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2012年5月25日 (金)

「そば清」と「蛇含草」

sun落語という大衆演芸は・・(随分高いところからの物の言いようですが)、多くが元は上方の噺だったのを、江戸に移入しているのが多いようです。
勿論、全くのコピーではなく、それぞれの土地柄にあった形で翻案されたり、練り上げられたりしていますが、偶然にも、東西でほぼ同時に興った演芸とはいえ、ネタの多様性は、圧倒的に「西高東低」だと言えるでしょう。
「そば清」と「蛇含草」なんていうのも、その典型かもしれません。
似ていて非なるものの、噺シリーズです。
【そば清】
Photoそば好きの清兵衛さん。
今で言う、そばの大食いチャンピオン。
真夏のあるとき、越後から信州のほうへ商売にまいりまして、どうまちがえたのか、山中で道に迷ってしまいました。
疲れ切って一休みしていますと、その向こうに狩人がひとり、こくーり、こくりと居眠りをしているのが見えました。
すると妙な風が吹いてきて、どこからともなく大きなウワバミが現れて、その狩人を大きな口をあけて一呑みに呑んでしまいました。
清兵衛さんはびっくりしたのなんの。息を潜めて見ていますと、うわばみも人ひとりを呑んだのですから苦しいとみえ、しばらく、もがいておりましたが、岩陰に生えている黄色い草をなめると、四斗樽のようにふくれていた腹が、もとのように小さくなっていきました。
ウワバミの姿が見えなくなると、清兵衛さん、食べたものがこなれる草に、こわごわながら近づいて、草をつんで持ち帰ります。
江戸に帰ってから、清兵衛さん。
七十のそば食いに三両をかけて挑みます。
五十まで食べ苦しくなったので、一息つくといって障子の外へ出て、例の草をぺろぺろなめはじめました。
しばらく経ったが返事がない。
あまり静かなので、「清兵衛さんは、かなわなくなって逃げだしたんだ」と障子を開けると、蕎麦が清兵衛さんが着ていた黒の絽の夏羽織を着て座っておりました。
元々は上方落語の「蛇含草」という演目で、三代目桂三木助が東京に移植したそうてす。
【蛇含草】
町内の隠居さんの軒先に草がぶら下がっている。
この草はうわばみ(蛇)が人間なんかを飲み込んだ時に、この草をなめると人間が溶けるというものでまじないのために軒先にぶら下げているのだと隠居は言う。
そこで、この草を半分もらい着ている甚兵衛の紐に結び付けた。Photo_2
隠居さんが丁度、餅を食べるところだと言うので、餅は大好物で五、六〇個ぐらい朝飯前だと大口をたたく。
最初は調子よく食べ出したが全部食べきれず少し残して家に帰った。
家に帰っても腹の調子が悪くなり、床を敷かせて横になるが、気分が悪く胸を撫でている内に、紐に結び付けた草をさわった。
蛇にも胸やけに効くのだから人間にも効くだろうと、むしゃくしゃと草を食べてしまった。
隠居が心配してたずねて来て、寝ている部屋の障子をあけると・・・・、餅が甚兵衛を着てあぐらをかいていた。
上方では「餅」の大食い、江戸は「そば」の大食い。
餅を食べる方が仕草や言葉が派手なのは、東西の感性の違いでしょう。
最近では、東京でも「蛇含草」で演っている師匠がいるようです。
先代の馬生師匠は、よく「そば清」を演っていた気がします。
本名が「美濃部 清」さんだったからでしょうか?

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