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2012年1月26日 (木)

【イチから分かる】落語

present産経新聞で見つけた記事です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120125-00000121-san-ent
落語のほんの触りの部分を、落語を全く知らない人に、コンパクトに紹介しています。
ここ数年、落語への注目度が高まっている。
東京都内の定席の寄席4席だけでなく、地方の落語会にも多くの客が押しかけ、毎日のように行われているさまざまな場所の落語会にも人が集まる。人気の若手も登場し、魅力が再認識されている落語の基礎をまとめた。
◆東西に5団体
現在、落語家は、日本全国に約700人いる。
東京には落語芸術協会、落語協会、五代目三遊亭円楽一門会、落語立川流の4つの団体があり、フリーで活躍しているのは元立川流の快楽亭ブラック(59)ひとりだけで、ほかの落語家はこのいずれかの団体に属している。
フリーの噺家さんは、例えば桂小金治さんや春風亭華柳師匠などもいますが・・。
名古屋では、立川流を破門になって、名古屋に行った雷門獅篭(かみなりもん・しかご)(40)をはじめ数人がいて、大須演芸場を中心に活動している。
う~ん、事実ではありますが・・・、そもそも、もともと名古屋でフリーで頑張っている雷門小福師匠がいます。そこに入門したんです。
関西には、上方落語協会がある。最近では、東京での落語会の出演も多く、東京の落語家も関西での落語会を定期的に開催していて、その交流はごく普通になっている。
ピンポーン! 私も細かいことは知りませんから。
◆ルーツは
落語は着物を着て、座布団の上で、扇子と手拭いだけで演じるひとり芝居だ。
最近では、スーツ姿で椅子に座って現代のニュースに材を取った噺(はなし)をする「同時代落語」を演じる柳家花緑(かろく)(40)や、春風亭昇太(52)の「吉田さんのソファー」のように、高座の横で、生で演奏する音楽を入れながら演じるものもある。落語家も、常に新しいものを取り入れようとしている。
というのも、今、古典といわれる落語も、高座にかけはじめた最初は当然、新作落語だったわけで、多くの落語家が高座にかけて磨かれて、初めて古典落語となった。
落語のそもそもは、辻咄(つじばなし)といって、盛り場や祭礼の場で、ヨシズ張りの小屋をつくり、咄を聞かせて、お金を集めたのがはじまりといわれる。
これは上方落語のことかなぁぁ。
一般に落語の祖とされるのは、「子ほめ」「平林(ひらばやし)」などの原話が多く含まれている『醒睡笑(せいすいしょう)』を述作した僧、安楽庵策伝(あんらくあん・さくでん)(1554~1642年)といわれる。
落語家の先駆けは、江戸時代前期の上方落語の祖、露の五郎兵衛▽同じく上方で江戸時代中期の米沢彦八▽江戸落語の祖、鹿野武左衛門(ぶざえもん)(1649~99年)-の名が挙げられる。
◆「おとしばなし」
落語という文字が使われるようになったのは、江戸時代の天明年間(1781~89年)だといわれ、そのころは「おとしばなし」と読んでいて、今のように、「らくご」と読むようになったのは明治20年ごろからだという。それでも当時は落語とはいわずに、「はなし」という言い方をしていたようだ。「らくご」という言い方をごく普通にするようになるのは昭和になってからだ。
寄席は、江戸の町の1丁に1軒はあったといわれるほど増え庶民を楽しませたが、関東大震災で大半が壊滅してしまった。
■限られた人気者のブーム
人気の落語だが、では「ブーム」とまで言えるのだろうか。
これには落語界でも見解が分かれ、実際に発売と同時にチケットが完売する落語会があり、「チケットを取れない落語家」という言い方をされる落語家もいる一方で、毎晩のように落語会をのぞいているが、お客さんの少ない会も多い。
ベテラン落語家は「一部の落語家の会は人気だが、どんな会でもお客さんが入っているわけではない。限られた落語家のブームにすぎない」と話す。
この言葉が、どうやら落語ブームの真実を表しているようだ。
世間の関心の高まりの背景にはテレビドラマや映画の影響も大きく、近年では、平成17年に放送されたTBS系ドラマ「タイガー&ドラゴン」が、当時のブームの火付け役とされた。
19年公開の映画「しゃべれどもしゃべれども」、19~20年放送のNHKテレビ小説「ちりとてちん」も落語家を主人公としている。

・・・これでどの程度理解してもらえるかは分かりませんが。
いかにも、マスコミの採り上げ方だと思いますね。

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