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2012年4月 9日 (月)

花見の仇討ち

memo毎日新聞の「余録」で見つけました。Fw:電子メールで送信: 41630_5e2
花見客でにぎわう江戸の飛鳥山、巡礼の兄弟が浪人に「やあ、やあ、親の敵」と挑みかかるのは落語の「花見の仇討ち」だ。
騒然とするなかで止めに入る修行僧が背負った厨子から酒肴を取り出し、それを見物人らに振る舞う手はずの茶番である。
落語では仇討ちを本気にした武士が「助太刀いたす」と割り込んで大騒ぎとなるが、三田村鳶魚の「江戸の春秋」によるとこの手の騒動は実際にあったらしい。
花見といえば「ご趣向は?」と聞くぐらい、手の込んだ茶番や装束に工夫がこらされた江戸の花見なのだ。
飛鳥山や向島に桜を植えたのは八代将軍・吉宗だが、彼は城の御坊主らに酒肴を与えて花見に行かせ、誰彼構わずに振る舞わせたという。
人々は葵(あおい)の御紋入りの酒器での振る舞いに驚き、いぶかしんだ。
鳶魚が御坊主の話として伝えている将軍家の「ご趣向」だ。
Photo_4ともあれ花見が余興や仮装をともなう人々の祝祭の場になったのは吉宗の時代以降のようだ。
明治になって来日した外国人がこれを「カーニバル」と評したのもよく分かる。
そんな江戸の花見の伝統を受け継ぐ東京のソメイヨシノの満開宣言が気象庁から発表された。
肌寒い日が続いただけに平年より3日遅れと聞いても、案外早かった気がする。
震災に心を奪われ桜の記憶の薄い昨年と同日といわれても、さらにピンとこない。
ただ宣言は8割以上の開花を示すだけに、文字通りの満開を週末に迎えられるめぐり合わせはうれしい。
茶番の「ご趣向」ならば季節や場所を問わず、そこここでいや応なく見せつけられる現代である。
せめて花の下では喜びの春を存分に分かち合おう。
Fw:電子メールで送信: %E9%A3%9B
・・・とまあ、「ぴろき」ではありませんが、「明るく陽気に生きましょう」という訳ですよ。
ところで、「花見の仇討」という噺ですが、お花見の舞台設定が、古今亭は「飛鳥山」で、三遊亭と柳家では「上野の山」で演じられているようです。
当時のお花見の名所は、飛鳥山・上野の山・向島・御殿山等がありますが、余興が許されていたのは飛鳥山と向島だけだったそうです。
明治に入ってから上野でも許されるようになったそうですから、噺の原点は飛鳥山で、後年上野公園でも鳴り物が許されるようになったために、改変されたと考えられます。
原作は滝亭鯉丈の「八笑人」から取った噺で、これも飛鳥山となっているそうです。

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