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2012年5月11日 (金)

佐々木政談・猫定

連休中に聴いた圓生師匠の噺のことを語ります。
「佐々木政談」と「猫定」です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1185285Photo_28
嘉永年間に南の町奉行へ、佐々木信濃守と言う方が職につきましたが、調べのお上手な誠に活発な方で、賄賂、これはどうも甚だ良ろしくない風習であるから、こういう事は、絶対に止めさせたいがどうも、正面を切って賄賂を取るなとも言えないから何か、意見をする様な事は無いかと、御非番の時には色々、姿を変えて町を見回ると言う。
今日も、田舎侍と言う出で立ちで小紋の短い羽織を召して、三蔵と言う伴を一人連れて役宅、数奇屋橋御門口から銀座に出、あちらこちらと町の様子を見ながら歩いていると、子供が大勢ぞろぞろぞろぞろ、二人の子供が両手を結わえられ、縄を持った子供が手先と見え、先に棒を持った者が立って、「ほうほう寄れ寄れ。これこれ、邪魔だ邪魔だ寄れ寄れ」と、奉行ごっこが始まった。
四郎ちゃんが奉行で、ござを轢いてお調べに入った。
立ち見している佐々木信濃守と同じ名前で始まったが、邪魔だとその本人を追い立ててしまう。
お調べは頓知頓才で一件落着。
子供達は明日も四郎ちゃんが奉行でまたやろね~と解散。
見ていた佐々木信濃守は親、町役同道で南町奉行に出頭しろと三蔵に言いつけた。
この話を聞いた親の桶屋高田屋綱五郎はびっくり、家主太兵衛をはじめ、町内もひっくり返る様な騒ぎになった。
青い顔の親父を筆頭に全員白州の上に控えていると、佐々木信濃守が着座。
みんなビクビクの中、お調べが始まった。
四郎吉の遊びの中の裁きが良かったと褒めるが、そんなのは上から下を見ながらだから簡単だという。
「これから奉行の言う事に答えられるか」
「上下に座っていたのでは位負けするので、そこに並んで座れば答えられる」
許しが出たので並んで座る。
「夜になると星が出るが・・」
「昼にも出ているが、見えないだけだ」と、まずは一本取られる。
「その星の数が判るか?」
「このお白州の砂の数が判りますか?」
「何故」
「手に取れるものの数が判らないのに、手が届かない空の星の数など判らない」
また一本。
「しからば、天に昇って星の数を数えている間に、白州の砂の数を数えておくが、如何か」「そんなの訳無しのコンコンチキ」
「訳無しのコンコンチキ?」
「初めて行くので、宿屋切手と案内人を付けてください」
またまた技あり。
褒美にと三方の上に饅頭を山積みして、食べても良いと差し出す。
「何かを買ってくれる母親と、小言をくれる父親とどちらが好きか?」
「こーやって、二つに割った饅頭、どちらが美味いと思いますか?」
「う~ん」
「これが頓知頓才」。
「四角くても三方とは?」
「一人でも与力と言うがごとし」。
「では、与力の身分は」
懐から起きあがり小法師を出して「これです」
「これとは?」
「身分は軽いが、御上のご威勢を笠に着てピンしゃんピンしゃんと立ちます。その上、腰の弱い者です」。
与力は下を向いてイヤな顔をしている。
「それでは与力の心はどうか」
「天保銭を貸してください」その銭を、起きあがり小法師にくくりつけて放り出した。
「銭のある方に転がっている」。
ひどいすっぱ抜きで、与力が驚いたり、怒ったり。Photo_29
「座興で、嘘だ」と、座を納める。
綱五郎そちは幸せ者である。これだけの能力を桶屋で果てさせるのは惜しい。
15才までそちに預けるが後は私が召し抱えて近従にさせると言う。
出世の道が開けたという、佐々木政談でした。
これは、「佐々木政談」「池田大助」と言った方がポピュラーだと思いますが、圓窓師匠は、オチのないところへオチを加えて「桶屋裁き」としてお演りになっています。
先日、この「桶屋裁き」の高座本をいただきました。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm10721715
Sin_nekoduka_s八丁堀玉子屋新道 の魚屋定吉は本業が博打打ち。
朝湯の帰り三河屋で酒を飲んでいたが、悪さをして困るという黒猫を殺されるところをもらって帰る。
猫と一人話をしながら丁半博打を話して聞かせる。
「壺の中が分かるなら教えてみな」と試すと、「にゃご」と一回鳴くと”半”、「にゃご、にゃご」と二回鳴くと”長”、の目が出ている。
猫も恩を感じて教えてくれるのだと思い、賭場に行くときはいつも 黒猫”クマ”を懐に入れて行く。
当然いつも勝つ様になって、羽振りも良くなり回りも兄ぃとか親分と呼ぶ様になったが、あだ名を猫の定吉で「猫定」と呼んだ。
ある時江戸をふた月ばかり離れなくてはいけなくなり、女房に猫を託して旅に出る。
”旅の留守家にもゴマの灰が付き”で、若い男を連れ込んで女房”お滝”は楽しんでいた。旅から戻った定吉はある日、愛宕下の藪加藤へ猫を連れて遊びに出かける。
留守宅では女房が男を引き入れ、亭主を殺して一緒になろうとそそのかす。
その晩は猫が鳴かないので早めに切り上げ、雨の中愛宕下から新橋に抜けて近道をしようと真っ暗な采女が原を抜けるとき、小用を足していたら、後ろから竹槍で有無を言わさず刺され、鯵切り包丁でとどめを刺され殺されてしまう。
その時胸元から黒いものが飛び出した。雨は激しさを増してきた。
留守宅で女房は事のいきさつを心配していたが、引き窓が開いて黒いものが落ちてきた。「ぎゃ~」と悲鳴を上げた。
その声を聞いた長屋の者が台所で死んでいる女房を発見。
朝には定吉の死を知らされる。
采女が原に見に行くと隣に間男が首を食いちぎられ死んでいた。
定吉の死骸を引き取って、女房と二人のお通夜をする。
長屋の連中が居眠りを始めると、棺の蓋が開いて、二人の死骸がすさまじい形相で立ち上がった。
恐れをなしてみんな逃げ出したが、あんまの三味(しゃみ)の市だけは見えないので平然と線香を上げている。
そこに長屋住まいの浪人が帰ってきて、事の様子をうかがい棺の向こうの壁を刀で突くと「ぎゃ~」。
隣の空き部屋を覗くと黒猫が息絶えていた。
手には間男の喉元を持っていたので、主人のあだを討った忠義な猫だと評判になった。御上から25両の褒美が出て、両国回向院に猫塚を建てた。
猫塚の由来という一席。

確かに・・、地語りの部分は、まっすぐ正面を見て語っている。
これが、圓窓師匠が仰っていた、特に人情噺を演るのに必要なことなんですね。
両国の回向院にある鼠小僧次郎吉の墓隣にあるのが「猫塚」です。
博打打ちが実質的な主人公で、女房も含めて登場人物は悪人が多くて、殺人の場面がある陰惨でグロテスクな噺ですから本来なら、個人的には嫌いなパターンの噺なのですが、何故か演ってみたい噺のひとつになっています。
何故でしょうか・・・。

 

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