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2012年2月

2012年2月29日 (水)

発表会のプログラム

note落語っ子連の発表会のプログラムを作りました。
発表会のプログラム
概ね固まりましたので。
木戸銭を頂戴するのですから、せめてプログラムぐらいは用意しないと、せっかくご来場くださるお客さまに申し訳ありませんから。
・・・なかなか良い番組になりました。

如月の落語徘徊

bellあっという間の1ヶ月でした。

落語会は低調。朝日名人会もありませんでしたから。
 ◇ 17日     東京落語会
 ◇ 20日     紀伊國屋寄席
紀伊國屋寄席は、師匠が体調を崩されて休演。残念。
もう元気ななられたようなので安心。
このブログは、2月6日に22万件、27日に23万件に到達。
おかげさまで、色々なご感想なども頂戴するようになりました。
写真
そして、「番外あおば亭」。
多くの皆さまにご来場いただき、満員御礼の大盛況になりました。
ゲストの林家あずみさんともご縁が出来て、オジサンたちも応援するそうです。Fw:写真

あずみさん

cherry今回は、林家あずみさんにお世話になりました。
あずみさん
まだ修行中ということで、師匠の林家たい平師匠の会ぐらいしか高座には上がっていないようですが、近いうちに寄席にもデビューして欲しいものです。
あずみさん
高座の写真をメールで送ったところ、まだ高座での写真が少なく、特に正面からの写真がなかったので、とても嬉しかったと、喜んでもらえました。
あずみさん
何でも、故郷のお母さんにも送ったと仰っていました。
あずみさん
これをご縁に、応援して行きたいと思います。
それにしても、寄席にデビューする日が来るのが楽しみです。

歩き稽古

snow今度の日曜日の落語っ子連発表会の「藪入り」の歩き稽古・・。

積雪と雨天のため、残念ながら、まことに残念ながら、涙を飲んで今朝は中止としました。
涙を飲んで、泣く泣く・・。
やはり、直前短期集中の、いつものパターンになりました。
ところで、ある人から、「あの浜野矩随を歩き稽古でやるの?」と、呆れられました。
そうですよ。
だから、「藪入り」でも、熊さんが泣きながら「おい、お光、亀は大きくなったろうなぁ・・」ってやるんです。
近くからの冷たい視線などもろともせずに。

三度目の・・・

snow東京では、今年3回目の積雪だそうです。
三度目の三度目の
自宅前の公園もうっすらと雪が積り、外堀通りを虎ノ門から新橋方面を望んでも、汐留の高層ビル群は、霞んで見えません。
今日は2月29日。
不思議ですねぇ、確か去年の今日あたりは、3月だったような気がするのですか・・、錯覚かなあ。

「浜野矩随」への質問②

japaneseteaよく見てくださる方がいらっしゃるものです。
写真

Zr8406_2Q:(上の写真はその場面で゜はありませんが)、
  母親が矩随に水を汲んできてもらって飲む
  場面では、脇に置いた湯呑を使いましたが、
  その後で矩随が飲む仕草では、湯呑は使い
  ませんでしたが・・・・?
  何か理由があるのですか?
    ビデオチェック 
A:大変鋭いご質問です。
実は、調子に乗って、格好つけて、分不相応に湯呑などを置かせていただきましたが、湯呑を使うタイミングは、とても難しいのです。
そもそも、長講の途中で、適宜喉を潤すためのもので、マラソンのスペシャルドリンクみたいなものです。
先日の東京マラソンでは、スペシャルドリンクを取り損ねて精神的に動揺してしまい、良い成績が出せなかった有力選手もいたようで。
そんなことはどうでも良いのですが、という訳で、必ず使う必要もない訳です。
ちょうど、ストーリーの後半に、水を飲む場面がありましたから、ここで使うことにしました。
ご指摘のとおり、矩随も同じ器で飲むのですから、そのまま湯呑を使うべきかもしれません。
ところが、矩随は水を飲み干すとすぐに立ち上がります。
その時に、湯呑の蓋をする間が取れませんので、矩随は仕草だけにしました。
まぁ、慣れないことはやらない方がいいかもしれませんね。
・・・お粗末・・。sweat01

お客さま「O」さんご夫妻

ship「O」さんは、若い頃に私が担当していた上場会社の、私の会社の担当者で、所謂カウンターパートナーだった方です。
写真
会社同士が親密なメインのお取引先でもあり、今でも親交をしていただいています。
奥様とご来場くださいました。
私の落語を聴いていただくのは初めてです。
素人(失礼!)とは思えない素晴らしい噺を聞くことができ、楽しい時間をすごさせていただき、ありがとうございました。
ぜひ、また伺いたいと思いますので、よろしくお願いします。
人情噺の東北大らしいオチ・・・感服しました。
細かいところまで聴いていただいて、本当に有り難いことです。
「O」さん、ありがとうございます。
奥様にもくれぐれもよろしくお伝えください。
「あなた、あんな変な人と交友があるの?気持ち悪ぅ~い」なんて言われていたりして・・・。
何と言っても、こちらは重度落語依存症ですから。

2012年2月28日 (火)

千早亭稽古会

hospital師匠が今月中は静養中のため、今夜は自主稽古会となってしまったものの、千早亭落語会の本番の3月25日を目指して、熱気溢れる稽古会になりました。

hospital師匠が今月中は静養中のため、今夜は自主稽古会となってしまったものの、千早亭落語  会の本番の3月25日を目指して、熱気溢れる稽古会になりました。
   ◇ 雛鍔        千早亭軽太
   ◇ 平林        千早亭和歌女
   ◇ 揺れるとき    千早亭永久
   ◇ 死神その後    千早亭百人
私から、「揺れるとき」という噺の由来と千早亭との因縁?について、メンバーの皆さんに説明しました。
この噺を、何故、今、私が演らせていたたくのか。
それから、落語っ子連の窓口さんが、前回合同稽古に参加して、すっかり気に入ってしまい、私と同様、千早亭にも入会したい希望があるため、皆さんにお諮りしました。
勿論、満場一致で大歓迎ということになりました。
これもご縁ということでしょうか・・。
落語会の出演順をアミダくじで決めました。
私は何と2番目です。

「浜野矩随」への質問①

wrench先日の「浜野矩随」について、いくつか質問を受けています。
Fw:写真
KuzuimonokakudaiQ:(上の写真は違う場面です)矩随が彫った観音像
  には銘が刻まれていることにしていますが、無銘
  の演出もあるのではないですか?
A:あんな小さな彫金細工に銘が刻まれているのか。
  実は不勉強で知りません。
  ただ、現存する浜野の作品には銘があります。
  この場面では、若狭屋は、矩随に素晴らしい作品
  が彫れる訳がないと思い込んでいますから、矩随
  の物とはっきりさせるためにも、銘で気づかせると
  いう方法を採りました。
「浜野矩随」は講釈から落語にされたものです。
M_mithioimg600x4501239775776goxe0q5  「浜野矩随」という人は実在の人物で、本当に噺のようなことがあったのかは知りませんが、歴史に名を残す名人であったようです。

お客さま「Y」さん父娘

bell「Y」さんは、前の会社に同期入社し、同じ職場でも働いたことのある人です。
以前、落語っ子連の発表会にはご夫妻で来てくださいました。
娘さんが、確か某信託銀行に勤めていて、とても真面目な性格で、上司からは「たまには落語ぐらい聴いてみたら」と言われているとか・・・。
という訳で、今回は娘さんと二人で来てくれました。
彼は学生時代からサッカーをやっていて、イケ面ではありますが、娘さんがオヤジと一緒なんて・・・。
メールをいただきました。
落語好き?の娘と二人でお邪魔しました。
笑いあり、涙ありの楽しい時間でした。
隣に座った奥さんは、噺を聞きながらハンカチで涙をぬぐってました。
私もグッとくるものがありました。
みなさん「道楽」と言いつつ、あれだけ話せるとはたいしたものです。
うらやましい限りです。
「Y」さん、娘さんと一緒だなんて、こちらが羨ましい限りです。
ご来場ありがとうございます。

東京かわら版

present3月号は、今春真打昇進の春風亭一之輔さんの特集です。
東京かわら版
松戸市民会館の和室で、独演会「馬津郷(まつど)寄席」が開かれていましたが、最近やっていないのかなぁ。

平林

banana「平林」というのも、かなりポピュラーな前座噺です。
師匠からのメールでは、今、噺っ子連の有難亭真仮名(まかな)さんへ、この「平林」を伝授している中で、以下のようなことが論点になっているとか・・・。Photo_5
〔ひらばやし〕が覚えられないのに、〔へいりん、べいいりん、ぺいりんか〕。
〔びょうぼくぼくか、ぴょうこっこ〕。〔いちはちじゅうのもーくもく。
ひとつとやっつでとっきっき〕がすらすら覚えられるというのは? 
ということで、再検討に入っている。
・・・確かにそうですね。
「平林(ひらばやし)」という名前をすぐ忘れてしまう定吉が、「一八十木木(いちはちじゅうのもーくもく)」なんて、スラスラと覚えられるはずがありません。
理論派の師匠としては、このあたりの解明?が必要だということなのでしょう。
師匠らしい。
落語には、そういう整合性のないものが多いことも確かです。
このあたりを「まぁいいじゃないか」と許容するのと、「不合理を究明しよう」というのが並存しても良いと思いますね。

落語家昭和の名人くらべ

book京須偕充さんの最新著書「落語家昭和の名人くらべ」。
文藝春秋刊・1838円(税込)。
               
やはり、昭和(後半)の名人というのは、古今亭志ん生・三遊亭圓生・桂文楽・柳家小さん・桂三木助・古今亭志ん朝ということになるのでしょう。
昭和の落語の中から、真の「名人」を絞り込むと、一体どの師匠が残るのか。
少年時代から落語に惚れ込み、聞き込み、ついには落語録音を生涯の仕事にしてしまった著者が60年の「耳」の総決算として、その難題に挑戦した。
高座で聴き、身近に接した名人たちの、芸の急所と人となりを、驚異の記憶力で蘇えらせる。

志ん生、文楽、圓生、三木助、小さん、志ん朝ーー
今は亡き昭和の名人たちの芸と人を鮮やかに蘇らせ、正真正銘、落語の真髄を伝える。
 五代目古今亭志ん生 —捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
 六代目三遊亭圓生 —見果てぬ名人への夢
 八代目桂文楽 —やがて御座敷の灯は消えて
 三代目桂三木助 —臨終の仕方にまで凝った職人肌
 五代目柳家小さん —自然のままに国宝となる
 三代目古今亭志ん朝 —いつも目の前に明治の噺家がいた

迷わず買ってしまいました。

2012年2月27日 (月)

23万件

fullmoon本日、アクセス累計23万件を超えました。
「番外あおば亭」のどさくさの中で、辿り着くことが出来ました。
写真
22万件を通過したのは2月6日でしたから、約20日間でした。
ありがとうございます。

浅草お茶の間寄席

tv少し早めに帰って来て、食事をしながら聴く落語。
  ◇ 味噌蔵     三遊亭小圓右
落語芸術協会の噺家さんは本当に知りません。
初めて聴く噺家さんです。
東京かわら版の寄席芸人写真名鑑で調べてみました。
正直なところ、どうということもない感じでした。

カーテンコール?

appleもう一度カーテンコール?にお応えして・・・。

談亭志ん志 「金明竹」
喰亭寝蔵  「宮戸川」
南亭蕪生  「真田小僧」
破れ家笑児 「棒鱈」
林家あずみ 三味線漫談
金願亭乱志 「浜野矩随」
ありがとうございました。

そして金願亭乱志

eyeglassトリを取らせていただいて「浜野矩随」。

三遊亭圓窓師匠に師事してから、既に10題を越す噺をご指導いただき、発表会などで高座にかけて来ました。
まだまだ、自分の思いどおりには出来ませんが、落語の登場人物を描くことの難しさと楽しさを知る連続でした。
2年前の落語っ子連の発表会で、この「浜野矩随」を演りました。
それが、学生時代、OB落語会、50周年記念落語会と、通算5度目の「浜野矩随」の高座でした。
師匠から、身に余るコメントを頂戴しました。
・・・2年経って、無性に演りたくなりました。
この2年間で、師匠から教えていただいた数々のことを、この噺でもチャレンジしたら、きっと違う「浜野矩随」が出来るかもしれない、ということで、今回で6度目の「浜野矩随」です。
出来不出来は、自分では全く分かりません。
ただ、ひとつだけ言えるのは、高座に座った瞬間に見えたものに忠実に、私の今の感性で演るという目的の一部には触れることが出来たのではないかと・・・。
東大落語会の三山亭多楽師匠から、「それまで笑い転げていた小学生の坊やも思わず固唾を飲んで聴き入る名調子はお見事でした。」というコメントを頂戴することが出来ました。
・・・「浜野矩随」・・。
 "怠らで 行かば千里の 果ても見む 牛の歩みの よし遅くとも"
これからも大切にしていきたい噺です。

林家あずみさん

cherryblossom本日のサプライズ(スペシャル)ゲストの「林家あずみ」さん。

文字通り、"掃き溜めに鶴"状態です。
林家たい平師匠のもとで修行中の、ご覧のとおりの美人で素敵なお嬢さんです。
「何でまた、こんな美人が、お前さんたちのむさ苦しい落語会に出演してくれるんだい?」という質問もごもっとも。
実は、南亭蕪生師匠と破れ家笑児師匠が習っている、ことぶ季亭の花季彌生師匠のお弟子さんで、あのオジサン二人とは"兄弟弟子"ということになる訳です。
今回は、彌生師匠のお口添えで、たい平師匠から特別にお許しをいただき、ご出演が実現したという訳です。
「祇園小唄」や「梅はさいたか」、「ぎっちょんちょん」など、楽しい話を間に挟んで、喉と三味線をご披露いただきました。
会場は全員があずみファンになったと思います。
早く、寄席で拝見したいものです。
あずみさん、お忙しいところをありがとうございました。

破れ家笑児師匠

clover食いつきは、破れ家笑児(やぶれや しょうじ)師匠の「棒鱈」。

今回の落語会の最大の功労者です。
本当に色々やっていただいて、感謝・感謝です。
究極は、自分でめくりをめくって出て、終わったら座布団を返してめくりをめくって・・・。
申し訳ありません。
前半で、四天王のうちの3人が出てしまい、後半の我々二人は、役者不足だと言われない様に頑張らないといけません。
そんな心配などなんのその。
笑児さんのこの「棒鱈」は、既に何ヶ所かで演っていて、もう手慣れたものです。
歌を歌って、会場から万来の拍手をいただいて、まあ羨ましい・・・。
笑児さんとは同年配で、学生時代には落研で一緒に過ごした仲。
確か、学部も同じはずですが、キャンパスではお互いに見たことはなく、顔を合わせるのは部室だけでした。
彼の魅力は、軽妙で明るい芸風です。
さらりと面白い噺をする魅力がたまりません。
私のゴツゴツした愛想のない芸風の対極にあります。
いずれ、「笑児乱志二人会」を実現したいものです。
ことぶ季亭で三味線と端唄の稽古をしていて、蕪生師匠とのコンビも絶妙です。

喰亭寝蔵師匠

noodle仲入り前は名人喰亭寝蔵(くうてい ねるぞう)師匠の「宮戸川」。

毎回、雪深い越後からやって来る縮緬問屋ではなく、新潟からやってくる重度落語依存症の先輩です。
勿論「落研御三家」のお一人で、今回の「宮戸川」は、一昨年の仙台でのOB落語会の時の再演です。
私もそうですが、自分の持ちネタというのは、一度演って暫く経つと、また演ってみたくなるものです。
前回との間で、どれだけ熟成されたか。
それを自分自身で確かめたいという衝動にかられます。
あるいは、前回の反省を元に、もう一度チャレンジして完成させたいという気持ちと・・。
とにかく、寝蔵師匠をお目当てのお客さまも多くご来場で、今回も期待を裏切ることなく、楽しい高座をご披露いただきました。
あるお客さまからは、「今度は宮戸川を通しでやってください」という、マニアックなリクエストもあったようです。
寝蔵師匠には、次回6月の「お江戸あおば亭」では、トリをお願いしたいと思っています。
さあ、「落研四天王」のうちの3人が出てしまいました。
・・・不安な後半に続きます。

南亭蕪生師匠

eye南亭蕪生(なんてい ぶしょう)師匠は「真田小僧」。

実は、今回の落語会の"黒幕"です。
とにかく最近の三味線や端唄などへのご精進ぶりは、落語を凌いでいるようで、客席には、ことぶ季亭のお仲間だけでなく、師匠までがご来場です。
次回あたりは、出囃子を生でやっていただけるのではと、楽しみにしています。
「真田小僧」は、花伝舎の落語教室で前半をお演りになり、それに後半からオチまでを入れての一席。
ご来場された方が、「何でこの噺の題名が「真田小僧」というのか、初めてオチまで聴いて分かりました。」と、喜んでおられました。
「落研御三家」に蕪生師匠が加わって「落研四天王」ですから、随分重厚な落語会です。
声の張りといい、リズムといい、明るい蕪生節が炸裂です。

談亭志ん志師匠

japaneseteaトップバッターは談亭志ん志(だんてい しんし)師匠「金明竹」。

志ん志師匠は、「落研御三家」の一角の達人。
そんな大先輩に開口一番をお願いするという、とんでもないことで・・。
志ん志師匠申し訳ありません。
ご本人も、開口一番が羽織を着て出たのは、「羽織も持っているんだぞぉ」と言いたかったんだと。
開口一番の「金明竹」が約30分。
これが我々の真骨頂です。
驚いたのは、あの「わてなぁ、中橋の加賀屋佐吉から・・」の早口の口上を、なんと4回、しかも全て澱みなくスラスラっと・・。
実にお見事でした。
会場には、子どもさんもいて、屈託のない笑い声が響きます。
志ん志師匠が、がっちり客席を掴んでくださいました。
目指す「志ん志50席」の第4題目はさらに円熟度を加えました。
声が、五代目古今亭志ん生師匠に似てきた気がしましたが・・・。

恋し家古狂師匠から

movie恋し家古狂師匠が、早速写真を送って来てくださいました。
Dsc04446 自主公演とはいいながら、先輩の方々の温かいご支援をいただき、本当にありがたい限りです。
この写真を使わせていただきながら、当日の高座を紹介することにしたいと思います。
古狂師匠、ありがとうございます。

2012年2月26日 (日)

ラジオ寄席

tvもう、かなり眠い時間です。
   ◇ 鮑のし    桂歌春
仙台市民会館での公開録音でした。
東日本大震災からまもなく1年。
こういう会館の建物も随分被害が大きく、なかなか場所を確保するのが大変だという話を聞きます。
今秋予定している、OB落語会の会場も心配です。

主催者側発表?

sun笑児さんから、昨日のご来客の情報が入りました。

約60席作り、途中で立ち見の方がいて、席を追加しましたので、本当にぴったり満席(満員御礼)だったということですね。
内訳を見ると、自主公演ということで、OBの皆さんには、あまり情宣しなかったのですが、 10名も来てくださいました。
翁家寝坊師匠と狐狸亭酔狂師匠には、受付などを快く引き受けていただきました。
OBの大先輩の同期の方々で、いつもご贔屓いただいている先輩方も6名お越しくださいました。
ことぷ季亭の席亭の花季彌生師匠とそのお弟子さんたちが5名。
学士会落語会やめくりを書いていただいたりしているご贔屓が3名。
それから、出演者の友人や家族などが何と40名・・・。
私の関わりのお客さまは14名でした。
定例の「お江戸あおば亭」に比べて、若い人や女性や子どもなど、老若男女のご来場が多く、いつもの雰囲気とも違っていました。
本当にありがとうございました。

三山亭多楽師匠から

art昨日の「番外あおば亭」にご来場くださった、東大落語会の「三山亭多楽」師匠が、出演者全員の似顔絵を描いてプレゼントしてくださいました。

私は、いつも怖い顔ばかりだったそうですが、今回は笑顔があったということでした。
余裕でもあったのでしょうか・・・?
本当にありがたいものです。

落語っ子連稽古会

snail来週に迫った落語っ子連の発表会を前に、最後の稽古会です。
落語っ子連稽古会落語っ子連稽古会落語っ子連稽古会
ただ、師匠がちょっと体調を崩され、今月中は休養されているので、自主稽古会になりました。
細かな打ち合わせをした後で、3人が稽古をするのを拝見しました。
 ◇ 猫の茶碗       三流亭まど深
  ◇  明烏          三流亭窓口
  ◇  火事息子       三流亭まど絵
本当は私も演らないといけないのですが、昨日の反動が大きく、聴かせていただくだけにしました。
いよいよ来週の日曜日です。
また1週間の間に、緊張感を高めて行かなくてはと思います。

落語はやおき亭

musicプログのアップをしながら、聴きました。
が、今朝は、ゲストのタレントさんがやった録音でしたので、スイッチを切りました。
聴き始めましたが、やはりスタンスが相容れないので、あまり快く感じません。
今まで、何人ももタレントさんや俳優さんが演っているようですが、本当の素人さんの落語は好んで聴きますが、こういう方々のは聴きたくありません。

落語DEデート

cherry今まで出演した落語会や発表会の中で、最も疲労困憊したかもしれません。
それでも、何とか目を覚まして聴くことが出来ました。
  ◇ そば清    十代目金原亭馬生
先代馬生師匠の十八番のひとつだと思います。
何時頃の録音だったか聞き洩らしましたが、声にも張りがあってとてもお元気です。
確か、お亡くなりになったのは、今の私の年齢だったと思います。
外見が老けて見える師匠だったのですが、改めて若くして亡くなったんだなということです。
弟の志ん朝師匠が、随分若く亡くなったというイメージがありますが、それでも63歳だった訳ですから・・・。

2012年2月25日 (土)

満員御礼!

scissors本当に多くの方々にご来場いただきました。
掛け値なしに「満員」「満席」でした。
    「番外あおば亭」のチラシ
ご来場まことにありがとうございましたsign03

スペシャルゲスト

bud当日までシークレットにしていたスペシャルゲストです。
蕪生師匠と笑児さんと同様、花季彌生師匠に師事する、いわば「兄弟弟子」の、「林家あずみ」さんです。

まだ、見習い中ということですが、とても素敵なお嬢さんです。
我々出演者も、ご来場のお客さまも、すっかりご贔屓になってしまいそうです。
彌生師匠のお力添えで、師匠の林家たい平師匠にもお許しいただき、ご本人もご快諾くださり、オジサンたちのムサイ会に、文字通りの掃き溜めの鶴でした。

番外あおば亭

eventいよいよ開演。談亭志ん志師匠が高座へ。

  ◇ 金明竹      談亭志ん志
  ◇ 真田小僧     南亭蕪生
  ◇ 宮戸川      喰亭寝蔵
  ◇ 棒鱈        破れ家笑児
  ◆ 三味線漫談   林家あずみ
  ◇ 浜野矩随     金願亭乱志   
志ん志師匠が上がったところで、立ち見のお客さまが2人・・。
蕪生師匠が上がった時に、お膝送りと椅子を1脚追加。
本当に満席になりました。
客席には、ことぶ季亭の席亭で、蕪生師匠や笑児さんの端唄や三味線のお師匠さんでもある花季彌生師匠も来てくださっています。
どなたのお客さまか、子どもさんも何人か、若いお嬢さんもいて、よく笑ってくださいます。
出演者全員が気持ちよく、高座を勤めることが出来ました。
やってよかった。

お客さま続々・・・

event開場の1時間前から、お客さまが来てくださいました。
関係者以外では、「Ⅰさん」と、私の叔父夫妻、寝蔵師匠のご家族など、早々に・・。
チラシと同じイメージで、スペシャルゲストの写真を加えた表紙のプログラムを手渡します。

そのうちに、落研の先輩や職場の同僚や・・、私の関係では13名も来てくださいました。
自主公演にも拘わらず、翁家寝坊師匠と狐狸亭酔狂師匠が、受付などを引き受けてくださいました。
本当にありがたいことです。
但馬家四分椿師匠が、「めくり」を持って来てくださり、めくり台にセットして準備完了。
そして、開演30分前に、喰亭寝蔵師匠の一番太鼓が響き渡ります。

会場の準備

scissorsさあ、会場設営!と言っても、演芸のために作られていますから、座席(座椅子と座布団)を並べる程度です。 

今日は多くのお客さまが来てくださるようなので、精一杯席を並べようという訳で、全員で席づくりです。
座椅子と両側と後方の椅子も合わせて、キャパシティ一杯の約60席の準備が出来ました。


・・・それから、手作りのプログラム等を受付のテーブルに置いて、後は「めくり」の到着を待つばかり。

浅草ことぶ季亭

scissors朝から降っていた雨も、幸いお昼頃には上がりました。
「浅草ことぶ季亭」を使わせていただくのも、今回で4回目。
サイズといい、演りやすさといい、実に素晴らしい空間です。
     
早速、「番外あおば亭」のチラシを外に貼りました。
     
今日も、おおぜいのお客様が来てくださり、出演者全員が上手く演れますように・・・。

ビデオチェック

movie落ち着いているようでも、普段と違う緊張感はあるものです。
      ビデオチェック ビデオチェック
稽古不足をいくらかでも補おうと、無駄な抵抗を考えつきました。
      ビデオチェック ビデオチェック
過去の自分の「浜野矩随」の映像を視直そうと言う訳ですが・・・
      ビデオチェック ビデオチェック
・・・・駄目だぁぁ、あんまり参考にならない。
今なら、こんな風にはやらない。酷いものです。
            ビデオチェック
台詞の確認にはなりましたが・・・。
それにしても、自分の映像でチェックするなんていうのは、感慨深いものがあります。

雨・・・

rain天気予報がはずれてくれれば・・・。
残念ながら的中・・、今日は一日雨降りだそうです。coldsweats02
持って行く大きな荷物が面倒だな。
会場で、お客さまの傘をどうするのか・・・。sprinkle
そもそも、客足に影響はないかな・・・?

2012年2月24日 (金)

お雛さま

cherryblossom気がつけば、雨水も過ぎて春も間近になりました。
          雛祭り
今年も既に2ヶ月が過ぎようとしています。
歩き稽古で銀座を通ったら、ある店のウィンドにお雛さまが飾られていました。
華やいで、可愛くて、思わず顔もほころぶ気がします。

帰宅歩き稽古

fullmoon今夜は昨夜と趣きを変えて、新橋から銀座を歩いてブツブツ・・。
  帰り歩き稽古 帰り歩き稽古
連夜の悪あがきです。
それにしても、今年一番暖かい週末の夜の銀座は、何となく解放感を感じます。
そこで、マクラからやはり矩随の独白までをブツブツ・・ブツブツ・・。
こんなんで明日は大丈夫かなあと、他人事のように帰る道・・。
それでも明日は来るんですね。
考えてみると、上野、秋葉原、日比谷公園、皇居のお堀、新橋、銀座、日本橋あたりを、仕事の行き帰りに歩き稽古できるなんて、もしかすると物凄く幸せなのかもしれません。
実は、「浜野矩随」で、若狭屋は芝神明、そして矩随の家は露月町、今の新橋の近くです。
矩随が生きた近くを歩いているんです。

高座三昧(高座三回)

ear明日から1ヶ月の間に、3回の落語会(発表会)が続きます。

Photo≪番外あおば亭≫
~東北大学落語研究部OBの自主公演
日時  平成24年2月25日(土)2時開演
場所  浅草ことぶ季亭
木戸  無料
演目  金願亭乱志・浜野矩随


201005302137000

≪落語っ子連発表会≫
~三遊亭圓窓師匠に師事するグループ
日時  平成24年3月4日(日)1時開演
場所  プラサギターラ (要町交差点)
木戸  1,000円
演目  三流亭流三・藪入り

≪千早亭落語会≫
~豊島区の三遊亭圓窓師匠ご指導のグループPhoto_4
日時  平成24年3月25日(日)2時開演
場所  豊島区千早地域文化創造館
木戸  無料
演目  千早亭永久・揺れるとき(三遊亭圓窓作)

歩き稽古

eyeglassもうジタバタしている場合ではありません。
歩き稽古
今朝は暖かいので、歩いていると汗が出て来そうです。
一番詰まっていない、矩随が若狭屋を出てからの独白、死を覚悟するところをさらってみました。
こういう言い方もあるかもしれない。
こんな演出もあるかもしれない・・。
この期に及んでも迷いばかりです。
末広町の駅のホームで、矩随母子が"水盃"を飲みました。
いよいよ明日です。

そうだ、湯呑、使おう!

japanesetea明日の準備を色々考えて・・。
Zr8406_2「そうだ、湯呑、使おう!」・・鉄道会社の回し者みたい・・・。
今回も、いつもの湯呑を持って行こうと思います。
「浜野矩随」では、前にも使ったことがあります。
今度の「番外あおば亭」には、私の知人も何人か来てくださるようですが、日頃から落語に親しんでいる方ばかりではありませんから、寄席や落語会の雰囲気を知っていただくのも趣向かと思います。
例えば、寝蔵師匠にお願いしている生の一番太鼓と締め出し太鼓。
名人たちが使っていた(いる)出囃子。
茶碗が、それと同列なほど重要なものではありませんが、何となく雰囲気が出て来る気がしますので。
・・・ただ、飲むタイミングが・・・。

出囃子

carouselpony出囃子にも凝ろうじゃありませんか。
出演者の希望も聞いて、とりあえず決めてみました。201111121330000
 □談亭志ん志   筑摩 (桂三木助)
 □南亭蕪生     序の舞 (柳家小さん)
 □喰亭寝蔵     老松 (古今亭志ん朝)
 □破れ家笑児   かんちろりん (橘家仲蔵)
 □ゲスト        菖蒲浴衣 (林家正蔵)
 □金願亭乱志   木賊刈り (立川談志)
トリですから、「中の舞」というのがポピュラーなのでしょうが、談志師匠を偲びつつ演ることにしてみます。

手拭い選び

snail高座毎の楽しみというかこだわりというか・・・。
このいずれか一方を、楽屋で直感で決めようと思います。
浅草ことぶ季亭の座布団は黄色、着物が・・・、羽織が・・・。
そして、「浜野矩随」という噺の内容・・・・。
手拭いを使う頻度・・・。
そして、客席からの見映え・・・。

2012年2月23日 (木)

歩き稽古で

shoe直前に迫った「番外あおば亭」の「浜野矩随」が焦眉の急で、歩きながらの通し稽古をしたのですが、ちょっと次回(次週)チャレンジする「藪入り」も心配になってきたので、ブツブツ始めてみました。
             帰宅歩き稽古
ところが、あれっ?
言葉がなかなか出て来ないではありませんか・・bearing
うわぁ〜っ、焦ります。
でも、下手に焦ると共倒れになってしまいかねないので、今週は「藪入り」のことは忘れることにしました。

帰宅歩き稽古

footさすがに通しでやらないと、という訳で、雨上がりで暖かいのも手伝って、"雨天順延"していた歩き稽古を敢行!
           帰宅歩き稽古
虎ノ門から飯野ビルを横目に日比谷公園を通り抜け、皇居のお堀端から東京駅を横切って日本橋まで。
有難いことに、言葉に詰まることはありませんが、言葉の言い回しにはいくつも迷う所があります。
しかし、これはその場の成り行きで変えて行けば良いと思います。
高座で、その瞬間の感覚で、どういう表現や表情になるのか・・。
感性の領域のような気がします。
要するに、私の生き様や本性で語るということ。
理屈では分かるのですが、薄っぺらな自分が露呈してしまう恐怖と相俟って、まだ確たる自信が得られません。
・・あと2日・・。
この時間で、人間が変わる(変えられる)訳ではありませんから、今の了見をアウトプットするだけです。
・・という開き直り。

雨天順延・・・

rain本日は生憎の雨降りのため、歩き稽古は中止しました。
・・そんなこと言ってる場合じゃないのに・・・。sweat01
実は、昨夜2年振りに通してやってみて、それはそれは酷いもので、不安の絶頂にあるというのに。coldsweats02

発表会のプログラム

art3月4日の「落語っ子連(三流亭)」のプログラムを作らないと。
Photoチラシは、既にまど深さんが作ってくれているので、プログラムは、前回と同様に私が請け負うことにしました。
演目と出演者を載せているだけの簡単なものですが、わざわざご来場くださる方に、何らかのメッセージを送りたいなぁという気持ちもあります。
なかなかいい番組になりました。
とりあえず、【案】ということで、今度の日曜日に相談して確定しようという。

・・・何となく、あおば亭のプログラムのイメージに似てしまうのも、作者のセンスのなさのなせる技ということでしょう。

元アイドルの訃報

shadow中学生の頃でしょうか、グループサウンズブームの後ぐらいの時期に人気のあったのが「フォーリーブス」という4人グループ。                                          メンバーの中に、「マグマ大使」のマモル少年役で人気者だった江木俊夫さんがいたこともあって、印象深いグループでした。
涙のオルフェ・オリビアの調べ・あしたが生まれる・ブルドッグ・・・・。    
その「フォーリーブス」の北公次さんが63歳で亡くなったそうです。
3年前に青山孝さんが亡くなっていますので、「ツーリーブス」になってしまいました・・・。
「あしたが生まれる」という曲が好きでした・・・。

師匠の(MLでの)コメント

apple落語っ子連のMLに投稿したところ、早速師匠からコメントが入りました。
さて私は、この土曜日に落研のOB会の落語会があり、トリで「浜野矩随」を演らせていただく予定で、バタバタしています。
おかげさまで、小さい会場ですから、満席になる見込です。Photo_3
3日間でおさらいをして、来週は発表会の「薮入り」の追い込みということになります。
稽古や発表会など、人に聴いていただく機会は、落語上達の王道だと思いますので、毎回が勉強の連続です。

(師匠から)流三さんへ
張り切ってますね。その意気、その意気。

師匠もちょっと体調を崩しておられたようですが、すっかりお元気になっている様子です。

解せない話

baseballプロの風上にも置けないと思う話。
プロ野球の審判が、大柄で座高が高いキャッチャーに、判定しづらいから、もっと低い姿勢で補球するように言ったそうです・・・。
この審判こそ大馬鹿ではないかと思います。
おかしいでしょうsign02
故意に邪魔しているのならともかく、自分が判定しづらいという理由で、主役である選手に不自然な姿勢でプレーをしろというなんて、本末転倒です。
見えづらい中でも、的確に判定してこそプロの審判だと思います。
勘違いも甚だしいsign01
我々は、審判の判定を見に行っている訳ではありません。
伸び伸びしたプレーを公平に楽しむ手段として、一番近くでアンパイアが判定している訳で、このルーキーのキャッチャーは、判定のために無理に身体を縮めたり、屈んだりする必要は全くないと思います。annoy
本当に、本質の分からない人が増えて来ました・・・。

2012年2月22日 (水)

帰りの歩き稽古

dash朝だけではなく、帰り道も歩き稽古をという心がけやよし?
       帰りの歩き稽古
会社を出て、新橋駅まで歩きながらブツブツ・・。
ちょうど帰宅時間と重なり、かなりの人ごみと、賑やかな灯りの下を歩きながらブツブツ・・。
マクラの部分しか出来ませんでした。
どうも気が散ってしまいます。
こんなのはとても稽古だとは言えないのでしょうが、それでもいくらか気休めにはなりそうです。
帰ってから、正座して、通しでやらないと・・。
でも、寝てしまいそう・・・。

番外あおば亭のゲスト

shadow「番外あおば亭」のゲストに、週末のご出演の確認メール。Photo_4
先日の打合せの時と同様、明るい雰囲気で返信がありました。
出演者の皆さんへも、事前の準備などの連絡と確認のメール。
一番大切な大道具?の「めくり」は、当日四分椿師匠が持って来てくださることになっています。
急に慌しくなって来ました。
この慌しさも、楽しさのうちなんでしょうか・・・。

昭和の名人アンコール(1)

music「落語 昭和の名人 アンコール 1」が配本。
Photoやはり古今亭志ん朝師匠がトップバッター。
 ◇ 火焔太鼓   古今亭志ん朝
 ◇ 子別れ(下)  古今亭志ん朝
名人の名をほしいままにした父親の十八番だった演目「火焔太鼓」を、それを凌ぐほどの評価で演る息子。
名作中の名作「子別れ」をさりげなく演じる若き日の名人。
私は天邪鬼ですから、極端に傾注はしていませんが、文句なく上手いことだけは確かです。
サラブレットという言葉が一番似合う人ではないかと思います。

歩き稽古

eye考えてみると、最後にこの「浜野矩随」を演ったのは2年前の落語っ子連の発表会です。
          歩き稽古
あと3日でおさらいをしなくてはいけません。
「番外あおば亭」では、ネタおろしは志ん志師匠の「金明竹」だけで、私を含めて他の4人は、既にどこかで演ったことがあるネタのようですから、練り上げられた噺を聴くことが出来るでしょう。
・・という訳で、寒いなどとほざいてはいられません。
上野から末広町まで、矩随が観音像を持って若狭屋に行くところから、慌てて家に帰るまでをさらいました。
涙を流しながら喋って歩くオジサンは、危険な雰囲気がしていることでしょう。

オチケン

book恐ろしくそそられる題名の本があります。
まず、「オチケン」という、自分の名前を言われているような気がする本です。
学生時代、ズボラな友人の中に、私のことを呼ぶのに「おい、オチケン」っていう奴がいましたから。
Photo大学に入学早々、廃部の危機に瀕したオチケン(落語研究会)に入部させられた越智健一。
「越智健一でオチケンかぁ。よくできてるよねぇ。ウフフ」――落語にはまったく無関心だった越智だが、名前だけを理由に無理やり入部。
強烈な個性の先輩二人に振り回され、授業もまともに出られない。
あげくはサークル間の部室争奪をめぐる陰謀に巻き込まれることになり…。
本書は落語にちなんだミステリーも多数発表してきた著者が、大学のオチケンを舞台にユーモアと落語のウンチク満載で描く連作中編ミステリー。
付録の「落語ってミステリー!?」では、著者独特の解説による「落語への招待」が綴られており、落語初心者でも安心して手に取れる。
解説は、若い落語ファンを中心に人気沸騰中の柳家喬太郎。
代表作に自らのオチケン時代をネタにした新作落語もある強力な解説者を得て、ミステリーファンにも落語ファンにも目の離せない一冊となった。

・・・だそうです。
そして、その続編が「オチケン、ピンチ!!」。
大学入学早々に、廃部寸前の落研(落語研究会)に、無理やり入部させられた越智健一。Photo_2
そこで待ち受けていたのは、浮世離れした落語の天才・岸と、万事爽やかや武術の達人・中村という風変わりな先輩ふたり。
部員が3人をきったら自動的に廃部、という規則をなんとか死守しているオチケンだが、勢力拡大を狙う他のサークルが、その部室を虎視眈々と狙っている。
そんな中、岸がトラブルに巻き込まれ、退学の危機に陥ってしまう。
しかし、もっと大きな陰謀のにおいをかぎつけ(てしまっ)た越智は、仕方なく調査をするうちに、不可解な事件が多数、キャンパス内で起きていることに気づく…。
勝手気ままな先輩たちに振りまわされ、授業には出席しそこね、必須科目の単位を落とす危機に瀕し、学生部からは目をつけられる。
さらなるピンチに襲われる、越智健一の運命やいかに!?大人気『オチケン!』につづく青春落語ミステリー、第2弾。

・・・別に、落語の本じゃあないんですよ、きっと。
いわゆるミステリーというジャンルの小説ですね。

トマトジュース

wineトマトジュースが品薄になっています。
私はテレビのニュースで知ったのですが、以下のような新聞記事がありました。
トマトの成分に脂肪燃焼効果があるとの論文が今月10日に発表・報道された後、各地のスーパーでトマトジュースが爆発的に売れ、品薄状態に陥っている。
消費者がダイエットや健康に良いとされる食品に殺到する「フードファディズム」と呼ばれる現象だ。
今回はテレビ番組が発端だった過去の多くのケースと様相が異なるが、スーパーやメーカーの担当者からは「またも繰り返されたか」との声が上がっている。

実は、メタボな私も大変興味があり、最近コンビニでヘルシア緑茶を買う時に見ると、確かに野菜ジュースはたくさん並んでいますが、確かに棚にはトマトジュースは1本もありません。
みんな思うことは同じなんですねぇ。
恐らく、そもそも食べすぎたり、飲みすぎたりしなければ、メタボやコレステロールで悩むことはないのですから・・・。
ところで、トマトの品種に「桃太郎」という、訳の分からない名前のものがあるそうで、とってもトマトってしまいます。

落語の達人

book瀧口雅仁さんの新刊「落語の達人: この噺家を忘れてはいけない! 」を見つけました。
Photo 彩流社刊、2100円。
メディアでは「名人」ばかりが取り上げられるが、本書ではこのままでは忘れられてしまうであろう名人ではないかもしれないが「寄席」(噺家のフランチャイズ)で活躍し続けた「達人」について、その師匠たちと関係深い噺家さんから聞き書き。
現代落語史を論じる際、とり上げられることの少ない「落語芸術協会理事騒動」「芸能人年金の発足と廃止」等、さらには資料が少ない「創作落語会」「五人のはなしの会」といった落語に関する貴重な情報まで鋭く検証し掲載。
間違いなく類書にない圧倒的内容です!
面白そうです。

2012年2月21日 (火)

立川談志師匠のこと

shadow昨日、談志師匠の追悼落語会が、浅草の「平成中村座」で開催されたそうです。
一門から立川談笑・志らく・生志・談春の4人の師匠が出演。
このあと、談志師匠と交流があった歌舞伎の中村勘三郎さんなどが加わった座談会。
志らくさんから、「師匠の遺骨を今月初旬にハワイの海に散骨した」という話があったそうです。
生前、ご家族に「骨を海にまいてほしい」と伝えていたそうです。
昨夜の「紀伊國屋寄席」でも、柳家小さん師匠が、マクラで談志師匠のことに触れていました。
That's a plenty!

歩き稽古

shoe2週間連続で高座に上がることになりますので、そろそろ稽古も本格化させなくてはいけませんが、色々ありまして・・・。
とりあえず、今朝から「浜野矩随」の歩き稽古をと、勇んで家を出たものの、外は寒くて・・・。

浜野矩随の母親

eye「浜野矩随・・、いい噺だね。ただ、母親が死んでしまうのがなぁ・・。でも、ストーリーを考えるとなぁ。」
・・・私の「浜野矩随」を聴いてくださったある方の言葉です。
そうなんです。ここはかなり悲惨な場面です。
ところが、母親が死なない演出もあります。
私のネタの元にさせていただいた五代目三遊亭圓楽師匠も、両方の演出があります。
志ん生師匠や志の輔さんは助け、志ん朝師匠は死んでしまう型。
放送作家の松本尚久さんが以下のようにツイートしています。
浜野矩隨について。
母親の処理に関しては死ぬ型、死なない型が旧来からある。
講談研究家の吉沢英明氏の記述に拠る。
速記は桃川燕林、五代目・神田伯山、田辺南龍、一龍齋貞山などが現存。
人名も異動あり。
圓楽版のルーツである貞鳳は「助かる」型だった。

落語基礎講座

shadow落語協会のHPの中に「落語基礎講座」というのがあります。
http://www.rakugo-kyokai.or.jp/InternetRakugo.aspx?CAT=youtubeLectures
とてもよく分かります。

2012年2月20日 (月)

紀伊國屋寄席

chair 圓窓師匠が急に体調を崩されたということで、今夜の「紀伊國屋寄席」のトリは、柳家小さん師匠の代演でした。    
         紀伊國屋寄席
◆ あくび指南           古今亭菊六
◆ 不動坊                初音家左橋
◆ 錦の袈裟             三遊亭小遊三
◆ 二番煎じ             金原亭馬生
◆ 松曳き                 柳家小さん
お目当ての師匠が聴けなくて、寂しさはありましたが、派手さはないものの、楽しい落語会でした。
小さん師匠、力が適当に抜けた良い雰囲気の高座でした。
師匠もお元気な様子で、間もなく復帰出来るとのことです。

腑に落ちないこと

dollar厚生労働省の文書偽造事件で、検察からデッチ上げ捜査で逮捕され、そのご無罪となった元女性官僚の方が、賠償金のほとんどを寄付するという記事がありました。
賠償金は3千数百万円で、訴訟費用を差し引いた全額が寄付されるそうです。
これはこれで美談なんですが、どうも釈然としないのは、その賠償金の出所なんです。
国家賠償法という法律あたりに基づくのでしょうが、国はこのデッチ上げ捜査をした当事者たちに請求するのでしょうか?
最近、企業のトップも含めて、それなりの立場にある人の責任の取り方が、物凄く潔くないのが不快です。
そういう厚顔な輩の尻拭いをさせられている気がして、これまた憤慨しています。
「帯久」や「鹿政談」みたいに、リスクはあるのでしょうが、裁く人の器量の審判もありかなぁと思います。
民主主義には、快刀乱麻な裁きは無理ですから・・・。

ちょっといい話

pen産経新聞でみつけました。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120218/ent12021807010001-n1.htm
Photo 1月31日に、よみうりホールで「リビング名人会 談志ザ・ムービー」という追悼落語会が開催されましたが、談志師匠の楽屋がひそかに用意されていたそうです。
談志師匠がこの落語会でいつも使っていた楽屋に、入口に「立川談志」の名前が書かれ、中には談志師匠のの着物が掛けられていて、テーブルの上には、フルーツや、いつも食べていたサンドイッチが用意されていたということです。
楽屋はお客さんに公開するわけではありませんから、誰も知らないし、見てはいないでしょう。
出演した噺家さんたちは、いつものように、談志師匠に「お先に勉強させていただきます」と挨拶をするため、この楽屋に足を運んでから高座に上がったそうです。

2012年2月19日 (日)

ラジオ寄席

riceball今夜は「二代目桂小南」師匠の特集です。
学生時代、本物を間近で拝見した数少ない師匠のお一人です。
  ◇ 東の旅      桂小南
  ◇ 蜆売り       桂小南
上方弁なんですが、上方落語のコテコテ感がない芸風がいい。
「東の旅」だけでなく、「三十石」「兵庫舟」等々、旅の噺もいい。
「蜆売り」もいい噺です。
登場人物の性格を明確に区分する話芸が身につけられたらなぁ・・・と、いつも思います。
人情噺でも、妙に暗く重くならないのが、この小南師匠の芸風です。

落語はやおき亭

rvcar昨日から1泊で遠出をしていましたので、今日は「落語DEデート」と「落語はやおき亭」は聴くことができませんでした。
ただ、今朝の「落語はやおき亭」は、ゲストが月亭方正(山崎邦正)さんだったそうで、トークだけだったようですから。
よかった。

雨水

bud二十四節気の一つの「雨水」。
江戸時代の暦便覧には、「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」とあるそうです。
空から降るものが雪から雨に替わり、雪や氷も融けて水になる頃。
今年は、例年以上に春が待ち遠しい気がします。

紀伊國屋寄席

flag何気なく紀伊國屋書店のHPを覗いて、「紀伊國屋寄席」を見ると、明日の落語会は「三遊亭圓窓体調不良のため休演」とあり、どうやら柳家小さん師匠が代演のようです。
師匠は、ここのところ風邪などを引いていたようですから・・。
昨年の夏(7月)も体調を壊して「紀伊國屋寄席」を休演されました。
http://www.kinokuniya.co.jp/label/20120119101500.html

六代目三升家小勝

sweat02「水道のゴム屋」というのは、六代目三升家小勝師匠の自作自演の噺です。
Yamano_410810242223歳の時に八代目桂文楽に入門する前には、東京市水道局に勤めていて、金町浄水場で技師をやっていたそうです。
その経験を生かして作った落語が「水道のゴム屋」で、小勝師匠の代表作です。
私はリアルタイムでは知らない師匠ですから、「小勝=水道のゴム屋」というイメージですが、むしろ若い頃の「桂右女助」の方が有名だし、現に売れていたそうです。
小勝を襲名してからは病気がちになり、往年の輝きはなくなったとか。
本人は、桂文楽を承継するのを夢見ていましたが、師匠の八代目より先に病に倒れてしまって、夢は叶わなかったとか。

2012年2月18日 (土)

チャンチキおけさ

music三波春夫さんの歌の話題が続きます。
「チャンチキおけさ」って、何のことだろう・・。120216
「ちゃんちき」は、鉦(かね)などを打ち鳴らす音を表します。
また、摺鉦(すりがね)は金属製の打楽器の一種で、鉦吾(しょうご)、当たり鉦(あたりがね)、チャンチキ、コンチキ、チャンギリ、四助(よすけ)などともいうそうです。
それから、「おけさ」というのは、日本民謡の一つです。
「おけさ見るとて葦(よし)で眼(め)をついた」とか「おけさ正直なら」といった歌詞があり、「おけさ」とは、江戸時代後期に新潟県出雲崎(いずもざき)町あたりにいた、船乗り相手の酌婦の名前。
その「おけさ」なる女性を詠んだ歌詞で歌う越後(えちご)の「おけさ節」は、地元の甚句(じんく)の節にのせて歌うものであった。ところが江戸後期、九州・天草の熊本県牛深(うしぶか)(天草市)生まれの酒盛り唄「ハイヤ節」が船乗りたちによって諸国の港へ持ち回られ、越後では新潟や出雲崎の港へ伝えられた。
すると越後の人たちは、在来の「おけさ節」の歌詞はそのまま生かし、節のほうを流行の「ハイヤ節」に取り替えてしまった。
言い換えれば、「ハイヤ節」の歌詞が不足しているので、在来の「おけさ節」の歌詞を利用したのである。
それが越後の花柳界で育てられ、「新潟おけさ」「寺泊(てらどまり)おけさ」「出雲崎おけさ」「三条おけさ」「柏崎おけさ」』など多種多様の「おけさ節」に発展していった。
なお「おけさ」というとすぐ佐渡(さど)島の「佐渡おけさ」を思い浮かべることが多いが、これは1906年(明治39)ごろ越後側の「おけさ」の人気にあやかって改名したもので、「おけさ」の本場は越後側である。
・・・要するにそういうことです。
明るい曲調ではありますが、歌詞は物悲しいものがあります。
遠く離れて故郷を想うというようなものです。
note月が侘しい路地裏の 屋台の酒のほろ苦さ・・・
    一人残したあの娘 達者でいてかおふくろは・・・
         故郷(くに)を出るとき 持って来た・・・notes
     notesおけさせつなややるせなや
           おけさおけさで身を責める
                  おけさ涙で曇る月moon2

夜半の雪

snow夜中にうっすらと雪が積もりました。
            夜半の雪
日影ではかなり白く、車の屋根にも積もっています。
路面も滑りやすくなっています。
"初雪や 二の字二の字の 下駄の跡"という風情はなく。
"初雪や 方々の屋根が 白くなり"という、そのまんまの気持ちです。
まだまだ寒い日が続きそうです。

寄席の楽しみ方

musicお囃子の恩田えりさんが、TBSラジオの堀尾さんの番組に出演。Photo_2
寄席の楽しみ方について話していました。
堀尾さんが好きだったという、先代の小さん師匠の出囃子「序の舞」を三味線で弾いてくれました。
・・・まあ、簡単な座談でしたが。
本の宣伝もしていました。

おススメの噺家さん

pencilある方が、おススメの噺家さんランキングというか、とっつきやすいかなランキングを出していました。(敬称略)
①聴き始めの人へのオススメの噺家さん
・春風亭昇太・立川志の輔立川談春・三遊亭白鳥・柳家権太楼
②「上の5人は聴いたよ」という人にオススメ
・柳家喬太郎・柳亭市馬柳家さん喬桃月庵白酒・笑福亭鶴瓶
③「上の10人は聴いたよ」という人にオススメ
・柳家喜多八・瀧川鯉昇・柳家三三・春風亭一之輔・橘家文左衛門
④「上の15人は聴いたよ」という人にオススメ
入船亭扇辰三遊亭歌武蔵・三遊亭遊雀・古今亭菊之丞隅田川馬石
・・・・なるほど。
人それぞれで、そもそもどの程度噺家さんをご存知の方かは存じ上げませんが、偏りはありますね。
そもそも順番をつける意味がどれほどあるのかも分かりませんが。
個人的には、アンダーラインの師匠方は好きですね。
例えば、独演会があったらチケットを買いたいと思う噺家さんです。
一之輔さんはまだ評価には早すぎると思います。
桂歌丸・春風亭一朝・古今亭志ん輔・入船亭扇遊・五街道雲助・金原亭馬生・林家たい平・・・。
捨てがたいと思います。
柳家小三治・三遊亭圓窓という師匠は別格です。
しかし、圓丈、鳳楽、小朝という師匠の名前は挙がらないんですね。

2012年2月17日 (金)

東京落語会

snow夜はみぞれになりました。
        
  ◆ 浮世床         柳家三之助
  ◆ 一分茶番        三遊亭兼好
  ◆ 鮑のし          古今亭志ん橋
  ◆ 寝床           金原亭伯楽
  ◆ 時そば         春風亭昇太
  ◆ 笠碁           柳家権太楼
    
兼好・昇太・権太楼の各師は、東京落語会にしては珍しく、大爆笑でした。
周囲でも、バカ笑いをする人もいて、まあこれも落語鑑賞でしょう。
頓平師匠、金魚師匠と、例の飲み屋で一献。

人間ドック

eyeglass自分の身体のことだから仕方がありませんが、行く前は本当に憂鬱です。
      
普段の不摂生を自覚しているだけに、臆病風も吹いているんだと思います。
で、行けば行ったで、検査慣れした部分もあって、またそれほど時間や苦痛が伴うでもなく・・・。
特に今回は、採血も一発で鉱脈?を掘り当ててもらえたし、バリウム検査の逆さ吊りも、機械が変わったのか、やり方を変えたのか、去年までより楽でした。
・・・そして、楽しみの昼食。

午後は、検査結果が出るまで、暫く休憩時間。
矢野誠一さんの「三遊亭圓朝の明治」を持ち込んで、ボーっとしながら読みました。
「揺れるとき」の参考にもなりました。

俵星玄蕃(たわらぼしげんば)

sports先日、オリンピックの話題から、三波春夫さんの「東京五輪音頭」が出て来ました。
三波春夫さんは、当時は文字通りの国民的歌手で、大阪万国博覧会のテーマ「世界の国からこんにちは」も、三波春夫さんでした。
http://www.youtube.com/watch?v=3fsi6Bxn3mI
紅白歌合戦では、いつもトリだった気がします。
そして、普通の歌手と一味違っていたのが、「俵星玄蕃」に代表されるような楽曲。
子ども心に印象に残っています。
そうですよ。「俵星玄蕃(たわらぼしげんば)」です。
http://www.youtube.com/watch?v=fnX1vD0TBJU
この作品は、1964年4月発売。「長編歌謡浪曲」と呼ばれる。
「元禄名槍譜」の副題が付くことがある。
作詞は北村桃児(三波自身のペンネーム)。作曲は長津義司。
「忠臣蔵」にからんだ架空の人物である俵星玄蕃]を主人公とした曲。
「歌謡曲(演歌)」「浪曲」「講談」の3つが織り込まれており、それぞれに通じた三波の、芸の集大成のような構成となっている。
三波自身は振りをつけて演じている。
また現在でも、日本舞踊の題材として用いられることがある。
多様な素養を必要とする曲で、歌詞も長大であるため、歌いこなすには相応のレベルが求められる。
変わったところでは、落語家の柳亭市馬が持ちネタの一つとしており、CDまで発売している。

演歌・浪曲・講談のコラボレーションのような歌で、この歳になって聴くと、いいですねぇぇ。
こどもの頃は、何を言っているのか、さっぱり分かりませんでしたが。
柳亭市馬さんが歌うんですよね。karaoke
私は、三波春夫さんの歌では「チャンチキおけさ」が好きです。

高円寺演芸まつり

event10日から19日まで「第2回高円寺演芸まつり」が開催されているそうです。
http://www.koenji-engei.com/2012/
新聞記事がありました。Photo
2月10日(金)から19日(日)までの10日間、第二回高円寺演芸まつりが開催される。
「高円寺演芸まつりといえば、昨年2011年に高円寺の冬のイベントとしてスタートした、春のビックリ大道芸、夏の高円寺阿波踊り、秋の高円寺フェスにつづく大イベント。
「演芸」に特化したイベントで、出演者には古今亭志ん輔氏、古今亭駿菊氏、翁家和助氏、林家たけ平氏、林家彦いち氏、桂平治氏、立川談笑氏、三遊亭兼好氏をはじめ、約90組の芸人が集結する。出演者数、会場ともに昨年の約1.5倍となり、高円寺の冬の風物詩と期待されている。
・・・、古今亭志ん輔"氏"というのが可笑しい感じがします。
落語などの演芸を街興しに活用している例もかなりあるようです。
秋の「目黒のさんま祭り」もそうでしょう。
神楽坂あたりでもやっていると思いますし、かつての「大銀座落語祭」も面白い試みだったと思います。
もともと市井から生まれた演芸ですから、相性は良いはずです。
ところで、「大銀座落語祭」で思い出しましたが、春風亭小朝さんを中心に活動していた「六人の会」は、どうなったんでしょう・・?
「東西落語研鑽会」なんていう落語会もやっていましたが、いつの間にかやらなくなりました。

2012年2月16日 (木)

人間ドック前日

eyeglass明日は人間ドックです。
逆さ吊りのバリウム検査、血管が見つけづらい採血・・・憂鬱。bearing
しかも、各数値が悪いこと必至。despair
唯一の楽しみは、豪華な昼食です。restaurant
メタボ、肥満、コレステロール、血糖値、中性脂肪・・。fastfood
みんな大嫌いな言葉です。

そろそろ歩き稽古を

sandclock「番外あおば亭」まで、あと1週間です。
・・色々あって(理由にはなりませんが)稽古が出来ていません。sweat01
さすがにそろそろ、得意の?歩き稽古を始めないといけません。shoe

オリンピック

sports東京などと2020年夏季五輪開催に立候補していたローマが、財政再建を優先させるイタリア政府の支持を得られず、招致を断念したそうです。
欧州債務危機の影響でローマが脱落して、東京には朗報などというトーンの報道があります。
さて、いかがなものでしょうか・・・。
オリンピックも、時代の流れか、昔のようには熱くなりません。
映画「三丁目の夕日’64」の舞台になっている時代は、オリンピック開催は、まさに国家プロジェクトそのものでした。
ところが今は、価値観も多様化して、なかなか・・・。
そうそう、紅白歌合戦の視聴率も同じようなものです。
確か、1964年の東京オリンピックの前の開催地がローマでした。
東京五輪音頭なんていうのがあって、国民的歌手だった三波春夫さんが歌っていました。
あの三波春夫さんが、国の代表のような顔で歌っていたのですから、世の中の様子が偲ばれようというものです。
noteあぁぁぁ~、あの日ローマで えぇ眺めた月がぁ 
       今日は都の空照らすぅ・・
notes   ・・・ってなものでした。
http://www.youtube.com/watch?v=TnqMXP3Nl9Q
それから、ちょうど40年前には、札幌で冬季オリンピックが開かれて、「日の丸飛行隊」に興奮したものでした・・。
話は変わりますが、1等と前後賞を合わせて5億円という宝くじが発売され、長蛇の列が出来ているそうです。dollar
でも、騒いで並んでいるのは、比較的高齢者が多く、若い人たちの多くは、その列を冷めた目で見ながら通り過ぎているそうです。
世代間ギャップというのは随分ありますね。
高度成長やバブル景気を知らず、デフレや右肩下がり経済しか経験のない人たちの方が、足を地に着けた考え方や生き方をしているのかもしれません。

2012年2月15日 (水)

メーリングリスト[ML]

pc落語っ子連では、様々な情報の伝達や共有のために、メーリングリスト[ML]を活用しています。
言わずもがなですが、MLは、グループ内で情報交換をするための電子メールの利用方法で、参加者全員を特定のメールアドレスに登録することにより、そのアドレスに届いたメールを参加者全員に送付するシステムです。
http://www.kt.rim.or.jp/~atsato/ml/basic/whatml.html
まあ、便利なもんです。
ところが最近どうも、あるプロバイダーのメールのアドレスを登録している私やまど絵さんへの配信が、極端に遅くなるという現象が多発しています。
専門家のびす太さんによれば、この「遅配」は、我々のメール側に何らかの原因があるそうで・・・。
(文科系の私には、これすら上手く説明すら出来ません。)
例えば、日曜日の深夜にまど女さんが投稿した文を、私がMLで受信したのは、何と火曜日の夜9時頃で、20時間以上もかかってしまいました・・。
幸い、そういうこともあろうと、まど女さんが、同時に個人メールアドレス宛にも送信してくれたので、事なきをえましたが、「これじゃ駄目じゃん」です。
これでは「メーリングリスト」ではなく「迷リングリスト」ですよ。
「寿限無、寿限無・・・・長久命の長助、早く起きなさい!」
「おばちゃぁ~ん、もう学校が夏休みになっちゃったよぉ~」
みたいなものです。

広瀬さんの橘家圓蔵評

pencil橘家圓蔵師匠のことが書かれています。
立川談志は晩年の著作で「落語は江戸の風が吹く中で演じられるべきものである」と説いた。
談志は「江戸の風を感じる演者」として五街道雲助を挙げたが、実は、他にも意外な落語家の名が挙がっていた。
橘家圓蔵だ。
圓蔵は「江戸の粋」を感じさせるタイプではない。
むしろ正反対の爆笑派だ。
その圓蔵に「江戸の風が吹いている」と談志が指摘したことは、極めて大きな意味を持つ。
圓蔵は1934年生まれ。
1952年に四代目月の家圓鏡(後の七代目橘家圓蔵)に入門し、1965年に五代目月の家圓鏡を襲名。
売れっ子タレントとしてテレビ・ラジオで大活躍し、1982年に八代目橘家圓蔵を襲名した。
圓蔵は古典のルールを壊すことで笑わせる手法の先駆者だ。
「足元を見たな」「なーに、手元を見ました」「この野郎、サゲ言って終わらせようったってそうはいかねぇぞ! まだまだ落語は続く!」とか「この落語は面白いですよ、サゲが『あそこは私の寝床なんです』ってんですから」などと落語の形式そのものをギャグにしてしまい、古典の登場人物が「そんな古いギャグでウケようとするから小朝に人気で抜かれるんだ!」と演者にツッコミを入れ、「オマエだな、底辺かける高さ割る2イコール神社仏閣って書いたのは!」なんて時代背景を無視したセリフがガンガン飛び出す。
今でこそ当たり前なこういう「掟破り」は全部、圓蔵が始めたことだ。
『猫と金魚』と『不精床』をリクエストされて二つの噺を同時進行で交互に演じたこともあるが、そんな真似は彼以外でお目にかかったことが無い。
圓蔵は「落語常識を覆す反逆児」だった。彼が圓鏡時代に確立した斬新なスタイルは、「格調高い古典」を求める人たちからは「邪道」と見られたが、「現代人を爆笑させる新しい古典のあり方」を提示したという点で実に画期的だった。
※週刊ポスト2012年2月17日号
随分歳を取りました。
往年の勢いはないし、言葉も声もはっきりしなくなりました。
一時代築いた師匠であることは確かですが、圓蔵というよりも、圓鏡時代がピークでしたね。
ところで、この橘家圓蔵というのは、三遊亭圓生の前名に位置づけられる、三遊亭の大名跡です。
六代目三遊亭圓生師匠は、三遊亭圓窓→橘家圓蔵→三遊亭圓生という順で出世しています。
どういう経緯で、桂文楽門下だった先代が、圓蔵を襲名したのか分かりませんが、名跡と言うのは、一旦別派に渡ると、なかなか戻すことは難しいものですね。

「昭和の名人完結編」アンコール

appleやはり、昭和の名人と言えば、この4人に収斂するのでしょうか。
恐らく、定期購読者のアンケート結果で、アンコールが企画された気がします。
    
 ◇古今亭志ん朝     火焔太鼓   子別れ(下)
 ◇三遊亭圓生       百年目     四宿の屁
 ◇古今亭志ん生     鰻の幇間 強情灸 あくび指南
 ◇三遊亭金馬       未定
圓生師匠の百年目は圧巻ですが、その代わり四宿の屁というのは・・・sign02
金馬師匠は、佃祭と薮入りだといいなと思います。

2012年2月14日 (火)

バレンタインデー・・

present今日は、聖バレンタインデーという、よく訳の分からない、お菓子業界に乗せられ、そして騙される、とっても嫌な日です。
     バレンタインデー・・
最近は、本命と義理チョコのほかに友チョコというのがあるそうで、女性の友達同士で贈り合うんだそうで、これならまあ影響がないから、有り難いパターンです。
何と言っても、ちょうど1ヶ月後には、恐怖の日がありますから。
それにしても、日本人はおバ、じゃなくてお人好しですから、ベルギーかどこかのチョコレート屋さんに、ぼろ儲けをさせています。
上野駅にあるこの店にも、女性ばかりが群がっています。
    バレンタインデー・・ バレンタインデー・・
店の前だけだと思ったら、向かい側に並んで待っているバ、じゃなくて人がいます。
おいおい、そりゃぁ確かに美味いかもしれないけど、そんなに高いものを買わなくったって・・・。
あたしゃぁ、ロッテガーナミルクチョコレートが大好物だから。
勿体ない・・・。 (オジサンには関係ありませんが。)
・・・と、帰宅すると、家内と娘からの正真正銘の義理チョコ。
袋を見ると、メイドイン"ベルギー"・・・。
駄目だこりゃあ。じゃなくて、駄目だゴディバ・・sign02
     

久島海・・・

shadow「田子の浦親方」というので、私はまず「若秩父」の田子の浦親方が頭に浮かびましたが、世代は代っていたんですね。
とにかく、「久嶋啓太」という、アマチュア相撲・学生相撲のタイトルを総なめにしたイメージがあまりにも強過ぎて、鳴り物入りでプロ入りした後の「久島海」という四股名も、本名が入っているから分かる程度でした・・・。結局三役にはなれないまま引退しましたから。
「田子の浦」を名乗っていたんですね。
「久島海の田子の浦親方急逝」のニュースには驚きました。
落語には直接関係はありません・・。
「阿武松(おおのまつ)」という噺をやってみたいと思います。

上方落語のこと

music先日、「深夜ラジオ便」を意識朦朧で聴いていると、雑誌「上方芸能」の編集をしているという方が、上方落語復興の立役者としての「桂米朝」師匠をコメントしていました。
半分眠りながらの部分的な記憶ですから、全体の流れとは違うかもしれませんが、戦後間もなくの上方落語の噺家さんは、18人程度まで減ってしまっていたそうです。
ところが、今や250人を超えるぐらいになっているそうで、まさに、松鶴・米朝・春團治・(小)文枝の四天王の師匠たちの努力の賜物だと言えるでしょう。
ラジオでは、昭和一桁頃の4つの出来事が、上方落語が滅びそうになった原因だと言っていました。
まず、吉本興業が、従来の落語中心から漫才中心の興行へと方針を変更したこと。
次に、これと相俟って、「エンタツ・アチャコ」の漫才が大人気を博し、漫才を志望する人が増えたこと。(=落語家志望者が激減した。)
さらに、吉本興業は、文芸・伝統芸・映画に注力する中で、特に文芸部門に秋田實などの優秀な人材が集まったこと。
トドメが、戦前絶大な人気だった「初代桂春團治」が亡くなったこと。
・・・なるほど。

2012年2月13日 (月)

古今亭志ん朝 大須演芸場

heart02この6月頃に「古今亭志ん朝 大須演芸場」というCDブックが発売されるそうです。
愛蔵本1冊・CDブック(B5判・CD10枚組)×3冊の計4冊。
河出書房新社、値段は42,000円。Photo
そして豪華限定特典
[初版特典]
大須演芸場での、1997年10月口演『愛宕山』と1991年11月口演『宮戸川』の2席収録
[予約特典]
1980年、大須演芸場、通常の寄席興行に志ん朝師が飛び入り出演した口演『酢豆腐』と『風呂敷』の2席収録
CD30枚、すべて初出音源の全59席で、中村仲蔵/錦の袈裟など8席は初CD化だそうです。
紹介文がありました。
伝説の高座、復活!
“できることなら、なんでもするよ”
名古屋の繁華街・大須に「日本一客の入らない」との異名をもつ演芸場がある。
その名も大須演芸場。
苦しいながらも、必死で寄席の灯を守り続ける席亭の心意気に感じ入った志ん朝は、演芸場を救うため、独演会の開催を快諾。
「俺にできることなら、なんでもするよ」
──そして始まった1990年から1999年までの10年間に渡る毎回3日間の公演では、全日満員御礼を記録した。
この独演会は、チケットが入手困難であったこと、名古屋という地方都市で行われたことなどから、東京の志ん朝ファンのほとんどが足を運ぶことができず、伝説の落語会とされてきた。この貴重な音源が志ん朝没後11年の時を経て、ここに復活! 
地方の独演会独特の、のびのびとした高座、たっぷりのマクラ、なにより志ん朝50代の脂の乗り切った落語をご堪能ください。

のびのび─地方の独演会ならではの肩肘張らないしなやかな高座。
華やか─おかしくて、色っぽくて。志ん朝の魅力ここに極まれり。
マクラもたっぷり─
旅や趣味の話、父・志ん生の話はじめ、志ん朝ファンおなじみの「山田吾一」も収録。
他のCDではこれだけの貴重なマクラは聴けません!
・・・どうしよう。
夏のボーナスでかな?

揺れるとき②

heart01ということで、我々の「千早亭落語会」が、東日本大震災のために中止(延期)となったことが、「揺れるとき」の創作のきっかけになったそうです。
この時の一連の出来事が師匠のプログにアップされています。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_2.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_7.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_8.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_9.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_11.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_12.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_15.html
師匠のコメントは続きます。
そこで、落語協会から頼まれた圓朝まつり(8月7日)に於ける圓朝に因んだ創作の構想の中に、あたしのこんな了見を挿入できないか、と考えた。
と、いうのは、圓朝が真打になった年の安政2年に安政江戸地震が起きている。
これだ!
しかし、あたしの了見は圓朝には言わせず、フィクションで登場させる圓朝の先輩格の長老に言わせようと、構想をスタートさせた。
  (後略)

                        
安政2年10月2日(旧暦・新暦では11月11日)。
相州神奈川宿で一人暮らしをしている盲目の元噺家「三遊亭西生」の家を、7ヶ月前に真打に昇進したばかりの16歳の「三遊亭圓朝」が訪ねて来る。
西生は、6歳の圓朝が「小圓太」で初高座を勤めた日のことも克明に覚えていた。
また、圓朝の父「橘家圓太郎」とも親しく、二人で身延山へお参りをして、鰍沢あたりで道に迷った思い出などを語る。
西生は圓朝が気に入り、二人の会話は酒を酌み交わしながら延々と続き夜になる。
西生の師匠である初代圓生から教わった芸談から、圓朝は、西生に「寿限無」の稽古をつけてもらうことになる。
喜んだ西生が「寿限無」の後半にさしかかる頃、突然大きな地震に襲われる。
これが、安政の大地震である。
ひるんだ圓朝に、西生は微動だにせず「寿限無」を続ける・・・・。
Photo_3
明治32年10月(新暦)。
あれから44年後の日本橋木原店。
功なり名を上げた圓朝も60歳。
前月から体調を崩してはいたものの、トリで「怪談牡丹燈籠」を演じる。
(実は、この日が圓朝の最後の高座になる。)
この寄席の芝居に、毎日通っている60歳前後の婦人がいた。
圓朝が「牡丹燈籠」を語っている途中に、また大きな地震が起きる。
ところが圓朝は微動だにせず噺を続ける。
そして客席でも、慌てて外に逃げ出してしまう客が多い中で、その婦人もまた微動だにせずに噺を聴いている。
寄席がはねた後、この婦人が楽屋に圓朝を訪ねて来る。
婦人は、44年前に圓朝が訪ねて稽古をしてもらった西生の一人娘だと言う。
西生は既に亡くなっていたが、生前、圓朝が訪ねてくれたことを喜び、安政の大地震にも微動だにせず稽古を受けてくれた圓朝のことを褒めていたと。
そして、地震が起こってもびくともしなかった圓朝を、父親の位牌を抱いて聴いていたと。
圓朝は、西生の位牌を立てて、お経を唱えて、西生に語りかける。

・・・こんなストーリーです。
史実とフィクションを合わせた人情噺に仕立てられています。
西生は、圓朝への期待を込めて自らの芸論を伝える。
これこそが、圓窓師匠の噺を演ることの責任だとか、落語への姿勢を語る部分になっているのです。
昨年の圓朝まつりでこの噺を聴いた時、私は、「この噺こそ、我々の千早亭の発表会で演らなくてはいけない」と、勝手に決めました。
それも、東日本大震災が人々の記憶に新しいうちに・・と。
そこで、恐る恐る師匠にお願いしてみました。
すると、師匠は快諾してくださいました。
先日の千早亭の稽古会では、「永久さんが、この噺の継承者だ」と、言ってくださいました。
「揺れるとき」は、そんな経緯のある噺なんです。

揺れるとき①

book師匠が昨年の「圓朝まつり」の奉納落語会で、自作自演でお演りになった「揺れるとき」という人情噺。
三遊亭圓朝を主人公に、引退した噺家三遊亭西生との関わりと、横軸に安政の大地震を入れ、圓窓師匠の芸論がふんだんに盛り込まれています。
今回(3月25日)の「千早亭落語会」で、僭越ながら、千早亭永久がチャレンジさせていただくことになりました。
ちょうど、あの東日本大震災から今日で11ヶ月になります。
その気持ちや経緯について、ちょっと説明しておきたいと思います。
ゆれるとき
師匠から頂戴した「揺れるとき」の高座本(ネタ本)の巻末に、「創作のきっかけ・・・」という師匠のコメントが載っています。
平成23年3月11日、東日本を襲った津波の様子を自宅にいてテレビで見ていた。
こんなことが放映されているのか・・。ライブなのか・・・。
 (中略)
その次の日の13日は、地元の扇子っ子連というアマチュアの落語指南所の発表会がある。
12日はその連の長から電話が2本入り、「明日の発表会は中止にしましょう」と言って来た。
理由を問うと、「こういう状況で落語をやっていかがなものか、と思いますので」と答えた。
あたしは即、「こういう状況でも落語を聞きたいと足を運ぶ人は必ずいるもんだ。それに出演する連の者はほとんど地元の豊島区の人なんだから、来られる人だけでもいいから高座に上がろうよ」と伝えた。
しかし、当日、その長からは「みなさんが中止に賛成しましたから、やめます」とのこと。
あたしは、自分自身を指導者失格と受け取って、この先の落語の指南を断った。
何人かが拙宅に来て、「指南を続けてください」と言う。
中には、「あたしは、師匠が中止を決めたかと思い、だから中止の賛成をしたんですが・・・」とも言う。
つまりは、連の長はあたしの意向を連中にちゃんと伝えず、中止にしたいという自分の気持ちを優先させた結果のようだ。
落語を趣味で聞く分には、個人として存分に楽しめばいい。
しかし、演るとなると、聞く人が必要になってくる。
その人への責任も感じ取らなければならない。
「プロはすごいんですね」と言う人がいたが、演るということに関しては、プロもアマもない。
責任を果たさなければいけない。
連の長に、あたしの了見が伝わらなかったのが、寂しかった。

そうなんです。我々の発表会「千早亭落語会」の中止(延期)が、あの人情噺の創作の大きなきっかけになっているんだそうです。
この時の一連の出来事が師匠のプログにアップされています。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_2.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_7.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_8.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_9.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_11.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_12.html
http://ensou-rakugo.at.webry.info/201103/article_15.html
この後は、噺の内容に込められた、師匠の気持ちが、とても熱く述べられています。
続きは、次の機会に触れることにします。

2012年2月12日 (日)

ラジオ寄席

clover今週は、三代目三遊亭金馬師匠の特集。
  ◇ 居酒屋     三遊亭金馬
  ◇ 品川心中    三遊亭金馬
それにしても、底堅い人気のある師匠で、明るくてはっきりした口調で、理路整然とした高座は、ラジオやレコードにはまさにベストマッチングだったと思いますね。
音源は、昭和30年代のものですが、口調も雰囲気も、古臭さを感じないのも魅力です。
「居酒屋」は、金馬師匠の代名詞。
「ご酒代わり一丁、へぇぇぇぃい」の名調子は、金馬節そのもの。
「品川心中」は、先月観た「幕末太陽傳」を思い出します。
今日も一日家でボーっとしていて、何席落語を聴きましたかねぇ。
全てラジオですが。
「二番煎じ」「不動坊火焔」は文化放送。
「法事の茶」「七段目」はNHK。
「居酒屋」「品川心中」はTBS・・・。

スタパー落語会

carouselponyスタジオパークだから、「スタパー落語会」ということですか。
   ◇ 法事の茶      橘ノ圓満
   ◇ 七段目        三遊亭遊雀
名前ぐらいは知っていますが、芸術協会の噺家さんは、あまり詳しくありませんから、東京かわら版の寄席芸人写真年鑑で調べました。 
圓満さん、ふぅ~ん、こんな顔の人なんだ。
あれ、誕生日が私と同じですよ。金正恩ともおなじですよ。
38歳で入門したそうで、それまでは上野で料理屋を経営していた異色の噺家さん。
三遊亭金馬・林家正蔵・林家三平・桂文治と、いずれも先代、松鶴家千代若師匠の物真似が上手かったですね。
遊雀さんも久しぶりに聴きました。

落語はやおき亭

event「落語DEデート」に比べると、たい平さんのこの番組は、普通に落語を聴かせてくれる番組です。
   ◇ 不動坊火焔    柳家小里ん
噺家さんというのは、やはり時間というのか、芸の積み重ねというのが必要なんだなあと思います。
小里ん師匠も、若い頃から高い評価をされていましたが、ここに来ての存在感というのが、物凄くいいですね。
確か、我が落研の後輩たちがお世話になったはずです。
仙台にも度々来てくださったようです。
昭和60年頃のようですが・・・。
こういう感じがする噺家さんは、例えば春風亭一朝師匠、柳家小満ん師匠だとか。

落語DEデート

eyeglass文化放送の日曜日5時台は、宗教番組のオンパレードで、キリスト教あり、仏教の複数の宗派ありで、妙な気分になります。
6時ちょっと前に、法然さまの浄土宗が終わり、6時から「落語DEデート」が始まります。
今まで、布団の中でありがたいお話を聞いているうちに眠ってしまい、再び目が覚めると「落語DEデート」が終わってしまっていたことも何度もあります。
今朝は、相変わらずうつらうつらしながらも、何とか最初から最後まで聞くことが出来ました。
  ◇ 二番煎じ  八代目三笑亭可楽
この番組は、基本的に落語の「ら」の字も知らない女性ゲストに、昭和の名人といわれる師匠方の噺を聴いてもらうというものです。
今日のゲストは、志ん朝師匠のCDを聴いたことがあるようですから、まだ接点がある方です。
可楽師匠を聴いて、聴き取りづらく、(噺を)追いかけるのが大変だったという感想を言っていました。
志の輔さんは、可楽師匠のそれが渋さで、落語が好きになって最後に行きつく師匠だというようなフォローをしていました。
ふと思ったのですが、この番組に出演した多くのゲストで、出演がきっかけで落語に興味を持った人、落語を聴くようになった人っているのかなぁと・・。
所詮、ラジオ番組の企画に出演しただけだということなのでしょう。
落語に初めて触れた人の言葉を聞くのが、この番組の肝のひとつなのでしょう。
優等生の発言をするゲストもいれば、中にはトンチンカンなことを言う人もいますから。

2012年2月11日 (土)

お囃子えりちゃん寄席ばなし

bud残しておきたい江戸情緒、下座のお囃子、寄席幟。
毎週ご無沙汰をしていた往年の名司会者で、晩年は「横浜にぎわい座」の館長も務めた「
玉置宏」さんの名調子。
下座さんというのは、寄席の出囃子をやっている方のこと。
昔は、かなり高齢な?人が多かったようですが、最近はかなり若返りが進み、異色の人もいるようです。Photo
確か、「太田その」さんは、東京芸術大学の出身だったはず。
「恩田えり」さんという人もいます。
「お囃子えりちゃん寄席ばなし」という本を出版するそうです。
紹介文を見つけました。
普通の女の子が掟やぶりの寄席囃子に!
「裏方」ではあるけれど、寄席を盛り上げる大切な役割を担う寄席囃子さん。
この本は、寄席好きが高じて寄席囃子になり、日々奮闘するお囃子えりちゃんの抱腹絶倒なエッセイ。Photo_2
「寄席囃子とはなんぞや」がわかるマンガやえりちゃんの貴重な高座ネタ、柳家喬太郎師匠など豪華ゲストとの対談など盛り沢山な内容です。
寄席好きはもちろん、そうでない人も興味津々になること間違いなし!
イースト・ブレス刊、1353円。
・・・・きっと、普通のお嬢さんなんでしょうね。
そういえば、「浅草ことぶ季亭」の席亭の、花季彌生師匠は、寄席囃子もやっていらっしゃるそうです。

漫才芸人さん

shadow大阪の人気漫才コンビの"太平サブロー・シロー"の、太平シローさんが亡くなったそうです。
心からお悔やみを、なんですが、実は、コンビでは知っていても、どちらがサブローさんで、どちらがシローさんか、実ははっきり知らないのです。
どうやら、太っている方が亡くなったシローさんらしいのですが・・・。
お笑い芸人さんで、コンビやトリオなどでやっている方の名前(の区別)が出来ないことが多くありませんか?
例えば、東京の寄席でも、昭和のいる・こいる、青空球児・好児、大瀬ゆめじ・うたじ、宮田陽・昇のご両人たち・・・。
正直なところ、どちらがどちらなのか知りません。
ごめんなさい。
昔の方々でも、青空千夜・一夜、獅子てんや・瀬戸わんやのご両人だって、暫く考えてしまいます。
そこへ行くと、ロケット団だとか、ホームランだとか、ナイツとかは、どちらがどちらということはありませんが、今度は名前がよく分からない・・・。
ロケット団のボケの人がロケットさんで、ツッコミの人が団さん?ということはないでしょう。

3.4 落語っ子連発表会

cherry落語っ子連の記念すべき第10回目の発表会です。
やっと詳細が固まり、チラシもまど深さんが作り直してくれました。
開演が午後1時となり、出演順も決定。
私は、仲入り前を勤めさせていただきます。
 日時   平成24年3月4日(日)午後1時
 場所   プラサギターラ プラサホール(要町)
 番組   道具屋     三流亭びす太
       茶の湯     三流亭まど女
       薮入り     三流亭流三
        
     仲入り
       猫の茶碗    三流亭まど深                                 
       明烏       三流亭窓口
       元犬       三流亭無弦
       火事息子    三流亭まど絵  
       お楽しみ   三遊亭圓窓

「昭和の名人完結編」のあと

book先日完結した「昭和の名人完結編」に4巻のアンコール版が出るみたいです。
三遊亭圓生・三遊亭金馬・古今亭志ん朝・古今亭志ん生の各師匠・・・でしたかなぁ。
メンバーは定かではありませんが。
早速小学館に電話で注文をしました。

2012年2月10日 (金)

3.25 千早亭落語会

present第3回扇子っ子連・千早亭落語会。
「公益財団法人としま未来文化財団」の共催です。
 日時  平成24年3月25日(日)午後2時~
 場所  豊島区千早地域文化創造館
 番組  子ほめ       千早亭早千
      厩火事       千早亭ワッフル
      町内の若い衆    千早亭屏風
      続死神       千早亭百人
      半分垢       千早亭貴女
      揺れるとき     千早亭永久
        平林         千早亭和歌女
      雛鍔         千早亭軽太
      井戸の茶碗     千早亭三十一 (順不同)
      お楽しみ       三遊亭圓窓

  

「昭和の名人完結編」(26)

ribbonいよいよ今回の配本で全26巻の完了です。

Meijin

◇ 壷算       六代目三升家小勝
◇ 水道のゴム屋  六代目三升家小勝
◇ 転宅       三代目三遊亭小圓朝
◇ 馬の田楽    七代目春風亭小柳枝
出ました。「水道のゴム屋」。
学生時代にラジオで聴いて、とても面白くて、衝動的?に自分の持ちネタにしました。
尤も、高座では1回限りでした。
リアルタイムでは知らない師匠たちばかりですが、小圓朝師匠は、東大落語会とのご縁が深かった師匠だと思いますし、小柳枝師匠もよく名前を耳にしました。
私の2番目の持ちネタの「千早振る」は、確か筑摩書房の「古典落語」の小圓朝師匠のを参考にさせていただいた気がします。
1年生でしたから、「うわぁぁ、"小"圓朝なんだから、物凄い師匠だったんだろうなぁ・・。」と思っていました。
これで、前シリーズ26巻に続く完結編26巻が、文字通り完結。
なかなか配本全てを見たり聴いたりは出来ていませんから、これからじっくりと・・。
出来るかなぁ。

落語っ子連発表会の番組

golf師匠が、発表会の出演順を決めてくださいました。
以下のとおりです。
      【第10回 落語っ子連発表会】
       道具屋     三流亭びす太
       茶の湯     三流亭まど女
       薮入り     三流亭流三
        
     仲入り
       猫の茶碗    三流亭まど深                                 
       明烏       三流亭窓口
       元犬       三流亭無弦
       火事息子    三流亭まど絵  
       お楽しみ   三遊亭圓窓
今回は、私も含めて、長講が多いので・・・。
でも、とてもバランスの良い番組だと思います。
私は、仲入り前にご機嫌をお伺いすることになりました。

2012年2月 9日 (木)

2.25 番外あおば亭

pen東北大落研OB有志の自主公演「番外あおば亭」。
 日時   平成24年2月25日(土)午後2時~
 場所   浅草ことぶ季亭
 番組   金明竹     談亭志ん志
       真田小僧    南亭蕪生
       宮戸川     喰亭寝蔵
            仲入り
       棒鱈       破れ家笑児  
       お楽しみ    ゲスト
       浜野矩随    金願亭乱志 
笑児さんと

師匠のブログ

pencil師匠のブログ「圓窓の年月日輪」は、昨年の11月から、暫く更新されていませんでした。
師匠が風邪を引かれたりしたためでしょう。
ところが、1月の半ばから、再び動き始めました。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/
師匠の日記ではあるのですが、稽古や発表会の時は、ブログで一人ひとりに簡単ににコメントをしてくださいますので、とても楽しみでもあり、ちょっと緊張もします。

稽古場の比較

karaoke私はあまり意識しませんでしたが、千早亭の合同稽古会に参加された「三流亭窓口」さんの「明烏」を聴いた師匠が、「窓口さん。今日は稽古の会場が広いから、いつもと違うでしょ。」とのコメント。
合同稽古会 千早亭稽古会
普段、落語っ子連の稽古は、和室の6畳と4畳半の部屋の仕切りを取っていますが、千早亭は、広い会議室でやっています。
                 
広いと、上下の付け方や視線、声の出し方も違ってきますから、窓口さんも緊張されたようです。
やはり、広い場所で大きな声を出すのが、一番良い稽古です。
勿論、三流亭の稽古場も、師匠と鼻を接するほどの距離でやっていただきますから、これまた実に良いのですが・・。
いずれにしても、人前で稽古をするのが、落語上達の一番の近道だと思います。

2012年2月 8日 (水)

落語界再編?

pen読売新聞の記事です。
特に目新しいとか、驚いたというものではありません。
http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/columnculture/20120207-OYT8T00282.htm?from=tw
その発言は昨年末、落語芸術協会の納会で飛び出した。
挨拶に立った新宿末広亭の真山由光社長が「落語芸術協会の定席は、落語協会に比べて客入りが悪い」としたうえで、こんな事を言ったのだ。
「円楽一門会や立川流と一緒になって欲しい」
この世界、寄席を経営する席亭の言葉は万金の重みを持つ。
ましてや公式行事の席上での発言である。芸協の田沢祐一事務局長は、「正式な要請と認識している。検討したい」という。
落語界が賑やかになって来た。
東京の落語界には、4団体がある。柳家小三治会長の落語協会、桂歌丸会長の落語芸術協会、三遊亭鳳楽会長の五代目円楽一門会。
そして、落語立川流である。
立川流は家元・談志が昨年11月に亡くなって以降、「会長」「家元」は置いていない。
もとはといえば、円楽一門会や立川流のルーツは、落語協会にある。真打昇進制度などを巡る意見の相違で袂を分かったのである。
1978年に三遊亭円生が一門を率いて協会を離脱、円楽一門会の前身の落語三遊協会を作り、83年には談志一門が脱会した。
円生が脱会する際、三遊協会が落語協会、落語芸術協会とは別個に寄席興行を行うという案があったが、都内4件の寄席で作る「席亭会議」が否決。
都内の寄席興行は、その後も落語協会と落語芸術協会が交互に行っている。つまり、円楽一門会と立川流は通常の寄席興行には出演していない。
落語協会に所属する落語家は約200人、芸協は100人強、円楽一門会と立川流は50人弱。
芸協の落語家の数は、落語協会の約半分で、以前から層の薄さを指摘する声があった。単純に数だけで言えば、芸協に円楽一門会、立川流を加えれば、落語協会に肩を並べる。
さらにいえば、円楽一門会には三遊亭円楽や三遊亭好楽、立川流には立川志の輔や立川談春といった人気者がいる。
両会が合流すれば、芸協の顔ぶれは落語協会に引けを取らないものになるし、これまで寄席に出ていなかった実力者の登場は観客増加の起爆剤になる。
まあ、真山社長の発言の背景を筆者なりに補足すればこういう事になろうか。
五代目円楽が亡くなった後、六代目を継いだ今の円楽が一昨年、落語芸術協会の定席で襲名披露興行を行った。
このことの意味も大きい。
その後、落語芸術協会と円楽一門会は、"業務提携"の可能性を探っていたからだ。
合併まではしないが、円楽一門会の落語家を寄席興行に組み入れようという動きである。賛否両論があったこの案は昨年6月、芸協の理事会でいったん否決されたのだが、「真山発言」で再び議論の俎上に登ることになった。
21世紀も10年以上が過ぎた。昭和の時代の落語界分裂の当事者の多くは、すでに故人となった。
一昨年、三遊亭円生の名跡を巡って門下の確執があったように、まだその傷跡は癒えたとは言えないが、徐々に世代交代が進む中で、微妙に情勢は変わりつつあるようだ。
三遊協会の寄席興行を否定した「席亭会議」をリードしたのは、当時の新宿末広亭の席亭で、「新宿の大旦那」と言われた北村銀太郎氏だった。
年月がたち、三遊協会の末裔、円楽一門会の寄席出演の提案をしたのも、同じ末広亭の席亭、真山氏である。
歴史の巡り合わせを感じるのは、筆者だけだろうか。
                       (2012年2月7日  読売新聞)
素朴に単純な足し算では「?」だと思います。
また、一見落語協会には直接関係ないように思えますが、曲がりなりにも、もともとは落語協会の流れを汲む大きな名跡、「三遊亭圓橘」「三遊亭小圓朝」などが、芸術協会の名跡になってしまう訳で、"流失"は「桂文治」で終わりにして欲しいものです。
圓楽一門会も、当代の円楽師匠が目立っていますが、あくまでも筆頭は鳳楽師匠でありまして、どうも歌丸会長と円楽師匠の「笑点」繋がりの臭いだけがぷんぷんします。
席亭にしてみれば、団体が大きい方が、とりあえず香盤は組みやすいでしょうから。
私はよく分かりませんが・・・。

揺れるとき

night千早亭の稽古会(合同稽古会)で「揺れるとき」の読み稽古をしました。まだ、そんな状態なのですが・・・。
やっとオチまで辿り着き、お辞儀をした後の師匠からのコメント。
「・・・はい、(笑いながら)疲れただろう?
(メンバーに向かって)この噺はね、去年の「圓朝まつり」の時に、私が作って演った噺で、私も一度しか演っていないんです。
私も、今やってと言われても出来ないかもしれないから、永久さんがこの噺の"継承者"だね。
うん、大丈夫、大丈夫。
永久さんは、しっかり噺の全体を掴んでくれているから、後は稽古をすれば出来るよ。」
とても嬉しく、また光栄なコメントです。
音源がありませんから、これから自分なりに台詞を練って行く必要があります。
この噺だけではなくて、噺中で一部を演じる「寿限無」「牡丹燈籠」もしっかり覚えないといけないし、「般若心経」の唱え方も勉強しなくてはいけません・・・。

3連続落語会

bellこれから1ヶ月半の間に、立て続けにある落語会。
◆2月25日(土) 番外あおば亭 「浜野矩随」
笑児さんと
◆3月4日(日) 落語っ子連(三流亭)発表会 「薮入り」

◆3月25日(日) (扇子っ子連)千早亭落語会 「揺れるとき」

・・・・頑張らなくては・・・。

2012年2月 7日 (火)

雨降り

rain乾燥を癒すにはちょうどよいお湿り。
雨降り
朝から本格的な雨です。
洋服が濡れるのは厄介ですが、ホッとします。
人は、つくづく、水と空気で生きているんだなぁ、と思う瞬間です。
昨日の稽古で、「揺れるとき」の読み稽古をしていただきましたが、師匠から「疲れただろう」なんて言われました。
とにかく、この世の中で、師匠が一度しか演っていない噺ですから、心して演らせていただこうと思いました。
疲労困憊した翌日ですから、天気も悪いので、「早く帰ろうよ」という気分です。

千早亭落語会のチラシ

note公益財団法人としま未来文化財団共催「千早亭落語会」。
240325物凄く泊の付いた落語会になりました。
豊島区の文化活動として、会場使用料だとか、色々な特典があるそうです。
←クリックすると拡大されます。
この千早地域文化創造館での圓窓師匠「落語体験教室」の第1期生の有志が、引続き自主活動として「扇子っ子連・千早亭」をスタートさせて2年。
今回で第3回目。
第2回目は、当初の予定はあの東日本大震災の翌々日でしたが、開催できず、5月に開催することになったりして、色々なことがありましたが、チームワークは抜群。
今回チャレンジする「揺れるとき」は、師匠がこの時の我々との接点をきっかけに、安政の大地震と圓朝の姿を描いた「圓朝まつり」の奉納落語会で自作自演されたものなんです。

三流亭落語会のチラシ【案】

artまど深さんが、三流亭のチラシを作ってくれました。
240304もう見慣れたチラシです。
←クリックすると拡大されます。
そして、第10回という、節目の発表会です。
私は確か、第6回から参加しています。
「子ほめ」「三方一両損」「浜野矩随」「甲府ぃ」、そして今回は「薮入り」というラインナップです。
師匠にあげていただいた噺は、ほかに「花色木綿」「花筏」「笠と赤い風車」「佃祭」「ねずみ」「千早振る」「救いの腕」・・・。
いつの間にか、10席を超えていました。

2012年2月 6日 (月)

合同稽古会

flag久しぶりの稽古会。
師匠にお会いするのも久しぶりです。
       合同稽古会
稽古場の豊島区千早地域文化創造館。
今夜は、「扇子っ子連・千早亭」「落語っ子連・三流亭」「手拭いっ子連・広場亭」の合同稽古会ということで、いつもの千早亭のメンバーに加えて、お馴染みの「落語っ子連」の窓口さんとまど深さんも参加して、とても楽しい時間になりました。
合同稽古会
  ◇ 井戸の茶碗   千早亭三十一(扇子っ子連)
  ◇ 明烏        三流亭窓口(落語っ子連)
  ◇ 揺れるとき    千早亭永久(扇子っ子連・落語っ子連?)
  ◇ 猫の茶碗     三流亭まど深(落語っ子連)
師匠も大変嬉しそうでした。
私の「揺れるとき」は、まだ読み稽古。
でも、それなりの手応えはありました。
稽古が終わってから、千川駅前の「ジョナサン」で会食。
師匠を囲んで、三十一・ワッフル・早千・窓口・まど深と永久(流三)の7人で、楽しいひととき。

22万件

clock2月6日になったところで。
22万件

「ザッツ・ア・プレンティー」読破

book後半は、斜め読みのように、読み急ぐように、11月21日の運命の日まで、一気に読み終えました。
既に日が替わって、深夜の0時20分。
・・・・・・・・。
こんな書評がありました。
松岡弓子『ザッツ・ア・プレンティー』(亜紀書房)は、談志の長女による介護の手記だ。
題名は、談志が好んだデキシーランド・ジャズの名曲から。
葬儀の際には、この曲が出棺時に流されたという。
著者は母や弟、友人たちと共に258日間にわたって病床の父を世話し、その模様を日記として残した。
5月23日の項にこうある。
----私は父の落語のお辞儀はすごいと思っている。
生で見ると必ず涙が出てしまう。
母は父の高座を見に行くことはない。
もしかしたら、母はそれが嫌で父の高座に行かないのかもしれない。
立川談志が最後に高座をつとめたのは3月6日のことだった。
その後、悪化した喉頭がんの手術によって声を失う。
胃瘻といい、腹部から胃に直接つないだ袋から栄養を入れることによって命をつなぐ処置も受けた。
本名・松岡克由ではなく、立川談志として生きることを選んだ男にとって、商売道具であり生きるよすがでもあった「声」を奪われたことは何よりも衝撃だったはずだ。
声が出せなくなった男の、声にならない叫びを家族は聞き続ける。
しかし父に生きていてもらいたいと願う。
その思いによって談志は家族とつながっていた。
観客を悦ばせることに長年徹してきた人物が、最後の日々においては家族だけと向き合っていたのである。
そうした私人としての談志の姿を知りたくなかった、というファンもいるだろう。
しかし私は、何もかも、ありのままをさらけだす態度こそ故人にはふさわしいと考える。
『ザッツ・ア・プレンティー』は世に出されるべき本である。
実は、これを読んで、この本を手にしました。

2012年2月 5日 (日)

ラジオ寄席

cloud憂鬱な日曜日の夜。
今日は、ラジオの落語番組4つを聴きました。
聴き終えたら、眠ることにします。
明日あたり、プログのアクセス件数が22万件になりそうです。
 ◇ 牛ほめ     柳家小せん
 ◇ 味噌蔵     瀧川鯉昇
小せんを襲名して間もなく2年近くになるそうですが、まだ私はピンと来ません。
「味噌蔵」も、ちょっとやってみたい噺ではあるのですが・・・。

「番外あおば亭」の出囃子

eye今度の「番外あおば亭」では、「浜野矩随」でトリを勤めさせていただくことになっていますから、当然のこととして、当日の出囃子は「中の舞」のつもりでいました。
ところが、改めて談志師匠の出囃子の「木賊刈(とくさがり)」を聴いて、これを使わせていただこうかと思い始めました。
http://www.youtube.com/watch?v=rdiIXb4f5l4
ゆったりとしたテンポと、ちょっと悲しげな雰囲気が、噺にも合うかもしれません。

スタパー落語会

music偶然やっているのを聴きました。
   ◇ (新作)  春風亭A太郎
   ◇ 長命   立川生志
何かこう・・・、中途半端な番組でした。
インタビューするアナウンサーが酷かった・・・。     

「番外あおば亭」プログラム

appleゲストの方との打ち合わせもすみましたので、プログラムを完成させることにしました。
    
昨日の打ち合わせの時、今まで「浅草ことぶ季亭」で開催した3回のOB落語会のプログラムも持って行きました。
写真は表紙ですが、この裏に、ゲストの紹介と、今後のOB落語会の案内を入れています。

落語はやおき亭

drama笑児さんと、「最近、林家たい平さん随分太って来たね」なんていう話題にもなりました。
   ◇ 馬の田楽      桂文生
文生師匠の十八番でしょう。
何と言っても、冒頭で師匠お得意の馬子唄が入ります。
先代の今輔師匠のをよく聴きました。
タイプは違いますが、お二人ともカントリーテイストのある師匠ですから、ぴったりです。
文生師匠は、宮城県のご出身です。
そういう意味でも、親しみを感じる噺家さんで、あの誰にも真似できない、歌うような独得のリズムが魅力です。

談志「芝浜」

movie2001年12月21日のよみうりホールでの「芝浜」の映像。
http://www.youtube.com/watch?v=xBcbFD3kUJc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=I81c1SAZuxQ&feature=relatedPhoto
http://www.youtube.com/watch?v=Q1etvWPs-MA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=9w2Na0PrqVU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ZiWnFhXxbQM&feature=related
去年の3月11日、あの東日本大震災の日から始まり、亡くなった翌日の11月22日まで続く日記のうち、やっと6月が過ぎて7月に入ったところ。
ちょうど私が、南三陸町に復興出前寄席に行った頃まで、「ザッツ・ア・プレンティー」を読み進めました。
全く、どんな状況かは知らなかったのですが、本当に家族や近しい人たちも含めて、壮絶な闘病生活が続いていたんですね。
医療の知識や、介護の知識、介護の経験もない私ですから、想像の域をでないのではありますが、人が生きるというのは物凄い、そして苦しくて悲しい。
噺家さんが声を失った・・・。喋ることが出来なくなった。
あの、談志師匠が。
師匠の身体に、毎日色々なことが起こるのを読むのがつらくて、いっそのこと最後の日の前あたりに飛んで読みたいという衝動にもかられますが、日記どおりに・・。

落語DEデート

cake笑児さんと会って、また色々落語を語った翌日。
いつものラジオ番組。
  ◇ 饅頭こわい     五代目古今亭志ん生
かなり元気な雰囲気の音源でした。
この噺も、落語の定番のようなものですが、人の好み(好き嫌い)はそれぞれあるという、深いテーマがベースにあります。
大きな噺なのかもしれません。
あ、そろそろ私もお茶がこわくなりました。

2012年2月 4日 (土)

笑児さんと

restaurant破れ家笑児さんと、今度の「番外あおば亭」にご出演をお願いしている「スペシャルゲスト」の方とお会いして、当日の打ち合わせなどを行いました。
芸の修行のことなど、食事をしながら楽しい時間を過ごしました。
ご本人もご快諾くださり、とても有り難い限りです。
「サプライズゲスト」ですから、これぐらいにしておきます。shadow
明日は新潟に行くというスペシャルゲストを見送ってから、笑児さんと一献。
時間が過ぎるのを忘れてしまいました。bottle

That's a Plenty

weepまだ四半分も読み進みませんが、ひたすら悲しい。
そこに噺家立川談志はなく、家族に見守られて闘病している松岡克由という一人の老人がいるだけ。
なるべく、顔を思い出さないようにしながらも、なかなか読み進むことが出来ないでいる自分がいます。
病気だとか、老いだとか、介護というのは、こういうものなのかと、思い知らされながら、果たして最後まで読み終えることが出来るか自信のない今・・。
That' a plenty. (=もう十分。もうたくさん。) ・・・?

立春

cherryblossom当然のことながら、節分の翌日は立春です。
「立春」は、「冬至」と「春分」の間に当たります。
また、この日から「雨水」までの期間を立春と呼ぶこともあります。
立春は冬と春の分かれる節目の日である「節分」の翌日で「寒さがあけて春に入る日」いわば春の初日です。
今年は寒い日が続きますから、春は名のみの・・というところ。

独り言・・・

banana能天気に落語好きが集まって落語会を開くというのも、色々考えさせられる部分があります。
 お江戸あおば亭
過去3回の落研OB落語会「お江戸あおば亭」は、「落研四天王」や笑児さん、くるみさん、ぴん吉さんなどの出演で、非常に盛り上がって来たと思うのですが、一部に「出演者に偏り傾向があるから、もっと開かれた会にするべき」とのご意見があるようです。
おかげさまで、出演者の方々のレベルが相応に高く、それ以外の人が出演しづらい面があるというご指摘もあるようです。
・・・・正直なところ、さもありなんだとは思います。
でも、今まで私なりに、かなり多くの方々に声をかけ、広く出演者を募って来たつもりなのですが・・「開かれていない」と・・。
何かこう・・・とても複雑な気持ちになっているのが正直なところです。
今までは、何とか落語会を定着させようという思いから、最低出演人数を確保しよう、しかも他大学の活動に負けないレベルを作り上げようと、ますばその一心でやって来たのですが・・。
「開かれていない」か・・・・。
出演するからには上手くやりたい、ベストを尽くしたいというのが、高座の魅力を知る人の素朴な思いです。
他の人が手を挙げづらい、偏っている・・・。
そんなつもりはないのですが、・・・そう思う人もいるのでしょう。
ある程度偏ってもよいという考え方もあるとは思うのですが。
どういうふうに企画したらいいのかなぁ。会報「あおば亭」原案
会報「あおば亭」でも、「OBの近況、落語談義、イベント企画等々を入れるべき」というご意見を聞いています。
仰るとおりです。
でも、まだ創刊号を出したばかりで、1号で全部の項目を網羅などはとても出来ない。
これから、走りながら考えて、様々を織り込んで行きたいとは思っているのですが・・。
どうしたものかなぁぁ。
いずれにしても素人のやることですから、と、つい言い訳が頭に浮かびます・・・。
落語会も会報も、思いが伝わらないのか、そもそもコンセプトややり方が悪いのか・・・。
悩ましいなぁ・・・。難しいなぁ・・・。

先輩方に相談しながら、何とかうまくやって行きたいと思います。

2012年2月 3日 (金)

氷点下列島

snow驚きました。
今日は、沖縄を除く全(46)都道府県で最低気温が氷点下を記録したそうです。
日本列島全体が凍てついたという訳ですね。
最近は温暖化だとか言われていますから、昔ならいざ知らず、極端に寒いということですね。
そして、この連日の寒さと乾燥で、インフルエンザの猛威も急激に拡大しているそうです。
昔は、霜柱や氷柱(つらら)なんて、当たり前でした。
池や川の澱みや沢などに氷が張るなんていうのも、冬の景色でしたが。
そうそう、霜であたりが真っ白になりましたね。

節分の寄席

cherryちょっと耳寄りな話題です。Photo
何年か前の2月3日。
偶然に行った寄席、国立演芸場だったか鈴本演芸場だったか、当日出演の芸人さんが、客席に手拭いをまいたことがありました。
残念ながら、私はゲットすることが出来ませんでしたが、寄席ではどこでも行われているようです。
節分に寄席に行くと、手拭いや扇子なんかももらえるかもしれない。
これって、意外と知らない人が多いようです。
寄席や協会でも、もっと宣伝すれば、寄席に足を運ぶ人が増えるのになんて思いますが・・。

節分

rock今日は節分。
「季節を分ける」ことを意味し、本来は立春・立夏・立秋・立冬の前日のこと。狭義では、立春の前日を指す。Photo_2
本当は年に4回ある訳ですね。
今日は節分、私のブログは拙文・・・トホホ。
節分には、色々なことが行われます。
まずは豆まき。
季節の変わり目には邪気が入りやすいと考えられており、その邪気を払うために行うんだそうです。
そして、豆を食べる。
1年の厄除けを願い豆を食べる。
自分の年の数より1つ多く食べると、身体が丈夫になり、風邪をひかないと言われています。
地域によっては大豆ではなく、落花生の場合もあるようです。
さらに、イワシの頭とヒイラギを戸口に挿す。
焼いたイワシの頭の悪臭と、ヒイラギの棘で鬼を追い払うという魔除けの風習なんだそうです。
とどめは恵方巻きを食べる。Photo
恵方(幸運を招く方角)を向いて太巻をまるかぶりする関西の風習。
最近は、コンビニのイベントのようになっています。
もともと関西の風習だそうですから、私は知りませんでした。
食べ終わるまでは口を利いてはいけない。
この風習には「福を巻き込む」という意味がある。
また、包丁を入れないで食べるのは「縁を切らない」という意味が込められている。
今年の恵方は、北北西だそうです。
・・まあ、どうでもいい話ですね。

ザッツ・ア・プレンティー

book絶対に買わないであろうと思う最右翼の本でした。Photo_3
立川談志師匠の娘さんが著した本。
愛娘がつづる、父・立川談志との最後の258日。
That's a Plentyは、談志師匠が好きだったディキシーランドジャズの名曲で、師匠の遺言で、出棺の際にはこの曲が流されたそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=lF2w8xR__J0&feature=related
あぁ、この曲聴いたことがありますね。
でも、出囃子も良かったのになぁ。
確か「木賊刈(とくさがり)」。
http://www.youtube.com/watch?v=rdiIXb4f5l4
本書は、日記スタイルで258日間、1日も欠かすことなく、
談志師匠とご家族が病と闘う姿を記録しています。
普通の人間らしい、談志師匠が克明に表現されています。
買ってしまいました。
談志師匠のこと、やはり気になるのかなぁ。

2012年2月 2日 (木)

笑児さん

crying笑児さんが、6月9日に予定している「お江戸あおば亭」に出演出来ないそうです。
どうしても外せない、奥様とのイベントがあるとか・・・。
こりゃあ仕方がない・・・。
・・・ということは、笑児「船徳」・乱志「お初徳兵衛浮名桟橋」のコラボはお預けということです。
残念・・・。weep

26年目

gemini2月2日は節分の前日、立春の前々日・・。
200706171357001そして、結婚記念日です。
もう、26年も前のことになりました。
披露宴で落語をやりました。
郷里での披露宴でしたから「甲府ぃ」をやりました。200706171359000
紋付・羽織・袴なんていうのは、千載一遇のチャンスということで、新婦がお色直しで退場している間、新郎が落語を一席お伺いという訳。
同期の、宝亭六方さんと多趣味亭こり生さんが口上をやってくれました。
L8wz081年後輩の下町亭楽生さんが、小噺を披露してくれました。
写真のめくりは、私が書いたものです。
遠い20世紀の出来事でした。

スペシャルゲスト

bud「番外あおば亭」では、スペシャルゲストをお招きする予定です。
スペシャルゲストが誰かは、当日までのお楽しみということにしています。
破れ家笑児さんから連絡があり、近々ご本人と、当日の打ち合わせをしようじゃないかと・・・。
ということで、来週あたりに待ち合わせをする予定にしています。
さて、果たして誰でしょう・・・。

雑感・・

bullettrain遮断機の降りた踏切に立って、電車が通り過ぎるのを見送っていると、何となくすぅーっと、引き込まれそうになりませんか?
         雑感・・
暫く高座に上がらないでいると、無性に上がって喋りたくなります。
その瞬間が来るのを、今ひたすら待っています。
何故か落語が身体の中に入って来るのです。
そんな瞬間があるから、稽古に集中出来るようになるのです。
もし来なければ、ボロボロになり、噺を作り上げられないでしょう。
あの瞬間を待っています。

2012年2月 1日 (水)

「第4回お江戸あおば亭」

sandclock月日はどんどん流れます。
まだ2月の「番外あおば亭」も終わっていないのではありますが、もう、次回の吉例「お江戸あおば亭」の日程を決めなくてはいけません。
ということで、いつものように先輩の南亭蕪生師匠にお骨折りをいただき、下記のとおり確定することが出来ました。
   ≪第4回 お江戸あおば亭≫
 開催日  平成24年6月9日(土)午後
 場 所   浅草ことぶ季亭
 出 演   南亭蕪生・談亭志ん志・喰亭寝蔵
        破れ家笑児・金願亭乱志の"常連"+α

(前回のめくり)
実は、何とか、いつものことぶ季亭で、5月の第4土曜日にと思ったのですが、残念ながら
既に先約があり、6月に入ってからになりました。
さあ、またご出演者を募らなくてはいけません。
いつもの、番外のメンバー以外の方々にも声をかけたいと思います。
愛詩朝大師匠と杜の家頓平師匠にも、是非ご出演いただきたいとお願いしました。
朝大師匠からは、「6月は日程が合わず断念するが、秋には是非」という、大変心強いお言葉を朝大じゃなくて、頂戴しました。
また、企画担当者としての趣向を考えました。
①トリは、喰亭寝蔵師匠か南亭蕪生師匠にお願いする。
②私と笑児さんで「お初徳兵衛浮名桟橋」と「船徳」のコラボを仲入り前に入れさせてもらう。
・・・・という趣向です。
出演者は、出演していただいたことのある、桂友楽師匠、杜の家くるみさん、賀千家ぴん吉さん、東風亭梅香さんなどにも声をかけたいと思います。
楽しみは広がります。

馬石始動

mail隅田川馬石さんからの葉書。
      馬石始動
池袋演芸場の2月上席・昼のトリを勤めるそうです。

楽屋顔

book空手好きの大学生が迷い込んだ、ある日の寄席。
Photo“客席のこちら側”から見た「不思議」に惹かれ、“客席の向こう側”へ飛び込んだ彼が体験したことは―?人気落語家・林家彦いちが、前座時代から撮り続けた、楽屋での発見や驚きの数々。
芸人が舞台へ向かう直前の顔、弟子の高座を袖で眺める師匠の顔、「間違えちゃった!」時の顔…。
噺家だからこそ撮れた芸人たちの貴重な「楽屋顔」や、楽屋のルール、秘密まで。

「楽屋顔-噺家・彦いちが撮った、高座の裏側-」(講談社プラスアルファ文庫)』林家彦いち 講談社 700円(税込)
紹介記事を見つけました。
昨年11月、落語家の立川談志さんが亡くなったのはまだ記憶に新しいところ。
毒舌や時に破天荒な行動で周囲を驚かせた談志さんですが、一方でそんな言動にもどこか「粋」を感じさせました。
それは落語家という独特の職業がかもし出すものだったのかもしれません。
そんな「粋」な世界の裏側を覗いたのが、『楽屋顔―噺家・彦いちが撮った、高座の裏側』。
その名の通り、落語家である彦いちさんが、自身が出入りする楽屋を撮影。臨場感ある写真とともに、楽屋の裏話も散りばめられています。
その裏話によると、楽屋には「地雷座布団」なるものがあるらしいのです。
実は楽屋には多くの「暗黙のルール」が存在していて、部屋での立ち位置からお茶を出す場所まで、数センチ単位で厳密に決められているといいます。
それはそこに立っていると階段をふさいでしまうからとか、そこにはネタ帳が置いてあるからお茶を置いてはいけないとか、ちゃんと理由があるものから「ん~、なんとなく」なんてものまであるから、外部の人間には全くわからないこともあるようです。
・・・・。
林家彦いちさんは、以前にも、噺家さんや寄席などの様子を写真に撮った本を出版していて、何度か手に取ったことがありますが、まだ購入はしていません。
割と安価ですから、この本は買ってみようかな・・。

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