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2012年3月 1日 (木)

オフィスエムズの加藤さん

memo産経新聞のとても素敵な記事を見つけました。
オフィスエムズ(ミックス寄席)の加藤さんの記事です。
私も、加藤さんが主催する数々の落語会のファンで、随分お世話になっています。
http://www.mixyose.jp/index2.html
最近は、ちょっとペースダウンしていますが、なくてはならない人だと思います。
【落語会 陰の演出者たち】
趣味が高じて落語会の運営者に
多くの落語家にあつく信頼されているのが、オフィスエムズの加藤浩さん(51)だ。
落語家の口からは、加藤さんの名前がよく出てくる。
3月21日からの鈴本演芸場(東京・上野)を皮切りに約2カ月に渡るロングランの真打ち昇進披露興行が待っている、春風亭一之輔(33)に「加藤さん、お願いします」と頼まれ、寄席をはじめ披露興行のチケットすべての予約販売を行うことになった。
「事務所を持っていない落語家さんには無理ですから、大変ですが引き受けました」と、落語家に頼まれたら、断れない。
信頼されている理由が分かる。
加藤さんは大切なのは、「誠実」だという。
ある落語家は「誠実が歩いているような人」と評する。
「落語家になりたかった」と加藤さんは話す。
「今でもすぐにしゃべれますよ。若手の落語家さんよりもうまいですよ」。
何よりも落語が好きなのだ。
加藤さんは、かつて寄席の席亭になりたかったが、なれないことが分かり、自身で落語会を行うようになった。
大学受験で上京したときには、受験せずに落語会に行ってしまった。
大学卒業後に老舗商社に入社したが、仕事中も寄席通いをしていて、6年で退社。
落語会のノウハウを勉強するために、都内の寄席などで落語関係の仕事をする。
収入は商社時代の10分の1になった。
それでも貯金を取り崩しながら好きな道に進む。
現在の事務所「オフィスエムズ」を平成8年に立ち上げた。
10年間は好きな人だけを顔付けして、落語会をやっていた。
「中トロだけではなく、いなりずしも入れる」という落語会を続けている。
ファンにとっても、その大切さが一番よく分かっているからだ。
6割は黒字だったが、4割は赤字で落語会を続けた。
特に若手の落語会は赤字だった。
「出された食事を召し上がってほしい」という気持ちで落語会を作り続けた。
周囲の人たちからは「加藤さんのところは目立って収益をあげているようには見えない。どうして食べているのか」と、不思議がる。
そうした加藤さんの周囲では、「ボランティアでやりたい」という手伝いの人が落語会を助けている。
「私のやっている寄席が気に入ってくれた人」だという。
加藤さんの人柄にほれた人たちということだろう。
昨年11月に死去した立川談志師匠(享年75)とは、落語会での付き合いではなく、昭和歌謡が好きという個人的な趣味の付き合いだった。
「あんたのこと信じているからな」という言葉をもらった。
談志との最後の会話は「加藤、昭和歌謡頼むな」というものだった。
落語会を運営していても、できるだけ落語家の楽屋には行かない。
べたべたしないのが信条だ。
落語会の運営者は、どちらかというと落語家と話したり、楽屋でしゃべるのを楽しみとする人が多いが、加藤さんは違う。
それを自分に課している。
その距離感を大切にしているのだ。
「落語なんて、ふらっと聞きにきて、笑うもの。40年落語を聞いてきて、そう思う。お客さんが喜んで帰る姿はたまらないでしょ」
加藤さん自身も落語が好きで好きで仕方がないから、落語会を続けている。

あの雰囲気のままの人なんですね。
「大手町落語会」などは、めくりも加藤さんが書いているはずです。
寄席文字ではなく、何か不思議な、でも加藤さんが書いたんだな、という文字が、何ともいえない味になっています。

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