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2012年3月

2012年3月31日 (土)

強風

typhoon物凄い風か吹き荒れた1日でした。
強風
師匠から、稽古場・発表会場の候補として紹介していただいた場所の下見をしようと思いましたが、強風のため断念。
師匠に報告すると、「流三の弱点は強風。JRみたいだね。」
そうなんです。
ちょっと外出したのですが、電車のダイヤが乱れて大変でした。
年度末は、嵐の1日でした。

弥生の落語徘徊

cherryblossom今月は、2つの落語会に、心身ともに忙殺されました。
  ◇ 4日(日) 第10回落語っ子連発表会  
            三流亭流三「薮入り」
  ◇25日(日) 第4回 千早亭落語会
            千早亭永久「揺れるとき」(三遊亭圓窓作)  
先月25日(土)の「番外あおば亭」も合わせると、ちょうど1ヶ月の間に、3度の高座を勤めたことになりました。
「浜野矩随」・「薮入り」・「揺れるとき」と続いた高座(演題)は、自分なりには圧巻だったと思います。
こんな中で、落語っ子連の発表会延期騒動は、とても悲しい部分もありましたが、師匠や窓口さんのおかげで、お互いの落語への強い気持ちを確認することが出来、「揺れるとき」を演るにあたっては、本当に格好の経験になりました。
師匠が、落語っ子連10年で第一次を終了、新たに第2次落語っ子連を宣言されたのも、とても嬉しい出来事でした。
また、落友?の窓口さんが、扇子っ子連・千早亭にも参加してくださることになったことも、感激でした。
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ブログは、3月21日に、アクセス累計24万件に到達しました。
千早亭落語会にご来場くださった、噺っ子連・有難亭の真仮名さんが、「ブログの大ファンです」と仰ってくださいました。
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寄席・落語会は、以下のとおり。
  ◇  2日(金)  特撰落語会~一之輔・菊六二人会
  ◇ 17日(土)  朝日名人会
  ◇ 19日(月)  紀伊國屋寄席
  ◇ 24日(土)  雲光院でさん喬師匠を聴く会
「朝日名人会」では、楽屋に圓窓師匠をお訪ねしたり、年間通し券の最後は、思い出深いものになりました。
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プロ・アマに拘らず、師匠の「揺れるとき」での芸論を大切にしたいものです。
①噺だけでなく世間の様々なこと(もの)に触れる(それが修行)
②古くて良いもの(芸)の継承者にとどまらず、苦労して傷ついても
  新しいもの(芸)を創り出し、後世の噺家の模範の先人になる
③たとえ遠回りでも、たゆまず「芸の肥やし」を求め続ける
④噺の場面や人物、お客さまの感性を大切にして演じる
⑤自然に逆らわず、生かされた人生を一生懸命生きる
⑥今自分に出来ることを今しっかりとやる
⑦噺を聴いてくれるお客さまが一人でもいる限り、噺家は決して
  噺を手放してはいけない

あの東日本大震災から1年経ちました。
色々考えさせられた1年でした。
「揺れるとき」を演ることが出来たのは、我が落語徘徊の大きな道標になりました。
※そして、月末近くになって飛び込んで来たのが、「喰亭寝蔵」師匠が「落語っ子連」へご参加というビッグニュースでした。

喰亭寝蔵師匠

happy01朗報です。
落研の先輩の「喰亭寝蔵」師匠が、「落語っ子連」に参加されることになりましたsign03

それにしても、思いも寄らなかったことで、もう大興奮です。
というのも、寝蔵師匠は、新潟県にお住まいですから・・・。
でも、「落語中毒」の禁断症状が激しく、東京に嫁いでいる娘さんを訪ねる時に合わせて、稽古に参加しようということです。
頻度は2ヶ月に1度程度になりそうですが、とても嬉しい。
と同時に、グループの中の活気もさらにアップすること必定です。
参加を希望された理由を、以下のように仰っています。
圓窓師匠と同じ場の空気が吸えるなんて・・・。
我流で演ってる落語をきちんと指導していただきたい。
「落語中毒です」を自認するなら、それくらいの投資はしなくては。
「寝蔵さん、今日はどちらへ?」「へえ、ちょっと、東京まで落語の稽古に」なんて、粋じゃあ~ありませんか・・・。
師匠にも大変喜んでいただき、コメントしてくださいました。
圓窓師匠から(当然のことながら)快諾の返信がありました。
「待ってました、、、。活気が出て嬉しいです、、、。」
それから、新潟からお通いになるということについても、
「涙が出ますよ、、、。語りっ子連には熊本から稽古に通っている方がいますので、、、、、お互いに励みになるでしょう、、、。 」
ますます楽しくなって来ました。

身内の応援

pcたかが落語道楽とはいえ、身内からも熱く応援(心配)されているという話。
「千早亭落語会」の前日、母から来た「発表会の成功を祈る」というメールの意図が分かりました。
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先日帰省した時に、私が「今月25日の発表会で、圓窓師匠作の噺を演る予定だ」と言っていたようなんです。
それを聞いて、「(師匠が作った噺が)上手くできないと、師匠に失礼にあたるのではないか?」と、いつになく心配になっていたとのことでした。
当日の夜、「何とか出来たよ」とメールで報告すると、「これで今夜はゆっくり眠られるよ」と・・・。
また、親子三代の5人で来てくれた叔父ファミリーも、私の噺の感想を母に伝えてくれていたようです。
今回の「揺れるとき」という噺は圓窓師匠の最新作で、昨年の8月に師匠がまだ一度しか高座にかけられていない噺だそうです。
プロのお弟子さんも、一人も演っていない大ネタだそうですが、先日の千早亭永久さんは、大変ご立派に高座をつとめていました。
永久さんの高座を拝見して思うことは、ただ噺をなぞるだけでなく、その噺の本質や、メッセージを鋭く分析して、自分のものにして演じているところだと思います。
・・・かくありたいと常に思っているのは確かです。
多分に身贔屓・お世辞だとしても、噺を聴いていない
老いた両親には、とても嬉しかったようです。
たかが、されど・・、様々な人に支えられているんですよねぇ・・。
様々な人に、様々なことを感謝しなければいけません。

これからの噺

eyeglassなんだかんだと言いながら、いつも悩むのが演る噺。
「噺家さんは誰が好き?」「噺は何が好き?」と問われて、はっきり答えられない私ですから、自分が演りたい噺もはっきりしないという。
持ちネタが12~13になりましたから、新たな噺にチャレンジすると同時に、再演して練り上げることも大切だと思います。
さて、これから秋にかけての高座の機会を考えて、噺を決めようと思います。
 ■6月 9日(土) お江戸あおば亭 「帯久」or「救いの腕」
 ■9月 6日(土) 千早亭落語会  「鬼子母神 藪中の蕎麦」
 ■9月16日(日) OB落語会    「猫定」or「揺れるとき」
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6月の「お江戸あおば亭」は、出演希望者が多い場合は出演出来ませんが、チャンスがあればやってみようかと・・・。
9月6日の千早亭落語会は、豊島区制80周年記念の合同発表会ですから、師匠創作のご当地ネタを演ってみようか。
千早亭は、ここのところ「救いの腕」「揺れるとき」と、師匠の創作を演って来ましたので、ここは、師匠の創作を演らせていただこう。
早速、師匠にお願いしてみることにします。
9月16日の「OB落語会」は、仙台での落語会だから、少し大きな噺にチャレンジしたい。
地震が題材になっている「揺れるとき」を受け入れていただけるか?
これに加えて、「落語っ子連」も、発表会の頻度を増やすかもしれませんから、もう1演目、ネタを増やしたいと思います。 

2012年3月30日 (金)

「番外あおば亭」のDVD

cd「寝蔵エンタープライズ」制作の「番外あおば亭」(2月25日・浅草ことぶ季亭)のDVDが、寝蔵師匠から送られて来ました。
    
早速、最初の志ん志師匠から聴き始めました。
自分の噺を改めて聴いてみて、そこそこの手応えを感じました。
ライフワークともいうべき「浜野矩随」です。

まだまだ改良の余地はあるものの、自分でイメージしていたものに、かなり近づきつつあることは確かなようです。

自分の中では、2年前の学士会落語会での「ねずみ」と並んで、満足度の高いものになりました。
貴重な財産です。

三流亭窓口さん

wine「落語っ子連」の「三流亭窓口」さんが、本日をもって、永年ご精励された職場を定年退職されるそうです。
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窓口さんとは、このブログがご縁で、落語っ子連の仲間となり、一緒に師匠のご指導を受けて来ました。
3月4日の「第10回落語っ子連発表会」は、さしずめ「三流亭窓口退職記念落語会」で、多くのお客さまにご来場いただき、超満員になったのは、記憶に新しいところです。
慣れ親しんだ職場を去るのは、一抹の寂しさもあると思いますが、同じサラリーマンとして、無事お勤めになったことに、心から敬意を表したいと思います。
窓口さん、長い間お疲れさまでした。
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これからは、落語三昧の生活だそうです。
本当に羨ましい限りです。
2011030516080004月からは、「落語っ子連」だけでなく、「扇子っ子連」にも参加されることになり、「千早亭竜太楼」の名前も決まりました。
私と同様、2つの連で師匠のご指導を受け、年に3~4回程度の発表会をこなして行くということです。
ご本人によれば、次回は、落語っ子連では「片棒」、扇子っ子連では「不不動坊」にチャレンジするそうてす。
今後も、お互いに切磋琢磨していきたいと思います。
落語っ子連「ん組」稽古会窓口さん、本当にお疲れさまでした。

「揺れるとき」のテーマ

earいやはやなんとも・・・、40分を超える長講になってしまった、先日の「千早亭落語会」での「揺れるとき」・・・。
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師匠は、ご自身の芸論・芸談を、師匠が作った「三遊亭西生」という架空の元噺家が、若き圓朝に語りかける形で展開されています。
師匠の落語への思い、(プロアマを問わず)落語を演ることの本質などが盛り込まれているのです。
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師匠が指南してくださっている素人連が、地震や師匠の体調不良のために、発表会が延期(しそう)になったりしたことも、大きなきっかけになったそうです。
この噺で、三遊亭西生翁は、こんなことを圓朝に語りかけています。
①噺だけでなく世間の様々なこと(もの)に触れる(それが修行)
②古くて良いもの(芸)の継承者にとどまらず、苦労して傷ついても
  新しいもの(芸)を創り出し、後世の噺家の模範の先人になる
③たとえ遠回りでも、たゆまず「
芸の肥やし」を求め続ける
④噺の場面や人物、お客さまの感性を大切にして
演じる
⑤自然に逆らわず、生かされた人生を一生懸命生きる
⑥今自分に出来ることを今しっかりとやる
⑦噺を聴いてくれるお客さまが一人でもいる限り、噺家は決して
  噺を手放してはいけない

東日本大震災の災禍を目の当たりにして、「圓朝と安政大地震」を横軸にして、師匠は多くのことを語ってくださいました。

千早亭の打上げ

dramaロングラン落語会が終わり、楽屋で弁当を食べながら打上げ。
落語っ子連の三流亭窓口さんから正式に、「千早亭・三流亭の2足の草鞋を履くぞ宣言」があり、物好き?は私だけではないことが実証され、メンバーからは大歓迎です。
落語教室の終了発表会を入れて4回の発表会を行いました。
師匠の「揺れるとき」創作のきっかけになった落語会も含めて、とてもいいグループになりました。
師匠も、みんな声が出るようになったのは素晴らしいと褒めてくださいました。
次回9月の発表会は、「豊島区制80周年記念」の要亭との合同落語会です。
そして、ほとんどの人が演る噺も決めた(師匠がご了解くださった)中で、私は決まらず・・・、トホホ・・。
あぁ、屏風さんもまだでした
   
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皆さん、大変お疲れさまでした。
かくて、私も、2月25日の「番外あおば亭」、3月4日の「落語っ子連」、そして3月25日の「千早亭落語会」と、1ヶ月間に3度の高座も、恙無く?お開きになりました。
あ~、しんど。

三遊亭圓窓師匠

bud最後のお楽しみは師匠の一席。
2時に始まった落語会も、師匠が高座に上がったのは、何と6時半近くになっていました。
超ロングラン落語会になりました。
私にも、かなりの責任があります。皆さんごめんなさい。
    
お楽しみの師匠の一席は「不孝者」でした。
後半は、ちょっと色気のある、艶っぽい部分のある噺で、客席は大満足だったと思います。
若旦那と使用人の清造が山城屋に使いに行ったが、若旦那は戻らず、清造だけが戻ってきた。
たいそう道楽者の若旦那、またぞろどこかで遊んでいるに違いないと思った大旦那は清造を問いただす。
清造が言うには、若旦那は柳橋の料亭でどんちゃん騒ぎをしているらしい。
大旦那は若旦那を驚かせてやろうと、清造のふりをして迎えに行くことを思いつく。ところが…。

師匠の噺を間近に聴かせていただいて、先月体調を崩された影響は全くなく、安心しました。
今回も、一人ひとり全てにコメントをしていただき、最後に一席と、本当に感謝です。

2012年3月29日 (木)

千早亭軽太さん

present前回はフィアンセがご来場だった「軽太(かるた)」さん。
    
昨年11月にめでたくゴールイン。
今回は「雛鍔」。今回もメンバーのトリです。
最初の頃は、小噺を3つぐらいから始めて、前回には「道具屋」を征服した後で、今回は「雛鍔」です。
家庭を持ったからか、高座や落語に慣れたからか、どっしりして来ました。
もともと雰囲気のある人で、高座姿も板についています。
よく通る声だから、落ち着いてやれば受けます。
さあ、幸せの絶頂の中で、次回はどんな噺にチャレンジするか、楽しみです。

東京かわら版

book発表会で余裕がなく、郵送されたままになっていました。
Photo_2 4月号は、落語協会会長・柳家小三治が巻頭に登場です。
また、「寄席演芸年鑑2012年版」も合本されています。
・演芸界、2011年のできごと
・笑芸関係の物故者~できごと番外編
・2011年に発売された演芸本リスト
・2011年に発売されたAV演芸メディア
・寄席芸人名鑑2012年補足分
めまぐるしく時間は過ぎ去っていきます。

千早亭早千さん

rouge明るくてテンポのある語り口の「早千(はやち)」さん。
     
私の別名「三流亭流三」と同じ、回文調の「千早亭早千」さん。
前回は、香道にまつわる「伽羅の下駄」という珍しい噺でしたが、一転今回は、定番中の定番の「子ほめ」です。
師匠も褒めていたとおり、口跡明瞭で人物描写も巧み、流暢な落語になっています。
早千さんの魅力は、とても前向きなところです。
それが落語の中にも滲み出ていて、お客さまに共感してもらえるのです。
こういう部分というのは、やはり努力だけでは補えない、理屈抜きの生まれついての魅力でもあるものだと思います。
さて、次回は何を・・?
「お菊の皿」とか言っていたような・・・・。

まだまだ健在

sun小学校の修学旅行は東京でした。
    
前の晩は眠れないほど興奮し、楽しみにしていたのが、東京タワー・羽田空港・上野動物園と交通博物館でした。
5月に東京スカイツリーがオープンして、影に隠れてしまうかもしれませんが、高度成長の象徴でもあり、田舎者の憧れでもありました。
長じてから、数回行行きましたが、やはり東京タワーは東京タワー。
先日、芝公園方面に外出した時に、晴天に映える勇姿をじっくり見ることが出来ました。

千早亭百人さん

bananaこれは落語じゃない、でも落語で語る「百人(ももと)」さん。
   
前回も、かなりオリジナルな「死神」で受けていましたが、さらに今回は、「帰って来た死神」という、完全なオリジナルを引っさげての登場です。
ご本人によれば「地獄八景亡者戯」を意識したとのことですが、もうやりたい放題です。
内容は、昭和のオジサンたちのノスタルジーがたっぷり、そこそこの教養も必要です。
最後の方には、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」まで登場して来ます。
こういう落語の愉しみ方もあるということですね。
次は、さらにこの続編ということですから、「死神セブン」・「死神タロウ」・「死神エース」・・・なんていう風に進んで行くかもしれません。
さすがに師匠も、この噺に目を円谷でいます。(ちょっと苦しい・・・)

2012年3月28日 (水)

林家あずみさんのツイート

karaoke今日は水曜日。
林家あずみさんが、レギュラーでラジオ番組に出演する日。
元気にツイートしていました。
林家あずみです。
今日の中継は神保町にあります三味線のお店、三味線教室の『音福』さんからお届けしました。
お洒落な小物もたくさんありますよ!
あずみさん
「番外あおば亭」にご出演いただいてから1ヶ月。
やはり気になるもので、ご活躍の様子を頼もしく拝見しています。

千早亭屏風さん

wine仲入り後のトツプバッターは「千早亭屏風」さん。
    
正直なところ、今回の「町内の若い衆」を聴かせていただいて、物凄く上達されたと思います。
声も出るようになったし、間も台詞も自然になって来ました。
今まで、「目黒のさんま」や「三方一両損」など、武士が出たり、仕草が多い噺でしたが、今回は軽妙な噺ですから、屏風さんにはとても合っている感じです。
声が通るようになったから、突っ込みの台詞で笑わせることが出来るんだと思います。
突っ込みは、演者の人柄が出て来ますから、ライトな流れで進められるという訳でしょう。
ロマンスグレーの紳士然とした方が、「町内の若い衆が、寄ってたかってこしらえてくれたんだよぉ。」なんて言うミスマッチが楽しい・・・。

ゆるキャラ「はなしか」

penguin世の中「B級グルメ」「ゆるキャラ」の時代ですね。
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全国各地でブームとなっているゆるキャラ。
今度は、落語・寄席の魅力を発信する、落語協会のゆるキャラ“はなしか”が登場し、3月21日より各寄席売店で手拭い、携帯ストラップ、ステッカーなどのグッズ販売がスタートしている。
この“はなしか”は、寄席で何か展開したいと、芸人さんたち主導により誕生したそう。
「皆さんこんにちは。落語をもっとみんなに聞いてほしくて、寄席のお土産としてみんなのそばにいたくて、落語協会の“ゆるキャラ”になりました。
可愛がってくださいね」と話す“はなしか”。
気になるおしりの花については、「噺家になりたいと願い続けていたら、ある日、突然おしりから花が生えてきた。
ある意味、本当のはなしかになっちゃった鹿」と洒落たコメントをしている。

千早亭ワッフルさん

appleこの方がいなければ「扇子っ子連・千早亭」は成り立たないという存在の「千早亭ワッフル」さん。
    
前回の千早亭落語会では、師匠が創作された「ういろう売り」を見事にお演りになり、小田原の師匠の会で前座をおつとめになりました。
今回は「厩火事」。
女性ならではの、穏やかな流れの語りは、男性では表現出来ないでしょう。
師匠に、ご主人(お亡くなりになっているそうです)との夫婦喧嘩の思い出を聞かれて、ちょっと涙ぐんでいました。
ごはんを食べていて、「おいしいの?」って聞いても黙っている。
「おいしくないの?」って聞いても返事がない。
「どっちなの?」って訊くと、「美味けりゃ言うよ!」だって・・・。
あれっ?同じような場面が、私の「救いの腕」にありますよ。
とっても仲の良いご夫婦だったんですね。
ワッフルさん、いつもお世話になります。
この場をお借りして、感謝、感謝。
(あ、これから後の出演者の写真は、私が出囃子の係だったため、演者の右側からのものになります。)

2012年3月27日 (火)

揺れるとき

bud六代目三遊亭圓窓作「揺れるとき」のあらすじを・・・。
Photo安政2年10月2日(旧暦)、この年の3月に真打昇進したばかりの16歳の「三遊亭圓朝」が、相模の国神奈川に住む、盲目の元噺家「三遊亭西生(さいしょう)」を訪ねるところから始まります。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-fae4.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-e7e4.html
安政2年10月2日(新暦では11月11日)。
相州神奈川宿で一人暮らしをしている盲目の元噺家「三遊亭西生」の家を、3月に真打に昇進したばかりの16歳の「三遊亭圓朝」が訪ねて来る。
西生は、6歳の圓朝が「小圓太」で初高座を勤めた日のことも克明に覚えていた。
自分は、人から頼まれると、出来も分かりもしないのに、すぐに「委細承知」と答えるのが口癖だという。
周りからは、「委細承知之介」と渾名で呼ばれた。
圓朝の父「橘家圓太郎」とも親しく、二人で身延山へお参りをした時も、「委細承知した」と先達を申し出たが、鰍沢あたりで道に迷ってしまった思い出などを語る。
(これが圓朝が「鰍沢」を創作するヒントになるように匂わせる)
西生は圓朝が気に入り、二人の会話は酒を酌み交わしながら延々と続き夜になる。
西生の師匠である初代圓生から教わった芸談から、圓朝は、西生に「寿限無」の稽古をつけてもらうことになる。
喜んだ西生が「寿限無」の佳境にさしかかる頃、突然大きな地震に襲われる。
これが、「安政の江戸大地震」である。
地震にひるんだ圓朝に、西生は微動だにせず「寿限無」を続ける。

そして、さらに西生の芸談や人生観が語られる。
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時は流れて明治32年10月(新暦)。
あれから44年後の日本橋木原店の寄席。
「落語中興の祖」とまで言われ、功なり名を上げた圓朝も既に60歳。
前月から体調を崩していたものの、この日もトリで、自身の代表作「怪談牡丹燈籠」を演じる。
(実は、この日が圓朝の最後の高座になる。)
この寄席の芝居に、毎日通っている60歳前後の婦人がいた。
圓朝が「牡丹燈籠」を語っている途中に、また大きな地震が起きる。
ところが圓朝は微動だにせず噺を続ける。
そして客席でも、慌てて外に逃げ出してしまう客が多い中で、その婦人もまた微動だにせずに噺を聴いている。
寄席がはねた後、この婦人が楽屋に圓朝を訪ねて来る。
44年前に圓朝が訪ねて稽古をしてもらった西生の一人娘だと言う。Encho1
西生は既に亡くなっていたが、生前、圓朝が訪ねてくれたことを喜び、安政の大地震にも微動だにせず稽古を受けてくれた圓朝のことを褒めていたと。
そして、地震が起こってもびくともしなかった圓朝を、父親の位牌を抱いて聴いていたと。
圓朝は、西生の位牌を立てて、お経を唱える。
読経が終わった途端、位牌がパタンと倒れる。
「お父っつぁん、なんて情けない、自分でお立ちなさいな!」
「無理を言っちゃあいけません。師匠は、洒落っ気のある方だから、皆を笑わせようと、わざと倒れたんですよ。そうですよね、師匠」と西生に語りかけると・・・、位牌の方から、
「そうさ、位牌(委細)承知さ」

噺の中に、「鰍沢」のヒントになる場面が出て来る。
噺の中で、「寿限無」・「怪談牡丹燈籠」の一部を演ずる部分がある。
老いた元噺家の独白が延々と続く・・・。
史実とフィクションがミックスされた、内容の濃い大作です。

千早亭三十一さん

japanesetea私の「揺れるとき」で客席は充分疲れ切りました。
次は、三十一(みそひと)さんの長講「井戸の茶碗」です。
    
師匠も、「この長い噺をよく覚えた」と感心されていましたが、覚えただけでなく、実に楽しげにお演りになっていて、噺の内容と相俟って、会場の雰囲気も柔らかくなって来ました。
三十一さんに限らず、扇子っ子連の皆さんは、前向きに落語を捉えているのがいいです。
師匠が「揺れるとき」を創作するきっかけになった、昨年の「3.13千早亭落語会延期騒動」も乗り越えて、否、それあればこその今なんだと思います。

「I」さん

shadow昨日、自称「乱志後援会長」の「I」さんと一献。
「I」さんは、師匠の全生庵での初演の「揺れるとき」を一緒に聴いた、数少ない一人です。
下の写真の最前列右端の私の左隣が、後ろの女性に重なっていますが、この人です。揺れるとき
千早亭には、趣味の畑仕事(日曜菜園での農作業)で忙しくて来られませんでしたが、「出来はともかく、あんな大きな噺をよくやったよ(よくやるよ)」と、呆れながらも偽らざる感想を話してくれました。
それ以上は言葉にならないと・・・。
素朴に考えてみれば、かくいう私も、師匠の初演から1年も経たずして、こんな大作を演らせていただけるとは思ってもみませんでした。
昨年の全生庵では、私はこの噺に胸をうたれつつ「いつかこんな大作が演れたらいいなぁ・・」ぐらいでしたから。
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でも、震災1年後に、この噺の創作のきっかけになった千早亭で演ることが出来た意義というのは、私の中ではとても大きなものでした。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-fae4.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/02/post-e7e4.html
「I」さんは、私の噺は聴きたくないそうです。
言われてみれば、今まで3〜4回程度しか聴いてくれていません。
これは、農作業が忙しいだけではなく、私の噺が恐くて聴けない、ハラハラしてしまうんだそうです・・・・。
ほんまかいな・・?
でも、確かにネタ下ろし(初演)は苦手なはずですよ、それよりも菜園(再演)が好きなオッサンですから・・。

千早亭永久

eyeさあ、千早亭永久の「揺れるとき」。
四の五の言わず、翌日の師匠のブログでのコメントを。
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永久(とわ)[揺れるとき]。
去年、あたしが全生庵で初演した自作の噺。
圓朝と地震をテーマにしてみた作品。
連の中から取り上げてくれる人が出るとは思わなかったことで、これこそ感動もの。
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継承者の責任は果たせたか・・・?
これでいいのだ。いいのか・・・?
いずれにしても、稽古の時にも師匠から言われたように、これから私がこの噺を継承して行きたいと思いました。(生意気にも・・。)

2012年3月26日 (月)

豊島区制80周年記念・・

present豊島区は、今年区制施行80周年になるそうです。
    
千早地域文化創造館の館長さんから、今年9月に、同館をホームにしている「千早亭」と「要亭」の合同落語会のオファーがあり、師匠以下全員大歓迎です。
そして、9月8日(土)に決定しました。
当日のお昼頃から、夜までぶっ通しで落語を開こうというプロジェクトです。
楽しみになって来ました。

千早亭和歌女さん

cherryblossomトップバッターは、和歌女(わかめ)さんの「平林」です。
     
着物に関係するお仕事をしているだけあって、着こなしはお見事です。
落ち着いた、優しい口調が魅力だと思います。
今回の「平林」では、師匠からのアドバイスで、手拭を2枚使ってやりました。
というのは、「平林(ひらばやし)」という名前が覚えられない小僧が、ひらりん・ぺーりん・いちはちじゅうのもくもく・ひとつとやっつでとっきっき・・・、なんて言える訳がないという、素朴な疑問。
だから、漢字は読めないが、ひらがなは読めるので、手拭の片方は手紙、もう一方は紙にして、べーりん・ぺーりん・・・を書いておく(メモする)ことにしたのです。
こういうやり方(工夫)もあるんですね。

落語っ子連の新しい仲間

shoe「落語っ子連」に、新しい仲間が参加することになりました。
圓窓師匠が茨城県でご指南されている「噺っ子連」の「有難亭百梅」さんです。
今までの職場がつくばだったので、噺っ子連に参加していたそうですが、転勤で東京勤務になったので、我が連に移籍するという。
大歓迎です。
本名が「ゆうき」さんというそうです。
「若いイケ面メンバーの参加で、ゆうき(勇気)百梅(百倍)ですね。」とMLに投稿したら、師匠が、「(師匠も)その洒落で、この名前にしたのに、本人も含めて誰も気が付かなかったさすが流三さんだ。」と、褒められました。

窓口さんが竜太楼さん?

happy01「千早亭落語会」に来てくださった、「落語っ子連」の「三流亭窓口」さんが、この度、私と同様、「扇子っ子連・千早亭」にも参加することになりました。
この3月末で定年退職されることから、これからは、真心に立ち返って落語の稽古に励むということです。
嬉しいですねぇ。
落語が大好きな方で、さらに二人で切磋琢磨できそうです。
用意周到で、千早亭での名前も考えていたそうです。
「千早亭竜太楼(たつたろう)」・・・。
千早亭は、師匠が、落語「千早振る」つながりで、和歌や百人一首に関わりのある名前をつけてくださいますが、「竜田川」が出て来るので決まり。
窓口さんが好きな、権太楼師匠と一字違いです。
窓口さん、やりやがったな・・?

2012年3月25日 (日)

千早亭落語会

apple午後2時ちょうど。いよいよ開演です。
今回都合が悪くてご出演出来なかった「千早亭貴女(あなた)」さんから、綺麗な花が届き、高座の横に飾らせていただきました。
     
このプログラムも、「公益財団法人・・・」で作ってくださいました。
 
まずは、千早文化創造館(公益財団法人・・・)の方のご挨拶から。
「皆さんこんにちは」から入ります。
いかにも、公的なイベントの感じがして・・・、いいですよ。
続いて、扇子っ子連の会長である千早亭三十一さんのご挨拶。
そして、師匠が、落語の稽古のことや千早亭のことを丁寧にご説明くださいました。
さあ、いよいよ本当に開演です。
      平林         千早亭和歌女
      
揺れるとき      千早亭永久
      
井戸の茶碗     千早亭三十一
      厩火事        千早亭ワッフル
              仲入り
      町内の若い衆     千早亭屏風
      帰って来た死神   千早亭百人
            子ほめ        千早亭早千
            雛鍔         千早亭軽太

            不孝者 
       三遊亭圓窓
お客様は80名以上の大盛況でした。
午後2時に開演して、終演は6時半をかなり回っていました。
お客さまの忍耐力に感謝と脱帽でした。  
Fw:写真

落語会の会場

happy01今回の「千早亭落語会」は、「公益財団法人としま未来文化財団」との共催ということになっています。
       
・・・ということで、いつもは全部自分たちでやらなければいけない事前の準備や会場の設営なども、地域想像館の方々がやってくださいました。

受付までお願いして・・・、有り難いことです。
会場内はご覧のとおり、高座も綺麗に出来上がりました。
「こんなもんでしょうか・・」なんて言いながら、緊張感の中にも和気藹々とした雰囲気。
発表会も4回目になると、メンバーにも余裕が出て来るのでしょう。

さあ、いよいよ開演です。

千早地域文化創造館

event羽織っ子連の稽古場でもある「豊島区千早地域文化創造館」。

考えてみると、私もかつて豊島区民でした。
会社の独身寮が目白にありましたので、数年間は豊島区で暮らしたことがあるんです。
    
案内の黒板にも、「千早亭落語会」と・・、間違いない・・。

揺れるとき

event昨年8月の圓朝まつりの奉納落語会で、圓窓師匠が初演された時の写真。揺れるとき最前列右端に、私が座っています。

今日の手拭い

drama色々考えた末、今回は黒の縞づくしの手拭いに決めました。

着物が黄色系の淡い色なのと、「揺れるとき」では、手拭はそれほど露出が多くありませんから、渋く行ってみようと。
いつもは前日に決めるのですが、今回は当日の朝まで、そんな余裕がありませんでした。

発表会の朝

apple「千早亭落語会」の当日になりました。
Fw:写真
昨夜初めて一通りやってみたら、何と40分ぐらいかかりました。
こりゃあまずい。
少しカットしないといけません。
無意識に台詞を飛ばすのは得意?ですが、ストーリーをカットするのは大変です。
まあ、もうジタバタしても仕方がありませんから、いつも師匠から言われているとおり、大きな声でやることだけです。
師匠からいただいた高座本。
昨年の「圓朝まつり」の奉納落語会のネタ下ろしで聴いた、師匠自作自演の「揺れるとき」。
恐らく、今日がこの噺の2度目の口演だと思います。

落語はやおき亭

cake林家たい平さん、テレビなどを見ていて、最近随分太ったと思っていましたが、本人もそれを認めていました。
    ◇ 紙屑屋     林家たい平
放送開始1周年ということで、たい平さん自身の噺。
たい平さんの「紙屑屋」は、ある落語会で聴いたことがあります。
この噺のマクラは、「湯屋番」と同じで、どちらかな・・?と想像する楽しみがあります。
「紙屑屋」は、オリジナルな演出が出来る噺で、噺家さんの個性や得意分野が表れて来ます。
今はない商売(仕事)ですから、ストーリーよりも、面白可笑しい台詞回しがポイントです。 

子ほめ・千早振る

bud昨日の「さん喬師匠を聴く会」で、前座のさん坊さんの「子ほめ」、小太郎さんの「千早振る」を聴きました。
偶然、2題とも、私の持ちネタでもあり、じっくり観察しました。
鑑賞でなく観察です。
仕方がないところではありますが、二人ともまだまだです。
特に、さん坊さんは、視線や仕草がしっかり決まっていないので、情景が浮かんで来ない。
台詞に、「え?」という、素人に多い癖も残っています。
決定的なのは、往来で伊勢屋の番頭さんと話す場面で、両手が座布団に触れる仕草がありましたが、これでは、地べたに手をついていることになってしまいます。
こういうところは、圓窓師匠に厳しくご指導いただいているので、非常に気になります。
まだ技能的に未熟なのですから、こういう基本的な部分をきっちりやらないと、お客様がついて来られないでしょう。
小太郎さん、前座の小ぞう時代によく聴きました。
あの頃は、名前のとおり子どものような雰囲気でしたが、二つ目になって、羽織を着た姿を見ると、随分大人になって来たなと感じました。

落語DEデート

bottle発表会の当日といえども、やることは同じ。
朝6時から、まだらな意識の中で、落語を聴くこと。
   ◇ 花見酒     六代目春風亭柳橋
旬の噺です。
この柳橋師匠は、学生時代ラジオで晩年の高座を聴きました。
若い頃は物凄い売れっ子だったそうです。
ゆったり語るおじいちゃん、という雰囲気でしたが・・・。

2012年3月24日 (土)

母からメール

tulip母からメールが来ました。
明日の発表会の準備は万端ですか?
成功を祈ります。phoneto
あれ?明日の発表会のことを話していたかなぁぁ?
尤も、私が言わなくても、明日も来場してくれる予定の叔父(母の弟)からのホットラインで伝わっているのでしょう。
"準備万端"かといわれると、"準備バタバタ"だというところですが、やるっきゃないという状態です。

不忍池

night夜の不忍池、弁天堂の改修工事も概ね完了の様子。
     
間もなく咲く桜の花(お花見)に備えて、上野周辺全体がお祭り気分です。
明日の発表会の緊張から逃れるように、浅草や上野を徘徊した一日でした。
Fw:写真

浅草散歩

riceball清澄白河から浅草に行き、「駒形どぜう」で夕食。
久しぶりに、どじょう鍋に舌鼓を打ちました。
    
仲見世は、そろそろ店が閉まる時間で、ただ落ち着いている感じて、この雰囲気もいいですよ。

浅草寺は、観音堂の扉は閉まっていましたが、ライトアップされた五重塔なども美しかった。
     


雲光院

bud今日の落語会の会場だった雲光院というお寺は、寺町の清澄白河にある名刹だそうです。

    
境内には、梅と早咲きの桜が咲いていました。
落語会が終わる頃には雨も上がり、春の光が射し込んでいました。
境内の梅の花と・・
 ・・・早咲きの桜です。

さん喬師匠を聴く会

cherryblossom清澄白河の雲光院で「さん喬師匠を聴く会」です。
さん喬師匠を聴く会
これで3回目ぐらいだと思います。
さん喬師匠を聴く会
  ◆ 子ほめ         柳家さん坊
  ◆ 千早振る       柳家小太郎
    ◆ おせつ徳三郎    柳家さん喬
  ◆ 花見の仇討     柳家さん喬
畳の上で長講を聴くのは、かなりしんどいですが、じっくり聴かせていただきました。
間近で拝見するさん喬師匠の表情も、大変参考になりました。

あぁ上野駅

rain天気予報では、朝早く雨は上がり、今日明日は晴れるということでしたが、午前中は降ったりやんだり・・・。

清澄白河の雲光院というお寺で、柳家さん喬師匠の独演会があるので、軽く食事をしてからということで、ホームグラウンドの上野駅に降り立ちましたが、はっきりしない天気です。
       
上野は、おいらの心の駅だぁ~、です。

名作探訪「鰍沢」

fuji読売新聞の記事。我が故郷の噺「鰍沢」の話題。
Photohttp://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/trad/20120323-OYT8T00755.htm
山奥の温泉宿で卵酒 
甲斐の国、身延参詣の道中、大雪に見舞われて道に迷った旅人。
やっと見つけた民家で一夜の宿を請うと、迎え入れたのは首に大きな傷痕がある美しい女、お熊だった。
火にあたりながら話し込むうちに、このお熊は旅人が以前江戸・吉原で顔を合わせた月の戸花魁だと知れる。「温まるから」とお熊がこしらえた卵酒、実はその中に毒が入っていて・・・。
冬の大ネタとして知られる「鰍沢」は江戸時代、庶民の間で流行した身延参詣が物語の土台になっている。Photo_2
信仰の中心の身延山には日蓮宗総本山の久遠寺(山梨県身延町)があり、今も毎朝のように参拝客が大きな太鼓の音に合わせて「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えている。
六代目三遊亭圓生は、噺のマクラで、「身延参詣は順序が決まっている」と話していた。
昌福寺(同県富士川町)、妙法寺(同)、法論石(同)と巡り、いったん鰍沢に下りて身延山に向かうルートを3月上旬、巡ってみた。
現地を案内してくれた富士川町商工観光課の土橋学さん(39)は「落語では雪深い土地として描かれますが、最近は温暖化のせいか、冬でもめったに積もらないですね」と話す。
市街地の昌福寺から山道を登って妙法寺へ。Photo_3
ここでは噺に登場する重要アイテム「秘妙符(毒消しの護符」が実際に売られている。
袋を開けると1ミリに満たない黒い粒が5、6個ずつ、小分けされて入っていた。
小倉日教貫首(75)は「お題目を墨書きした和紙を撚(よ)って細かく切って丸めたものです」と説明する。
この粒をのみこめば様々な「霊験」が現れるという。
妙法寺から、日蓮ゆかりの法論石を安置した懸腰寺を参拝する。
寺の裏手に細い道が延びていた。
この先、旅人は迷うことになるが、土橋さんは「この辺は地元の人でも迷いやすい道。圓朝はここを訪れていたとしか思えないほどリアルです」と話していた。
同町商工会の経営指導員、宮沢洋さん(51)は、落語好きが高じて9年前から「鰍沢で落語鰍沢を聴く会」を年1回、開いている。
これまでの出演者は立川志の輔、柳家喬太郎、柳家三三ら人気者ばかり。
「それぞれ全く違う『鰍沢』が聴ける。志の輔師匠は手に汗握るサスペンスドラマに仕上げるし、三三師匠演じるお熊の毒婦ぶりも素晴らしい」と語る。
訪れた落語家を毎回、妙法寺や法論石に案内しているともいう。Encho1_s
旧鰍沢町から身延山周辺には温泉地が点在する。山奥の温泉宿に泊まり「地酒で卵酒を1杯、作ってください」と頼んでみた。
銘柄は「春鶯囀」。
春のウグイスのさえずりとは、今の季節に飲むにはうってつけだ。
お熊は「この辺の地酒は口元に持ってくると嫌な臭いがするんで」と言うが、この酒は香り優しく味まろやか。
卵酒1杯では終わらず冷やで4合瓶、一人で空けてしまった。
ふと、手に入れた毒消しの秘妙符を見る。
これ、二日酔いにも効くだろうか。

義理の伯父の旦那寺の本堂では、噺家さんが来て「鰍沢」を演ったことが何度かあるようですから、そのお寺のことでしょうか・・?
確かに何年か前は、柳家三三さんも来ていたようです。
今回「揺れるとき」では、西生が圓朝に、鰍沢で道に迷った話をして、このことを噺にしてみないかと勧めるシーンがあります。
いつか演りたい、私にとっての"ご当地"噺です。

あぁ?上野駅

subway上野はおいらの心の駅・・という訳で。

35年以上前に、ここから仙台へ向かいました。
青春時代を仙台で過ごしました。

あの頃から、さほど背の高くない私でも頭をぶつけてしまうような、天井の低い場所がありました。
今も全く変わっていません。
あの頃は、当然新幹線開通の前で、北へ向かう線路は、何となく寂しい感じがしたものです。
「L特急ひばり」の特急券を握りしめて、13番線からの低いホームに向かったものでした。

我事において後悔せず

bell恋し家古狂師匠から、色々励ましの言葉をいただきます。
そして先日は、激写してくださった写真を送ってくださいました。
Fw2: 我事において後悔せずFw2: 我事において後悔せず
Fw2: 我事において後悔せずFw2: 我事において後悔せず
Fw2: 我事において後悔せずFw2: 我事において後悔せず
Fw2: 我事において後悔せずFw2: 我事において後悔せず
Fw2: 我事において後悔せず ありがとうございます。
明日の発表会も頑張ります。

映画館落語かもめ亭

present文化放送が定期開催している「浜松町かもめ亭」が、映画として新たなスタートを切ることになったそうです。
タイトルは「映画館落語 かもめ亭」。
林家たい平さんがナビゲーターを務め、6月の第1回上映を皮切りに、シリーズ化していくということです。
「映画館落語 かもめ亭」は、録りおろしの落語2席と色物をメインに構成され、寄席の裏側に迫るドキュメンタリータッチの要素が加わるほか、「浜松町かもめ亭」同様、新進からベテランまでがさまざまな演目を披露するとのこと。
第1回では、桂歌丸師匠と三遊亭小遊三師匠が出演。
第2回には春風亭昇太さんと三遊亭円楽さんの出演が決定しているそうです。
ナビゲーターのたい平さんは「落語ファンはもちろん、これまで寄席に足を運んだことのない方たちにも見に来てもらいたい」とコメントしているとか。
第1回が6月2日から2週間公開。
料金は1500円(予定)で、3月19日現在で全国46館で上映予定。
第2回は9月を想定、年に数回の実施を目指すということです。
・・・どうでも良いですが、笑点メンバーばっかりですね。

2012年3月23日 (金)

千早亭落語会

tulipいよいよ明後日は「千早亭落語会」です。
皆さまのご来場をお待ちしております。
Fw:写真
 ≪第3回扇子っ子連・千早亭落語会≫
 日時  平成24年3月25日(日)午後2時~
 場所  豊島区千早地域文化創造館
 番組  平林          千早亭和歌女
      
揺れるとき      千早亭永久
      
井戸の茶碗     千早亭三十一
      厩火事        千早亭ワッフル
              仲入り
      町内の若い衆     千早亭屏風
      帰って来た死神   千早亭百人
            子ほめ        千早亭早千
            雛鍔         千早亭軽太

            
お楽しみ       三遊亭圓窓
 
共催    公益財団法人としま未来文化財団

万惣

banana神田須田町の交差点にあるのが、この万惣ビル。
「万惣」は、1846年(弘化3年)創業の老舗中の老舗の果物店。
明治43年に宮内庁御用達となる。
弘化3年といえば、三遊亭圓朝の江戸橋の土手倉という寄席での初高座が、その前年ですから、古いですよ。
    万惣
歩き稽古でここまで来て、地下鉄に入ろうと通りかかると、シャッターに何か貼り紙があり、通りがかりの人が読んでいます。
http://www.manso-kanda.co.jp/close.pdf
この「万惣」が、3月24日に全店閉店するそうです。
万惣 万惣
私が「万惣」を知ったのは、やはり落語からです。
「千両みかん」に、この「万惣」が出て来るのです。http://ginjo.fc2web.com/52senryomikan/senryomikan.htm
何度か食事をしたこともありました。
また、江戸の面影を残す場所が消えて行きます。

歩き稽古

cherryblossom上野公園の桜の開花も暫くかかりそう。
    
これから雨が降り、気温は上がらず寒い一日になるとのこと。
朝のうちは比較的暖かいので、実質的に最後の歩き稽古日和・・。

朝の不忍池の佇まい。
右手が上野の清水さま、池に浮かぶ弁天堂を臨みます。
不忍池に響く、寛永寺の八つの鐘・・・。
からんころ~ん、からんころ~ん・・・。
今日は、「寿限無」のところまでやり、少し長くなったので、地下鉄神田駅まで歩きました。

東京落語会のチケット

event「東京落語会」の6ヶ月分のチケットが郵送されて来ました。
      東京落語会のチケット
3月に行くことが出来ず、会場で受け取ることが出来ませんでしたので、直送されて来ました。
また半年、毎月第3金曜日の夜の楽しみです。

OB落語会(仙台)の予定

horse仙台在住の「走れ家駄馬」師匠からの情報です。Photo
今年は、現役の皆さんが隔年で主催してくれている「OB落語会」の年です。
そこで、あまり現役の皆さんにおんぶに抱っこにならないようにと、駄馬師匠はじめ、在仙のOBの方々が、常に現役の皆さんとコンタクトしてくださっています。
OB落語会を開催するにあたり、一番悩ましいのは、落語会の会場の確保です。Photo_2
特に、昨年の震災以降は、壊れたり、避難所になったり、復興関連のイベントが多かったりで、なかなか手ごろな場所が見つかりませんでした。
我々は、場所なんてどこでも良いのですが、例えば大学の施設などはどうかと思っていました。
すると、現役のT部長が、大学の施設をあたってくれて、片平キャンパスにある「さくらホール」 が利用できそうだと・・。
学会などで使う最大200 席の会議室が借りられそうとのこと。
T部長は、とりあえず【9月16日(日)】を押さえてくれたそうです。
有り難いことです。
http://www.bureau.tohoku.ac.jp/sakura/newpage1.htmlPhoto_3
私はもう、諸手を挙げて大賛成です。
・・・・・ということで、「第23回OB落語会」は、9月16日(日)東北大学「片平さくらホール」での開催が決まりそうです。
実にアカデミックな?落語会になりそうです。
ところで、このホールの場所は、昔「公孫樹(いちょう)食堂」があった場所では?

2012年3月22日 (木)

歩き稽古

cherryblossom今日もまた肌寒い朝です。
   歩き稽古
上野公園入口の交番のところの早咲きの桜にポツポツと花が開いて来た感じがします。
あと3日・・・。
「からんころ~ん」の台詞ばかりやっている訳にはいかないので・・・。
不思議なもので、どんな噺をやっていても、どうしても覚えづらい、詰まらない、自信のない部分というのがあるものです。
例えば「ねずみ」では、地元の二人がねずみ屋のネズミを見に来るシーン。
「浜野矩随」では、矩随の独白シーン。
「佃祭」では、お悔やみに行く場面。
「薮入り」では、熊さんが掃除をする場面・・・。
今回は、全編がそうなのですが、一番のミソになる、西生の独白の部分が特に弱い・・・。
あと3日・・・。
心だけが焦る感じ・・・。

本当の「揺れるとき」

flair読売新聞の話題。
ここのところ、地震が頻発している気がします。
3月14日(水)午後9時過ぎ。
ル・テアトル銀座での「読売GINZA落語会」。
突然会場のいたるところで携帯のアラーム音が鳴り響き、緊急地震速報を知らせます。
この時、柳家三三さんの「鰍沢」が佳境に入っていたそうです。
主人公の旅人(新助)が、毒でしびれた体を無理やり動かして、お熊の家から逃げ出そうとした時に、緊急地震速報が鳴りました。
ということはすぐさま地震が来るということで、実際に茨城県南部・千葉県北東部で震度5強というかなり大きな地震でした。
東京では震度3だったようです。
この時の三三さんの対応がお見事だったそうなんです。
「みなさん、そのまま、そのまま」となだめながら、「客席の上には何もありません。舞台の上にはいろんなものがある。危ないのはこっちなんですから」。
「本当に危なくなったら、係りの人が出てきて誘導しますから、落ち着いてください」
・・・そのうちに揺れはおさまる。
三三さんすかさず「地震はおさまったが、新助は危ない」。
きれいに噺をもとに戻して、あとは「お材木で助かった」のサゲまで。
今まさに「揺れるとき」という噺にチャレンジしていますので、とても興味深い話題でした。

日本の話芸

bomb寝蔵師匠から落研OBのMLに投稿がありました。
テレビ録画しておいた落語をまとめて観ました。Photo
中で、NHK「日本の話芸」昨年12月の東京落語会から、三遊亭鳳楽さんの「鼠穴」
「酷い・・・」でした。
長い噺を30分にするところに苦労があったようですが、噛むこと噛むこと・・・・。
   えだの・・・  えどの(江戸の)
   さあこれから、さか・・・   さけ(酒)さかな
   ひとつ歯車がくらって・・・  くるって(狂って)
   さけを・・・  さかを(坂を)、、、    ・・・途中で止めました。
たしか乱志さんのブログにも「あまりよくない出来・・・」とあったような気がします。
あれは、放映すべきではなかったと思います。
それとも、鳳楽師匠、何か体調でもわるかったのか・・・?
学生時代、第2回「仙台落語勉強会」(昭和49年11月10日)で、楽松のころ来ていただいた方で、奮起を祈ります。
そうなんです。
プログですから、あまり酷評は出来ませんでしたが・・酷かった。
私もかなり鳳楽師匠は聴いているのですが、確かにあの「鼠穴」は、今までの鳳楽師匠のワーストでした。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/12/post-b8ce.html
マクラもよく分からず、寝蔵師匠の仰るような噛み。
そしてトドメは、火事で焼け出された場面で「バラック」という言葉を使っていたところでしょう。
焼け跡のバラックは、空襲で壊滅状態だった戦後のこと。
ご存じのとおり、「バラック」は、そもそも日本語ではありません。
「仕事を怠ける」を「仕事をサボる」と言うのと同じです。
「田中三太夫」が「ボク」と言っているみたいなものです。
これも違和感がありました。
最近、日暮里サニーホールの独演会に行っていませんが、まさか七代目圓生襲名の芽が微妙になってしまい、燃え尽きたなんていうことはないでしょうね・・・。
お若い頃に、我が落研が大変お世話になった師匠でもあり、その実力は認めているだけに、とても気になりました。

干支「壬辰」

pencil突然「干支(えと)」の話題。
例えば日本では、丙午(ひのえうま)という干支の年は、出生数が減少するそうですが、中国では、今年の「壬辰(みずのえたつ)」は、ベビーブームになるそうです。
そもそも、勇壮な辰(龍)にあやかって、辰年は出生数が多い傾向なのだそうですが、「壬辰」の年はさらに増えるということなのです。
その理由(こころ)は、「壬辰」の2文字それぞれに「女」編を付けてみると・・・、ほら「妊娠」になるから・・・。
・・・整いましたねぇ。
テレビでやっていました。

2012年3月21日 (水)

24万件到達

confidentありがとうございます。
24万件到達

歩き稽古

sign04春一番が吹かなかったからか、彼岸の中日を過ぎても寒いこと。
9784490206784こんな時期までコートを着ているなんて、今まで記憶にありません。
が、そんな「寒い」などとは言っていられず、今日も今日とて歩き稽古です。
まず、マクラから「委細承知」の説明まで。
ここは、かなり回数を重ねていますから、そこそこ出来るようになった気がします。
それから、後半「牡丹燈籠」の語りからオチをしどろもどろ・・・。
「萩原新三郎は・・・冴え渡る月をぼんやりと眺めている。寛永寺で打ち出す八つの鐘が、不忍池に響いて物悲しく、ごお~ん・・・・。すると清水の方から駒下駄の音が、からんころ~ん、からんころ~ん」。
上野の山と不忍池を右後方に眺め、「からんころ~ん、からんころ~ん・・・」と言いながら歩くオッサン・・。さぞや不気味でしょう。
尤もこちらは、そんなことは委細承知の上ですが・・・。
いつもの、末広町までの歩き稽古。

アクセス24万件

pcありがとうございます。
アクセス累計24万件が近づいて来ました。
相変わらず落語徘徊は続きます。
引続き、よろしくお願いいたします。
思えば遠くへ来たもんだ・・・というのが素朴な気持ちです。

笑児さんから

cherry破れ家笑児さんから、先月の「番外あおば亭」の収支報告案が送られて来ました。
Fw2: 我事において後悔せず
収支と言っても、出演者で経費を出し合った「自主公演」でしたから、ほとんどがご贔屓から頂戴した「ご祝儀」です。
本当に有り難いお気持ちですから、どうしようかということです。
色々パターンが考えられますので、出演者の皆さんにご意見を聞こうということになりました。
こんなパターンが考えられます。
  ①東日本大震災の義援金として寄付
  ②大学落研(仙台)に寄付
  ③落研OB会に上納
  ④次回の番外開催の財源(会場費)
  ⑤番外用の必要な小道具購入
  ⑥出演者全員で山分け
  ⑦笑児と乱志が着服
  ⑧AIJ投資顧問で運用     ・・・こんな感じでしょうか?
ここだけの話ですが、いっそのこと二人でドガチャガドガチャガしちゃおうかと、私と笑児さんとの間では、(⑦説…「着服」)が、かなり有力になって来ています。

第2次落語っ子連ML

pc第2次落語っ子連のMLも、何とかなりそうです。
    
師匠はじめ、参加予定のメンバーも、エントリーしてくれています。
これで、メンバー間の情報共有が円滑に出来るでしょう。
      
落研OB会と千早亭、そしてこの三流亭と、3つの素人落語グループで活動していて、時々大混乱します。
私は誰? 乱志? 永久? それとも流三? ・・なんて。

2012年3月20日 (火)

師匠とのメール

wink別件で師匠にお伝えすることがあったので、メールで師匠にご報告をしました。Ensoila
と同時に、調子に乗って?メールにちょっと余計なコメントを入れたところ、思いがけず師匠から返信をいただきました。
私(流三)は、僭越にも師匠にこんな言い訳をしました。
師匠、私は今日は休日でしたので、久しぶりに自宅で「揺れるとき」の稽古をしています。
師匠には、読み稽古で3度しか見ていただいていませんから、とても 不安で、自信がありません。
ストーリーの棒読みか、しどろもどろかもしれませんが、自分なりに 一生懸命やりたいと思います。
前回の「救いの腕」も「揺れるとき」も、今後機会ある度に演って、 練り上げて行きたいと思います。

すると、師匠から一言。
継承の責任者として頑張ってください。(笑)  圓窓
・・プ・・・プ・・プ・プレッシャー・・・。despair
でも、(笑)というので、物凄く救われました。
「継承の責任者」・・・、あまり考えないことにします。
稽古しなくては・・・。今夜を入れてまだあと5日あるから。

揺れるとき

clover「揺れるとき」の稽古。
Photoこの噺は、以下のような構成になっています。
 【三遊亭西生宅~西生との会話」
   ・圓朝の初高座
  ・「委細承知」の口癖
  ・創ること
  ・放浪(芸の肥し)
      [酒を飲み交わす]
  ・鰍沢(身延参り)800pxkajikazawa_in_kai_province
  ・高座の夢(いじめ)
  ・寿限無の稽古
      [安政の大地震]
  ・西生の独白・芸論
 【日本橋木原店】
  ・牡丹燈籠の口演
  ・楽屋での会話~オチ
この場面をパーツでやってみようと、無駄な抵抗を始めました。

春一番

cherryblossom寒いお彼岸です。
東京周辺では、今年は「春一番」が吹かなかったそうです。
2000年以来だそうです。
東京では、昨年は2月25日だったそうです。
     
[春一番]
例年2
月から3月の半ば、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強い風。
主に太平洋側で観測される。
春一番が吹いた日は気温が上昇し、翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、寒さが戻ることが多い。
春一番は必ずしも毎年発生する訳ではなく、春分の日までに気象台の認定基準にあてはまらず「春一番の観測なし」とされる年もある。
なお、春一番が観測されたとき以降、同じ年に同様の南風が複数回発生した場合には、俗に「春二番」「春三番」と呼ぶことがある。
そういえば、1978年(昭和53年)2月28日、春一番による竜巻が発生して、地下鉄東西線の車両が橋の上で脱線・転覆しました・・。

春風亭一之輔さん

shadow先日、堀井憲一郎さんがツイートしていました。
先週の土曜日の深夜寄席(新宿末廣亭)、翌日曜日の早朝寄席(鈴本演芸場)「一之輔卒業公演」を見て、「深夜の混雑ぶりはかなりのものだったけど、早朝の混み具合はかつて見たことない破壊的混雑(最前列脇に立見)だった」そうです。
「深夜客は若者、早朝は年配者が多いので、一之輔さんがいかに年寄りに「古典落語を元気に聞かせてくれる若手」として期待されてるのかが解る」と。
・・う~ん、まだよく分かりません。
でも、日曜日の笑点を見ていても、落語協会の3人は、いずれも何人抜きの精鋭なだけに、
芸術協会の5人は、そもそも素材が違っていると思いました。

師匠のブログ

foot師匠のブログによりますと、日曜日の「要亭落語会」は大盛況だったみたいです。
千早亭落語会の会場
私の先輩の「要亭長矢」さんのお客さまが40人もご来場とか。happy01
それから、千早地域文化創造館の館長さんから、「9月に区制80周年イベントとして扇子っ子連と羽織っ子連の合同落語会をやってほしい」と依頼があったとのこと。
素晴らしい、嬉しいことですね。
やはり、落語会というのは、巧拙ではなく、とにかく一生懸命やる(開催する)ことだと思います。
前向きな気持ちさえあれば、お客さまは分かってくださるということ。
先日の「落語っ子連・三流亭」の発表会でも同じでした。

2012年3月19日 (月)

紀伊國屋寄席

sandclockやはり「満員御礼」でした。
            
大相撲のガラガラの満員御礼とは違って、全席売切れ・満席です。
終演が遅くなるのを覚悟して行きました。
  ◆ 寄合酒       春風亭朝呂久
  ◆ 真田小僧     古今亭志ん吉
  ◆ 辰巳の辻占    柳亭燕路
  ◆ 愛宕山       古今亭志ん輔
  ◆ 小言幸兵衛    柳家小三治
懐かしかったのは、久しぶりに古今亭志ん吉さんの噺が聴けたことです。
前座時代は「志ん坊」という名前でしたが、とても好きでした。
二つ目になって、なかなか聴く機会がありませんでしたから。
今日の「真田小僧」も、丹念に出来ていたと思います。
小三治師匠のファンの方には申し訳ありませんが、面白いのは間違いありませんが、リズムや流れはスムーズではないので、かなりダレる感じがします。
志ん輔師匠の「愛宕山」は、オリジナルな演出でした。
志ん朝師匠のとは違う味わいでした。

歩き稽古

cherryblossomまたまた始まりました。付け焼刃の歩き稽古。
     
このままでは「白旗(降参)」しなければならなくなるという危機感?のもと、台詞も覚えていないのに始めた歩き稽古。
すっかり春の飾りに彩られた上野駅を抜け、末広町駅まで。
マクラから、圓朝と西生との会話の3分の1程度まで・・・。
前回の「救いの腕」もそうでしたが、圓窓師匠の創作で、師匠しかお演りになっていないので、会話の中の順番とか、細かな言い回しは、フリーハンドの部分がありそうです。
従って、噺のポイントとキーワードさえ押さえておけば、何とか組み立てられるかもしれません。
とは言いながら、「寿限無」「牡丹燈籠」もしっかり語らないと。

「昭和の名人アンコール」(3)

club第3巻目は「三遊亭圓生」師匠。
  ◇  百年目     三遊亭圓生
  ◇  四宿の屁    三遊亭圓生
私の落語好きは、誰か一人(特定)の噺家さんに熱狂的に傾倒するようなものではありません。2
よく、好きな噺家さんは誰かと尋ねられますが、即座に答えられません。
CDやDVDを聴き込んだり、テレビやラジオ番組を録画・録音したりする訳でもありません。
でも、強いて誰かと考えると・・三遊亭圓生師匠に行き着く気がします。
色々な要因はあります。
初めてしっかりと聴いたのが、大学1年生の時に
ラジオでの「ねずみ穴」でした。
落研に入部して落語に触れ始め、テープを借りたり、ラジオを聴いたり、速記本を読んだりして、少しずつ落語が分かりかけた頃。
名人と言われている桂文楽師匠や古今亭志ん生師匠を聴いても、世間の絶賛があまりピンと来ていなかった頃でした。
そんな時聴いたのが、あの「ねずみ穴」・・・。
放送の途中で、山形県酒田市の大火のニュース速報が入った時の・・・、あの日の・・・。
「百年目」は、ちょうど配本が始まったばかりだった「圓生百席」のレコードを買って聴きました。
そして今、圓窓師匠が、稽古会の時に問わず語りに話してくださる、生の圓生師匠の話。
漠然とはしているものの、大師匠「三遊亭圓朝」に対する畏敬と郷愁のようなもの。
やはり「三遊亭」が好きなんだと思うのです。

ワッフルさんから

phoneto扇子っ子連の千早亭ワッフルさんからのメール。
来週の「千早亭落語会」の確認メールです。
  1・集合12:00
  2・打上のお弁当代

  3・今回はお客様の茶菓子は館と共催につき無し
  4・出囃子…永久さん
    ビデオ…屏風さん
     その他は前回同様の手順でお願い致します

当日までお忙しいとは思いますが、体調に気を付けて楽しい会に致しましょう。
はぁぁぁ~ぁい、承知しました。
千早亭ワッフルさんメールはさらに続いて・・・、
さて、次期の演目もお考え下さい…。dash
稽古日は、4月10日・24日、5月8日・22日で会場取れています。
きゃい~ん、もう次の噺ですか・・・。
まだ「揺れるとき」が出来ていないのに・・・。sweat01

立川流

earこんな噂を聞きました。
家元立川談志師匠亡き後、総領弟子の土橋亭里う馬師匠が代表となり、立川一門の直弟子21人、孫弟子を含み40人超を、各世代から左談次・談四郎・談幸・志の輔・志らく・雲水さんが理事となり合議制をとることになった。
・・・なるほど。

2012年3月18日 (日)

ラジオ寄席

music今夜は、真打昇進の「春風亭一之輔」さんと、師匠の「春風亭一朝」師匠がご出演。

21人抜きの一人真打ということで、注目を集めていますから。
プロフィールやら、入門してからのことなどの座談で進んで行きますが、それにしても一朝師匠と言う師匠は、肩肘を張らない自然な師匠で、高座と全く同じで、本当に素晴らしい師匠だと思います。
201001161959000_3寄席の高座へ、「お邪魔しまぁす」という雰囲気で、お辞儀をしながら、腰を引いて身体を屈めて出て来る形。
そして定番、照れ臭そうに言う「一朝(一生)懸命やります」に・・・・。
あ、一朝師匠ではありませんでした。一之輔さんが主役でした。
  ◇ 初天神     春風亭一之輔
それにしても、以前松戸でやっていた独演会「馬津郷(まつど)寄席」は、どうなったんでしょうねぇ・・?

要亭落語会で

wine扇子っ子連・千早亭のワッフルさんと軽太さんが、本日の「要亭落語会」に行ってくださったそうです。
師匠はお元気で、いつものとおりの各人へコメント、最後に長講の「雁風呂」をお演りになったそうです。
昨日の「朝日名人会」と同じ「雁風呂」だそうです。
あの長講を連日お演りになったということは、もう完全復活ということですね。

「揺れるとき」の稽古・・

crying自分の弱さ加減に呆れています。
Fw2: 我事において後悔せず
ちょうどあと1週間しか時間がないのに、まだまともに稽古が出来ていない。
「今日は休日だから、一日中稽古を」と、朝は意気込んでいたのに、何か・・その気になれない。
結局、夕方になっても、何もしないまま・・。
今までは、稽古不足だなどと言っても、そもそも骨格はイメージしているとか、前に演ったことがあるとか、ネタにしている音源を聴くことができているとか、拠り所があったのですが、今回は全てなし。
とにかく、生で聴いたのは、昨年の「圓朝まつり」で、圓窓師匠がネタ下ろしでお演りになった時の一度だけ。
音源もなし。
・・・さぁ・・、「千早亭永久」最大のピンチ。

笑点

tvチャンチャカチャカチャカ、ッチャンチャン・・・・。
話題にするのは初めてかもしれません。
落語芸術協会と落語協会の新真打披露口上でしたから。
(落語芸術協会)   春風亭愛嬌
             春風亭柳城
             柳亭芝楽
             瀧川鯉橋
             笑福亭里光  ・・・全員知らない人ばかり。
(落語協会)      春風亭一之輔
             古今亭志ん陽(←朝太改め)
             古今亭文菊(←菊六改め)
一之輔さんは、昨日の「朝日名人会」のマクラと同じことを言っていました。
尤も、収録したのは随分前のはずですから、言ったのは、笑点の方が先です。
朝太さんと菊六さんは、真打昇進を期に改名(襲名)するそうです。

要亭落語会

ribbon確か、本日、落研OBの先輩「愛詩亭朝大」師匠が会長をつとめる「羽織っ子連・要亭」の発表会です。
豊島区千早地域文化創造館で、1時半からでしたか・・。
このグループも、豊島区のカルチャー講座「圓窓の落語体験教室」を修了した方々の自主的な同好会で、圓窓師匠がご指南役です。
私が所属している「扇子っ子連・千早亭」が第1期生で、第2期の姉妹連ということです。
愛詩亭朝大師匠(要亭では「要亭長矢」さん)の演目は、「崇徳院」のはずです。
なんでも、「芝浜」を演る人もいるそうです。
私は・・、さすがに身体がしんどいのと、来週の自分(千早亭)の発表会を控えていますので、今日は休息日にさせていただきました。

落語はやおき亭

club「林家たい平」さんは、とても焼き餅焼きなんだそうです。
先月の「番外あおば亭」に出演してくれたお弟子さんの「林家あずみ」さんから、普段の様子をちょっと聞きましたが、本当に真面目な噺家さんだそうです。
  ◇ 悋気の火の玉     五代目三遊亭圓楽
圓楽師匠も、思い出の噺家さんとして、生前を偲ぶことになってしまったんですね。
好き嫌いはともかく、私の持ちネタでは、圓楽師匠の音源を参考にさせていただいたものが多いので、言い回しが懐かしい・・・・。
さあ、今日は1日ゆっくりしよう・・。
・・・でも、「揺れるとき」の稽古をしないと・・・。sweat01

師匠のブログ

drama師匠がブログで、「朝日名人会」での、一之輔さんと志の輔さんのことをコメントしていました。
一之輔[粗忽の釘]。
二人の人物の会話の間をなくし、繋げるようなテクニックを多々使用していた。
落ちもそんな言い方で、間なしで読んだようになっていた。
志の輔、自作の[メルシーひな祭り]。
「プログラムに原作者の名を明記しなさい」と助言。
楽屋のモニターで彼の高座を鑑賞。
声は大きく太いので悪声の範疇。
しかし、強弱を付けて、小声で話すテクニックを要している。
話芸として出来ている。
安定感があって、大きく感じる。
師匠(談志)より巧い。

志の輔さんのコメントはともかくとして、一之輔さんへのコメントは、私が感じていた言葉や間の雑さというのと同じ気がしました。

落語DEデート

shoeここのところ、発表会やら仕事やら帰省やらで、家にいることがありませんでしたが、今日は久しぶりの"休日"です。
定番?の日曜日朝の文化放送は、今朝も聴きました。
    ◇ 馬大家       二代目三遊亭円歌
初めて聴く新作落語でしたが、私自身が馬に対して興味がないのか、こういうパターンの噺はどうも・・、という感じ。
先代の円歌師匠は、リアルタイムで聴いていませんから、人気のある噺家さんだったようですが・・・。
新作と言っても、どうも中途半端で、昭和30年代の設定ですが、少し当時の雰囲気が分かるだけに、かえって古臭さを感じてしまうのは、私だけでしょうか・・・?

「お江戸あおば亭」案内葉書

postoffice届きました。届きました。「第4回お江戸あおば亭」の案内葉書。Fw2: 我事において後悔せず
すぐに返信を記入しました。
志ん志師匠ありがとうございます。
Fw2: 我事において後悔せず
   落語会に    出席します  ・   欠席します
   落語会に    出演します  ・   出演しません
   懇親会に    出席します  ・   出席しません
※落語会の出演希望者が多い場合は、「補欠」は辞退いたしますので、調整弁にしてください。
(出演ない場合も)企画・運営は従来どおりやらせていただきます。Fw2: 我事において後悔せず

・・・と書いて投函しようと思います。

続きを読む "「お江戸あおば亭」案内葉書" »

2012年3月17日 (土)

朝日名人会の楽屋

present「朝日名人会」の仲入りの時、楽屋を訪ねました。
圓窓師匠が「雁風呂」をお演りになって、高座を下りた直後です。
舞台の裏に入ると、この落語会のプロデュースしている京須偕充さんがいらっしゃったので、「すみません。圓窓師匠のところに・・・。」と言うと、「あぁ、今楽屋に戻って着替えているところですよ。」と言ってくださいました。3ennsousisyou0308
思わず、「ありがとうございます。本読ませていただいてます。」と申し上げると、「ありがとうございます。」と答えてくださいました。
楽屋に入って行くと、圓窓師匠が「おぅぅ、ありがとう。」と、言ってくださいました。
まだ、一之輔さんと菊之丞さんも残っていて、廊下には志の輔さんも立ち話をしています。
「師匠、楽しく聴かせていただきました。復帰おめでとうございます。」
「いやぁ、なかなかねぇぇ・・・。」
なんていう言葉を交わした後、「落語っ子連」のMLの話。
「今日、ここに来る前に、第2次落語っ子連のMLのプロフィール登録しておいたよ。パスワードがね・・・。」
・・・そんな会話を交わして、楽屋を後にしました。
とてもお元気そうで安心しました。

朝日名人会

pouch当選した年間通し券で聴く、1年最後の公演です。
         ◆ 真田小僧        入船亭辰じん
    ◆ 粗忽の釘        春風亭一之輔
    ◆ 幇間腹         古今亭菊之丞
    ◆ 雁風呂         三遊亭圓窓
    ◆ 三方一両損      三遊亭王楽
    ◆ メルシーひな祭り   立川志の輔
いやぁ、とても良い番組です。
         
期待の若手が3人と超人気者と重鎮圓窓師匠というのは、なかなかない組み合わせだと思います。
辰じんさん、なかなか上手いと思います。
一之輔さんは、斬新なくすぐりを入れて、新進気鋭らしく受けていましたが、以前から思っているのですが、仕草や言葉や間がやや雑な気がするのです。
菊之丞さんの「幇間腹」は何度か聴いていますが、やはり安心して聴くことが出来ます。
圓窓師匠は、先月体調を崩されて以来初のメジャーな落語会でしたが、お元気な様子で安心しました。
仲入り後の王楽さん、私の持ちネタでもある「三方一両損」でしたが、登場人物のキャラの立て方が中途半端だった気がします。
トリの志の輔さんは久しぶりでした。
自作自演の噺で、会場は爆笑でしたが、私は、やや冗長な噺だと思いました。
隣の席のオッサンは、よく笑っていました。
笑うだけなら良いのですが、笑った後で「可笑しい」という言葉を連発して、うるさくてしょうがない。
右前のデブのオッサンの大きな鼾も迷惑でした。

ML(メーリングリスト)

pc「第2次落語っ子連」のML(メーリングリスト)を開設して、メンバーの登録をしています。
およそこういうことは不得手ですから、やや苦労しています。
色々なサービスが付いているようですが、使いこなせるかどうか。
メンバーは多くありませんから、何とかなるでしょう。
Fw2: 我事において後悔せず
メンバーには、ご迷惑をおかけしています。ごめんなさい。

揺れるとき

despair「揺れるとき」・・、まだ何も出来ていません。
Fw:写真
今は、登場人物の、三遊亭西生、若き日の三遊亭圓朝、晩年の三遊亭圓朝のキャラクターを立てること、了見を固めることに心がけています。
ですから、噺はほとんど覚えていません。
史実の部分もありますし、劇中に「鰍沢」「寿限無」「牡丹燈籠」を語らなくてはいけませんから、しっかり覚える部分も多いのに。
圓朝の訪問を受ける西生の了見が表現できたら、きっとこの噺の半分は出来上り、後は登場人物の台詞に込めた、作者である圓窓師匠の芸論を練り込むことです。
あと1週間です・・・。
それにしても、相変わらず地震が多いですねぇ。

2012年3月16日 (金)

東京落語会のチケット

event頓平師匠からメール。
Fw2: 我事において後悔せず
ご友人が、私がお譲りしたチケットを紛失されてしまったそうですが、説明をして、無事に入ることが出来たそうです。
さすが太っ腹のNHKsign01
こういう時は、通し劵や会員制というのがいいですね。
今夜は小三治師匠がトリですから、さぞや賑わっているでしょう。
入ることが出来て、良かった良かった。

芸術選奨

bud柳家権太楼師匠が受賞した「芸術選奨」というのは・・・。
1950年に文化庁芸術祭から分離される形で「芸能選奨」として設立された。
1956年に現在の名称に改められる。
芸術分野をいくつかの部門に分けて、それらの分野において顕著な活躍を見せた人物には文部科学大臣賞。
また同じ分野において新興勢力として活躍が認められた人物には文部科学大臣新人賞(1968年から)がそれぞれ贈呈される。
過去にも、落語界からの受賞者がいます。
ちょっと遡ってみました。(見落としがあるかもしれませんが・・。)
  1968年   三遊亭圓生
  1976年   林家正蔵

  1980年   桂米朝
  1989年   桂小南
  2001年   古今亭志ん朝
  2004年   柳家小三治
  2005年   桂歌丸
  2006年   桂三枝
  2008年   立川志の輔
  2009年   桂文珍
  2010年   林家染丸
  2012年   柳家権太楼
少なくとも、落語協会の5人の師匠は、納得できますね。

東京落語会

weep仕事の都合が悪くて、どうしても今月の「東京落語会」に行くことが出来ません。
Fw2: 我事において後悔せず
いつもご一緒させていただいている「杜の家頓平」師匠に話したところ、ご友人を誘うということので、チケットをお譲りしました。
Fw2: 我事において後悔せず
その頓平師匠から昨日電話がかかって来て、「一緒に行く友人に渡したチケットガ見当たらないので、(私の通し券の)席番号を教えて」と・・・。
何とか説明すれば入れてくれるとは思いますが・・・、さてどうされたのでしょう。
この落語会のチケットは、かなり小ぶりですから、失くしてしまいやすいかもしれません。

第4回お江戸あおば亭

postoffice談亭志ん志師匠が、6月9日(土)に開催される「第4回お江戸あおば亭」のOB宛の葉書を投函してくださったそうです。
Fw:写真
本日、表記案内状(往復葉書」)を発送しました。
135名のOB諸兄・諸姉宛てに送付しました。
今般は、「第4回お江戸あおば亭」への出演依頼と、「第9回落語の舞台を歩く会」のお誘いを掲載しておりますので、早めの発送をしております。
返信葉書は4月末までに投函をお願いしています。
とにかく、
葉書が届くのを楽しみにしています。
今回は、出演意向(出演者募集)の欄もあるそうですから、落語会の運営担当者とすれば、一人でも多く高座に上がってもらえるといいなと思います。
これで「固定的」「排他的」などのご指摘は受けずにすむでしょう。
私は、「排他的」とご指摘くださった方には、是非ともご出演いただき、自ら率先垂範して一席ご機嫌を伺ってもらいたいと思います。
「文句を言う前に、四の五の言わないで、高座に上がってみろぃ!」なんていう啖呵を切りたい気分です。
各人が分担して、素晴らしい落語会にしようと頑張っているのですから、評論家みたいなことを言う人には、抵抗を感じます。
とにかく、「補欠」の出番がなくなるほど、出演希望者が出て来ることを祈ります。

2012年3月15日 (木)

第2次落語っ子連のML

pc師匠から、新しくスタートする「第2次落語っ子連」のメンバー間での情報共有のために、MLも一新しようではないかとのご提案。
Fw2: 我事において後悔せず
早速、MLについて検索してみると、手頃そうなものがあったので、「第2次落語っ子連」という名前のMLを開設しました。
師匠に見ていただいて、Goサインが出たら、メンバーに登録を呼びかけることにしたいと思います。
これって、落研OBのMLも作ることが出来るかもしれません。

ご贔屓から

sign02「今度のあおば亭には出ないの?」と、プログをご覧になった複数の方から尋ねられました。
 安心してください。
何か揉めている訳ではありませんから。
私は「第1回お江戸OB落語会」から、OB落語会の企画を担当させていただきましたから、ずっと自分は「補欠」のつもりでいました。
ですから、出演可能な人数が多くなれば、私は出られない可能性が常にあったという訳です。
この類のイベントには、必ずこういう調整弁や緩衝材が必要です。
ただ、今までは、幸い?にも、定員オーバーしなかったので、毎回出演出来ました。
ですから、自分の演目を決めるのも、他の出演者のものを見てから、噺がつかないようにと、いつも最後にしていましたし、各回のテーマや趣向も考えていました。
    
東京進出が最後発とも言える落研(OB会)としては、絶対に中途半端な落語会にしたくなかったので、周囲の評価や認識が定着するまではと、「四天王」をはじめとする上手の方々にも恵まれたこともあり、本格的な落語会を目指しました。
学士会落語会の会員落語会への出演も、少しでも愛する落研のプレゼンスを上げようという気持ちからでした。
ただひたすら、「東北大落研の東京でのOB落語会はレベルが高く、いつも満員の盛況だ」というイメージを、何とか早く定着させたかったからです。
個人的には、あと2回、せめて第5回目ぐらいまでは、出演者は固定化傾向になっても、何とかこのまま続けたかった。
そしてこの期間が、新しい出演者出現の時間稼ぎにもなると思ったのです。        
       
でも、恐らく詳しいことを知らない人が、それが「閉鎖的」「排他的」と、影で言われたようです。
悲しくて、立つ瀬がなくなってしまいました。
直接言ってくれれば、気持ちや考え方を説明するのに・・。
・・甚だ無念ではありますが、このやり方や時間軸は、どうやら諦めざるをえないようです。
本当に無念です。
そうなると、企画担当者を続けられないでしょう。
ですから、私は「その任にあらず」と企画担当を返上して、後方支援担当に徹しようと思ったのです。
次回は、正式に広く出演者を募りますから、きっと「排他的だ」と仰った方が、当然ご出演くださることでしょう。
ますます素晴らしい落語会になるのを楽しみにしています。
私のご贔屓には甚だ申し訳なく思いますが、落研あっての私ですから、今後も長い目で見ていただくことにしようと思います。
ご迷惑・ご心配をかけて申し訳ありません。

千早亭落語会の広告

art「千早亭落語会」が豊島区の「としま文化芸術情報誌3月号」の3ページに紹介されています。
師匠の写真が載っています。
http://www.toshima-mirai.jp/notice/news_toshima/PDF/1203_2_3.pdfPhoto_2
3/25(日) 千早亭落語会  (入場無料)
三遊亭圓窓師匠の指導による文
化カレッジから立ち上がった「千早亭」のみなさんによる発表会です。
三遊亭圓窓師匠にも一席演じていただく予定です。
・・・「揺れるとき」、まだ全然出来ていません・・・。sweat01

2012年3月14日 (水)

朝稽古

eye全くやっていない「揺れるとき」の稽古。
昨夜も疲れて寝てしまいました。
さすがに焦り始め、朝起きて、ホテルの部屋の風呂に浸かりながらちょっと・・。
Fw2: 我事において後悔せず
さて、果たして間に合いますか・・。
とても不安。

柳家権太楼師匠

sun出張先の大阪のホテルの部屋に入れられた新聞での朗報。
2001年度「芸術選奨」の大衆芸能部門で、「柳家権太楼」師匠(の独演会)が、「文部科学大臣賞」に選ばれたそうです。
病気を克服しての受賞で、心からお祝いしたいと思います。

南三陸「ホテル観洋」

fish南三陸町の「ホテル観洋」で、18日に、明治大落語研究会が「出前寄席」を行うそうです。(19時半〜21時)
会場入り
あの「ホテル観洋」です。

花季彌生師匠から

cherryblossom何と、「浅草ことぶ季亭」の席亭の花季彌生師匠自らが撮ってくださった写真を、破れ家笑児さんが持って来てくれました。
Fw:写真
大変良く撮れていて、気に入ってしまいました。
Fw:写真Fw:写真
使わせていただきます。
Fw:写真
様々な方々とのご縁、温かいご支援に、心から感謝します。
大好きな落語をやっているだけなのですが。

2012年3月13日 (火)

徒然なるままに

eye大阪に出張しています。

とにかく大好きな落語が演りたいと思って、落研や落語っ子連で、自分なりに純粋に、一生懸命高座に上がって来たつもりだったのですが、演りたくても演らせてもらえなくなることもあるものなんだと、初めて気づかされました。
やっとご贔屓のような方々も出来て、さあこれからと思いましたが・・・。
写真
圓窓師匠創作の「揺れるとき」を、25日の「千早亭落語会」で演らせていただく予定ですが、この噺の中で、主人公の三遊亭圓朝が、行く寄席行く寄席で高座に上がろうとすると、高座には既に誰かが上がっていて、上がらせてもらえない夢を見るという一節があります。
私にはそれが正夢になってしまった気がしました。
落語っ子連では、師匠が出演してくださらない発表会は不恰好だと言われ、落研では、落語好きなOBで落語会を企画すれば「排他的」とまで言われていたようです・・・。
素朴に、大好きな落語をご贔屓の前で演りたいだけなのですが・・・。
全て不徳のいたすところです・・。
落語っ子連は、師匠と前向きな仲間のおかげで、高座に上がることが出来ましたが。
落研は何でも柔らかく解釈してもらえると思ったのがいけなかったようで・・・。
出張先の大阪で悩んでいます・・・。

三流亭窓口さん

present「三流亭窓口定年記念落語会」後、「記念ツアー」もあったとか。
Fw:写真Fw:写真Fw:写真
職場の方々が、横浜にぎわい座の「立川生志独演会」に招待してくださったそうで、本当にお幸せなサラリーマン生活だったんですね。

第2次落語っ子連

confident師匠からMLにコメントがありました。
第2次の落語っ子連の稽古を始めます。
4月1日、15日、29日が稽古日にしてあります。
新参加予定者への案内をするのに、しっかりした体制を建て直しておきたいので、規則の改定も考えておりますので、よろしくお顔出しを、、、、。
落研のウエイトがいくらか軽くなり、落語の稽古に集中てせきる気がします。
我が落語徘徊の原点、「聴く」「演る」「書く」に立ち戻りましょう。
師匠に、もっともっと落語を教えていただこう。

2012年3月12日 (月)

浅草お茶の間寄席

eye月曜日の夜は早めに帰りました。
チバテレビの演芸番組「浅草お茶の間寄席」を楽しみます。
   ◇ のめる         三遊亭吉窓
   ◇ シンデレラ伝説    三遊亭白鳥
・・・どうしても、白鳥さんは好きになれません。
聴いていて、腹が立って来るような気がします。
途中でチャンネルを変えました。

春は名のみの・・

despair寒い日が続きますが、春らしくはなっているようです。
    
昨日帰省した実家の庭にも、ふきのとうが大きくなって、春を感じさせていました。
     
開花が遅れている梅の花も、チラホラと・・・。
梅は咲いたか、桜はまだかいな・・・。

第4回お江戸あおば亭

japanesetea土曜日の学士会館での寄り合いで、「お江戸あおば亭」の詳細や、会報「あおば亭」の方針などが決められました。
Fw:写真
少しはしゃぎすぎて、調子に乗りすぎて、出しゃばりすぎて、不評を買っている部分もあったようです。
漏れ聞こえて来ることは至極ごもっともですが、それはOB落語会が「巡航速度」になってからの議論で、まだまだとてもそんな段階ではないと思い、何とか多くのお客さまに認知していただくのが先決だと思っていたのですが・・・。
OBが気軽に入替わり立ち代り出演出来る落語会。
落語会形式でなく、長時間開演している寄席形式の落語会。
経験や巧拙を問わずに気軽に出演できる落語会。
そんなに理想的な落語会が、すぐに実現出来るはずがないから、暫くは出来る者で踏ん張って、頑張ってと思っていましたが、なかなか「評論家」の眼は厳しいようです。
ということで、出演者を固定しないように、なるべく開かれた落語会にしようというコンセプトで開催する方針が明確になりました。
Fw:写真
これを機に、次回以降、私は「補欠」に回ろうと思います。
・・・と、申し上げることにしました。
勿論、人数が足りない時などは、「補欠」は喜んで出演させていただこうと思います。
今までも、心は「補欠」でしたが、幸い?にも、出演させていただく余地がありましたので、末席に並んでいました。
今度は正式に広く出演者を募りますから、次回以降は、毎回出番はなくても済むことでしょう。
今まで、3回のOB落語会(お江戸あおば亭)と番外(番外あおば亭)の通算4回で、「花筏」・「佃祭」・「薮入り」・「浜野矩随」の4席を演らせていただき、十二分にいい目を見させていただきました。
きっと故麻雀亭駄楽師匠も、お許しくださるでしょう。

本の衝動買い

bookあ~あ、また衝動買い。 Photo_3 Photo_4 Photo_5   


林家彦いち「楽屋顔」・瀧口龍仁「落語の達人」・「ユリイカ」・・・。
ある意味で、総花的でないというか、マニアックというのか、適当にフォーカスされている中身が、それなりに良いのではないかと・・・。
それに、先日の「特撰落語会」の時に、瀧口さんに、「本買いますょ」なんて言っちゃったから。
Amazonで・・・、楽だから、つい。

2012年3月11日 (日)

ラジオ寄席

music日帰りの帰省の帰りの車中、渋滞の東名高速で。
 ラジオ寄席 
テレビもラジオも震災1年の追悼番組ばかりの中で。
  ◇ 猿後家       古今亭菊六
  ◇ 長屋の花見    桂南喬
菊六さんは、まあいいとして、南喬師匠は本当に渋い。
あの声が好きですね。

落語はやおき亭

car帰省の車中で聴く落語。
  ◇ 弥次郎     三遊亭金馬
定番の三代目金馬師匠。
亡くなって50年近く経つのに、未だに幅広い人気があり、CDも売れているとか。
私も、リアルタイムでは知りませんが、良く知っている師匠です。

落語DEデート

rvcar今日は日帰りで帰省です。
  ◇ 干物箱      古今亭志ん生
元気な頃の録音で、聴き取り安かったです。
車の中で落語を聴くのも久しぶり。
一路故郷へ・・。

師匠のブログでのコメント

wink嬉しいことは何度でも言ってしまいます。Photo_7
師匠のブログでの、「薮入り」のコメントです。
流三(りゅうざ)[薮入り]。
さすが、稽古中から熱心だったので、手の内のものにしている。
Fw:写真
写真理屈抜きに嬉しいです。cherry

「昭和の名人アンコール」(2)

Photo_6 bottleアンコール版の第1巻が「古今亭志ん朝」師匠。
続く第2巻が「古今亭志ん生」師匠・・・。
これが、落語の好事家の縮図なのでしょうか・・・。
  ◇ 鰻の幇間    古今亭志ん生
  ◇ 強情灸      古今亭志ん生
  ◇ あくび指南    古今亭志ん生
表紙の写真は何歳頃のものかは知りませんが、可愛いおじいちゃんですね。

2012年3月10日 (土)

OB会の寄り合い

wrench学士会館で、落研OB会役員の寄り合い。
   
杜の家頓平会長以下、有賀亭〆太、翁家寝坊、内気家てれ生、うたい亭音痴、談亭志ん志、破れ家笑児の各師匠と金願亭乱志の8名。
OB落語会「あおば亭」のこと、「落語の舞台を歩く会」のこと、会報「あおば亭」のこと、情報網のこと等々・・・・。
いつもの楽しい雰囲気の中で、色々なことが確認できました。
・・・でも、何かこう・・・、「お江戸あおば亭」の企画・運営も、「会報あおば亭」の企画・編集も、正直なところ、気力が萎えました。
「東京でOB落語会をやろう」、「OB会報を作ろう」・・・。
わが落研OB会の大きな目標は、とりあえず形作りまでは、微力ながらお手伝いすることが出来たようだし、このあたりで一OBに戻ろう・・・。Fw:写真
OB落語会(お江戸あおば亭)も、新しい出演者を多く出すべき、というご意見も至極ごもっともで、私はもう十分良い役をやらせてもらったから、新しい出演者に後を託して、そろそろ補欠に回るのが良いのかもしれない。
このあたりで、一旦「乱志の落語徘徊」のささやかな原点に。
・・・ちょっと疲れました。

3月10日

tvテレビもラジオはどこも、明日の「東日本大震災から1年」の話題ばかりです。
会社に、2歳の長男を連れ第2子のお産のために里帰りしていた奥さんの実家が津波に飲み込まれ、一瞬にして家族を失ってしまった若手社員がいます。
最近、賑やかになっている、数々の震災1年の報道からは、努めて避けているようです。
彼の地獄のような1年間が、フラッシュバックしないようにと、ただ祈るだけです。
ところで、67年前の今日も、日本にとっては、決して忘れてはならない日だと思います。
東京大空襲で、10万人もの人が犠牲になった日。
完成した東京スカイツリーの近くの川は、数えきれない屍体で溢れていたそうです。
江戸城の無血開城で、江戸(東京)は、戦乱による破壊から逃れることが出来たものの、その後の関東大震災と大空襲という、相次ぐ天災と人災で、不謹慎ではありますが、落語の舞台だった街は、多くが消えてしまいました。

嬉しい感想

happy02とても嬉しい「落語っ子連発表会」の感想を聞きました。
三流亭まど絵さんからのメールで、お友だちのコメントだそうです。Fw:写真
毎年発表会を見に来てくれる友人に、「今年は師匠の落語がなくってごめんなさい」と
お詫びしたところ、「そりゃあ、あるに越したことはないけれど、皆さんのレベルが高くて、いいものを見せてもらったので不満は全くない。特にあの男性二人の高座は素晴らしく、入場料を払う価値は十分あったとのことでした。
おかげさまで、私も顔が立ちました。

窓口さん、きゃい~ん、ですね。ヽ(´▽`)/
ほら、ご覧なさい。
決して、不恰好なんかじゃないんです。

2012年3月 9日 (金)

間もなく1年

bell昨年の「3・11」は金曜日でした・・。
被災された方々を思えば、何のこともないのですが、地震直後から暫くは、節電のために、真っ暗でした。
間もなく1年
幸い、今では、あの頃が信じられないくらい、明るさは元通りになりました。
間もなく1年
間もなく、1年目を迎えます。

第2次落語っ子連

drama師匠から、「落語っ子連」のMLに、「みなさんへ」という投稿がありました。
発表会では「やれば出来る」と結果を出してくれたので、感激です。
あのおり、みなさんに報告したことを、改めて記します。
あの日、いなかった方、いた方も目を通してください、、。
「今日で第1次落語っ子連を終了します。みなさん、修了生です。
 第2次落語っ子連をスタートさせて、世話人を新たに選任します。
 入連希望の方は、直接、小生に連絡ください」
さあ、春が来て、これも新たなスタートですね。

春風亭一之輔さん

scissors写真は、3月2日の「特撰落語会」のロビーで、真打昇進披露興行のチケットを自ら販売している春風亭一之輔さん。
      
久方ぶりの一人真打昇進ですから、色々大変だと思います。
新聞記事がありました。
落語家、春風亭一之輔(34)が8日、真打昇進披露会見を都内で行い、「寄席に、もっともっとお客さんが増えるような落語をしたい」と意欲。
21人抜きの真打誕生に所属する落語協会の柳家小三治会長(72)は「久しぶりに見た本物。人をのんでかかれるし、卑屈じゃない」と期待。
21日から都内の鈴本演芸場を皮切りに昇進披露興行がスタートする。

師匠のブログ

happy01師匠が体調も回復され、ブログも再開されました。
そして、3月4日のところでは、「落語っ子連」のことを詳しくコメントされています。Photo http://ensou-rakugo.at.webry.info/201203/article_5.html
私もこのブログで「落語っ子連発表会の舞台裏」という項目で少し触れましたが、とても歯痒い状況があり、何とか発表会が開催出来たということでした。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2012/03/post-aa2a.html
この連は小生が入院したと聞いたとき、即、小生に一言の連絡もなく発表会の中止を決定してしまった。
「2月いっぱい自宅で養生して、3月は予定しているよ」と連絡はしてあったのに、、、。
理由は、「開催をして圓窓師匠が顔を出してに来て具合を悪くするといけませんから」ということらしい。
小生が仕事していいか悪いかを判断するのは医者であって、行動するのは小生だ。
一言もなく早々に中止にするとはなにごとかと愕然としてしまった。
発表会は誰のための会であるか、の意識があまりにもなさ過ぎる。
小生は、そりゃぁ指導出演ということで高座に出る。
が、あくまでも指南役で影の役である。
発表会の主役は誰がなんといっても、連のメンバーである。
小生は自分の意見を伝えて「指導役を降りる」と伝えた。
と、慌てて「やります」と言い出した。
で、今日の発表会。
びす太は「連をやめます」、まど女は「仕事で不参加にします」とのこと。無弦は落語ではなくて本業のギターで出演した。
当日の出演者。
まど深(まどみ)[猫の茶碗]。
果た師の胸の内の声があまりにもリアル過ぎて、後ろの席まで届いていない。
流三(りゅうざ)[薮入り]。
さすが、稽古中から熱心だったので、手の内のものにしている。
窓口(まどぐち)[明烏]。
稽古よりも本番の顔の柔和なこと。
両手を座布団の左右に下ろす癖はなかなかとれてないのが唯一の短所。
まど絵(まどえ)[火事息子]。
稽古を始めたときから、女特有の声の高さ、弱さで、とても無理かと思ったが、よくやった。稽古の結果を出した。
当人も「おかみさんの台詞を言いながら涙を流してしまいました」
「稽古では覚えた言葉を探るので必死でしたが、今日は気持ちの中からスラスラと出て来ました」と。
終って、一同へ感想。
「4人の4席がやればできることを実証してくれた。こんな嬉しいことはない」
「やる気のない意見がやる気のある者の意見を封じ込めてはいけない」
「今日で1次落語っ子連を解散する」
「続いて2次落語っ子連をスタートさせますので、参加したい人は小生に連絡を」

師匠のコメントのとおり、師匠が体調を崩されたという情報だけで、一部のメンバーは最初から延期ありきの意見ばかりを主張して、本当に悔しく、残念な気持ちでいました。
それでも、やる気のある、というより、普段から稽古をしているメンバーで、何とか師匠に褒めていただける会にすることが出来ました。
私が、「仮に師匠に来ていただけなくても、我々だけでは"不恰好"かもしれませんが、発表会をやりましょう」と言った時、メンバーの一人は、「不恰好な発表会はするべきではない」と主張しました。
私が言った不恰好というのは、今までの発表会と違って、師匠がいらっしゃらないという点を言ったものなのに・・・。
それを言うなら、確かに1年も時間があったのに、1ヶ月前になってもネタ本さえ出来ていない人が高座に上がれば、そういう人こそ本当に不恰好だし、お客さまに失礼です。
真面目に稽古を続けている人の噺は、その巧拙に関らず、人の心に響くものだと思います。

自分の仕事の都合や稽古不足を、師匠の体調にかこつけて、時間を稼ごうとしているようにも思えて、窓口さんとまど絵さんと、悔しい思いをしていました。
師匠のブログに、以下のようにコメントを投稿しました。
師匠、おかえりなさい。
先日の発表会は、色々なハードルがありましたが、やる気のあるメンバーだけで、何とか満席のお客さまに喜んでいただけたと思います。
お見守りくださいまして、本当にありがとうございました。
もともと窓口さんとまど絵さんとは三人でもやろうという意気込みでいましたから、それぞれ良い高座にすることが出来たと思います。
「四人だけでも立派に出来た」と師匠から言われて、窓口さんもまど絵さんも私も、ぐっとこみ上げるものがありました。
また、大きな勉強をさせていただきました。
第二次落語っ子連は、勿論、是非参加させていただきます。
窓口さんも参加すると仰っていました。
よろしくお願いします。

三流亭まど絵「火事息子」

pen今回の発表会のトリは三流亭まど絵さん「火事息子」。
まど絵さんがこの噺にチャレンジしたいと言った時、師匠は「う~ん」と唸りました。
まださほどの経験のないまど絵さんには、さすがにこの長講は難しいと思われたのかもしれません。
それでも、お許しになったのは、発表会まで時間があるから、少しずつ作り上げて行こうと思われたからだと思います。
私は、全ての回の稽古を拝見した訳ではありませんが、それでも10回近くは聴かせていただいたでしょう。
その度に上達しているのは当然として、師匠の求めるバーも都度上がっていました。
落語っ子連「ん組」稽古会
「ん組」の稽古会で、窓口・まど絵・流三が揃って稽古をした時がありました。
その時師匠が「今日の稽古は充実していたね」と、嬉しそうに仰っていたのが忘れられません。
    落語っ子連「ん組」稽古会    落語っ子連「ん組」稽古会
本番のまど絵さん、やはり稽古の量に裏付けられた自信からか、落ち着いた口調で噺が進みます。
あの難しい「火事息子」を、まど絵さんなりに自分のものにしている感じでした。
きっと、演っていて楽しいだろうな、落語中毒に痺れているだろうなと思いながら、楽屋の入口で、師匠の座っている椅子の後ろで聴いていました。
判断や評価をしてくださるのはお客さまで、役者不足の発表会だったかもしれませんが、やってよかったと思いました。
窓口さんもまど絵さんの主役二人の本当に素晴らしい高座でした。

2012年3月 8日 (木)

「浜野矩随」への質問⑩

wrenchこのシリーズのお開きに、「名人」と「上手」の違いについて触れておきたいと思います。

Q:「浜野矩随」は、様々な形の愛情や思いのほか、「名人」というものについても語られている気がしますが・・・?
A:私はこの噺を、以下の歌と川柳を思いながら演っています。
「怠らで 行かば千里の 果ても見む 牛の歩みの よし遅くとも」
「名人は 上手の坂を ひと登り」  
            ・・・です。
昔から「名人上手」と言われますが、「名人」と「上手」というのは、大きな違いがあります。
「上手」というのは、たゆまぬ努力と訓練で高い域に達した人で、達人とも言えるでしょう。
一方で、さらに「名人」と言われる人には、これに加えて天性の才能が必要だと思います。
「秀才」と「天才」の違いに似ているかもしれません。
従って、名人と上手には、相当の差がある訳です。
「名人に二代なし」とも言われて、矩随には、名人と言われる父矩安の存在があまりにも大きい訳です。
真面目に一生懸命に仕事に励んではいるものの、なかなか殻を破ることが出来ない。
名人の父親を意識するあまり、父親の真似ばかりして、暗闇の中を手探りで仕事をしている。
そしてとうとう、自らの不注意(油断)から3本足の馬にしてしまうに至って、若狭屋と母親は、阿吽の呼吸で"その時"を直感し、今までの対応から豹変して、矩随に大きな試練を与えるのです。
これは、二人の矩随に対する愛情であり、矩随のポテンシャルを冷静に見ていた証左でもあります。
矩随の中にある「名人のスイッチ」を入れるために、若狭屋は矩随に死ねと言い、母親は自らの命を懸けるのです。
そして・・・、母親の死によって、矩随の名人スイッチが「ON」となる訳です。
迷いながらも、技術はしっかり磨いていた矩随が、母親の死をきっかけに、上手の坂を一気に名人の域まで駆け上ります。
だから、母親の死は大きな意味があるし、そうでなければあまりにも悲し過ぎます。
私は、そんな気持ちで、若狭屋と母親を演じ、母親の死を受け止めています。
いつの世でも、「名人の影に涙あり」なんです。

三流亭窓口「明烏」

sun今回の発表会の主役の一人の窓口さん「明烏」。Fw:写真
今回は、「三流亭窓口定年記念落語会」ですから、いよいよお目当ての登場です。
満員の会場の、少なくとも半分近くは、窓口さんのお客さまです。
奥さまはじめ、職場の皆さま、随分偉い方もお見えだと、ご本人が緊張していました。
お祝いの花も届いて、花束を持った人も客席にいて・・、とても華やいだ雰囲気です。
窓口さんとのご縁は、落語好きの窓口さんが、私のこのブログを読んでくださり、師匠の落語会にご夫妻で来てくださったことからです。
それから、落語っ子連に参加していただき、お互いに刺激しあって来ました。
今回の発表会が実現できたのも、心強い「同志」とも言うべき人がいてくれたからです。
始めよければ、終わりよければ、というように、人というのは、入口と出口が大切だと思います。
就職が入口だとすれば、定年は出口とも言えるでしょう。
私は、落語でご縁があったのだから、ささやかながら落語でお祝いをさせていただこうという訳で、大変失礼ながら「定年記念落語会」なんていう言い方をさせていただきました。
さて、1年間、師匠のご指導のもと練りに練った「明烏」は、お世辞抜きにお見事でした。
よく受けていたし、とても落ち着いた素晴らしい高座でした。
師匠もきっと褒めてくださることでしょう。

「薮入り」師匠のコメント

eye「薮入り」を終え、高座を下りて楽屋に戻りました。
椅子に座っている師匠に「ありがとうございました」と挨拶しました。
早速、師匠から、高座の批評(コメント)を頂戴しました。
(オリジナルのストーリー・オチが)よくまとまっていたが・・・、Photo_5
①オチの台詞がくどい。言葉が多すぎる。
 
(オチを言う側でなく、聴く人への配慮も必要)
②「昨日の今頃も今頃だったよ」という台詞の言い方が普通すぎる。
 
(もっと聞き手に分かるように工夫すること)
③「おい、おっかぁ、亀の野郎・・・、動いてる」という台詞の最後が、地に戻ってしまっている。
 
(これは、以前から指摘されている私の欠点です・・・)
・・でも、よくここまで刈り込んだ。しっかり出来ていた。
内容もさることながら、落語界の重鎮(師匠)に高座をご覧いただいて、直後に直接コメントがいただけるなんて、本当に幸せなことだと思います。

「藪入り」への質問②

dollar私の「薮入り」お聴きいただいて、質問をいただきました。
Q:三代目三遊亭金馬師匠などの「薮入り」では、舞台が明治時代に設定されているようで、亀がネズミの懸賞で当たったのが15円になっていますが、3両でやっていましたが、何か理由はあるのですか?

A:はい。私は、舞台を江戸時代に設定して演りました。
落語は江戸時代が似合う気がしているからです。
従いまして、明治時代以降の「15円」や「電車」等は入れません。
時刻も、1時・2時・・でなく、九つ・八つ・・・。
また、そもそも本当にあったのかどうかは定かでない「ネズミ捕りの懸賞」も入れていません。
「チューのおかげ」のオチもやりませんから、この仕込みも不要という訳です。
亀が財布に入れていた3両は、お使いの帰りに吾妻橋の袂で拾った2両3分2朱に、旦那さんが預かっていた間の利子分を足してくれたものにしました。
・・旦那さんが1年間預かってくれていたとしたら、4.167%の利回りになります。
AIJ投資顧問とかいう怪しげなところに委託するよりも、ずっと確実で高利回りです。

2012年3月 7日 (水)

三流亭流三「薮入り」

event開口一番のまど深さんが高座を下りると、会場の後ろの方でご覧になっていた師匠が、楽屋に入って来てくださいました。
「約束どおり来てくださった!」と、思わず心の中で快哉。Photo_5
楽屋の椅子に腰掛けた師匠に、「よろしくお願いいたします」と声をかけて高座へ・・・。
師匠から、ストーリーとオチのアドバイスを頂戴した「薮入り」。
まず、「改めまして、第10回落語っ子連発表会~三流亭窓口定年記念落語会~にご来場くださいまして、まことにありがとうございます」と入りました・・。
やはり、窓口さんのお客さまがおおぜいご来場ですから、盛り上げなくてはいけません。
Fw:写真
マクラで窓口さんをいじって、噺の中でも、熊さんが「おっ母が、松本先生を呼んで来た」という台詞があるのですが、「松本先生」を「Y先生」と、窓口さんの本名を入れたりして・・・。
後で窓口さんから「あんなにいじられたので、緊張してしまったよ」と仰っていましたが、こっちはそれが狙いですから・・・。
噺の出来の方は、まぁこんなものでしょうというところでした。
ところが、まど絵さんから、以下のようなコメントをいただきました。
流三さん、もしや少しセーブされました?
受付から拝見していたせいかもしれませんが、やはり体調がすぐれないのかと少し心配になりました。
それとも、窓口さんを立てられたとか、、、。 sweat01

・・・なるほど。
確かに、今回の落語会の主役は、窓口・まど絵のお二人だということで、私は引き立て役に徹した部分はありましたが、セーブしていたか・・・?
勿論、決して手を抜いた訳ではありませんし、体調が悪かった訳でもありません。
(実は、持病?の口内炎と舌炎が出来ていて、万全の体調ではありませんでしたが、そんなことは言い訳にはなりません。)
それにしても、そうやって、しっかり見ていてもらえるというのは、これまた本当に有り難いことです。
江戸時代を舞台にした、ネズミ捕りの懸賞のない、「チューのおかげだ」ではない、私の「薮入り」は、何とかオチまで辿り着きました。

「番外あおば亭」八態・・・

movieお客さまが撮ってくださった私の高座の写真の数々・・。




Fw2: 我事において後悔せず

「浜野矩随」への質問⑨

shoe会話の一フレーズへの質問です。

Q:死を覚悟した矩随が、若狭屋がくれた5両の縁切り金を、母親に渡しながら、「私は、柄杓一本持っていれば、お伊勢参りは出来ますから、置いていきます」と言いながら、母親に渡そうとしますが、柄杓一本で旅が出来るというのは、どういうことですか?
A:柄杓なんか旅の役に立つのかと思いますが、実は、お伊勢参りには、柄杓が付き物のようなんです。
庶民の移動が厳しく制限されていた江戸時代は、お伊勢参りの通行手形があれば、どの街道を通っても問題にならず、参詣の後にはついでに京・大阪などを遊山したそうです。
「伊勢に行きたい伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも・・・。」と謳われ、現代の海外旅行以上の楽しみだったようです。Photo
ブームが過熱し、たった今お店の掃除をしていた奉公人が突然思い立ったように伊勢に走りだし、子が親にも告げずに姿を消して伊勢に参ったりしたこともあったそうです。
彼らは無一文でも、柄杓一本さえ担いでいれば、それが抜け参り(若者の無銭旅行)のマークとなり、宿の提供や食べ物の援助など沿道や旅の人々のサポートを受けて、無事、伊勢参りができたということですから、柄杓は伊勢まいりの必須アイテムだった訳ですね。
ですから矩随も、若狭屋にもらった5両のお金は母親に渡して、当座の生活費にしてもらい、自分は柄杓一本で伊勢参りをしようと言って、母親を誤魔化そうとしたんです。
でも、いくらなんでも、こんな見え透いた嘘は、母親には簡単にばれてしまいますよね。

窓口さんから

phoneto三流亭窓口さんからメールをいただきました。
Fw:写真
窓口さんも、メールで師匠宛に「第2次落語っ連」への参加を志願したそうです。
勿論、師匠は大歓迎だったそうです。
これで、少なくとも2名の参加は確定です。

2012年3月 6日 (火)

三流亭まど深「猫の茶碗」

eyeglass「落語っ子連発表会」の開口一番は「三流亭まど深」さん。

「あれっ?」
確か、メガネを外して高座に上がると言っていたはずでしたが、外すのをうっかりしたのかメガネはかけたまま・・・。
仕事がとても忙しいのに、発表会の開催についても、本当に色々頑張ってくれて、本当にありがたく思います。
ところで、この噺、一般的には「猫の皿」という名前の方が有名なのですが、稽古の時に師匠が、「この噺で、猫の餌の器に使っている名器は皿ではなく茶碗なんだよ。だから、あたしは、"皿"でなく"茶碗"で演ろうと思う。だから題名も『猫の茶碗』にしたよ。」と・・。
落語の演題を調べると「猫の茶碗」=「猫の皿」となっていますから、特に問題はないでしょう。Photo
  稽古会
江戸の道具屋が田舎に掘り出し物を探しに出かけた。
たいした収穫もなく江戸へ戻る途中の茶店で休みをとる。
麦茶にとうもろこしなんかを食べていると、縁台の下で猫が飯を食べているのに気づく。
よく見ると猫の茶碗が、何と高麗の梅鉢茶椀で、どう少なく見積もっても300両は下らない代物だと気がついた。
茶店の爺さんは知らずに猫の茶碗にしていると思い、なんとか梅鉢茶椀をまきあげてやろうと、道具屋は猫好きを装い、猫を膝に上げ抱いてかわいがり、懐にも入れての猫可愛がり、お気に入りのようにふるまう。
そして猫を3両で買い上げた。
さらに猫に飯を食わせるには食べなれた茶碗がいいと言って、茶碗ももらおうする。
ところが、茶店に爺さんは、「この茶碗は気に入っているので手放せない」と言い、木のお椀を渡そうとする。
道具屋は、それなら茶碗も3両で買い上げようという。
すると茶店の爺さんは、「この茶碗は高麗の梅鉢茶椀といって、捨て値で300両もする高価なものだからだめだ」という。
道具屋は計画が失敗し、懐に入れた猫にひっかかれ、小便もされるはでさんざんの有様だ。
「なんでそんな結構な茶碗で猫に飯食わせたりなんかすんだい」
「その茶碗で猫に飯を食べさせていますと、時々猫が3両で売れますんで」

忙しい身体で、ご本人にすると稽古も十分ではなかったそうですが、前向きに出演してくださいました。
まど深さんがご出演できなかったら・・・、3人だけでは・・・と思うと、本当に感謝したいと思います。
まど深さんは、着物や帯などを"猫づくし"で固めていました。
師匠の「第2次 落語っ子連」にも参加してもらい、引続き切磋琢磨したいものです。

オリンピック代表

horseロンドンオリンピックの乗馬の代表に、71歳の人が決定したそうです。
物凄いことですね。
でも、代表なのにホケツ(法華津)とは、これいかに・・。coldsweats01

卒業生追い出し発表会

school我が後輩たちの落語発表会のお知らせです。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/3519/
時は3月、旅立ちの季節です。
吉例の「卒業生追い出し落語発表会」が開催されます。
 ≪第147回 卒業生追い出し落語発表会≫
 日時    平成24年3月10日(土) 午後1時~
 場所    仙台市戦災復興記念館 5階和室
 木戸    入場無料
Tohokugate2_0403
思い起こせば、昨年は3月12日(土)に予定していましたが、前日の【3.11】で開催することが出来ませんでした。
あれから間もなく1年です。
私は、応援に行くことが出来ませんが、お近くにお住まいの方、その日にちょうど仙台にいらっしゃる方は、是非とも、後輩たちの芸をご覧になってください。

開演前の挨拶

karaoke何とか開演に漕ぎ着けられた発表会の冒頭のご挨拶。

予想以上のお客さまにご来場いただき、私が出演者代表として、心からのお礼を申し上げることになりました。
まず、発表会が節目の第10回目を迎えられたこと。
落語4席と、無弦さんのギター独奏が入ること。
そして、窓口さんが、3月末で定年を迎えられ、記念の落語会になること等々・・・。
まだ、師匠はいらっしゃっていないようですが、とにかく、一生懸命に稽古の成果を発表するのみです。

「浜野矩随」への質問⑧

ear質問がだんだん細かくなって来ました。

Q:矩随の母親が家に代々伝わる九寸五分で自害をすることになりますが、「九寸五分」というのは、どんなものですか?
A:短刀のことです。
もとは、鎌倉・室町期の戦記物で、組打ちなどの接近戦を描写した際に、頻繁に用いられた言葉のようです。
主に短刀の一形式である鎧通しを指すようで、重ねが厚めで甲冑のわずかな隙間から突き刺すに適当な長さであったことから、こう呼ばれているということです。
長さが30センチメートルに満たない短刀・・・。
噺では、詳細の描写はしていませんが、かなり陰惨なシーンになるのでしょう。

2012年3月 5日 (月)

「薮入り」への質問①

cat「落語っ子連発表会」での「薮入り」について、やはり質問をいただきました。
Q:「薮入り」のストーリーとオチが、三遊亭金馬師匠などのものと違っていましたが、誰のものですか?
A:はい。オチが「チューのおかげ」ではない、私のオリジナルのオチの「薮入り」です。
一般的なストーリーは以下のとおりです。
奉公に出て三年が経ち、初めての宿りの息子を待つ熊さんは、うれしくて寝付けない。
息子が好きだった納豆を買っておけ、刺し身は中とろを二人前、鰻も用意しろと、一晩中騒いで、朝五時には玄関前を掃き掃除。
息子が帰って来たら、お父っつあん!おお息子よ!と抱き合うつもりでいたら、両手をついて「めっきりお寒くなりまして」と挨拶されて、すっかり調子を外してしまった。
まずは風呂に行って身体をきれいにして来いと送り出して、置いて行った財布をふと覗くと、五円札の大金が小さく折り畳まれて三枚も入っていた。
奉公人の小遣いにしては多すぎる、よもや盗んだんじゃないかと、風呂から戻った息子をいきなりどやしつける。
息子は、泣きながら説明する。
「ペストが流行るからとネズミを捕って交番に届けて懸賞に当たって15円もらったんです」
「そうか、うまくやったな、主人大事にしろよ、チュー(忠)のおかげだから」・・・・。

Photo_2以前にも触れましたが、このオチは、私と師匠との合作で、ストーリーを変え、オチも変えています。
要するに、もう「忠」だとか「ネズミ捕り」なんていうのは、分からないだろうということ。
それから、私が、江戸時代を舞台にしてやりたかったからです。
そうなると「ネズミ捕りの懸賞」が実際にあったのかも分からないし、「15円」というお金もありません。
そこで、師匠にヒントをいただいて、以下のように変えました。
(亀の財布に大金(3両も)入っていたので)女房のお光は、「亀が他人のお金に手を付けたに違いない。いくら大切に育てても、亀は自分たち二人の間の子どもではないから・・」と言い出す。
熊さんは、「それは言わない約束だ。確かに亀は自分たちの本当の子どもではない。仕事の帰りに吾妻橋の袂で泣いていた赤ん坊を拾って来た。父親から、子宝に恵まれない熊さん夫婦に、天が授けてくれたものだ、授かり物は拾った者が大事にしなくてはいけないと言われ、亀を大事に大事に育てて来た。亀がそんな馬鹿なことをする訳がない」と言う。
「でも、お人好しの亀が、悪い仲間にそそのかされて、他人の物を盗んだのかもしれない」。
風呂から帰って来た亀に厳しく詰問する。
「盗んだんじゃない。お使いの途中、吾妻橋の袂で財布を拾った。中には2両3分2朱入っていた。すぐに自身番へ届けたが、1年経っても持ち主が見つからず、お金をもらった。今朝、薮入りに出る時に、旦那さんが預かった間の利子の分を足して、ちょうど3両にして持たせてくれた
」。
盗みの疑いは晴れる。
亀が「お父っつぁん、このお金受け取っておくれよ」
すると熊さん「受け取れないよ。亀が授かった金だ、お前が大事にするものだ」・・。

・・・と、全く違うパターンにしてみました。

師匠へメール

pc昨日帰宅してから、師匠からの言葉も踏まえて、師匠にメールを送りました。
早速、師匠から返信を頂戴しました。
だいたい以下の内容です。一部をご紹介します。
流三: 流三です。師匠、今日はありがとうございました。
師匠:四人の四席、いい高座でしたよ、、。Photo_3
流三:(発表会を)何とか開演にこぎつけられたのは、前向きな仲間と、師匠がいてくださったからだと思います。
終演後の師匠のお言葉も、私は本当に嬉しい思いで拝聴いたしました。
師匠のお話は、ずっと真面目に稽古していた窓口さんやまど絵さんと話していたことそのものでした。Photo_5
師匠:やはり普段の稽古の差が、肝心なときにひょいと出てくるんだね。
流三: 師匠が仰った「第2次落語っ子連」、是非とも私も仲間に入れてください。
そして、引続き温かく厳しいご指南をお願い申し上げます。
Photo_2師匠:ありがとう。
やりましょう、、、、。
流三:師匠、体調には十分ご留意ください。
さしあたり、今月17日の「朝日名人会」の「雁風呂」を楽しみにしております。
師匠:それそれ、、、あたし自身の稽古をしなくちゃぁぁぁ。
また、勉強をさせてもらいました。

師匠の言葉

Photo chair「落語っ子連発表会」終演後、会場の後片付けを終えて、当日参加したメンバー7人で、楽屋にいらっしゃる師匠にお礼とお見舞いを申し上げました。
師匠からは、以下のような言葉を頂戴しました。
とても良い落語会だった。
今回落語を演ったのは4人だけだったが、4人だけでもこんなに立派な落語会が出来た。。
出演者全員、稽古の成果がよく出ていた。
お客さまも、十分納得(満足)してくださっていた(たはずだ)。Photo_5
それぞれ事情があるのだから、(発表会で落語が)出来る人・出来ない人がいるのは仕方のないことだが、「落語会をやらない」という選択肢(考え)は、私は納得出来ない。
それではあまりにも後ろ向き過ぎる。
(師匠が出なくても、メンバー全員が揃わなくても)4人だけでも立派な落語会が出来ることが分かってもらえたはず。
落語っ子連は、(師匠が素人に指導する連としては)最も長い歴史がある。だから、これからも続けて行って欲しい。
私も指南を続けたい。
素人の連の指導をさせてもらって、私も勉強させてもらったことが数多くある。
ただ、今回がちょうど10回(年)目の節目になったから、「第1次落語っ子連」は、今回で区切りとして、新たに「第2次落語っ子連」を始めたい。
我こそと思う人は、是非参加してもらいたい。
今回の発表会は素晴らしかった。
・・・・今までの経緯を思い出しながら、私は思わず笑顔でいちいち頷きながら、師匠の力強い言葉を拝聴しました。

啓蟄(けいちつ)

snail二十四節気の一つで、冬ごもりをしていた虫が気候が暖かくなって外に出てくる時期という「啓蟄」。
このころ初雷(はつかみなり)が鳴り、これを聞いて虫が土中からはい出すと考えたので、これを「虫出しの雷」ということもある。
「余寒いまだ尽きず」といった天候の季節にあたり、年によっては南国でも一時、雪になったりする。
しかし春の彼岸も近いので、日の長くなり方も急であり、すでに光の春の季節は始まっているとみることができる。
今年は寒いですが、もう春なんですね。

「浜野矩随」への質問⑦

foot矩随が住んでいた場所についてのご質問。
Fw:写真
(浜野矩随の銘が入っている刀の縁)
Q:浜野矩随が母親と住んでいた「露月町」というのは、今のどのあたりですか?
A:矩随の家の場所を「露月町」ではなく、「神田小柳町」という設定で演る噺家さんが多いようです。
私は、先代の「三遊亭圓楽」師匠の場面設定をそのまま使わせていただきました。
露月町は、現在の「港区新橋5丁目」あたりだそうです。
日比谷にあった老月村が移転し、その後に老月を露月としたとされ、近くには遠山金四郎(遠山の金さん)の屋敷があったそうです。
新橋5丁目というと、若狭屋甚兵衛が住んでいた「芝神明(浜松町・芝大門)」から、第1京浜を北に向かって、JR新橋駅近くの東海道(新幹)線のガードをくぐる、ちょっと手前あたりです。
要は、新橋駅の南側です。
何故、露月町で演ったかと言いますと、矩随が、「水盃だ!」と気がついて、慌てて戻る距離としては、神田小柳町(現在の神田須田町あたり)では、ちょっと遠すぎる感じがしたからなんです。
夢中で駆け出して芝神明から露月町の家まで戻ったが、ほんのわずか間に合わなかったという、緊迫した設定にしたかったのです。

今回の主役

slate第10回落語っ子連発表会ではあるのですが、私は開演の挨拶で、副題(サブテーマ)を付けて、客席の皆さまに説明しました。

「三流亭窓口定年記念落語会」です。
恐らく、満員の客席の半分近くは、窓口さんのお客さまだったと思います。
それというのも、35年以上に渡って精励されたお仕事、この3月末で定年退職されるということで、それこそ記念の発表会のタイミングになったという訳です。
勤務先やご自宅からは必ずしも近い訳ではありませんが、こんなに多くの方がご来場くださるのは、やはり窓口さんの素晴らしいお人柄だと思います。
Fw:写真

ということで、プログラムにも、窓口さんの前回の高座の写真を入れて、ささやかな演出をさせていただきました。
今回の主役は、間違いなく窓口さんであり、そして長講「火事息子」にチャレンジして立派に仕上げたまど絵さんのお二人でした。
こんな温かい雰囲気の落語会で、バイプレーヤーを勤めさせていただいて、私にとっても、とても有意義で、思い出深い楽しい発表会になりました。
窓口さん、長い間のお勤め、本当にお疲れさまでした。
会場には、奥様もいらっしゃっていました。

古今亭菊六さん

ear古今亭菊六さんの高座をどれぐらい聴いているでしよう。
古今亭菊六さん
2〜3年我が落語徘徊の記録を遡りますと、8回9演目10席を生で聴いているようです。
 ◆  9年11月  豊竹屋    (東京落語会)
 ◆ 10年 6月  たがや    (銀座文祥堂寄席)
             あくび指南 
  ◆ 10年 8月  幇間腹    (紀伊國屋寄席)
 ◆ 10年 9月  紙入れ     (人形町らくだ亭)
 ◆ 11年 2月  棒鱈      (紀伊國屋寄席)
 ◆ 11年10月  権助提灯   (大手町落語会)
 ◆ 12年 2月  あくび指南   (紀伊國屋寄席)
 ◆ 12年 3月  稽古屋    (特撰落語会)
             粗忽長屋
彼の老成しているような声と言い回しが好きです。
クラシックな雰囲気のするところが魅力であり、ただこればかりだとつまらなくなりますので、これからどうなって行くか、とても楽しみです。           

お客さま「Yu」さんご夫妻

banana私と「」さんの知人の「Yu」さんとご主人も来てくださいました。

以前から、ご主人が落語好きだと聞いていて、是非一度私の高座が見てみたいと仰っていましたので、今回ご案内したところ、ご夫妻でご来場くださいました。
もともと、「Yu」さんの友人の「Mi」さんも一緒に来る予定だったそうですが、都合が悪くなってしまったそうです。
とってもよかった。感動しました。
主人の大好きな演目だったから大喜びで、すごく楽しんでいました。
また行かせてもらいます。
ということで、感激していただいたようです。
「Mi」さんは、「貴女も来ればよかったのに…」と言われたそうで、「次回は必ずや…万難を排して行きます」と言ってくれました。
今度は是非皆さんでご来場ください。
ありがとうございました。

2012年3月 4日 (日)

ラジオ寄席

music発表会で疲れていても、落語は何となく聴いていたい。
今日も仙台からの公開録音です。
学生時代に、この番組の公開録音に行ったことがありますよ。
「秋田の美酒爛漫がお送りする、爛漫ラジオ寄席!」というのは、今も変わりません。
確か、あの大沢悠里さんが司会をやっていたと記憶しています。
   ◇ 短命   柳家権太楼
アナウンサーの紹介では、権太楼師匠は休みの日でも毎日落語をやるんだとか。
夜、かならず1時間、歩きながら稽古をするそうです。
権太楼師匠にとっては、犬の散歩と同じようなものだと。
落語が散歩に連れて行ってくれと言うんだって・・。
うわぁぁ、やはり落語が好きなんですねぇぇ。
圓窓師匠もそうですが、やはり大きな看板を上げている師匠というのは、本当に半端でない落語好きなんですねぇぇ。
今夜はこれで休みます。
2週連続の高座で、さすがに疲れました。
素人の悲しさです。

落語っ子連の舞台裏

Photo

eyeとても楽しい落語会になりました。
満員のご来場のお客さまにも楽しんでいただけたと思います。
・・・が、舞台裏は、冷や冷やの連続でした。
前回まで2回(2日間)に分けていたのですが、出演者が少なくなったので、1回だけにしました。
そして、2月中旬に師匠が体調を崩されたことから、一部のメンバーの中からは、発表会そのものを延期しようという意見も出て、開催が危ぶまれたこともありました。
私は、昨年の東日本大震災の翌々日だった「千早亭落語会」を延期した時の師匠のご意見も踏まえて、また、そもそも、万が一師匠に来ていただけなくても、メンバーだけで、一生懸命稽古して来た成果を発表するべきだと思っていましたから、同じ思いの窓口さんやまど絵さんと稽古を続けていました。

そして、メンバーで話し合った結果、落語の出演者は4人だけになりましたが、何とか予定通り落語会を開催することが出来ました。
あれだけ多くのお客さまに来ていただけたのですから、やはり開催して大正解だったと思いました。
今までの発表会は、1席終わる毎に、師匠がコメントやお話をしてくださり、最後に一席やっていただくという形でしたが、今回はごく一般的な落語会の体裁で行いました。
そして、会長の無弦さんに、ギター独奏のプロの腕前をご披露いただき、落語会に彩を添えていただきました。
生意気な言い方かもしれませんが、一人でも聴きに来てくださる方がいる限り、プロだろうが素人だろうが、高座に上がるべきだと痛感しました。
今回の発表会は、高座以外でも、本当に良い勉強になりました。

落語っ子連発表会

scissors「去年より少ないだろう」なんていう予想は、簡単に覆されました。

とりあえず約50席を用意したのですが、早々に満席になり、椅子を追加したり、お膝送りをお願いしたり、一時は立ち見のかたもいらっしゃいました。
結局、ご来客は61名だったそうです。
先週の「番外あおば亭」も、満杯の62名でした。

開演に先立ち、私が指名されて、簡単に開演のご挨拶をさせていただきました。
こんなに多くの方が来てくださり、本当に何にも代えがたい、とてもありがたいお客さまです。
 ◇ 猫の茶碗     三流亭まど深
 ◇ 薮入り       三流亭流三
 ◇ 明烏        三流亭窓口
 ◇ 火事息子     三流亭まど絵
開演直後に、先月ちょっと体調を崩されて静養されていた師匠が駆けつけてくださいました。
きっと来てくださるとは思ってはいたものの、師匠の大変お元気な姿が拝見出来て、とても嬉しく、心強く思いました。
師匠は、2月中は仕事を抑えていたものの、3月に入ってからは普通どおりに再開されたそうですから、ひと安心です。
そして、楽屋の出口のあたりに椅子に腰かけて、(愛)弟子?の我々の高座を、ずっと見てくださいました。
お客さまのほとんどは、師匠が衝立ての向こうに座って聴いてくださっているなんて、夢にも思っていなかったでしょう。
じっと目を閉じて、我々の噺に聴き入ってくださっていました。

今回の高座

flair今までは、赤い布で高座を作りましたが、今回は、青い高座にしてみました。
今回の高座
紀伊國屋寄席や東京落語会も、確か青(紺)系統だった気がします。
青い高座に鮮やかな赤い座布団は、なかなか見映えもよく、好評でした。

会場(プラサギターラ)

flag会場のプラサギターラに着きました。
会場
毎回、今が一番緊張します。
今回は、直前に色々なことがあり、一時は開催も懸念される時もありましたから、感慨はひとしおです。
多くのお客さまが来てくださるかどうか・・・。
窓口さんとまど絵さんは、かなり知人やご友人をお呼びになっているようです。
出演者の数が少ないので、昨年よりは少なくなるかもしれません。

落語はやおき亭

chair発表会の支度、着物・帯・手拭いなどをバッグに入れながら、いつものラジオ番組を聴いています。
  ◇ 里帰り       春風亭柳昇
これは、名作の新作落語です。
「私は、春風亭柳昇と言いまして、大きなことを言うようですが、春風亭柳昇と言えば、我が国では・・・、私一人であります。」・・・。
先週、林家あずみさんが我々の「番外あおば亭」に出演してくださったこともあり、師匠のたい平さんに、一層親しみを感じるようになりました。

落語DEデート

music落語っ子連の発表会の朝でも、しっかり目覚めました。
  ◇ うどん屋     八代目三笑亭可楽
この手の番組では、可楽師匠の噺というのは、とても手ごろ(失礼)なんでしょう。
金馬・可楽両師匠が筆頭のような気がします。

「浜野矩随」への質問⑥

pig「浜野矩随」に関する本当に素朴な質問です。
   Fw:写真
(浜野矩随作の刀の頭)
Q:そもそも「腰元彫り」ってどんなものですか?
A:「腰元」という言葉は身のまわり、特に腰の回りというような意味で、そこから身辺の世話をする侍女を”腰元”とよんだり、刀剣の付属品を意味するようになったものです。
「腰元彫り」は刀剣装飾品を彫刻すること、刀剣の付属用品を製作することを言います。
鉄・真鋳・銅などを加工するため、彫金術に長けていなければなりませんでした。
腰元彫りの名人といえば、「金明竹」でお馴染みの「先度、仲買いの弥一が取次ぎました道具七品のうち、祐乗・光乗・宗乗三作の三所物。横谷宗四分一拵え小柄付の脇差し・・・」ですね。

後藤家はこの祐乗・光乗・宗乗を輩出し、天皇家・将軍の「三所物」を手がけ金工の保守本流であったといわれています。
ところが、江戸も泰平の世が永く続くと、刀は武器としてより装飾品としての様相が強くなって来て、武士よりも力を持ち始めた町人が、目貫などの刀の道具を緒締め・紙入れ・帯止め・煙草入れの金具や根付けに使い楽しむようになりました。
その江戸庶民の要望に応えた筆頭が町彫りの横谷宗であり、浜野矩随もその一人だという訳です。
現代では、携帯電話のストラップのような感じでしょうか。
ただし、物凄く高価な品物であったことだけは間違いなさそうです。

お客さま「F」さんと「T」さん

school「F」さんと「T」さんとは、大学の同窓です。
といっても、「F」さんとは初めてお会いしました。

「F」さんは、私の前の会社の同期の「Ik」さんが転職した先の方で、今回「Ik」さんにご案内をしたところ、同窓の「F」さんを紹介してくれたという、複雑な関係です。
私は落語についての知識はほとんど持ち合わせませんが、いわゆる人情噺というジャンルの落語を、これほどじっくり聴かせていただいたのは、初めてです。
本当にすばらしかったです。
「T」から(FACE BOOK上で)ブログのことも教えてもらいました。
早速拝読させていただいております。
ありがとうございます。
わざわざ楽屋にも来てくださいまして、ご挨拶させていただきました。
同窓の知り合いが一人増えました。
そして、もう一人の「T」さんは、「F」さんの友人ということなのですが、実はこの「T」さんとは学生時代から面識があり、さらに、父娘で来てくれた「Y」さんとは、高校の同窓生。
いずれにしても、よく知っている人なのです。
複雑な関係で、ほとんど訳がわからないと思います。
現役時代、確か落研の発表会に、彼女と二人で来てくれたことがありました。
縁(えにし)は巡るものです。
ご来場ありがとうございます。

2012年3月 3日 (土)

手拭い選び

sports先週の今頃と同じタイミングで、明日使う手拭い選び。

先週は、右側のを使いました。
今回は、座布団が赤いので、左側のを使おうかと・・・。

発表会準備

eventいよいよ明日に迫った発表会。



今夜は、会場設営の後、自主稽古です。
 ◇ 猫の茶碗          三流亭まど深
 ◇ 藪入り              三流亭流三
 ◇ 明烏                三流亭窓口
 ◇ 火事息子          三流亭まど絵
とりあえず出演順に通しました。
私の「藪入り」は酷い出来でした・・。
明日は午後1時開演で、私は2番目に上がります。

松戸落語会

xmas知人の「H」さんから、「松戸落語会」の案内メール。Photo_2
これは、地元出身で落語芸術協会の二つ目の「雷門花助」さんの独演会で、「H」さんも関わっていて、いつもご案内をいただきます。
何度かお邪魔しているのですが、今回は都合が悪く、行けそうにありません。
この落語会も8回目になるそうですから、素晴らしいと思います。
「雷門花助」さんは、なかなか好感の持てる噺家さんです。
       ≪第8回 松戸落語会≫
        ~雷門花助独演会~
   日 時    3月11日(日)午後2時
   場 所    松戸東口会館
   木 戸    1,500円
   出 演    雷門花助  (ゲスト)都家歌六

歩き稽古

shoe世の中は休日モードですが、私は今日は出勤日。
歩き稽古
休日で自宅にいたら、ダラダラしてしまって稽古になりそうもありませんから、朝から歩き稽古が出来る(せざるを得ない)方が、良かったかもしれません。
さすがに今朝は通しでやらなくてはと、上野駅から地下鉄神田駅まで、御成街道を歩きました。
どちらも、改札口は閑散。
道路(歩道)も人通りが少ないので、歩き稽古日和です。
       歩き稽古
6時50分頃に上野駅のしのばず口を出て、地下鉄銀座線の神田駅の改札口に着いたのが7時20分ちょっと前でしたから、約30分。
それにしても、マスクをして泣きじゃくりながら喋って歩く姿は、親には見せられません。
・・とりあえず、一通り喋りました。

落語会の会場

Photo_3

event豊島区のカルチャー講座からスタートした「千早亭」などは、この生い立ちから、活動拠点(=発表会の会場)が明確ですし、落研のOB落語会「あおば亭」も「浅草ことぶ季亭」という素晴らしい会場がの馴染みになりましたので、当面は心配ないのですが、今後、様々な落語会をやろうとした時、その会場を確保するのに骨が折れるものだと思います。Photo_2
とにかく、素人で木戸銭をいただけるような芸ではありませんから・・・。
原点に戻って考えると、5年ほど前に、落研初代部長だった故麻雀亭駄楽師匠と、「駄楽乱志二人会をやろう」と意気込んだ時は、「公民館の会議室でいいじゃないか」というつもりだった訳ですから、どこ公的な施設(集会室)でも探せば良いのかもしれません。
(※「駄楽乱志二人会」は、駄楽師匠が急逝されたため実現できませんでした。)
一応仕事の都合がありますから土日祝日で、何人かのご贔屓には来ていただきたいので場所も考えないといけません。 
どこか適当な場所はありませんかねぇぇ。

千早亭落語会の情宣

memo千早亭のワッフルさんからの情報。Photo
3月1日付の新聞折り込み「としま文化芸術情報紙」に、3月25日の「千早亭落語会」の案内が師匠の写真入りで載ったそうです。
3月5日には豊島区広報にも載る予定とのこと。
「としま未来文化財団」の共催というのは凄い力ですね。

「浜野矩随」への質問⑤

cryingやはり矩随の母親のことを尋ねられました。

Q:この噺では、矩随の母親が死んでしまう演出と、矩随が駆けつけて死なずにすむ演出があるようですが、(乱志さんは)前者でしたが。
A:はい、私は、元々参考にさせていただいた先代三遊亭圓楽師匠のをそのまま演らせていただいています。
確かに、母親が死んでしまうのは、あまりにも痛まし過ぎるし、現代人の感覚では「何も自害などしなくても」というのが一般的な感覚かもしれません。
プロの噺家さんでも、立川志の輔さんはじめ、死なせない演出も多いようです。
古今亭志ん朝師匠は、ストーリーの展開上は必要とお考えで、死んでしまう演出だったようで、それ故に、あまり好んでお演りにならなかったと聞いています。
当時の儒教的な?社会では、例え職人の世界でも、こういうことはあったのかもしれません。
技の継承、家の存続のための究極の選択だったのかもしれません。
・・という訳で、申し訳ありませんが、私は毎回、母親に死んでいただいています。

火事息子

flair「火事息子」に、落語っ子連の発表会で三流亭まど絵さんがチャレンジします。
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/06/index.html
神田の質屋伊勢屋の一人息子の藤三郎は子どもの頃から火事が好きでしょうがない。
ついには火消しになりたくて町内の鳶頭のところへ頼みに行くが断られ、他所へ行っても鳶頭から回状がまわっていてだめ。
仕方なく火消屋敷の火事人足、臥煙になる。
体中に刺青(ほりもの)をし、家からは勘当されてしまう。
ある北風が強く日に、店の近くから火事が出た。
質蔵の目塗りをしようと左官の親方を呼んだがこっちまで手が回らないという。
さいわい火元からは風上だが万一人様の物を預る質蔵に火が入っては一大事と、あるじは高い所を怖がる番頭を蔵の屋根へ上げ、定吉に土をこねさせ屋根へ放り上げるが番頭は怖がって上手く受け取れない。
顔に土が当たって顔に目塗りをしている有様だ。
するとこれを遠くから見ていた一人の臥煙が屋根から屋根を伝わってきて、番頭の帯を折れ釘に結んだ。
これで両手が使えるようになり、番頭はこれで踊りでも何でもなんて両手をひらひらさせている。
やっとのことで目塗りも出来上がる。
ちょうどその頃、火が消えたという知らせ。そうなると今度は火事見舞いの人たちが入れ替わり立ち替わりやってきて忙しい。
紀伊国屋さんからは風邪をひいた旦那の代わりにせがれが来た。
思わず自分の息子と比べ羨ましいかぎりで思わず愚痴も出る。
そこへ番頭がさっき手伝ってくれた臥煙が旦那に会いたいと言っていると取り次ぐ。
旦那は店に質物でも置いてあるのだろうと思い返しあげなさいと言うが、番頭は口ごもってはっきりしない。
よくよく聞いてみると臥煙は勘当した息子だという。
もう赤の他人なんだから会う必要なんかないという旦那を、他人だからこそお礼を言うのが人の道だと諭され、それも道理、一目会って礼を言おうと台所へ行く。
かまどの脇に短い役半纏(やくばんてん)一枚で、体の刺青を隠しようもない息子の藤三郎が控えている。
お互いに他人行儀のあいさつをかわし、旦那は息子の刺青を見て、「身体髪膚(はっぷ)これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始なり」と教えたのに親の顔へ泥を塗るとはお前さんのことだと嘆く。
横から定吉が旦那さんはさっき番頭さんの顔に泥を塗ったと茶化し叱られる。
旦那が「お引取りを」、「それではこれでお暇を」と息子が言うのを番頭が引きとめ、おかみさんを呼ぶ。
奥から猫を抱いたおかみさんが出てくる。火に怯えずっと抱いたままだという。
番頭が「若旦那がお見えでございます」。
せがれの寒そうななりを見たおかみさん、蔵にしまってある結城の着物を持たせてやりたいと涙ぐむ。
「こんな奴やるくらいならうっちゃってしまったほうがいい」
「捨てるぐらいならこの子におやりなさい」
「だから捨てればいい、わからねえな、捨てれば拾って行くから」
「よく言っておくんなさった。捨てます、捨てます、たんすごと捨てます、この子は粋な身装(なり)も似合いましたが、黒の紋付もよく似合いました。この子に黒羽二重の紋付の着物に、仙台平の袴をはかして、小僧を伴につけてやりとうございます」
「こんなやくざな奴にそんな身装をさしてどうするんだ」
「火事のおかげで会えたから、火元に礼にやりましょう」

・・・・と、ここまでが一般的なオチなのですが、師匠の「火事息子」は、さらに続きます。

お客さま「三流亭窓口」さん

snail落語っ子連の三流亭窓口さんも、大切なご贔屓です。

そもそも、このブログをご覧いただいた窓口さんが、師匠の落語会に奥様とお二人で来てくださり、ご縁が始まりました。
落語っ子連にも参加されることになり、落語に対する思いや年齢が近いこともあり、落研の方々と同様、とても大切な"同士"です。
今日の「浜野矩随」は、最高でした。
師匠が絶賛したあの発表会のときより良かったと思います。
ありがとうございます。
(あの発表会というのは、2年前の落語っ子連発表会です。)
窓口さんは、落語っ子連では、「代書屋」「替り目」「寝床」「明烏」と、既に4席も仕込んでいます。
これからも、師匠のもと、切磋琢磨して行きたいと思います。
よろしくお願いします。

2012年3月 2日 (金)

特撰落語会のロビー

ticket「特撰落語会」の仲入り。
     
ロビーでは、春風亭一之輔さんが、真打昇進披露興行のチケットを売っていました。
とにかく一人だけの昇進ですから、売りさばくのも大変でしょう。
もう少しすれば、私のスケジュールも見えて来るので、行きたいとは思っています。

特撰落語会

scissors「第34回 特撰落語会~一之輔・菊六二人会」
  日時   3月2日(金) 18時30分開場・18時50分開演
  場所   日本橋社会教育会館8階ホール
  料金   2,500円  席は「D-12・13」
         
日本橋社会教育会館には暫く来ていなかったので、迷いました。
どうも、「日本橋公会堂(日本橋劇場)」とごっちゃになるんです。
片や人形町、片や水天宮前が近いのですが、噺家さんもよく迷うそうです。
真打昇進の決まったている人気の二つ目さんの二人会は、予想通り満席でした。     
        
   ◆ 芝居の喧嘩    春風亭朝呂久
   ◆ 長屋の花見    春風亭一之輔
   ◆ 稽古屋       古今亭菊六
   ◆ 粗忽長屋      古今亭菊六
   ◆ 不動坊       春風亭一之輔
・・・まだ、一之輔さんのことが分かりません。
菊六さんの正攻法の方が、違和感なく入って来ます。
それでも、楽しい落語会でした。

歩き稽古

footやはりやらなければと、末広町まで。Photo
後半からオチまでは、師匠からヒントをいただいたオリジナルの部分ですから、まだ口に慣れていません。
特に、上下(かみしも)が曖昧で。
演っていて、「あぁ、自分も人の親なんだなあ」と思います。
出来不出来に拘わらず、これもまた大切にしたい噺だと思います。
気がつけば、あと2日しかありません。

「浜野矩随」への質問④

eyeさらに先輩から質問をお受けしました。

Q:(仙台での50周年の時は)矩随が母親に諭されて観音像を彫って、若狭屋に行った場面では、若狭屋の小僧(定吉)が、店の前で掃除をしているという演出でしたが、今回は入れませんでしたね?
A:はい、ご指摘のとおりです。
「あぁ~あ、やんなっちゃうなぁ・・・。・・・旦那ぁ!大変ですぅ。・・の、矩随さんが化けて出ましたぁsign01」というくだりはカットしました。
あまり深い意味はないのですが、いかんせん長講ですから、落語会の全体のバランスを考えますと、フルバージョンは長すぎます。
私の「浜野矩随」も、恐らく45分近くになってしまうと思います。
そこで、師匠からのアドバイスもあり、長いと人情噺としての焦点もぼけてしまうので、30分程度までカットすることにしました。
オチを加えて長くなった分もカバーすると、かなりの部分をカットしています。
例えば、この小僧の独白のシーン。
それから、若狭屋がおかみさんに色々いう場面。
「お前ね。亭主や泥棒が金を出せって言うときに出さないと、大変なことになるんだぞ。・・・猫婆ぁ・・・。俺はなぁ、一生生きるからな・・。」なんていうところです。
それでも、気持ちを込めて演りますと、30分を超えてしまいます。
素人芸のつらいところです。

お客さま「叔父」一家

house何と言っても、私の最も強力なご贔屓は、叔父一家でしょう。

ここのところ、OB落語会・落語っ子連・千早亭落語会の全てに来場してくれています。
叔父夫婦と従妹だけでなく、最近はご近所の方も誘ってくれて・・・。
「浜野矩随」は、2年前の落語っ子連で聴いてもらっていますが、この噺が好きだということなので、もう一度聴いてもらいました。
叔母は、毎回お得意の手作りの美味しいパン(プルーンパン)を作って来てくれます。
3月4日の落語っ子連も、3月25日の千早亭も、家から近いこともあり、ご近所お誘い合わせの上、ご来場いただけるとのこと。
叔父からのホットラインで、即日、姉である田舎の母のところに連絡が行きます。
「(私が)トリで上がり、聴き応えのある高座だった」と・・。
すぐに母からメールが来ます。
「ひとまず安心しましたね。ご苦労さま。(叔父には)お礼を言っておきました。有り難いね。」
これだけなら良いのですが、「落語ばかりやっていないで・・・」というお小言も付いてくるのがつらいところで・・・。
3月は、妹と一緒に生存確認に帰ります。

2012年3月 1日 (木)

帰り道歩き稽古

signaler銀座4丁目交差点の老舗の時計の鐘が時を告げています。
帰り道歩き稽古
「藪入り」の歩き稽古です。
亀が帰って来て、両親に挨拶する場面からオチまでをやってみましたが、ボロボロでした。
まだ口に馴染んでいない台詞がありますから、流暢に進みません。
あと3日ありますから、何とかなるとは思いますが、一抹の不安を抱きながらの帰り道です。

あ、忘れた・・!

bus朝、銀座線に乗ってから気がつきました。
sign01歩き稽古をするのを忘れたsign03
・・という訳で、今朝の「藪入り」は"蔵入り"になってしまいました。
時間だけが経過して行きます。

落語っ子連発表会

drama今度の日曜日は、「第10回落語っ子連発表会」です。
皆さまに是非ご来場いただきますよう、ご案内いたします。
      ≪第10回 落語っ子連発表会≫
【日時】    平成24年3月4日(日)午後1時開演
【場所】    プラサギターラ(地下鉄「要町」駅上・要町交差点)
【木戸】    1,000円 
チラシと一部出演者の変更がありますが、私は「藪入り」です。
  今回は、会長の無弦さんにギター独奏をやっていただきます。
  無弦さんはプロのギタリストですから、楽しみです。

千早亭落語会の番組

paper28日の稽古会で、千早亭落語会の番組が確定しました。
出演順をあみだくじで決めるという、極めて民主的なプログラムです。

第3回扇子っ子連・千早亭落語会
 日時  平成24年3月25日(日)午後2時~
 場所  豊島区千早地域文化創造館
 番組  平林         千早亭和歌女
      揺れるとき     千早亭永久
      
井戸の茶碗     千早亭三十一
      厩火事        千早亭ワッフル
              仲入り
      町内の若い衆    千早亭屏風
      帰って来た死神  千早亭百人
             子ほめ        千早亭早千
             雛鍔         千早亭軽太
            
お楽しみ      三遊亭圓窓
 
共催     公益財団法人としま未来文化財団

オフィスエムズの加藤さん

memo産経新聞のとても素敵な記事を見つけました。
オフィスエムズ(ミックス寄席)の加藤さんの記事です。
私も、加藤さんが主催する数々の落語会のファンで、随分お世話になっています。
http://www.mixyose.jp/index2.html
最近は、ちょっとペースダウンしていますが、なくてはならない人だと思います。
【落語会 陰の演出者たち】
趣味が高じて落語会の運営者に
多くの落語家にあつく信頼されているのが、オフィスエムズの加藤浩さん(51)だ。
落語家の口からは、加藤さんの名前がよく出てくる。
3月21日からの鈴本演芸場(東京・上野)を皮切りに約2カ月に渡るロングランの真打ち昇進披露興行が待っている、春風亭一之輔(33)に「加藤さん、お願いします」と頼まれ、寄席をはじめ披露興行のチケットすべての予約販売を行うことになった。
「事務所を持っていない落語家さんには無理ですから、大変ですが引き受けました」と、落語家に頼まれたら、断れない。
信頼されている理由が分かる。
加藤さんは大切なのは、「誠実」だという。
ある落語家は「誠実が歩いているような人」と評する。
「落語家になりたかった」と加藤さんは話す。
「今でもすぐにしゃべれますよ。若手の落語家さんよりもうまいですよ」。
何よりも落語が好きなのだ。
加藤さんは、かつて寄席の席亭になりたかったが、なれないことが分かり、自身で落語会を行うようになった。
大学受験で上京したときには、受験せずに落語会に行ってしまった。
大学卒業後に老舗商社に入社したが、仕事中も寄席通いをしていて、6年で退社。
落語会のノウハウを勉強するために、都内の寄席などで落語関係の仕事をする。
収入は商社時代の10分の1になった。
それでも貯金を取り崩しながら好きな道に進む。
現在の事務所「オフィスエムズ」を平成8年に立ち上げた。
10年間は好きな人だけを顔付けして、落語会をやっていた。
「中トロだけではなく、いなりずしも入れる」という落語会を続けている。
ファンにとっても、その大切さが一番よく分かっているからだ。
6割は黒字だったが、4割は赤字で落語会を続けた。
特に若手の落語会は赤字だった。
「出された食事を召し上がってほしい」という気持ちで落語会を作り続けた。
周囲の人たちからは「加藤さんのところは目立って収益をあげているようには見えない。どうして食べているのか」と、不思議がる。
そうした加藤さんの周囲では、「ボランティアでやりたい」という手伝いの人が落語会を助けている。
「私のやっている寄席が気に入ってくれた人」だという。
加藤さんの人柄にほれた人たちということだろう。
昨年11月に死去した立川談志師匠(享年75)とは、落語会での付き合いではなく、昭和歌謡が好きという個人的な趣味の付き合いだった。
「あんたのこと信じているからな」という言葉をもらった。
談志との最後の会話は「加藤、昭和歌謡頼むな」というものだった。
落語会を運営していても、できるだけ落語家の楽屋には行かない。
べたべたしないのが信条だ。
落語会の運営者は、どちらかというと落語家と話したり、楽屋でしゃべるのを楽しみとする人が多いが、加藤さんは違う。
それを自分に課している。
その距離感を大切にしているのだ。
「落語なんて、ふらっと聞きにきて、笑うもの。40年落語を聞いてきて、そう思う。お客さんが喜んで帰る姿はたまらないでしょ」
加藤さん自身も落語が好きで好きで仕方がないから、落語会を続けている。

あの雰囲気のままの人なんですね。
「大手町落語会」などは、めくりも加藤さんが書いているはずです。
寄席文字ではなく、何か不思議な、でも加藤さんが書いたんだな、という文字が、何ともいえない味になっています。

「浜野矩随」への質問③

drama人情噺だということもあり、オチについてOBの先輩からも質問をいただいています。
Q:以前(仙台での50周年記念OB落語会)聴いた時とオチが違っているようですが、これは乱志さんのオリジナルのオチですか?
A:はい、50周年の時とは違うオチでやりました。
この噺は、講談が元ですから、プロの噺家さんはオチを付けず、「寛政の年度に親子二代で名人と言われた浜野の一席でございます」で終わっています。
私も学生時代はそうしていたのですが、圓窓師匠から、「落語なんだから、オチを考えよう」とアドバイスをいただき、オチを付けることにしました。
50周年の時は、私が考えたものを使いましたが、ちょっと分かりづらかったので、前回の時から、師匠にヒントをいただいたパターンで演っています。
そういう意味では、私のオリジナルのオチです。
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矩随:「津軽と南部のお殿様からご注文をいただきました。」
若狭屋:「そうだったなぁ。矩随さん。だからお前さんはね、もうとっくに仙台(先代)を超えたんだよ。」・・・・。

お客さま「Ⅰ」さん

bottle「Ⅰ」さんは、前の会社の先輩(上司)で、自称「乱志後援会長」。
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最低毎月1回は、私が見繕って、落語会にご一緒させていただいています。
そうそう、私の同期で、娘さんと二人で来てくださった「Y」さんともご面識があります。
今回の「番外あおば亭」でも、最初は別の噺を演るつもりだったのですが、「浜野矩随がいい」と仰ったこともあり、これに決めた経緯もありました。
「母親が死ななければ良いのにな・・・」なんて言いながら。
良かったですよ。(いつもの通りのさっぱりしたコメント)
今回出演されたお仲間は、番外に出られるだけあって、皆さんしっかり演じられていたと思います。
かえって、林家あずみさんの方が素人ぽかったですね。
(年季の差で仕方がないでしょうけど・・・)。
とにかく、あまり、自分を追い込むことなく、そこそこ頑張って、芸を高めて下さい。
(このあたりが"会長"さん的なコメントですね)
いつもありがとうございます。

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