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2012年5月 2日 (水)

高座本「柳田角之進」

「柳田角之進」、「柳田格之進」と書く場合もあるようです。

貧乏長屋に住み込んだ浪人の親娘。
濡れ衣で藩を追われたという実直な柳田格之進と素直で聡明な年頃のきぬ。
柳田は碁会所で知り合った萬屋主人の源兵衛と意気投合し、萬屋に誘われてその離
れ座敷へ。
新古の二つの碁盤があり、「古いほうがいい」「新しいほうが打ちやすい」などと替えながら毎日のように夢中になって打ち興じた。
ある日、二人が碁に夢中になっているところへ、番
頭の徳兵衛がやってきて「ただ今、水戸様から五十両入りました」と財布を主人に手渡した。
碁が終わり、柳田が帰ってから、番頭が主人に確認すると、「はて?」と。
主人は番頭と記憶をたどるが、どうしても思い出せない。
番頭は「ことによると、柳田様の出来心ではないか」と、一存で柳田の住む長屋へ問いただしに行く。
心外という柳田に番頭が「お上に届けます」と付け加えて言うと、柳田は困惑し、「やむをえん。
その五十両は拙者が用立てる。
明日、昼過ぎに来なさい」と言って番頭を帰す。
翌日、番頭が来ると、柳田は五十両を渡し「後日、紛失の物が他より出てきたら場合、いかが取り計らうや」と訊く。
番頭は「主人と私の首を差し上げます」と言い切る。
番頭は店に飛んで帰り、主人に五十両を渡すが、主人は納得がいかない。
「あの方が盗みを働くわけがない」と主人は金子を返しに行くが、親娘は引越しをしてしまった後であった。
その後、柳田親娘の行方を探したが、手がかりなし。


三年たった暮れの十四日の煤掃き。
離れを掃除していた小僧が、長押の額の後ろから五十両の財布を見付け出した。
主人は「あの折、厠へ立とうと部屋を出るとき、長押の額の後ろへ置いたんだ」と思い出す。
店中の者が柳田を探し回るが、行く先は杳としてわからないまま日は過ぎた。
正月の四日。
雪の中、年始回りの番頭は湯島切り通しの坂で柳田に会う。
浪人の頃とはうって変わって立派な服装の柳田は「冤罪であることが判明して、藩に帰参が叶った」凛々しく言う。
番頭は「紛失した五十両が額の裏から出てきました」と詫びて打ち明ける。
しばし絶句した柳田「明日、あの折の約束を果たすために萬屋宅へ伺う」と申し付ける。
翌日、訪ねてきた柳田に萬屋の主従は涙ながらに詫びる。
柳田はどのようにして五十両の工面をしたかを語り始める。
{会場の照明が薄暗くなり、回想場面として演ずる}
あの日、出す謂れのない五十両を「出す」と番頭に約束して帰した後、柳田はその
工面も出来ないので、腹を切る覚悟を決めた。
それを悟ったきぬは「紛失した物はいずれ出てくるでしょう。なのにお腹を召しては犬死。五十両は廓へわたくしの身を売って拵えてくださいませ」
柳田はきぬの孝心にうたれ、「すまぬ、すまぬ」と心ならずも従うことになった。
{会場の照明が元の明るさになり、回想場面は終わり、現実の萬屋の場面に戻る}
五十両の工面を聞いた主従はなおさら「首を刎ねてください」と訴えるように言う。
柳田は「しからば、首を頂戴する。エーイ!」と一刀を打ち下ろす。
首が転がり落ちると思いきや、床の間に置いてある古いほうの碁盤が真っ二つに割れている。
柳田「こうなった諸悪の根源は碁に現を抜かしたからじゃ。碁盤を成敗いたしたわ」
主人「娘さんは廓からすぐにでも受け出しますので」
柳田「それには及ばん。苦界に身を投じた娘は風邪をこじらせのぉ……、あの世へ
旅立ったわ……」
主従「それを聞けばなおのこと、改めて首を刎ねてくださいませ」
柳田「うん。叶えてつかわす。エーイ!」
床の間に置かれたもう一つの新しい碁盤が真っ二つに割れました……。

師匠は、詳しくコメントされています。
この噺、「柳田の人格からして娘が身を売ることを受け入れるのは理解しにくい」と評する聞き手もいるが、「ああいう時代、こういうケースはよくあったはず」と解釈すれば不自然ではなかろう。
また、「柳田は帰参が叶っていい服装をしているのに、なぜに娘を廓から戻さないのだろう」という疑問をぶつける聞き手もある。
 これについてのあたし(圓窓)の答えは、上記のダイジェストの如く、娘が死んだことにしているので再読してもらいたい。
もっと詳しく答えると、疑問を解消させるためではなく、既成のこの噺の如く「萬屋が娘を受け出して、番頭と夫婦にさせる」
という"目出た目出た的"なエンディングが好かないのが最大の理由。
ついでに、五十両の工面の一件を結末の回想場面として演じたのは筆者の演出である。
ほとんどの落語が時間と平行にストーリーを進める手法を採っている。
話芸だから、過去に行ったり現実に戻ったりするとわかりにくくなる危険性を避けてきたのであろうが、あたしは逆にミステリーの面白さを含ませようと思考して、回想場面を挿入した。
他にも、あたしは[ねずみ][藁人形]などで回想場面にアレンジして演っているので、機会があったら聞いてもらいたい。
〔明治大正落語集成〕という本では、[碁盤割]という題で三代目柳枝の速記がある。
それには、柳田の妻も生存しており、父が娘に身売りを頼むことになっている。
いずれにしても、人物の心理が複雑なので、この噺を聞き手に納得させるには相当の実力が必要だ。
先人が講釈から落語に移入したので、落ちのないまま今日に至っているのだが、志ん生が「父親が囲碁に凝って、娘が娼妓(将棋)になった」とサゲていたと〔落語事
典〕にある。
良質の人情噺だけに、いきなり言葉だけの将棋が落ちだけに登場するとなると、単なる言葉遊びの感が免れないので、あたしは褒めない。
所要時間も一時間以上はかかるので、あたしも寄席の普通興行では演った覚えはない。
演るには独演会、特別会を狙うしかないだろう。

・・・・娘の取り扱いをどうするか。
「浜野矩随」の母親と同様、悲劇的な演出が本道なのでしょう。

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