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2012年5月29日 (火)

「時そば」と「時うどん」

江戸と上方、「時そば」「時うどん」の比較。
そばとうどんの違いだけでなく、ストーリーも少し違います。
「時そば」は、"一人の男"が屋台の蕎麦屋で、やたら店主を煽て褒め上げて支払いを一文ごまかし、それを脇で見ていた別の男が真似をしようとして失敗するという話。 
  
「時うどん」は、"二人の男"が何か食おうと金を出し合ったが、二人合わせても屋台のうどんを食べるのに一文足りない。
一人の男が良い考えがあるから一杯のうどんを二人で分けようと屋台のうどんを注文し、口先で支払いをごまかす。
もう一人の男は半分ずつという約束を反故にされて腹を立てながらも、上手い事やったなと感心し、真似をしようとして失敗する・・。
  
これも、上方から、しかも明治になってから移入された噺・・・。
最近、そばのたぐり方の仕草が出来るような気がしてきたので、そのうちに演ってみたくなるかもしれません。 
  
あまりにもポピュラーすぎて、演りづらい噺のひとつです。
【時そば】
明治中期、三代目柳家小さんが上方の「時うどん」を東京へ移した。
往来を流して売っていた夜鷹そば屋を呼び止めた男が、やたらにそば屋を褒めたあげく、代金を聞くと16文だという。そこで「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻(なんどき)だい」「九(ここの)つで」「十(とお)、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と、うまく1文ごまかしてしまった。
これを見ていたぼおっとした男が、さっそくまねをしようと、細かい銭(ぜに)を用意してそば屋を呼び止め、褒めようとしたが、まずくて汚なく褒めようがない。
勘定になり「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何刻だい」「へえ四つで」「五つ、六つ、七つ、八つ・・」と損をしてしまう。
原話は『軽口初笑(かるくちはつわらい)』(1726)、『坐笑産(ざしょうみやげ)』(1773)、『富久喜多留(ふくきたる)』(1782)などにある。
三代目小さん以後、七代目三笑亭可楽、三代目桂三木助らが得意としたが、いまでも演り手は多い。  
  
【時うどん】
知恵の働く兄貴分と少し足りない弟分が、夜道で屋台のうどん屋を見つけ、うどんを食べようとする。
代金は16文だが、弟分は8文しか持ち合わせが無く、何だ、それだけか、と怒鳴った兄貴分も7文しか無かった。
それでもかまわず兄貴分はうどんを注文し、うどん屋が「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌うのを、やかましいと文句を言ったり、そうこうするうちうどんができると、兄貴分は自分だけうどんを食べ、弟分が後ろから遠慮がちにつついても(うどんをくれ、という合図)、「待て待て」と言うだけ。
ようやく、「そんなにこのうどん食いたいか」と渡してくれたどんぶりにはわずかなうどんが残っているだけ。
勘定を払う時になると、「銭が細かいから数えながら渡す」と言って、「一、二、……七、八、今何時や」。うどん屋が「九つです」と言うと十、十一、……十六。
歩きながら、1文足りなかったはずなのに、と不思議がる弟分だが、兄貴分からからくりを教えてもらうと大喜びで、「わいも明日やってみよう」。
翌日、早くやってみたくて明るいうちから町に出た弟分は、昨夜とは別の屋台を見つけた。
何もかも昨夜と同じにやりたくてたまらないので、うどん屋に、「うど~んエー、そーばやうど~ん」と歌え、と言っておきながら、うどん屋がそのとおりにすると、やかましい、と怒鳴って「そんなら歌わせなさんな」と文句を言われ、うどんを食べながら、「待て待て」とか「そんなにこのうどん食いたいか」と1人言うので、「あんた、何か悪い霊でも付いてまんのか」とうどん屋に気味悪がられたり、最後には、「何や、これだけしか残っとらん」とつぶやいて「あんたが食べなはったんや」とあきれられる。それでも、勘定を払う段になると大喜びで、一、二……七、八、今何時や、と聞いて、「四つです」。五、六、七、八、……というオチで終わる。
春風亭昇太さんは、上方バージョンの2人登場人物で「時そば」を演っていた気がします。

そのうち、私もやってみようか。
蕎麦を手繰る仕草は得意なんです。

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