事故車両も、よそ見運転だったかもしれません。
渋滞していなければ、直線でかなりのスピードが出てしまう場所ですから、事故の名所にならないように気をつけないと・・。
「救いの腕」の主人公が、大川に落ちて溺れたあたりかも・・。

紫陽花

rain「向日葵」と書いて「ひまわり」、「百日紅」と書いて「さるすべり」、「蒲公英」と書いて「たんぽぽ」・・・、「紫陽花」は「あじさい」。
  紫陽花
紫陽花の語源は、「万葉集」では「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典「和名類聚抄」では「阿豆佐為」の字をあてて書かれている。
もっとも有力とされているのは、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」がなまったものとする説だそうです。
花の色がよく変わることから、「七変化」「八仙花」などとも呼ばれているという・・・。
日本語で漢字表記に用いられる「紫陽花」は唐の詩人・白居易が別の花に名付けたもので、平安時代の学者・源順がこの漢字をあてはめたことから誤って広まったといわれている。
  紫陽花
郷里では、6月22日から7月1日まで、恒例の「南部あじさいまつり」が開かれます。
http://www.yamanashi-kankou.jp/nanbu/topics/nanbu-ajisaimaturi.html

朝日名人会

art朝日名人会の6ヶ月通し券募集の案内DMが届きました。
今年は、年間通し券は外れてしまいましたので、6ヶ月にチャレンジしようと思います。
まぁ、期待しないで・・・。
競争率が高いから。

2012年6月17日 (日)

梅雨の故郷

rain雨が上がって、蒸し暑くなった梅雨の日曜日の昼下がり。
梅雨
実家の裏庭に咲く、これは・・・、花菖蒲?
梅雨
そして、庭には、紫陽花の花。
花の色は、いずれ縹(はなだ)色に変わるのでしょうか?
この鮮やかに赤い花も縹色に・・・。
梅雨
暦は、間もなく夏至。陽が一番長い頃。
そして、梅雨が明ける頃、今度は蛍が飛び交うことでしょう。
今年は蛍を見に帰ることができるでしょうか・・・?
梅雨

落語はやおき亭

dramaけさもゲストは春風亭昇太さん。
   ◇ 力士の春  春風亭昇太
・・東名高速を走り、そろそろ文化放送が聴き辛くなる頃・・・。
雨降りで、御殿場辺りは霧が深いという・・・。
「今」の噺家さんなんだな・・。
いつも思う、昇太さんに対するイメージ。

落語DEデート

car両親の生存確認に帰省する車中で。
   ◇ たらちね  八代目春風亭柳枝
昭和34年の音源だそうです。
それにしても、本当に言葉遣いの丁寧な師匠です。
恐惶謹言・・・よって件のごとし。
酔ってくだんのごとし・・・。
学生時代は、今ひとつわかりませんでした。

抜け雀・・?

chick東京落語会での「柳家さん喬」師匠の「抜け雀」。
相変わらずのさん喬ワールドで、客席は大満足でした。
・・・が、頓平師匠も金魚師匠も、勿論私も、ちょっと気になる点がありました。
終演後のいつもの一献の場で、誰言うとなく話題になりました。
というのは、この噺のオチは、多くの方がご存じの通り「親を駕籠かきにした」です。
現代でもポピュラーなもの(言葉)であればともかく、この「かごかき」という言葉は、マクラあたりで説明しておかないと・・・。
知らない人でも、「あぁ、親に鳥かごを描かせたんだ」と、日本語としては通じますが、オチの真意までは伝わりません。
せっかくの良いオチが・・、勿体ないことになります。
放映時間の都合で、マクラをカットしたからでしょうか?
いずれにしても、「抜け雀」でなく「抜かれ雀」になっちゃった。
万が一、仕込みを忘れたのなら、「抜かり雀」になりますね。
私は、この噺は大好きで、演りたい噺ベストテンに入っているのですが、ひとつ気になるのは、高名な絵師が、雀の絵に鳥かごを描くだろうかということです。
圓窓師匠は、「雀」だからと「竹」を描く演出にしています。
そして、父親を絵にも長けた医者という設定にして、息子に「親を藪にした」と言わせるオチにしています。

「お江戸あおば亭」楽屋の裏話

sweat01先日の「お江戸あおば亭」。
祭りの後の何とやらか、楽屋に忘れ物が2つあったとさ。
ひとつは「高座扇」。
Photoお席亭が見つけてくださり、端唄の稽古に通っている笑児さんが受取り、笑児さん宅に祀られている「弁天さま」の前に、無事保管されているとのこと。
ところで、笑児さんの家には、習い事の神様「弁財天」が鎮座ましますとは・・・。
その方が驚き。
もうひとつは「羽織の紐」。
古狂師匠の着物の中に、誰のものか分からない羽織の紐が・・・。
持ち主は判明して、今は古狂師匠が大事にしまってあるとのこと。
いずれの忘れ物も、紛失せずで、まずはめでたし、めでたし。
・・・誰が忘れたかって?
私ではありません。
忘れた2人の名前は・・・・、匿名が粋としておきましょう。
1人は夢を見ていてうっかりしてしまったか、もう1人は紐にも足が出て他人の荷物に紛れ込んでしまったか・・。

2012年6月16日 (土)

会報「あおば亭」原稿完成

pencil会報「あおば亭」の原稿が完成。
内容は、桂友楽師匠と三柳亭文枝師匠の濃い内容の投稿。
内気家てれ生師匠の「落語の舞台を歩く会」のレポート。
杜の家頓平師匠の「第4回お江戸あおば亭」のレポート。
9月の「OB落語会」の告知と、「お江戸あおば亭」の出演者募集。
これで良いでしょうかと、OB会役員の皆さんに諮っているところ。

ゆるキャラ「はなしか」

pig世の中は「ゆるキャラ」ブームです。
Fw:写真
落語協会でも、ゆるキャラ「はなしか」を創り、今年3月からキャラクターグッズを販売しています。
「はなしか」は今春の真打昇進披露に合わせて、「柳家ほたる」さんが考案。
落語家の別名である「はなし家」とかけて、"尾に花をつけた鹿"をモチーフとしています。
以下は新聞の記事です。
「寄席のお土産を作ろうということで、落語家が集まり企画を考えていたところ、柳家ほたるが落書きのような『はなしか』のイラストを持ってきた。
これでは駄目だろうと思っていたが、当協会会長の柳家小三治師匠が気に入り、商品化にこぎ着けた」と五明樓玉の輔さん。
グッズは「手拭い」「携帯ストラップ」(以上1,000円)、「ステッカー」(300円)の3種で、鈴本演芸場、浅草演芸ホール、池袋演芸場、新宿末廣亭、国立演芸場、横浜にぎわい座の売店で販売するほか、各地で開催される落語会でも販売する。
販売を開始して1カ月半ほどで、手拭い1000枚の在庫はなくなってしまった。
「既存のグッズのほか、ぬいぐるみを作ってほしいという声も多く寄せられている。
Tシャツなどの新グッズも考えている」と柳家三之助さん。
落語協会ホームページでは「はなしか日記」を公開し、全国に赴くはなしかの姿を見ることもできる。

・・ま、そういうこともあるという話。

充実の写真

wink「お江戸あおば亭」大盛会おめでとうございます。
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Fw:写真Fw:写真
Fw:写真Fw:写真
Fw:写真
ご贔屓の皆さま、ありがとうございました。
写真は、古狂師匠と志ん昼さんの撮影によるものです。

師匠のブログ

scissors師匠に、「鰍沢」の高座本の感想を送り、有り難い返信をいただきましたが、さらに、「あたしのブログと高座本に、この感想を載させてもらうよ」とのメール。
勿論、「結構です。光栄です。」と返信。
早速、アップされていました。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201206/article_13.html

2012年6月15日 (金)

東京落語会

note考えてみると、体調不良もあり、今月初めての落語会です。
    ◆ 動物園       三遊亭鬼丸
    ◆ 富士詣り      春風亭柳好
    ◆ 笠碁         柳亭市馬
    ◆ 盃の殿様      柳家小満ん
    ◆ 岸柳島       林家正蔵
    ◆ 抜け雀       柳家さん喬
なかなかの顔ぶれで、いくらか身体の癒しになったかもしれません。
東京落語会はNHKが主催していますから、客席の真ん中に大きなカメラが2台、デンと設置されています。
いずれ、「日本の話芸」あたりで放送されることになります。
私は、ほとんどテレビ放映を視聴することはありません。
同列のひとつ空いて隣と、前列真ん前の席に座るバカ笑いデブ二人が邪魔で・・・。
特に、同列のデブが笑う度に、座席が揺れるので、不愉快この上ありません。
10月からの更新が待ち遠しい・・・。

OB会報「あおば亭」

pen「お江戸あおば亭」が終わると、次は会報「あおば亭」の編集。
20120613145503_00001一度完成させて、先日の「お江戸あおば亭」で配布しようとしたのですが、「お江戸あおば亭開催さる」を入れてからにしようという訳で、ボツになりました。
早速、頓平師匠から、先日の原稿が届き、すぐやらないといけないのですが、体調が悪く、落語会で燃え尽きた部分もあり、まだ着手出来ずにいます。
素人ですが、否、素人故に、編集というのは難しい・・。
本音を申し上げると、創刊号などは、かなり体力をかけて(私なりに)一生懸命編集し、慌てて印刷して前回の「お江戸あおば亭」間に合わせた割に、読者(OBの皆さんの)反応は鈍く、かなりの徒労感に襲われましたから。
もう少し気力が湧いてからにしようと思います。
読者というのは気まぐれで、意外に事前・事後の体温というのが違うもので、梯子を外された気になるものです。
別に褒めてもらいたいとは思いませんが。
まぁ、この類のものは、不用・不要・不急のものなのでしょう。
あまり多くを期待せず、適当な体力配分で行こうと思います。
適当な構成、適当な体力、適当な時期・・・。

喰亭寝蔵「天狗裁き」

thunder待ってましたのトリは、「落研御三家・名人・喰亭寝蔵」師匠。
圓窓師匠に上げて貰い、自信の高座です。
名人と同じ高座に出られる幸せは、何にも代えがたいものです。
「お江戸あおば亭」を始めて、番外を入れると今回で5回。
志ん志師匠と寝蔵師匠と私の3人は「皆勤」です。
何よりも好きな落語が演りたい。
「あおば亭」をずっとずっと続けて行きたい。
だれが何と言おうと、3人の気持ちが揺らぐことはないと思います。
大変僭越ですが、達人・志ん志、名人・寝蔵を目標にして、一歩でも近づけるようになりたいというのが、もしかすると、私をさらに奮い立たせるパワーの源になっているのかもしれません。
「トリの人上手いね」「寝蔵さんいいね」・・・。
当たり前です。
Fw:写真
私のミスで、後半に「救いの腕」と「天狗裁き」を続ける番組にしてしまいました。
「天狗裁き」のオチにも拘わる重要なファクターである「夢」を、最後に「夢」から覚めるシーンのある「救いの腕」が、ついてしまいました。
本当に申し訳なく思います。
にも拘わらず、多くの方から「天狗裁きっていうのは面白いね」なんて、噺の評価さえも上げてしまう技の物凄さ・・・。
大盛会の落語会のトリの出囃子は、勿論「中の舞」でした。

fuyukai…不愉快…?

fuji「fuyukai_tokyo」というところからメールが来ました。
「何これ? 変な名前・・・怪しい。ふゆかい? こちらの方が気味が悪くて不愉快!」と言う訳で、すぐに"ごみ箱"に移しました。
そして、数日経って、この"ごみ箱"を空にしようとした時、何気なく眼に入ったのが、「グループ参加のお知らせ」という文字。
「何?不愉快グループに参加?」
もう一度見ると、「富友会東京支部のメーリングリストです。」・・・。
「富友会」って、高校の同窓会の名前ではないですか。
Photoおいおい、何とも紛らわしい・・・。
「不愉快」はないでしょう・・・。
せめて「fuyuukai」だとか「fuyu-kai」なら、もう少し好意的に見られたのに。
弱小田舎県立高校同窓会の東京支部のMLへの参加・・。
前向きに考えておこう・・・。

note霊峰富嶽の聳ゆるところ 青松白砂に陽の陽炎へば
     紺青の海のどかに歌ふ 秀麗此の地にそそりて立てり
                         懐かしきかな 我らが母校notes

歌詞が短いから、まだフルコーラス歌えるんですよ。

楽屋にて

flair開演前のちょっと緊張する中で、楽屋で寛ぐ3巨頭?
背中が友楽師匠、左が古狂師匠、奥が志ん志師匠。

友楽師匠が、そろそろ着替えようとしているところのようです。
広くはありませんが、ホッと出来る空間です。

「鰍沢」のこと

book師匠の高座本「鰍沢」を読んで発見した、師匠のオリジナルの工夫と感想、この演出でチャレンジしてみたいとメールしました。
写真写真
師匠、先日の稽古会の時頂戴した「鰍沢」の高座本を拝読して、とても驚きました。
圓朝の名作で、しかも私の故郷が舞台ですので、大変気になる噺ではあるのですが、猛吹雪に迷って難渋している旅人を、家の中に入れてくれる優しい元花魁のお熊が、いくら金目当てとは言え、毒を盛って、鉄砲を持って追いかけて来るのはあまりにも酷いし、落語に合わないなと思っていました。
また、とりあえず鉄砲の弾は外れたとはいえ、まだ激流の中で丸太一本にすがって流されている状態なのに、「お材木(題目)で助かった」なんて言えるのだろうかと・・。
・・・ずっとこんな違和感がありました。
ところが、師匠の高座本での演出は、この2点が見事に、いとも簡単に解決されていました。
驚きました。こういう手があったんですねぇ。
・・・という訳で、故郷の噺にチャレンジさせていただくお願いをする日も近くなって来ました。
以上、高座本の感想です。

Photo_2早速、師匠から返信を頂戴しました。
小生の工夫に納得してもらって、とても嬉しいです。
10何年前に工夫して、テレビで放映しました。
プロの噺家には、古典、既成を至上とする者が多いので、この噺の矛盾にはほとんど感知していません、。
だから、工夫にも誰もがノータッチでした、、、。(笑)
茶の間で見ていた今の文楽さんが後日、楽屋で「驚いたよ、夢になったんで」と言ってきました。
「夢に驚いた」だけで、それ以上奥の真髄には触れずでしたがね。

(近々、故郷の噺にチャレンジさせていただきたいとお願いをすると)Photo_3
是非とも演って、、、。     圓窓

・・・とても嬉しいコメントです。
「圓窓五百噺ダイジェスト」では、師匠は以下のようにコメントしています。
圓朝作の三題噺で「小室山の御封」「卵酒」「熊の膏薬」がお題。旅人と元花魁との会話は妖艶であり凄味があるという聞きどころ。
落ちは「お節徳三郎(下)」と同じなのが気に食わないし、また、命拾いをした瞬間に駄洒落を口にするのも不自然。Photo_4
あたしは以前、「卵酒を飲んだあと眠った新助の夢だった」と設定にして他の落ちを工夫したこともあったが、成功したとは思えないので、それは捨ててしまった。
いつか、工夫したいと思案している。

ここでは、一旦捨てたというコメントになっていますが、少なくとも元の展開よりもずっと納得できるもので、地口オチであることには変わりませんが、これで演ってみたいと思います。
幸い、師匠から「鰍沢」のチャレンジのお許しもいただけました。
来春のいずれかの会あたりで演ってみようか・・・。

2012年6月14日 (木)

黄昏

moon3昨日、早めに帰宅して。
黄昏
午後7時過ぎの西の空。
江戸川を越えて望む西方の空、夕焼けがきれいでした。
今日もとりあえず平和に過ごすことが出来ました。
「水神」でカラスに戻ったお幸が、飛んで行く・・・。
こんな感じなのでしょうね。

金願亭乱志「救いの腕」

eyeglass何の自慢にもなりませんが、掛け値なしの本当に、正座して通しで稽古が一度も出来ずに臨んだ高座でした。
師匠創作の「救いの腕」。
師匠からネタ下ろしの時に言われたことを思い出して、とにかく自然に感情移入をして、自分の口調でしっかりと語ることを心がけることにしました。
落語の絶対音階のない私が、第一声で発する声をベースにして登場人物になりきり、噺の流れに身を任せて語ろう。
Fw:写真
不思議なことに、言葉は自然に出て来ます。
後半は、大川と浅草と向島を思い出して、お花見の喧騒が遠くに聞こえ、大川越しに待乳山聖天から山谷堀、奥に五重塔を望むことをイメージして、主人公の「お香」に吾妻橋を渡らせました。
ネタ下ろしの時には表現出来なかった部分です。
師匠から、「噺はね、活字で覚えちゃいけないよ」と言われて、良く言えば自然に、悪く言えば出たとこ勝負(ぶっつけ本番)で噺を、会話を、地語りをする。
流暢さや鋭さに欠けて、一見上手には見えないかもしれないが、感情と情景を描く努力。
落語を知らない同僚のFさんに、「噺で映像を見せることが出来ることを体験しました。いろんな情景が見えてきました。見たこともない風景が見えてくる! すごいです」と言わしめることが出来たのは、その一部でも表現できたからなのかもしれません。
師匠の御守だと思って、高座の座布団の脇に置かせてもらった湯呑の存在に助けられました。
馴染みのない噺で、まごついたお客さまもいたかもしれませんが、私は新しい体験が出来ました。
出囃子は、勿論師匠のを拝借して「新曲浦島」。

ご通行の方ご来場

wink偶然に国際通りを歩いていて、「浅草ことぶ季亭」の前を通りかかったYさんという方が、
「お江戸あおば亭」のチラシを見て、ご来場くださり、最後まで聴いてくださいました。
   Fw:通行人
仙台の青葉通りのかつての「日立ファミリーセンター」では、呼び込みをすれば、何人かは入場してくれたものですが、意外なお客さま(失礼)に、大喜びするやら、ちょっと緊張するやらでした。
お住まいをお尋ねすると、元浅草だとか・・・。
粋ですねぇぇ。

高座本「鰍沢」

typhoon・・・・帰ってきたお熊は「なんてことを。身延参りのカモを一羽泊めたんだ。胴巻きに100両有りそうだから、だからおまえが帰ってきてひと仕事するまで逃げられないように卵酒にしびれ薬を仕込んだんじゃないか」。
これを聞いた旅人は驚いた。痺れた体に鞭打って抜けた壁から逃げ出し、落ちた紙入れから、小室山で授かった毒消しの護符を雪で飲み込むと、身体が効いてきた。
人間欲が出て、戻らなくても良いものを部屋に戻り、道中差しと振り分け荷物を取ると一目散。
物音に気づいたお熊は、カタキだからと鉄砲を持ってぶち殺すからと追いかけた。 ・・・・
・・・・三遊亭圓朝の名作「鰍沢」のラストシーン近くのクライマックス。
吉原の花魁だったお熊に、しびれ薬を飲まされて逃げ出したところを、鉄砲を持って追いかけられる場面。
原作では、このお熊が悪人で描かれています。
Fw:電子メールで送信: IMG.jpg
それから、落語の常ではあるのですが、オチの後どうなったかという素朴な疑問が出て来ることがあります。
激流の中、丸太につかまって「お題目(材木)で助かった」・・・。
とりあえず追っ手からは逃れられましたが、果たして本当に助かったのでしょうか・・・?
名作にケチをつける訳ではありませんが、我が郷土を舞台にした噺で、いずれチャレンジしてみたいと思う者にとっては、お熊の悪人ぶりとオチの設定に、今ひとつ納得できない部分がありました。
先日の稽古で、師匠の高座本をいただいて読みました。
すると、何とこの2点の違和感が払拭された形になっているではありませんか。
オチの「お題目(材木)」は同じですが、「これだ!」と思いました。
近いうちに、是非チャレンジしてみようと思います。
師匠にも、近々「鰍沢」にチャレンジしたいとメール・・・。
久しぶりに、小室山(妙法寺)や法論石や釜ヶ淵、身延山に行こう。
東海道から身延道を行こうとする「笠と赤い風車」と、甲州街道から身延道を下ろうとする「鰍沢」。
身延参りがテーマになった「ご当地噺」が持ちネタになりますから。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・。

恋し家古狂「湯屋番」

clock45年という時間を超えて甦った「恋し家古狂」のめくりです。
我々後輩の中で伝説の「湯屋番」。
文字通り、満を持しての登場です。
この古い写真は、今から48年前の現役時代の古狂師匠。
「日立ファミリーセンター」で「不動坊」を演じているところだとか。

時空を超えてやって来た、青春の光と影・・・。
それにしても、ブランク45年など微塵も感じさせない、本当にお見事としか言いようのない完璧な高座。
表情・仕草・視線、そして声・・・。
ビフォー・アフターなどと比較する必要もなく、とにかく若いsign03
ご本人ははっきり仰いませんでしたが、きっと物凄く稽古をされたと思います。
誰かみたいに、「歩き稽古が出来ないよ、てへぇぇ。」なんて足元にも及びません。
それから、着物や上下の視線に至るまでのこだわりも物凄い。
今まで、爪を隠していたんですね。
Fw:写真
芝居の台詞や都々逸の節回しにもこだわって・・・。
この噺は、全編やれば1時間以上かかるところを、マクラも入れて30分で仕上げたところも憎い。
でもかなりカットしたようで、まだまだ喋り足りない感じでした。
・・・という訳で、また一人、「重度落語中毒」患者が増えました。
出囃子は、ご本人のリクエストで、「毬と殿様」で。

2012年6月13日 (水)

仲入り

cherryあっという間に「仲入り」です。
 時計は14時20分。
急遽進行役としてお手伝いしてくれた「金研亭志ん昼」さんの「お仲入りぃぃぃぃ~」と、お囃子を流して、暫しの休憩。
楽屋もホッとした雰囲気。
久しぶりに高座に上がる「恋し家古狂」師匠が、着替えを始めていて、鮮やかな色紋付が楽屋でも映えています。

後半の高座返しをお願いした「志ん志」師匠とも、簡単に打合せ。
何と言っても、今回の最大の目玉は、「帰って来た古狂」。
決して、「故郷に帰った」ではないのです。
古狂師匠がご自身で選んだ「てんてん手毬」の出囃子のセットを確認して、14時30分過ぎに、後半の開演です。

下町

house「下町」とは?
1.海・川に近い所に発達した、主として商工業者の住む地域。
  ダウンタウン。
2.東京では、台東区・江東区・墨田区・江戸川区・港区・中央区
  の辺りを指す。
  中央区、港区を抜き、荒川区、葛飾区、足立区を入れる場合
  もある。
  桜新町・麻布十番などを「山の手の下町」と呼ぶことがある。

日経新聞によると、「下町」の範囲というのは、時代によって異なるようで、時間の経過とともに、広がっているようです。
江戸時代に下町と言われたのは、江戸城の東側が西端、東端は隅田川、南端は新橋、北端は神田川。
明治になって、京橋・日本橋・神田・下谷・浅草の5区が下町とされたようです。
ということは、江戸時代、上野や浅草は下町とは言われていないということです。
さらに関東大震災後、墨田区や江東区に移り住む人が多くなり、下町に加わる。
そして戦後、古くからの下町がオフィス街化したことにより、葛飾・荒川・足立・江戸川、さらに大田も下町になりましたと。
落語を演る時には、このあたりをしっかり押さえておかないといけませんね。

談亭志ん志「へっつい幽霊」

cherry仲入り前は、「落研御三家・達人・談亭志ん志」師匠。
今日の着物は渋かった・・。
出演者の着物の色を考えつつ、前半と後半の座布団を替えました。
前半は紺色、後半は黄色系の座布団です。
気がついた方はどれぐらいいらっしゃったでしょうか?Fw:写真
着物と座布団のバランスもいいでしょ。
さぁ、「志ん志50席」を目指している志ん志師匠。
あと、43席ぐらいでしょうか?
今回も渾身の「へっつい幽霊」に、いつの間にか客席は「志ん志ワールド」の真っ只中。
打上げ会のご贔屓からのコメントでも絶賛された出来でした。
まぁ、達人・志ん志には、これく゜らいのことってなもので・・・。
今回の落語会の開催まで、OBへの連絡など、本当に行き届いたご案内をしていただき、その情熱と優しさを目の当たりにしました。
何が嬉しい(申し訳ない)かと言えば、仲入り前に高座に上がっていただいた後、仲入り後の高座返しをやっていただいたことです。
しかも、私などは、不遜にも、湯呑まで運んでいただくという・・・。
ありがとうございます。
とにかく、包容力のある雰囲気と優しい声、素敵なロマンスグレーで、ファンの多い志ん志師匠です。
出囃子は、大きくて優しい雰囲気から、明るく「元禄花見踊り」。

2012年6月12日 (火)

咳ぶり返し

sad昨日の夜あたりから、少し治まりつつあった咳が、またぶり返して来ました。
今夜は、「扇子っ子連・千早亭」の稽古日なのですが・・・。
ワッフルさんに、欠席の連絡とお詫びを申し上げました。
師匠も、あまり調子が良くないと仰っていましたが・・・。
私のせいでしようか?
それにしても、季節はずれのしつこい咳には参りました・・。

座布団

budささやかな趣向ですが、前半と後半で、座布団(の色)を替えてみました。
前半は青い座布団にしました。
出演者の着物の色を確認して、あまり同系色にならないように。
Fw:写真
後半は、いつもの黄色の座布団です。
かなり頻繁に使っていますから、随分薄くなっています。
Fw:写真
それにしても、我ながら、開口一番は開口一番らしく、羽織を着たら着たなりの雰囲気になっていますね。

頂戴した感想・コメント

yacht今回も、特に知人や友人などにはあまり声をかけませんでした。Fw:写真
おかげさまで、叔父ファミリーがずっと応援してくれていて、毎回家族とご近所の方を誘って来てくれたり、落語っ子連や扇子っ子連の、窓口さんやワッフルさんや、まど絵さんや早千さんが覗いてくださったりしています。
本当にありがたいことです。
落語は、自分が好きで勝手にやっていることで、それをあまり興味のない人に言っても迷惑だと思いますから、基本的にはあまり広く知らせたりはしていません。
特に会社では、趣味が落語であるぐらいは知っている人も多いようですが、進んで話すことはありません。
そんなに偉そうに触れて歩くほどの芸では到底ありません。
ところが、(驚いたことに)会社の同僚の、Oさん・Yさん・Fさんが、雨降りの休日にわざわざ来てくださいました。
職場ではずっとゴホゴホ咳ばかりしていましたから、心配もしていてくれたようです。
この3人の共通意見は「みんな上手いsign01 木戸銭2,000円の価値は十分にあるsign03ということでした。
早速、出社した時に、「3人分6,000円」を請求しました。bleah
最も若いFさんからは、メールで「今日は・・・噺で映像を見せることが出来ることを体験しました。いろんな情景が見えてきました。見たこともない風景が見えてくる! すごいです。ぐっとくるところがありました。どうやらYさんもぐぐっときていたらしいです。とても楽しかったです。」というコメントがありました。
落語ファンが増えたかな?

窓口さんやまど絵さんからは、体調・咳の心配をしてもらいました。
ワッフルさんは、千早亭で、「救いの腕」の稽古をしていた時から見てくださっているので、「私は、永久(=乱志・流三)さんの『救いの腕』は稽古の時から聴いていますが、やはり回を重ねるといいですね。噺が身に付いて自分の物に成ってくるのですね」と。
東大落語会」の重鎮で「学士会落語会」の代表委員でもある「三山亭多楽」師匠からも、コメントを頂戴することができました。
「(『救いの腕』は)初めて聴きましたが、あの女性が主役の地味な内容の噺を、じっくり語って聴かせる力量は大したものです」・・・。
本当にありがたいことです。光栄なことです。
今後の励みにさせていただきます。
ご贔屓からは、「芝浜」のリクエストも頂戴しましたので。
「救いの腕」は、女性二人の会話が中心の噺だったので、私の語りが「芝浜」のおかみさんの台詞にも耐えられると思っていただいたのかも・・・sign02

桂友楽「黄金の大黒」

birthdayそして、「落研御三家」の一人、「職人・桂友楽」師匠です。
仙台から駆けつけていただいた、セミプロの友楽師匠。
まずは、最近の仙台落語事情。
東日本大震災後の様子、ご自身の落語活動のことをひとしきり。
そして、9月16日(日)に開催予定の、「OB  落語会」の宣伝。
初めて、大学のキャンパス内の施設「片平ホール」での開催で、通行人の方のご来場は望めませんから、前宣伝をしっかりやろうと・・・。
「黄金の大黒」は、持ちネタの多い友楽師匠のお得意のもの。
確か、4年前の仙台での「OB落語会」で、私が「ねずみ」でトリを取ったときに、お演りになった記憶があります。
とにかく場馴れしていますから、袖で安心して聴いています。
お客さまの受けも良いようです。
そういえば、私は「お江戸あおば亭」は、客席から聴いたことは一度もありません。
いつも楽屋か舞台の袖で聴いています。
ある意味では、気楽な状態で聴くことは出来るのですが。
Fw:写真
友楽師匠、随分丁寧なマクラを振り、いつも通りの友楽節をたっぷり披露して、高座を降りました。
それこそ開口一番に、「いやぁ、とっても良いお客さんだね。反応が素晴らしい。」と。
「これも、乱志君が開口一番で、客席を掴んでいてくれたからだよ。」
・・ありがとうございます。
開口一番冥利に尽きるというものです。
出囃子は、友楽師匠の定番、桂文楽師匠の「野崎」。

2012年6月11日 (月)

浅草お茶の間寄席

tv久しぶりのテレビでの落語視聴。
   ◇ 船徳      春風亭小柳枝
来月の今頃は、四万六千日、もう「船徳」の季節です。

師匠の高座本

book稽古会で、師匠の高座本をいただきました。
今までの私の持ちネタも含めて7題(冊)。
持ちネタは、必ずしも師匠ので演ったものではありませんから、ストーリーやオチも違っていますが、今後練り上げて行く上での参考にしたいと思います。
  ・ねずみ  ・花色木綿  ・花筏   
そして、いずれやりたいと思っていた噺もいただきました。
  ・抜け雀  ・水神   ・鰍沢  ・三味線栗毛
「鰍沢」を読んでみると、最後の部分に師匠の新しい演出が施されていました。
何か、後味の良くない部分が、かなり癒されるストーリーになっています。
ますます演りたくなって来ました。
「すごいねぇぇ。これ全部覚えるんだね?」
なんて、師匠が笑っていました。

開口一番「子ほめ」

drama「開口一番」を辞書で調べると・・・、
「口を開いて最初に言う言葉。話を始めるやいなや。口を開いたとたんに。」とあります。
 これが落語の世界になると・・・、
「落語会などで、その一番最初に演じる者。 多く の場合前座が務めるが、前座がいない会もあり、二ツ目や真打の場合もある。」ということになります。
「お江戸あおば亭」の2日前に、蕪生師匠のご都合が悪くなり、急遽休演されることになってしまいました。
寄席や落語会ではよくある話です。
とはいえ、我々のような層の薄い素人落語では、「落研四天王」のお一人が抜けるというのは、実に大変なことでした。
単純に、一人繰り上げて順繰りにという訳にも行きません。
そこで、寄席の雰囲気をお届けするという観点からというこじつけで、演題や出演者を出さない「開口一番」を思いつき、時間もないので、私がやらせてもらうべく、先輩方に諮りました。
幸い、皆さんのご承諾が得られたのですが、さて、開口一番で何を演ろうかと、ハタと悩みました。
Fw:写真
私の持ちネタは、人情噺が多くて、前座噺があまりありません。
しかも、翌々日の高座で演るのに間に合いそうなネタは・・・・?
「花色木綿」「千早振る」「子ほめ」なら、一晩で何とかなりそうだ。
前座噺ではないが、「三方一両損」「花筏」でも・・・?
「子ほめ」にしたのは、師匠との出会いで演った噺だったからです。
図らずも、大先輩の「愉し家団巣」師匠、「有賀亭〆太」師匠、「翁家寝坊」師匠から、「圓窓師匠に初めて聴いてもらった噺だね」と、言っていただきました。
・・・という訳で、前編を少しカットして、ほとんどぶっつけ本番で演ってみました。
稽古をして浚ってみようにも、咳き込んでしまって、本チャンの「救いの腕」も手付かずでしたから。
「開口一番」のめくりはありませんので、「第四回 お江戸あおば亭」のままでの高座です。
何とか終えて高座を降りましたが、良かったのか悪かったのか・・・。
後は、「落研御三家」と「恋し家古狂」師匠におまかせです。

湯呑

japanesetea本当に不思議なことに、先週あれだけ酷かった咳が、土曜日半日だけピタリと止まりました。
周囲から「ブログでは随分調子が悪いって言っていたけど・・・」と言われましたが、当の本人が一番驚いています。
他の出演者にご迷惑をかけないように、少し力を抜いて、トーンを落として、咳き込まないように・・。
そんなつもりでいました。
喉を潤す湯飲みを置いておきなさい、、、。
偉い、偉くないは関係ありません、、、。
噺をちゃんと出来るための予防になるでしょうから、、、。
                               圓窓Fw:写真
師匠からの、本当に温かいアドバイスで、先輩方にもお許しいただいて、後半の高座返しをやっていただいた志ん志師匠に、湯呑を出していただくという・・・。
高座に湯呑みを置くのは、大真打というイメージですが、「偉い・偉くないではなく、しっかり噺をするためには、遠慮しないで」の言葉に甘えさせていただきました。
結局、奇跡的に咳き込むことなく出来ましたので、湯呑を使わずにすみましたが、本当に心強く思いました。
師匠の噺をするので、まるで師匠からの御守のように感じました。
Fw:写真

めくり

pen今回も、めくりを「H」先生にお願いしました。

   

   

   
今秋の仙台での「OB落語会」のめくりも、現役部員も含めて、書いてくださるそうです。

2012年6月10日 (日)

交流稽古

scissors本日の稽古会には、「手拭っ子連・広場亭」から2名が参加。
広場亭学矢(がくや)さんと広場亭望木(のぞき)さんです。
以前、窓口さんが「扇子っ子連」、まど深さんも他の連に参加されましたが、師匠が指名されて、相互に交流しているのです。
私も、噺はしませんでしたが、江戸崎の「噺っ子連・有難亭」の発表会を拝見したことがあります。
やはり、知らない人の前では、稽古とはいえ緊張するようですね。
お二人とも声も良いし、学矢さんは23歳のイケ面、望木さんは、何となく「柳家はん治」師匠に似ていて、とても丸い声が魅力的でした。

落語っ子連稽古会

paper第2次がスタートして、はや6回目の稽古会。
私も、マスクをして参加しました。
師匠に、まず昨日の「お江戸あおば亭」盛会のご報告をしました。
そして、アドバイスをいただいた湯呑のお礼。
結局、高座には置いたものの、実際には使いませんでした。
が、師匠が横にいてくださる気がして、どれだけ心強く思ったことか。
参加者は、窓口・まど絵・百梅・千公・仙三・流三の6名で、大変賑やかです。
まど絵さんが思わぬ怪我も癒えて初参加、花を添えてくれました。
それから今日は、姉妹連の「手拭っ子連・広場亭」から、学矢さんと望木さんの2人が、合同稽古ということで参加しましたので、濃厚な稽古会になりました。
今日は賑やかでした。
  ◇ 小噺    三流亭千公
  ◇ 片棒    三流亭窓口

みんなで、こんな風に聴いているのです。

頓平師匠じゃなくて、仙三は「読み稽古」です。
  ◇ 町内の若い衆(読み稽古)  三流亭仙三
 
それから、師匠が直接聴かせてくださる「聴き稽古」です。
  ◇ 替わり目(聴き稽古)      三流亭百梅
  ◇ 手向けのかもじ(聴き稽古)  三流亭まど絵

師匠がこうやって、聴かせてくださり、音源にして、ネタ本を作り稽古を進めて行くという訳です。
今日は、「替わり目」と、師匠が翻案された「手向けのかもじ」を演っていただきました。
さらに、広場亭のお二人の稽古も聴かせていただきました。
  ◇ 洒落番頭     広場亭学矢(がくや)
  ◇ 夕立屋       広場亭望木(のぞき)
やはり、他の連の方々との交流は、大変刺激になり、楽しいですね。
皆さんが活発に稽古をする中、私は、風邪をこじらせて咳が出るため、今日は見学のみでした。
寂しい・・・。
体調は悪かったのですが、充実の稽古会でした。 
百梅さんに、「滅茶苦茶体調が悪そうですね」と言われました。
そうなんです。なかなか良くならなくてねぇぇ・・・・。

稽古の前に

sun今日は「落語っ子連」の稽古日。
昨日と同様、龍角散のど飴を口に入れ、マスクをして出かけました。
まず、深川不動へお礼参り。

何とか「お江戸あおば亭」ず盛会のうちにお開きになりました。
ありがとうございます。

落語はやおき亭

karaoke春風亭昇太さんがゲスト。
驚いたのは、「全日本学生落語名人位決定戦」で優勝した話題。
彼は、確か第3回目の優勝者。
そして、実は私は、この第1回に出場して、審査員特別賞・・・。
懐かしいなぁぁ。

端唄

scissors「長唄」とペアになるのが「端唄」というやつのようです。
Photo「端唄」とは、江戸初期にあっては「長唄」との対語であり、元禄年間に刊行された「松の葉」あたりからこの名を確認できる。
端唄には二つの意味合いがあり、江戸端唄の前身をさす場合と、短い上方唄(地唄)をさす場合とがある。
江戸端唄は、江戸時代中期以降における短い歌謡の総称である。
1920年代までは小唄も端唄の名で呼ばれていたが、その後端唄うた沢・小唄俗曲とはっきりと区別されるようになった。
以上の経過から、従前の端唄は上記のどれかに吸収されており、独自の端唄とするに足りる曲は非常に少ない。様々な文献やサイトで、端唄とされるものがうた沢とされていたり小唄とされているのはこのような事情による。
端唄が流行したのは特に天保の改革以後であるとされる。
これは改革時に三味線が贅沢なものと見なされ、庶民が三味線を弾く事を幕府から禁止されてしまった。
歌舞伎伴奏などのプロの長唄奏者は営業が続けられたが、街角の稽古場で三味線を教えるようないわゆる「街のお師匠さん」(今で言う個人宅の音楽教室)は禁止されてしまったのである。Photo_2
何年か(10年と言われる)この状態が続いた後ようやく解禁された。
そこで庶民らは再び三味線を手にすることが出来るようになったが、長く楽器を触っていなかった者にとっては長唄のような長いレパートリーをすぐにさらい直す事は素人には難しい。
そこで覚えたての小曲をすぐに弾くことが出来るという理由で、端唄がもてはやされるようになったのである。
落語の「稽古屋」は、この「端唄(小唄?)」なんでしょうか?

落語DEデート

pig体調はよくありません。
まだ、咳込みがちで、さらに口内炎が追い打ちをかけています。
でも、今日も今日とて、ラジオのスイッチをON・・・。
  ◇  今戸焼き   九代目桂文治
あまり聴かない噺、あまり聴いたことのない師匠です。
音源は昭和34年だそうで、50年以上も前・・・。

2012年6月 9日 (土)

打上げ会

bottle落語会の後は、近くの中華料理店での打上げ会。
Fw:打上げ会
出演者・OB・ご贔屓で、30名を超える大宴会です。
皆さんから、落語会として大変高い評価をいただきました。
OBの先輩方や、ご贔屓の先輩方から、色々ご感想・ご講評を頂戴しました。
私は、今回は、ちょっと異質な噺にチャレンジしましたので、皆さまの受けはどうかと心配もありましたが、そこそこ高い評価をしていただきました。
ある方は、昨年の「佃祭」をよく覚えていてくださり、「いや~、『佃祭』にも感動したけれども、今日の『救いの腕』も素晴らしかったねぇぇ。」なんて言われて、大変驚きました。
あるご贔屓からは、「今日の噺を聴いて、乱志さんには、是非『芝浜』を演って欲しいと思ったよ。絶対にやってくださいよ。楽しみにしているから。」なんて言う感想も・・・。
多くの方々に喜んでいただき、応援もしていただき、いつも色々悩みはありますが、死ぬまで止められないなと思います。
打上げの後、現役時代にご一緒させていただいた、「花柳亭遊狂」「杜の家とん平③」「山椒亭から志」「金研亭志ん昼」さんと、軽く2次会をやり、雨の中、いつものように、黒いバッグを肩に、快い気だるさを感じながら、トボトボと歩いて帰りました。
奇跡的に収まってくれた咳に感謝しつつ・・・。
また、何かハードルを越えられた気がします。
また、落語が好きになりました。

第4回お江戸あおば亭

eye南亭蕪生師匠休演のため、私が「開口一番」を勤めることになりました。
不思議に咳は出ません。

まずは、「子ほめ」から。
  ◇ 開口一番「子ほめ」   金願亭乱志   17分
  ◇ 黄金の大黒        桂友楽      30分
  ◇ へっつい幽霊       談亭志ん志   31分
              仲入り            12分
  ◇ 湯屋番           恋し家古狂    29分
  ◇ 救いの腕         金願亭乱志       37分     
  ◇ 天狗裁き         喰亭寝蔵     27分
進行役をやってくれた「金研亭志ん昼」さんが、几帳面に時間も計ってくれました。
13時に開演して、はねたのが16時5分過ぎでした。
おいおい、トリより長くやっちゃぁ駄目じゃないの!
しかも、開口一番と合わせると、54分もやっちゃった・・・。
Fw:写真
いずれにしても、落研御三家揃い踏みと、恋し家古狂師匠の復活の趣向は大成功でした。
ご来場者は、出演者を除いて47名。
雨降りなのと、蕪生師匠休演というハンディを考えると、やはり大盛会でした。
私のご贔屓は13名も来てくださいました。
落語っ子連の三流亭窓口さんと三流亭まど絵さん。
扇子っ子連の千早亭ワッフルさんも。
会社の同僚のOさん・Yさん・Fさんが来てくれて、感激しました。
さらに驚いたのは、偶然ことぶ季亭の前を通りかかったYさんという方が、最後まで聴いてくださいました。
浅草ですよ。
咳は・・・・、奇跡的に、落語会の間だけ、すっかり静かにしてくれていました。

お江戸あおば亭開演

scissors開演15分前、寝蔵師匠に一番太鼓を叩いていただきます。

生の太鼓はいいですよ。
胸に響くというか、ぐっと緊張感が高揚して行く感じです。
急に開口一番をやることになりましたから、着物に着替えて出を待ちます。
今日は楽屋が手薄なこともあり、1年後輩の金研亭志ん昼さんに、袖と楽屋のお手伝いをお願いしました。
Fw:写真
出囃子やら、諸々のこと。
結局、高座返しは、前半を私、後半は志ん志師匠にお願いすることにしました。
客席の入りは、8~9割方、40名ぐらいかな?
いよいよ開演、いよいよ私の出です。
頬張った龍角散が溶けるのを待って、前座の出囃子に乗って高座へ・・。
不思議と、咳は出て来ません。

浅草ことぶ季亭

event寝蔵師匠と二人で「浅草ことぶ季亭」へ。
会場に入ると、座椅子を並べている人がいます。
何と、既に志ん志師匠が来ておられて、設営を始めています。

勝手知った会場ですから、設営もスムーズです。
今回は、蕪生師匠休演で蕪生フリークが来ない、寝蔵ファミリーもいらっしゃらない、私も特別呼んでいない・・・から、席数も少なくして、いくらかゆったり聴いていただこうと。
会場入りした瞬間、何となく咳が止まったみたい・・。

           
いよいよ幕が開く時間が近づきます。

ジョナサン・・・

angry咳込まないようにと、龍角散のど飴を頬張るようにして、マスクをして、早めに出かけました。
そして、いつも行くジョナサンへ。
Fw:写真
いつもなら、ここで印刷したプログラムを半分に折る作業をするのですが、今回は、既に折り曲げてあるので、ひたすら身体を休めるだけ・・。
幸い、今のところは酷くありませんが、呼気に気をつけないと・・。
そして、気休めに、「救いの腕」の高座本を見るのですが、今となっては、ただ文字を追っているだけ。

すると、寝蔵師匠が店に入って来られました。
いつもは、ご家族と一緒なのですが、今回はお一人だけで。
30分ぐらい、二人でお喋りをすることが出来たので、ちょっとホッとしました。
会話をしていて、少し咳が出ますが、これぐらいなら何とか・・・。
11時になりましたので、「浅草ことぶ季亭」へ・・。

本番当日

karaoke本番当日。咳は未だ去らず。

あまり大きな声を出して、咳き込むといけないので、昨年の千早亭で演った時のDVDを視聴して、確認をすることに。
あぁ、ここはこうして、ここは変えて、これを加えて・・・。
ズボラな性格ですから、メモをする訳でなく、とりあえずイメージをして・・・・・。
Fw:写真

長唄

notes浅学非才の身で、全く区別がつかないのですが、「浄瑠璃」というジャンルに連なる様々な流派があることは、少し分かりかけましたが、これらも含めた日本古来の音楽(音曲?)を「邦楽」と言うのなら、「長唄」だとか「端唄」なんていうのも聞いたことがあります・・・。
Photo_4長唄」というのは、近世邦楽の一ジャンル、三味線音楽の一ジャンル、江戸の音曲の一つで、正式名称は「江戸長唄」と言うそうです。
「江戸長唄」は「義太夫節」など語りを中心とした「語り物」とは異なり、唄を中心とした「歌い物」、「うたもの」である。
演奏は基本的に複数人の唄と三味線で成り立っているが、曲目によっては小鼓、大鼓、太鼓、笛などで構成される「お囃子」が付くこともある。
また、通常の三味線パートのほかに「上調子」と呼ばれる三味線パートを持つ曲も存在する。
江戸時代に歌舞伎の伴奏音楽として発展。

落語立川流・・・

memo毎日新聞で読んだ記事。
「落語立川流」は、昨年11月の家元・立川談志さん死去に伴い、家元制度を廃止すると発表した。
談志さんは1983年、落語協会を脱会して立川流を創設。
自ら家元と名乗り、真打ちへの昇進など一門としての判断をすべて決定していた。
弟子に上納金支払いを義務づけていたが、家元制度廃止でこれもなくなる。
今後は、総領弟子の土橋亭里う馬さんを代表とする、立川談四楼さん、立川志の輔さんら7人の理事会が、一門としての意思決定を担うとしている。
良くも悪くも、談志師匠の個人的な団体のようで、師匠の個性が前提でしたから、自然の流れなのでしょう。

2012年6月 8日 (金)

駄目だ・・・

eyeglass風呂に入って、浚ってみました。
駄目だ・・、声を出そうとすると、すぐに咳き込んでしまう・・・sweat02
仕方がないから稽古は諦めて、明日の支度を始める。
着物・羽織・帯・・・、扇子・手拭・・・。
時間が流れるのに怖じ気づきながら、いつもの黒いショルダーバッグに、小道具などを詰め込む。
雪駄・足袋・羽織の紐・プログラム・チラシ・・・。
そうだ、師匠にアドバイスいただいた湯呑も入れよう。
のど飴を忘れないようにしないと。
明日の2席ともに、「ぶっつけ本番」になってしまいました。

師匠から温かいメール

shadow流三(りゅうざ)さんへ
喉を潤す湯飲みを置いておきなさい、、、。
偉い、偉くないは関係ありません、、、。
噺をちゃんと出来るための予防になるでしょうから、、、。
                               圓窓
japanesetea私が、いまだに 咳が止まらず、難儀していると返信したところ、師匠からの、本当に温かいアドバイスです。
高座に湯呑みを置くのは、大真打というイメージがありますが、偉い・偉くないではなく、しっかり噺をするためには、遠慮しないで、脇に喉を潤すための湯呑を準備しておきなさいという・・・。
ありがとうございます。
涙が出るほど嬉しいお言葉です。
・・・しっかりやらなくっちゃあ・・・。

プログラム完成!

bellやっと明日の「お江戸あおば亭」のプログラムが完成。

今回は、私の体調が優れなかったのと、蕪生師匠の直前での休演があり、ギリギリになってしまいました。
まぁ、こんなものでしょう。

師匠から

dollar圓窓師匠には、毎回「お江戸あおば亭」のチラシやプログラムをお渡しして、我が落研OB会活動のご報告をしているのですが、本日こんなメールを頂戴しました。

流三(りゅうざ)さんへ。
今回もなんとか聞きに、と思ってんですが、やはり、仕事とぶつかってました、、。 残念、、、。                     圓窓

いつか、出演者には黙って、サプライズで会場に来ていただくようにしたいと思います。
・・楽しみです。

27万件

pc6月8日11時20分。
27万件アクセスまで、あと240件・・・・。

歩き稽古

shoe落語会直前の恒例の「歩き稽古」は、風邪をこじらせた影響もあり、雨降りで順延した以降もずっと順延が続き、とうとう前日になってしまいました・・・。crying

紀伊國屋書店

book新宿の紀伊國屋書店で・・。

2階から3階、3階から4階の館内(書店内)のエスカレーターが新しくなりました。Photo
今までは、両側の部分が木造で、大変レトロな感じでしたが、普通のエスカレーターになってしまいました。
以前はこうでした。  →
それから、落語・寄席・演芸関連の売り場が、6階から7階に移動していました。

大変だぁぁ~!

hospital「お江戸あおば亭」直前に飛び込んで来たニュース。
Photo_3トップバッターで「手紙無筆」でご出演予定の「南亭蕪生」師匠が、急に休演されることになってしまいました。
「これはえらいことになった」と、色々対応策を考えた結果、私が開口一番も勤めさせてもらうよう、先輩方に提案しました。
ただし、あくまでも「前座」という形で高座に上がり、元々演る予定の「救いの腕」も予定通りお伺いするという形で・・・。
概ね、ご承認いただいたようなので、幸い?まだ印刷していなかったプログラムも、一部変更して印刷することにしました。
    開口一番     (金願亭乱志)
    黄金の大黒    桂 友楽
    へっつい幽霊   談亭志ん志
        仲入り
    湯屋番       恋し家古狂
    救いの腕      金願亭乱志
    天狗裁き      喰亭寝蔵
何とかなるでしょう。
何とかしなくっちゃぁ・・・。

一中節

present「一中節(いっちゅうぶし)」は浄瑠璃の一種。
Photo_9国の重要無形文化財。
確か、「お若伊之助」の主人公の伊之助は、一中節の上手(師匠)だったはずです。
初代「都太夫一中」(1650年~1724年)が元禄から宝永ごろにかけて京都において創始した。
先行する「浄瑠璃」の長所を取入れ、当時勃興してきた「義太夫節」とは逆に、温雅で叙情的な表現を目指したところに特色がある。
三味線は中棹を用い、全体的に上品かつ温雅、重厚を以てその特徴とする。
当初は上方の御座敷浄瑠璃として出発し、世人にひろく愛好されたが、後に江戸に下って歌舞伎の伴奏音楽としても用いられた。
その後、ふたたび主として素浄瑠璃専門となって現代に至っている。
上方では早く衰退し、現在では東京を中心に伝承されている。
一中節自体ははやい時期に細い流れとなってしまったが、ここから出た「豊後節」および「豊後節三流」が邦楽に与えた影響ははかりしれない。

結局、浄瑠璃周りの様々な流派は、私にはほとんど区別がつきませんが、詳細は分からなくても、今までモヤモヤの一部は晴れた気がします。
要は、みんなおんなじってこと。

紀伊國屋寄席

event7月9日(月)の「紀伊國屋寄席」に、師匠がご出演されます。
紀伊國屋寄席
実は、師匠は「紀伊國屋寄席」を、2回連続で休演されています。
昨年7月と今年の2月、体調を崩され、それぞれ、三遊亭金馬師匠と柳家小さん師匠が
代演されました。
この時の演題は、いずれも「叩き蟹」でした。
今回は、「一人酒盛」ですから、大丈夫でしょう・・・・。

2012年6月 7日 (木)

咳が止まらない・・(。>0<。)

shock咳が止まりません・・・。
風呂で声を出してみたものの、途中で咳き込んでしまう・・・。

新内

foot今まで「新内」が浄瑠璃の一流派だということを、よく知んない(新内)でいました。
Photo_3「宮古路豊後掾」が江戸における「豊後節」禁止を受けて帰京した後、門弟の一人「宮古路加賀太夫」が延享二年(1745年)「富士松薩摩」を名のって「富士松節(富士松派)」を起こした。さらに富士松薩摩の門弟から「鶴賀若狭掾」が出て「鶴賀節(鶴賀派)」を立てたが、門人の一人「鶴賀新内」が宝暦・明和年間(1751年 - 1771年)にその美声によって人気を得、「新内節」を創始した。
その後、「新内節」の名称が富士松・鶴賀両派を包摂するかたちで現在に至っている。Photo_4
少ぉし、分かったかもしんない・・・。
昔、新橋の烏森神社の近くの飲み屋で飲んでいた時、三味線の音が聞こえて来て、「新内流し」だって言われました・・・。
随分歳を取ったお婆さんだったような気がするのですが・・・。

りせっとCafe?

cafeりせっと、リセット、reset ・・・・。

すべてを元に戻すこと。最初からやり直すこと。
  また、状況を切り替えるためにいったんすべてを断ち切ること。
機械や装置を、作動前の初めの状態に戻すこと。
   コンピューターの場合、特に正常な動作をしなくなった時に、強制
 的に起動しなおすことを指し、再起動と区別することがある。
心身ともに疲れているから、せめて気分をリセットしてという訳・・・。
会社の近くで見つけたこのカフェ。
ケチな話ですが、コーヒーが一杯170円だったので、ちょっと入ってみました。
世の中、リセットが出来るもの(こと)もありますが、絶対に出来ないもの(こと)もあります。
人の命や青春は、いくらコンピューターが高度化しても、リセットすることは出来ません。
ところが、リセット慣れしたゲーム世代の若者たちの多くは、人の命までリセットできると勘違いしているものか、他人の命を疎かにしている気がしてなりません。
そして、10代後半から40歳まで、人として女性として最も輝くべき時に、邪宗に溺れて世間を憚って生きて来た人も、決して彼女の青春のリセットをすることは出来ません・・・。
そんなことを考えながら、恐らくリセットが出来るであろう「救いの腕」の主人公のことも考えながら、一人170円コーヒーを飲みました。
毎朝行っている、あのチェーン店のカフェの180円のよりは、ずっと美味かった。

清元

key「清元(節)」は浄瑠璃の流派のひとつ。
Photo広義の「豊後(ぶんご)節」に属する。
初世「清元延寿太夫」が創始。
師流の「富本節」を凌いで急速に隆盛し、江戸歌舞伎の舞踊劇の音楽になりました。
「清元」は豊後節系浄瑠璃として、またPhoto_2浄瑠璃一般としてもっとも遅く成立した流派で、「清元延寿太夫」は初代「富本斎宮太夫」に師事して、二世富本斎宮太夫を襲名し、その後富本節を離れて豊後路清海太夫を名乗っていたが、1814年(文化11年)11月、市村座顔見世に出演して「清元」の名称を興した。
以降、歌舞伎の伴奏音楽として徐々に発達し、江戸後期にはその瀟洒な節まわしが世人にひろく愛好されたものである。

小判一両

pencil宇野信夫原作「小判一両」という芝居(落語)・・。
今戸八幡門前の茶店に、今日も同じ時刻に笊(ざる)屋の安七が姿を見せる。
安七は茶店の娘・おかよや茶店女たちを相手に、世間話をするうちに自分の身の上を語り始める。Photo_2
安七には昔女房子供があったが、二人をあいついで亡くし、やけになった安七はばくちで身をもちくずした。
そんな安七を心配した父は、安七に堅気になって商売でもするようにと一両の小判を形見に残して亡くなった。
それを聞いた安七は真人間に戻り、父の遺志を忘れないようにとその小判は使わずに着物の襟に縫いこんで大切に持っているのだと語り、皆にその小判を見せる。
そこへ凧(たこ)屋に追われて一人の子供が逃げてくる。
凧屋はこの子・小市をつかまえて、「凧を盗んだ」と散々に殴る。
安七が止めに入って事情を聞けば、小市は凧屋が落とした凧を拾ったというのだ。
安七は凧屋に小市に凧をやってくれないかと頼むが、凧屋は承知せず、小市に凧を返すよう説得するが、こちらも離そうとしない。
しかたなく安七は、虎の子の一両を差し出し、これで凧を買うから釣りをくれと言う。
二人が争っているのを見かねた茶店の娘・おかよは、小銭をだして小市に凧を買ってやる。
安七と凧屋がなぐりあっているところへ、やってきた小市の父・孫市が仲裁に入る。
いきさつを聞いた孫市は息子が迷惑を掛けたことを皆に謝る。
そして浪人になったいきさつを話し、小市を連れて帰ろうとする。
安七は小市を引き止め、形見の一両をもたせてやる。
小市からそれを聞いた孫市は、固辞しその金を返させようとするが、深編み笠の侍が様子を見ているのに気がつき、急いで立ち去る。
その侍は、商売に行こうとする安七を呼びとめ、どこかへ連れて行く。
てっきり試し切りされるのだと誤解した安七だが、浅尾申三郎と名乗る侍が、「自分は侍同士情をかけぬのが情だと思ってなにもできなかったが、安七が孫市になけなしの一両をやったことに心底感動した」と話すのを聞いて、「情をかけるのに遠慮はいらないはず、あなたのような人間がいるから世の中がつまらなくなる」と酒の勢いで説教し始める。
一時はむっとした申三郎だが、結局安七のいうとおりだと安七に詫び、二人は早速孫市の家へと向かう。
孫市のうちの前では小市がさきほどの凧を嬉しそうに揚げている。
安七が孫市の家に入ると、なんと孫市はすでに切腹していた。
そばにあった書置きには「行きずりの安七に情をかけられ、わが子一人養うことが出来ない自分のふがいなさをはっきりと思い知った」と書かれていた。
Photo_3安七は「侍には情をかけないのが情」という意味がやっと分かったと嘆く。
申三郎は小市を自分がひきとって立派に育てようと言う。
安七はすがりつく小市に「おれはお前の敵だ」と泣きながら言うのだった・・・。

芝居にも落語にもなっている名作です。
「圓生百席」に収められているはずです。

2012年6月 6日 (水)

手拭い

mistいつもなら、そろそろ高座で使う手拭いを決めるタイミングなのですが、今回ばかりは、とてもそれどころではありません。
歩き稽古もままならず、かなり悲惨な状態です。
さて、果たしてどうなりますことやら・・・トホホ・・・(>o<)
それでも、決めておかないと、という訳で。
鮮やかな緑に蝶の模様で行くか。

それともオーソドックスに、濃紺に大の字模様で行くか・・・。

あと・・・3日。

歩き稽古

rain本日雨天のため順延・・・sprinkle

順延など出来る状態ではないのですが・・・。
相変わらず咳も止まらず、雨天不順延・・・。

「金星の太陽面通過」

sun太陽の手前を金星が横切る珍しい天体現象「金星の太陽面通過」が、6日朝から午後にかけ、日本全国で観察されるそうです。
残念ながら、朝からrain
仕方がないから、次回まで待とうと思いましたが、ちょっと先の105年後の2117年12月だそうで、待ちきれそうにありません。
私が釈然としないのは、先日の「金環日食」だとか「部分月食」だとか、太陽と月の時には格好良い名前がつけられていますが、金星は「太陽面通過」という現象をそのまま言っています。Photo
明けの明星・宵の明星と言われ、太陽系内で大きさと平均密度が最も地球に似た惑星であるため、「地球の姉妹惑星」と表現されることがある金星なんだから、もっと色っぽい名前をつけてあげればよいのに・・。
例えば、「明星散歩」だとか、「ビーナスクロス」だとか・・・。
インスタントラーメンだって、「明星チャルメラ」って、気の利いた名前がありますよ。
飛んで火に入るという感じから、「金星飛蚊」なんていうのは・・?
バカ野郎、それじゃ「金星」じゃなくて「金鳥」だろう・・。

6歳の6月6日

bud習い事を 始めるのは6歳の6月6日と言われてますが・・。
世阿弥の書き残した能の理論書『風姿花伝』には7歳(満6歳)から稽古をはじめるように書かれています。
さらに江戸時代に一番の娯楽である歌舞伎では台詞回しで語呂の良い同じ言葉の繰り返しがしばしば使われていました。
Photo
そこで幕末の巷では「6歳の6月6日」という言い回しが慣習化したものと思われます。
江戸時代の習い事といえば寺子屋ですが、江戸時代の後半までは寺子屋に入学(入寺:いりでら)する日は2月の初午の日でした。
しかし幕末には上のような言い方のせいか6月6日に入寺するように変っています。
そんなわけで今日でも習い事をはじめる日は6月6日が良いとされています。
私は・・・、6歳の6月6日は、絵描き歌を歌っていたかもしれません。
  note・・・6月6日に雨ザーザー降って来て
              三角定 規にひび入って・・・notes

高座返し

eye「高座返し」は、出演者自らということかな・・・。
Photoところで、「高座返し」というのは、寄席での前座さんの仕事の一つで、前の演者が終わり、次の演者が上がる前に出て、座布団をひっくり返し、前の演者の羽織や湯呑みがあれば片付け、次の演者の「めくり」をかえすまでを言います。
おもに一番下の前座さんの仕事とされています。
従って、「お江戸あおば亭」でも、出演者のうちの年少者が勤めるという形になっています。
ただし、この高座返しも、簡単なようですが、慣れないと結構難しい仕事の一つで、基本的にはお芝居の黒子のように絶対に目立ってはいけません。Imgp0832
出番の切れ目で団体さんが入場してきた場合、お客様が全員席に着くまで、高座の端で客席の様子を見て、次の演者の出を調整したりもします。
座布団や、またたまに湯呑みが出る場合にしても演者により、前、後ろと好みの位置があり、それを全部覚えなければなりません。
ひっくり返す時も、手前からパタンとやれぱ埃が客席側に飛び、お客様のご迷惑になります。
Imgp0834また座布団にも前と後ろがあるのです。
座布団の四辺のうち三辺には縫い目があります。
残りの縫い目のない一辺が前になります。
これは高座の芸人と客席のお客様、ここでお会いしたのも何かのご縁でございます。
これからも縁の切れ目がない様にということで、この縫い目のない一辺をお客様に向けるのが礼儀とされています。
前座さんはこんな所まで気を使って座布団を返します。
結構楽しいんですがね。

常盤津

soccer「常葉津」は、浄瑠璃音楽の一種です。
日本の重Photo_5要無形文化財。
初代「常磐津文字太夫」(1709-81年)が延享四年 (1747) に「豊後節」より創設した。
江戸幕府によって禁止された豊後節を江戸化するなかで生まれてきた浄瑠璃の一種で、全盛期を迎えていた江戸歌舞伎とともに発展したそうです。Photo_6
語りと唄との均衡が取れ、整然とまとめられた「落し」と呼ばれる旋律を持ち、この特徴から常磐津節は劇付随音楽として歌舞伎など舞踊劇になくてはならない音曲といわれる。
初代文字太夫は豊後節における心中ものを継承するとともに、意欲的に新作を生み出し、流儀の発展に大いに寄与した。
また、この当時、太夫に初代文字太夫、造酒太夫、若太夫、三味線方に初世佐々木市蔵、初世岸澤式佐などの名人が輩出したこともあって、明和年間までには、後発の「富本節」と並び、「常磐津」は江戸の代表的な浄瑠璃となる。

2012年6月 5日 (火)

SHOT NOTE

pen某文具メーカーで発売している、スマホ専用の商品。

  SHOT NOTE

四隅にある□印にあわせてスマホのカメラで撮影すると、長方形に補正され、データ化されるという優れもの。
専用の用紙の上に、ゴルフ場や落語会で使う簡易の鉛筆を置いて撮影してみました。
斜めから撮っているのですが、映像は真上から撮ったように補正されています。
今後、手書きや、小物の写真などは、これを使ってアップしてみようと思います。

場末の・・・

shoe先週末の真昼の飲み屋街をぶらりと歩いていると、「あずみ」という看板が目に付きました。
場末の・・・
「あずみ」・・・、あずみさんを思い出しましたが・・・。
よく見ると、以前あった店の看板の字をしっかり消さないままに、その上に板を貼り付けてあります。
まぁぁ、随分と安直な・・・。
それから、「居酒家」・・・?
「居酒屋」って言うんでねぇの?
「へぇぇぇ~い、ご酒替わり一丁ぅぅぃ!」

後家殺し

scissorsこれも三遊亭圓生師匠を聴いて・・・。
職人の常さん、大変に義太夫に凝っている。
ある日、町内の伊勢屋という大きな質屋で開かれた会で、「平太郎住家」を一段語ったのが縁となって、そこの後家さんといい仲になり、もう三年越し。
後家さんは年のころ二十七、八で、色白の上品ないい女。
常さん、コソコソ隠れてするのが嫌いな性分なので、堂々とかみさんに打ち明けると、このかみさんもさばけたもの。
決してうれしいことではないが、私を追い出すというのでさえなければ、おまえさんがほかに変な女に引っ掛かるよりはいいし、男の働きだからと公認してくれている。
そんなわけで、本宅と伊勢屋に一日交代で泊まり、向こうも心得たもので、月々にはちゃんと金も届けて寄こすし、うらやましいご身分。
ところが、その話を聞いた友達がやっかみ半分に、あの後家さんは、もうとうにおまえに飽きが来て、荒井屋という料理屋の板前で喜助という男とできていると吹き込んだから、常さんは心穏やかではない。
喜助は女殺しの異名を取り、小粋ないい男。
疑心暗鬼にかられた常吉、ついにある夜、出刃包丁を持って伊勢屋に踏み込み、酒の勢いも借りて、「よくもてめえはオレの顔に泥を塗りゃあがったなッ」
後家さんのいい訳も聞かず、馬乗りになると、出刃でめった突き。
なます斬りにしてしまった。
あとで、その話はまったくの作り話と知れ、後悔したがもう遅い。
お白州へ引き出され、打ち首と決まった。
「その方、去る二月二十四日、伊勢屋の後家芳なる者を殺害いたし、重々不届きにより、
重き科にも行うべきところ、お慈悲をもって打ち首を申し付ける。ありがたくお受けいたせ」
「ありがたかありません」
「今とあいなり未練なことを申すな」
奉行が、いまわの際に一つだけ願いを叶えてつかわすというので、
常さん、義太夫で、「後に残りし女房子が、打ち首とォ聞くゥなァらばァ、さそこなげかァーん、ふびんやーとォー」と語ると
奉行、ぽんと膝をたたいて、「よっ、後家殺しッ」
痛ましい噺ではありますが・・・。

「お江戸あおば亭」の準備

event間近に迫った「第4回お江戸あおば亭」の準備と打合せをしないといけません。
集合時間や準備する物、落語会の運営の打ち合わせ等々・・。
それでも、「浅草ことぶ季亭」で、5回目となりますから、様子も分かっているので、非常に気が楽なことは確かです。
それでも、めくり、ご来場された方に書いていただく芳名帳、椅子席でないと駄目なお客さまの席の確保だとか、色々あります。
今回は、高座返しをどうしようかというのが、目下の課題です。
出演者の最年少の私がやるつもりでいたのですが、私が高座に上がる時のことも考えて、出演者全員が自らやろうという提案もあり。
・・・それで良いのかもしれませんね・・。
「四天王」に高座返しをお願いする訳には行きませんから。

義太夫

flag「浄瑠璃」「義太夫」「常磐津」「清元」・・・・。
Photo_7名前は知っていても、区別がつかないということで、色々調べてはみているものの、今で言うと、CDなどのレーベルのようなものなんでしょうか?
「義太夫」というのは、江戸時代前期、大坂の竹本義太夫がはじめた「浄瑠璃」の一種。
国の重要無形文化財。
なお、"浄瑠璃は義太夫節のことである"という説明が往々にして見られるが、これは誤りである。Photo_8
義太夫節はあくまでも浄瑠璃の一流派で、同一のものではない。
17世紀末に成立。
播磨節、嘉太夫節、小唄などを融合した、豪快華麗な曲節が特徴。
近代においては豊竹山城少掾が芸格を広めた(山城風)。

古い例えですが、コピーをゼロックス、乳酸飲料をカルピス、化学調味料を味の素というのと同じですか・・ねぇぇ。
どうも、高度成長世代の例えは・・、昭和でいけません。

2012年6月 4日 (月)

スーパームーン

moon16月4日は旧暦4月15日で満月。
Fw:写真
そして、地球の影が満月の一部を覆い隠す部分月食が観察できるそうです。Photo_3
しかも今回は、楕円形の軌道を描いて公転する月が地球に最も接近するタイミングと重なるため、「スーパームーンの月食」が見られることになるとのこと。
日食も良いですが、私は個人的には月食の優雅さに惹かれます。

歩き稽古?

club地下鉄半蔵門駅から二番町方面に向かう「袖摺坂」。


その昔は、道が狭くて、行き交う人たちが袖を摺り合って通ったところから名づけられたとか・・・。
仕事で、虎ノ門から番町に行く途中、銀座線と半蔵門線の車内で、赤坂見附と永田町のホームを歩きながら、「救いの腕」をボソボソと・・・。
咳が出るので、マスクをかけての歩き稽古。
とうとう、帰りの銀座線の車内で、「まぁぁ、羨ましい!」と、ちょっと大きな声でやってしまい、周りからの冷たい視線が注がれました。
この期に及んで言えることは、「感情移入」が大切だということです。
何とかなりますかなぁぁぁ・・・。

牡丹燈籠~お札はがし

shadowまだ咳が出て稽古も出来ず、昨日の日曜日はひねもす落語を聴いて過ごしました。
「牡丹燈籠~お札はがし」を、「三遊亭圓生」師匠と「桂歌丸」師匠を聴き比べようという。
何が聴きたかったかというと、幽霊になったお露とお米の駒下駄の音が確認したかったから・・・。
「揺れるとき」に、その「カラ~ン、コロン」・・・のシーンがあるから。
ところが、歌丸師匠は、ここの部分だけ、鳴り物を使っていました。
がっかり・・。
そして、圓生師匠は、「カラン、コロン」・・・。
想像していたよりも、高いトーンで、ゆっくりしたリズムでした。
怪談・牡丹燈籠の発端部分とも言うべき噺です。
根津の清水谷に萩原新三郎という若い美男の浪人が住んでいた。
そこへ、毎夜、若い娘のお露、女中のお米の二人が通って来る。
ある日、新三郎が日に日にやつれていくのを心配した人相見の白翁堂勇斎という人が新三郎宅を覗いてみると、果たして新三郎と語らっているこの二人は骸骨であった。
白翁堂勇斎の助言で新三郎が彼女の住まいだという谷中三崎町をいろいろ調べてみると、この二人、墓もちゃんとある。
つまり、お露とお米は幽霊であったのだ。
新三郎のことを恋しくて、お露が通って来る。
「牡丹燈籠」とは、女中のお米が持っている灯り の絵柄。
夜になると「 カランコロン、カランコロン」という駒下駄の音。
このままだと、新三郎は幽霊に憑り殺されてしまうというので、白翁堂はお露さんの墓のある新幡随院の和尚に助けを求める。和尚は寺宝・海音如来の仏像を貸してくれ「これを肌身離さず、それから魔除けのお札を家中の窓に貼り付けておくように」と固く言いつけた。
果たして、お露、お米の二人は、お札の為に家に入れない。
そこで萩原家の下男の伴蔵、お峰夫婦のもとへ幽霊二人が現れ「どうかお札をはがして下さい」と頼む。
伴蔵夫婦は 最初半信半疑であったが、「それじゃ、百両と引き換えにはがしましょう」と、金に目が眩み、 約束をしてしまう。
新三郎に身体が汚いと幽霊が取り付くからと騙し、行水をさせている隙に仏像をすり替え、お札をはがしてしまう。
その夜、新三郎の許へ二人が現れ、新三郎を憑り殺す。
「牡丹燈籠、今晩はここまてでございます・・・。」

浄瑠璃

event「浄瑠璃」というのは、三味線を伴奏楽器として太夫が詞章(ししょう)を語る劇場音楽、音曲を言う・・・。
詞章が単なる歌ではなく、劇中人物のセリフやその仕草、演技の描写をも含むものであるために、語り口が叙事的な力強さを持つ。
このため浄瑠璃を口演することは「歌う」ではなく「語る」と言い、浄瑠璃系統の音曲をまとめて語り物と呼ぶのが一般的である。
代表的流派に、「義太夫節」・「常磐津節」・「清元節」などがある。
このうち、義太夫節にのせた操り人形で物語を語る伝統芸能が「人形浄瑠璃(文楽)」である。
浄瑠璃音楽として残っているものは、義太夫節、常磐津節、清元節、それに河東節、一中節、宮薗節(河東節、一中節、宮薗節に上方地歌の系統を引く荻江節を加えた4種を「古曲」と総称する)、新内節、富本節の8種である。
このほか半太夫節と外記節が河東節に、大薩摩節が長唄に、豊後節から分かれた繁太夫節が地歌に、それぞれ吸収されて特殊な一部分として残存している。
・・・分かったような、よく分からないような・・・。
でも、落語にも、「義太夫」「常盤津」「清元」「一中節」「新内」「富本」なんて、よく出て来ますが、要は、大くくりでは同じということですな。

          
浄瑠璃
      │
      ├────────────・・(他多数)
      │         │    │
流派   義太夫節   磐津節  清元節
      │         │    │
                                    へ   
      ├──── ・・    
                                    │                    
上演形態 人形浄瑠璃 素浄瑠璃(操り人形無しでの上演)
      │                
      ├───────・・(他多数)
      │        │    │
上演団体 文楽 結城座 淡路人形座

                
      │       
      ├──────
      │           │ 
上演形態 歌舞伎舞踊 素浄瑠璃(踊り手無しでの上演)
      │             
       ├────────────
      │                │          │
上演団体 松竹大歌舞伎 前進座 日本舞踊各流派

包丁

art「音曲噺」といわれる噺。
三遊亭圓生師匠の独壇場。
兄貴分の久治に呼ばれた弟分の寅んべーは風采が上がらない。
兄貴は清元の師匠の”おあき”さんに面倒をみてもらっている。
鰻をご馳走してもらって、ノロケを聞くと、儲けさすという。
兄貴は清元の師匠も良いが、他に若い女が出来たので、芝居を打ってほしいという。
「俺の家に行って、兄貴が帰ってくるまで待たして欲しいと言って、上がり込む。酒は出すような女でないから、お土産だと言って1本下げていって、湯飲みを借りて飲み始め、ツマミは出さないだろうから、鼠入らずの右側の上から2段目に佃煮が入っているからそれで飲ってくれ。香こが台所のあげ板の3枚目を開けるとヌカ漬けのキウリが入っているから、それで飲んでくれ」、「初めて行った家で香こを出すのはおかしくないか」、「そんなことは気にしないで、3杯ぐらい飲んだら女の袖を引いてその気にさせたところで、俺が出刃包丁を持ってガラッと入っていく。啖呵を切って畳に出刃包丁をさしている間に、お前はズラかってしまい、その後に女を地方に売り飛ばしてしまう。その金を二人で山分けにする。どうだ!」。

その足で、兄貴の家に乗り込んだ。
当然いないので上がって待つことになった。
お茶を入れるからと言うので、持参の酒の封を切った。
肴がないと言うので鼠入らずから佃煮を出した。
「旨いね。鮒佐の佃煮は、やはり兄貴は口がおごっている」。
師匠に勧めたが、取り付くしまが無かった。
漬物を所望したが頭から断られたので自分で出した。
師匠はビックリしていたが、細かく刻んでまた飲み始めた。
歌を唄いながら、師匠に手を伸ばすが、身持ちの堅い師匠にピシャリと叩かれたが、それに懲りずに手を出したらドスンと芯まで響くほど叩かれた。
「ヤナ男だよ。酒を飲んでいるから我慢をしてたら、つけあがって。ダボハゼみたいな顔をして、女を口説く面か」。
寅さんも切れて、一部始終の経緯をぶちまけてしまった。
「佃煮や香この場所が分かるのは教わって来たからだ」。

師匠は事情が飲み込めたので、「あいつが来たら追い出すから、アンタも加勢してください。女の口から言うのもなんですが、嫌でなかったら私と一緒になって下さい」。
「そんなこと言ったってダメだ、ダボハゼって言ったじゃないか」
「それは事情が分からなかったからで、あいつの為に上から下まで揃えてやって、世話もしたのに売り払うなんて、そんな男に愛想が尽きた」。
「そ~ですとも。だいたいあいつは良くない」。
「新しい着物を作ってあるから着替えてください。お酒もあるし。お刺身も出しますから」。気持ちよく飲んでいるとこに、久治が覗きに来て「あいつはお芝居がうめ~や。あんな堅い女に酌をさせて」。
ガラッと開けて、「やいやい。亭主の面に泥を塗りやがって」、「だめだダメだ。ネタは割れているんだから」。
おあきさんはさんざん久治に毒付いて追い出してしまった。
 
二人で飲み始めたが、格子を開けて、また久治が戻ってきた。
「出刃包丁を出せ!」。
「(親分の風格で)誰かに知恵でも付けられて来たのか。お前が悪巧みするから話がひっくり返ってしまったんだ。(おあきさんに)いいから、包丁出してやれ。久治、四つにでも切ろうと言うのか」。
「いや、魚屋に返しに行くんだ」。

・・・良く分からないのは、「清元」とか「常盤津」とか言われますが、その区別がつきません。

2012年6月 3日 (日)

救いの腕

karaoke声を出しての稽古が出来ないので、悶々としながらも、焦っても仕方がないので、千早亭でネタ下ろしをした時の自分のDVDを視聴しました。
空白の時間がありますから、今は同じようには出来ません。
残された数日で、新たに作り上げることにしようと思います。
台詞は、何とか出て来るでしょうから、後は言葉の並べ方と感情移入です。
思い切って、今夜は何もせず、明日から集中してやってみようと思います。

落語はやおき亭

movie映画館落語「かもめ亭」が公開されているようです。
   ◇ 権助魚    三遊亭きつつき
今朝は若手の登場。
圓楽一門会で三遊亭圓橘師匠のお弟子さん。
今年真打昇進するそうです。
学士会落語会の会員落語会に出演した時に、ゲストの圓橘師匠のお付きで来ていました。
面白い噺家さんだと思いますが、あまり無理をしないで、本当の"地"で、自然体で行ってもらいたいなぁと思います。
今までは、まず目立つ必要がありましたが、これからは、じっくり自分の世界を作り上げて欲しいと思います。

木乃伊取り

music圓生師匠の噺。
また、寝ながら聴いて、途中から意識不明というパターン。
「木乃伊取りが木乃伊になる」・・・。
木乃伊を取りに行った人が、熱帯であるため乾燥して、うっかりすると自分までも木乃伊になってしまうというところから、人を連れ戻すために出掛けた者が、役目を果たさず、先方に留まってしまうこと。
また、意見しようとした者が、話しているうちに先方と同じ考えになってしまうこと。
木乃伊は、江戸時代初期から、万能薬として輸入されていた。
日本語の「ミイラ」は、オランダ語の「モミイ=瀝青」を語源とし、たまたま、香辛料である「没薬(ミルラ)」と発音が似ていたため混同して用いられたとする。
「木乃伊」という字は、中国語(ムナーイー)を借用したものだということです。

道楽者の若旦那が、今日でもう4日も帰らない。
心配した大旦那が、番頭の佐兵衛を吉原にやって探らせると、江戸町一丁目の「角海老」に居続けしていることが判明。
番頭が、「何とかお連れしてきます」と出ていったがそれっきり。
5日たっても音沙汰なし。
大旦那が、「あの番頭、倅と一緒に遊んでるんだ。誰が何と言っても勘当する」
と怒ると、お内儀が「一人のせがれを勘当してどうするんです。
鳶頭ならああいう場所もわかっているから、頼みましょう」ととりなすので呼びにやる。
鳶頭「何なら腕の一本もへし折って」と威勢よく出かけるが、途中の日本堤で幇間の一八につかまり、しつこく取り巻くのを振り切って角海老へ。
若旦那に「どうかあっしの顔を立てて」と掛け合っているところへ一八が「よッ、かしら、どうも先ほどは」
あとはドガチャカで、これも5日も帰らない。
「どいつもこいつも、みいら取りがみいらになっちまやがって。
今度はどうしても勘当だ」と大旦那はカンカン。
「だいたい、おまえがあんな馬鹿をこさえたからいけないんです」と、夫婦でもめていると、
そこに現れたのが飯炊きの清蔵。
「おらがお迎えに行ってみるべえ」と言いだす。
「おまえは飯が焦げないようにしてりゃいい」としかっても、「仮に泥棒が入ってだんながおっ殺されるちゅうとき、台所でつくばってるわけにはいかなかんべえ」と聞かない。
「首に縄つけてもしょっぴいてくるだ」と、手織り木綿のゴツゴツした着物に色の褪めた帯、
熊の革の煙草入れといういでたちで勇んで出発。
吉原へやって来ると、若い衆の喜助を「若だんなに取りつがねえと、この野郎、ぶっ張りけえすぞ」と脅しつけ、二階の座敷に乗り込む。
「番頭さん、あんだ。このざまは。われァ、白ねずみじゃなくてどぶねずみだ。鳶頭もそうだ。この芋頭」と毒づき、「こりゃあ、お袋さまのお巾着だ。勘定が足りないことがあったら渡してくんろ、せがれに帰るように言ってくんろと、寝る目も寝ねえで泣いていなさるだよ」
と泣くものだから、若旦那も持て余す。
あまりしつこいので「何を言ってやがる。てめえがぐずぐず言ってると酒がまずくなる。帰れ。暇出すぞ」と意地になってタンカを切ると、清蔵怒って「暇が出たら主人でも家来でもねえ。腕づくでもしょっぴいていくからそう思え。こんでもはァ、村相撲で大関張った男だ」
と腕を捲くる。
腕力ではかなわないので、とうとう若旦那は降参。
一杯のんで機嫌良く引き揚げようと、清蔵に酒をのませる。
もう一杯、もう一杯と勧められるうちに、酒は浴びる方の清蔵、すっかりご機嫌。
ころあいを見て、若旦那の情婦のかしく花魁がお酌に出る。
「おまえの敵娼に出したんだ。帰るまではおまえの女房なんだから、あくぁいがってやんな」
花魁「こんな堅いお客さまに出られて、あたしうれしいの。ね、あたしの手を握ってくださいよ」としなだれかかってくすぐるので、清蔵はもうデレデレ。
「おい番頭、かしくと清蔵が並んだところは、似合いだな」
「まったくでげすよ。鳶頭、どうです?」
「まったくだ。握ってやれ握ってやれ」
三人でけしかけるから、「へえ、若だんながいいちいなら、オラ、握ってやるべ。
ははあ、こんだなアマっ子と野良ァこいてるだな、帰れっちゅうおらの方が無理かもすんねえ」
「おいおい、清蔵、そろそろ支度して帰ろう」
「あんだ? 帰るって? 帰るならあんた、先ィお帰んなせえ。おらもう二、三日ここにいるだよ」

落語DEデート

eye夜中に雨が降ったようで、少し寒い朝です。
   ◇ 寄合酒   桂文朝
いいですね。私の好きな文朝師匠。
寄席で聴くマクラが、とにかく可笑しかった・・。
音源も、ちょうど私の学生時代のもので、とにかく懐かしい・・。
しかも場所が池袋演芸場。

長崎の強飯

music三遊亭圓生師匠の「長崎の強飯」という噺。
とにかく長い話で、なかなか最初から最後までを通して聴くことができません。
夜床に入って聴きながらだと、マクラのあたりで沈没・・・・。
考えてみると、まともに最後まで聴いたことがないかもしれません。
昨夜もそうでした。
でも、とっても良い噺です。
質屋の金田屋をみすぼらしい女が訪ねてきて番頭に面会を求める。
肥前長崎の長者屋のお園という女で、この屋の若旦那の金次郎の妻で、後を追ってきたという。
番頭はこのことを旦那に伝える。
旦那は脇から見ると五十ほどに見える。
番頭は追い返そうと、女に金次郎は長崎から帰ってきてまもなく他界したと嘘をつく。
お園は大変に驚き、お墓にお詣りしたいとのことで、小僧に適当に案内させようと思っているところに、当の金次郎が帰ってくる。
身なりを整えるととても美しい女性で、金次郎の子供を身ごもっているということで、嫁として迎えることにする。
一方、金次郎には、役人渡辺喜平次の娘お市と縁談が進んでいた。
仲に入っていた小間物屋の重兵衛が婚礼の日取りの相談に来たが、一方的に断ったことを先方に伝えると、渡辺喜平次は怒って金田屋にやってくる。
お園と会って、取り調べることがあると言って、連れて帰ってしまう。
あわてて、金田屋は二百両を持ってお園を取り返しに行くが、そんな女は知らな言われ、長崎から女が一人で来るには関所を破らずに来ることはできないので訴人も同罪となると付け加えた上で、今夜、輿入れをするので準備をしておくようにとの返事。
金田屋はやむなくお市を受け入れ、その後、お園を取り戻し、お市に暇を出せばいいと考える。
その夜、輿入れ、そして、お引き合わせとなり、お市がかぶっていた綿帽子をとると、それはお園。
渡辺喜平次は、お園を連れ帰り訳を聞くと、金次郎を慕って江戸にやってくるとは貞女であると感心し、不憫であるが関所破りの大罪をしておるから、渡辺家のの娘お市として嫁入りさせ、娘のお市は剃髪したいとのことで、これも定まる因縁であろうと言う。
また、長崎の長者屋に跡取りがいなくなるので、二人の子供を長崎にやり跡目として、金次郎とお園が金田屋を継ぐことにしたという。
これも渡辺様のお慈悲と家内のものはうれし泣き。
生まれたのが男の子で金太郎と名付け、乳母をつけて長崎へやって長者屋の跡目とした。--そして、今年は坊の初節句なので十軒店で人形を買って長崎へ持たしてやった、
その返礼に強飯が届いたであろうと言う、長崎の強飯というお話。

・・ということで、「長崎から強飯」というのは、遠方からの到来物の例え。突飛なことや、ありえないことの例えにも使われるようです。
そんなことが出来るんならな、長崎から赤飯(強飯)が来て、天竺から古褌が来るよ」ということで。
卑怯な輩の多い現代で、心の広い人の噺というのは、本当にホッとするものですね。

2012年6月 2日 (土)

喉と咳

crying昨夜の赤坂で、タバコの煙が上がる中で、大きな声で喋ったので、喉の痛みと咳き込みそうなゼィゼィが、ぶり返してしまいました。smoking
・・・稽古が出来ない・・・。
そう言えば、師匠も風邪をひかれたようで、メールで「流三さん、あたしもおんなじだよ」って仰っていました。dash
・・・これ、つらいですね。
もう10日近くになります。catface

「Ⅰn」さん

shadow赤坂の”凡”で、久しぶりに「Ⅰn」さんとも話しました。
彼女は、「番外あおば亭」にご主人と二人で来てくださいました。
このご主人が落語好きなんだそうです。
お二人とも、オッサンたちの暇つぶしの会程度の気持ちで、来てくださったようです。
勿論、その通りですが・・。
その時の感想を聞かせてもらいました。

かみさんに誘われて来た「浅草ことぶ季亭」。
なんでも東北大落研OB有志の落語会だということで。
かみさんが昔から知っている人が出演するということで、かみさんと二人でちょっと覗いてみることにした。
(これも浮世の義理というやつ・・?)
でも、落語は昔から大好きで、家に落語のCDやDVDもかなり持っていて、いつもよく聴いている。
寄席や落語会にもよく行ったものだ。
だから、まぁたまには素人の落語会を聴くのもいいだろう。
(時間は流れて)
出演者は全員素人とは思えない、なかなかの出来で、みんなそれぞれ個性的で上手い。
かなりのレベルの落研だと思う。
かみさんも、生で落語を聴くのは初めてだが、そこそこ楽しんでくれている様子。
しかし、いかんせん会場が狭い。
狭い会場が満員だから、暑くて息苦しい・・・。
それにしても、小さい小屋とはいえ、よくもこんなに入ったものだ。
かみさんは、途中、ちょっと疲れたようで、ウトウトしていたみたいだ。
でも、噺を聴きながら居眠りをするというのは、とても贅沢なことだ。
落語会も、膝返しの「林家あずみ」さんの三味線漫談で、ぐっと会場が盛り上がって来た。
さぁ、トリは、かみさんの知人の「金願亭乱志」という人だ。
プログラムを見ると、この乱志さんは「浜野矩随」を演るみたいだ。
実は、「浜野矩随
」は、私も大好きな噺で、家にある先代の圓楽師匠のCD・DVDの中でも、一番好きな噺だ。
・・好きな噺だが・・・、この噺はとても難しいぞ・・。
いくら落研出身だとはいえ、大丈夫だろうか・・。
長講だから、リズムがなければ、冗長になってしまう。
隣にいるかみさんは、知っている人の高座だから、とにかくつっかえずに喋って欲しいと、固唾を飲んで、祈るように高座を見ている。
ところが、聴き始めて数分もすると、かみさんは、最初の心配などすっかり忘れた様子で、噺に入り込んでいるようだ。
これは・・・・sign03sign02
声も通るし、滑舌も良い。聴きやすい。
これは、落語を聴く側には、巧拙以前に重要なポイントだ。
人情噺のストーリーが、すんなりと耳に入って来る。
登場人物への感情移入も出来ているので、景色が浮かんで来る。
予想外に、とても良かった。
帰宅して、真っ先に、圓楽さんの「浜野矩随」を聴いて、乱志さんのと比べてみたが・・・・。
・・・と、「Ⅰn」さんの感想と、ご主人の様子をお聞きして、私が勝手に、ご主人の台詞のようにまとめてみました。
掛け目半分としても、大変有り難く思います。

「あおば亭」直前になって

wobbly「お江戸あおば亭」が、いよいよ来週の土曜日となりました。
いつもなら、そろそろ「歩き稽古」などを始めているのですが・・、風邪が長引いて・・・。
さて、開演日も直前となり、"大変なこと"?に気がつきました。
「お江戸あおば亭」の香盤は、噺や出演者のバランスを考えて作っているつもりでしたが、大変情けないことに、トリ前の私の「救いの腕」の一部と、トリの寝蔵師匠の「天狗裁き」の内容と"つく"ことに気がついたのです・・。トホホ・・・。sweat02
会場で、こちらから申し上げなければ、お客さまには、違和感やらその他マイナスの要因になることは少ないと思いますが・・・。
寝蔵師匠、申し訳ございません。
古典落語なら、周囲の方々もご存知ですから、お気づきになると思いますが、「救いの腕」は、初めてお聴きいただく方がほとんどだと思いますので・・・。
「あぁぁ、”ついた”と言っていたのはここか。」ぐらいに、お聴き流しいただくことにしましょう。実は、昨年も、志ん志師匠の「百川」と私の「佃祭」が"お祭り"でついてしまい、大いに反省したのでありますが・・・。pig
あまり詳しく説明すると、噺の内容が分かってしまって、面白さが半減してしまいますので、これぐらいにしておきますが・・。
いずれにしてもあと1週間です。

目薬

eye先日、風邪が原因か、目脂が酷いので眼科に行きました。
薬を処方してもらいました。点眼薬が3種類です。
2種類は、通常の液状のもので、最低5分以上間隔を開けて注すようにと。
もうひとつがチューブに入った軟膏状のものでした。
就寝時に、瞼を開げて、チューブの先が眼球と瞼に当たらないように、薬剤を押し出して・・・。
やってみましたが、とても"難攻"しましたdelicious
落語の「目薬」は、ちょっと、まぁ「艶笑噺」というのでしょうか。
この噺は、寄席でも聴いたことがないかもしれません。
落語らしくて、とっても良い噺だと思うのですが・・。
登場する夫婦は、典型的な落語国の善良な市民です。
ある大工の亭主、目が患っており暫く仕事にも行ってません。
女房は「お釜の蓋が開かないから、仕事に行っとくれ」と頼みます。
亭主はそれもそうだと思いますが、医者に行く金はありません。
そこで、買い薬で治そうと、薬屋に女房が買いに行きます。
店で、いい薬がありますよと言われ、「使い方は裏に書いてあります」と言われそのまま帰ってきます。
早速使おうとしますが、開けてみると粉薬。
どうすりゃいいんだと悩んでいると、先ほど薬屋で言われたことを思い出します。
裏を見ると字ばっかり・・・俺、字よめねえんだよ・・・困っていると、「ん、かなだったら何とか読める」
そう言って読み始めます「こ・の・こ・な・く・す・り・は・・・・」
さてこの次が漢字で書いてあって判りません。
「こりゃなんて字だ」「おまいさん、これは湯屋の女湯にある字だよ」
「そうか!女、と言う字か・・」
「おんな、しりにつけて、もちうべし」
古い字で”め”と言う字を”女”と読んでしまったのです。
女房の尻を出させて、そこに薬を付けます。
「ちょいとおまいさん、なんであんたの目を治すのに、あたしの尻に薬を付けるのさ?」
「だって、そう書いてあるから仕方ないだろ!それに家ではおんなはお前しかeないんだから・・・」
という訳で、亭主は女房の尻に顔を近づけています。
女房はくすぐったくて仕方ないので、思わず・・・ブーとやりました。
「馬鹿野郎!いきなりするから、薬が全部俺の目に・・・・そうか、こうやって付けるのか!」
ねっ、いい噺でしょ。
同じようなパターンで「尻餅」という噺もあります。
おかげさまで、私の眼もかなり回復して来ました。

2012年6月 1日 (金)

いつもの・・・

bottle赤坂のTBSの前の「凡」・・・。
  
昔の職場の仲間が、当時のボスを中心に集まる、定例の会。
毎年、6月と12月の第一金曜日の夜。
その前にちょっと用事があって、遅れて参加しましたが、もう相変わらずの賑やかさ・・。
そのまま当時にタイムトリップしますから。
私が行く前に、「番外あおば亭」に来てくださった「Ⅰ」さんと「Ⅰn」さんが、私の「浜野矩随」の高座の様子や感想を話してくれていたみたいです。
半年に一度の楽しみ、話題は尽きることなく、遅くまで・・・。
せっかく快方に向かっていた咳が酷くなり、胸苦しくなって来ました・・・。

歌舞伎座・・・

event東京スカイツリーほどのインパクトはありませんが、歌舞伎座・・。
 
ただいま、新築工事中・・。
昭和通り側から見た、要するに正面ではなく、脇の方から見たところ。
下の青い部分が、きっとレトロな劇場風の外観になるのでしょう。

他大学の落研

school明治学院大学の落研が創部45周年だそうです。
・・ということは、昭和42年創部ということですか・・・。
我が落研は、昭和34年創部で、今年で53周年・・・。
明治学院大学落語研究会からは、6人のプロの噺家が生まれているそうです。
第1期には、何と「柳家権太楼」師匠と「三遊亭右紋」師匠が、第7期は「春風亭正朝」師匠、第13期は「橘家仲蔵」師匠、かなり飛んで第35期に「風亭正太郎」さん、第36期の「三遊亭ございます」さんという・・・。
そうでした。権太郎師匠の母校でしたよ。
落語の歴史が、約300年。
寄席が生まれて約200年。
大学落研究の歴史は、約60年というところ・・・。
考えてみると、まだ歴史は浅いんですね。

寄席の日

flag6月1日は、「寄席の日」です。
Photo江戸の寄席が、初代三笑亭可楽が、1798(寛政19)年の6月に、下谷神社で「風流浮世おとし噺」の看板を掲げた興行が始まりとされることからなんだそうです。

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